ハチナイ PM   作:ファルメール

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第28球 繁華街にて

 

「流石です先輩!! まだ初めて一週間なのに、和香さんもみづきさんも凄いって言ってましたよ」

 

「はいはい」

 

 練習後の帰り道。

 

 上機嫌で話しながら隣を歩く夕姫へ適当に相槌を打ちつつ、しかしこの時の舞子は我知らず、表情が柔らかくなっていた。

 

「ふふっ」

 

「何?」

 

「いえ、先輩が楽しそうなのが嬉しくて。最初に会った時は、前と少し印象が違ったので」

 

「そう? ま、色々あったのよ」

 

 ここで、舞子は言葉を濁した。彼女にとってはデリケートな話題なのだ。

 

 夕姫も、彼女の性格故かあるいは理性的にあまり深入りする話題でないと判断したのか。いずれにせよそれ以上追求するような事はしなかった。

 

「あ、それじゃあ私の家はこっちですから。先輩、また明日。失礼します」

 

「うん」

 

 こうして夕姫と別れて、舞子も家路に就く。

 

 しかし後輩と一緒の時には風船のようだった足取りは、家が近くなってくるにつれて空気が抜けていくように重くなっていく。

 

 ドアの前で、開けようかどうか数秒程逡巡した後で、ノブに手を掛ける。

 

 部屋に入ると、もう夕方だと言うのに明かりが点いていなくて薄暗かった。

 

 あまり動いていないせいか、気配を感じなかったが注意深く見てみると、母が椅子に座っているのが分かった。生物感が希薄なので、舞子はうっかり何かの置物か調度品と間違えそうになった。

 

「あ……」

 

 母の方も舞子に気付いたらしい。のっそりと振り返る。

 

 メイクが落ちかけていてやつれ具合が隠せていない。気のせいか髪には枝毛も見える。目の下には隈があった。健康的な状態だとは、お世辞にも言い難い。

 

「お父さんまた帰ってこないって。夕飯も用意したのに」

 

「……」

 

「いつからこうなっちゃったんだろう……昔はあんなんじゃなかったのに」

 

 まるで油の切れたブリキのロボットか、それともホラー映画のゾンビの如く母はのろのろと立ち上がると、舞子の眼前までやってくる。

 

「ねぇ舞子。お母さん疲れちゃった。舞子もあんなお父さん嫌よね? 舞子、そうでしょ?」

 

「……っ!!」

 

 どうと答える事も出来ず、追い詰められた舞子は呼び止める母の声を背に家を飛び出して、メチャクチャに走って気付けば繁華街へと辿り着いていた。

 

 何処へ行く当てがある訳でもなし、しかし家にも戻りたくなくて、舞子は町を彷徨う。

 

 そうして、ある雀荘の前を横切った。

 

 その、一分後。

 

「あーあ、負けた負けた。やっぱり哲也を読んでるだけじゃダメか」

 

「寧ろどうしてそれで行けると思ったんだ、それで」

 

 トレンチコートにサングラスにマスクにカンカン帽。

 

 夏も近いと言うのに半世紀前からの由緒正しい、コテコテの変装をした二人組が、雀荘の中から出てきた。

 

 二人はサングラスとマスクを外す。その下から現れたのは、みづきと将城の顔だった。

 

「それにしても……」

 

 将城は振り返って雀荘の看板を見やる。

 

「中国語の勉強って、麻雀の事だったのか」

 

 視線が、相方の主人へと移る。

 

「ご主人、麻雀なんて趣味あったっけ?」

 

「いや、さっきも言ったけど麻雀は哲也を読んでたぐらいでね。麻雀タコを手に作って、魔球『麻雀タコボール』を習得しようと思ったのよ」

 

「麻雀タコボール。御大の『ストッパー』で出たあれか……しかし本当に麻雀タコが出来た手で投げたら、変わった変化球になるのかな?」

 

「さぁ?」

 

 ここで、みづきはあっさりと言い放った。彼女にも、確信のある事ではなかったのだ。

 

「でも、投げられたボールは指を掛けた縫い目の数や、その向きですらノビや変化に影響が出る程にデリケートなもの」

 

 ならば、野球をやっていて普通ならない手の形になれば、野球で類を見ない変化球になると言うのは……実現性はさておき、説得力はある。それを実際に検証するのだ。

 

「この魔球オタクめ。まぁ、何事も経験。トライするのは悪い事じゃないか。失敗するのも毎度の事だしなぁ」

 

「まぁね」

 

「前にファックボールを投げようとした時も、マンガみたいに頭めがけて浮き上がる球にはならなかったし……」

 

「まぁ、良いチェンジアップを覚えられたから良かったけど」

 

 軽い黒歴史を思い出すように、苦笑いしてみづきは語る。

 

「しかし、魔球習得の為には麻雀を覚えなくては。誰か、麻雀の出来る人っていたっけ?」

 

「それなら確か、2年で剣道部の塚原先輩が詳しいって話を聞いた事があるけど」

 

「ほう? それじゃあ早速、明日は剣道部に行ってみましょう」

 

 みづきと一緒に居る時間は驚きに満ちている。長い付き合いの将城は親友で相方で主人な少女がこんな事を言い出すのに、すっかり慣れてしまっている自分を自覚していた。溜息を一つ。

 

「行くのは良いんだけど……ご主人、剣道なんて出来たっけ?」

 

 この質問を受けて、みづきは「よくぞ聞いてくれました」と見事なドヤ顔になった。

 

「私は阿蘇山打法以外にも様々なバッティングフォームを研究しているわ。その中の一つ、一刀流打法を習得する為に、剣道を勉強した事があるのよ」

 

「一刀流打法? 一本足じゃなくて、一刀流?」

 

「そう。一刀流打法。巌流寺小次郎って選手の打撃フォームよ」

 

「……」

 

 ……まだまだみづきについて自分は知らない事が多いと、将城は思い知った気分だった。

 

「ま、まぁ、かの王貞治も一本足打法を習得する為に剣道の練習をしたと聞いた事があるし……そういうのもあり、か、なぁ……? ううん?」

 

 腕組みして悩む将城。

 

「あれ?」

 

「ん? どうした、ご主人」

 

 明後日の方向へ視線をやっていたみづきが、指差す。その先には。

 

「あれ、舞子先輩じゃない?」

 

 

 

 

 

 

 

「キミ、可愛いね。オレ等と一緒に遊ばない?」

 

「……結構です」

 

「まぁまぁ、そう言わずに」

 

 こういう夜の繁華街を女子高生が歩いていれば当然・必然の流れではあるのだが、二人組のナンパ男に舞子は捕まっていた。二人は酔っているようだ。足下がふらふらしている。

 

 逃げようと踵を返すが、腕を掴まれてしまった。

 

「っ!!」

 

「ほら、ちょっとだけだからさ」

 

「大丈夫、オレ等やさしーから」

 

 言い様の無い嫌悪感を覚えて、叫びそうになった、その時だった。

 

「先輩、こんな所で何やってるんです?」

 

 横合いから声が掛かった。

 

 ナンパ男達と舞子の視線がそちらに動いて……

 

 そして、3人とも表情が強張った。

 

 そこに立っていたのはトレンチコート姿の女子二人組。怪しい。怪しい。怪し過ぎる。

 

「……鏡原さんと岩壁さん」

 

 変装用のサングラスとマスクは外しているので、トレンチコートの二人がみづきと将城であるのは舞子にはすぐ分かった。

 

 その出で立ちと、190センチ近いみづきの恵体に男達は圧倒されていたようだが……

 

 しかし、容姿は人並み以上に整っているのを見て取って、気を取り直したようだ。

 

「この子の知り合い? ならちょうどいいや、君らも一緒に遊ぼうよ。オレ等も仲間呼ぶからさ」

 

「困りますね。私達これから用があるので……」

 

「いいからいいから」

 

 男はみづきにも手を伸ばしてくるが……

 

 みづきはすっと体を動かして、その手を空振りさせた。

 

「あまり、私を怒らせないでほしいんですが……」

 

 少し、いつもより低い声でみづきが言った。

 

 しかしこれは、いくら自分より頭一つ身長が高くても所詮は女子と、トイプードルが威嚇しようと唸っているように男達には見えたらしい。

 

「へえ? 怒らせると、どうなるんだい?」

 

「それは勿論……こうなるんです!!」

 

 バサッと、みづきはコートを脱ぎ捨てる。

 

 その下のブラウスは背中が大きく露出した構造になっていて、くるっと振り返って、背中を見せ付ける。

 

「「げっ!!」」

 

「なっ……」

 

 ナンパ男達も舞子も、一斉に顔を引き攣らせた。

 

 唯一将城だけは、落ち着いたものだ。

 

「私の背中にこいつが浮かび上がった時、無事に済んだヤツは居ないのよ」

 

 露わになったみづきの背中一面には、見事な龍の頭が描かれていた。

 

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