ハチナイ PM   作:ファルメール

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第13球 ある日の練習風景 2

 

 199X年、甲子園大会第一日目、第一試合。

 

 北東京代表・栄興学園と熊本代表・水前寺商業との試合。

 

『初回いきなり満塁で主砲・角谷君を迎えました!!』

 

 アナウンサーの興奮声が、球場に響く。

 

 マウンドに立つのは栄興学園のエース、身長150センチそこそこの今大会ナンバーワンのチビッコ投手、田中球児。迎え撃つべく打席に立つのは水前寺商業の4番打者、九州ナンバーワンのスラッガーとの誉れも高き角谷。一試合4ホーマー6打点の実績をも持つ。

 

「ベルトより上は禁物だぞ」

 

 リードするも焦りを隠せない栄興学園の神内捕手。

 

「低め一杯を……」

 

 田中投手の投げた球は、ノーアウト満塁で4番打者を迎えているという窮地にありながらしっかりとコントロールされている。投じられたコースは膝元のインコース低め、ぎりぎりストライクになる一点。

 

 低いコースは目から遠く見極めが難しい。また打つにはボールをすくい上げる形になる為にスピンが掛かりにくくホームランになりにくい。逆に高目の球は目に近くてコースが見極めやすく、バットがボールの下を叩いてスピンを掛けやすく、長打になりやすい。

 

 故にピッチャーはいかに低めに勝負球を決めるか、逆にバッターは高目に来た失投をいかに見逃さずにぶっ叩いて長打にするか。それがバッターとピッチャーの勝負の一形態と言える。

 

 それを鑑みると田中球児の投げた球はきっちりとその定石に則っていて、いかな強打者でもヒットは兎も角ホームランは難しいであろう良いコースだった。

 

 が、しかし。次の瞬間。思いも寄らぬ事が。

 

 ずぶっと、角谷の足が少しずつ地面に沈んでいって、膝まで埋まる。

 

 必然、足が地面に埋まれば体高が低くなって低めに決まった筈の球が、いきなり絶好球に変身した。

 

「ベルトのコースだーっ!!!!」

 

 ぐわっと、迫力満点のフォームからホームランバットが振るわれる。

 

「わーっ、センター、は、入るなーっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「……と、これが阿蘇山打法よ」

 

 バッグから取り出したコミックを見せるみづき。

 

 単行本は、きっと昔に買った物を何度も何度も読み返したのだろう。ボロボロになっていた。

 

 翼、龍、良美の3名はそのコミック「4P田中くん」の12巻を見ていたが……視線を外すと、みづきへ彼女の正気を疑うような目を向けた。

 

「……これはジョークなのよね? 鏡原さん」

 

 そうであってくれという願望も籠もった視線を、龍がみづきへ投げかける。

 

 だがその期待は敢えなく裏切られた。みづきの目は本気だ。

 

「いや、いくらなんでもこれは……」

 

 さしもの翼も困惑を隠せない。みづきがマンガ好きで、マンガの野球選手を真似して上手くなったのは知っているが……それにしても限度があるだろう。

 

「……って言うかこれ、このマンガの中でさえ夢オチじゃないか」

 

 と、ページをめくりながら良美がコメントする。

 

 彼女の言う通り、冒頭のやり取りは試合前夜の主人公が緊張で思い詰めたあまりに見た夢の中の出来事なのである。いくらなんでも地面に足を埋めて低めを絶好球にするなど「出来る訳がない」を通り越して「出来てたまるか」と言いたくなるような所行だ。

 

「まぁまぁ、三人とも。話は最後まで聞いてよ」

 

 さっと両手を掲げて一同を制すると、みづきは話を続ける。

 

「流石の私も足を自由に地面に沈めるなんて真似はムリムリカタツムリ。でもそんな風に打ってみたくてね。膝の深さまでの穴を2つ掘って、そこに足を入れた状態でトスバッティングをしたのよ」

 

「……やはりまともじゃない」

 

 頭痛を感じたように、龍は額に手をやる。

 

 先程まではみづきは選手として一流であるだけではなく、指導者としても基本を疎かにせず一流かもしくはそれに近い所にいる人物だと思っていて自分の中の評価が上方向に向いていたのに、それがまたしても下降線を辿り始めた。

 

「それでそれで? どうなったの?」

 

「打てなかったわ」

 

 興味津々と目を輝かせて尋ねてくる翼に、さばさばとみづきが答える。

 

「まぁ当然ね。穴に両足を突っ込んだそんな状態では打てる訳がない」

 

「東雲の言う通りよ。足場が普通じゃないんだから、普通のやり方じゃ打てない。何日繰り返してもね。流石の私ももうやめよっかと思ったんだけど……そこである時、はっと気付いたのよ」

 

「気付いた……何に?」

 

「新しいやり方に。見ていて」

 

 みづきは立ち上がると、バットを持って右打ちの構えを取った。

 

「足が穴に入っていて踏み込めないのなら、踏み込まずに。体重移動もせずに、その場で体を独楽のように回転させて打つ!!」

 

 ブンッ!!

 

 言葉通り、その場で体を回しただけの、しかしシャープなスイング。思わず「「おおっ」」と声を上げたのが翼と良美。一方で龍は、別の意味で驚いたようだった。

 

「……これは、ローテイショナル打法ね」

 

「ローテイショナル打法?」

 

「龍、何だそれは?」

 

「へぇ、流石は東雲、知っていたのね。私、最近になるまでその名前知らなかったのよ。だから私にはその名前よりも、自分で命名した阿蘇山打法の方が馴染みが深くてね」

 

 みづきは感心したように笑う。

 

「東雲さん、ローテイショナル打法って?」

 

 翼に尋ねられて、龍はみづきからバットを受け取ると、自らも打撃姿勢を取って説明する体勢に入った。

 

「別名、軸固定回転打法とも呼ばれているわ。まず、こんな風に……」

 

 足を上げて踏み込み、スイングする龍。これは翼にも馴染みのある打撃フォームだ。

 

「テイクバックを取って、ボールに向かって踏み込み、体重移動を使ってパワーを得て打球を飛ばす。この従来の打法はリニアウェイトシフト打法と呼ばれているわ。この打ち方では、近年メジャーで主流となっている手元で小さく変化する変化球は打てないの」

 

「どうして打てないんだ?」

 

「こう……踏み込んだ時に、その時点でスイングの軌道は固定されてしまうからです。直球だと思ってそれを打てる軌道でスイングしたのに、その後で球が変化したのなら、打てないのは当たり前です」

 

「うーむ、成る程……」

 

「そこで生まれたのが、新たな打撃理論であるローテイショナル打法です。これはさっき鏡原さんが説明したように、体の軸を固定して、体重移動はせずに独楽のように体を回転させて打つというやり方です」

 

 ぶおんっ!!

 

 先程のみづきと同じようなフォームで、龍がスイングする。こちらも慣れないフォームながら、負けず劣らずシャープで鋭い振りだった。

 

「そのフォームなら、変化球が打てるようになるの?」

 

「リニアウェイト式とは違って、このローティショナル打法は予備動作が少ないからボールをしっかり引きつけられる。そして踏み込まないから、スイングの軌道は必然的に最短距離を走るようになる。だからギリギリまでボールを見極めて、変化が最小になった所を……打つ!!」

 

 もう一度、軸回転のスイングをやってみせる龍。説明を受けていたので、翼達にもスイングが最短距離を走ったのが分かった。

 

「ただしこの打ち方は、体重移動が出来ないから打球を飛ばす為には体幹の強さとパワーが必要になってくるんですが……」

 

「団長なら問題無いわ。応援団だから、良い声を出す為に体幹が鍛えられている。団長ならこの阿蘇山……いや、ローテイショナル打法も十分使いこなせるわ」

 

「確かに」

 

 龍は頷いた。

 

 みづきが先程、良美の腹部を触っていたのは体幹の筋肉の付き方を確かめていたのだ。彼女の中ではみづきの評価が、上がったり下がったりで忙しくなっていた。

 

 いや、誰に教わる事もなく、恐らくはメジャーでそれが主流になるよりも早く独自に新しい打法・打撃理論に開眼する、その発想力と弛まぬ研究熱心さは純粋に尊敬に値する。ただしアプローチの仕方が果てしなくメチャクチャだ。

 

「よし、早速やってみよう」

 

 ともあれバットを持った良美が、彼女は左で構えると言われた通りに振ってみる。しかしこちらは慣れていないせいか、今ひとつスイングに鋭さが無かった。

 

「ダメダメ。団長はまだ、腕を使ってバットを振ろうとしています。動くのは腕じゃなくて腰。頭の先から足下まで、一本の棒が自分の体の中心を通っているのをイメージして、それを回す事で周りの体が連動して回転するように振ってみてください」

 

「一本の棒だな……よし……」

 

 アドバイスを受けて、フォームを矯正する良美。

 

 何度か繰り返していくと、かなり様になったフォームになった。

 

「うん、これは良いな。気に入ったぞ」

 

「あ、団長。またヘッドアップしてますよ。顎を引いて」

 

「よーし、分かった。せいっ!!」

 

 ぶおんっ!!

 

 空気を切り裂く、力強い音が鳴る。

 

「見ろ、この音を!!」

 

「音は見えねぇよ」

 

 

 

 

 

 

 

 打撃指導の後は、守備練習の時間になった。

 

「みんなも大分慣れてきたから、そろそろ手ノックは卒業。今日からは本格的なノックで行くわよ」

 

 バッターズボックスに立ったみづきが、それぞれ守備位置に付いたメンバーに号令する。

 

 ファースト:夕姫

 

 セカンド:智惠

 

 サード:あおい

 

 ショート:翼

 

 レフト:良美

 

 センター:綾香

 

 ライト:茜

 

 そしてみづきの傍にキャッチャーとして和香。

 

 龍と将城はそれぞれみづきのサポートと、全体の練習状況を把握する為にホームベース近くに立っている。

 

「では、これからノックを始めるけど……将城、あれ持ってきて」

 

「分かったぞ」

 

 みづきに言われて、将城が何かを台車に乗せて持ってきた。

 

「これは……?」

 

 龍と和香が、それぞれ不思議そうに覗き込む。

 

 小型のモーターがあって、そこから伸びたパイプが、小さな籠がくっついた機械に繋がっているという妙なギミックだった。

 

「鏡原さん、これ何に使う物なの?」

 

 和香の疑問も尤もである。みづきはにやっとドヤ顔を見せる。

 

「よくぞ聞いてくれました。将城、スイッチオンよ」

 

「応よ」

 

 将城が、モーターのスイッチを入れると駆動音が鳴り始めて、モーターと繋がっている籠からはシュー、シューと空気が漏れるような音が聞こえ始めた。

 

「……」

 

 龍が籠に手を伸ばすと、掌に空気の流れを感じる。

 

 モーターはエアポンプになっていて、そこからパイプを通って籠から空気が吹き出る仕組みだ。

 

「ま、まさか……」

 

 この時点で、龍はこの妙ちくりんな道具が一体どのような用途に使う物なのか? 大体の察しが付いたようだった。

 

 みづきがくいっと手を振って合図すると、将城が頷き、ぽいっと硬球を籠に投げ入れた。

 

 するとその投げられた硬球は、籠から吹き出る空気の流れに乗ってユラユラと浮遊して揺れ始める。

 

「こ、これは……」

 

 原理はパイプ吹きボールや吹き上げパイプという、息でボールを浮かす子供の玩具と同じだ。

 

 籠から出る空気によってユラユラと揺れるボールは、龍も実際に見た事は無いが、揺れる魔球「ナックル」を想起させる。そしてボールが揺れて上がったり下がったりする位置は、ちょうどストライクゾーンにある。

 

 と、言う事は……?

 

「まさか、鏡原さん。この揺れるボールを打つつもりなの?」

 

「そうよ、すずわか。人を指導するのも良いけど私は現役の選手だからね。自分も練習しなくちゃ」

 

 まさかと思ったが、本当にみづきがそれをやるつもりだと知らされて、和香の顔が蒼くなった。

 

「ショート有原、構えて!!」

 

 みづきに言われて、翼がぐっと腰を落として捕球の体勢を取る。

 

「ちょ、ちょっと……」

 

 さしもの龍も、慌てた顔になる。こんなユラユラと揺れるボールを、まともに打てるものなのか。仮に打てたとして、どこに飛ぶのか。

 

「みんな気を付けて!! どこに飛ぶか分からないわよ!!」

 

「「「!!」」」

 

 内野陣が、びくっと体を震わせて身構える。

 

「ちょっと鏡原さん、止め……」

 

 しかし制止を聞かず、みづきがバットを振った。

 

 快音。

 

 まず、バットは打球を快打した。

 

 ボールの行き先は……

 

 パァン!!

 

「ドンピシャ!!」

 

 翼のグローブが、気持ちの良い音を立てる。

 

 ワンバウンドで、鋭いゴロが彼女のグローブに突き刺さった。

 

「「……!!」」

 

「どやっ」

 

 間近で見ていた龍と和香は戦慄した表情を見せる。

 

 不規則に揺れるボールをジャストミートするだけでも凄いが、それを狙った所に飛ばすなど、どんなバットコントロールとスイングスピードがそれを可能にすると言うのか。

 

「次、河北さん。セカンド行くよ!!」

 

「はいっ」

 

 キィン!!

 

 今度は軽くバットが振られた。

 

 ゴロが、セカンドに向かう。

 

 先程のショートへのゴロと言い、まぐれではない。間違いなくみづきは、揺れるボールを狙った所に打ち分けている。

 

 近くで守っている翼は、経験者の目線で更に詳細な情報を収集出来ていた。

 

『それに、ともっちがギリギリ追いつけるぐらいの距離に、私の所よりも緩めのゴロを打ってる。練習にうってつけの打球だ』

 

 ダッシュした智惠は、基本通り回り込んで正面からそのゴロを捕球した。

 

「「ナイスプレー!!」」

 

 みづきと翼の声が、重なった。

 

「河北さん、足はがに股じゃなくて、両足を内側に絞って構えて!!」

 

「え? こ、こう?」

 

 言われた通り、智惠が膝を内側に入れる。

 

 これを見て、龍はほうと頷いた。

 

「良いアドバイスね」

 

 内野手が打球に向けてダッシュする時、必ず膝は内側に入る。よって内股に構えていればそのまま走り出せるが、がに股では膝を内側に入れて、それから走り出すのでロスが生まれるのだ。

 

「ほんのちょっぴりでも打球に早く追い付く事は、心理的にも余裕が生まれるからね。鏡原さんはセカンドも守った事があるの?」

 

「勿論。私は野球の全てを極めるのが目標だからね。守った事の無いポジションは無いわ。そしてどこを守っても超一流よ。特にセカンドは、京浜アスレチックスの三条選手を目標に練習したからね。自分で言うのもなんだけど上手いわよ。今度、私の守備範囲の広さを見せてあげるわ」

 

 またしても見事なドヤ顔を見せるみづき。

 

「……それにしても、鏡原さんは昔からこんなのを使ってるの?」

 

 段々と彼女の規格外な練習法にも慣れてきた和香が、疑似ナックルボール発生装置でも呼ぶべき機械を見て呆れたように呟く。

 

「うん♪ 小学生の頃からね。マンガで同じ機械を使ってナックル打ちの練習をしていたから、私も是非やってみたくて自作したのよ」

 

「……!!」

 

「こ、これを子供の頃から……!!」

 

 ナックル打ちの練習をするなど、恐ろしい小学生もあったものである。

 

「別に珍しい事もないでしょ?」

 

 と、みづき。

 

「すずわか、あんただってアニメやマンガで出てくる食べ物がやたら美味しそうに見えて、自分でも作ってみた経験は無い? ラピュタの目玉焼きが乗ったパンとか、レストラントラサルディーで出てくる娼婦風スパゲッティーとか。私、最近では「天気の子」で出てきたのり塩すごもりチャーハンを作ってみたわ。美味しかったわよ」

 

「は、はあ……」

 

「同じように、マンガで出てきた魔球を投げたり、練習をやってみたいと思って、それを実際にやっただけよ」

 

 あっさりと言ってのけるみづきだが、実際にそれをやる行動力など一体どれほどの人が持っていると言うのか。

 

「大切なのは情熱だよ、東雲」

 

 と、将城。

 

「情熱……」

 

「そう」

 

「実際、アニメやマンガに影響されて軽音楽やバイク、キャンプ、筋トレを始める人は沢山いる。ご主人も基本的にはその手の人達と同類だよ。でもそれは大抵の場合は一過性で熱しやすく冷めやすいんだが……ご主人には燃え立つ情熱(パッション)があるからな。そうした人が極まると、ご主人のようになるのさ」

 

「な、成る程……」

 

 こんな調子で練習を続けていると、グラウンドに来客があった。

 

「やってるわね」

 

 剣道部と掛け持ちで、女子硬式野球同好会の顧問を務めてくれている、掛橋先生である。

 

「あ、先生。お疲れ様です」

 

「「「お疲れ様でーす」」」

 

 率先して挨拶するみづきに倣うようにして、同好会のメンバーが礼をする。

 

「ああ、構わないで。鏡原さん、頼まれていた練習試合の相手だけど……見付けてきたわよ」

 

 おおっと、歓声が上がる。

 

「練習試合?」

 

「うん。みんな練習を始めて二ヶ月。そろそろ試合をしても良いかなと思って、先生に頼んで探してもらっていたのよ」

 

「試合!! 試合が出来るんですか?」

 

 欲しい玩具を見付けた子供のように目を輝かせて、翼がショートから駆けてきた。

 

「……それで先生、その相手とは?」

 

「隣町の、清城高校女子硬式野球部よ」

 

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