ハチナイ PM   作:ファルメール

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第8球 みづき in 2041

 

 突然だが、鏡原みづきはタイムマシンを持っている。

 

 彼女はそれを使って今回は22年後の未来、2041年にやって来ていた。

 

「あんまり変わらないわね。私が小学生の頃は、未来には車が空を飛んだり、透明なパイプの中を人が移動したりしていると思っていたのに」

 

 町並みを見渡して、そう呟く。

 

 それに町を行く人々の服装も代わり映えしない。未来の人達はもっとぴっちりしててかてかの縫い目の無い服を着ているものだと昔は予想されていたものだが、割と自分の時代のファッションと変化は少ない。

 

 とは言え、今回のタイムトラベルの目的は町を見物する事ではなく、別にある。

 

 それらしい場所を見付けたみづきは、足を止めた。

 

 町の電気屋だ。並べられたテレビは、流石にこれには変化があったらしい。現在のような実体の画面が存在するものではなく、空間に電影の画像が出現する、古き良きSF作品でよく見かけるようなホログラフテレビが並んでいた。

 

 みづきはちょっとおっかなびっくりな手付きで、恐らくはチャンネルを操作するだろうボタンを弄る。

 

 番組が二度三度と切り替わって、やがて彼女が望む情報が表示された。

 

<女子野球甲子園大会も、今年で20回目を迎えました。思えば20年前に、甲子園で女子の硬式野球大会が開かれる事が認められた時、参加校は僅かに32校でした。それが今や、参加校は男子硬式野球と比較しても遜色無い4000校以上にまで増え、そして全国各地で戦い選び抜かれた代表51校が……>

 

 甲子園球場をバックに、若い女性アナウンサーがレポートしている姿がホログラフに映し出される。思わず「おおっ」と、みづきは感嘆の声を漏らした。

 

<さて、高校女子野球の歴史は20年と、男子に比べて短くはありますが、その中で毎年、数多くの伝説、いくつものドラマが生まれています。その中でも、ナンバーワンを一人挙げろと言われるのなら、やはりこの人でしょう>

 

 アナウンサーの姿が小さくなって、代わりにバストアップの写真が表示された。

 

「えっ」

 

 思わず、みづきは息を呑む。

 

 表示された写真に写っていたのは、誰あろう彼女自身であったからだ。今よりも多少大人びているが、しかし毎日鏡で見る自分の顔に間違いは無い。

 

<『原点にして頂点』。彼女を表すとしたら、まさにこの言葉がピタリでしょう。最初に甲子園で女子野球の大会が開かれた時、当時三年生の彼女は市立里ヶ浜高校の監督と選手を兼任して、この球場へとやって来ました。そしてチームメイト達と共に、数多くの伝説を築き上げたのです>

 

 再び画像が切り替わって、甲子園球場でプレイする、ユニフォーム姿のみづきの姿が現れた。これは生放送ではなく、記録映像なのだろう。

 

<一回戦のノーヒットノーランに始まり、二回戦ではサイクルヒットと完全試合の同時達成、準決勝では27アウトを9球で取り、そして決勝戦では優勝候補筆頭と目されていた界皇高校を相手に、打っては5打席連続ホームラン、投げては投球数162球で54連続奪三振完封勝利という空前絶後・前人未踏の大記録を達成しました。この記録は現在も更新されていません>

 

「へえ、流石は私。やるわね」

 

 妙な関心の仕方をしつつ、みづきはくすぐったそうにはにかんだ。

 

<彼女という存在が、当時はくすぶっていた日本中の女子球児達に火を付けた事は間違いないでしょう。彼女達の心の、その地下深くに眠っていたマグマが大地を揺るがし、一気に噴き上げたのです。この年から、全国の学校で女子野球部が指数関数的な速さで増え続けていく事になります。続いて第四回大会では……>

 

「ふふっ」

 

 知りたい事はもう十分と、みづきは画面に背中を向けた。

 

 ボールは生きている。夢は続いている。

 

 確かめたいのはそれ一つだった。

 

 今回もまた、実り多きタイムトラベルだった。

 

 お腹一杯ご飯を食べて、ぐっすりと眠った時のように満ち足りた気持ちで、彼女はタイムマシンに乗り込むと元の時代へと還っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、女子野球同好会のメンバーが9人を越えた事を祝して、乾杯!!」

 

 中華料理屋『鉄人』。

 

 今やすっかり行きつけとなったこの店の座敷席では、女子野球同好会のメンバーが料理が載った円卓を囲んでいた。

 

 翼とみづき。発起人の二人。

 

 そしてその二人に付いてきた、智惠と将城。

 

 初めて同好会への勧誘に応じた、茜と夕姫。

 

 続いて入会した和香。

 

 そして新しく、かつなし崩し的に同好会に加入したメンバーが3名。

 

 2年生で応援団(と言っても彼女一人で、学校が認可している訳でもないらしい)所属、他の部活の応援もあるので仮入会扱いとなっている岩城良美。

 

 同じく2年生で、その良美が紹介してきた、天性の勝負師・阿佐田あおい。

 

 自称新聞部で、女子野球にロマンを感じて密着取材を申し出てきた中野綾香。

 

 経験者は3名だけだが、兎にも角にもこれで遂にメンバーが最低限チームを構成できる9人を越えて集まり、漸く野球同好会も一歩前進といった所だった。

 

「それじゃあ、鏡原さん。何か一言、今後の抱負とか所信表明を」

 

「私で良いの?」

 

「お願いするね」

 

 翼に促され、みづきはこほんと咳払いを一つ。

 

 背筋をぴんと伸ばして姿勢を正すと、全員の視線が自分に集まるまで一拍置いて、そして話し始めた。

 

「えっと、みんな。何はともあれ、こうして集まってくれた事に、まずはこう言わせて。ありがとう」

 

 頭を下げるみづき。

 

「そんな、鏡原さんや有原さんの為じゃないよ」

 

「自分がやりたいって思ったからです」

 

「ん……河北さんや中野さんは知っているかな。有原や私、それに将城が、シニア出身だってこと」

 

「うん」

 

「そうだにゃ」

 

 翼の幼馴染みで親友の智惠は当然知っているし、ジャーナリスト志望の綾香は独自の捜査能力で、情報を収集していた。

 

「でもだからって、いきなり厳しい練習を始めたりとかそういうのは無いから、安心して。同じ高さに辿り着くにしても、ロッククライミングしてそこに行くのは難しいけど、階段を一歩一歩上がるように、小さな目標を一つ一つクリアしていけば、いつか必ず登り切れる。みんな、そうやって上手くなっていく。それが面白いのよ。これは私の持論だけど、野球は成果じゃなくて取り組む姿勢だと思っている。野球に慣れ親しんで、好きになってくれると私も嬉しいわ。楽しくやっていきましょう」

 

 ぱちぱちと、他の9名から拍手が起きる。

 

 ここで一呼吸置いて、みづきは続けた。

 

「そしてみんなには、女の子が野球をするとなると、女の子に野球は出来ないとか、生意気だとか、あるいは悪い事は言わないから怪我をする前に辞めた方が良いとか、そんな声が上がるかもと思うわ」

 

「……」

 

 翼は、少しだけ目を伏せた。そうした有り難迷惑な声は、中学まで野球をやってきた中で彼女には聞き慣れたものだったからだ。これは、将城やみづきも同じだった。

 

「でも、敢えて言うわ。そんな事を言う人達は、何も分かってないってね」

 

「えっ……」

 

「確かに、今現在女子野球の競技人口は多いとは言えないわ。女子野球部がある学校も、全国に30校程度しかないしね。でも男子野球だって、大正4年に第1回の全国大会が豊中球場で開かれた時には全国に73校、代表はたった10校しかなかったの。それが今では、全国に4000校以上、野球部員数は10万人を軽く越えている……と、いう事はよ? これから先、女子野球部だって同じようになるって事よ」

 

 凄まじい論理の飛躍だが、それを語るみづきの顔には確信の色が満ちていた。

 

「今から20年後、女子野球の競技人口は男子に負けないぐらいになる。全国で地区予選が開かれて、選び抜かれた51校が、甲子園で鎬を削り合うのよ」

 

「見てきたみたいに言うんだな?」

 

 と、良美がからから笑いつつ言った。

 

「ええ、見てきたもの」

 

 みづきは即答する。

 

「「「えっ……」」」

 

「信じられないかも知れないけど、私はタイムマシンを持っているの。それで、20年後の未来にタイムスリップして、見てきたのよ。女子野球が国民的なスポーツになっている所を」

 

「そんな、まさか」

 

「冗談でしょ」

 

「これは特別なものじゃないわ。あなた達だって、私と同じようにタイムスリップが出来る筈よ」

 

 みづきが自信に満ちた表情で、全員を見渡す。

 

「どうやって?」

 

 和香が目を丸くして尋ねた。

 

「それは……」

 

「『誰もがタイムマシンを持っている。過去へ連れ戻すのは、記憶。未来へ連れて行くのは、夢』……だろ、ご主人」

 

 みづきの言葉を継いだのは、やはりと言うべきか将城だった。我が意を得たりと、みづきは会心の笑みを浮かべる。

 

「昔の映画で見た、私の大好きな台詞なのよ」

 

「尤も、それを言ったヤツはタイムマシンから投げ出されて、時流の彼方にぶっ飛んだがね」

 

 はっはっはっと笑いながら、将城が補足する。微妙に話の腰を折られたみづきは少しだけむっとした表情になったがそれも束の間、すぐに調子を取り戻した。

 

「良い未来なら、何度でもタイムトラベルして、そこに想いを馳せようじゃない。タイムスリップしたその未来が、いつか現実のものとなるように。私達の後には、何千人、何万人もの女子球児が続く。今この私達こそが、歴史の最前線に立っている。そう思うと、ステキじゃない?」

 

「そうだな……これは応援のし甲斐がありそうだ」

 

 武者震いで、良美が体をぶるっと動かした。

 

「こいつは、未だかつてない大勝負かも知れないのだ」

 

 あおいが、汗の浮かんだ手をニギニギと開いたり閉じたりを繰り返す。

 

「やはり女子野球はロマンの塊にゃ。私のジャーナリストとしてのカンに、狂いは無かったにゃ」

 

 興奮した面持ちの綾香が、手にしたメモ帳にペンを走らせていく。

 

 動機はそれぞれだが、新入会員3名全員、やる気は十分らしい。翼達は、満足そうに頷きを一つ。

 

「それでは、新入会員の歓迎と、女子野球同好会の更なる飛躍を祈りまして。乾杯!!」

 

「「「乾杯!!」」」

 

 10人の少女達は、手にしたジュース入りのグラスを打ち合わせた。

 

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