「い、イレブン……。怪我は、ないようだね。
今のは、なんて聞いている場合じゃない。
話は後にしよう。それで……その、君に頼みがあるんだ」
熟練の戦い方をする少年だと、ロマニはその背中を見つめる。
まるで、そう……。この時代の戦い方ではなく……。
ロマニはそっと目を細めた。その表情は、今まで見せた表情とは違う……鋭いものであった。
しかしもちろんロマニに背を向けて戦うイレブンは、それに気付くことはない。
かちゃ、とイレブンの剣が高い金属音を鳴らし、納められる。
扉の前に立ち塞がっていた『まもの』たちの姿はもうなくなっていた。
後ろを振り返った彼に、ロマニは心配げな表情を浮かべる。そこにはもう先ほどの表情は欠片もなかった。
「巻き込んでしまうようですまないが、管制室まで一緒に行ってくれるかい?」
イレブンは深く呼吸をすると、気を研ぎ澄ませた。
すると今倒したものと同じ『まもの』たちの気配が至る所から感じられる。
おそらくロマニもそれに気付いているのだろう。のんびりしているように見えて、抜け目はないのかもしれない。彼はロマニの頼みに首を縦に振った。
「ああ、良かった。
情けない話だが……。僕は今戦えないんだ。
君がいてくれて良かったよ」
それは本心からの言葉であった。何故年若い少年が鮮やかな剣裁きが出来るのか、疑問であるし非常に興味深いのだが、じっくり話をする時間はない。残念だがまた後で聞けば良いだろう。
込み上げる興味を押し殺しているロマニを尻目に、イレブンは部屋の外を覗いた。
そこには生存者を探しているのだろう『まもの』たちが廊下を巡回している。
視界を遮れるような障害物は見当たらないので、隠れながら進むというわけにもいかなそうだ。
部屋で待つようにロマニに言うと、イレブンはまず廊下に蔓延るそれらから倒していくことにした―――。
「……生存者はいない。無事なのはカルデアスだけだ。
ここが爆発の基点だろう。これは事故じゃない。人為的な破壊工作だ」
幾多の『まもの』を切り捨てて、漸く辿り着いた先は、赤に染められていた。
爆発に伴う炎だろうか、それとも犠牲となった人間の血だろうか。
目にこびり付いて離れない赤を見つめ、立ち尽くすイレブンの横で、ロマニは冷静に分析を続ける。
そんな惨劇の中心で、尚も動き続けるカルデアスが彼の眼には異様なもののように映った。
あの時勇者のつるぎを以て打ち砕いた―――カルデアスという装置は冴え冴えとした光を携え、聳え立っていた。足元に転がる数多の亡骸を、冷ややかに見下ろしながら。
―――動力部の停止を確認。発電量が不足しています。
予備電源への切り替えに異常 が あります。
職員は 手動で 切り替えてください―――
―――隔壁閉鎖まで あと 40秒
中央区画に残っている職員は速やかに―――
そのアナウンスは職員に向けたものであった。
イレブンにはその意味がわからなかったが、隔壁閉鎖がなされれば、此処から出ることは出来なくなるだろうことは想像出来た。そうなれば炎に巻かれて死んでしまう。
「……僕は地下の発電所に行く。
カルデアの火を止める訳にはいかない。
君は急いで来た道を戻るんだ。まだギリギリで間に合う。
此処まで巻き込んでしまった僕が言うことではないけど、君はこんなところで死んではいけない。
いいな、寄り道はするんじゃないぞ! 外に出て、外部からの救助を待つんだ!」
ぐと唇を噛み締めたロマニは、イレブンの肩を掴んで言い聞かせるように言った。
真剣な光を宿した瞳が、彼のそれと交差する。
彼がロマニに返事をする間はなかった。ロマニはそのまま駆け出していってしまったのだ。
残されたイレブンは、血の匂いに満ちた部屋を見回す。
すると部屋の壁に力なく凭れる少年の姿を見つけて、彼は駆け寄った。
外傷は負っていないように見えて、声をかけてみる。
しかし……。へんじはない。ただのしかばねのようだ。
イレブンと同い年か、それよりも下か。
ミッションとやらのために集められた少年少女たちが、まだあどけなさの残る顔に恐怖を浮かべ倒れている。彼は、そっとその顔に手を伸ばすと、恐怖に見開いている少年の目を閉ざした。
「――まさか、……再びその顔を見る時が来ようとはな。悪魔の子よ」
後ろから聞こえてきた声に、イレブンは勢い良く振り返った。
するとそこには、なんとかつて敵対した参謀の姿があったのだ。
その長い金髪は変わっていないが、身に纏っているのは彼の記憶にある白を基調とした甲冑ではない。
イレブンは、シンプルな黒い服の上に白衣を着たその男を、思わずまじまじと見た。
首元に飾られた金のネックレスが、燻る炎に照らされて煌めく。
「ふん。どうした? かつて散々お前を甚振ったこのホメロスの姿に恐れ慄いたか。
何故此処にいるかだと? それは此方の台詞でもあるんだがな。
……お前と、あのウスノロに不覚を取った後、俺は確かに大樹へと還った。
そして生まれ変わったのだ。誇り高き魔術師の一人として」
前髪を掻き揚げる仕草は、時折その男、ホメロスが見せていた癖である。
イレブンは目の前に立つホメロスが、その端正なルックスから特に女性に人気があったことを思い出す。
そして男の言った『ウスノロ』は、かつてのイレブンの仲間でイレブンの盾となった騎士のことを指しているのだろう。ちなみにそのウスノロは特に男性にモテていた、これが悲劇の一端を握ることになるのだが今は過去の話をしている場合ではない。
「俺は今、このカルデアの司令官の一人だ。
……だからお前に命じる権限がある」
素直ではない捻くれた言葉もまた、ホメロスの特徴なのだが、どうも様子がおかしい。
イレブンの知るその男は、もっと高慢だった筈だ。
人を見下し、寄せ付けない冷たさを持っていた筈の男は、ただ静かに彼を見た。
「お前をマスターに任命する。レイシフトへ行け。
……どういうことかだと?ええい!そんなことを今話している場合か!
それでも貴様……――勇者か!」
勇者の光から、邪神は生まれる。
即ち勇者こそ悪の権化と謳い、最後までイレブンを『悪魔の子』と呼び弾圧し続けたホメロスの口から零れたその言葉に、イレブンは目を丸くした。だが何故かそれはホメロスも同じであった。
「っ!?ば、馬鹿め!俺が貴様を勇者と認めることなど……!
……。もう、いい……。行け。悪魔の子よ。
俺はもう双頭の鷲の一人でなければ、魔軍司令でもない」
噛み締めるように、吐き出すように言ったホメロスは、ぱちん!と指を鳴らした。
がりがりがり……とカルデアスが軋み、起動音のような音がしたかと思うと、突然輝き出したのだ。
―――システム レイシフト最終段階に移行します。
座標 西暦2004年 1月 30日 日本 冬木
―――ラプラスによる移転保護 成立。
特異点への因子追加枠 確保。
アンサモンプログラム セット。
マスターは最終調整に入ってください。
―――観測スタッフに警告。カルデアスの状態が変化しました。
シバによる近未来観測データを書き換えます。
―――近未来百年までの地球において 人類の痕跡は 発見 できません。
人類の生存は 確認 できません。
人類の未来は 保障 できません。
抑揚のない淡々としたアナウンスが流れ始める。
振り返ってイレブンの顔を見たホメロスは、呆れたように溜息を吐いた。
「悪魔の子よ。いいか、これだけは言っておく。
この世界では人間は基本戦わぬ。いや戦う力を持たないのだ。
先ほどシミュレーションで際限なく暴れ狂ったのは愚策だったな。
その所為で面倒なものに目をつけられたぞ」
ぽかんとしたイレブンの顔を、鼻で嘲笑ったホメロスは、彼が何も理解していないことを察した。
この世界を救う為に態々起こされた勇者。何も知らずとも救うことを義務付けられているのかと、憐みすら感じる。それに何も異を唱えない馬鹿な男だと、ホメロスは目を伏せた。
そんな単純で、愚鈍で、それでいて愚直な男が、自分の近くにもいたことを思い出していた。
「……貴様には言いたいことが山ほどある。
しかし今は、その時間はない。
悪魔の子よ。我が友が認めた勇者よ。これを持っていけ」
そう言うとホメロスは、小さな機械を投げ渡した。
「通信機器だ。持っていろ」
イレブンがその通信機を手にしたのを確認すると、用が済んだとばかりにホメロスは身を返す。
ばさりと翻った白衣に、鷲の紋章が見えた気がして、彼はその姿が見えなくなるまで見つめていた。
―――中央隔壁 閉鎖します。
館内洗浄開始まで あと ***です。
―――コフィン内マスターのバイタル 基準値に 達していません。
レイシフト 定員に 達していません。
該当マスターを検索中……発見しました。
―――適応番号47 イレブン を
マスターとして 再設定 します。
―――レイシフト開始まで
3
2
1
全行程 完了。
セカンドオーダー 実証を 開始 します―――
***
『い、……お、い、……起きろ!!
貴様いつまで寝てるつもりだ!?殺すぞ!』
『ま、まあまあ、ホメロス。
そんな物騒なこと言っちゃダメだよ』
いつの間にか意識を飛ばしていたらしい。
イレブンがそう気付いたのは、耳元でそう怒鳴る声を聞いてからであった。
目が覚めた途端に、目に入ってきたのは硝煙と炎。鼻をつくのは灰のにおい。
此処もまた地獄と化した場所であることは、わかりきっていた。
『おい、呆けるのは後にしろ』
『大丈夫かい、イレブン。
こちらはカルデア管制室だ。聞こえているようで良かった。
……どうやらすっかり君を巻き込んでしまったようだね』
『もとよりその運命にある男だ。気にするだけ無駄だろう』
『相変わらずキツいなあ、ホメロス』
『レイシフト適応、マスター適応、……上等じゃないか。
このまま貴様を正式な調査員として登録する』
『……。強引すぎる、と言いたいところだけど……。
すまないイレブン。無事にレイシフトを完了したのは君しかいないんだ。
……そして、すまない。何も事情を説明しないままこんなことになってしまった。
わからない事だらけだと思うが、どうか安心してほしい』
『ふん。貴様には、武器がある。
『……ううん、当惑するのも無理はないよ。
君にはマスターと英霊の説明さえしていなかったし……』
『どうやら、そう長く話は出来ないようだぞドクター』
『むっ、予備電池に替えたばかりでシバの出力が安定していないのか。
仕方ない、説明は後ほど』
『……そこから2キロほど移動した先に、霊脈の強いポイントがある。
貴様が途中でくたばらずにたどり着けば……。通信も安定するかもな』
『いいかな。くれぐれも無茶な行動は控えてくれ。
こっちもできる限り早く電力を――』
ぶつりと音を立てて途切れた通信は、しばらく機能しないであろう。
むしろ今繋がったのが奇跡なのかもしれないと、イレブンは物言わなくなった通信機器を眺めてぼんやりと思った。
至るところから感じるのは、まものの気配だ。
モンスターハウスの中に閉じ込められたように、濃厚で濃密な“邪悪”がイレブンの肌を刺す。炎上を続ける街の中にイレブンは、まものとはまた違った気配を感じた気がした。
自分の装備は『鋼のつるぎ』のみだが、幸いなことに『前の旅』で覚えた呪文ととくぎは引き継がれているらしい。仲間がいないので『れんけい』は使えないようだが、たたかうことはできそうだ。
イレブンは自分の装備とどうぐぶくろをあさり、一通りの所持品とつよさを確認した。
なんと、イレブンは今までの経験値をすべて失っていた!
スキルパネルも初期の状態に戻り、今まで取得した呪文もとくぎもすべてが白紙に戻されていた。スキルパネルは自身の熟練度のようなもので、解放させる度に特別な能力が身に宿るものだ。どれも魔なるものと戦うために必須なものだが、どうやらまた振り出しに戻ってしまったらしい。
あたらしい世界に、あたらしい旅のはじまりに、ある意味では相応しい状態なのだろう。
とはいえ、あれだけの時間をかけて積み上げた経験値を失ったショックは計り知れない。
がっくりと肩を落としつつも、イレブンは歩き始めた。
広大なフィールドを駆け回るのは慣れていたが、しばらくして何か物足りないことに気付く。なんだろうと首を捻ったが、その答えはすぐに出た。
いつもは後ろに続く仲間の姿があり、声があった。だが、今はなにもない。
後ろを振り向いてもそこには、炎上する大地と、徘徊するまものの影があるばかりであった―――。
そういえば、とイレブンは気付く。
肩にいた筈のベビーパンサーの姿がなくなっていた。
此処に飛ばされた際にはぐれてしまったのだろうか。
近くに気配も鳴き声もしないので、もしかしたら自分と同じように飛ばされて彷徨っているのかもしれない。そう考えたイレブンは、注意深く辺りを探索しながら先へと進み始めた。
道なりに沿って進むと、いくらかの敵とエンカウントした。
イレブンはまものたちと戦いながらも、此処が『アンデッド系』と呼ばれるまものたちの巣窟らしいことに気付く。伽藍洞のよろいが剣を携えてがしゃがしゃと歩き回り、体中に腐臭を纏うくさったしたいがこれ見よがしに倒れている。
非常に近付きたくない光景ではあるが、近づかないと先には進めない。
イレブンが背中の剣を抜くと同時に、その音に反応したのだろうまものたちは一斉に気付き襲い掛かって来た。
取得した呪文やとくぎを失ったとはいえ、戦闘における勘は忘れてはいない。いまいち動きの冴えない自身にイラつきを感じながら、イレブンは剣を振るった。
レベル初期値のうえ、HPやMP共に回復させるアイテムも所持してはいない、絶体絶命の状態の中でも彼は冷静さを失ってはいなかった。
『いのちをだいじに』しつつも、攻撃に回らなければ敵は増える一方である。
なかまがいない今、かいふくや補助、まほうを1人で担わなければならないのだが、イレブンはどれも使うことができない。
そうして何体かの敵を切り伏せると、ふいに空から軽快な音が聞こえた気がした。折り重なるように流れ続けるそれは、もとの世界でなじみ深い音色である。
いくつかその音を聞くと、イレブンは体に力が宿るのを感じた。それと同時にいくつかの呪文が頭の中に甦って来る。ホイミやスクルトといった回復・補助の呪文と、攻撃呪文のメラである。今のイレブンにはありがたいものだが、それらを駆使して戦い続けるには、如何せんMPが足りない。
飛び付いてきた『したい』を
そうして群がりはじめたまものを、うまく引き付け分離させ、一体一体たおしていく。
しかしついに、イレブンはまものにまわりこまれてしまった。
いつもの癖で戦闘音を気にせずに戦っていたので、四面楚歌を許してしまったのである。
そして、想定外であったのは、そうして戦っている間にも敵がどんどんつよさを増してきているのだ。自分のレベルを超えたまものたちを前に、イレブンはぐっと奥歯を噛み締めた。
*****
にゃー、と足元から聞こえた獣の鳴き声に目を向ける。
するとそこには、なんとも不思議な生き物がいた。黄色の毛皮に、黒い斑点。鮮やかな赤いたてがみ……。ベビーパンサーと呼ばれるまものだが、彼はそれを知らない。
足元にじゃれつくその生き物に目を細めると、膝を折り目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。青いフードに覆われた顔の唯一露わとなっている口元には、ほのかな笑みが湛えられている。
「なんだお前さん。アイツらのご同輩か?
にしちゃ、危機感がねえってか……人懐っこいな」
無防備に伸ばされた手が、わしわしとベビーパンサーの頭や首を撫でる。
すると気持ち良さげに体を捩ったベビーパンサーは、ごろりと仰向けになると毛むくじゃらの両手で自分の体を撫でる腕を挟み込んだ。
ぴたりと肌に当たる肉球からは爪は出ておらず、ベビーパンサーが本当にただじゃれているだけだということを証明している。
もはや剥き出しの腹部に手を移すと、まだまだ柔い皮膚と毛皮の感触に包まれた。
片手に持った杖を地面に付きながら、ベビーパンサーを構う男―――キャスターは、思案する。彼はこの特異点に『呼ばれて』から辺りを見て回っていたが、『いつもと違う』ことばかり起きていることに気が付いていた。
黒化し自我を喪失した元英霊に、見たこともない形態をした化け物たち。前者はまだ理解ができたが、後者には歴戦の英雄である彼も、困惑していた。
「……なんであんなモンが混じってやがる?
それに、あの勇者サマは何処をほっつき回ってんだか……」
彼の『どうぐ』となっても付いていく、と口にした強引な言葉は嘘ではない。
キャスターが『記憶』を無くさずに、此処にいるのもその証のようなものであろう。
「流石に二度目となりゃ、大体のことはわかるが……。
しっかしまた、鍛え直しかよ。どうせなら霊基も受け継ぎたかったぜ」
はあ、と溜息と共にぼやいた言葉は、キャスターの今の状態であった。
マスター『リツカ』とこの地で出会い、数多のレイシフトを経て辿り着いた先が……『予期せぬ破滅』であったこと。そして、失われた世界に現れたのは、最古の伝説と謳われるあの『冒険の書』の勇者であったこと。キャスターは全てを記憶していた。しかしその体は初期の状態に戻され、極限まで強化されていた力もまた失われてしまっていた。
嘆いていても仕方ねえか、と立ち上がったキャスターは自分の足元を再び見る。
そうして、子どもらしい2つの大きな目で見上げるベビーパンサーの首根っこを掴み上げると、目線を合わせてにっと笑った。
「お前さん鼻は利くかい?」
キャスターの問い掛けに、目を瞬かせて首を傾げたベビーパンサーは、しばらくして「みゃあ」と鳴いた。