冒険の書―ロトゼタシアの勇者の聖杯探索―   作:陽朧

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過去より来る

 

 

ごろごろと喉を鳴らす猫のような『まもの』ベビーパンサーは、見ての通り人懐っこく、その愛らしく小さい見た目とは逆に義理堅い一面を持つ。小さい頃から育てると大きくなってもその恩を忘れないという性格で、人間と『まもの』は基本的に相容れないが、その可愛らしい姿と懐きやすい性格は密かに人気であった。

 

 

「にゃー……ゴロゴロゴロ、」

 

 

シーツに背中を擦り付け腹を見せながら、むじゃきにじゃれるベビーパンサに、敵意はなさそうだ。

イレブンはその小さな体を持ち上げると、枕元に転がす。

そしてそのまま再び眠りについた―――。

 

 

 

 

 

ぐと、腹部を柔らかいもので押され、段々と強くなっていくその圧迫感にイレブンは目を覚ました。

目を開けてその方向を見ると、枕元に移動させた筈のベビーパンサーが、彼の腹の上にいた。

ふみふみと足を動かして何かを訴えているようにも見えるが、流石に『まもの』の言葉を理解することはできない。人の言葉を話す『まもの』も中にはいるが、『まもの』の言葉を話す人間はそうはいないだろう。

 

ぱっちりと開いたベビーパンサーの顔を見る。

するとその尻尾が激しく揺れたかと思うと、ベビーパンサーは勢い良くイレブンに飛び掛かった。

 

 

「にゃあ」

 

 

顔面に張り付いたベビーパンサーを剥がすと、イレブンは起き上がる。

随分ゆっくりと寝てしまったらしい。ベッドサイドテーブルに置かれた時計に目を移すと、イレブンは身支度を整えた。

 

イレブンはそのまま部屋を出て、ロマニのもとに行くことにした。

しかしカルデア内部の地図を把握しているわけではないので、ロマニのいるであろう医務室が何処にあるかはわからない。部屋数の多い施設内を虱潰しに探索するのは些か時間が掛かるだろう。

取り敢えず廊下を歩いていると、やけに人気がないことに気付く。

あれだけ騒がしかった廊下も、人一人いないのだ。

 

 

「なあん……」

 

 

廊下に出たイレブンを、ベビーパンサーが後を追い駆ける。

どうやら懐かれてしまったようである。それにしても、この猫は何処から来たのだろうとイレブンはその顔を見るも、お互いに顔を見合わせて首を傾げるだけで終わった。

意思疎通が取れない以上、そうしていても始まらない。

 

こうして、イレブンはベビーパンサーを連れて歩き出した。

 

 

 

 

 

静まり返った廊下を抜けると、目の前に大きな扉が見えて来た。

イレブンはその扉へと近付くと、扉へと手を伸ばす……。

しかし、突如後ろから伸びて来た剣先を横目で捉えた時はもう、身体が勝手に反応していた。

 

 

「ふん。……何やら忌まわしい気配がすると思えば。

貴様は勇者だな。私の知っている男とはまた違う、光の者か……」

 

 

素早く引き抜いた剣で、その剣を弾いた。

きいん、と高い音が打ち鳴らされ、イレブンは後ろを振り返る。

するとそこには、異様な気配を持つ男が立っていた。

 

190センチ近くはあるであろう身長に、長い銀髪を流したその男の額には赤い鉢巻のようなものが巻かれていた。そうして、男はイレブンの顔をじいと見ると剣を納める。灰色のスーツに黒いシャツを纏い、黄色のネクタイを締めた男は鼻を鳴らすと、その腕を組んだ。

 

 

「何をしている?」

 

 

敵意は感じないが、イレブンにはその男が人ならざるものであることがわかった。

男に倣って一応剣は納めたものの、完全に警戒は解いてはいない。

2人の間に張り詰めた空気が流れていた、が突然イレブンは自分の『肩』が軽くなったのを感じた。

 

 

「みゃあ」

 

「……! ベビーパンサーだと……!? 何故、ここに」

 

 

ぴょんと飛び出したベビーパンサーは、その男の足元になついた。

これに慌てたのは男の方である。信じられないと言わんばかりにその目を見開くと、男はベビーパンサーの首根っこを掴み上げる。空中にぶらりと浮かんだそれは、暴れることなく両手足を引っ込めて大人しくしていた。

 

 

「……勇者よ、名は?」

 

 

暫くベビーパンサーをじっと睨み、いや見つめていた男だが、ふとその赤い瞳をイレブンに向けた。

 

 

「……イレブン。そうか、貴様は、始祖の勇者か」

 

 

イレブンの名を聞いた男は一瞬だけ目を丸くすると、何かを納得したように頷く。そして片手で掴んでいたベビーパンサーを彼に向って放り投げた。綺麗な弧を描き飛んで来たベビーパンサーをキャッチすると、男はイレブンに背を向けようとして、足を止めた。

 

 

「そいつは腹が減っているようだ。

キラーパンサーの子供とはいえ、まだ幼い。

ミルクでも飲ませておけ。俺はもう行く」

 

 

素っ気ないその言葉に、イレブンは目を瞬かせた。

端麗な容姿も相俟って取っ付き難いように思える男だが、根は良いのだろうか。

彼は男を見る。やはりその瞳からは、嫌な気は感じられなかった。

 

 

「……私がなんだと?ふん、つまらんことを聞くな。

それよりも貴様に一つ忠告してやろう。なに、ただの気紛れだ。

――命が惜しければ部屋にいろ」

 

 

今度こそ踵を返した男は、それだけ言うと去っていった。

男の残した言葉の意味を何度か頭の中で反復させたが、意味を理解することはできなかった。

 

 

「にゃーん」

 

 

イレブンは抱いたままであったベビーパンサーに視線を移す。

男の忠告に従うかは置いておくとして、ミルクは与えた方が良いのだろう。

部屋に冷蔵庫があったことを思い出した彼は、取り敢えず部屋へと向かうことにしたのであった。

 

 

 

***

 

 

 

 

「うぇえええええ!?誰だ君は!?」

ここは空き部屋だぞ、ボクのさぼり場だぞ!?

誰のことわりがあって入ってくるんだい!?」

 

 

自室に戻るやいなや、悲鳴混じりの叫びを上げられるとは誰が予想していただろう。

その声に驚いたイレブンは思わず一歩後退した。

再び肩に登っていたベビーパンサーが、毛を逆立て唸りを上げる。幼いとはいえ獣の威嚇する姿は中々に迫力があり、今まで甘えるような姿しか見ていなかったことも相俟って、キラーパンサーの子供であることを実感させられる。

 

 

「……って、あれ?イレブン?

此処は君の部屋だよね。あれれ?

何を言っているんだろう、僕は……。

すまない、最近徹夜が続いていたからおかしくなっていたのかもしれない」

 

 

ぱちぱちと瞬きを繰り返すと、改めてイレブンの顔を見たロマニは眉を下げた。

やってしまったと頭を掻く仕草を見せ、深い溜息を吐く。

この施設で求められているのは優秀な研究員であるため、どうしても少数精鋭部隊となってしまい、慢性的な人手不足に陥ってしまう。なので、ロマニをはじめとするトップのものは、繁忙期になるとどうしても、ブラックとしか言えない労働環境を強いられることになるのだ。

今日この日を迎えるにあたって、念入りなチェックを余儀なくされたロマニの目の下には、隈が浮かんでいる。

どこか哀愁の漂う姿に、イレブンはそっとその肩を叩くしかなかったのであった。

 

 

「にしても、何処に行っていたんだい?

そろそろ起こそうと思って部屋に来たら、君がいないから驚いたよ。

あれ?君の肩にいるのは……!もしかして噂の怪生物かい?

うわあ、はじめて見た!」」

 

 

そんなイレブンの対応が余程胸に響いたのか、ロマニは自分の置かれている環境について吐き出すように話し出した。愚痴というには自虐的だが、本人が話したいのならばと話を聞いていた彼に、大分すっきりした顔をしたロマニがそう問う。

 

そうしてやっとロマニは、イレブンの肩に乗っているベビーパンサーに気が付いた。

ロマニの言う噂の怪生物かは何かわからなかったが、気が付いたらベッドの中にいたということを説明する。ついでに廊下であったあの男のこともさり気なく聞いてみた。

 

 

「うーん、銀髪の男性ねえ。うちにそんな人いたかなあ。

冷たい印象のクールぶった男だろう?

そんな感じの男ならいるけど、彼は金髪だし……」

 

 

じいとロマニを見るベビーパンサーはどうやら、ようすをうかがっているようだ。

威嚇するわけでもなく、かといって懐くわけでもなく、ゆらりと尻尾を揺らす姿に戸惑った表情をしながらもロマニは、イレブンの言った男について首を傾げた。

ちなみに彼は、冷たい印象を受けたとは言ったが、クールぶったとまでは言っていない。

 

 

「……でもちょっと気になるね。後で調べてみよう。」

 

 

ふわりとした表情を引き締めたロマニは、何やら思うことがあったのか真剣な目でそう言った。

そして静かに思案を始めた様子のロマニであったが、その時通信機がぷつりと音を立てたのだ。

 

 

『ロマニ、あと少しでレイシフト開始だ。

万が一に備えてこちらに来てくれないか?』

 

「やあレフ、何かあったのかい?」

 

『ああ、それがな……。

Aチームの状態は万全だが、Bチーム以下、慣れていない者に若干の変調が見られる。

おそらく、これは不安からくるものだろうな。

コフィンの中はコクピット同然だから』

 

「それは気の毒だね。

ではちょっと麻酔をかけに行こうか」

 

『ああ、急いでくれ。いま医務室だろ?

そこからなら二分で到着できる筈だ』

 

「あー。うん、出来るだけ急ぐようにするよ」

 

『頼んだぞ』

 

 

ぶつり、と再び音を立てて通信が切れた。

目の前でその会話を聞いたイレブンは、ロマニを見る。

それに悪戯な笑みを返したロマニは、その唇に人差し指を当てた。

 

 

「まあ緊急事態ではなさそうで良かったよ。

ふふっ。少しぐらいの遅刻は許されるよね。

Aチームは問題ないようだし」

 

 

突然のレフからの連絡は心臓に悪い、と安堵の息を吐いたロマニは、椅子に座ると頬杖を付いた。

のんびりとした姿勢に急がなくて良いのかと思いながらも、取り敢えず話を聞くことにする。

 

 

「君はあの男に会ったんだよね?そう、レムさ。

彼は優秀な男でね。何を隠そうあの疑似天体を観るための望遠鏡――近未来観測レンズ・シバを作った魔術師だ。シバはカルデアスの観測だじゃなく、この施設内のほぼ全域を監視し、映し出すモニターでもある。

ちなみにレイシフトの中枢を担う召喚・喚起システムを構築したのは前所長……。

ああ、難しい話をしてしまったね。兎に角このように実に多くの才能が集結して、このミッションは行われるのさ」

 

 

だから今日は絶対に成功させないといけないんだと微笑む。

そうして話し終えると、満足げな顔をしたロマニは立ち上がった。

 

 

「僕みたいな平凡な医者が立ち会ってもしょうがないけど、お呼びとあらば行かないとね。

お喋りに付き合ってくれてありがとう、イレブンくん。

落ち着いたら医務室を訪ねに来てくれ。あ、そうだ君、ケーキは好きかい?

うん、良いね。僕も甘いものには目がなくて……。今度ご馳走しよう。

ああ約束だ……」

 

 

緩やかな笑みを浮かべたままイレブンの手を握ったロマニは、軽い足取りで扉の方へと歩いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ぱっと、部屋の照明が落ちたはその時であった。

 

 

「なんだ?明かりが消えるなんて、何か――」

 

 

不意にに暗くなった視界に、怪訝な顔をしたロマニが足を止めた。

 

 

 

―――どおおおん!!

そう遠くない距離で、何かが爆発した音がしたかと思うと、悲鳴のような声が聞こえてきた。

びりびりと建物に振動が走り、けたたましい警告音が鳴り響く。

 

 

 

 

 

―――緊急事態発生。緊急事態発生。

 

中央発電所、及び中央管制室で火災が発生しました。

 

中央区画の隔壁は90秒後に閉鎖されます。

 

職員は速やかに第二ゲートから退避してください―――

 

 

 

 

 

カルデア内の雰囲気は一変した。

無機質なアナウンスが、余計に事態の大きさを伝える。

 

 

「今のは爆発音か!?一体なにが起こっている……!?

モニター、管制室を映してくれ!みんなは無事なのか!?」

 

 

焦燥を浮かべたドクターが何かの機器に指示を飛ばす。

すると、壁の上に設置された巨大なモニターが起動した。

鮮明に映し出されたのは、燃え盛る一室であった。

イレブンの部屋よりも広く造られた真っ白な部屋は、爆心地となったのだろう、壁や床が吹き飛ばされており、瓦礫の下に人間らしきものが見える。滲む赤は血であろうか。

 

思わずイレブンは息を飲んだが、それ以上に動揺を見せたのはロマニである。、

 

 

「これは―――!

イレブン、すぐに避難してくれ。僕は管制室に行く。

もうじき隔壁が閉鎖するからね。その前にキミだけでも外に出るんだ!」

 

 

ロマニは直ぐに冷静さを取り戻し、イレブンにそう指示を出した。

だが彼はそれに素直に従うわけにはいかなかったのだ。

何故なら、此方へと近付いてくる無数の足音に気付いていたからである。

人間ではない、何かの足音。

それを察知したのはベビーパンサーも同じであった。

ぴんと耳を立てたベビーパンサーは、先程のロマニに対してのそれとは、比べ物にならないほどの獰猛な唸り声を上げる。

 

 

「いや、なにしてるんだキミ!?

方向が逆だ、第二ゲートは向こうだよ!?」

まさかボクに付いてくるつもりなのか!?

そりゃあ人手があった方が助かるけど……って……なん、だ……!?」

 

 

どんどん、どん!と何かが扉を叩く音がした。

それは叩いているというよりも、殴り付けるような音であった。

力で扉を破ろうとしているかのような音は、段々と激しさを増していく。

 

みし……と、扉から嫌な音がした。

イレブンは背中から剣を抜くと、ロマニの前に立つ。そして。

 

 

「ぐふっふっふ、見つけたぞ!!人間め!」

 

「え、ええ、えええええええ!!

せ、せきぞうが、う、動いてる……!?」

 

 

ばあん!と扉が破壊され、それは姿を現した。

見た目は灰色のせきぞうだが、邪悪な光をその目に宿し、意思を持って動いている。

明らかに『まもの』であったが、ロマニは目の前に立ちはだかるそれに目を白黒させていた。

その反応に、もしかして見たことがない『まもの』なのだろうかと、イレブンは内心首を傾げる。

そもそも『まもの』が存在しない世界においては、当然の反応ではあるが、それを知る由もない彼がズレたことを考えてしまうのは致し方ないことだろう。

 

 

「あのお方からの命により、お前らの命を頂戴する……!」

 

 

せきぞうの後ろにいた、よろいを纏った騎士らしき『まもの』が二体現れる。

そして動くせきぞうと二体のよろいの『まもの』は、おそいかかってきた。

 

 


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