冒険の書―ロトゼタシアの勇者の聖杯探索―   作:陽朧

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求めし者たち

クーフーリンの背中を追うようにして行き着いた場所は、施設内で最も酷い有様であった。

跡形もなく破壊され、荒れ果てた管制室は最早見る影もない。

そのような中で唯一、軋みながらも何とか動き続けるものがあった。

 

 

「……ああ。そいつか?

そいつは、疑似地球環境モデルだ。通称カルデアス。

惑星の魂をそのままコピーした文字通り地球の複製さ。

……そうか、お前さんは何も知らねえんだよな。

めんどくせえが仕方ねえ。一から説明してやるから、途中で寝るんじゃねえぞ」

 

 

ぎぎぎぎ、と音を立てる球体は、燃え滾るマグマの塊にも見える。

真っ赤な色をしたそれを見上げたイレブンの横で、付いた杖に凭れたクーフーリンは彼の横顔に視線を移すと、揶揄うように言った。

 

 

「此処は、人理継続保障機関フィニス・カルデア。

そんな堅苦しい呼び方をしてるヤツはいねえがな。

このカルデアは、未来における人類社会の存続を保障する役目を担っていてな。

これがまた説明すると長えし、俺はただの英霊(ぶがいしゃ)だ。

細けえことは知らねえよ」

 

 

クーフーリンは、まあお前さんがどうしても聞きたいなら、また今度話してやるよ。と、からからと笑った。

細かいことは知らない。といったわりには、その瞳は深い色を宿しているようにも見えたが、イレブンは何も言わなかった。

 

 

「そんで……問題はこっからだ。

簡単にいうと、カルデアでは未来の人類史を観察していてな。

その観察の中何者かのよる歴史介入で人類史が焼却するなんていう、最悪の事象が発見された。

これに対応するために、原因を見つけ出し破壊するための策を講じたってワケさね。

……それが今のカルデアの目的だった」

 

 

クーフーリンもまた、話しながら今までの足取りを振り返っているのだろう。

遠くを見るようなその瞳が、全てを物語っているようであった。

 

イレブンは真剣にその話に耳を傾けていたのだが、また視界の端を白い何かが過った。

ついつい目線をそちらへと移すと、そこには長い腕を引き摺るようにして歩く、ヨッチの姿があった。

ゆっくりと歩いていくそれは、クーフーリンの体をよじ登るとその頭の上に乗る。

そしてきょろきょろと周りを見ると、長い腕を動かした。

その腕が指し示したのは……なんと、カルデアスであったのだ。

 

 

「……そんで、最後のマスターとなった藤丸立香って人間が……。

ってお前さん……今の話聞いてたか?」

 

 

真っ直ぐにカルデアスを指し示したヨッチを凝視してしまったことが、バレたらしい。

青筋を立てたまま笑ってみせるという器用な表情をするクーフーリンに慌てて視線を戻す。

 

 

「ったく、ぼんやりした勇者サマだぜ。

そんで今の話、もう一度聞くか?」

 

 

心非ずな様子を見抜かれてしまったのだろう。

クーフーリンは、呆れた顔で文句を口にしたが気遣うようにそう付け加えた。

それに首を横に振ったイレブンは、カルデアスへと近付いていく。

 

 

「おい、あまり近付くなよ。

そいつは……って、聞いちゃいねえ!」

 

 

彼の突飛な行動に慌てたクーフーリンは、制止の声を上げるとその腕を掴んだ。

それもそうであろう。カルデアスは、高密度霊子の集合体であり、次元が異なる領域でもある。人間が直接触れてしまえば、分子レベルにまで分解されて消滅してしまうだろう。

 

クーフーリンの頭に乗るヨッチは、カルデアスを指し示していた腕を振り下ろす仕草を見せた。

要するに叩き切れということだろうか。掴まれた腕をそのままに、イレブンはカルデアスを見上げる。

 

その答えは直ぐに出た。

イレブンの手の甲の紋章が、光り輝き始めたのだ。

それに呼応するように剣もまた、光を纏う。

 

 

「……こいつは、まさか……」

 

 

クーフーリンはその眩い光に目を細めながら、とある伝記の一節を思い出していた。

――竜の紋様を持つ勇者は過ぎ去りし時を求めて、再び時を遡った。

全てを断ち切ることの出来る力を持つ勇者のみが、時を越えることができる――

 

伝記によると、勇者は勇者のつるぎで時のオーブを打ち砕き、過ぎ去りし時を求めた。

 

時のオーブに関する詳細は書かれていないが、まさかこのカルデアスがその役目を担えるとでもいうのだろうか。

 

 

「……。そうか、あいつが言っていたのは」

 

 

イレブンが成そうとしていることに気付いたクーフーリンは、目を伏せた。

人類最後のマスターを失ったこの世は、このまま闇に呑まれる運命にある。

そんな世界に降臨した勇者は、まさしく救いの光だ。

人類史を守るのがマスターリツカであるならば、世界そのものを守るのが勇者の役目。

 

隣に立つイレブンは、カルデア陥落の原因となったものと戦う運命をいく覚悟を決めた。だからこそ、彼は時を遡ろうとしているのだろう。

 

クーフーリンは、彼の顔に視線を移す。

その瞳に宿る光を見ていると、力が湧き上がって来るような気がするのだ。

心の奥底で何かが震えている。段々と大きくなっていく衝動は、今すぐにでも叫び出したくなるほどに、強力なものであった。

 

――希望の光。

己の心の中に燻り燃え上がり始めた炎の名を、クーフーリンはそう呼んだ。

柄でもないことはわかっていたが、再び立ち上がる力を与えた光に、付いて行きたいと思ったのだ。

 

 

「……ああ。わかってるさ」

 

 

自分を見るイレブンの瞳を、クーフーリンもまた見た。

何処までも真っ直ぐな、その瞳。

マスターであるリツカも、そんな瞳をしていたことを思い起こさせる。

 

出会って間もないが、クーフーリンもまたその光にすっかり魅せられてしまったのだろう。リツカが背に守るべき存在であるならば、イレブンは肩を並べるべき、いや並べたいとさえ思う存在である。手に槍がないのが惜しくて堪らない。もし己が朱槍を手にしていたのなら、勇者の槍となり勇者の傍で存分に振るうことが出来たのだろう。考えただけでも、体中に武者震いが走った。

 

 

「お前さんは、本当にそれで良いのか?」

 

 

その衝動を抑え隠し、静かな声でクーフーリンは問い掛けた。

自分でも何故かわからないが、そう問わなければならない気がしたのだ。

 

 

「……そうか。アンタがそう決めたんなら、俺が口を挟む筋合いはねえな」

 

 

力強く頷いたイレブンに、クーフーリンは笑った。

そして剣を引き抜いた彼の横に立つ。

 

 

「なに不思議そうな顔してやがる。

お前さんに全部託す気はさらさらねえ。

てめえの世界はてめえで守らねえとな。

いくら伝説の勇者サマにでも、これは譲れねえ」

 

 

に、と意地悪く笑うクーフーリンに、イレブンは目を瞬かせた。

 

 

「ははっ、鈍い野郎だな。

俺は導きの杖だ。杖なくして何処に行こうってんだ?

付き合ってやるよ。お前さん勇者にしちゃ、ぼんやりしてて危なっかしい。見てらんねえよ」

 

 

もしかして付いて来る気なのだろうか。とイレブンは慌てた。

だが時を遡ることは、勇者にしか許されていないのだ。

英霊という存在がどのようなものかを、彼はまだいまいち良くわかっていないが、かつての仲間たちですら不可能であったことが出来るようには思えなかった。

 

そんな彼を見通したように、クーフーリンはまた言葉を紡ぐ。

 

 

「そりゃあ問題ねえさ。

今の俺はアンタの魔力で構築されている。

謂わばアンタの装備品と同じ扱いさ」

 

 

どういうことだろうか、と首を傾げたイレブンに、呆れた顔が返される。

 

 

「おい、まさか無意識でやってのか?末恐ろしいヤツだぜ。

無自覚でこんなイイ男をモノにしちまうとはな。

……まあ良いさ。俺もマスターの敵討ちをしなきゃならねえ。

目的は同じさね。付き合ってくれんだろ?」

 

 

反論は認めないと言わんばかりに、赤の瞳が生き生きと輝いた。

マスターと英霊の関係はきっと、自分とあの仲間たちのような関係に等しいのだろう。

少し意味合いも異なるだろうが、クーフーリンの話を聞いていると、イレブンにはそう思えたのだ。

 

自分だって、仲間を害すことは許さない。

自分だって、仲間のために時を求めた。

ならばどうして、クーフーリンの思いを拒むことが出来ようか。

 

イレブンの青い瞳と、クーフーリンの赤い瞳が交差する。

 

秘めた思いはきっと同じなのだろう。

今は、それだけで充分であった。

 

 

「……さあ、ひと思いにやってくれや。勇者サマ」

 

 

差し伸べられた手を取ると、クーフーリンは柔らかく笑う。

どうしてだろう。その笑い方が……重なった。

 

 

 

竜の紋章と、勇者のつるぎに呼応するかのように、カルデアスもまた光り輝き始めた。

イレブンはつるぎを胸の前に構え、空へと掲げる。

 

――そして勇者は、その剣を振り下ろした。

罅が入る暇もなく砕け散ったのは、カルデアスだけではない。

勇者のつるぎもまた、音を立てて折れたのである。

 

ぱあと広がった光の帯が、二人を包み込む。

その光に融けるように、互いの姿が霞んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――イレブン……!」

 

 

 

 

 

その声が一体、誰のものであったのか。

薄れていく意識の中で、彼を呼ぶ声だけが木霊した。

 

 

 

 

 

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