部屋を出るとイレブンは、建物内の探索へと戻ることにした。
結局此処が何処であるかはわからないままであるので、何か情報は得られないかと、本棚や机を探索したが、有力な情報は見つからなかった。
所々に付いた何かの爪痕を見るに、どうやら先ほどの男が言っていたまものに荒らされたらしい。
千切れた配線が、穴の開いた壁から吹き付ける雪によって濡らされる。
この状態ではどの機械も使用は不可能だろう。
それにしても、部屋によってこんなにも内装や広さが違うとは不思議なものであると、イレブンは首を傾げた。外から見た広さと、中に入って見る広さは全然違うのである。
豪華絢爛に飾られた王宮を想わせる部屋もあれば、畳が張られた和風の部屋もあり、どれもセンスを感じさせる綺麗な部屋であったが、その殆どが荒らし尽くされており、半壊か全壊かをしているので、中に入ることはできなかった。
今のところ、あの男以外に生存者を見ていない。
もしかして全滅してしまったのだろうかと思い、穴の開いた廊下を歩いていく。
建物の中央部に差し掛かると、やっと入れそうな部屋を見つけた。
他の部屋と比べてシンプルな内装であるが、棚という棚にはぎっしりと物が詰められており、一つひとつに感じた不思議な力は一体何であろうか。煌びやかな仮面だったり、調理器具のセットだったり、怪しげな装丁の本だったりと、この部屋の主人は随分変わった趣味をしているらしい。
部屋の隅に置かれたクローゼットを、ぱかりを開ける。
中に入っていたのは、やはり殆どが服であった。白い上着と黒いズボンなどの服が綺麗に並んでいるが、その隙間から何かが覗いた気がして、イレブンは腕を伸ばした。
すると、服に隠されるように積み上げられたノートらしきものが、何十冊も出て来たのである。
ナンバリングのみがなされたそれは、酷く草臥れていた。
ぱらぱらと捲って見る。字体は統一されているので全て同一人物が書いたものであろう。時には丁寧に、時には荒々しく書かれた文字を読んでいくと、それが日記であることがわかった。
専門用語らしいものを中心に書かれていたので、完全に読み解くことは出来なかったが、このノートの主は苦悩の連続にあったらしい。おそらく年若い少年だろうとイレブンは想像した。
読んでいくうちに、自然とイレブンの頭には感受性豊かで心優しい少年が浮かんでいた。
その少年の決して外には出すことの出来ない感情が、そこにぶつけられているような気がして。つられるように、イレブンの脳裏にあの冒険の日々が蘇っていく。それは、もしかしたら共鳴のようなものであったのかもしれない。
ノートを元の場所へと戻すと、次にベッドサイドテーブルに置かれた本を手に取った。
赤い表紙に、金の文字が打たれた、とても分厚い本だ。
この部屋に入った時から強烈な存在感を放っていたそれに、手を伸ばす。
すると、不意に視界の端に何かが映り込んだ。
低い頭身に、円らな目。目の間にある菱形のそれは鼻であろうか。
白い体に、長い手と短い足を持ったそれは、ヨッチ族と呼ばれる不思議な存在であることを、イレブンは知っていた。個体名があるらしいが、会話をするものとしないものがいないので、取り敢えずヨッチと呼ばせてもらうことにする。
マスコットキャラクターのような見た目のヨッチは、のんびりとイレブンに向かって歩いてくると、じいと顔を見上げてきた。そして、付いて来いというように手を上下に動かすと、再び歩き出したのである。
相変わらずマイペースで良くわからないヨッチという存在の後を追うために、イレブンは慌てて部屋を出て行く。
――誰もいなくなった部屋に残された、一冊の本。
その本の背表紙に刻まれた紋章に、彼は気付くことはなかった。
長い長い廊下を歩いていくと、その先に何かがいるのが見えた。
がちゃがちゃと動き回っているのは、鎧を着た『まもの』であろう。
何かを探すように数体の『まもの』が何度もうろうろと彷徨っている。
思わず足を止めかかったが、ヨッチは関せずそのまま進んでいく。
何故かは不明であるが、ヨッチ族は基本的に人にも『まもの』にも知覚することは出来ないのである。
なので『まもの』の目の前を堂々と素通りして、その先にある部屋へと入って行った。
残されたイレブンは、後を追うしかないのだが……。
「!?」
「!?」
「!?」
「!?」
どうやら、その場にいる全てのまものに気付かれてしまったようだ。
仕方なくイレブンは、背中の剣を抜き放ち構える。
そして一気に片付けてしまおうと足に力を入れた……。
「――
背中に熱を感じて慌てて振り返ると、一体のまものが剣を振り翳した態勢で倒れていく。
どうやら背後からもう一体忍び寄っていたらしい。
がしゃり、と中身のない鎧は闇を吐き出すと、そのまま消えていった。
「おいおい、マジかよ……。
これが勇者サマより賜りし力ってヤツか。半端ねえな」
倒したまもののその後ろに立つ、魔術師の
そして再び開眼すると、もうその目には翳りは見当たらなかった。
男はイレブンと目を合わせ、その口角を吊り上げると、自らのフードに手を掛ける。
「さっきは悪かったな。
俺は、クー・フーリン。
ちいとワケありで、同名のヤツがいるが……。
アンタのクー・フーリンは一人だ。憶えておいてくれよ」
ふわりとフードが落とされ、隠されていた顔が露になる。
はらりと舞う青い髪に、イレブンはそっと息を飲んだ。
「さあて……ここからだ!
行くぜ、勇者サマ!」
名乗った記憶は無いのにも関わらずその名を呼んだ男に目を瞬かせるも、襲い来るまものたちは待ってはくれない。イレブンは剣を構えなおすと、はやぶさのごとき高速の攻撃をはなった。
***
――雷鳴が轟き空気が震える。
剣先を走り抜けた金色の光が、闇を切り裂く刃となる。
――渦巻く火炎が大地を這う。
杖先から放たれた紅蓮の炎が、闇を抱いて焼き尽くす。
雷の刃に打たれ炎に包まれた『まもの』は、その膝を付くと溶けるように消えていく。
再び静けさを取り戻した空間に、かちゃりと剣を収める音だけが響いた……。
「……は、……ふはははははははっ!!」
それは突然のことであった。
何処からか聞こえてきた高らかな笑い声に、イレブンの肩が震える。
「げ。このめんどくせえ笑い声は……」
驚いたイレブンが周囲を見回すと、その隣でクーフーリンが溜息を吐いた。
「なんだ無事だったのかよ。慢心王」
「くくくっ、慢心せずして何が王か!
それに……馬鹿め!貴様の目は節穴か!節穴だな!
脳筋風情が魔術師の真似事などするからそうなるのだ馬鹿め!
――何処をどう見ても致命傷ではないか!!」
「ああ、アレだな。わかるぜ
血を流し過ぎると妙にハイテンションになるんだよな……」
「ふん。そこにいるのは、勇者だな。
ああ答えはいらん。その魔力、その剣、そしてその紋を見ればわかることだ。
それが許されるのはこの世でこの我のみ!」
「あー。まあ、あれが
まあちいと付き合ってくれや、勇者サマ」
見上げた階段の一番上で、腕を組み踏ん反り返る男がいた。
電気が破壊され、太陽の光も分厚い雲に遮られてしまっているので、その姿はあまり良くは見えない。
しかし、その堂々たる佇まいと、砂漠の町で見るような恰好は良く見えたのだ。
全体を金色で纏めた男は、赤い目を煌々と輝かせてイレブンを見下ろす。
フォローするようにそう言ったクーフーリンは、小さく笑い目を伏せた。
「なに?勇者よ。この我を知らぬと?
……本来であれば、死罪に値する
はあ、と大きな溜息と共に、仕方ないという言葉通りの表情が向けられる。
そして、咳払いを一つした後その男は、高らかに声を張り上げた。
「ふむ。
うん?何故かとな?フハハハ!!我の名を知らぬものはおらぬからよ!
この王の名……ギルガメッシュの名をな!!」
「……突っ込んだらきりがねえぜ、堪えな」
結局名乗っているのだが、と思ったのがどうやら顔に出ていたらしい。
自分も呆れた顔をしている癖に、クーフーリンはそうイレブンを諫める。
すると、ギルガメッシュは、ふと表情を真剣なものへと変えた。
それに合わせて空気ががらりと変わるのを、イレブンは肌で感じたのだ。
まさしくそれは王の気であった。かつて多くの王をその目で見てきたイレブンは、彼らと似たそのオーラに、背筋を伸ばす。
「聞け、勇者よ。
我はあの星を目にしてから、お前の訪れを予感しておった。
しかし……。残酷なことよ……。
まさかこのカルデアが……。あの男が敗れるとは。
……これもまた、運命か」
「おいおい、……運命だと?
てめえそんなふざけたこと……」
「ふん、喚くな駄犬。今はその話をする時ではない。
勇者よ……。わかっておるな?
お前が此処に来た意味は、そこにある」
奥深い色をしたその瞳は、何かを見通しているように落ち着きを払っていた。
強く頷いたイレブンにギルガメッシュは満足げに笑った。
そして、勇者の隣に立つクーフーリンへと視線を移す。
「それにしても、まさかこんな男に先を越されるとは……」
「はっ。アンタがのんびりしているからだろうが」
「短慮で短気、それに良く吠える駄犬だが、盾代わりにはなろう。
無駄にしぶといのだけが取り柄の男には似合いの役目よ。存分に使え」
「っけ。偉そうに言いやがって」
「我自身がこの目で、見届けられぬのは口惜しいが……。
さあ行け!勇者よ!……この先に、管制室に、お前の求めるものはある」
にい、と自信満々に胸を張り告げたギルガメッシュの体は……傷だらけであった。
特に腹部の傷は大きく絶えず血が滴っていた。ギルガメッシュがその姿を現した時はもう、体の半分以上が消えかかっており、本人が言うように致命傷を負っていたのである。
そんな傷も痛みもおくびにも出さず、彼は高らかに笑いそして告げた。
「――またいずれ、まみえようぞ」
最後に聞こえたその言葉は、誰に向けられたものであったのか。
ふと消えていったギルガメッシュに、クーフーリンは一つ息を吐いただけであった。
「これで俺以外は全滅ってわけだ。
おいおい、そんな顔すんなよ。
全滅っていっても、死んだわけじゃねえ。
俺たちは英霊だ。座に還るだけさ」
そう言ってクーフーリンは、目を閉じる。
その姿は、まるで祈りのようにも見えた。
「……管制室はこっちだ」
クーフーリンは杖を手にすると、とある方向を指し示した。