ハチナイ PM   作:ファルメール

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第35球 VS向月高校 1

 

 合宿も終わり、全国大会まで後二週間となった。

 

 里校ナインは、しかし気が抜けるどころか練習にますます身が入って、目の色変えて取り組むようになってさえいた。翼や龍は場合によってはちょっと自分達がハッパを掛けなければならないかもと思っていたので、これは嬉しい誤算だと言える。

 

 とても良い傾向だが……この流れを生んだのが誰か、と考えるとやはりそれは一人。

 

 自然にみづきへと、二人の視線が向く。

 

「え、コツ?」

 

「そう。リトルシニア時代にも監督がよく悩んでて。みんな自分が目を光らせていれば練習も真面目にやるけど、目を離すと途端にサボりだすって。それなのに今のチームはみんな、少しも緩まずに頑張ってる。凄い事だよ」

 

「鏡原さんは監督志望でもあったのよね。こうやってみんなをやる気にさせるコツとは何なのか? 後学の為に教えてもらいたいわね」

 

「ふむ」

 

 お腹をぺたりと地面に付けていたストレッチの姿勢からみづきは体を起こした。

 

「私の野球のスタイルは全てモノマネよ。それはピッチングやバッティングだけではないってこと」

 

「……で、では、みんなへの指導の方針も、マンガのモノマネだと?」

 

「うん♪」

 

「……」

 

 龍がみづきに向ける視線が、珍獣でも見るかのように変わった。

 

 ピッチングやバッティングがモノマネというのはまぁ分かる。野球に限らず、よろずごとに於いて初心者の多くは一流を真似て覚えていくものだ。学ぶは真似ぶという言葉も聞いた事がある。みんなそうしていく内に、試行錯誤して少しずつ自分のスタイルを構築していく。

 

 みづきはちとそれが極端だが、最近は感覚が麻痺してきたのかあまり違和感を覚える事もなくなってきていた。

 

『上手い人の真似して下手になる訳が無いわよ』

 

 と、彼女は言っている。

 

 しかしまさか、監督・コーチとしての指導方針までモノマネとは。

 

 スゴいのかふざけているのか、とても評価に困る。

 

 モノマネなんて紛い物だと言うべきか。それでキチンと結果を出しているのだから、オリジナルもモノマネも無いと考えるべきなのか。

 

「ち、ちなみに……そのモノマネというのは?」

 

「私は野球に限らず、沢山のスポーツマンガを読んだけど、その中で個人的に最も優れた指導方針を採っていると思った人よ」

 

「へえ。それは誰なの?」

 

 興味を惹かれたらしく、翼は目をキラキラさせて尋ねてくる。

 

「水島御大の作品の一つ『一球さん』に登場する、ライバル校の投手・五味連次郎のお兄さん、五味連太郎さんよ!!」

 

「「……」」

 

 どん、と胸を張ってみづきが答える。

 

 果たして、翼と龍の二人は狐につままれたようにぽかんとした顔になった。

 

「「……って、誰?」」

 

「……!!」

 

 この反応にこそ、みづきはショックを受けたようだった。「こ、これがジェネレーションギャップか」と、がっくりと肩を落としてしまった。

 

「仕方無いな、ご主人。私らが生まれる前の作品だからなぁ」

 

 そうしていると、将城がやってきた。

 

「二人とも、ご主人が落ち込んでしまったから私が代わりに説明するよ」

 

「うん」

 

「お願いするわ」

 

「まぁかいつまんで言うと、お話の中盤ぐらいで主人公の一球さんはマンツーマンの特別練習しているライバルの五味兄弟の所に、合同練習に行くんだよ」

 

「スポーツマンガには結構ある、王道的な展開ね」

 

 これは龍の台詞である。詳しい訳ではないが、彼女もそれなりには野球マンガを読むのだ。

 

「で、まずは陸上部の砲丸投げで使うような鉄球を肩を使って投げる練習をするんだが……」

 

「「なっ……」」

 

「おっと、普通一発で肩を壊すなんてツッコミは無しだぞ。あくまでもマンガの話だからな。多少の脚色は、あっても良いだろうさ。で、だ。一球さんは野球こそ素人だが忍者の家系で、山育ちのフィジカルエリート、いやフィジカルモンスターだな、あれは。その一球さんが投げた鉄球はパートナーの九郎さんの所まで届くが、五味弟の鉄球はお兄さんの所まで届かずに、途中で落ちてしまうんだ」

 

「……それで?」

 

「しかしここでお兄さんは、届かせられなかった弟を叱るどころか、逆に偉いぞと褒めるのさ。昨日から比べれば、球3個分、自分に近付いたってな」

 

「……成る程、褒めて伸ばすって事ね」

 

「そうだな。失敗した事を責めるんじゃなくて、フォローする。それに何も進歩していないんじゃなく、キチンと昨日からは成長している事を、そして自分はそれに気付いていて評価しているって事を伝えてやる。ご主人はこれを素晴らしいと思ったのさ」

 

 よほどのひねくれ者でない限り、褒められて嫌な奴はそうは居ない。

 

 悪い所を指摘して本人もネガティブになって負の連鎖に陥るより、褒める事で好循環を作り出すというのがみづきの指導者としての基本なのだろう。

 

「……その後も練習は続くが、やはり一球さんと五味弟の間の身体能力の差は埋め難く、どうしても練習成果は一歩劣った形になってしまうんだが……練習の仕上げに、藁人形にボールを命中させるというのがあってな」

 

「へえ、藁人形への投げ込みかぁ」

 

「うん。さっきも言ったように、一球さんは山育ちのフィジカルモンスターだが野球は素人。ノーコンで、球は一球も藁人形には当たらない。対照的に、五味弟は曲がりなりにも名門校のピッチャーで、兄に変装して大学生に混じっても通用する程の実力者。藁人形に次々ボールは命中していく。ここで、お兄さんは思いきり弟を褒めるのさ。「威張れ、もっと威張れ。ピッチャーは偉いのだ」ってな」

 

 上手く出来た時は、徹底して褒める。褒め倒す。褒め殺す。ひたすら褒める。

 

 それがみづきの指導方針という訳だ。

 

「……確かに、以前の練習試合でも鏡原さんはバックアップが上手く出来ていた時などは、キチンと褒めていたわね。あれは、そういう思想が根幹にあってのものだったのね」

 

 納得行ったと、龍が頷く。

 

 と、そこに今度は和香がやってきた。

 

「鏡原さん、翼、東雲さん、ちょっといい?」

 

「えっ、うん」

 

「何かしら?」

 

「この前申し込みがあった、向月高校との練習試合のオーダーの話なんだけど……」

 

 合宿が終わってすぐの頃に、練習試合の申し込みがあった。

 

 向月高校は女子野球の名門。在籍する選手の数では、全国大会優勝の界皇高校をも凌ぐ強豪校である。何故そんな学校が、女子野球部が出来てすぐのウチに練習試合を申し込んでくるのかと疑問だったが……

 

 しかし、大会前に試合が出来るなんて願ったり叶ったりと、監督であるみづきとキャプテンの翼は二つ返事で受けたのだ。

 

「はぁ~~~。オーダーを決めるのねぇ……」

 

 そのみづきだが、思い切り長い溜息を吐く。

 

 何故だか今の彼女は全身から陰のオーラが滲み出ているようで、将城以外のメンバーは全員数歩後退った。

 

「ど、どうしたの? 鏡原さん……」

 

 明らかに引きながら、恐る恐る和香が尋ねてくる。

 

「いや、すずわか。今回の練習試合は、全国大会に向けたメンバー編成で行くって決めてただろ」

 

「うん」

 

「『極道くん』の鶴監督も言っていたけど、やっぱり監督やってて一年で一番辛い時期よねぇ、これ……あーあ、出来れば全員レギュラーにしてあげたいわ。みんな頑張っているから、それを見ている身としては、ねぇ……はあぁぁぁ~~~」

 

 またしても大きな溜息。今のみづきはまるで選挙を控えた政治家のようである。

 

 ポン、と将城は主の背中を叩いた。

 

「我慢しろご主人。これは監督なら誰もが通る道だ。それにベンチ入りから外れるメンバーがいないだけ、まだご主人は恵まれてるんだぞ?」

 

「うん……仕方無いよね。こればっかりは。実力の世界だからね」

 

「楽しいだけじゃ勝てない。それは、鏡原さんも分かっている筈よ」

 

「分かってる。分かってるわ」

 

 こうして、練習試合の、引いては全国大会に向けてのオーダーが発表された。

 

 ピッチャー:倉敷舞子

 

 キャッチャー:鈴木和香

 

 ファースト:野崎夕姫

 

 セカンド:阿佐田あおい

 

 ショート:有原翼

 

 サード:東雲龍

 

 レフト:岩城良美

 

 センター:中野綾香

 

 ライト:九十九伽奈

 

 智惠と茜は、今回はベースコーチに。

 

 将城は元々みづきの専門捕手なのである意味での特別枠。

 

 そしてどこでも守れるみづき自身は選手兼監督。基本的には監督としての指揮に専念するが、疲れが限界だったり怪我人が出たりした時に、その選手のフォローに入るという形になった。

 

「だからみんな、疲れてきたり体に違和感を感じた時は躊躇せずに言ってね。抜けた穴は私が3割増しでフォローするから、のびのびプレイしてくれて大丈夫よ」

 

 と、これはみづきのコメントである。

 

 言外にどこのポジションであろうと、誰よりも上手くこなしてみせると言っている。凄まじい自信である。しかしそれを過信とは言わせない実力の程は既に全員が目の当たりにしていた。

 

 こうして、向月高校との練習試合の日がやってくる。

 

 以前の清城高校との試合では向こうの学校にこちらが出向く形だったが、今回はひまわりグラウンドに向月高校側が来る事になった。

 

 グラウンド中央に、両校の選手が整列する。

 

「改めて挨拶するわね。向月高校女子硬式野球部、高坂椿よ」

 

「里ヶ浜高校女子硬式野球部、監督の鏡原みづきです」

 

 すっと、帽子に手をやるみづき。挨拶する時には帽子を取る。当然の事なので向月側は誰も気にしないが……一方の里校側はこれから起こる事を察して、何人かニヤニヤと笑っている者が居る。

 

『出るかな』

 

『ひさびさの』

 

「今日は、よろしくお願いします」

 

 帽子を取った拍子に、今日は黒髪ポニーテールのカツラが外れてグラウンドに落ちた。

 

 その下から、妖気を醸し出す坊主頭が姿を見せる。

 

「「「ゲッ!!」」」

 

 向月高校のメンバーは顔を蒼くしてざざっと後退る。例外は、唯一人。

 

「……? 何のつもり?」

 

 椿だけは、キャンディを舐めて素知らぬ顔だ。

 

『へえ。神宮寺と同じで、中々できるわね。この人』

 

 眼鏡のレンズ越しに、冷ややかな視線を向けて相手校を観察するみづき。カツラを付け直すと、改めて握手しようと手を差し出すが……椿は、その手を握り返さなかった。

 

『ゴルゴと同じか。利き腕を他人に預けない。まぁ人それぞれだから構わないけど』

 

「ウチの三軍の相手をしてくれて助かるわ」

 

「……三軍?」

 

 ぴくっと、みづきの片眉が動いた。

 

「私はただの引率。人が足りないみたいだから、審判はこっちから出してあげるわ」

 

 そう言い捨てると、椿はどかっと自軍のベンチに腰を下ろした。

 

 さて、三軍が相手だと言われて、里校側は色めき立った。

 

「完全に嘗められてるのだ……!!」

 

「鏡原さん……」

 

「ほら、慌てないの」

 

 しかしみづきは、泰然とした態度を見せる。

 

「私も、強豪校が私達の相手に一軍を連れてくるとは最初から思ってなかったわ。だから、三軍が相手なのは別に良いのよ。実力は伯仲している相手との試合こそが、一番練習になるのだからね。三軍相手が、今の私達のレベルという事なのよ」

 

「おおっ!!」

 

「大人ですね。鏡原さんは……」

 

 良美と伽奈がそれぞれ感嘆の声を上げる。

 

 だが、そんな二人の隣で将城は冷めた視線を送っている。

 

「……本当に、そう思いますか? 二人とも」

 

「「はっ?」」

 

「……」

 

 じろりと、みづきはベンチに腰掛けた椿を睨む。

 

『実際、三軍を連れてくるのは良いのよ。いやそれは本当にね。だが何だその態度は。そっぽ向いてキャンディしゃぶって、私達へのリスペクトが足りない!!』

 

 ……と、いう内心は外の人間には伝わらない。

 

 だが。

 

「いいだろ。こっち向かないなら、向かせてやるだけよ」

 

 愛用の両利き用グローブを右手に付けると、ブルペンに向かっていくみづき。

 

「将城、あれ持ってきなさい!!」

 

「あいよ」

 

 気心知ったる恋女房は、担いできた大きなバッグから、芯となる木を十時に組み合わせた背丈と同じぐらいの大きさの藁人形を取り出して、キャッチャーの位置に立てた。

 

 この妙なパフォーマンスを受けて、敵も味方も視線がブルペンに集中する。

 

「何をする気なの? 鏡原さんは……」

 

「藁人形を、一体……?」

 

「ああ、有原、東雲。前に『一球さん』の話したろ。ライバルのお兄さんの所に合同練習しに行く話」

 

「ああ」「ええ」

 

「あれ、続きがあってな。練習が終わったらお兄さんが最後に、お土産を持って帰れって言って、ボールを手にするんだ。その、お土産っていうのが……」

 

 と、いう将城の言葉は、何かが爆発したかのような派手な音に遮られた。

 

 翼達が音の方向を見やると……

 

 そこには根元から吹っ飛んで見るも無惨な姿になった藁人形がグラウンドに転がっていた。

 

「あれか……」

 

「そう、藁人形も吹っ飛ぶ剛球戦闘機」

 

 からからと笑う将城とは対照的に、向月高校メンバーの視線は、一撃で藁人形をも破壊するとんでもない剛球を投げたみづきに釘付けである。これは、先程のカツラパージは流した椿であっても、例外ではなかった。ぽろりと、キャンディが口から落ちた。

 

 やっとこっちを見たなと、みづきはにやりと口角を上げる。

 

「この試合、100対0で勝つわよ」

 

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