冒険の書―ロトゼタシアの勇者の聖杯探索―   作:陽朧

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勇者の聖杯探索

 

―――ぱりぱり、と地面を駆け抜けた黄色を帯びた光に、そこにいたものたちは一様に地に伏せる。体はぴくぴくと痙攣し、口から泡と煙が吹き上がる。あっという間に黒焦げと化したまものたちを見下げると、イレブンはやっと肩の力を抜いた。

 

勇者に授けられた“いかずち”は、魔を裂いて光を齎すもの。

その呪文を忘れてしまった筈のイレブンが、何故それを放てたかというと、所持品に入っていた『とあるもの』のおかげであった。

今放たれたのは、厳密にいうとイレブンが授けられた雷ではない。

『いかずちのつえ』という杖は装備するだけではなく、どうぐとしても使用することができる優れものである。イレブンが杖を掲げると、空から幾重もの鋭い光が降り注いだ。

 

勇者のいかずちよりは劣るが、下級魔物を一掃する程度の威力はあった。

イレブンの目の前、すなわち雷が落ちた場所には巨大な穴が開き、焦げた臭いと雷の余韻がまだ残っている。あれだけ群がっていたまものは、姿を消していた。

 

黒ずんだ空に一瞬だけ輝いた雷は、とてつもない轟音を放ったが、どうやらもう寄って来る敵はいないらしい。これで戦闘終了だろうと剣を下したイレブンは、背後に気配を感じて、反射的に身を翻した。

 

 

 

 

 

「ホッホッホ! 人間如きが騒々しく暴れまわっていると思ったら、なるほどあなたでしたか」

 

 

 

 

 

聞くだけでヒトの神経を逆撫でる声に、イレブンは再び剣を構える。

そこにいたのは、どぎついピンクの鱗に黄緑色の肌の『りゅう』のような姿をしたまものであった。金よりも地位よりも、なによりも『絶望する人間』を好むという、なんとも悪趣味なまものの名は『フールフール』。

かつてイレブンとその仲間たちの前に立ちふさがったまものの1体である。

 

「まさか再び(まみ)えることになろうとは……。

ふっふっふ……あなたも運がないですねえ。

おやあ? あの羽虫たちの姿が見当たりませんねえ」

 

厭味ったらしい慇懃無礼な口調は、丁寧なようで人を嘲り蔑むものでしかない。

にたりとした笑みを浮かべながら、フールフールはイレブンへと近付いていく。

 

「さてはあの虫けらどもは、“来ていない”のですね。

ホッホッホ! いい気味です。

では……ひとりぼっちのかわいそうなあなたに、この私を散々コケにしてくれたお礼して差し上げましょう」

 

ぱちん、とフールフールが指を鳴らすと、なんと4体のまものがあらわれた!

 

「ああ、あの時と同じとは思わないでくださいよ。

こう見えてワタシは受けた屈辱はきっちりと返す主義でしてね。

柄でもありませんが、ほんの少しばかり本気を出して“修行”をして参りました。

それに……。フッフッフ、この世界には素晴らしい方がいましてね。このワタシを認めて力を貸してくれたのです」

 

ぎらりと輝いた瞳に、イレブンは剣を握り締める。

過去の自分ならば1人でも戦うことは可能であっただろう。

しかし今は違う。レベルの差は明らかであり、残りのHPやMPを考えても一撃でぜんめつとなる可能性が高い。そしてこのまものからは、逃げることはできない。

もはやイレブンには、死力を尽くして戦う以外の選択制は残されていなかった。

 

フールフールの言葉にはいくつか気になることがあったが、それどころではない。

イレブンは先ほどの『いかずちのつえ』を天高く掲げた。

 

「ふん、そんな小手先の攻撃など…通用しませんよ!」

 

短い詠唱と共にフールフールとそのなかまの前に、薄い膜が張られる。

しまったとイレブンは顔を青くした。

それは“マホカンタ”と呼ばれるカウンターの呪文であった。

その名の通り、使用者に魔法を跳ね返すもの。

 

ばちり、と膜を打ち抜いた雷は例外なくイレブンめがけて、はねかえってきた!

 

「おや……?」

 

正面からまともに雷を浴びたイレブンは、なす術なく地に膝をつける。

たったそれだけのダメージで瀕死の状態となったイレブンに、フールフールは眉を上げた。

 

「おやおや、もしや……あなた」

 

にやりと笑ったフールフールは、ゆっくりとした足取りでイレブンへと近付いた。

地面に剣を刺して体を支えるイレブンは、自分を見下げるまものをにらみ上げることしかできない。

 

「ホッホッホ! これは愉快だね。まさか―――」

 

自分の武器の先端をイレブンの喉元に突き付けると、フールフールは高らかに笑った。

 

「弱体化した勇者なんて、なんてつまらないのでしょう―――!」

 

このまものは相手を手玉に取ることに長けており、元々の性質である残虐性と嗜虐性も相まって、他のタイプのまものよりも厄介な敵であった。知能が高く相手を弄ぶことを好むまものに、取り乱すのは悪手であろう。イレブンは唇を噛み締めながらも、冷静さを捨てずフールフールを睨み付けた。

 

その瞳は―――どんなに絶望の淵にあろうが絶えることを知らない、強い光を宿す。闇のものであるフールフールにとって、これほど忌まわしいものはなかった。

 

「ちっ……下等生物如きが。

人をいらいらさせることだけは一人前ですねえ。

良いでしょう、……あなたには死んでもらいます。

ただし―――存分に甚振った後で、ねえ!」

 

突き付けられた杖に、魔力が込められる。

ゼロ距離から放たれようとする魔法に当たれば、イレブンは確実に『しに』いたるであろう。回避しようにも、いつの間にか背後にはフールフールの呼んだまものたちが回り込んでおり、同様に呪文を唱えようと構えていた。

 

 

 

絶体絶命の状況の中で、イレブンはぐと手を握り締めた。

―――『勇者とは決して、諦めないもの』

いつか命を懸けて助けてくれた、人魚の王の言葉が頭に甦る。

 

 

 

記憶の中の言葉に奮い立たせられるように、イレブンは下げかけていた視線を上げる。まだその手には剣がある。微かではあるがMPも残っている。

このまま諦めるのには早く、このまま足掻くのには充分であった。

フールフールとそのなかまたちが詠唱を終えるのとほぼ同時に、イレブンは立ち上がる。

 

 

―――ぱあっと、左手の紋様が輝き始めたのは、その時であった。

まるで勇者を導き守るように、大樹の御印はイレブンの危機に反応したのだ。

目に焼き付くような光が周囲に拡散し、イレブンは思わずもう片方の腕で目を庇った。

 

 

 

 

 

「いってえ……!!

おいおい、こりゃ……どういうことだ?」

 

「……ここは、」

 

ごく最近聞いたような声に、イレブンはゆっくりと腕を下げた。

そうして光の残影が映る目を幾度と瞬かせると、ようやっと再び鮮明な視界を取り戻すことに成功した。

 

「お前さんの仕業か、勇者サマ?

ったく、随分荒っぽいじゃねえか。

それに……余計なモンまで呼び寄せてやがる」

 

「……! 貴様は……!」

 

「よう、奇遇だな。……堕ちた弓兵さんよ」

 

「ほざけ。いつもの得物はどうした?

牙を抜かれた犬に成り下がったか」

 

「あァ? ざけんな、これはアレだ。

偶にゃ知的にいこうと思ってだな……」

 

光の中から現れるように姿を見せたのは、2人の男であった。

1人は、イレブンも知る人物であったために説明は不要であろう。しかし、もう一方の男は記憶になかった。灰色の髪に金と黒の瞳の男は、弓を手にキャスターを睨み付けている。

普通に会話を交わしてはいるものの、その体は闇を纏っていた。

彼のそれを見るに、まものに近い存在なのだろうかとイレブンは首を傾げた。

まものの中にも人型をしたものがいるので、それほど珍しいものではない。

しかし、なんとなく魔のものとは違う気がした。

 

「何ですか、お前たちは……!

折角勇者を甚振って差し上げようとしていたのに、水を差すとは……。

許しませんよ!」

 

「……おい、弓兵。

お前さんのお仲間が何か言ってるぜ。

早く何とかしろよ、めんどくせえ」

 

「はっ。何を言っている。貴様こそ関係者じゃないのかね。

私はそのように品格のないものなど知らんよ」

 

「……っ! ホッホッホ!ワタシだって知りませんよ。

そんなお粗末極まりないおバカさんたちなんかね。

精々仲良く塵にかえして差し上げましょう」

 

 

やれやれと首を振ったキャスターは、地面に尻もちを付いたイレブンを肩に抱え上げると、弓兵と呼んだ男にそう言った。キャスターの視線を受けた弓兵は心外だと顔を歪ませて、そう返す。

 

2人の反応に、ぴくぴくと唇を震わせたフールフールは怒りのままに杖を構え直した。どうやら相手を挑発するために放った2人の言葉は、『かいしんのいちげき』であったらしい。

ぶちぎれたフールフールは、怒りを撒き散らしながら2人へと吐き捨てた。

それが、特大の地雷を踏み付ける言葉であるとは露知らず。

 

 

 

 

 

「あァ?」

 

「はあ?」

 

 

 

 

 

ぴきり、と2人の額に青筋が立つ音がイレブンには聞こえた。

キャスターは、イレブンを後ろの岩場に下しルーンを起動させる。

堅い守りが約束されるその魔術がちゃんと発動したのを確認すると、イレブンに「待ってな」と声を掛け、キャスターはフールフールの前に立ち塞がった。

 

「ちいと手貸しな、信奉者」

 

「誰が信奉者だ。……しかし、まあ仕方あるまい」

 

イレブンは当然知らなかったが、2人は犬猿の仲を極めた仲である。

英霊である彼らは、マスターとなる人間に召喚され世に顕現する。

その時々によって召喚される英霊は異なるので、同じ英霊とそう何度も会うことはまずない。しかし、この赤と青は毎回奇跡的な共演を果たすことに定評があった。

 

キャスターはもちろんのこと、特異点に蝕まれた身でありながらもアーチャーは自我を保っていた。だからこそ、フールフールの禁忌の言葉にいつも通り怒りを覚え、額に青筋を立てたのだ。

 

この2人に決して言ってはいけない、禁断の言葉。

それは『一緒にされる言葉』や『仲が良い』といったワードであり、フールフールは見事に全て踏み倒したのである。

 

「ふん、……虫けらどもが。

このワタシに逆らうなど、生意気なんですよ!!」

 

イレブンへ放たれるために溜めた魔力を解放したフールフールは、炎の上級魔法(ベギラゴン)を唱えた。地獄より呼び出された炎が2人を包み込む。

 

「ちっ、」

 

再び守りの魔術を発動したキャスターは一度後退する。

背中に庇われたイレブンは、キャスターにフールフールに掛けられた呪文『マホカンタ』について告げた。

 

「跳ね返す呪文だあ? ふざけやがって。

俺に対する嫌がらせにもほどがあんだろ」

 

「下がりたまえ。魔術が封じられた魔術師など邪魔なだけだ」

 

「まあ、ちっと待て。俺に考えがある」

 

同じく炎から逃れたアーチャーは、鼻で嗤うとキャスターにそう吐き捨てた。

ひくりと口角を動かしたキャスターは何を考えたのかにっと笑うと、杖先をフールフールに向けた。

 

「―――anzus!」

 

キャスターが唱えると、幾つもの火の玉がフールフールへとおそいかかった!

 

しかし案の定、ふしぎな膜によって跳ね返され、使用者であるキャスターのもとへと返っていく。厄介だな、と呟いたキャスターは、杖に何かを唱えると飛んできた火の玉目掛け振るう。すると木製の杖には引火することなく、なんとキャスターは火の玉を杖で打ち返したのだ。そしてその打ち返された火の玉たちの向かった先は―――アーチャーであった。

 

「なっ!!」

 

「誰が役立たずだって? なめんじゃねえ。

魔術だけの魔術師なんて芸のねえ真似、俺がするわけねえだろ」

 

ざまあみろ、と言わんばかりの表情でキャスターはアーチャーを鼻で嗤った。

一見悪ふざけのように見えなくもないが、これは八つ当たりも兼ねた実験であった。いや、キャスターの様子から実験を兼ねた八つ当たりと言った方が正しいかもしれない。

 

「要するに、だ。

魔術がだめならすることは1つよ」

 

くるりと杖を回したキャスターは杖に強化を施すと、フールフールの周りにいたまものをぶん殴った。その攻撃は剣や槍には劣るものの、強化値と彼の元々の能力が加算されており、木製の杖とは思えないほどの音を立てて的中する。

 

「はあ、結局そうなるのか」

 

服を焦がしたアーチャーは適切な距離を取ると、弓を番える。

キャスターが敵に殴り掛かったのに合わせて放った矢は敵を貫通し、その後ろにいたフールフールをも巻き込んだ。

 

「ぐ……っ、このっ!」

 

フールフールはよろけたが大きく体勢を崩すことはなく、次々と呪文を唱える。

周りのまものたちもそれに合わせて、2人へとおそいかかった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

苦戦しつつも、見事な戦いを繰り広げる赤と青の背中を見ながら、イレブンは体を動かす。雷を一撃喰らっただけで相当なダメージを負った体が、情けなくて、悔しくて堪らなかった。

痛みに顔を歪めたイレブンは、不意に膝にあたたかな温もりを感じて目線を下げる。するとそこには、なんと「みゃあ」と鳴き声を上げるベビーパンサーの姿があった。

 

慌てて怪我をしていないかを確認するが、どうやら傷1つ負っていないようだ。ほっと息を吐いたイレブンであったが、自らを見上げるベビーパンサーの大きな目に言葉を詰まらせた。まるで「このままで良いのか」と、問うているようにも見えたのだ。ひょっとしたら、それは自らの心の声であったのかもしれないが、イレブンは居てもたってもいられなくなった。

 

あれだけ惜しんでいたMPをすべて使う勢いで、憶えたばかりのホイミを自分へと掛ける。HPはすぐにまんたんになったが、その代わりMPはもう底が見えていた。

痛みを感じなくなった体で立ち上がると、イレブンは足元に転がっていた剣を掴む。そうして剣を両手で構えると、剣先を天へと向け、祈りを捧げるように『集中』した。

 

全神経を集中させ、『ゾーン』へと入っていく。

先ほどの戦いにより、その境地へとすぐに到達することができた。

ゾーンは身体能力が大幅に上がり、なかまも同様の状態であれば、れんけいという強力技が使えるようになる。

イレブンがすぐにゾーンを発動させたのは、戦い続ける2人がゾーンに突入した証拠である光を纏っていたからだ。この世界にもゾーンはあるらしいと判断したイレブンは、駆け出すと2人の間に並び立つ。

 

「なっ……!」

 

「もうおねんねは良いのかい、マスター」

 

夫婦剣を振るい相手の攻撃を受け流したアーチャーは、隣に立つ少年の姿に驚いた。キャスターどどういう関係かはわからないが、人間である彼が戦場に出るなどと愚の骨頂と言えよう。慌てて下がらせようとしたが、イレブンの隣に現れたキャスターは平然とした顔で笑った。

 

「お前のマスターなら、後ろで大人しく……」

 

「れんけい? ……まさか、お前さん……。

俺にコイツと協力しろっていわねえよな?」

 

イレブンは2人に『れんけい』について説明した。

戦闘中であるので非常にざっくりとしたものであったが、意外にも真剣に耳を傾けた2人は嫌そうに顔を引き攣らせる。その心は共通しており「なんでコイツと協力する必要があるんだ」といったものであろうことは、想像に容易い。

だが同時に、イレブンには確信があった。2人の戦う姿を見ていると、何だかんだ協力をしているのだ。攻撃を近距離のものに切り替えたキャスターと、遠距離と近距離を自在にこなすアーチャーは、互いの戦い方を熟知しており、互いを利用しようと動くため、自然とれんけいができていたのだろう。

 

「……はああ、案外アンタ頑固だよなあ」

 

じっと自分を見上げる目が、梃子でも動かぬ意思の表れであることに気付いたキャスターは、しばらくして溜息を吐いた。同様の表情でアーチャーも肩を竦める。

降参だとキャスターは両手を上げると、「どうすりゃ良いんだ?」とイレブンへ問い掛けた。

1つ頷いたイレブンは、キャスターとアーチャーそれぞれに指示を出す。

そして―――。

 

 

 

 

アーチャーは意識を集中させ、1対の剣をつくりだした!

 

キャスターは目を閉じ詠唱し、剣に炎をまとわせた!

 

イレブンは深く呼吸をすると、もえさかる炎をまとった剣でかれいにまいおどった!

 

 

 

 

 

誰が名付けたか『ほのおのまい』という名の技は、本来ならば今のイレブンに扱うことはできないレベルの技である。しかし、まだ自分と戦うものがいるということを示され、このまま終わるわけにはいかないと、強く心に思ったイレブンは、一時的という条件のもとその技を思い出したのだ。

 

それはかつて勇者を導くために遣わされた双子のひとり、赤い頭巾の少女と共に使用した技であり、二度と使うことはあるまいと思っていた技でもあった。

 

技名に表す通り―――火の粉を舞わせ、炎をくねらせ、華麗に舞い踊る。

燃え盛る街を背後に、過去の記憶を手繰り寄せながら、イレブンはその剣でフールフールを切り付けた。

 

「―――ぎゃあああっ!」

 

耳障りな悲鳴を上げたフールフールは、今度は踏ん張ることができず地に仰向けに倒れ込む。それを見届けると同時に、イレブンの手にあった双剣は溶けるように消えていった。

 

「ほう、すげえじゃねえか」

 

息を切らせたイレブンの肩に、キャスターの腕が乗せられる。

視界の端でさらりと揺れた青の髪にかつての相棒を重ねかけて、イレブンは軽く頭を振った。

 

「……見事なものだ、が……。その紋章は、まさか」

 

アーチャーはキャスターの反対側に立つと、イレブンの手の甲をまじまじと見つめた。彼もまたそれに見覚えがあったのである。

 

「―――始祖の勇者」

 

「ああ、そうさ。俺のマスターにして、始祖の勇者サマは、この世界を救うためにご降臨あそばされたってわけさね」

 

呟くように言ったアーチャーの声に反応したのは、どことなく得意げな顔をしたキャスターであった。何故貴様がそんな顔をしているんだ、と頬を引き攣らせたアーチャーは、咳払いをすると再びイレブンに視線を戻す。

 

「このようなところで、まさか『かの勇者』と出会い、共闘することになるとはな。ああ、相変わらず……運がない」

 

眉を下げたアーチャーは自嘲めいた笑みを浮かべた。

それにイレブンは首を傾げ、キャスターははっと鼻を鳴らす。

 

「お役目を果たそうって魂胆かい、信奉者」

 

「だから言っているだろう、私は信奉者ではないよ」

 

青と赤の間に走った緊張に、イレブンは困惑する。

そもそも突然現れたに等しいこの『赤い男』について、イレブンは何も知らないのだ。

キャスターは一々訳知り顔をしているが、教えてはくれない。

イレブンはアーチャーへどういうことだ、と問おうとした。

 

―――その時であった。

 

 

 

 

 

「―――っ、危ない!!」

 

 

 

 

 

どんっ、とイレブンの体がつよい力で突き飛ばされた。

意表を突かれ後ろへと転がったイレブンは、慌てて体を起こすと、目の前の光景に目を見開く。そこには“胸を貫かれたアーチャーの姿”があったのだ。

 

「っち、」

 

鋭く舌を打ったキャスターは、イレブンを背に庇いルーンを発動させる。

再び張られた守りの結界が、迫りくる『炎』から2人を守った。

 

「てめえ……」

 

「ああ、本当に腹が立ちますねえ。

あなたが初めてですよ、2回もこの私をコケにしたおばかさんは」

 

怒りを叩き付けるように投擲された杖は、槍の如くアーチャーの胸を貫いた。

以前に戦ったフールフールは所謂『まほうつかい』で、“物理攻撃力”は低い筈である。なので魔法以外の技は大したことはないと油断していたのが、悪かった。

先ほどフールフールが自分で言っていた“修行”の成果なのかもしれないが、相当にパワーアップをしているようだ。

 

イレブンは自分を庇ったアーチャーに駆け寄ると、杖を引き抜いてホイミを唱える。イレブンは知らなかった。目の前の存在は『生身の人間ではない』のだ。英霊である彼らは、霊核を砕かれてしまってはもう顕現を維持できない。

 

「これは、癒しの呪文というやつか。

……なるほど、包み込まれるようにあたたかい。

だが勇者よ、残念だが俺には無用だ」

 

消えゆく体は、留まることはない。

フールフールの杖はかいしんのいちげきとなり、アーチャーの霊核を砕いた。

それでも、イレブンはアーチャーの胸の上に手を翳して、必死に唱え続けた。

たとえ素性のわからない男であっても、人間ではなかったとしても、失い続けてきたイレブンにとって、“喪失”は“死”と同義なのだ。

MPを使い果たしたとしても、それでも―――助けたかった。

 

「勇者よ、……いや、イレブン」

 

突如呼ばれた己の名に、イレブンははっと我に返る。

何故か名を知っていたアーチャーは、ふと笑った。

 

「……もし、君が力を求めるなら俺を呼んでくれ。

こんな歪な姿ではなく、適切な姿で……応じよう。

それがきっと―――」

 

アーチャーはイレブンの紋様に手を伸ばす、が……。

指先が触れるか触れないかのところで、その指は、手は、体は―――消失した。

 

「……最後までカッコつけやがって。

何が悲しくていけすかねえ野郎の……。

いや、まあ、仕方ねえか」

 

目を伏せたイレブンの背後から、深い溜息が聞こえた。

振り返るとなんとそこには、消えたアーチャーが使用していた『弓』を手にしたキャスターの姿があった。

 

「だがなあ、いくら俺だって弓の適正はねえぜ。

無茶ぶりにもほどがあんだろ」

 

杖と弓を手に困惑の表情を浮かべるキャスターは、ぶつぶつと何かを呟いている。

フールフールは今にも襲い掛からんばかりに、2人を睨んでいた。

とにかく今は戦闘を、とイレブンはキャスターに向かって左手を伸ばした。

 

すると、再びイレブンの紋章は輝きを放つ!

 

「なっ!?」

 

その眩い光はあっという間にキャスターを包み込むと、その場にいる者たちの視界を奪う。まものたちは皆“めがくらんだ”ようで、一時的に見えなくなった目を抑えていた。

 

「……前のマスターん時も大概だったが……。

アンタと一緒にいると驚かされてばかりだ。

にしても強引すぎだろ。ここまでくると笑っちまうぜ」

 

光の中心に立つキャスターは、豪快な笑い声を交えながらそう言った。

その声音が心底愉快そうなものであったことは、言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

「臨時のアーチャーだ。

ははっ、2度とこんなことはねえと思うが……。

折角だ。あの野郎よりも劣らず勝る弓裁きごらんにいれよう」

 

 

 

 

 

あの野郎と似た格好なのには吐き気しかしねえが、この際文句はいわねえよ。と名乗りに付け加えた元キャスターは、明らかに赤のアーチャーの色違いのような恰好をしていた。これはイレブンの“弓兵のイメージ”が具現化されたものであるため、英霊を2人しか見たことがなく、かつアーチャーといえば先ほどの英霊しか知らなかったことに起因するのだが、キャスターは黙っておいた。

 

全くの適正がないクラスに変えられたのは、ひとえに勇者の力(きせき)によるものである。キャスターは一通りの文句を口にすると、弓を構えた。

『かつこんな緊迫した状況下で、うだうだと文句を並べるほど器量は狭くはねえ』そう理路整然と知的を装い感情をコントロールしてみせたその口元は、思いっきり引き攣っていた。

 

「ってか、寄こすなら弓じゃなくて槍を寄こしやがれって話だ。

嫌がらせか? 嫌がらせだよな」

 

思わず口から零れる愚痴に、やはり歯止めは掛かっていない。

もちろん、赤のアーチャーの思惑は伝わってはいた。弾かれてしまう魔術師よりも、得意ではないとはいえ弓矢の方がダメージは通るであろう。

 

「これでも、武芸を極めし影の女王に師事した身なんでね。

なめてもらっちゃ困るぜ」

 

ぱちり、と赤い目を片方閉じてみせた青いアーチャーは身軽に敵の攻撃を躱すと、矢を番える。魔力を纏い放たれる無数の矢の雨は、敵全体にダメージを与えた。

怯んだまものたちの隙を突いてイレブンが切り掛かると、すかさず唱えられたフールフールの呪文を、アーチャーはイレブンの首根っこを引っ掴んで回避させる。

 

回避できない技には、霊基をチェンジしたため全回復したアーチャーが身代わりとなりダメージを負う。

庇われながらも果敢に攻撃を仕掛けるイレブンに、攻撃をしつつも補助に回るアーチャーは、とても息が合っていた。イレブンとっては悔しい状態でもあったが、レベルが低い今は自分にできることをするしかないと、つよく剣を握り締める。

そうして攻撃を重ねているうちに、2人は再び集中の境地へと足を踏み込んだ。

冴え渡る感覚に、にっと笑ったアーチャーはイレブンへと声を張り上げた。

 

「アガってきたぜ! マスター!

さあ次は何をみせてくれる!?」

 

戦いの昂りを隠そうともせず瞳孔を開かせたアーチャーは、爛々とした目でイレブンを見る。イレブンは応えるように1つ頷いた。しかし、かつての仲間の中に弓使いはいなかったこともあり、ぱっと思いつく技はない。

 

イレブンは深く息を吸って吐き出すと、今の自分とアーチャーでできることを考える。そして、イレブンは所持品の中の『いかずちのつえ』を取り出すと、雷を呼び起こした。本来であれば、勇者に授けられた雷の呪文で行うのだが、その呪文を忘れてしまった今は、杖で代替するしかない。

 

それでもイレブンによって呼び起こされた雷は、聖なる力を宿し、魔を貫き穿つ光となるものだ。高まっていく力を感じて、アーチャーは笑う。

同時に魔力を練り上げると、1本の矢をつくりあげた。

それは矢というよりも槍に似た形状をしており、なによりも赤い。

イレブンは力を解放することでアーチャーの槍に雷を落とし、その力をまとわせた。

 

 

 

「いいねえ、たまらねえぜこの感じ……!

槍をふるうのと同じ……いや、それ以上だ!

 

そらっ―――喰らいなあ!」

 

 

 

弓がはち切れんばかりにしなり、ぎりぎりと音を上げる。

限界まで溜められた力を爆発させるが如く、アーチャーは弓を放った!

 

膨大な力の塊を向けられたフールフールたちまものは、恐れおののいた。

知り得る限りの防御呪文を唱えるが、彼らの技を打ち消せる呪文はありはしない。一本の矢はフールフールめがけて、一直線に飛んでいく。

 

「ぐっ、この……!! このわたしが……っ!!!!

こんな虫けらどもにいいいいいいいいいいい!!!!!」

 

「ははっ、虫けらだと思っていた奴らが“恐竜”だった。

それだけの話さね」

 

「きさまらあああああああ!!

ころすっ!ぜったいに……ころしてやる……!!!!」

 

矢がまとう“退魔”の光は、近付いただけでまものたちを打ち消した。

光の余波に触れるとたちまち皮膚が溶け、存在そのものを消される恐怖に陥る。

もはやフールフールにあらがう術はない。まさに光速で己の身を穿った矢は、周囲にいたまものを全滅させて消えた―――。

 

 

 

 

 

「やーっと終わったか」

 

イレブンはMPを消費しきった疲労感と、危機的状況を脱出した安堵感に、思わず地面に座り込む。それに笑ったキャスターは、よくやったじゃねえか、とイレブンの頭を小突いて自分も同様に座り込んだ。

キャスターと背中合わせになり、何気なく見上げた空は味気ない色をしていたが、きっとこの日のことは忘れないだろうと、イレブンは思った。

 

「……あー、つっかれたぜ」

 

ぐぐっと腕を空へと掲げ、伸びをしたキャスターがイレブンに凭れかかる。

なんとなく意地を張ってそれを押し戻すと、2人の口元には自然と笑みが刻まれていた。

 

みゃあ、という鳴き声が聞こえイレブンが足元を見ると、今までどこにいたのだろうベビーパンサーがぴょんと膝に乗る。

 

視界の端で垂れる青い髪に、もう面影を見ることはなかった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは、あらたにはじまった冒険の書の序章に過ぎない。

しかし、あらたな相棒との出会いは、時に勇者を導く杖となり、時に勇者を守る槍となる。

 

すべては大樹の導きのもとに―――

仲間たちは集い、やがて辿り着くであろう。

 

本来交わることのない2つの物語は、あらたな選択肢を描き出す。

悲しみが喜びへと変わるのか、喜びが悲しみへと変わるのか……。

 

こうして大樹の申し子は、再び剣を手にした。

 

 

 

―完―





はじまりとともにおわる。
おそらくこの後はカルデアにいき、なんやかんやあって『ふしぎな鍛冶セット』を手にした勇者さまは、意気揚々と鍛冶をはじめるかと思います。英霊用の素材集めと、鍛冶用の素材集めで、てんやわんやなカルデアを築くと良いと思う。

中途半端となってしまいましたが、『聖杯探索』はこれで終了となります。
2019年の夏に更新ができなくなる間を埋めるために掲載をはじめたものですが、ここまで放置してしまい……。随分無理矢理な設定が混ざっていたと思いますが、少しでもお楽しみいただけたなら幸いです。

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