「おーい、新入部員を連れてきたのだ」
「審査に来ただけだよ」
「おや?」
「あれは……」
マウンドにて投球練習をしていたみづき・舞子・夕姫・龍が声のした方に視線を向ける。
そこにはあおいと彼女に続くようにして、すらりと背が高く落ち着いた印象を受ける女生徒が歩いてきていた。
みづきは彼女に見覚えがあった。以前に生徒会に行った時に出会った、生徒会所属の九十九伽奈だ。
「阿佐田先輩と九十九先輩は仲が良いのですか?」
「同じクラスなのだー。試験の時は特に仲良しなのだー」
「九十九は学年トップの成績で一年から生徒会という超優等生だぞ」
女子野球同好会の主だったメンバーが集まった所で、同じ二年生で比較的伽奈を良く知るあおいと良美が紹介する。
「折角来てくれたんです。取り敢えずバッティングセンターの要領で打ってみますか?」
みづきの提案で、適度なストレッチの後に伽奈は打撃練習を行なう事になった。
これはリトル・シニア時代に新しいチームメイトが来る度にやっていた事で、一言で言うならば接待であった。気持ちよく打ってもらって、野球の面白さを知ってもらうのだ。そうして野球にのめり込ませて、入団させるという手口だ。まぁ、どこの野球団体や部でも良くやっている事ではある。
みづきは経験とその持ち前のセンスで構えを見れば、バッターの打撃のツボをおおよそ見抜く事が出来る。キチンとした素振りを見ればもっと正確に分かる。打たせるツボも、打たせないツボも。
よって今回は伽奈の打たせるツボに、取り敢えず80キロほどの打ち頃の球を放ってみた。
果たして。
「っせい!!」
「む」
みづきが目を見張った。
バットを腕だけで振っていない。寧ろ腰の回転で振っていて、その動きに腕やバットが巻き付くような良いスイングだ。とても初心者のそれとは思えない。
的確にボールの芯を捉えて、長打。センター返しになった。
「「おおっ!!」」
見ていたメンバーから歓声が上がる。
「こりゃすごい!! すずわか、リードを。次のコースの指示を出して!!」
「え、ええ」
興奮した様子のみづきに促されて、和香がミットを動かす。
『……では、外角高めに。球速はもう少し速く』
『OK』
頷いたみづきは、指示通りのコースに直球を放る。スピードは要求通りちょっぴり速くして90キロ前後。
快音。
今度はライト方向への長打が飛んだ。
『次は内角高めへ。またもう少し速く』
リード通り、インハイ気味のコースへと100キロ程度の投球。
しかし伽奈は上手く腕を畳んでミート。
またしても快音が鳴って、今度はレフト方向への長打となった。
「おー」
「いきなりあんなに打てるなんて」
「鏡原さんも抑えて投げているとは言え、凄いね」
「それにただミート出来るだけじゃなくて、アウトコースは流してライト方向へ、インコースは引っ張ってレフト方向へ。コースに逆らわずに打てるなんて初心者にはそうそう出来る事じゃないわ」
その後はひとまず100キロ程度の球を、コースに投げ分けてみる。結果、伽奈は10球に6球は長打を打ってみせた。無論、気持ちよく打ってもらう為の接待であり打撃練習ではあるが初心者としては驚異的な打率である。
「では、続いてノックを。捕球したらファーストの野崎さんに投げてください」
伽奈と夕姫が守備位置に付いたのを確認すると、みづきは疑似ナックル発生装置をホームベース上に設置した。
「じゃあ、始めましょう。将城、頼むわ」
「オウさ」
ポイ、と硬球を疑似ナックル発生装置にトスする将城。
ポンプから噴出される空気に乗って、ボールはフワフワユラユラと揺れる。
「どっしゃあっ!!」
阿蘇山打法こと独特のローテイショナル打法で大きな構えながら最短距離を走るコンパクトなスイングが疑似ナックルが揺れて逃げるよりも速くボールを捉えて、ジャストミート。
伽奈の真っ正面にゴロが転がる。
『やっぱりこれも抑えて打ってるね。打球が緩い』
『しかも野手のドンピシャ真っ正面。あんな揺れるボールを、正確に打ち分けている』
翼と龍の分析通りみづきはユラユラ揺れるボールを、そんなもの意に介さぬように打球の勢い・方向をしっかりコントロールして打っていた。
伽奈はまだ初心者だし、エラーしても仕方が無い。ファンブルもオーケー、後ろに逸らさなければ十分合格点だと思っていたのだが……
バシッ。
見事にゴロを捕球。
そのままファーストの夕姫へと送球。これも暴投する事も無く、胸元へのナイスコースだった。
「ナイスです、九十九先輩。では、もう一球」
「はい、どうぞ」
「将城」
「あいよ。ほれっ」
将城のトス。空気流に乗って、浮遊したボールが揺れ始める。
「フンガー!!」
恐るべき速度と正確さで振り抜いたバットがボールを捉えて、今度は伽奈から見てやや左に逸れたコースへ打球が向かう。
しかしこれもしっかりと伽奈が追い付いて、正面に回り込める程度の角度・速度に留めている。
伽奈は守備の基本通り打球を正面に捉えて、捕球。そのまま素早く夕姫へとスロー。十分にアウトのタイミングだ。
「「おおっ」」
再び、同好会会員から歓声が上がった。
「絵になりますにゃ」
綾香が角度を変えてシャッターを切る。
「見ての通り九十九は運動神経も抜群。応援するスキが無いぞ」
これは良美のコメントである。
「オールラウンダーね」
「もし入ってくれるなら凄い戦力だわ」
「それはムリです」
「えっ……」
「私が来たのはあくまで審査ですので」
極めて事務的に、伽奈が説明する。興奮していた所に冷や水を浴びせられたような反応になる同好会会員達。
「ほーらまた」
「申し訳ありません。他意は無いのですが……」
「九十九は不器用な女で、表情筋が運動不足なのだ」
ともすれば冷たく思われる所だが、そこはあおいが上手くフォローした。
『……しかし、九十九先輩は即戦力。なんとしても我が同好会に欲しいなぁ。どうにかならないかしら』
伽奈達のやり取りを尻目に、みづきは生徒会からの伽奈の引き抜き作戦を頭の中でシミュレートしていた。
「なんで生徒会が……」
「部へ昇格する為の審査をしてるんですよ」
「あら?」
少しだけ思考を内側に向けていた彼女は、背中から聞こえてきた会話を受けて振り返った。見ればマウンドの上で、舞子と夕姫が話し合っていた。
「やっぱりやめておくわ」
「えっ」
「どうしてですか?」
「今は正式な部になれるかの審査中なんでしょ? 色々面倒なのは御免よ」
立ち去ろうとする舞子であったが……
「行かないでください。私達強くなりたいんです。先輩がいてくれたら、きっとなれると思うんです」
「私も野崎さんと同意見です。強制はしないし出来ませんが、もう少しやって行きませんか?」
「どうしても去ると言うならウチの屍を越えてゆけー!!」
大の字に寝転がった良美が、舞子の進路を封鎖した。
数秒だけ沈黙があって、先に折れたのは舞子の方だった。
「はぁ……」
溜息を一つ。
「学校終わってもやる事無いし、体験入部のままなら」
結構押しには弱いのか、妥協案を出してくれた。ぶっきらぼうに見えて、実は付き合いが良いタイプなのかも知れない。
ともあれ、こうして体験入部と審査に来た生徒会という立場ながら舞子と伽奈が加わっての練習が始まって、一週間が過ぎた。
「「「ありがとうございましたーー」」」
トンボ掛けも終わって、この日の練習も終わる。
それぞれグラウンドを離れていく会員達を見送るのは、みづきとその相方である将城だ。
「将城、今日は付き合いなさいよ」
「? 別に構わないけど。何かあるのか?」
「中国語の勉強よ」
「? 中国語?」
首を傾げて鸚鵡返しした相棒に、みづきはウインクを一つ送る。
「そ。これからの野球人は、語学も堪能でなくてはね」
「……」
とは言え、長い付き合いの将城には分かっている。自分の主人は絶対にこのまま町の中国語教室に行くような手合いではない。またしても何か、斜め上か斜め下の行動を取るに違いない。