ハチナイ PM   作:ファルメール

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第37球 VS向月高校 3

 

 1回の攻防で5対1となった里校と向月高校の練習試合。

 

 その後は互いに単打は許すものの得点には至らず、膠着状態となった。

 

 試合が動いたのは、5回表。この回の向月高校の攻撃は、一番打者から始まる好打順である。

 

 上位打線からの攻撃とあって、和香も慎重に相手の狙いを観察に掛かる。この一番打者の姿から収集出来る情報は……

 

『構えは小さく……バットも短く持っている』

 

 大振りを避け、確実に当ててくるつもりだ。

 

『……ここは流し打ちを警戒して……内角に……』

 

 彼女のリードに、マウンド上の舞子も頷いた。

 

 振りかぶって、投げようとした、その時。

 

「あっ、バカ」

 

 ベンチでみづきが、上擦った声を上げた。

 

「え?」

 

「な、何?」

 

 智惠と茜が驚いた様子でみづきを見る。

 

 兼任監督がどうして素っ頓狂な声を出したのかは、すぐに分かった。

 

 快音。

 

 舞子の投げたボールを向月の一番打者はジャストミートして、レフト方向へと打ち返したのである。

 

 レフト前の打球。良美はワンバウンドでキャッチすると、中継に入った翼に送球。翼は更に二塁に入ったあおいに送球して、二塁打を阻止した。

 

「ドンマイドンマイ、岩城先輩、ナイスプレーでした!!」

 

 声援を送る智惠であったが、しかし気になる事は一つ。

 

 みづきが声を上げた途端、舞子が打たれた。

 

 これは偶然とは思えない。

 

「鏡原さん、さっきはどうしたの?」

 

「うん、何かに気付いたみたいだったけど……」

 

「うん? ああ、さっき言ってたでしょ。いくら上達してもやはりウチのチームは大部分が短期間の促成栽培だからね。練習ではしっかりできていても、実戦となるとミスが顔を出してくるのが常だけど……それが出てきたってこと」

 

 予想していた事もあって、慌てた様子も無くみづきが解説する。

 

「同じように私もしっかり色々教えていたつもりだけど、やはり実際に試合をしてみると教えてない事の一つ二つはあるって事が分かるからね。実戦は勉強になるわ」

 

「……じゃあ、今のプレーで何かみんなにミスがあったって事?」

 

「そう」

 

 みづきは認めた。

 

「宇喜多さん、河北さん、それぞれ内野をよく見て。特に野崎さんと阿佐田先輩が守る一二塁間と、東雲と有原が守る三遊間の違いを、しっかりと見比べてみて」

 

「「……んん?」」

 

 言われてみて、内野全体へと注意深く視線をやる二人。

 

 続く向月の二番打者。

 

 ランナーを進める為に送りバントしてくるか、それとも流し打ちでライト方向へと打ってくるか。

 

『倉敷先輩、ここへ』

 

『分かったわ』

 

 和香のリードはここでも流し打ちを防ぐ為に、インコースを要求する。

 

 セットポジションからモーションに入って……

 

 この時、夕姫とあおいはバッターから見て左方向へと移動した。右打者に内角攻めなので恐らく打球はレフト方向へ飛ぶと予想されるから、それに対応する為のシフトだ。

 

「あっ」

 

 この時点で、龍と翼に動きは無い。

 

「これは……」

 

 そうして舞子の指先からボールが離れたその瞬間に、二人は左へ動いた。

 

 果たして向月の二番打者は、良くコントロールされたインコースの球に対してまるで分かっていたかのようにオープンスタンスになって体を開き、ジャストミート。

 

 今度は左中間への打球になって、打球は深い所に転がった。ランナーは俊足を飛ばしてホームへ帰り、バッターも二塁まで到達した。

 

 向月は1点を返して5対2。まだ3点勝ってはいるものの、ノーアウトでランナー二塁にてクリーンナップを迎える里校側は、ピンチである。

 

 だが、ベンチのみづきは泰然自若。頬杖付いて落ち着いたものだ。

 

「さて、二人とも分かったかしら?」

 

「う、うん……野崎さんと阿佐田先輩は倉敷先輩が投げる前に守備位置を変えていたけど……」

 

「翼と東雲さんは、倉敷先輩が投げてから動いていたよね」

 

「そーゆーこと」

 

 見事に望んでいた答えが返ってきて、みづきはご満悦の表情である。

 

「打球が飛んで来るであろう方向を予想して、守備位置を変えるのは正しい。でも投げる前に守備位置を変えたのでは、バッターに投げるコースを教えているようなものだってことよ」

 

「あ、だから翼と東雲さんは……」

 

「そう、投げた後ならバッターはボールに集中していて、シフトに目を配る余裕など無いからね。二人はそれを分かっていたから、投げた後に動いたってこと。すずわかもベンチから見ていれば気付けたんだろーけど、今はリードやキャッチングで余裕が無くなってるって事でしょーね」

 

 そう言うと、みづきは立ち上がってタイムを掛けた。

 

「じゃあ、宇喜多さん。伝令よ。今の事をみんなに伝えてきて」

 

「あ、うん。分かった」

 

 マウンドに集まった内野陣の所へ走っていく。

 

 しばらくして戻ってきた彼女を、みづきは会心の笑みで迎えた。

 

「それにしても河北さんも宇喜多さんも、良く気付いたわね」

 

 傍らに立つ将城も、くすっと微笑する。

 

「多分、野球を始めたばかりのあなた達じゃ、いくら私が言っても気付かなかったと思うわ。今まで気付かなかった事に気付けるようになったって事は、感受性が高まっている。つまり、上手くなっているって事。そしてこーいうのは、えっと……岡っ引きの頭目?」

 

「岡目八目ね、鏡原さん」

 

「あ、はい。それです掛橋先生。二人とも、こーいうのはプレイしている有原達では中々気付けなかったでしょーね。ベンチに居た私達だからこそ、気付けるものがある。ベンチに居る者も一緒に戦うとは、こーいう事なの」

 

「「……」」

 

「だから二人とも、ここからも頼むわ。一緒に戦ってね」

 

「う、うん!!」

 

「分かったよ、鏡原さん」

 

「よし!!」

 

 そうしてタイムが解かれ、プレイが再開される。

 

「さて、今回は上手く行くかな?」

 

 思わず、みづきは少し前傾姿勢になった。智惠と茜もそれぞれグラウンドを注視する。掛橋先生もこのやり取りを見ていたので、内野陣の動き、特にファーストの夕姫とセカンドのあおいの動きを注意深く観察する。

 

 三番打者も右打者。

 

 和香は、まずアウトコースを要求する。

 

 投球動作に入る舞子。

 

 今までなら、ここで夕姫とあおいは動いていたが……

 

 今回は、二人に動きは無い。

 

 そして、舞子の手からボールがリリースされたその時に、初めて動いてシフトを変えた。これは翼や龍の動きとほぼ同じタイミングであった。

 

 三番打者は、これまでのパターンから守備位置でコースが読めると思っていたのだろう。戸惑ったようで、一球目は見逃した。ストライクがコールされる。

 

「よし!!」

 

「やった、出来てる!!」

 

「うん」

 

 ミスの修正がしっかり為されているのを確認して、里校ベンチが沸き立った。

 

 

 

 

 

 

 

『成る程……確かにバッターは戸惑っているみたいなのだ』

 

 セカンドのあおいは、天性の勝負師としての嗅覚でバッターの動揺を敏感に察知していた。

 

 先程の伝令で茜から伝えられた通り、守備位置を動くのは舞子が投げてからにしてみたが……確かに、先程の一番二番と比べ今のこの三番打者は、どうも勝手が違う感じでやりづらそうだ。

 

 それにしても、ピッチャーが投球動作に入って投げ終わるまでのほんの僅かな時間で、守備位置の動きからコースを読むとは。バッティング一つ取っても、野球はそこまで奥深いものだと、改めて思い知った気分だ。

 

「……」

 

 ちらりと、ファーストを守る夕姫に視線をやってアイコンタクトを交わす。

 

『ゆっきー、分かっているのだ?』

 

『はい、阿佐田先輩』

 

 夕姫も、先程のタイムの際に打ち合せしていたので委細は承知。頷いて返した。

 

 舞子が、セットポジションから投げ始める。

 

 三番打者は、もう守備位置からコースを読む事は出来ないと知っている。故に自然体で、来た球を迎え打つ構えだ。

 

 そこが狙いだ。

 

 夕姫とあおいは、まだ舞子が投げ終わらない内にバッターから見て右方向へと移動した。

 

「え?」

 

「あれっ?」

 

 さっきはミスを修正出来ていたのにと、ベンチからも戸惑った声が上がった。

 

 これは右方向に球が飛ぶ事を予想してのシフトだ。

 

 右打者の打球が右へ飛ぶという事は、アウトコースを攻めてくる。

 

 バッターはそう予想して、アウトコースを打つべくクローズドスタンスで踏み込んだ。

 

 しかし。

 

 実際の投球はインコースへ食い込んでくる。踏み込んでいたバッターは、思わず仰け反ってかわした。

 

 二つ目のストライクがコールされる。

 

 

 

 

 

 

 

「!! へえ……」

 

 向月側のベンチでは、退屈そうにそっぽ向いていた椿がグラウンドに目をやった。

 

「ニセのシフトを使ってくるなんて」

 

 まだシロウトが多い筈の里校が中々の高等技術を使うのを見て、ちょっと感心した表情である。

 

 だが注目すべきは今のこの技術を使った事、それ自体ではない。

 

 そんな事が出来るだけの練習を積んでいるのなら、まず一番打者・二番打者の時のミスは起こりえない筈である。あれは本当のミスで間違いない。その証拠に、タイムでベンチからの伝令があった直後には、守備位置を変えるタイミングを投球後にしてミスを修正していた。

 

 そして二球目ではニセシフトを使ってくるという事は。

 

「この試合の中で、教えられた事を独自に応用しているって事か……」

 

 ふむ、と嘆息する。

 

「これは、思ったより強敵かもね」

 

 

 

 

 

 

 

「う、うおおおおっ……!! 見た!? 今の見た!? 見たよね、河北さん、宇喜多さん!!」

 

 興奮した面持ちで、みづきが智惠と茜の手を握ってぶんぶんと振る。兼任監督のこのテンションの高さには二人ともちょっと引き気味である。対照的に、長い付き合いで気心知れた将城は落ち着いたものだ。

 

「あんなダミーのシフトは私も教えてない。つまり野崎さんと阿佐田先輩が、自分で考えてやったのよ!! スゴい、これはスゴい!!」

 

 興奮冷めやらぬ様子のみづきが、グラウンドを指差す。

 

「みんな自分で考えて、少しでも仲間を助けようとプレイし始めているのよ。スゴい事よ、これは!!」

 

 と、みづきが大興奮している間にも、試合は進む。

 

 里校ナインがシフトのミスをこんな短期間で修正してくるとは思っていなかった三番打者は、平常心を欠いていたらしく苦手コースにうっかり手を出してしまってライトフライ。

 

 続く四番と五番も凡退に切って取ったのだった。

 

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