Fate/GRAND Zi-Order 作:アナザーコゴエンベエ
さあ、ショータイムだ!
ランサースタイル2015
カルデアではない。大時計に囲まれた尋常ならざる謎の空間。
そこに魔王の来歴を讃えたる歴史書、【逢魔降臨暦】を手にしたウォズが立っていた。
彼の手はゆったりと頁を捲り、その内容を検めている。
「この本によれば普通の高校生、常磐ソウゴ。彼には魔王にして時の王者、オーマジオウとなる未来が待っていた。
だが2015年7月。普通の中学生、常磐ソウゴは人理保障機関カルデアなる組織を訪れた際、レフ・ライノール・フラウロスを名乗る何者かに出会い、未来は既に焼却され人類に2017年が訪れる事はないと聞かされる。
正しい歴史を取り戻すため。己が魔王となる偉大なる覇道のため。常磐ソウゴたちは、正体不明の敵たちと戦う事を固く決意するのであった。
彼らが最初に目指す特異点は西暦1431年、フランス。そして出会う英霊は、自身を焦がす炎の中、
我が魔王が彼女と邂逅し、世界を滅ぼすドラゴンと対峙する時。
そこまで口にしたウォズがはっとした様子を見せ、手にした本をパタンと閉じる。
彼はまるで何かを反省するように小さく咳払いをして、
「少々話が過ぎました。これはまだ、語るべきではない頁だ」
そう言って踵を返し、ウォズは闇の中へと踏み入った。
彼が離れていくにつれ、この空間に広がった闇が深まっていく。
徐々に暗くなる世界。
そんな中を本を抱えながら歩き去っていくウォズの姿は、やがてどこにも見えなくなった。
「それで俺、何すればいいの?」
常磐ソウゴは、一応復活したと言っていいと思うオルガマリー・アニムスフィアの指示で、カルデアのとある空間を訪れていた。
彼女はオルガマリーゴースト眼魂の中に存在している状態らしい。
その眼魂を起動すると彼女がどわーっと出てくるのだ。普段は何も触れないというような状態なのだが、彼女の言う魔術回路を励起する感覚? とやらで気合を入れると、普通に触ったり触られたりできるらしい。
「何度説明させれば気が済むの! あなたは英霊召喚システム・フェイトのサポートを受ける必要がある。だから、冬木へのレイシフトで集めたものと、今あるカルデアの資源を使用して、新たにサーヴァントを召喚してもらう! そういう話でしょう!」
「うん。だからそれ、どうやればできるの?」
カルデア内にある召喚室とやらのサークルはなるほど。マシュが特異点Fで構築した、何か凄く光っていた通信するためのアレに確かにそっくりだった。
それを外縁部でぽけっと眺めているソウゴをオルガマリーがどやしている。
「やあやあ所長。遅れてすまないね。
とりあえず特異点Fからサルベージできた魔力リソース。そしてカルデアの運行に支障をきたさない範囲で使える魔力を、こうしてなんとか聖晶石化できた。
これで何とかサーヴァント一騎を召喚する分くらいにはなるだろう」
そんな中、そう言いながら召喚ルームに入ってくるダ・ヴィンチちゃん。
彼女を見た所長の顔が微妙に曇る。苦手なのだろうか。
そんなダ・ヴィンチちゃんの手の中には、虹色に光るやたらトゲトゲしい石があった。
「コンペイトウ?」
「違うわよ!」
砂糖の塊を連想したソウゴに怒鳴り声。
彼からすればなんか美味しそうなんだから考えてしまうのは仕方ない、と言いたい。
「これは聖晶石。精製こそ難しいが、まあ要するに単なるすごい魔力の塊さ。
実は君が今から起動しようとしている召喚サークルは、けして燃費が良いとは言えない代物でね。これだけの魔力の塊を突っ込まなければ稼働させる事すらできやしないんだ。
今回は特異点からサルベージしたリソース……まあ火事場泥棒じみていることなんだけど、ここはあえて戦利品と言っておこうかな。それが再利用できるからまだマシな方。本来これを全力で稼働させようと思えば、実は石油王の財力が必要になるくらいの金食い虫だったりするんだぜ?」
笑いながらそう言う彼女に聖晶石とやらを手渡されるソウゴ。
そう言われるとこれが高価な宝石みたく見えてくるから不思議なものだ。
甘そうだけど、とソウゴがそれをじいと見つめる。
「それで君のサーヴァントを召喚するといい。カルデアの召喚システムはランダム性が強くて、触媒を用意するなんて小細工が通用しないのが困りものなんだが……その代わりこのシステムは、起動者と誰かとがどこかで結んだ“縁”。その関係性を重視した召喚こそを優先するという性質がある。いわゆるピックアップ召喚ってヤツだね」
特定サーヴァントの出現確率アップ中、とダ・ヴィンチちゃんの指が上を向く。
なんのこっちゃ、とソウゴは首を大きく傾げた。
「うーん、どういうこと?」
「……つまりあなたの要望。どうせなら特異点Fのキャスター、彼をランサーで召喚したいという意思はそれなりの確率で達成される、という話よ。
あなたはあそこで仮契約ながら彼と主従関係にあった。なら、その縁を信じなさい」
「なるほど」
溜息混じりの所長の補足で納得し、聖晶石を手で遊ぶソウゴ。魔力という存在にはまるで理解がない身なので、これがどれほど凄いものなのかは言われた分だけしか分からない。
ちょっと美味しそうだな、と思うくらいだ。何度見ても甘そう。
「ああ、そうだ。一応聞いておきたいんだけれども、特異点Fで出会ったキャスターの真名は何だったんだい? そこは記録に残っていなかったから」
「真名? ああ、名前? 聞いてないけど」
おやまあ、と笑うダ・ヴィンチちゃん。
所長は呆れるように額に手を当て、天を仰いでみせた。
そんな状況なこの部屋の入口。自動ドアがカシュッ、と空気の抜けるような音とともに開く。
ソウゴがこれを見た時は、タイムマシーンといい何かこのSFチックな感じの自動ドアといい、未来って感じするなぁと感心したものだった。
入ってきたのは立香とマシュ、それにドクター・ロマニだ。
「やあ、召喚は成功したかい? っと、まだチャレンジもしてないようだね。
ならちょうど良かったのかな。いくら召喚にチャレンジする場にいるのが、サーヴァントであるレオナルドとサーヴァントと戦闘可能なソウゴくんと言っても、戦力過剰で安全を期す分には問題ない。マシュとボクたちも同席させてもらいたいんだ」
「おやロマニ。立香ちゃんの令呪補充は終わったのかい?」
そう問うたダ・ヴィンチちゃんの前で、立香が軽く手を上げる。
手の甲に描き出された三画の紋様。
その全てが輝きを取り戻している事を見て、彼女は納得したように頷いた。
「ああ、恙なくね。令呪の魔力充填によるその後の健康状態の悪化もない。
流石のマスター適性、と言ったところかな」
自分のマスターが褒められ、マシュが得意気にうんうんと頷いている。
しかし朗らかだったロマニが少し表情を替え、声の調子も落とした。
「けれどそれで打ち止めだ。カルデアの維持を考えれば、特異点攻略に回せる魔力資源は限られている。彼女の令呪、そしてソウゴくんの新しいサーヴァント。そこでもう資源枯渇だ。
ソウゴくんは自分で身を守れるとしても、立香ちゃんの護衛としてのサーヴァントがもう一騎欲しかったところだったけど……いや、マシュを護衛に専任させるとすれば、攻撃を担当するサーヴァントか」
口惜しい、とばかりに顔を顰めるロマニ。
「無いものねだりをしても状況は変わらないだろう?
まあここは、素直に彼女たちの力を信じてみようじゃないか」
一方ダ・ヴィンチちゃんの態度は楽天的とさえ言える様子だ。
話を聞いていたソウゴがその内容について首を傾げる。
「うーん……じゃあ、俺じゃなくて立香にこれで召喚してもらえばいいんじゃない?
俺は何とかできると思うし」
「それは認められません。サーヴァントとの契約を二人のマスター間でどんな割振りにするかとは別に、“マスターが二人いること”は大前提の条件です。戦える人間と戦えるマスターでは、戦力として運用する上でその意味合いが大きく違う。
それに―――いえ、今回はあなたの召喚なのは決定事項です」
オルガマリーは言葉をそこで打ち切った。
彼女が言葉を詰まらせたそれは、つまりどちらか片方ならいなくなってもいいように備えるという話だ。今からの戦いはいつそうなってもおかしくないものだと、そう言おうとしたのだろう。
口を閉じた彼女はそこですいと皆から視線を逸らす。
逸らされる前に見えた顔はまるで、今にも泣きそうな表情だと思った。
「―――まあ、そういうコトさ。
さて。ところでマシュ、立香ちゃん。特異点Fで出会ったキャスターの真名を君たちは知っているかい? ソウゴくんは知らなかったみたいなんだが」
そんな重くなりつつあった空気を、ダ・ヴィンチちゃんが軽い口調でさっさと変えた。
その流れで視線を向けられた立香が、その時を思い返すように指を顎に当てて考える。
「……そういえば聞いてなかったね。キャスター、ってだけで」
「……はい、彼が直接名乗る事はありませんでした。
ですが、アーチャーのサーヴァントは彼の事を『クランの猛犬』と。そしてアーサー王であったセイバーからは『ケルトの戦士』、あるいは『アイルランドの光の御子』とも。
これらの呼び名で称されるであろう英霊を、わたしは一人しか知りません」
きっぱりと言い切るマシュ。
彼女が得たその情報に目を丸くして、納得したようにダ・ヴィンチちゃんが頷いた。
「ふむ、なるほど。それで彼はランサーでの召喚を要求したわけだ。
その名で呼ばれた者の真名となればただ一人。それはアルスター伝説に名を轟かせる大英雄、太陽神ルーの子。数多の試練を越えて影の国の女王スカサハに弟子入りし、彼女より朱き魔槍ゲイ・ボルクを授かった槍の使い手――――クー・フーリンだ」
どうやらキャスターの正体は、彼女たちにはすぐ判るほど有名なものだったらしい。
知ってる? と立香に視線を送ってみる。
返ってきた答えはもちろん知らない。やっぱりそうだよねって感じだった。
もしかしてここでは、その英霊のための勉強とかしなきゃいけないだろうか?
「なるほど、それなら心強い。彼ほどの英霊となれば、ランサーという枠組みにおいてトップサーヴァントの一角を占める存在であることに疑いはないからね。
ここで彼の召喚に成功すれば、この後に攻略が予定されている第一特異点でもきっと大きな力になってくれるだろう」
「……常磐ソウゴ、いつまでそうしてるの? 召喚の準備はとっくに出来ているのよ。早くサーヴァントの召喚に取りかかりなさい。
まったく……時間も何も余裕なんて無いんだから、余計な手間をかけさせないで」
心強いと微笑むロマニの横で、むすっとした様子の所長。
彼女に促されるまま、ソウゴは召喚サークルの目の前に立つ。
そうしてソウゴが定位置につくのを確認したダ・ヴィンチちゃんが、入口の方の壁にある装置を操作した。
すると床にあった召喚サークルが回転しだして、ふわりと空中に舞い上がる。空中に浮き、高速で回る三つのリング。これが召喚サークルが起動した、ということなのだろうか。
「ではソウゴくん。その聖晶石を掲げて、初召喚に相応しい決めポーズでもとってみようか?」
「常磐ソウゴ。その聖晶石を召喚サークルから展開されたリングに近づけなさい。
後はもう、せいぜいあなたが呼びたいと考えている英霊の事でも考えながら静かにしてて」
ダ・ヴィンチちゃんの言葉を即座に新たな指示で上書きしつつ、リングを注意深く観察しているオルガマリー。
言われた通りにソウゴが持ち上げていた聖晶石は、そのリングに吸われるようにして端から光となって消えていく。そんな現象に思わずおお、と声を漏らした。
そうしている内、リングの中央に光が集いヒトガタとして構築されていく。
―――そこに現れたのは、見慣れない青い装束を纏った、見慣れた顔の男であった。
「―――サーヴァント・ランサー、召喚に従い参上した。
きっちりランサーで召喚してくれたじゃねえか。言っておくもんだな、礼を言うぜマスター」
「おー!」
降臨したのは朱い槍を持ったキャスター、いやランサー。
彼は楽しげに手にした槍を軽く振り回してから手元から消してみせた。
長大な槍が突然消失したことに少し驚くソウゴ。
「槍が消えた、手品?」
「ただしまっただけだ。お前さんだっていきなり剣を出してただろ」
「言われてみれば確かに」
一人勝手に納得しているソウゴを差し置いて、ダ・ヴィンチちゃんへと視線を送るランサー。
彼女は顎に手を当てて少し悩んでいるように見えた。
「ふむ。やはり、特異点Fの記憶は明確にある、という事でいいのかな?」
「ああ。本来こんな明確に記憶として持たされるこたぁ無いもんでちと驚いたぜ。それどころか今の人類史の状況は召喚時に持たされる、ってオマケまでついてきた」
だから人理焼却という人類の滅亡は理解している、と彼は語る。
「ああいや、そっちは私の仕事だね。英霊召喚システムであるフェイト。これからそのシステムによる被召喚サーヴァントに対しては、現在の人類の状況が手っ取り早くインプットされるようにちょちょいとね」
「―――ダ・ヴィンチ。所長であるわたしはそんな報告受けた覚えはないわよ。
カルデア内の設備を弄るというなら、まずわたしに許可を得てから実行してください―――」
「おっと、これは藪蛇。天才ゆえの仕事の早さというヤツだったのさ。
以後、気を付けるよ。オルガマリー所長」
肩を竦めるダ・ヴィンチちゃん。それを睨みつけるオルガマリー。
オルガマリーの出す険悪感を振り払うようにロマニの声が召喚室に響く。
「英霊というものは本来、仮に複数回召喚する事になっても、そこに連続性は存在しないんだ」
「連続性……って、つまりどういう事なの?」
「要するに普通は前回の召喚の事は覚えていないはず、ということさ。
英霊とは時間を超越した存在。それこそ、レイシフト下における戦闘ではサーヴァントを使用する、という話になるほど時間の流れというものの外にいる存在だ。彼らにとって自分が召喚される時間に未来も過去もない。なにせ場合によっては彼ら本人が生きていた時代より過去に。あるいは本人が英雄として活躍していた時代に。英雄として完結した状態で呼ばれることすら理論上はありえる。
だから彼らの本体。英雄の魂が召し上げられている『英霊の座』にのみ、召喚され何を成したという情報を記録して、そこからの分体というべきサーヴァントには、そういった情報は降ろされてこないんだ。過去から未来ならいい。けど、未来から過去に逆行する際に矛盾を発生させないため、彼らは基本的に一期一会という事になるんだよ」
そのような説明を受け、しかしソウゴは首を傾げた。
目の前のランサーは特異点Fの記憶をしっかりと持っている。
新しく呼ばれたら何も覚えていない、というのは実感が湧かなかった。
「でもキャスターは覚えてるんでしょ?」
「おい坊主、ランサーだ」
「―――つまり今のカルデアはサーヴァントと同じような状態。過去も未来からも切り離され、全てから孤立した環境ということよ。
ここには今、ここより先も後ろもない。どこでもない時間である以上、サーヴァントの意識が連続する事に矛盾はない。いえ、矛盾しているという事を観測されない、かしらね」
よく分かっていないが、所長の声にへぇと声を上げる。
それが余程間抜けな響きで聞こえたのか、オルガマリーの眉が吊り上がった。
「まあいちいち難しく考えるこたねぇよ。
オレたちサーヴァントの記憶なんざ、お前たちの目的を果たすための運用に関しちゃ大して関係ねぇもんさ。そのつど自己紹介する手間が省けてラッキーくらいに思っとけばいいんだよ」
そう言ってランサーが召喚サークルの外に出て、ソウゴの肩を力強くぱぁんと叩く。
驚くほどのパワーに耐え切れずに、ぽーんと転がるソウゴの体。
彼がそこを出たことで役目を終えた召喚サークル。
そこに展開されていた光のリングがパラパラと、光の粒子に還っていく。
その光景を見ていた立香が、あれ、と首を傾げた。
消えていく光のリング。その舞い散る細かな光の破片の中に、消える事なく床に落ちていくものがあった。ソウゴが持っていた石の破片か何かだろうか、と彼女はそれを摘みあげてみる。
「ダ・ヴィンチちゃん。これは? もうゴミ?」
「うん? ああ。それは召喚を行った際にフェイトに引っ掛かった、サーヴァントではない別の何かだろう。つまり抽選中に途中で弾かれた外れくじ、みたいなものさ。
ふむ……全部拾い集めれば資源として再利用できるかもだ。一応、集めておこうかな」
「拾えばいいんだね?」
「マシュ・キリエライトもお手伝いします、先輩」
少女二人が部屋に幾つか散らばった光の破片を回収する。
そんな二人を見ながらダ・ヴィンチちゃんは所長に声をかけた。
「というわけだ所長。召喚の際に発生した物質……うーん、そうだね。マナプリズムと呼ぼう。
マナプリズムを使って資源としての再利用を研究したいんだけど、どうかな?」
「…………許可します。成果については適宜報告するように」
「了解了解。じゃあそれを貰えるかな。さっそく私は工房で作業を始める事にしよう」
はーい、と立香とマシュがダ・ヴィンチちゃんにマナプリズムと呼称された物質を渡す。
それを持って彼女はそのまま退室していってしまう。
そんな彼女の背中に慌てたようなロマニの声がかけられた。
「ちょ、レオナルド!? キミ、これから行う予定の第一特異点へのレイシフト実証はどうするつもりだい!?」
「まずはサーヴァントを召喚したソウゴくんの健康状態の確認からだろう? 君の仕事が終わったころにはちゃーんと管制室に足を運ぶとも。
まあ、それまでは趣味に没頭させてもらうけどね」
そう言ってひらひらと手を振って、彼女は自室に帰っていってしまった。
自由人だなぁ、とソウゴと立香は一種の感心さえ覚える。
「なんだ、オレを呼んですぐに新しい特異点にレイシフトってか?
いいねぇ、楽しめそうじゃねえか。その特異点ってのはどんな状態なんだ?」
そう言ってオルガマリーに詰め寄るランサー。
それを仰け反りながら回避して、何とか距離をとる所長。
つれないねぇ、と彼は笑う。
「はぁ……ドクター・ロマニ。常磐ソウゴの召喚直後の体調の診断を。
それで問題ないと確認され次第、第一特異点の攻略に向けたブリーフィングを開始します」
「了解しました、所長」
「―――ランサーのサーヴァント、確認されている状況はその場で話します。それまで訓練室を開放するので、あなたはサーヴァントとしての性能の確認でもしていなさい。
ただし魔力を大きく使うような事はしないように。当然、宝具も使用禁止です」
「お。そんなもんまであんのか。
そりゃいい、おい嬢ちゃん。ちょっと体動かすの付きあってくれや」
声をかけられたマシュが目を見開いて、ランサーと立香の間で視線を行き来させる。
「ど、どうしましょう先輩。お誘いを受けてしまいました」
「よーし。キャス、じゃなくてランサーをぶっ飛ばそう!」
「ブットバフォーウ!」
「先輩!? そしてフォウさん!?」
えいえいおー、と腕を振り上げる立香に呼応して、肩にいたフォウさんもブットバフォウルと雄叫びを上げる。そんな彼女たちを見てランサーも楽しそうに笑った。
「いいね、その意気だ。こういうのは結局のところ経験だ。やれるときにやっといたもんが、最後には一番の武器になるもんさ」
これから行う事は、人類史を焼却する相手への明確な挑戦。
そして平たく言うのであれば、世界を救うための第一歩。
そう理解している管制室にいる人員たちは、全員どこか緊張して張り詰めている様子だった。
そのついでに立香とマシュは何か始まる前から疲れている感じだった。
ランサーとの戦闘訓練はよほど堪えたらしい。
「観測された七つの特異点。今回選択したのはまずその中でもっとも揺らぎの小さな時代。
西暦1431年、フランス―――ちょうど百年戦争においてジャンヌ・ダルクが処刑され、休戦期間に入った頃になるでしょう」
フランスの奪還を望む神の声を受けて立ち上がった女性、ジャンヌ・ダルク。
イングランドとの百年戦争において、オルレアンの奇跡を導いた聖女。
だが彼女の処刑後、などと。
その時点ならばもはや、大きな流れは変わらない段階であると言えるのではないか。
「じゃあそのジャンヌ・ダルクが実は死んでなくて、休戦してるのに戦ってるみたいな?」
疑問に思ったことを呟いてみると、所長は小さく肩を竦めてみせた。
「そんな単純な話で済めばいいわね。恐らく、レフ・ライノールが聖杯と呼んだあの水晶体。
特異点を特異点たらしめる黒幕はあれを所有しているでしょう。最終目標はその相手の打倒、及び聖杯の回収ということになります」
「あんだよ、大した情報はねえもんなんだな」
「そこうるさい!」
少女二人に比べて大した疲労もなさそうなランサーを所長が怒鳴る。
怒られたランサーはけらけらと笑っているばかりで堪えた様子はない。
「とにかく! そこが特異点と化している以上、そこに原因は確かにあるの! レイシフトを行い現地からそれを探り、原因を特定し解決するのがあなたたち探査員の役割! 文句がある!?」
ありませーんと元気よく返事する。
ただ立香は疲れているのか元気がなかった。
「まあまあ、所長。そんなに怒鳴らなくても皆わかってますよ。レイシフト直前に彼らに精神的な負荷をかけるのは、あまりよろしくないですよ」
「わかっています……! ああ、もう……!
――――前回とは違い、あなたたちが搭乗するコフィンは既に準備を済ませてあります」
深呼吸してからそう言って、所長は背後に設けられたクラインコフィンの方へと視線を向けた。
前回は生身でレイシフトを行う事になったが、本来はこれを使ってやるものなのだ。
そのコフィンの調整のためだろうか、ダ・ヴィンチちゃんはそれを覗き込んでいろいろと作業をしているようだ。
「生身でのレイシフトとは違い、これによって安全なレイシフトが可能になる。
準備が出来たら総員、コフィンへの搭乗を行いなさい。早速第一特異点の攻略を始めるわ」
言われてぞろぞろと背後に設けられたコフィンまで歩いていき、皆がその中に入り込む。
ひらひらと手を振るダ・ヴィンチちゃんに手を振り返し、すっぽりとコフィンに収まった。
そのコフィンの中にはスピーカーか何かついているのか、ロマンの声が聞こえる。
『いいかい? キミたちが現地にレイシフト完了したら、まずやるべきことはベースキャンプとなる霊脈の捜索だ。その時代の……いや、うん。立香ちゃん……? いや、ソウゴくん……? いやいや、マシュ……? うーん………あれだ、困ったらランサーに現地での行動を聞くと良い。
彼ならある程度は時代と文化に則した行動を考えてくれるだろう! ―――健闘を祈る!』
ランサーがいて本当に良かった、とでも考えたのか。
どこか安心している様子の声色でそう言って、ロマニは作業を進行させた。
管制室が役目を果たし、あらゆる機器が目的のために駆動する。
人理を継続する、そのために。
『アンサモンプログラム スタート。霊子変換を開始 します。
レイシフト開始まで あと3、2、1……全工程
グランドオーダー 実証を 開始 します』
グランドオーダー。
彼らはこの瞬間、そのための最初の一歩を踏み出した。
その瞬間、カッチャーン! と何かが落ちる音がした。
カルデア管制室に凄まじい緊張が走る。
今の音は何なのか。どこからその音がしたのか。全員の視線が周囲を走り、そして見つけた。
「あれ、所長……?」
所長がいなくなっており、さっきまで彼女が立っていた場所に眼魂が落ちていたのだ。
ふむ、とダ・ヴィンチちゃんがそれに歩み寄り拾い上げる。
ウォズがそうしたように眼魂のスターターを押してみるが、起動する様子はない。
「なるほど。このオルガマリーゴースト眼魂は常磐ソウゴくんの生成したもの。
彼がレイシフトしこの場からいなくなった結果、これを起動しておく
「そういうわけか……まったく、今の音は心臓に悪かった。けれどこれはなんというか、不幸中の幸いと見る事もできるかもだ」
そう言いつつ、ロマニの体が椅子の背もたれに倒れ込む。
彼は手で顔を覆うようにして、何とか崩れた表情と溜め息を噛み殺した。
その傍にダ・ヴィンチちゃんが歩み寄り、二人は小声で会話を始める。
「ボクの失態だ」
「とはいえ回避する方法もなかったろうさ。オルガマリーがここで引きこもれる人間なら、そもそも彼女はあそこまで追い詰められていないだろう?」
「だからと言って普通、数時間前に自分が爆死した場所に立たせるような真似をする医者はいないよ。それどころか、彼女の様子を直接見るまで気づけていなかった」
顔に出さないよう、必死で苦渋を飲み下す。
肩を竦めたダ・ヴィンチちゃんは、そんな彼を見て苦笑した。
「普通の医者はそんな事例に立ち会わないだろうからねぇ。
私としては気にかけているんだが、どうにも天才の私が相手だと彼女の方から一線を引かれてしまう。君という医者にかかるのも弱みを出したくない彼女にはできないことだ。
私としては……そうだね、あの三人の中に混ぜてあげるのが一番いい方法だと思うけどね? いわゆるセラピーってヤツさ。
あ、いい事思いついたぞう! あのマナプリズムで足りるかな? 足りないかも? 仕方ない、私の秘蔵のへそくりで何とかしてみせようじゃないか!」
「…………ちょっと待ってくれレオナルド。へそくりってなんだい?
まさかキミ。ボクや所長に黙って、資源を勝手に確保しているんじゃないだろうね?」
「おっと、すまないロマニ。このアイデアを一刻も早くカタチにすべく、私は工房にこもらせてもらうよ! 大丈夫大丈夫。この万能の天才、ダ・ヴィンチちゃんに任せておけば、所長の一人や二人くらい完全に復調させてみせようじゃないか!」
そう言って足早にこの場を去っていくダ・ヴィンチちゃん。
所長の姿も消えた今、責任者となったロマニはそれを追う事もできず、苦々しげにそれを見送るしかないのであった。