ハチナイ PM   作:ファルメール

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第3球 体験会

 

「それじゃ、取り敢えずやってみよう」

 

「この中で野球の経験があるのは、私達3人か……」

 

 軽く体をほぐした後でみづきの視線が、翼と将城へ交互に動いた。腕組みして「ふむ」と一息吐く。

 

「じゃあ、やっぱりキャッチボールからね」

 

「組み合わせは……」

 

「有原と野崎さん、河北さんと宇喜多さんでいいでしょ」

 

 提案に従い、翼と夕姫、智惠と茜はある程度の距離を開けて相対する。みづきと将城はどちからからともなく視線を合わせて頷き合って、将城は夕姫の、みづきは茜の後ろに立った。

 

「私達二人はバックアップね。初心者は後逸とかもあるあるだし」

 

「じゃあ、始めよっか。はいっ」

 

 翼がリラックスしたフォームから投げたボールは、正確に夕姫が胸元に構えたグローブの中心に収まった。

 

「ナイスキャッチ!! 次は教えた握りで投げ返してみて」

 

「は、はい……」

 

 初心者故、お世辞にも滑らかとは言えないフォームで夕姫が放ったボールは大きく山なりの軌道で、しかも右に逸れたが翼は軽快な動きで捕球した。

 

「ふむ……」

 

「野崎さんは左利きかな?」

 

「投げる時、ぎこちなかったから」

 

 将城と翼は、ほぼ同時に同じ結論に至ったようだった。

 

「有原さん、用意した中に左利き用グローブは?」

 

「あるよ、すぐ用意するね」

 

「じゃあ、それを使って……」

 

「よし、改めてばっちこーい!!」

 

「ふっ!!」

 

 こうしたやり取りを経てグローブを右手に嵌め直した夕姫の投げたボールは、翼の頭の上を通り越して遙か後方の川の近くまで飛んでいった。やはり利き腕故か、コントロールはさておき飛距離・球威は先程とは雲泥の差だった。

 

「おおっ!!」

 

「すごっ……」

 

「あっ、ごめんなさい!! 私が拾いに行きますから……」

 

「あぁ、いいっていいって」

 

「さて、河北さんと宇喜多さんもやってみよっか」

 

「えっ……」

 

「いくよー、宇喜多さん。ゆっくり行くからね!!」

 

 言葉通り、智惠が投げたボールはゆっくりとした速さだったが、

 

「ひゃっ」

 

 小さく悲鳴を上げた茜は、咄嗟に頭を覆ってしゃがんでしまった。

 

 当然、その頭の上をボールは通過する。

 

 しかし茜のすぐ後ろで、捕球音が鳴った。バックアップとして控えていたみづきが、キャッチしたのだ。

 

「あっはっはっ。まぁ最初はこんなものよね」

 

 大きな体を揺らしてみづきは呵々大笑すると、ぽいっとトスして軟球を投げ渡した。

 

 茜はお手玉気味ではあったが、これはキャッチする。

 

「じゃあ、次は河北さんに投げ返してみて」

 

「は、はい……えいっ!!」

 

 茜の投げたボールはバウンドして、しかもかなり的外れな方向に飛んでいった。智惠が走ってボールに追い付き、拾った。

 

「ああ……」

 

「大丈夫大丈夫、誰でも始めたばかりの時はこんなものよ」

 

 と、みづき。グローブを嵌めた左手をすっと掲げる。今日、彼女の手に嵌められているのは両利き用の指が6本ある物ではなく、ごく一般的な右利き用のグローブだった。

 

「!」

 

「河北さん、次は私が投げるわ。ボールをこっちへ」

 

「え? う、うん」

 

 智惠がボールを投げてくる。みづきは危なげない動作で捕球すると、茜に向き直った。

 

「じゃあ、宇喜多さん。今度は私が行くわよ」

 

「え……あ……あの……」

 

 戸惑ったようになる茜だったが、みづきは落ち着いたものだ。

 

「大丈夫大丈夫。ちゃんと捕れる球を投げるから」

 

 どん、と胸を叩くみづき。ジャージの腰の辺りをまさぐると、野球帽を取り出した。使い込まれているようで、ツバの部分には切れ込みが入っていた。

 

 その野球帽を目深に被る。ちょうど、ツバの切れ込みの部分からみづきの右目が覗く形になった。

 

「準備完了。やぶれひさし隻眼投法……見せてあげるわ!!」

 

 そう言うと、みづきはワインドアップして思い切り踏み込み、力一杯投げるフォームを取る。

 

「ひっ……」

 

「大丈夫、そのまま構えてて!!」

 

 速球が来る!!

 

 そう思って反射的に身を屈めようとする茜だったが、みづきのその言葉で動きを止めた。

 

 思い切り腕を振るみづき。ポーズでも何でもなく、紛れもなく速球を投げる腕の動きだった。

 

 が、しかし。

 

「えっ……」

 

 ぽかんとした表情を見せたのは、すぐ傍で見ていた智惠であった。

 

 指先から離れた軟球は、思い切り腕が振られた筈なのに縫い目はおろか、表面の凸凹さえもはっきり見えるほどの遅い球だったのだ。錯覚かも知れないが、表面にハエが止まっているのが見えた気がしたが……多分、球の表面に付いていた土汚れだろう。恐らくそれを止まっているハエと勘違いしてしまったのだ。それほど遅い。

 

 そんなとてつもなくゆるい、まるでそれだけがスローモーションのような球が、茜に向かっていく。

 

 しかし落ちる事無く、キャッチボールの基本位置である胸元へと。

 

 ぱすん、と音を立てて、茜が構えたグローブに吸い込まれた。

 

「ナイスキャッチ!!」

 

 ばしっと、みづきはグローブを叩く。そうして、今度はそのグローブを掲げた。

 

「さ、今度は宇喜多さんの番よ。ここめがけて投げて」

 

「は、はい……えいっ!!」

 

 茜の投球はやはり球威・コントロール共に不足していたが、みづきは先程の翼と同じように素早く走り出すと、捕球に適した位置へと移動してグローブを構える。

 

 やはりそこは経験者、危なげなくキャッチ。

 

 すると、

 

 ぱしいっ!!

 

 グローブが、乾いた気持ちの良い捕球音を立てた。

 

「!」

 

「えっ」

 

 この音には、すぐ隣で見ていた智惠と、それに投げた茜自身も驚いたようだった。

 

「ナイスボール!! 良い球来てるよ!!」

 

 機嫌良さそうに、ボールの収まったグローブを上げるみづき。

 

「すごい音ですね……」

 

「うん」

 

 やや遅れて、翼と夕姫もこの音に反応した。

 

「……ふふふ」

 

 将城は、何やらにやにやと笑っている。これは自分だけが何が起こっているのかを知っているという、ちょっとした優越感によるものだった。

 

「え、えっと……私、全然力なんて込めてないのに……」

 

 一番戸惑いを見せているのは、茜本人だった。自分の球が、あんな気持ちの良い音を立てるなんてとても思えなかったのに。

 

「えっとあー、その、なんだ……軽く投げた方が……その、手首のスナップとかが上手くかかるとか兎に角そーゆーあれで、良い感じに球が来るのよ。さ、もう一球行くわよ!!」

 

 再び、豪快な投球フォームから発射される超遅球。

 

 まだまだ戸惑いは隠せないが、茜は先程よりは少しは確実な動きで捕球した。

 

「オッケーオッケー、ナイスキャッチ!! さぁ、次は河北さんに!!」

 

「は、はい」

 

「分かったよ。来て、宇喜多さん」

 

 茜の投げたボールを、智惠がキャッチする。

 

 ぱすん、と智惠のグラブは気の抜けたような音を立てた。

 

「よし、じゃあ河北さん、今度はこっちへ」

 

「分かった、行くよ」

 

 今度は智惠からみづきへ。

 

 ぱしいっ!!

 

 先程の茜の時と同じ、気持ちいい捕球音。

 

「じゃ、次は宇喜多さんに。キャッチしたら私に返して」

 

「は、はい。どうぞ」

 

 茜が構えたのをしっかりと確認して、みづきは先程と同じ超スローボールを放る。

 

 三度目となると、茜も大分慣れてきたようだ。勿論、それが出来るように正確に胸元にみづきがコントロールしているのもあるが、キチンと捕球してみせた。

 

 ぽすっ。

 

「よーしよしよし、ナイスキャッチ!! さ、こっちへ!!」

 

「はい、行きます!! ていっ!!」

 

 一度目より二度目、二度目より三度目。

 

 まだまだ完全ではないが、今度は腕を伸ばしたぐらいで取れるぐらいの位置にまでコントロールされていた。

 

 ばしっ!!

 

 再び、快音が鳴る。

 

「よーし、良い球来てるよ!!」

 

「あ、茜でも出来るのかな……」

 

 自分の投げたボールが良い音立てて捕球されると気持ちいいのは、誰でも同じらしい。茜は笑顔を見せて、テンポ良く投げ始める。3人はほぼ正三角形を描く立ち位置で、キャッチボールを再開した。

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、ちょっと休憩にしよっか」

 

「そうだね」

 

 翼の掛け声を受け、小休止に入る一同。

 

 ちょっと疲れた様子の茜と夕姫が少し離れた木陰に座り込んだのを見ると、翼はみづきの方にやって来た。

 

「鏡原さん、ちょっとそのグローブ見せてくれない?」

 

「ん? 良いわよ。はい」

 

 この申し出を受け、みづきは左手に嵌めていたグローブを外すと翼に渡した。

 

「ふむふむ……あ、やっぱり」

 

 しばらくグローブを調べていた翼は、程なくして納得が行ったという顔になった。

 

「うん、どうしたのかしら?」

 

 にやにや笑う今のみづきは、難し過ぎず易し過ぎない問題を出題して、生徒がそれに正しい解答を導き出してくれる事を期待する教師のようだった。

 

「このグローブ、ワタが全部抜いてあるね」

 

「!」

 

「今度は左手を見せて」

 

「はいはい」

 

 差し出されたみづきの左掌は、真っ赤になっていた。捕球時に、クッションの役目を果たすワタが抜かれて煎餅のようになったグローブでボールを受けたからだ。

 

「だからキャッチする時、音が倍になって出た。宇喜多さんはそれを知らないから自分が良い球を投げていると勘違いしたんだね」

 

「そう、勘違い、すなわち自信」

 

 いつの間にか来ていた将城が、翼の説明を補足する。

 

「これは昔、私達が所属していたチームに新入り、特に初心者が来た時にご主人がよく使っていたやり方でね。まずは良い球を投げていると思わせて、自信を付けてもらって、野球を楽しく思ってもらうようにしようってわけ」

 

「別に私が独自に考えたやり方じゃないわよ。グローブとキャッチャーミットの違いはあるけど「赤いプロテクター」って作品で東京アパッチの島市蔵捕手が後輩に指導してるわ。有原も今度、ウチにあるのを貸してあげるから読んでみたら? 『野球どアホウ伝』、面白いわよ」

 

「は、はぁ」

 

 翼は、ちょっと引き気味ではあるが、すぐに気を取り直したようで笑顔になる。

 

「でも、ありがと」

 

「?」

 

「この体験会の為に、わざわざこのグローブを用意してくれたんだよね。私じゃそこまでは考え付かなかったから……だから、ありがと」

 

「ふふっ、どういたしまして。さて、次は試合がしたいわね、何とかならないかしら?」

 

「ご主人、それなら良さそうなのが」

 

「「ん?」」

 

 将城が指差した方向へ、翼とみずきは同時に視線を送る。

 

 そこには、バットやグローブを持った少年達の一団が集まっていた。

 

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