ハチナイ PM   作:ファルメール

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第4球 三角ベース

 

「三角ベースですか?」

 

「うん、野球の簡単バージョンって所かな」

 

「あの子達も野球しに来たみたいなんだけど、人数が足りないらしくて」

 

「こっちもどうせやるなら試合っぽい方が楽しいかなって。どう? 一緒にやらない?」

 

「「……」」

 

 参加するか、どうか。

 

 夕姫と茜は少しの時間、視線を合わせる。やはりいきなり試合をするとなると、迷いもあるだろう。上手くやれるのかな、と。

 

「人数が足りないなら……」

 

 それでもやや消極的ながら、参加意志を表明する夕姫。

 

「宇喜多さんは?」

 

「え、えっと……」

 

「ふむ」

 

 ちょっとだけ困ったように笑いつつ、みづきは眼鏡のレンズ越しに茜を観察する。

 

 これも初心者にはよくある反応である。練習が上手く行けば自信が付くが、上手く行かないと「私、野球に向いていないのかな」と自信が無くなって尻込みしてしまうものだ。今の茜の精神状態を分析すると、どういう訳か良い球を投げられたから「もしかしたら」とも思うが「でもやっぱり」と、そうした気持ちの間で揺れている感じだろう。

 

 こういうタイプは野球歴が長く、沢山のチームメイトを迎えてきたみづきには慣れっこであった。だから、こういう時にどう言うべきかも知っている。

 

「大丈夫、私がフォローするから」

 

「じゃ、じゃあ茜も……やってみよう、かな……」

 

「うん♪」

 

「それじゃあ後は審判だけど……」

 

「将城、あんたに任せるわ」

 

「承った、ご主人」

 

 こうして、野球少年達に翼を加えた有原チームと、みづき、夕姫、茜を加えた鏡原チームとの三角ベース試合が開始された。

 

「みんなー、いっくよー!!」

 

「おー!!」

 

「勝つぞーー!!」

 

「おー!!」

 

 まずは、鏡原チームの先攻。一番バッターは夕姫だ。

 

「いけー、お姉ちゃん!!」

 

「ホームラン、ホームラン!!」

 

 左打席に立つ夕姫。

 

「へえ、左投げ左打ちか。ステキね」

 

 ベンチで足を組み頬杖付いたみづきは、微笑しつつ夕姫の構えを観察している。

 

「そ、それは無理です……」

 

「えーっ?」

 

「ええーっ?」

 

 味方からブーイングという珍事の中、兎にも角にも将城がプレイボールのコールをして、試合が始まった。

 

 だが、やはり初心者。

 

 ポンポンとストライクを取られて、すぐにアウトになってしまった。

 

「バット振るぐらいしろよな」「お姉ちゃん、もしかして初めて?」「バットはもっと短く持った方が良いよ」「足ももう少し開いた方が……」

 

 子供達からアドバイスを受ける夕姫。ちらりとみづきに視線を送ると、彼女は今は何も言わずに、優しい視線を送っている。こうして教わる事もまた、醍醐味の一つと彼女は知っているのだ。

 

「も、もう一度お願いします」

 

「だからバットはこうやって……」

 

「ふふふ……」

 

 みづきはここで、視線をすぐ隣に座る茜に移した。

 

「宇喜多さんも、やってみる? この後は打席が回ってくるし。打ち方は、私が教えるわ」

 

「え、えっと……じゃあ、お願いします」

 

「ん。それじゃあまずは……」

 

 こうして茜はみづきが指導したが、やはりすぐには打てず三球三振となってしまった。

 

 攻守交代。今度は有原チームの攻撃となった。一番打者と二番打者はアウトに倒れて、三番の翼の打順となった。

 

 ここで、翼の視線は守備位置に動く。

 

 三角ベースではフィールドの狭さから二塁が無く外野は二人だが、今はレフト寄りの位置を茜、ライト寄りの位置を夕姫が守っている。野球でサードに当たる位置を守るのがみづきだが、彼女は今はかなり深く、しかも一塁寄りに守っていた。これは初心者である二人をフォローする為の、みづきの配慮である。二人がエラーする可能性も考えて、すぐにバックアップが出来る守備位置に立っているのだ。

 

「よーし、それじゃあ……」

 

 翼はバットを掲げて、レフト方向を指し示した。

 

 野球の草鳴期に、彼の大打者だけが成し得た偉業だった。

 

「予告ホームラン?」「打たせるか!」

 

 このパフォーマンスに、鏡原チームは発憤したようだ。

 

 一方で、みづきは笑みを絶やさずに、しかし視線は鋭く翼を観察している。

 

「子供の頃、よくあんな風にやって遊んだな~。高校生にもなって、あんな事するのは私ぐらいかと思ってたけど……」

 

 だが、翼の狙いはそれだけではないだろう。

 

 バットが指し示す方向に守っているのは……

 

 ちらりと、背後を振り返る。どうにも所在なさげに、ぽつんと突っ立っている茜が見える。

 

 打席に視線を戻すと、ちょうど翼と目が合った。

 

 じっと、自分に目線を向けてくる。

 

『……成る程、私に腕を見せろって事ね。有原』

 

 翼の意図を汲み取って、みづきは眼鏡を掛け直した。

 

『けど、面白い事をするのがあなただけというのもつまらない。私もちょっとしたジョークをやってみようかしら』

 

 にやにや笑いつつ、みづきはタイムを掛けた。そしてピッチャーの少年の所に走っていく。

 

「どうしたの、お姉ちゃん」

 

「今、打席に立っている有原の事は良く知っているわ。彼女は強打者よ。直球じゃ打たれるわ。変化球が必要よ」

 

「えっ……でも、俺変化球なんて投げられないぜ……?」

 

「まぁそうでしょうね。あなたぐらいの年から肘をひねったりねじったりしてたら、絶対故障するからね。もしやってたら私は止めるわ」

 

「……じゃあ、どうすれば……」

 

「あなたには、私の伝家の宝刀。メジャーリーガーも投げられない魔球を教えてあげるわ」

 

「ま、魔球?」

 

 やはり野球少年として、魔球というキーワードは心が騒ぐものがあるのだろう。男の子の目が輝いた。

 

「そう、名付けて……魔球ウイング。投げ方は…………」

 

 しばらく何事か話した後、みづきが守備位置に戻ってゲームが再開される。

 

「よし、行くぞ……魔球、ウイング!!」

 

 ピッチャーの少年が、ボールを投げる。

 

 コースは良いが、やはり小学生の球威である。山なりの絶好球。

 

 翼が、ドンピシャのタイミングで打ちに行く。

 

 振り出したバットが、ボールを捉える。

 

 かに、見えたその瞬間だった。

 

「!!」

 

 ボールが、曲がった。しかもベースを右から左に横切るような、凄い変化量だった。

 

「あっ……」

 

 思い切りタイミングを外され、翼のバットは空を切った。

 

 しかし、そんな凄い変化球。小学生のキャッチャーに捕球できる訳もなく、後逸してしまった。

 

 ……と、思いきや。

 

 ぱしっ!!

 

 グローブにボールが入った時とはまた違った乾いた音が鳴る。

 

 キャッチャーのすぐ後ろで審判として立っていた将城が手を伸ばし、逸らしたボールを素手で掴んでいたのだ。

 

 将城は掌の中のボールを見て「やっぱり」と呟くと苦笑いを見せた。

 

「……ご主人、またやったな。魔球ウイング」

 

「な、何何? 今のボール、物凄く曲がったけど……」

 

 バッターボックスの翼も、興味津々という風に詰め寄ってきた。

 

「そりゃ曲がるよ。ほら」

 

 将城が差し出した軟球には、厚紙で作った羽根が二つ、兎の耳のようにセロテープで貼付けられていた。

 

 野球のボールはちゃんとした球形でなくては真っ直ぐには飛ばない。それに回転軸によって通る縫い目の数やその向きにも影響を受けるような極めてデリケートな代物である。だからボールにヤスリで傷を付けるとか、ワセリンを塗るなどして従来の変化球では有り得ない変化をさせる技術も存在している。勿論、これらは反則行為であるが。

 

 僅かな傷を付けたりワセリンを塗っただけで、ボールの変化に違いが生まれる。ましてや厚紙製の羽根など付ければ、驚くべき変化球が誕生するのも当たり前である。それにしても普通、違反投球はもっと分かりにくくやるものであるが、ここまであからさまにするとは翼もびっくりだった。

 

「あっはっはっ、バレたか」

 

 だが悪びれた様子も無く、サード付近を守るみづきは笑い声を上げた。

 

「ごめんなさいね、有原。まぁ、体験会の余興みたいなものよ。見逃してね」

 

「お姉ちゃん、やっぱりこれって……」

 

 呆れたような視線を向けてくるピッチャーだったが、みづきは落ち着いたものだ。

 

「そう、反則ね。昔、私が幼稚園児の頃に、どうしても凄い変化球を投げたくて、そして打ちたくて友達と遊んでた時に、この羽根付きボールを考案したのよ。流石に、幼稚園児が変化球を投げるなど無理だったからね」

 

「ちなみに、当時はプラスチックバットでボールもカラーボールだったな」

 

「じゃあ、メジャーリーガーも投げられない球って言うのは……」

 

「そりゃあ、『投げられない』わよね。メジャーリーガーがこんな球を投げた日には、違反投球で一発で球界から追放されるもの」

 

「……はあ……」

 

「私は一度だって『技術的に投げられない』なんて言ってないわよ」

 

「なんとなんと」

 

 参りましたという顔になる少年。からから笑いつつ、みづきは続ける。

 

「まぁ……変化球を打ったり、キャッチャーが変化球を捕球する練習にはこういうやり方もあるって事よ。でも、この魔球ウイングはカラーボールや軟球だから出来る事なのであって、絶対に硬球でやってはダメよ。石みたいな硬球でこれをやってデッドボールを出した日には怪我人か、もしくは最悪の場合死人が出るから。あなたも殺人犯にはなりたくないでしょ?」

 

「お、おう……」

 

 ここで、みづきの表情から笑みが消えて真剣な顔になった。

 

「……言っておくけど、これは脅しじゃないわよ。野球の歴史では、違反投球が原因で死亡事故が起きた事例は、本当にあるんだから」

 

「それじゃあ、今のはノーカウント。魔球ウイングは禁止でプレー再開だよ」

 

 将城からボールが投げ返されて、ピッチャーの少年は二球目を投じた。

 

 球種はストレート。

 

 翼は先程と同じく、長年の訓練で培った滑らかなフォームでバットを振り出し、今度は見事ボールを捉えた。

 

 ただし、ミートポイントはやや根っこよりで引っ張り気味に打球が飛ぶ。

 

「あ……こ、こっちに来た……」

 

 レフトの茜は、自分にボールが飛んでくるのを見て立ちすくんでしまう。

 

『怖い……』

 

 目を瞑ってしまう。

 

 だがその時、右手をグッと掴まれる感覚があった。

 

「えっ……」

 

「宇喜多さん、こっちこっち!!」

 

 サードを深めに守っていたみづきが翼が打つと同時に走り出して、レフトにまで来ていたのである。

 

「あ、あぁ……」

 

 慌てる茜の手をぐいぐいと引いて、みづきは落下点へと移動していく。

 

「よし、ここだ。宇喜多さん、グローブ出して!!」

 

「だ、出す?」

 

「上げるのよ、大きく!!」

 

「え、えっと……」

 

 この反応の鈍さに、流石にちょっと苛立ったらしい。少しだけ、みづきの口調が強くなった。

 

「ああもう、バンザイするのよ、バンザーイ!!」

 

「は、はい!! バンザイ!!」

 

 大きく両手を振り上げたみづきに釣られるように、諸手を挙げる茜。

 

 挙げたそこに、ボールが飛び込んできた。

 

 パァン!!

 

 気持ちの良い音を立てて、フライをキャッチする。

 

「あっ……」

 

 目を丸くして、あかねはグローブの中の軟球を覗き込む。

 

 先程までは、こっちに向かってくる青空の中の白い一点でしかなかったものだ。

 

 そんな小さくてしかも素早く動く物を、みづきのフォローありとは言えキャッチしてみせた。自分でも、信じられない思いだった。

 

「ナイスキャッチ、宇喜多さん」

 

「ナイスプレー!! 宇喜多さん!!」

 

「お姉ちゃん、ナイス!!」

 

 このファインプレーを受けて、敵味方の枠を越えて歓声が上がった。それに拍手も。

 

 それらが全て自分一人に向けられているものだという事を茜が理解するまで、いくらかの時間を必要とした。

 

「ナイスだったわね。どうかしら? 今の気分は」

 

「……」

 

 両手軽く広げながら、みづきが尋ねる。茜はしばらく考えて、やっと今の自分の気持ちを表現するのに適切な言葉を見付け出した。

 

「えっと……うん、気持ちいいです」

 

「うん」

 

 にっこり笑って、みづきは深く頷く。

 

 その後で内野の方へと目を向けると、翼と目が合った。

 

 距離の関係もあって言葉は無かったが、二人とも視線を交わし合って頷き、サムズアップを交わし合った。

 

『これで良いんでしょ、有原』

 

 翼のホームラン予告は単なるパフォーマンスではなく、彼女は最初から茜の方に打って守備の経験をさせるつもりだった。予告で指し示したバットの方向は、ボールを飛ばす方向を指し示していたのだ。それを、守備位置が近かったみづきがサポートした。

 

 言葉は無かったが、二人の間で意志が通じ合ったこれも一種のチームプレイだったと言える。

 

 この後、試合は打撃戦の様相を呈して鏡原チームが9対8で勝利となった。

 

「またやろうねー!!」「じゃあねー」

 

 子供達と別れて、帰り道の方向が違うので翼達とも別れる時間となった。

 

「私達はこっちだから。じゃあまたね」

 

「はい、学校で」

 

「うん」

 

「それじゃあ野崎さん、宇喜多さん。もし今日の事で野球に興味が出てきたなら、女子野球同好会に来て。新入部員……いやまだ新入会員は、いつでも歓迎しているから」

 

「じゃあ、帰るか。ご主人」

 

「ええ」

 

 ピー、ヒョロロー♪

 

 将城がチャルメラを吹いて、みづきが屋台を引いて二人は家路に就く。

 

 ちなみに帰宅するまでに、三回ほど本物のラーメンの屋台と間違えられて呼び止められたのはまた別の話である。

 

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