ハチナイ PM   作:ファルメール

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第22球 最後の攻撃 3

 

 智惠に代わるピンチヒッターとして、打席に立つ龍。

 

 一方で清城高校ナインは、ファーストとセカンドがそれぞれ一塁と二塁のキャンバスを足でならして整えていた。

 

「うん? はは、気付かれたか」

 

 三塁に陣取るみづきが、ぺろりと舌を出した。

 

 彼女はセカンドランナーの時も、抜け目無くリードすると同時に二塁キャンバス周辺のグラウンドをデコボコに荒らしておいた。これはそちらに打球が飛んだ時に、少しでもイレギュラーバウンドする可能性を上げて、打者を助ける為のものだ。

 

 しかし、清城高校も一度ならいざ知らず二度も三度もこうした小手先の手品が通用する程、甘くはなかったようだ。

 

 まぁみづきとてこんなのはあくまでもトリック。実力とは違って確実性にも欠けるし、最初から当てにするつもりは無い。

 

 さて、満塁となると攻撃側が圧倒的有利と思われるが、実際には満塁策という言葉があるように野手はランナーにタッチする必要が無くベースを踏むだけのホースアウトが適用されるので、守備側にも併殺を狙いやすいという利点がある。ノーアウトなら、トリプルプレイも十分に有り得る。

 

 しっかりと足場を作った後、ぐっと自然体で構える龍。

 

 9回表ワンナウトでの代打、続く七番打者の良美はこの試合はノーヒット、と言うか一度としてボールにバットが当たっていないので、実質的にはここがこの試合の分水嶺。逆転するか負けるかは龍の打棒に掛かっていると言って過言ではない。

 

 しかしそんな責任重大かつ難しい場面にありながら、龍は適度に緊張し、良い感じに落ち着いている。

 

 気負いも驕りもなく、完全に自分の実力を発揮出来る精神状態と言えるだろう。

 

『彼女はさっきの四番と同じで、シニアの全国大会経験者だよ』

 

『ええ、ここは慎重に行きましょう』

 

 清城バッテリーはまずは第一球、外角低めストライクゾーンから逃げていくスライダーを投じた。

 

「……」

 

 ピクリとも動かず、見送る龍。審判がボールをコールする。

 

『良い目してる』

 

『それとも手が出なかったのか……』

 

『今度はストライクを入れてみよう』

 

『分かりました』

 

 第二球。先程と同じコースにストレート、ただし今回はストライクゾーンに入ってくる。

 

 龍はこの球も、バットを振らず見逃した。ストライクがコールされる。

 

『……なんか、イヤな見送られ方した』

 

 キャッチャー牧野が、ごくりと喉を鳴らした。じっくりと、球筋を見られていた気がする。

 

 どのみち、三球も同じコースを続けるのは危険過ぎるというものである。

 

 次は、インコース低めを要求する。ただし、これもボール一つ外したものだ。

 

 神宮寺も頷くと、サイン通りのコースに投げ込む。

 

「……」

 

 またしても、龍はピクリとも動かずに見送った。

 

 これでカウントは2ボール1ストライク。

 

『……全然手を出してこないし動かないから、どのコースを待っているのか分からない』

 

 ツボはどこなのか。

 

 内角か外角か、高めか低めか。得意なのは直球か変化球か。

 

 次にはどのコースを要求したものか、判断に迷った花は一度タイムを掛けると、マウンドに走った。このタイムを利用して、サードランナーのみづきもバッターボックスの龍の元に駆けてきた。

 

「どうしたの? 鏡原さん」

 

「東雲、相手バッテリーは次の球で勝負してくると予想するわ」

 

「ええ」

 

「さっきの野崎さんの時はコースを予想して却って緊張させてしまったけど、東雲、大舞台慣れしてるあんたなら大丈夫でしょ」

 

「……それで、鏡原さん。あなたは次のボールは、どこにどんな球が来ると思うの?」

 

「……ピッチャー神宮寺が、私の考えている通りの選手なら」

 

 そう前置きして、みづきは予想を述べる。

 

「次に来るのは、インハイの直球よ」

 

「インハイ・直球」

 

 

 

 

 

 

 

「小也香、あのバッターは打ちそうだよ。ここは、勝負を避けるという手もあるけど」

 

 仮に龍との勝負を避けて押し出しとなっても清城高校側は現在3点リードだからまだ2点差となり、次は全く当たっていない良美を初めとして下位打線だ。試合の勝敗に拘るなら、その点差を守って勝つという作戦も有り得る。

 

 だが、神宮寺は穏やかに首を横に振って応じた。

 

「牧野さん、確かにそれも作戦ですが、あなたは一つ、忘れている事があります」

 

「……忘れている事?」

 

 鸚鵡返しする花に、神宮寺は頷きを一つ。

 

「これが、練習試合だという事です」

 

「!! ……公式戦じゃないって事?」

 

「そうです」

 

 ここまでの会話で、花にも神宮寺の言わんとする事が読めた。

 

 確かにここで龍を歩かせて勝負を避け、この試合を勝つという手はある。

 

 だがもし、それでこの練習試合に勝ったとしてだ。

 

 仮に何ヶ月か後に全国大会の公式戦で、しかも最終回・同点で満塁という絶対に逃げる訳に行かない、勝負するしかないという状況で、再び龍と対決する機会が巡ってくるかも知れない。その時に彼女の実力、得意とする球種や不得手なコースを知っているのとそうでないのとでは、天と地程の違いがあるだろう。

 

 そして、この練習試合で結果がどうなろうと東雲龍の実力を推し量っておく事と、そうした後も逃げ場も無い状況で龍にホームランを打たれて彼女の実力を思い知らされる事。

 

 どちらが良いかなど、自明の理だ。

 

「牧野さん、次の球で勝負。インコース高目へ行きます」

 

「分かったよ、小也香」

 

 

 

 

 

 

 

 タイムが解かれて、4球目。

 

 振りかぶって足を上げた神宮寺が、勝負球を投じる。

 

「!!」

 

 みづきが予想した通り、インコース高めへのストレート。

 

 少し前に龍自身が言ったように、打撃で一番難しいコースは、体に最も近い箇所と最も遠い箇所。つまりインコース高めと、アウトコース低めである。

 

 アウトローは、単純に目から一番遠い箇所なので球筋を正確に見切る事が難しく、打ち損じも多い。

 

 一方でインハイは、このコースを打とうとするなら腕を伸ばしてバットを振る事が出来ず、他のコースとは全く違った打撃フォームが必要とされ、ミートポイントも全く違ってくる。そこに難しさがある。

 

 逆に言うのなら、この難しいコースであるインハイを如何にして捌くかで、バッターの力量を窺い知る事が出来る。

 

 結果が丁と出るか半と出るかは分からない。

 

 見事龍が打ってみせるのか、それとも空振りか、打ち損じになるか。

 

 だが、そんな結果は神宮寺にとって問題ではない。

 

 バッター・龍の実力、資質を見極める事。それこそが、これが練習試合である事を理解している神宮寺の目的。

 

 ただし、いくら難しいコースとは言えインコースはまともに当たれば引っ張られて長打になる可能性もある。故に敵を知る為に、インハイを投じる行為は投手にとっても勇気の要る行為であると言える。

 

『来た!!』

 

 インコース高めへ飛んでくる速球を、龍が睨み付ける。

 

 脳裏によぎるのは、ひまわりグラウンドでのみづきとの対決の時、彼女が投じたインハイストレートを打ち損じた時の記憶だ。

 

 あれは、龍への今後の課題として投じられた一球だった。

 

 難しいコースであるインハイストレート。

 

 あの球に打ち取られたその日から龍は毎日、父親や兄達に助言を仰ぎ、インハイ打ちを練習していた。姿見の前でフォームをチェックし、修正したフォームを何百回と繰り返す素振りで、体に覚え込ませる。悪いクセが出たらそこを意識して矯正して、何度も何度も、その繰り返し。

 

 みづきが見せた魔球0.0625のコントロール。

 

 比喩ではなく針の穴をも通すであろう制球術を身に付けるまでに、彼女が野球にどれだけの情熱を捧げ、時間を費やし、練習を重ねたのか。僅かに30球の対決だったが、その日々の重さがボールに刻み付けられているかのように思えた。

 

 みづきの実力、彼女が放つエナジーにあの日の龍はシビれた。

 

 こんなスゴイ選手と同じチームでプレイする事で、きっと自分を高める事が出来る。

 

 もっと野球が上手くなれる。もっと先へ行ける。

 

 そう思ったからこそ女子野球同好会に入会して、練習を重ねてきた。

 

 バッティングに、まぐれやラッキーは無い。

 

 結果的に偶然当たったヒットにせよ、それは何千回も練習で振ったスイングだ。

 

 打つも打てぬも、これまでの過程が証明する。

 

 今度同じ球が来たなら、必ず打ってやるというファイトを込めて振ったバットに。

 

 野球が上手くなりたいという想いを乗せて振り続けたバットに。

 

 積み重ねてきた練習の日々に。

 

 曇りが無ければ。

 

 偽りが無ければ。

 

「打てる!!」

 

 インハイ一杯の難しいコースに、龍は腕を上手く畳んで打ちに行く。膝も開かない。

 

 コンパクトに振り出されたバットは、ボールの中心よりほんの僅か下、最も飛距離の出るポイントに食い込む。

 

『……打たれる!!』

 

「よし、食った!!」

 

 神宮寺とみづきの確信とほぼ同時に、快打一閃。

 

 ジャストミートされた白球が、ライト方向へ高々と舞い上がる。

 

 それを見て、三塁のみづき、二塁の翼、一塁の夕姫が一斉にスタート。

 

 打った龍も全力疾走する。

 

 走りながら、みづきは打球の行方を追っていた。

 

 角度、ノビ共に申し分無し。

 

 これは入る。

 

 野球は何が起こるか分からない。だから常に全力でプレイする事を心掛けているが、その彼女をしてそう確信させるほどに、今の龍のバッティングフォームそして打球は素晴らしかった。

 

 さしものみづきと言えど、そう容易くは再現出来ないほどの。

 

 だが。

 

「むっ……?」

 

 走る足は少しも緩めず、みづきが打球を睨む。正確には、打球が飛んでいる空を。

 

 少しだけ綻んでいた表情が、厳しく変わった。

 

「全員、急いで!! ホームランにならないわよ!!」

 

「「「えっ!?」」」

 

「三秒後に、上空では向かい風が吹く。ボールが押し戻されるわ!!」

 

「ほ、ホントに!?」

 

「日本一風が強い山形県で修行した、風読みの術よ。間違いないわ!!」

 

 指示を飛ばしつつ、まずみづきがホームインした。1点奪取。

 

 ほぼ同時に、逆風になった風の影響を受けて打球が失速。勢いを失って、落ちていく。

 

 それでもギリギリホームランになるかと思われたが、外野フェンスの最上段にダイレクトでぶち当たった。本塁打は成らず。だが、十分長打コースである。

 

「……くっ、任せて下さい!!」

 

 本来ならキャッチャーのカバーに入るべき神宮寺が、ライト方向へと走る。

 

 打球に追い付いたライトが、ホームへと送球する。

 

 二塁ランナーの翼がスライディングでホームイン。2点目が入った。

 

「やった、有原が2点目!!」

 

「あと1点!!」

 

「野崎さん、行けるよ!!」

 

 ここでグラウンドの神宮寺は、飛行機ごっこのように両手を広げた。

 

 180度に広げた右手の先にはライト。グローブを嵌めた左手の先にはキャッチャーが、それぞれ見える。

 

「あれは!!」

 

「鏡原さんが4回裏に私達に指導した、最短距離でボールを中継するテクニック!!」

 

「真似られたか!!」

 

 両手の先にそれぞれ外野手とキャッチャーを置く事で、中継役は絶対に両者を結ぶ最短距離に立つ事になる。神宮寺も素晴らしいテクニックだと絶賛していた技術だった。

 

 その言葉は嘘ではなかった。テクニックに著作権は無い。素晴らしいと思っているからこそ、マネたのだ。マンガの選手をマネる、みづきのように。

 

 三塁を回った夕姫が、ホームに突進する。同点のランナーだ。

 

 タイミングは際どい。

 

「同点には、させません!!」

 

 送球を受けた神宮寺のバックホーム。ピッチャーの強肩を活かして、速球がグラウンドを走る。

 

 ボールが速いか足が速いか。これはクロスプレイになる。

 

 だが、神宮寺も良いピッチャーではあるが流石にみづきのように16分割したストライクゾーンに自在に投げ分ける程のコントロールまでは持っていない。

 

 そして、本来ならキャッチャーをカバーすべき彼女が中継に入っているので、ホームにカバーはいない。後逸の可能性は十分ある。

 

「東雲さん、一旦止まって!! それたら逆転のランナーになるわ!!」

 

「ええ」

 

 三塁のコーチャーに入っていた和香が、龍の走塁にストップを掛ける。

 

 言われるまでもなく、一度足を止める龍。

 

 ホームにはカバーが居ない。もし、神宮寺の送球が左右いずれかへ逸れるか手前でバウンドなどすれば、そのまま龍がホームに駆け込んでランニングホームランが成立する。

 

 果たして、神宮寺の送球は力んだのか、花の手前でバウンド。必死に追い掛けるが、花は後逸してしまう。

 

 これで、夕姫は確実に間に合う。そして龍もホームに駆け込んで、一気に逆転。

 

 するかに、思われたが。

 

 バシッ!!

 

 花の後ろに誰も居ない筈なのに、ボールの捕球音が響いたのだ。

 

「「えっ!?」」

 

 なんと、花の後ろに5の背番号を付けた選手が控えていて彼女が、逸れたボールを捕球していた。

 

 サードが、ホームのカバーに入っていたのだ。

 

 これも、4回裏にみづきが里校ナインに指示した守備の動きだった。神宮寺の送球の動きと言い、このバックアップと言い、清城高校もこの練習試合のみづきの指導とそれに従う里校ナインの動きから、学んでいたのだ。

 

「滑れーっ!!」

 

 スライディングする夕姫。

 

 だが彼女の手がホームに届くよりも、カバーに入ったサードのタッチが僅かながら早かった。

 

 アウトがコールされる。

 

 こうして、龍の打撃はランニングホームランはならず三塁打に終わり、里校側は同点には届かずに6対7で、9回表ツーアウトとなった。

 

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