ハチナイ PM   作:ファルメール

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第41球 開会式の前に

 

 いよいよ、全国大会開会当日。

 

 初日の第一試合が決まっている里ヶ浜高校は開会式の後ですぐに試合である。

 

 緊張感でほぼ全員が寝不足気味で目が赤いながら、準備は万端。これから先生が運転するバスに乗って球場に出発……と、いう所で問題が起きた。

 

「鏡原さんはどこへ行ったの!?」

 

 龍の怒号が響き渡る。

 

 寝不足なのは顧問である掛橋先生も含め里ヶ浜高校女子野球部のほぼ全員。そう、ほぼ、という事は例外もあるという訳で。

 

 ぐっすりと熟睡して爆睡していた数少ない例外は、誰あろうみづきだ。さもありなん、翼や龍も含めて他のメンバーは、往々にしてあのバッターが打席に立った時はこう、この球が来た時はこうとあれやこれやと考えるから眠れない。

 

 対してみづきの脳内はどんな球が来ようが全打席ホームラン、打者を全て三振にとってヒーローインタビューならぬヒロインインタービューで話す内容を考えているような有様である。良いか悪いかはさておき、快眠出来る筈である。

 

 さて、そのみづきが不在とはどういう事か。

 

 彼女ほどの野球バカが。しかも女子野球部創設時からのメンバーとして、今日の試合に懸けていた筈なのに。

 

「しのくも、これ見るのだ!!」

 

 疑問の答えは、あおいが持ってきた紙切れが出してくれた。

 

「どれどれ……?」

 

 そこにはみづきの筆跡で、こう書かれていた。

 

『私はランニングで球場入りするから、みんなはバスで球場に入ってね。現地で合流しましょう』

 

「「「……」」」

 

「鏡原さんらしいと言うか、何と言うか……」

 

 あはは、と夕姫が苦笑いした。

 

「だ、大丈夫かな……」

 

「まぁ、ご主人なら大丈夫だろ。野球の事には真摯で清潔な人だし。時間にもキッチリしてるからな」

 

 これは長い付き合いの将城のコメントである。

 

「ま、まぁ……ちゃんとランニングで球場入りするなら良いか。みんな、バスに乗って!!」

 

 翼が締めて、女子野球部の面々はバスに乗り込み、宿舎を後にした。

 

 現地では、みづきが待っているはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……って、来ないじゃない!!」

 

「どういう事ですか? 岩壁さん」

 

 球場前の広場にて、龍の怒号がまたしても響いた。伽奈もずいっと詰め寄ってくる。

 

 開会式まで後15分。

 

 球場入りした女子野球部の面々はみづきの姿を探していたが……それが、どこにもなかった。

 

 彼女の性格上、どんなに遅くとも30分前には球場に到着していて、LINEかメールで居場所を送ってきそうなものではあるのだが……

 

 将城や翼が電話を掛けてみたが、何度コールしても「お掛けになった電話は電源が切れているか電波の届かない所にあるのでお繋ぎ出来ません」と、無機質で無感情な合成音声が返ってくるだけだった。

 

「ま、まさか……鏡原さんの身に何かあったのでは……」

 

 誰かが、不安げにそう口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 遡る事、およそ一時間。

 

「はっ、はっ、はっ……」

 

 朝のさわやかな空気の中、球場への道をユニフォーム姿のみづきが駆けていく。

 

 書き置きにあった通り、彼女は日課であるトレーニングも兼ねてランニングにて球場へと向かっていた。このペースなら、開会式の一時間前ぐらいには球場に到着出来るだろう。適度に体をほぐしつつ、皆と合流出来るはずだ。

 

 そんな事を考えつつ、周囲に目を配ると……

 

「おっ、リトルリーグか」

 

 近くの広場でユニフォーム姿の小学生達がキャッチボールしている姿が目に入った。

 

 早朝練習とは熱心で大変結構。見ているだけでこっちもさわやかな気分になってくる。感心感心と微笑しつつ、視線を前方に戻す。

 

 すると、彼女の眼前を硬球が横切った。

 

「……うん?」

 

 横切ったボールは、そのまま歩道から車道へと転がっていく。

 

 そして、ボールが転がってきたという事は、必然。

 

 ボールを追って、ユニフォームを来た子供が、車道に飛び出していく。

 

「ま、まさか……」

 

 嫌な予感がして、車道へと目をやると……ちょうど、トラックが走ってきていた。しかも……トラックは進行方向を変えもしなければ、スピードを緩める気配すら無い。

 

「なっ……!!」

 

 バッターとして、一点を注視するのではなく投手の肘の辺りを中心に全体をぼんやりと見る周辺視を訓練しているみづきは、すぐに大変な事に気が付いた。

 

 トラックの運転手は、スマホを手にしつつのながら運転で画面を注視していて子供が飛び出してきたのに気付いていない。そして子供の方も、ボールに夢中でトラックに気付いていない。

 

 これでは……!!

 

 頭の中に最悪の想像が浮かんで、そこから先は考えるより先に体が動いていた。

 

 ダッシュ!!

 

 猛然と飛び出して子供の襟首を掴むと、そのまま思い切り後ろへと投げ飛ばした。

 

「うわっ!!」

 

 子供は悲鳴を上げながら、歩道のすぐ脇にあった生け垣へと突っ込む。

 

 一方で車道へと飛び出したみづきには、もう視界一杯にトラックが迫ってきていた。

 

 ここへ来て、ようやく運転手も車道に人が出てきているのに気付いてハンドルを切ってブレーキを踏んだ様だ。タイヤと路面の擦過音が響くが、車体が止まるよりもみづきにぶつかる方がずっと早いだろう。

 

 左右どちらかに逃げる? 間に合わない、その前にぶつかる。

 

 後ろへ飛ぶ? ダメ、トラックは止まらないから轢かれる。

 

「わ、私には双子の姉も妹も居ないのに……!! ぎゃあああああああーーーーっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 時間は現在に戻る。

 

「やっぱり鏡原さんに何かあったんじゃ……」

 

 茜がキョロキョロと周囲を見回しつつ、そうごちる。

 

 既に大会参加校の選手殆どが集まってきていて、辺りにはユニフォーム姿の女子がぞろぞろ居るが、残念ながらその中に目当ての人物の姿は見当たらない。

 

 やはり、宿舎から球場までの道中に何かあったのでは?

 

 そう思った和香が、スマホを操作して情報を検索しているが……

 

「今日、この辺りで事故があったというニュースは上がっていないようね……」

 

 残念ながら見るべき情報は皆無であるようだ。

 

「有原さん、どうするの? そろそろ入場しなくちゃ……」

 

「う、うん……ここは……」

 

 みづき不在でも、取り敢えず開会式には出場すべきか……

 

 キャプテンとして、そう判断しかけた、その時だった。

 

「ちょっと待った!!」

 

「「!!」」

 

 待ち人来たる。

 

 望んでいた声が聞こえてきて、全員がそちらへと振り返る。

 

「みづき、心配したんだよ。何をやって……」

 

 怒り半分、安心半分といった声と表情で、翼がそう言い掛けて……表情が強張った。

 

 現れたみづきはユニフォームはあちこちほつれたり切れたりしていて、見た所大怪我などは無いようではあるが、額に絆創膏を貼付けていた。昨日までは、こんな物は無かった筈だ。

 

「全く……何をやっていたの? 皆に迷惑を掛けて」

 

「心配掛けたのは謝るわ東雲。でも、こっちだって大変だったのよ。人命救助の為に、トラックと相撲を取ってきたんだから」

 

「人命救助?」

 

「ト……トラックと相撲……?」

 

 ただ事ではないワードがみづきの口から発せられたので、夕姫と舞子は顔を見合わせる。

 

「……ご主人、一体全体……何があったんだ?」

 

「あぁ、将城……実はね……」

 

 

 

 

 

 

 

 眼前に迫るトラック。

 

 左右いずれかにかわすもならず、後ろへの退避もならず。

 

 人間は死の瞬間、今までの経験からどうにかしてその死を回避出来る方法が無いかを検索しようとする。それがいわゆる「走馬燈」という現象の正体であるという仮説が存在する。

 

 人間は肉体・精神共に追い込まれてリミッターが外れると通常時の倍ぐらいのパワーが出る物である。大きなタンスを持ち出したりする火事場の馬鹿力という話は、多くの記録が残っている。精神にも同じように、ほんの一瞬で十数年あるいは数十年を振り返る事が出来る力が眠っている可能性は、十分有り得る。

 

 しかしみづきは死に際の集中力で自分の過去を振り返るのではなく。その集中力を活かして、僅かな可能性に賭けた。

 

 普通の者は車が突っ込んできていれば必然、左右にかわすかしゃがみ込むか、あるいは後ろへ逃げようとする。だが、みづきは違った。

 

「ぬ、お、おおおお!!」

 

 逃げようとはせずに。

 

 逆に、真っ直ぐトラックへ向けて走った。

 

 ジャンプして、トラックの前面にへばり付いた。

 

 幸運は、トラックがブレーキを掛けていて急激にスピードがダウンしていた事だった。それもあってみづきの体は吹っ飛ばされる事も無く、上手く車体にひっついて致命傷を避けたのであった。

 

「ふうっ……」

 

 ようやく停車したトラックから、みづきはずるずると降りる。

 

 正直、今のは流石に死んだと思ったが……これは日頃から『自分がカッちゃんだったらどう行動すべきか』をシミュレーションしてきた甲斐があったというもの。事前に『こうなった時はこう行動しよう』とイメージの反復練習を積んでいたからこそ、体の反応速度が違っていたのだ。

 

 いくら死に際に於ける走馬燈の集中力があっても、何の心の準備も無い所にトラックが突っ込んできていては、みづきの反応も間に合わなかったであろう。

 

 核シェルターを持っている資産家が、それが捨て金になる可能性は百も承知の上であろうとも、もし核戦争が起こった時を想定してそれに備えているように。みづきもまた『試合場に向かう道中で事故に遭ったら』と、それが無駄に終わる可能性は大きくとも、あるいは無駄に終わる事こそが最良であると理解しつつもそのシミュレーションを行なっていたからこそ、最善の対応が出来たのだ。

 

 こうして考えると、学校でやっている避難訓練も馬鹿にしたものではないなとみづきは思った。普段がふざけている訳ではないが、今後は避難訓練や救命講習を一層真剣に取り組む事にしようと、彼女は心の中で誓った。

 

「ん……?」

 

 ぬるっとした感覚があって額に手をやると、ちょっとだけ血が滲んでいるのが分かった。恐らく、トラックに飛びついた際にその時は無我夢中で気付かなかったがぶつけていたのだろう。

 

 常備している絆創膏を額に貼ると、みづきはさっきブン投げた野球少年の方を見る。どうやら、あまりの事に呆気に取られてはいるものの見た所怪我などは負っていないようだ。

 

 これなら、自分も飛び出して助けた甲斐があったというもの。

 

「おっと……思ったよりタイムロスしちゃった……有原達に連絡しないと……」

 

 ポケットを探るみづきであるが……スマホの感覚が無い。

 

「あれ……?」

 

 今のドタバタでどこかに落としたかと周囲を探って……

 

「あっ……」

 

 愛用のiPhone8は、トラックのタイヤの下で見るも無惨な姿に成り果てていた。

 

 頑丈なギルドデザインのバンパーを使っているみづきであるが、流石にトラックのタイヤの前ではひとたまりも無かったようであった。

 

 慣れ親しんだスマホであるが、だからこそ自分の身代わりになってくれたのだと心中で自分を納得させると、合掌して黙祷を捧げるみづき。

 

『我が愛機よ……安らかに眠れ……』

 

 10秒ばかりそうしていた後、気を取り直すと今後どうすべきかを考える。

 

 翼達に連絡を取るのは考えたが……しかし昨今、登録した番号でばかり掛けているから電話番号を覚えていない。便利になるのはありがたいがその弊害もあるなと、みづきは頭のどこかで思った。

 

「仕方が無い。こうなったら開会式までに球場に入るしか無いか」

 

 そう結論すると、もうみづきは脇目も振らず球場への道を走り出した。

 

「お、お姉ちゃん……?」

 

「お、おいあんた……」

 

 後には、生け垣から立ち上がった野球少年とトラックから降りてきた運転手が呆然と残されるのみ。

 

 

 

 

 

 

 

「……と、いう訳だったのよ」

 

「「「……!!」」」

 

 何と言うか、色んな意味でスケールの違う話に、女子野球部の面々はすっかり圧倒されてしまったようだった。

 

「ま、まぁ兎に角無事で良かったよご主人。だがあんまり私を心配させてくれないでほしいな」

 

 ちょっと引きつつも、将城がそう言って相方の肩を叩いた。

 

「岩壁さんの言う通りよ鏡原さん。無事だったから良かったものの……今後は皆に迷惑を掛けるような行動は慎んでね」

 

「ええ、東雲。今回は弁解の余地無く私が悪いからね。今後の戒めとするわ」

 

「……じゃあ、私からはここまでにしておくわ」

 

 取り敢えず無事ではあったのだし、それに今回の事は多分に不可抗力でイレギュラーな事態であったのは百も承知であるし、みづきの行動もやむを得ないものであったのも分かるので、龍もそれ以上は言わなかった。

 

「とにかく、無事なら良かったよみづき。さあ、そろそろ開会式が始まるよ」

 

「ええ、有原。それじゃあ……みんな、行きましょうか」

 

「おおーーっ!!」

 

「はい、監督」

 

「行きましょう!!」

 

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