ハチナイ PM   作:ファルメール

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第42球 VS清城高校 1

 

 トラブルはあったものの、何とかプレイングマネージャーであるみづきも含めて里校メンバーが勢揃いし、開会式はつつがなく進行。前年度優勝校である界皇高校による優勝旗の返還も済んで、第一試合・里ヶ浜高校対清城高校の試合が開始される運びとなった。

 

 念願の舞台に立ったみづきは、観客席を見渡す。

 

 そして「ふむ」と苦笑いしつつ首を傾げた。

 

「どうした。不満そうだなご主人」

 

 そこは長年の付き合いが為せる業か。幼馴染みの微妙な変化を見て取って将城が話し掛けてきた。

 

「あぁ、少しだけね。ちょっと観客が少ないように思って」

 

「あー、まぁ……それは、ねぇ……」

 

 イマイチ答えづらい質問を受けて、将城は困ったような顔になった。

 

 確かに、観客はまばらで空席が目立つ。

 

「ご主人、あんたには釈迦に説法だろうし言い尽くされている事ではあるけど……女子野球はやっぱり競技人口とかパブリックイメージとかが、なぁ……うん」

 

「いや、それは少し違うわ。将城」

 

「うん?」

 

「確かに不満はあるけど、それは半分」

 

「もう半分は?」

 

「嬉しいのよ」

 

「……? 嬉しい?」

 

「うん♪」

 

 くるっと相方を振り返ったみづきは、悪戯っ子のような笑みを見せる。

 

「勿論観客がたくさん来てくれるのは嬉しいけど。でも最初はこれぐらいの方が、伝説に『ハク』が付くってものでしょ」

 

「伝説? ハク? すまないが、どうも言っている意味が……」

 

「難しい事じゃないわ。よく言うでしょ。コンサートホールを連日満席にしてダフ屋とか転売屋も出ないようなロックスターの最初のライブが、観客が一桁くらいの人数しか集まらなかったってやつ」

 

「あぁ……」

 

 パートナーの言いたい事や目的が分かってきて、将城は成る程と頷いた。

 

「有原さん!! 鏡原さん!!」

 

 客席からの声援を受け、翼と一緒にみづきも手を振って返す。

 

 里ヶ浜高校からの応援団は、選手の家族の他には、委員長の月島結衣や文学少女の初瀬麻里安を初めとして生徒の姿もちらほら見える。

 

 少なくともたった今みづきが例に挙げたロックスターの初回ライブよりは、大勢の観客が集まってきていると言えるだろう。

 

「初陣にしては上出来……という所では?」

 

「えぇ。だが……見ていなさい、将城」

 

 自信……否、確信を漲らせた表情で、みづきは大仰かつ演技過剰に両手を広げる。

 

「一回戦の観客はまぁこれぐらいだけど……決勝戦の時には」

 

「この観客席を満員にしてみせる……か?」

 

 台詞を先読みした将城であったが、みづきには「チッチッチッ」と指を振って返された。

 

「甘い甘い。その程度は前提条件よ。知ってる、将城? ボクシングやプロレスの試合では最前列の特等席を取れた客は良いけど、最後列の席しか取れなかった人はろくすっぽ試合の様子が分からないから、会場に居るのにラジオで試合の実況を聞いたりスマホで試合の番組を見たりしているって」

 

「……何の為に会場まで来ているのか分からないな、それ」

 

「私が野球に対してそうであるように、好きって気持ちは理屈じゃないでしょ。せめて会場の空気だけは肌で感じたいとか……まぁそれはさておき……見ていなさい。それみたいに、決勝戦では観客席を一杯にするだけでは飽き足らず、この球場の周りに入りきれないお客を敷き詰めてみせるわ」

 

「……」

 

 将城はそれ以上は何も言わず、帽子を外した。顔には、にやりと不敵な笑みを浮かべて。

 

「流石はご主人。スケールが違うな。いつもながら」

 

「どうせ吹くならホラは大きい方が良いでしょう? まぁ、私は現実にしてしまうけど」

 

「ふふふ……それに、見なよ。確かに観客は少ないけど、大物が来てるぞ」

 

「ん……」

 

 将城が指差した先には、観客席の一角を見覚えのあるユニフォームの集団が占めていた。

 

 先日、練習試合を行なった向月高校の面々である。ただし知った顔はその中で一人、高坂椿だけで、他は初めて見る顔だ。それも当然。先日の練習試合にやって来たのは三軍のメンバーであり、今日この球場にやって来ているのはベンチ入りしている一軍のメンバーなのだろう。

 

 今日は向月高校の試合は無かった筈だから、開会式が終わった後は宿舎に帰るか練習場へ行きそうなものだが、それをせずに観客席で観戦とは。

 

 監督兼選手のみづきとしては、これは里校が彼女達に強敵としてマークされていると、自惚れたい状況ではある。

 

 気のせいか、一瞬だけ観客席の椿と目が合って、彼女が頷いた気がした。

 

「じゃあ、高坂さん。折角来てくれたんだ。たっぷりと、楽しんでいってね」

 

「ご主人、そろそろ整列の時間だぞ」

 

「ええ、行きましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、清城高校との試合が始まる。スタメンは以下の通り。

 

 1番センター:中野

 

 2番セカンド:阿佐田

 

 3番ショート:有原

 

 4番サード:東雲

 

 5番ライト:九十九

 

 6番ファースト:野崎

 

 7番レフト:岩城

 

 8番ピッチャー:倉敷

 

 9番キャッチャー:鈴木

 

 練習試合の時とは異なり、ピッチャーを任せられる舞子がチームに加入した事情もあって監督兼任であるみづきはまずは総合司令塔としてベンチに。更に今回は公式戦なので龍もスタメンとして出している。

 

 みづきがベンチという事は、必然的に彼女の専属捕手である将城もベンチ。茜と智惠はコーチャーである。

 

 このスタメンで来るのを見て、清城高校側は少し驚いたようだ。

 

「あのピッチャーは出てこないのかな?」

 

 てっきり、昨日の宿舎で見せた恐るべき投球術からみづきが先発ピッチャーとして出てくる事を想定していたのに。

 

「実は先発より中継ぎやリリーフ向きなのかな」

 

「有り得るかも。昨日はほとんど投球練習しなくてあの球威とコントロールだったからね……」

 

「はい、みなさん。そこまで」

 

 手を打つ乾いた音がして、視線がそちらに集中する。

 

「鏡原さんのあのスピード、あのコントロールを打つ為に積んだトレーニングは誰が相手でも活きますよ。名門復活に必要なのは勝利だけ。各々の役割を貫いて、勝利を手にしましょう」

 

 やや浮き足立ちがちだったメンバーを神宮寺がそうして統制し、いよいよプレイボールの時間が来た。

 

 1回表は里校の先行である。

 

「んじゃ、行ってくるにゃ」

 

「行ってこい、切り込み隊長!!」

 

 意気揚々とベンチを出たのは、1番打者である綾香だ。

 

 一礼して、バッターボックスに入った。

 

 神宮寺が振りかぶって、第一球が投じられる。

 

「ストラーイク!!」

 

 審判のコールが響く。

 

『速……っ、でも……』

 

 高坂椿と並んで、今大会でもトップクラスのピッチャーと評判の神宮寺が投げるボールは、やはり速い。

 

 だがそれでも綾香には、いつもみづきのバケモノの如き……いや、正真正銘バケモノなスピードとコントロールを相手に練習している分、気持ちに余裕がある。

 

 自分も含めてチームメンバー全員が、本当に人間かどうかも疑わしいようなみづきの球を、毎日毎日見ているのだ。たとえ公式戦でどんな怪物投手が出てこようが、みづきよりスゴい訳がない。みづきが投げる球はもっと速く、ずっとキレる。

 

 そう考えれば……

 

『誰が相手でも怖くないにゃ』

 

 第二球が投じられる。

 

「……」

 

 ピクリとだけバットを動かしただけで、綾香は見送った。

 

 球種はスライダーだ。だが僅かにゾーンから外れて、審判はボールをコールした。

 

「ふーっ」

 

 一息吐いて、綾香は構え直す。この動きを見て、清城高校キャッチャーの牧野花は、ひやりとした汗をマスクに隠された頬に一筋伝わせた。今のは、しっかりとタイミングを取られたような気がした。

 

『手が出なかっただけ……と、思いたいけど……』

 

 キャッチャーとしてはそのような楽観論でリードする訳には行かない。今日の神宮寺はストレートの調子は良いが、スライダーはちょっと乱れ気味だ。

 

 次の球もストレートで行く。

 

 コースはアウトコース低めに。

 

 神宮寺が頷いて、投じられる第三球。

 

「にゃーっ!!」

 

 快音。

 

 綾香の振ったバットが、ボールを的確に捉えた。

 

 打球は三遊間を抜いて、レフト前ヒット。綾香は一塁で止まった。

 

「よし、続くのだ!!」

 

 幸先の良い先頭打者のヒットを受け、二番打者のあおいがバッターボックスに向かう。

 

『おっと、サインを確認しないと……』

 

 そう思ってベンチを見やると、みづきが頷きを一つしてサインを出した。

 

 今のサインが示す作戦は……

 

『バントか』

 

 俊足の綾香が一塁に居るから、送りバントで進塁させる。定石通りの一手と言えるだろう。成功すればワンナウトで得点圏にランナーが出て、クリンナップに回る。

 

『まずは手堅く安牌ってことか』

 

 打席に入ったあおいを、花は警戒して観察する。

 

『この人、練習試合でも曲者だった……気を付けないと……』

 

 サインを出して、頷いた神宮寺が投球動作に入る。

 

 と、ここであおいがバントの構えになった。

 

「バントだ!!」

 

「!!」

 

 神宮寺はそれを見て取って、しかし慌てず球をコーナーに外した。

 

「と……」

 

「バント!!」

 

「む」

 

 この時、里校ベンチでみづきがぴくりと反応した。

 

 バントの構えをしたあおいを見て、清城高校のファースト・サード共に当然打球処理の為にダッシュするがほんの僅かに、その動作に違和感があると言うか……ぎこちないように見えた。

 

 あおいは途中でバットを構え直す。

 

 誘い出してのヒッティングと見たのか、ダッシュから急ブレーキを掛けるファーストとサード。自身も投げ終わった後すぐにフィールディングの為に駆け出そうとしていた神宮寺も、一度動きを止めた。

 

 あおいはこの球は見送って、ワンストライクがコールされる。

 

「流石は阿佐田先輩。しっかりと清城高校の実力を測っているわね」

 

「ええ」

 

 里校ベンチではみづきが満足そうに頷く。すぐ横の龍もそれに同意した。

 

「バントの構えをしたゆさぶりを見ても、球威やコントロールが落ちなかった。それどころかバントの構えを見てから、球をコーナーに外していたわね」

 

 これは容易くバントを許さぬよう、また本当にバントなのか打者の思惑を探ろうという動きだった。

 

 咄嗟にこれが出来るという事は、神宮寺の日々の練習の賜物でありまた経験(キャリア)も相当のものがある証明である。キャリアが乏しかったり鍛錬を怠っている投手なら、バントの構えを見てつい棒球を甘いコースに投げてしまったりするものだ。

 

 練習試合の時に分かっていたが、やはり神宮寺の実力は相当のものがある。

 

『でも……穴はあるわね』

 

 みづきは、次のサインを出した。

 

「「「!!」」」

 

 打席のあおいと、一塁の綾香。それにコーチャーの茜もそれを見てそれぞれ頷く。

 

 第二球目。

 

 再び、バントの構えを取るあおい。

 

 警戒していた神宮寺は難しいコースに投げてきたが、そこは業師であるあおい。バットで追うのではなく、膝を曲げて高さを調節し、バットにボールを当てる。

 

 だが、転がった所が少し悪い。

 

 ピッチャー真っ正面。それに神宮寺のダッシュも出足の一歩から良い。

 

「私が捕球します。一塁に戻って!!」

 

「分かった!!」

 

 神宮寺の指示に従い、ファーストは一塁へと戻る。

 

 そうして、神宮寺がボールをキャッチ。そのまま、素早く送球。

 

「そりゃ、あれだけ警戒してたら捕られるわよね。しかし……」

 

 あまり良い状況とは言えないが、みづきは余裕の表情を崩さない。

 

 胸元の良いコースへ投じられた球を、清城高校ファーストが捕球。

 

 当然、あおいの足は間に合わずに塁審がアウトをコールする。

 

 思わず、ファーストが安堵の息を漏らした。

 

「ホッ」

 

「……と、したわね。かかった!! ファーストでアウト一つ取ったそこで……」

 

「終わりじゃありません!! サードです!!」

 

 神宮寺の声がグラウンドに響く。

 

「えっ!?」

 

 清城高校のファーストが、素っ頓狂な声を上げる。

 

 ファーストランナーだった綾香はノンストップでセカンドを回って、そのままサードまで走っていたのである。勿論、いくら綾香が俊足でも普通ならアウトをもう一つオマケに献上する結果に終わるだけの暴走である。普通なら。

 

 だが、今回は一塁でアウトを取ってそれで終わりだと思って、ファーストの動きに一瞬のスキが生じた。綾香はそのタイムラグを利用して、送球されるよりも早くまんまとサードへと進塁したのである。

 

 当然、これはファーストの動きの様子をいちいち観察していては間に合わないプレイだ。最初からそういう作戦の元に動いていなければ出来ない動きだった。

 

「これは……あの監督の指示ね」

 

 観客席で、頬杖付いた椿がお気に入りのチュリオチャップスを転がしつつ呟く。

 

「ウチのチームもこれが初の公式戦。一球目のバントへの対応を見て、みんなが緊張で動きが固い所を抜け目無く狙ってきた」

 

 タイムを掛けて、マウンドへと駆け寄った花が里校ベンチへと視線を送りつつ言う。その声には、畏敬の響きすらあるようだった。

 

「つくづく……油断も隙も無い。鏡原さんは、選手としてだけでなく監督としても一流ですね……」

 

 花と同じ気持ちを、神宮寺も感じているようだった。だが彼女の表情は少し引き攣ってこそいるが、笑っている。嬉しいのだ。もし、何かが違っていれば、自分は彼女と出会わなかったかも知れない。だが何の因果か、こうして巡り会ってしまった。それが、この上なく嬉しい。

 

「牧野さん」

 

「えっ?」

 

「気を引き締めていきましょう。この試合、一瞬も油断は許されません。もう、練習試合の経験は何の役にも立たないでしょう。鏡原さんが鍛え上げた里ヶ浜高校……彼女達は、強敵です。胸を借りるつもりで、全力で戦いましょう」

 

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