濛々と沸き立つ闇のオーラを纏いしもの。
その手には、剣、弓、槍がそれぞれ握られている。
周りを囲まれてしまい、逃げることは不可能であろう。
そもそもこの閉鎖空間において、逃げるという選択肢は元から存在しない。
いつ助けが来るかはわからないので、
まものとは違う、それらを相手する中で、イレブンは気付いたことがある。
特に弓を持った敵相手には攻撃が通りにくく、倒すまでに時間が掛かってしまう。
それとは逆に、槍の相手に対してはダメージが多く与えられているらしく、攻撃が容易であった。
ほのおを操るまものに、特にこおりの呪文が良く効くように、そういう法則があるらしい。
隙を突いて飛んで来る弓を躱し、薙ぎ払われる槍を弾いて、接近していた剣と鬩ぎ合う。
そうしている間に、新手が何処からともなく現れるという最悪な状況であった。
こうなっては出し惜しみをしている場合ではないだろう。
イレブンは大きく後ろへと跳躍すると、一つ息を吐いた。
そして精神を集中させると、己が一番得意とする呪文を唱え始めたのである―――。
その日は、カルデアにとって特別な日であった。
長年に渡り築いて来たものがやっと、形となり動き出そうとしていたのだ。
特にカルデアを束ねる彼女にとっては、待ち望んだ時であると同時に、その肩に圧し掛かる重圧を改めて感じる日でもあった。
その任務に集められたものは、47人。
魔術師の名門から一般人に渡り、とある適性を持つものたちの全員がカルデアに集結していたのだ。
カルデアの職員たちは大忙しであった。
集合時間の数時間前から、一人ひとりとやって来る適性者に対して、一通りのシミュレーションを行い、中央管制室へと案内をする。名の知れた家の出の者たちに対して気を遣わねばならないし、本日の日程が円滑に行えるようにと準備もしなければならない。水面下の激闘とはこのことかと、誰しもが走り回っていた。
カルデアの組織はいくつかの部門にわかれている。
特に優秀なものたちがそのトップに立ち、カルデアの運営に尽力していた。
その中の一角を担うロマニ・アーキマンは、医療部門を統括する存在であった。
彼のこの日の担当は、メインは体調不良者への対処で、サブとしてレイシフトの補助となっていたので、比較的時間に余裕があったのである。
管制室やら医務室やらを行き来していたロマニであったが、突然血相を変えて乗り込んできた技術師レフに事態を知らされた。ばん!と開け放たれた扉に、ロマニが驚きのあまり手にしていたカップからコーヒーが毀れたと同時に、アナウンスは鳴り響いた。
―――エラー発生。エラー発生。
緊急事態発生。緊急事態発生。
英霊召喚システム フェイト に重大なエラーが発生しました。
契約サーヴァント召喚 不可
システムの終了 不可
契約者の危険が 保障できません―――
「な、な……なんだって!?」
「ロマニ、聞いた通りだ。
私が彼を案内したのだが、システム フェイトに何かしらのエラーが生じた。
英霊が召喚できていない!このままでは……!」
「っ……!その子の身が危ない!!
直ぐにシステム管理室へ……!」
マスターは基本的に非戦闘員である。
魔術師であれば多少の魔術は使えるため身は守れるが、相手が英霊となると話は別である。
歴戦の戦いを駆け抜けた彼らに、生身の、しかも戦いを知らない人間が挑むのは無謀な話だ。
そもそも英霊以上に戦えるマスターがいるのならば、聖杯戦争に英霊は必要ないだろう。
そんなバランスクラッシャーが存在するとすれば、即制裁措置が取られる可能性だってあるのだ。
まだ説明会も始まっていないのに、貴重な適性者の一人を失うわけにはいかなかった。
もちろん、ロマニだって無駄な犠牲を望んではいない。
慌てて医務室を飛び出したロマニは、レフと共にシステムを制御している部屋へと急ぐ。
部屋に入るとシステムの異常を知らせる警告音が幾重にも響き渡っており、職員たちが大慌てで対応のために奔走していた。
ざりざりと音を立てるモニターには、何も映っておらず、システム内の様子を窺うことはできない。
ロマニとレフはそれぞれ職員たちに指示を飛ばすと、自分たちも機械の前に座り、キーボードを叩いた。
――システムへ接続を行うためのコマンドが入力されました。
英霊召喚システム フェイト へ再接続を行います―――
それから更に時間が経過し、停止していたシステムの一部が起動し始める。
すると砂嵐状態で何も映していなかったモニターが、点滅を始めた。
システム管理室にある巨大なモニターは、行われているシミュレーションを映し出すものである。
そのアナウンスが流れると、部屋中の職員がモニターへと注目した。
もしかしたらもう―――死んでいるのではないか。
彼らの優秀な脳は、このシステムエラーがどんなに絶望的状態を生み出していたかを弾き出している。
誰しもが口には出さないものの、システム内の適性者の生存率は高くはない……。いや、絶望的だと思っていた。
ロマニがキーボードを叩く度に画面が揺れ動き、次第に何かを映すようになっていく。
白と黒に点滅を繰り返したそれは、ついにシステム内を映し出したのだ……。が、その瞬間であった。
「うわっ!?」
「きゃあ!?」
形容しがたい轟音が鳴り響いたかと思うと、モニターが真っ白となった。
ばちばちばち、と何かが感電するかのような雷鳴にも似た音が尾を引く。
予期せぬ轟音と光に職員たちは悲鳴を上げ、目を瞑る。
不意打ちを食らい、眩んだ眼が正常に戻ったのは……しばらく後の話であった。
「――なっ!?……ま、……まさか、」
それを見たとき、ロマニは驚きのあまり椅子から転落した。
だが落下の衝撃などとは比べ物にならないほどの衝撃が、彼を襲っていたために、痛みなど感じなかった。後ろにひっくり返り尻もちを付いた体勢で、ロマニはモニターを見上げる。
穏やかでマイペースな彼は表情豊かであるが、動揺を見せても直ぐに立ち直る強さを持っていた。それだけ頭の処理速度が速いということでもあろう。
しかしその震える声も、手も、直ぐには治まらなかった。どくどくと煩い自分の心音だけが、彼の耳に聞こえていた。
レフをはじめとする職員たちは、心配げにロマニへと声をかける。
しかしその声は、彼に届くことはない。
「っ!い、今すぐ……システムを……」
システムを終了させるように指示を出そうとしたロマニは、ふと気が付く。
―――全ての敵の殲滅を確認。
シミュレーションを 終了します。
おつかれさまでした。
このまま電源をお切りください―――
「う、うそ……だろ……?
英霊が召喚されたデータはないぞ。
まさか、この適性者……」
「えええ!この子が倒したっていうの!?
そんなの前代未聞よ!?」
「……この適性者のデータは?」
「は、はい、こちらです……レフさん」
「……。これが……特別枠、か」
システムの完了。
それはシミュレーションが終了したということで、引いては敵として出現するエネミーを全て倒したということである。しかし一体、どうやって……。と職員の間に動揺が広がっていく。
そんな中でも、職務を全うしようとする職員は、アナウンスに従いシステムの電源を適切に切った。
「Dr.ロマン、だいじょ、って……!ど、どちらへ……!?」
呆然としていたロマニは、はっと意識を取り戻すと急いで立ち上がる。
その姿を見た職員が声を掛けると、彼はそのまま部屋の外へと飛び出していった。
「……ふん、……悪魔の子が、」
職員たちは首を傾げながらも、システムの再チェックのため各々の作業へと戻っていく。
ふわりと、揺れたその白衣を、とある男が黙したまま見送った。
***
唱えた呪文は、
切り札といっても過言ではない雷の攻撃は、無限のように湧き出てきた敵たちを一掃したらしい。
ばちばちと、地面に残る余波がその威力の大きさを伝えていた。
敵の気配が途絶えたことを確認したイレブンは、剣を納めた。
すると、それとほぼ同じくして目の前がくらりと揺れる。
――全ての敵の殲滅を確認。
シミュレーションを 終了します。
おつかれさまでした。
このまま電源をお切りください―――
機械的な声が告げたその言葉に、イレブンはシミュレーションが終わったことを理解した。
結局呪文を使ったのは一回だけであるので、まだまだ魔力は余っている。
節約しすぎるのも効率を悪くし、悪手になることも多々あるので、そこの調整は非常に難しいところだ。
そんなことを考えていると、イレブンは再び
目を開けるとそこは受付を行った場所で、どうやら元のところに戻って来たらしい。
ただ異なるのは、人ひとりいなくなっているところであろうか。
目に眩しい白い壁と床に覆われた一室は、しんと静まり返っていた。
どうしようかと、イレブンが周りを窺っていると、遠くから足音が聞こえた。
ばたばたと慌ただしいその音を聞いているだけで、相当急いでいることがわかる。
なんと、その足音は段々とイレブンの方へと近付いてくるのだ。
だだだだだ……――ばんっ!
その勢いのままに開かれた扉の、その向こうから柔らかな桃色の髪をした一人の男が現れたかと思うと、その男は足早にイレブンへと駆け寄る。息を荒げながら肩で息をするその様子から、相当な距離を走って来たのだということがわかった。
イレブンは、驚きながらも心配げにその男を見た。白衣を着た若い男に見覚えはなかったが、男の方はイレブンを見るとその目には驚愕を浮かべた。
「……、……」
男は、何かを言おうとして止め、そしてまた何かを言おうとしてぴたりと口を噤んだ。
そして何度か視線を彷徨わせると、大きく息を吸って吐く。
「や、やあ、イレブン君。すまなかったね。
何せシステムが異常停止するなんて前代未聞だったから、対応が遅れてしまったんだ。
正直もう間に合わないかと思ったけど……。ああ、よかった……。
あ、ご、ごめん。僕はロマニ。
そう、一度君に通信を送ったDr.ロマンさ」
高い位置で結んだ、ももんじゃのしっぽのようにふわふわとした髪が乱れている。
優しげな雰囲気を漂わせるロマニは、ふんわりと笑った。
医療部門のトップと言っていたが、まさかこんなに若くてふわふわとした男だとは……。とも思ったが、よくよく今までのことを思い出すと、位が高いものほど自由だったり、個性であったり、茶目っ気が強かったりするものである。
「君にはほんっとうに申し訳ないんだけど……。
説明会はもう始まっているんだ。
今から行っても所長のご機嫌を損ねるだけだろうし、君も疲れただろう?
部屋まで案内するから休んでいてくれ」
ぱん、と胸の前で手を合わせると、ロマンは頭を下げた。
良くわからないがその説明会とやらは、イレブンがシミュレーションを行っている間に始まっていたらしい。イレブンは一つ頷きながらも、ロマンへ問い掛けた。
「説明会に参加しなくても大丈夫なのかって?
問題ないさ。あれはちょっとしたパフォーマンスだからね。
それに、元々はこちらの不手際だ。君は何も悪くない」
眉を下げながらもう一度頭を下げようとしたロマンを、イレブンは慌てて止めた。
そもそもイレブンは、イレギュラーの存在であるのだ。謝られる方が申し訳なくなってしまう。
「う……うう、なんて君は、優しいんだ……。
これが彼女だったら、罵倒という罵倒をして、僕のコレクションを……。
……! い、いや何でもない。
では君の部屋へ案内しよう。付いて来てくれ」
感極まったような仕草と共にぱっと顔を明るくしたロマンは、くるりと身を翻した。
そして一度振り返ると、イレブンに向けてそう告げたのである。
***
「さ、これが君の部屋だ。自由に使ってくれて構わない。
ああでも偶には僕の休憩所として使わせてくれると大変うれしいんだが……。
……本当かい!?ありがとう、イレブン!!」
案内された先は、必要最低限のものが置かれたシンプルな部屋であった。
軽い足取りで中へと入ったロマニは、そのまま慣れたような足取りで椅子へと腰掛ける。
「え?仕事は良いのかって?
ふふ、僕の話を聞いてくれるかい?
もうすぐレイシフト実験が始まるのは知っているだろう。
スタッフは総出で現場にかり出されている。
……けどボクはみんなの健康管理が仕事だから。
正直、やるコトがなかった」
話し相手を探していたのだろうか、と思うほど満面の笑みでロマニはイレブンに話始めた。
「
でも、そんな時で良かったよ。まさかあのシステムが異常を来すなんて……。
……最後の来館者が君で良かったよ」
本当に慌てたんだから、と溜息を吐いたロマニははっと表情を変える。
「ああ誤解しないでくれ、戦える君が最後の来館者で良かったって意味さ。
心臓が止まりそうになったけど……。君が無事で良かった。
でもこれもまた運命なのかもしれない。……いや、なんでもないさ。気にしないでくれ。
さて、所在ない同士、ここでのんびり世間話でもして、交友を深めようじゃないか……と言いたいところだけど、それはまた後にしよう。ゆっくりと体を休めた後、お茶会でもしようじゃないか」
見るものを安心させるようなふんわりとした笑みは、彼に良く似合っている。
一通り話をしたロマニは、医者らしくイレブンの健康をチェックすると、しばらく休むようにと言った。イレブンにはまた別途に説明があるらしいので、その言葉に甘えて休んでおくことにする。
「暫くしたら起こしに来るから、気にせずに休んでくれて構わないよ」
機嫌良く白衣を揺らしたロマニは、小さく手を振ると部屋を出て行った。
残されたイレブンは休める時に休んでおこうと、置かれたベッドに身を横たえる。
もう少し詳しく話を聞きたかったのだが仕方がない。目が覚めたら、ロマニのもとに行こうと決めて、彼は目を閉じた―――。
―――ごそ、ごそごそ……ごそ、
物音が聞こえ、イレブンは目を覚ました。
何かを漁っているような音に聞こえたため、物取りかとも思ったが、漁ることの出来る量の荷物を持っていないことを思い出す。それならば何だろうと体を起こそうとすると、毛布の下つまりイレブンの体の傍で、何やら生温かな何かが動いているのを感じた。
虫などのように固い感触ではない、そのあたたかく柔らかな感触は、猫や犬のようなそれである。
目を凝らすと何やら膨らみのようなものが見え、もぞもぞと蠢いていた。
イレブンは意を決して毛布を捲ることにした。
そっと毛布の端を掴むと、ゆっくりと捲っていく―――。
するとそこには……。
「にゃー」
なんと……むじゃきにじゃれる、猫がいた!
黄色の毛皮に、黒い斑点。鮮やかな赤いたてがみ……。
それはイレブンにとって見覚えのあり過ぎる生き物である。
彼の両手に収まるサイズのそれは、ベビーパンサーと呼ばれる『まもの』であったのだ。