ハチナイ PM   作:ファルメール

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第18話 目標の変更

 

 打たれはしたものの4回裏の清城高校の攻撃を何とか2失点で凌ぎきり、5回表の里ヶ浜高校の攻撃。

 

 バッターがラップする前に、みづきはメンバー全員をベンチ前に集めて円陣を組ませた。

 

「みんな、見ての通り前の回のピッチングは、私は向こうのピッチャーのマネをしてどんどんスライダーを投げたわ。そして、清城高校は見事にそのスライダーを打ち返してみせた。それを見て、あなた達は何か気付いた事はあったかしら?」

 

 さっと両手を広げるみづき。

 

 誰でも気兼ねなく発言しろとのアピールだ。

 

「そ、それじゃあ……」

 

 ややあって夕姫が、おずおずと挙手した。

 

「はい、野崎さん!!」

 

 元気良くかつ笑顔で、みづきがびしっと夕姫を指名する。

 

「えっと……左打者は前の回では、こう……」

 

 バットこそ持っていないが、バッティングフォームを取ってみせる。

 

「腕を畳むようにして、窮屈に打っている感じでした」

 

「うむっ。他に誰か?」

 

 腕組みしつつみづきは、満足そうに何度も頷きながら次の発言を促す。

 

「じゃあ、私が」

 

 今度は智惠が挙手した。

 

「右打者は、打つ時に右足に力を入れて踏み込んで打っていたように見えたよ」

 

「ともっち、気付いてたの?」

 

 と、翼。

 

「あ、うん……清城高校のバッターが、みんな変わった打ち方していたから何となく印象に残ってて……」

 

「そうだな。確かに左打者は窮屈に腕を縮めているみたいだった」

 

「こんな風に、体を投げ出す感じに打っていたような……」

 

 発言しやすい空気になった事で、皆がそれぞれの印象を述べていく。

 

 これには経験者である翼や龍の方が驚かされたようだった。

 

 みんな、ここまで詳細に感じ取っていたとは。

 

「結構結構。そういう風に、今まで気付かなかった事に気付けるようになっている。つまり、感受性が発達している事も上手くなっている証明よ」

 

 ぱんと手を叩いて、みづきが総括した。

 

「あの神宮寺には、ストレートとスライダーを投げる時に違ったクセは無いわ。つまり、投げる前に球種は分からない。と、すれば、スライダーの曲がりっぱなに反応してぶっ叩くしか攻略法は無い。その為には右打者は曲がったと思ったらすぐ右足を蹴るようにする事。左打者は腕を畳んで、バットを一番後から出すようにして叩く。それを心掛けて。最初からは上手く行かないだろうけど、トライしていけば効果は出る筈よ」

 

「分かったわ。じゃあ、早速私からやってみる」

 

 この回の先頭打者である和香が、今迄とは違った自信のある表情で打席へと向かっていく。

 

「かっせ、かっせ、す・ず・わ・か!!」

 

「ちょっと、鏡原さん」

 

 エールを送るみづきであるが、龍に肩を叩かれて振り返った。

 

「ん? どしたの東雲」

 

「あなたがみんなにスライダーの打ち方を見せる為に、敢えて打たせているのは分かっていたわ。でも、あなたならスライダーの打ち方ぐらい知っていた筈でしょう? それを最初から教えていれば良かったんじゃ……あなたでダメなら、有原さんや私でも……」

 

「勿論、大量失点していつまでも気付かないようならそういう風にアドバイスもするつもりだったけどね」

 

 にやっと、不敵に笑って返す。

 

「でも、出来れば自分で気付いてほしかったのよ。他人からただ教えられたり指示されたりしただけのと、自分で感じ取って、気付いたのは全く違うからね。感じ取る事が出来たという事は、自分の物になったって事。そして自分で気付いたのは、感動が違うからね」

 

「感動……」

 

「そう。私もリトルやシニア時代、監督やコーチから色んな打撃技術を習ったわ。スタンダードにクラウチング、一本足に天秤打法。私はそれらを全てマスターしたけど……でも、最後には自分で開眼した阿蘇山打法が一番しっくりきて、体に馴染んだのよ。やっぱり自分の力でものにした技術は、それを高めようとする気持ちが違ってくるのよ。ほら」

 

 そうしてみづきが指差す。龍が視線でそれを追うと……

 

「そうそう、宇喜多さん、そんな感じ。スライダーがククッと曲がる所を、右足をグッと踏み出して、バットをブン!! そうしたスイングを心掛けて」

 

「ククッで、グッで、ブン……」

 

「翼、私も見てくれる?」

 

「分かったよ、ともっち」

 

「有原、こっちも頼むぞ」

 

 打順はずっと先であるにも関わらず茜、智惠、良美がベンチを出て、バットは持っていないが素振りをしてフォームのチェックとタイミング取りの練習をしていたのである。

 

 この積極性はみづきに指示されての行動ではない。自主的なものだ。

 

「ね?」

 

「……成る程」

 

「私も、やってみようと思います」

 

「私もなのだ」

 

 夕姫とあおいも、練習の列に加わった。

 

 積極的な練習姿勢が、彼女達にも伝播したのだ。

 

「……良いわね。鏡原さん」

 

 顧問として引率に来ている掛橋先生は、じーんと少しだけ涙ぐんだ目元を拭った。

 

 教育者として、教え子達のこの勤勉な姿勢は目頭が熱くなるというものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、スライダー打ちの技術を取り入れて改めて攻撃に乗り出した里ヶ浜高校女子野球同好会であったが、やはりそう上手くは行かなかった。

 

 神宮寺はピッチングマシンではなく、生身の人間である。機械は淡々と設定された球種を発射するだけだが、人間のピッチャーには打たせまいという意志が介在している。当然、スライダーばかり投げてくる訳もなく、キャッチャーのリードも手伝ってバッターの狙いを外す為、球種の組み合わせやコース・緩急にも工夫を凝らしてくる。

 

 その為、いくらスライダー打ちの対策を採り入れていようと簡単に打てるものではなく、単打こそは許すものの点には繋がらなかった。

 

 一方で清城高校側は、みづきが打たせるピッチングをしている事、里校側が少しずつ上達しているとは言えやはりまだ初心者ばかりで守備が拙い事、単純な地力の違いなどといった要素が絡み合って、少しずつ追加点を重ねていった。

 

 7回を終えた時点で、スコアは7対3。清城高校側が4点のリードだ。

 

 そして8回表、里校側の攻撃。

 

 既に良美と茜が初球打ちで倒れ、早々にツーアウトになっており、次打者の和香が打席に向かう。

 

「……」

 

 ちらりと、和香はベンチへ視線を送る。

 

「ぶはーっ」

 

 ベンチでは大きく息を吐いたみづきが、将城がクーラーから取り出した2リットルのペットボトルから水をガブ飲みしていた。

 

『鏡原さんは、流石に疲れているみたいね』

 

 無理も無い。

 

 この試合でみづきはピッチャーとして投げるだけではなく、ナインへのシフトや送球の指示、バッティングの指導など一人何役もこなしている。司令塔としての役目は、本来キャッチャーである自分の役目なのにと、和香は忸怩たる思いになる。

 

 だが、この試合が始まる前の彼女であれば、みづきの疲労に気付けなかっただろう。その余裕を持てなかったと言う方が正しいか。

 

 視野を広く持ち、今迄視界には入っていても認識出来なかったものが見えるようになったのも、和香自身気付いていないが確かな成長の証なのだ。

 

 もし自分が初球を打ってアウトになってしまうと、この回の攻撃は3球で終わってしまい、疲労が回復しないままみづきは次の回の投球に向かう事になる。キャッチャーとして、和香はそれを防ぎたい。

 

『少しは、鏡原さんを休ませなくちゃ』

 

 その為には早打ちを避けて、出来るだけ相手ピッチャーに球数を投げさせて時間を稼ぐ事だ。

 

 この考えはチームプレイとして間違いではない。

 

 ところが……

 

「……」

 

 じっと、清城高校キャッチャーの牧野が、和香を観察する。

 

『……打ち気が全く感じ取れない』

 

 同じものは、マウンドに立つ神宮寺のセンサーも受信していた。

 

『早打ちはせずに、時間を稼ぐ気ですね』

 

 里校側のベンチを見やる。

 

『ピッチャーを休ませようという魂胆が、見え見えですよ』

 

 相手が自分の思惑を外そうと動いてくるという要素が、和香のプランからはすっぽり抜けていた。

 

 バッターは時間を稼ぎたい。

 

 ピッチャーは時間を稼がせたくない。

 

 すると、どうなるか。

 

「ストラーイク!! ストライークツーウ!!」

 

 立て続けに、ストライクがコールされる。

 

 矢継ぎ早にストレートが投げ込まれて、あっという間に和香は追い込まれてしまった。

 

『……早打ちすると時間が稼げないと思っていたけど、打ち気を出さないとポンポンストライクを取りに来られた』

 

 こんな事なら、打つつもりは無くても打ち気だけは出しておいた方が良かったかも知れないと後悔した。そうすればボール球を投げさせたりして、球数を稼いで時間も稼げたかも知れない。

 

 とは言え、いつまでも悔やんでいても仕方無いと頭を切り換える。

 

 こうなればと、バットを短くする。

 

 かくなる上はカットして時間稼ぎしようとする狙いだったが、精神的に追い詰められている状態なのが災いした。

 

 外へ逃げるスライダーに、短く持ったバットではリーチが足りずに空振り。敢えなく三球三振を喫してしまった。

 

「くっ……」

 

 うなだれてベンチに戻る和香。だが、彼女の肩をみづきはぽんと力強く叩いた。

 

「すずわか、ナイスケアリング!!」

 

「えっ……」

 

 ケアリング、即ち気遣い。

 

「私を休ませようと早打ちを避けたんでしょ。ありがとうね」

 

「それで三球三振だったから、全然時間を稼げなかったわ」

 

 自嘲するように和香が首を振る。そんな彼女の胸に、みづきがどんと拳を当てた。

 

「私らプロじゃないんだから、結果じゃなくて良いの。大切なのは心と、トライする姿勢よ。そしたら結果は後から付いてくるわ。心が前向きなら、それで良いのよ。その気持ちだけで、私は充電100パーセントよ。そしてすずわか、あれを見なさい!!」

 

 スコアボードを指差すみづき。

 

 8回の表を終わって、里校側のスコアの欄に「0」と記された所だった。

 

「この試合、私は実戦守備練習のつもりだったから、正直10点は取られると思っていたわ。場合によっては、コールドゲームも覚悟していた。でも、7点までで食い止めてくれてた。チーム全員が一丸になって、試合に取り組んで上手くなろうと必死だったからよ。勿論すずわか、あなたも」

 

「そう、かしら?」

 

「勿論そうよ。胸を張って良いわ」

 

 みづきは即答した。

 

「そして、ここまで良い流れだと、勝敗を度外視するつもりだった私にも欲が出てきたわ。既に、試合の課題として私が設定したラインは、みんな越えてくれて合格だからね」

 

「欲……」

 

 この話の流れで「欲」と来れば、その意味する所を察するのに大した推理力は必要ではなかった。

 

 即ち……

 

「この試合に勝って、みんなに花を持たせてあげたいのよ」

 

「……勝ちたいとは、勿論私も思うけど……」

 

 少し難しいかもと、和香はもう一度スコアボードを見た。

 

 今、8回表の攻撃が終わった所で練習試合に延長は無いから、里校側の攻撃の機会は後は9回表の一度だけ。4点差を覆して勝つ為には8回裏と9回裏を0点に抑える事を前提としても、後一回の攻撃で5点を取らねばならない事になる。

 

 野球は逆転のスポーツだ。1回の攻撃で5点。入り得ない点数ではないが、難しい所ではある。

 

 それは、みづきも認める所だった。

 

「その為には、みんなの士気を高める事が必要になってくるわ」

 

「士気……」

 

「そう。『打てば勝てる』『もう点は入らない』そんな風にみんなに思わせる事よ。そんなピッチングをすること。そして……これは私のワガママだけど、もし9回に点が入らない場合、この回が最後のピッチングになるから……終盤ぐらいは、守備練習用じゃなくて思い切り投げてみたいのよ」

 

「分かったわ。どうせ私の打席はずっと先だし」

 

 まだみづきは全てを話していなかったが、内容を感じ取って和香は頷いた。

 

 みづきが、全員に聞こえるよう声を張り上げる。

 

「みんな、ここからは勝ちに行くわよ!!」

 

「「「!!」」」

 

「キャッチャー交代!! すずわかに代わって、将城!!」

 

「応!! とうとう私の出番だな、ご主人!!」

 

 待ちかねたようにベンチから飛び出した将城が、慣れた手つきで和香から受け取った防具を装着。キャチャースボックスに座った。

 

 同時に、みづきはグローブを左手から右手に付け替えた。

 

「……? あの投手は、左でも投げられるのですか?」

 

 この様子を清城高校側のベンチから見ていた神宮寺が、興味深そうな視線を向ける。それも当然であろう。両利きの打者、スイッチヒッターは時々見かけるが、両利きの投手・スイッチピッチャーなどは滅多にお目にかかれない。無論彼女も、実物を目の当たりにしたのは初めてだった。

 

 だが、次のみづきの動作を見た時に、表情には驚愕が取って代わる。

 

 みづきはユニフォームのポケットから爪楊枝を取り出して、口に咥えた。

 

 サウスポーで、爪楊枝を咥える。

 

 モノマネ投法の使い手であるみづきが、誰を真似るのか。

 

 この時点で、候補は一人に絞られた。

 

「!! あれは、まさか!!」

 

 翼が、目を輝かせる。

 

「もしかして……」

 

 龍が、ごくりと唾を呑んだ。

 

「まさかっ……彼を真似る? では……あの球を、あの球を投げると言うのですかっ!?」

 

 野球漫画好きの神宮寺が、驚愕に顔を引き攣らせた。

 

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