9回表、ツーアウトランナー三塁。
点差は6対7の一点差。
里ヶ浜高校と清城高校との試合は、まさに正念場に突入していた。
「ツーアウト……」
「や、やっぱり茜たちじゃまだ無理だったのかな」
「初戦でここまでやれたなら……」
まだ三塁に龍がランナーとして残ってはいるが、あとアウト一つでゲームセットとなると流石に士気が落ちるもの。里校側のベンチには、暗いムードが立ち込め始めていた。
「ツーアウト!! ツーアウト!!」
あとアウト一つ、バッター一人と、清城高校ベンチでは神宮寺にエールを送り、同時に里校へとプレッシャーを掛けてきている。
「み、みんな……」
引率の教師としてこのムードに居心地の悪さを感じたように、掛橋先生が何事か言おうとする。
しかし、それより早く。
「ほら、みんな!!」
パンパンと手を叩く音に、ナインが顔を上げる。
拍手していたのはみづきだった。
「これから打席に立つ者が居るのに、そんな態度じゃ失礼よ!!」
視線を送った先には、流石に緊張した様子で肩をいからせた良美がバッターボックスに立っている。
「さあ団長!! 落ち着いて、球を引きつけて、良く見て振っていって!! 当たれば飛ぶんだから!! 自信を持って!!」
声を張り上げるみづき。
「打てなくても良いです!! 悔いの残らないようにベストを尽くす事だけ考えて!!」
続いて翼が。
「かっせ、かっせ、岩城先輩!!」
「ホームラン、ホームラン!!」
「今こそヒロインになるのだ、だんちょー!!」
そして彼女達の熱が他の者にも伝播したように、それぞれ声を張り上げていく。
この様子は、マウンドに立つ神宮寺からも見えていた。
最終回ツーアウトで、打席に立つのはこの試合ノーヒットどころか、未だ球に掠りも触れてすらいない良美。しかし神宮寺はこれまでの打席で彼女のスイングを、見逃していなかった。
確かに選球眼はまるでなっていなくて、キャッチャーである花も捕れないような球にだって手を出してくる。
しかし珍しいローテイショナル打法で大きな構えからあれほどコンパクトかつシャープでしかも鋭く、バットを振れている選手は滅多に居るものではない。応援しているみづきの言葉通り、当たれば飛ぶのだろう。油断は禁物だ。
そしてツーアウトになって一度は下がりかけたベンチの士気は、今は再び高くなっている。
この流れの発起人となったみづきは決して迷ったり、もうダメかもなんて、頭の片隅にすら思い浮かべてはいないようだった。
『最後まで勝負を捨てない。見事なものです』
セットポジションでサードの龍を牽制しつつ、マウンドに立つ良美をきっと睨む。
『私も応えましょう。慢心を捨て、最後まで全力でお相手します』
気合いを入れ直した神宮寺の力投。
良美も全力のスイングで応戦するが、しかしバットは二度空を切る。
そして三度目、風切り音が鳴って、刹那の時間差を置いてミットが捕球音を立てた。
「ストライク、バッターアウト!! ゲームセット!!」
高らかに、審判が試合終了をコールする。
「ああ……」
「ま、負けた……」
がっくりと、里校ナインが俯く。
同時に、わっとグラウンドを拍手と歓声が包んだ。
「うわーっ、いい試合だったぞ、女子野球部!!」
「練習試合してるって言うから見に来たぞー!!」
「男子にだって負けてなかったぞ!!」
「相手校も強かったぞ!!」
ネット裏やフェンスの向こう側には文化部なのだろう清城高校の制服を着た生徒や、剣道部やラグビー部であろう胴着やユニフォーム姿の少年少女が集まっていた。恐らくは休日練習で学校に来ていた生徒が、集まってきたのだろう。
「い、いつの間に……」
試合に集中していて気付かなかったが、これだけのギャラリーが集まってくれている事には神宮寺も圧倒されたようだった。ただの練習試合で宣伝も何もしていないのに、こんなにも沢山の人達が見に来てくれるなんて。
一方、里校側では。
「さて」
悔しそうに臍を噛むナインを統率して、みづきがもう一度パンと手を叩く。
「みんな、胸を貸してくれた清城高校に失礼が無いように整列整列。勝者を待たせちゃいけないわよ」
「う、うん……」
率先して駆け出したみづきに率いられるようにして、里校ナインが走り出した。同じく、清城高校側もグラウンド中央に集まる。
「7対6をもって、清城高校の勝ち!! 礼!!」
「「「ありがとうございましたーっ!!」」」
帽子を取って元気良く挨拶する両校ナイン。その後は握手を交わし合う。
そんな中で、みづきと神宮寺はやや離れた立ち位置にて相対していた。
「鏡原さん、次はこちら側から練習試合を申し込ませていただきますよ」
握手する二人。
「ええ、神宮寺さん。予定は無いからいつでも申し込んできて。ところで……」
「?」
「神宮寺さん、応援してくれた学校の人達に挨拶してきたら?」
「挨拶と言うと……」
「甲子園でやるあれよ、あれ」
「ああ」
合点が行ったという表情になった神宮司はナインを率いてフェンス前に整列した。
「応援ありがとうございました!!」
「「「ありがとうございましたーっ!!」」」
駆け付けてくれた観客に、清城高校ナインが一斉に頭を下げる。
こんな一幕に背を向けて、里ヶ浜高校ナインはグラウンドを後にする。
一点差での惜敗。
彼女達にとっては、苦い初陣となった。
翌日の放課後。
クラスの用事で少し遅れたみづきは将城を伴って、ひまわりグラウンドにやってきた。
「今日はまずは、昨日の反省会からだな。ご主人」
「初めてにしては凄い試合だったからね。みんな気が抜けてしまっているかも。また少しずつ、じっくり気持ちを作り直して、やる気をピークに持っていきましょう」
そうして土手を上がった二人だったが……
「「……!!」」
広がっていた光景を見て思わず、絶句する。
「女子野球同好会、ファイトー!!」
「「おおーっ!!」」
「はい、宇喜多さん。今のスイングを後50回!! インハイは胸を張るように!!」
「う、うん!!」
「しゃーっ!!」
「ナイスボール!! こっちからも行くのだ!!」
グラウンドには、既に彼女達を除く女子野球同好会の全員が集まっていて、各々がランニングや素振り、キャッチボールなど自主トレに励んでいたのである。
しかも取り組み方の熱が違う。
ランニングする面々は角を曲がる時にも大きく外側、グラウンドを目一杯に使って、一周するのに可能な限り長い距離を走るようにしている。おざなりに、何周すれば良いというノルマを果たす為にだけやるのであれば、グラウンドを削ってもっと内側を走るだろう。良美に至っては腰にロープでタイヤを括り付けて走っている。
素振りにしても、経験者である翼や龍が付いて注意点を明らかにし、茜や智惠はその都度欠点を修正したスイングを心掛けているのが遠目にも良く分かる。
キャッチボールも、単にボールを受けて返すだけでなく、きちんと相手の胸元をめがけ、しかも捕球から返球までの所要時間は短く。きびきびとした動作で行なわれていた。
取り組む姿勢が、今迄とは違うのだ。
「……将城、これは……」
「どうやら、当てが外れたなご主人。凄い試合をして気が抜けるどころか、皆が燃え始めたみたいだ」
と、ナインの中で翼と龍が二人に気付いた。
「岩壁さん、鏡原さん!! 先に始めてるよ!!」
「急いでアップして!! 昨日の試合で、このチームの欠点は沢山浮き彫りになったわ。それを克服する為に、練習時間はいくらあっても足りないぐらいなんだから!!」
「「……」」
みづきと将城は顔を見合わせ、そしてにやっと不敵に笑い合った。
「ええ、今行くわ!!」
二人は足取りも軽やかに、グラウンドへ駆けていった。