ハチナイ PM   作:ファルメール

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第9球 初めての練習

 

 2年前。リトルシニア全国大会2回戦。

 

「4対3をもって、蔵元中央シニアの勝ち!!」

 

「「「ありがとうございましたー!!」」」

 

 グラウンド中央に集合した両チーム全ての選手が、帽子を取って礼をする。

 

 試合終了時の常だが両チームの表情は、対照的であった。一方は笑い、一方は泣く。

 

 笑うのは蔵元中央シニアで、泣くのは君嶋シニアであった。

 

 しかしどちらのチームにも、はみ出し者、例外は居るものである。

 

 泣き顔ばかりの君嶋シニアの中で鏡原みづきと岩壁将城がそうであり、歓喜している蔵元中央シニアでは唯一人、東雲龍がそうだった。

 

 みづきは敗者でありながら笑っていて、勝者である筈の龍はむすっとして不満げだった。

 

 じっと睨み合っていた(正確には龍だけが鋭い目でみづきを見ていて、みづきはにっこり笑いながら龍を落ち着いて見返している)両者であったが、たっぷり三分もそうしていた所で、先に動いたのはみづきだった。

 

「東雲。絶対に優勝してね。応援してるわよ」

 

 すっと、握手を求めて差し出された手だが、龍がそれを握り返す事はしなかった。

 

 別段それを不快に思った様子も無く、みづきは手を下げた。

 

「不満そうね? 東雲」

 

「当然よ、こんな勝ち方、私は認めないわ」

 

 龍の視線が、スコアボードに向いた。

 

 蔵元中央シニアのヒット数は2、エラー数は0。

 

 対して君嶋シニアのヒット数は3、エラー数は……11とある。

 

 この試合で蔵元中央シニアが得た4点は、全てエラーによるものだった。2本のヒットも単打であり、点数に繋がるものではなかった。

 

 つまり、エラーが出なかった場合には3対0で蔵元中央シニアは敗退していた。それも3得点は全て1番打者で出たみづきの三連続ホームランによるものだから、その時にはみづき一人に自分達はひねられた事になる。

 

 他のチームメイトは飛び上がってはしゃいでいるが、龍はとてもそんな気分になれなかった。

 

「でも、勝ちは勝ちよ。東雲。どんな形になろうともね。だから敗者としてお願いするけど……笑ってほしいわね。そして、喜んで欲しいな。『ばんざーい、勝ったぞー!!』ってね。はい、ご一緒に。ばんざーい、勝ったぞー!!」

 

 大仰に諸手を挙げて、くるくる回りながらみづきがアピールするが……龍は憮然とした顔つきのままだ。そんな調子で自分だけが舞い上がってしまっているような構図になってしまっていて、しらけた視線を送っている相方に気付いて、みづきは気まずそうに居住まいを正した。

 

「こ、コホン……」

 

 咳払いを一つ。

 

「東雲、あなたはどうか分からないけど……私は今日の試合は、本当に楽しかったわ。戦えたのがあんた達で、負けたのがあんた達で良かったと思ってる」

 

「私もだな」

 

 と、将城。一方で、龍はまだ厳しい表情のままだった。

 

「だから……またやりましょうよ。私達、まだ2年生なんだし」

 

「……決着は、来年という訳ね」

 

 ここで、漸く龍は表情筋に入っていた力を抜いた。彼女の差し出した手を、みづきは握り返す。龍は次に、将城とも握手した。

 

「じゃ、東雲。次の夏に、また会いましょ」

 

「きっとよ、鏡原さん。約束よ」

 

 こうして、再戦を誓って鏡原みづきと東雲龍は別れた。

 

 だがこの時の約束を、みづきは果たせなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 現在。女子硬式野球同好会のグラウンド。

 

「みんなのお陰で、このグラウンドもかなり使える状態になってきたわ」

 

「それでは今日から、グラウンドを使って本格的な練習を始めます!!」

 

 整列した会員8名に向かい合って、翼とみづきが音頭を取った。

 

 グラウンドの使用許可が取れて一週間。同好会みんな一丸となった整備によって、まだ完全ではないにせよグラウンドは元の姿を取り戻しており、それと並行して使い古しのバックネットなどを里ヶ浜ベースボールから安価で仕入れるなどして、少しずつではあるが野球をやる環境が整ってきていた。

 

「そう言うと思って、練習メニューを考えてきたわ」

 

 と、和香。これには「凄いです、鈴木さん」「流石ね、すずわか」と声が上がる。

 

 ……ところが。

 

「まずは、ランニング」

 

「……つ、次は。ダッシュ」

 

「はあ、はあ……つ、次は……守備、練習を……はあ、はあ……」

 

 練習メニューを考えた当の本人が、メニューに付いていけなくてバテバテの状態になってしまっていた。

 

「次は、休憩ね……」

 

 他にも初心者の茜、智惠、綾香が肩で息をしていて、慣れない練習でも何とか余力を残しているのが純粋にフィジカルが優秀な夕姫、応援団として鍛えている良美、勝負師のカンで無駄の少ない動きをして体力消耗を抑えているあおい。

 

「あー! 練習楽しー!!」

 

「久し振りに思い切りグラウンドで野球やると、気持ちいいわね」

 

「ようやく体が温まってきたぞ」

 

 ピンピンしているのが翼、みづき、将城の経験者3名だった。

 

「まぁ、少しずつ慣らしていけば良いわよ。さて、将城。私達はピッチング練習するわよ」

 

「応よ」

 

 あい分かったと頷くと、将城はバッグの中からバスケットボールを取り出した。

 

「「……??」」

 

 ここは野球のグラウンドなのに、何故バスケットボールを取り出すのか? 8人が首を捻るのを尻目に、みづきがマウンドに立った。一方で将城は右のバッターズボックスに立つと、紐を結んで持ち帰り用のスイカのようになったバスケットボールを、ストライクゾーンにぶら下げた。

 

 これを見て、左のバッターズボックスに入ってきた翼が「ああ」と得心が行った顔になった。

 

「成る程、マウンドからこのバスケットボールにボールを当てる、コントロールの練習だね?」

 

「「!」」

 

 みづきと将城の視線が翼に集まって、そして二人はにやっと意味深に笑い合った。

 

「いいセン行ってるけど、ちょっと外れだな。有原さん」

 

「えっ?」

 

「それなら普通に私がキャッチャーやって、構えたコースに投げれば良いだろ?」

 

「む、確かに……」

 

「まぁ、見ていたら分かるさ。ご主人、良いよ。始めて!!」

 

「行くわよ、将城!!」

 

 マウンドのみづきが、滑らかで力強いオーバースローで、硬球を投げる。

 

 ボスン!!

 

 鈍く、気の抜けるような音を立てて、吊されたバスケットボールがちょうど二つのバッターズボックスに立つ将城と翼の間を、左右にはぶれずに振り子運動で行き来する。そしてぶつかったボールは、そのままバウンドしながらマウンド上のみづきの方に戻っていった。

 

「よし!!」

 

 将城が、機嫌の良い声を上げた。

 

 しゃがんで、戻ってきたボールをキャッチするみづき。

 

「ご主人、次はここだぞ!!」

 

 将城は今度はバスケットボールを、右打者のインハイに当たる位置に配置した。

 

「行くわよ!!」

 

 第二球を投じるみづき。

 

 再び、バスケットボールは硬球がぶつかった衝撃で、将城と翼の間を二人の立ち位置とちょうど並行に、行ったり来たりの運動を繰り返す。そしてぶつかった硬球は、みづきの元へと戻っていった。

 

「これって……」

 

「そう」

 

 もう、翼にも分かったらしい。それを読み取った将城が頷く。

 

「これは確かにコントロールのトレーニング。ただし『バスケットボールに当てるトレーニング』ではなくて『バスケットボールのど真ん中に当てるトレーニング』なんだ」

 

「やっぱり……!!」

 

 みづきがボールをぶつけたバスケットボールは二回とも、バッターズボックスに向かい合って立つ将城と翼の二人の間を、スタンスと平行の軌道で左右のどちらにもブレずに振れた。これはバスケットボールのど真ん中に硬球が当たった為だ。

 

 もし命中するポイントが、上下左右のいずれかにズレていたならば、バスケットボールの振り子運動は左右のいずれかにブレていただろう。ちょうど二人の中心線を描く軌道で振れたのは、ど真ん中の一点に命中した証だ。

 

 もう一つ、硬球がみづきの方へと戻っていった事も、バスケットボールのど真ん中へ命中した証左である。命中がど真ん中から少しでもズレていたのなら、硬球はファーストかサードの方へと転がっていくか、もしくはファールチップのようにバックネットへ飛んでいっただろう。

 

 完全にバスケットボールど真ん中のただ一点に命中したからこそ、力が全く無駄無く跳ね返されて、みづきの方へと硬球が戻っていったのだ。

 

 ごくっと、翼が唾を呑んだ。

 

 野球をやって長いが、練習をやっている姿が怖いと思ったのは初めてだ。

 

 みづきが投げるボールは、三球目、五球目と投球数が増えて、またその度に将城がバスケットボールの位置を変えても、確実にたった一点のど真ん中に命中し、真っ直ぐな振り子運動を描かせて、また硬球はヨーヨーのようにみづきの元へと戻っていく。

 

 どれほどの時間を掛けて、熱意を注ぎ込めばこんな事が出来るようになるのだろう。

 

 みづきがここまでのコントロールを会得するのに費やした時間、そして流した汗を想像すると、寒気がしてきて翼はぶるっと体を震わせた。と、同時に。

 

「凄いっ!!」

 

 珍しい玩具を見付けた幼子のように、目を輝かせた。

 

「別に凄い事は無いわよ、有原」

 

 戻ってきたボールを拾って、手の中で弄びつつみづきが言った。

 

「誰でも毎日弛まず練習すれば、出来るようになるわよ。ただし、一日でも怠けていては上達は難しい。それだけの事よ」

 

 再び投球するみづき。

 

 このボールは、さっきまでとは段違いに速い。

 

 唸りを上げるストレートが、しかしやはりバスケットボールのど真ん中に命中。バスケットボールは結ばれた紐にリードされて弧を描く軌道で120度も動いて、翼や将城の肩よりも高い位置まで打上げられた。

 

 跳ね返った硬球は、今度はバウンドせずに空中で弧を描いて、みづきのグローブに収まった。

 

「よし!!」

 

 かれこれ30球、あらゆるコースに投げ分けたが、しかしどの一球もど真ん中を外す事は無く、バスケットボールは真っ直ぐにだけ揺れて、硬球も見えない糸で繋がっているようにみづきの元へと戻っていった。

 

 百発百中、針の穴をも通すコントロールとは、まさにこの事だろう。

 

 満足そうに頷くと、みづきは漸く息が整い始めた休憩中の会員へと向き直った。

 

「OKよ。じゃあ次は、ノックをしてみようかしら。何人か、守備位置について!!」

 

「よし、やるか!!」「じゃあ、私も」「あ、茜も……」

 

 良美、智惠、茜の3名がグラウンドに入った。守備位置はそれぞれサード、セカンド、ショートの位置だ。

 

「野崎さんは、ファーストに入って!!」

 

「分かりました」

 

 言われた通り、夕姫がファーストに付いた。

 

「じゃあ、私がこれからノックするから、ボールを捕球したら、野崎さんに投げて!!」

 

「大丈夫かな。まだちょっと早いんじゃ……」

 

 少し心配そうではあるが、翼がバットを渡してくる。まだ初心者の3人がノックを取るのは難しいのではという懸念もあるが、まぁみづきなら上手く加減するだろうという信頼もあった。

 

 しかし、みづきは受け取ったバットを置いた。

 

「えっ?」

 

 翼が、きょとんとした顔になる。たった今、みづきはノックをすると言った筈だが……

 

「バットは要らないわ。サード、岩城先輩、構えて!!」

 

「分かった!!」

 

「それっ!!」

 

 みづきが、ボウリングのようなアンダースローで手にした硬球を投げた。

 

 ボールは、小刻みにバウンドするゴロとなって良美に向かっていく。

 

「オッケイ!! あっ!!」

 

 気合いを入れて捕球しようとする良美だったが、見事にトンネルしてしまった。

 

「グラブの位置が高いんです。もっと低く。体も低く構えて。もう一度、行きますよ。えいっ」

 

 再び、みづきがボールを投げる。先程と同じような低いゴロ。

 

 今度は良美は確実にキャッチして、夕姫へとスロー。

 

 微妙にコースを外れたものの、夕姫は長身を活かして体を伸ばしてキャッチした。

 

「ナイス、岩城先輩!!」

 

 翼が声を上げる。

 

「これぞ友西高校、三ツ縞監督の練習法、手ノック!!」

 

 ノリノリで、次々に内野へとボールを投げていくみづき。

 

「あはは」

 

 翼が苦笑いする。

 

 マンガの投手のモノマネで、魔球まで投げるみづきの事だ。元ネタは分からないがこれもまた何かのモノマネに違いない。

 

「……でも、有原さん。これは結構理に叶った練習方法かも知れないわよ」

 

 これは和香のコメントだった。

 

「えっ?」

 

「見て、河北さんや岩城先輩の動きを」

 

 言われて翼が見ると、二人は構えを小さくしていて、ボールを取れないまでも後ろへは逸らしていない。

 

「内野手のグラブの動きは、下から上が基本。上から下へとグローブを動かせば腰高になって、ボールを後逸しやすい。その点、あのゴロばかりの手のノックなら、低い球ばかりを処理する事になるから、自然と姿勢も小さくなって、キャッチは出来ないまでも体で止められる。鏡原さんの狙いはそれよ」

 

「な、成る程……」

 

 いきなりバットを使わずノックを始めた時は何事かと思ったが、結構みづきも考えていたのだ。

 

「じゃあ、宇喜多さんもう一球。今度は追いつけるかどうか、ギリギリの所へ行くわよ!!」

 

「は、はい」

 

「でいっ」

 

 手ノック。

 

 先程より少し速く、ゴロがグラウンドを走る。

 

 茜がキャッチしようと走るが、僅かに間に合わなかった。伸ばしたグラブの先5センチの所をボールは掠めていってしまう。

 

「ああっ、待って……」

 

 ボールを追い掛ける茜。

 

 しかし彼女が追い付くより早く、ボールが止まった。

 

 下げた茜の視界には、ボールを掴んでいる手と、足が見える。

 

 いつの間にかそこに立っていた誰かが、ボールをキャッチしたのだ。

 

「ここが、里ヶ浜高校女子硬式野球同好会の練習場で間違いないかしら?」

 

「あれっ?」

 

「あなたは……」

 

 突然の闖入者にぽかんとした顔の他の会員達だが、経験者3名。つまり翼、みづき、将城の3名は彼女を知っていた。

 

「……東雲さん」「あれ、東雲じゃない」「東雲さんだな」

 

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