ハチナイ PM   作:ファルメール

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第26球 新入部員・倉敷舞子

 

 みづきが言った通り、翼・智惠間のぎくしゃくも多少のお膳立てがあったとは言え自然解消的に消滅し、テスト期間も終了。心機一転、練習に励もうとしていた女子野球同好会であったが、ここで一つ、問題が浮上した。

 

「金属バットが曲がった!!」

 

「何やったんですか?」

 

「地球を打った」

 

「どんだけ怪力なのだ」

 

「こっちはトンボが折れたにゃ!!」

 

「ネットにも穴が空いています!!」

 

「嘘ぉ!!」

 

 様々な道具が、壊れ始めたのだ。

 

 無理からぬ所ではある。

 

 正式な部ではない女子野球同好会へ振り分けられる会費は多くない。その多くない会費も、練習用ボールを購入する為にあらかた使い切ってしまって、後は翼行きつけの里ヶ浜ベースボール店主の好意で、中古の品を安く譲ってもらったりして間に合わせていたのだ。

 

 しかし、やはり使い古しだけあって耐用限界も近かったのだ。

 

 野球は使う道具が多いスポーツなので、こうした問題は不可避である。

 

 ひとまず良美・夕姫・智惠達は短期間のバイトで備品代を稼ぐ事にした。

 

 更にそれでは根本的な問題解決にならないので、翼と和香は正規額の部費を支給してもらう為、同好会の部への昇格を生徒会に申請しに行っている。

 

 そしてみづきは、

 

 ズガッ……ズガッ……

 

 グラウンドに、鈍い音が響いていく。

 

 ジャージ姿のみづきが、手にしたナタを丸太に振り下ろしていた。

 

 ただの丸太でしかなかったそれは徐々に形を為していき……やがて、一本のバットへと姿を変えた。

 

「将城、ヤスリを掛けなさい」

 

「あいよ、ご主人」

 

 受け取った手作りバットを、将城は紙やすりで最初は粗い目を使い、最後は細かい目の物へと変えて、仕上げていく。二人の息の合った作業で、一時間と経たない内に五本のバットが完成した。

 

「……鮮やかなものね」

 

 感心した表情の龍がやってきた。

 

「東雲、自分で持って感触を調べてみるかい?」

 

「ええ」

 

 将城からバットを受け取った龍は、握りの位置を変えたり少し揺らしたりして感覚を確かめた後、幾度か素振りをしてみる。そうして、ほうという顔になった。

 

「……悪くないわね。バランスもちょうどいいし、振ってみて違和感が無いわ」

 

 龍は他のバットも同じように試してみるが、流石に手作り故に一本一本に微妙な差異こそはあれ、バランスが悪いと感じるようなバットは一つも無かった。

 

 みづきのナタ捌きは、昨日今日始めたものではない。明らかにやり慣れている。バットを手作りするのは、彼女にとって慣れっこなのであろう。愛用の大噴火バットだって、明らかに彼女の手作りだし。

 

「……しかし、こうして考えると金属バットが曲がってしまったのも怪我の功名だったかも知れないわね。今度からバッティング練習には木製バットを使うようにしましょう」

 

 と、龍。

 

 金属バットと木製バット。

 

 両者の材質の違いにおける、反発力の差は説明の必要すら無い。

 

 金属バットは取り敢えず当てさえすれば打球は内野を越えるが、木製バットでは的確に芯を捉えなくては活きた打球は飛ばない。特にホームランなど打とうと欲するものなら、手首を絞ってヘッドに回転を与えるようにしなければ打球は伸びない。更に言うと芯の広さでも、木製は金属に劣っている。

 

 力任せにただ当てれば良い金属とは違って、技をも兼ね備えなくてはならない木のバットはそれほど繊細なものなのだ。

 

 メジャーではもし今、木製バットを使っていて成立しているルールで金属バットを使用可能に変更するのなら、マウンドを10フィート(およそ3メートル)下げろ。さもなければ死人が出るなどとも言われているらしい。

 

「木製のバットは金属とは違って芯を外したらその影響がモロに出るからね。きちんと芯で捉える良い練習になるわ」

 

「確かに。練習で木製バットで打っていた所を、試合で金属を使うようになったらいきなりガンガン打てるようになってみんなびっくりするだろうな」

 

「そう言えば東雲、あんたも……」

 

「ええ」

 

 龍は、バッティングセンターでもレンタルではなくマイバット、それも木製の物を使っていた。これはプロ志望である彼女にとって、先を見据えての事だ。プロに入って、使う道具が金属から木製に変わってその感覚に戸惑わない為のものである。

 

「そんなあんたにプレゼントよ。はい」

 

「?」

 

 みづきが差し出してきたバットを、龍が受け取る。

 

 少しの間、先程と同じように感覚を確かめてみたが、すぐにいつも使っている木製とも違う感触の違いに気が付いた。

 

「これは、木とも違うわね……」

 

「そう、竹製のバットよ」

 

 竹のバットは木のバットよりも更に芯が狭い。真芯で捉える練習にはうってつけと言える。何度か素振りしてみて、龍は気に入ったようだ。新しい玩具をもらった子供のように目を輝かせ始める。

 

「良いわね、これ。私の為に作ってくれたの?」

 

「いや、バットを作る練習で色んな材質を試して作ったのよ。他にも知り合いの鉄工所や石工さんに作ってもらった鉄のバットや石のバットもあるわよ。今度、使ってみる?」

 

「い、いえ……遠慮しておくわ」

 

 流石にちょっと引いている龍であったが、しかし同時に感心もしていた。

 

 野球が上手くなりたいという気持ちは、自分とて翼やみづきに負けるつもりは毛頭無い。だから女子野球同好会の練習以外にも父や兄達にも師事してアドバイスをもらい、更に早朝のランニングなど独自のトレーニングも積んでいる。

 

 しかしみづきはただ野球の練習を積むだけではなく、自分でバットを作る所まで行っているのだ。見ると、今度はグローブを作り始めていた。

 

 こんな事、本当に野球が好きでなければ出来ないだろう。と、言うよりも彼女にとってはそれが自然な、当たり前の感覚だというのが正しい表現だろうか。

 

「昔、一球さんってマンガで主人公がどんどんバットを手作りするシーンがあってね。それを見て、私はあんな風になりたくて、バット作りを始めたのよ」

 

「……」

 

 前もそうだったが、感心したと思ったらがっくりとさせられてしまった。頭痛を感じて、額を抑える。

 

「別に珍しい事じゃないだろ東雲。確かにご主人は極端な例だが、程度の違いこそあれ、似たような人は世の中に結構居るぞ」

 

「そ、そうかしら?」

 

「子供の頃にターミネーター2でシュワルツェネッガーが自動車を整備するシーンを見て、自動車工を志した人の話だって聞いた事があるからな。基本は同じだろ」

 

「う、うーん……?」

 

 首を捻る龍。ムチャな理論で上手く丸め込まれたような気分だが、しかし説得力は結構ある。

 

「すいません、遅れました」

 

「「うん?」」

 

 声のした方向を見ると、夕姫が来ていた。しかし彼女一人ではない。普段見ない顔の女子生徒を一人連れていた。

 

「ああ、野崎さん。そちらの人は?」

 

「2年の、倉敷舞子先輩です。体験入部に来てくださったんですよ」

 

「……よろしく」

 

 ちょっと無愛想な感じだが、しかしちゃんとジャージを着てくれているので、やる気はあると見える。

 

「先輩は運動神経抜群で、ドッチボールでとっても活躍してたんですよ」

 

「ドッチ!!」

 

 キーワードに食い付いたみづきが、爛々と目を光らせた。両隣の将城と龍は呆れ顔だ。またしても何かしら良からぬ事を考えているに違いない。長い付き合いの将城は勿論の事、龍にも少しずつだがみづきの思考パターンが読めてきた。まぁ、みづきは困ったヤツではあるが悪いヤツではない事も分かっている。人を傷付けたりする事はしないだろうから、心配はしていないが。

 

「ドッチ経験者ですか。それなら肩が強そうだし、ピッチャーに向いているかも知れませんね」

 

 と、これは龍のコメントである。

 

 実際に、野球で他の部活やスポーツクラブから転向してきた人がその特技を活かして活躍するのは良く聞く話である。陸上部出身者が、その俊足を活かして外野手や代走要員としてベンチ入りしたりとか。

 

 同じ事は、みづきも考えていた。

 

『そう言えば、有原は陸上部からの推薦があったって言うし、最近は陸上部では竹富さんとかが名前を良く聞くわね……昔のパワポケみたいに、勝負を挑んで私が勝ったら野球部に引き抜いてしまおうかしら……ケケケ』

 

 ……などと、脳内でとんでもない思考を巡らせて、ニンマリ。唇を三日月型に歪める。

 

 ストップウォッチのジャストストップ勝負はちと苦手だが、駆けっこ勝負ならみづきにも自信がある。彼女は走攻守投の四拍子揃って、投手と打者の二刀流どころか捕手も合わせて三刀流までやってみせるマルチプレイヤーだ。ベースランでも13秒3の俊足。勝機は十分ある。

 

 ……なんてバカな事を考えもしたが、すぐに目の前の舞子に意識を切り替える。

 

 まずは動的ストレッチで準備運動。その後はキャッチボールで肩慣らしした所で、龍の意見もあってドッチボールの経験を活かし、ピッチング練習をやってもらう事にした。今は和香が翼と一緒に生徒会へと行っているので、キャッチャーは将城が務める。

 

 バシッ!!

 

 将城のミットが、気持ちの良い音を立てた。

 

 コースも、教えたストライクゾーンにちゃんと入っている。

 

「おおっ!!」

 

 キラキラと、瞳に星が見えそうな程にみづきは目を輝かせる。そのまま、ベンチの方に走っていった。

 

「もう一球お願いします!!」

 

 これは龍だ。

 

 バシィッ!!

 

 またしても快音を立てるミット。

 

「未経験で、最初からストライクゾーンに入るのは凄いわね」

 

 大型新人の登場に、龍は満足げに頷いた。

 

 すると、ベンチの方からみづきがバッグを持って戻ってきた。

 

「何? あなた」

 

「倉敷先輩、これを見てください」

 

 みづきは、バッグの中から独楽を取り出すとグラウンドに転がした。

 

「この独楽を、手を使って回してみてください」

 

「? こうかしら?」

 

 訝しんだ顔の舞子であるが、取り敢えず言われた通り軸をつまむと手首をくるっと捻って回してみせる。

 

「何をやっているんですか?」

 

 当惑顔の夕姫がやってきた。

 

「ああ、サブポジでピッチャーをやるなら、野崎さんもやってみる? 手首を捻って、独楽を回す。ボールをリリースする瞬間に、この動きを心掛けるのよ……そうすれば……」

 

 舞子に代わってマウンドに立ったみづきが、投げる!!

 

 今は右で投げている彼女は、確かに、ボールを手から放す瞬間に独楽を回すが如く、捻りを加えていた。

 

 ズバァン!!

 

 唸りを上げて飛んだボールを受けて、ミットは悦びの悲鳴を上げた。

 

「この通り。これがジャイロボールです」

 

「……鏡原さん、何を教えているの、何を……」

 

 呆れ顔の龍が、マウンドにやってきた。

 

「え? だってドッチボール出身でピッチャー志望となれば、ジャイロボールを投げるでしょう、普通」

 

「どこの普通よ、どこの……」

 

 再び、頭痛がしてきて龍は頭を抱える。

 

 どうせまた何かのマンガが元ネタなのだろう。

 

 最近はみづきを見直していたのに、龍の中で彼女の評価がまたしても下降線を辿り始めた。

 

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