ハチナイ PM   作:ファルメール

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第14球 究極奥義・一本釣り阿蘇山打法

 

 今回の練習試合は相手校、清城高校へ里ヶ浜高校側が出向く形で行なわれる形となった。

 

 通されたグラウンドは、里ヶ浜高校女子硬式野球同好会が使っているものとは比べものにならない程に設備が整っていた。内野は黒土で、外野は天然芝の鮮緑が目に眩しい。この辺りは流石はかつては(男子野球部が、だが)甲子園に出場経験もある名門、という所であろうか。

 

 試合開始時間になり、グラウンド中央に両校の選手が集合する。

 

 清城高校側から進み出たのは、真面目そうな印象を受ける髪の長い女性だった。

 

「清城高校女子硬式野球部キャプテンの、神宮寺小也香です」

 

「里ヶ浜高校女子野球同好会の、鏡原みづきです」

 

 帽子を取って挨拶するみづき。

 

 すると帽子にくっつくようにして今日は青髪ツインテールのカツラが取れて、その下に隠されていた坊主頭が露わになった。

 

「ぎゃーっ!!」

 

「わわっ……!!」

 

「げえっ!!」

 

 独特の妖気を醸し出す坊主頭。その予想外のインパクトに、清城高校の部員達は一斉に何歩か後退った。

 

 さもありなん、その気持ちは味方である里ヶ浜高校ナインにも十分に理解出来る。

 

 今でこそ見慣れてはいるが、初見時のインパクトは絶大。清城高校ナインの反応も、予想出来たものだった。

 

「『エイリアン3』のシガニー・ウィーバーみたいだ……」

 

「女子で坊主頭にするなんて、気合い入ってるね……」

 

 ひそひそと、こんな会話も聞こえてくる。

 

 動揺していないのは、唯一人。

 

「今日は有意義な練習試合にしましょう」

 

 至って平静な様子で、握手を求める神宮寺。

 

『へえ……中々やるわね。この人』

 

 脳内ではそんな調子で神宮寺小也香の実力を値踏みしつつ、帽子と共にカツラを頭に戻すと、差し出されたその手を握り返すみづき。

 

「今日は、よろしくおねがいします』

 

「……」

 

 そんなみづき達のやり取りを尻目に、翼は一昨日のやり取りを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

「有原、明後日の練習試合のオーダーはこれで決まりね」

 

 他の部員が引き上げた後、部室にはみづき、将城、翼、龍、和香の5名が集められていた。

 

 練習試合のオーダーを決める為の最終会議である。

 

 みづきから差し出されたプリントに、翼達はじっと視線を動かす。

 

 

 

 1番センター:中野

 

 2番サード:阿佐田

 

 3番ピッチャー:鏡原

 

 4番ショート:有原

 

 5番ファースト:野崎

 

 6番セカンド:河北

 

 7番センター:岩城

 

 8番ライト:宇喜多

 

 9番キャッチャー:鈴木

 

 

 

 控えのメンバーは、龍と将城だ。

 

「この人選の根拠は?」

 

 龍の質問は当然と言えば当然である。特に初心者だらけのメンバーの中で、キャリアがあってしかもシニアの全国大会出場経験もある彼女が外されているのは腑に落ちないであろう。同じ疑問は、翼と和香も抱いていた。勝つのはムリにしても良い試合をするには、龍の実力は必要不可欠であろうに。

 

 だがみづきは、落ち着いて返す。

 

「今回の練習試合は、まだ野球に不慣れなメンバーに経験を積ませる事が目的よ。特に守備はこの機会に実戦練習を経験してもらおうと思うからこそのスタメンよ。将城は私専属の捕手だから今回は控えに。私がピッチャーで出て、試合の流れをある程度コントロールするわ」

 

「試合の流れ?」

 

「うん」

 

 みづきは頷くと、まずは翼に向き直った。

 

「聞くけど、有原はこの試合、まともにぶつかったらどんな試合展開になると思う?」

 

「え……それは……」

 

 ここで、翼の口調がしどろもどろになった。

 

「正直な所、どうかな?」

 

「えっと……まず大差で負けるとは思うけど、折角の試合なんだからみんなに野球を楽しんでもらえればと……あはは」

 

「うん」

 

「妥当な線でしょうね」

 

 みづきと龍も、翼の分析に同意した。

 

「私も同意見よ。勝つのはムリでしょうね。だから勝敗はある程度度外視で行く……が!!」

 

 語尾だけ強くなって、将城以外の3名は少し圧されたように体を仰け反らせた。

 

「折角の練習試合だからね。中身の濃い練習をしなくちゃ」

 

「中身の濃い練習って?」

 

「勿論、集中力を伴った練習試合よ」

 

 みづきが明快に答えた。

 

「では次に東雲、あなたに聞くけど。試合に於ける集中力とは何だと思う?」

 

「それは……」

 

 少しの時間を要して、考えがまとまったのだろう。龍は答える。

 

「何かしらの目的意識だと思うわ」

 

「目的意識……」

 

「具体的には?」

 

「点を奪われた時は『何が何でも点を取り返す』。逆に点を取った時には『何が何でもこの点を守り通す』。その気合い、はっきりとした目的に向かう心こそが、試合の中での集中力だと、私は思うわ」

 

「うん♪」

 

 我が意を得たりと、みづきはレンズの奥の瞳を細めて会心の笑みを見せた。

 

「流石は東雲♪ 全く以て私と同意見よ」

 

 すぐに笑みが消えて、真顔に戻った。

 

「今回の練習試合でも、味方の集中力は切らさずにプレイしたいわね。じゃあ逆に、試合の中で集中力が途切れたりする典型は、どういう状況だと思う? はい、すずわか君!!」

 

「えっ……」

 

 いきなり回答を求められて和香は少し戸惑ったが、知識の豊富な彼女はすぐに自分の脳内コンピューターから適合する情報を検索し、見付け出した。

 

「やっぱり、大差が付いた時じゃないかしら。味方が大量リードしていたら楽勝ムードが漂って集中力が途切れるだろうし、逆に敵に大量リードを許してしまっていたら、もう勝てる訳が無いってこれも気持ちが切れてしまうと思うわ」

 

 ちらりと、和香は翼と龍を順番に見やる。

 

 シニアで全国大会にも出場し、多くの試合を経験している二人も同意見のようだった。頷いて返す。

 

 勿論、他にも味方がエラーしたり、これまで完全試合ペースで来ていた投手が打たれた時など集中力、あるいは緊張の糸と言い替えてもいい『それ』が切れるシチュエーションは多々あるが、確かに良くも悪くも大量点差は慢心あるいはあきらめの気持ちを引き出して、集中力の欠如に繋がる。

 

 序盤に大量リードして慢心して、最後に逆転されるチーム・試合展開は二人のどちらもリトル・シニア時代に沢山見てきていた。

 

「私も同意見ね、すずわか。練習試合では、守備練習の為に打たせるピッチングで行く。球種はストレートのみ、魔球0.0625も封印していくわ。これはあなたの実戦でのキャッチングのトレーニングも兼ねているからね」

 

「うん」

 

 これは納得の行く理由なので、和香は特に不満も無いようだった。

 

「そういう訳だから、今回は東雲、あなたは控えよ。ただし、代打の準備は常に怠らないように」

 

「分かったわ」

 

 ナインの実戦練習の為という目的が分かったので、龍もスタメン内容には納得した。

 

「それで、鏡原さん。あなたが投げた場合、どんな試合展開になると考えているの?」

 

「さて……」

 

 ここでみづきは言葉を濁した。

 

「まだ清城高校の正確な実力は分からないからね。予想は言い辛いけど、理想とする展開は考えているわ」

 

「それは……?」

 

「まず初回に、2点ぐらいを取る。だから序盤から中盤に掛けてはみんなはその2点を守ろうという気持ちで試合をする。その後はストレート一本で行くから段々と点は取られるだろうけど……最終回までに、5失点ぐらいに抑えたいわね。それぐらいの点差なら、守ってこれ以上差を広げずに、攻撃で取り返そうって気持ちになるでしょ」

 

 

 

 

 

 

 

 そして始まった練習試合。

 

 1番の綾香はサードゴロだが、エラーも手伝って出塁に成功。

 

 2番のあおいは絶妙の送りバントを決めて、ランナーの綾香を得点圏に進塁させた。

 

 そして打順は3番のみづきに回ってくる。

 

 愛用のバットをくるくると回しつつ、右打席に入るみづき。清城高校のキャッチャーである牧野花は、じっと彼女の様子を観察する。

 

 立ち振る舞いは堂に入っている。試合経験も豊富である事が読み取れた。

 

 牧野の目を引いたのは、みづきが持つバットだった。

 

『木のバット……』

 

 みづきが持っているのは金属ではなく、木製のバットだった。それもメーカー製品ではない。手作り感溢れる仕上がりで、打球部にはぶっとい毛筆で「大噴火」と書かれていた。みづきにしてみれば、このバットも彼女が使う打撃技術の一部なのだ。

 

 野球は機械ではなく人間がやるものなのだから、出来る限りノリノリになれる道具を使うのが良い。その方がきっと良い結果に繋がる筈。それが彼女の理論だった。

 

 しっかりと足場を作り、構える。

 

 力強いがムダな力は入っておらず柔軟性もあるだろう構えだ。

 

 強打者であろうが、同時に好打者でもあろうと推測出来る。それを見て取った神宮寺は、警戒を強くしたようだった。

 

「みづきは、ウチに教えた阿蘇山打法を使うのかな?」

 

 これはベンチで応援している良美の言葉だった。

 

 阿蘇山打法こと、ローテイショナル打法。踏み込まず体重移動もせず、独楽のように最短の軌道でバットを振る打撃技術。

 

 ただし体重移動でパワーを作れないので、鍛えた体幹が必要不可欠となる。応援団として良い声を出す為に腹筋を中心として鍛えている良美だから使いこなせる打法だが、本家本元とも言うべきみづきなら当然使えるだろう。みづきはこれを彼女の打撃の奥義と言っていた。

 

「果たしてそうかしら?」

 

 異論を唱えたのは龍だった。

 

「え?」

 

「どうしたの? 東雲さん」

 

「鏡原さんが、ローテイショナル打法を会得したのは彼女が小学生の頃なのでしょう? 彼女の練習方法は独特だけど、その野球センスや研究熱心さは、私も認めているわ。そんな彼女なら……数年の時間があれば岩城先輩に教えたのを更に洗練した技術として、昇華させて身に付けているかも」

 

「「……!!」」

 

 更に先の技術がある?

 

 そんな可能性への興味、期待感を滲ませて、里校メンバーがバッターボックスに立つみづきを見やる。

 

 打席のみづきは、神宮寺が彼女を観察しているように彼女も神宮寺を観察していた。

 

『ここまでの配球は、全球ストレート……多分、向こうも打たせて守備練習をさせるつもりか。それとも一巡目はストレートのみで抑える配球を研究しているのか……?』

 

 いずれにせよ、この分なら自分にも直球が来る可能性が高いとみづきは踏んだ。狙い球はストレート。

 

 神宮寺が振りかぶって、投げる。

 

 飛んでくる白球。コースは外角低め、ストライクゾーンギリギリ。

 

 打ちに行くみづき。やはり良美に教えたのと同じ、独楽のように体を回して打つ阿蘇山打法だ。

 

『捉えた!!』

 

 打った、と確信する。が、その時だった。

 

『えっ!?』

 

 球が、アウトコースに逃げた。

 

「カーブ……いや、スライダー!!」

 

「それも、かなりキレてる!!」

 

 翼と龍が、揃って声を上げた。経験者とは言え、ベンチから見ていてもそれとはっきり分かるぐらいの変化量だった。

 

 アウトコースは、目から遠いだけでなくそもそもバットに当たる部分が少ない。右打者であるみづきにとって、外へ逃げるスライダーは二重に打ちにくい球と言える。

 

『しかし!!』

 

『なっ!?』

 

『腰が……!!』

 

 ぐぐっと、みづきの腰がこの変化に対応する為に動くのを、キャッチャー牧野とピッチャー神宮寺は見逃していなかった。

 

 龍が予測した通り、みづきの打撃技術には先があったのだ。良美に指導したよりも更に先が。

 

『高知に行って、カツオの一本釣りで鍛えた腰の力を見よ!! 揺れる船の上でバランス感覚を強化し、しかも釣ったカツオをそのまま食べて、新鮮なタンパク質を摂取してパワーアップ!! そうして鍛えたこの腰が、全てを導く!! これぞ究極奥義『一本釣り阿蘇山打法』!!!!』 

 

「!!」

 

 一閃。

 

 快音。

 

 この瞬間、神宮寺は一瞬だけみづきの背後に、有り得ない光景を幻視した。

 

 バットに書かれた文字の如く、大噴火する阿蘇山。そして火山弾の代わりに飛び出すカツオの大群。

 

 打たれたボールは、斜め上方45度。およそホームランを打つには理想的とされる角度で上昇していく。

 

「し、信じられない!!」

 

 マスクを放り捨てながら、牧野が思わず叫んだ。

 

『完全に空振りになるタイミングだったのに、腰の粘りでジャストミートさせた!!』

 

「セ、センター!!」

 

 牧野が指示を飛ばす。

 

 指示を待たずに猛ダッシュするセンターだったが、すぐにフェンスに背中が当たった。

 

 見上げると、打球は自分の遙か上空をぐんぐんと伸びている。

 

 センターの彼女も、神宮寺と同じものが見えていた。青空に舞う白球と、それを取り囲むように空を泳ぐ、天翔るカツオの大群が見える。一本釣り阿蘇山打法・脅威のパワーがそれを見せているのだ。

 

「……うん?」

 

 呆然と球を追っていた神宮寺だったが、視線を下げると一つの事に気付いた。

 

 グラウンド上の、みづきの姿だ。

 

「お見事」

 

 思わず、そう呟いていた。

 

「打ったー!!」

 

「ホームランか!?」

 

「行ったーっ!!」

 

 里校ナインも飛び出す勢いでベンチから身を乗り出して、打球の行方を追う。しかし見るまでもなく、完全にホームランと分かる打球の伸びと高さだ。

 

 だがこの時、やはり経験者の翼と龍だけは、別のものを見ていた。神宮寺と、同じものを。

 

「みんな、見るのはボールじゃないよ」

 

「そうね、鏡原さんを見て」

 

「えっ?」

 

「何……?」

 

 その声を受けてナインが視線を落とすと、猛スピードで走るみづきが一塁を回った所だった。明らかに全力疾走と分かる速さである。

 

「あんな当たりなのに、全力で走ってる……」

 

「シニア時代、私のチームとの試合の時もそうだったわ」

 

「去年の私のチームとの試合の時もだったよ」

 

「いつものご主人だな」

 

 将城が、みづきとの対戦経験のある二人の意見を受けてコメントする。

 

「打球を見失っているんじゃない。ご主人はたとえ手応えが十分にあっても、いや、真芯を食えば手応えは無いんだが……ま、兎に角ホームランと分かっていても足を止めて打球を眺めるような事は決してしない。打者は打ったら全力疾走する事。審判のジャッジが下るまでは気を緩めない事。それをしっかり守っているのさ」

 

「野球の基本中の基本ね」

 

 龍が頷く。

 

 しかし基本中の基本ながらそれをしっかり実行出来る者は中々いないのだ。

 

 ホームランと分かって足を止めるならまだ許せるが、内野ゴロを打ってアウトになると早々に判断して怠慢な走塁を行ない、それでファーストが送球をエラーしてセーフになる筈のシチュエーションを潰されたのを見た事がある。

 

 それは単純にアウトカウントを一つ献上するだけでなく、味方の士気を下げる事にも繋がってしまう。

 

「みんなも、見習えって事だね」

 

 翼が総括する。

 

 どんなプレーをすべきなのか、その見本を、みづきは自ら実行して示しているのだ。

 

 打球がフェンスを越え、塁審からホームランのコールを受けた所でみづきは漸く足を緩めた。

 

 まず先に2塁ランナーの綾香がホームインし、続いてみづきもホームイン。

 

 里ヶ浜高校が2点を先取。まずはみづきの望む試合展開の、第一条件が達成された事になる。

 

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