Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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未来と仲間と次の戦い2015

 

 

 

「お、嬢ちゃん。起きたのか」

 

 食堂に入るや、ランサーがそう言って声をかけてくる。

 声をかけられた立香が反応する前に、即座に厨房の中から反応があった。

 

「先輩!? お目覚めになられたんですか、よかった。どこかお怪我があったりは―――」

 

 身を乗り出したマシュはすぐさま厨房から出て、立香の方に向かってくる。

 彼女を上から下まで触り出すマシュの手。

 それに晒されながら立香は困ったように、苦笑気味に言葉を返した。

 

「寝てただけだから怪我は出来ないよ」

 

 そんな彼女たちを横目に、ソウゴは食堂の中に入っていき―――ふと。席に着いているアタランテの方へと視線が引かれた。

 彼女のテーブルの上には、焼き立てだろうパイが置かれている。その匂いにつられてふらふらとそちらに流れていくソウゴ。

 

「ねね、アタランテ。それなに?」

 

「……戻ってきて真っ先に言う事がそれか? まあいいが……林檎のパイだよ」

 

「リンゴ……リンゴはなかったなー」

 

 腕を組んでそう言いだすソウゴに、アタランテは怪訝そうな顔をする。

 そのまま軽く片目を瞑った彼女はパイを一切れ取り上げると、大皿を彼の方へと押した。

 

「食べたいのなら食べるといい。私はこれだけあればいい。

 味は保証するぞ、ブーディカが焼いたものだからな」

 

「いいの? アタランテが食べたくて頼んだんでしょ?」

 

「構わないさ」

 

 じゃあ遠慮なく、とソウゴがアタランテの前に座ってパイを手に取った。

 苦笑する彼女の前で齧り付き始めるソウゴ。

 

「うまっ……ほら、黒ウォズも食べなよ。っていうか黒ウォズっていつご飯食べてるの?」

 

 口に物を入れながら自分の隣にウォズを招くソウゴ。

 胡乱げな視線で見返しながら、しかし彼は招かれるがままに腰掛けた。

 そんな彼の前にソウゴはパイの乗った皿を寄せる。

 何とも言い難い、というような表情でそれを一切れ取り上げて、口を開く。

 

「我が魔王、ここは私に食事を出すほど余裕があるのかい?」

 

「んー。黒ウォズもロンドンで仕事はしたんだしいいんじゃない?

 あ、そうだ……ねえ、ブーディカ。ここってお餅ある?」

 

 軽く声を張り上げ、厨房の方へと確認を取るソウゴ。

 マシュとともにそちらに向かっていた立香からその質問を既に受けていたのだろう。

 彼女は苦笑しながら首を横に振ってみせた。

 餅がないという現実に触れたソウゴは、難しい表情でウォズへと視線を向ける。

 

「……そういえば黒ウォズって別の場所に行けるんだよね。どっかで買い物とかしてこれる?」

 

「……君は私に餅を買ってこい、と?」

 

「お、何か買いに行かせられるのか? じゃあ酒も頼むわ」

 

 呆れたような顔でアップルパイを齧るウォズ。

 そんな会話をしている彼らの中にランサーが混じり、彼の肩を叩いてみせた。

 ウォズは面倒そうな視線をランサーに向けるが、気にかける様子はない。

 軽く片目を瞑り溜め息を一つ。彼はそのままさっさとパイを口の中に放り込んだ。

 

「お酒って言えばドレイクは?」

 

 酒が話題に出たので普段からここで酒浸りしているドレイクの姿を探すが見当たらない。

 アレキサンダーとエルメロイ二世はいつも通り読書だろうが、彼女はどこだろうか。

 

「ドレイクは再臨を済ませた体の調子を確認すると言っていた。

 今はネロ・クラウディウスとシミュレーション室にいるのではないか?」

 

 パイを食べ終えたアタランテが、そんなソウゴの疑問に答えをくれた。

 へえ、と納得しながら食事を続ける彼。

 

「じゃあ他の人にも黒ウォズに買ってきてもらうもの聞いて回ろうか」

 

 もぐもぐと口を動かしながら天井を見上げ、そんなことをぼやくソウゴ。

 彼に対して全力の呆れ顔を浮かべ、ウォズは眉間を指で押さえる。

 

「待ちたまえ、我が魔王。私は……」

 

「俺の召し使いじゃないの?」

 

「……それは否定しないが。……だが、次の特異点は18世紀のアメリカだ。

 アルコールの類は自分たちで補充したまえ」

 

 無論、カルデアはまだ次の特異点の特定作業など始めていない。

 仮に今この時点でそれを知っている者がいるとするならば、それこそ下手人である魔術王側の存在くらいだろう。

 だと言うのに当然のようにそう言いだす彼に、アタランテが目を細くした。

 

 気にすることでもない、とでも言うように。

 大した反応を示さず、折角なのでパイを食べようと手を伸ばすランサー。

 

「18世紀のアメリカってお餅売ってるの?」

 

「売ってねえんじゃねえか?」

 

 知らねえけど、とランサーが適当に答える。

 どうにも完全に餅に気持ちが向いているようで、その答えに対してむむむと表情を険しくするソウゴ。

 

「じゃあ駄目じゃん。

 あ、アメリカに行ってから18世紀の日本にタイムマジーンで飛んでけば買えるんじゃない?」

 

「……特異点化はそこまで広範囲にはならないだろう」

 

 次いでアタランテ。次々と否定されていくお餅の輸入ルート。

 やはりもう最後の手段しかない、と。ソウゴの視線がウォズに向かう。

 見られている彼は嫌そうな表情を浮かべ、立ち上がった。

 

「生憎だが、私が行く場所はショッピングを楽しむために行くような所ではないのでね」

 

 恨みがましいソウゴの視線を背中に受けながらも、そのままさっさと食堂の出口へと歩き出すウォズ。

 そんな彼が厨房の前で一度足を止め、ブーディカへと視線を送る。

 

「悪くはなかったが甘すぎる。もう少し、砂糖は控えるべきだね」

 

「―――はは、そっか。うん、次からは気を付けるよ」

 

 微笑みながら返すブーディカ。

 それだけ彼女に言い残すと、ウォズはそのまま退出していく。

 

 ちぇー、と残念そうにしながらテーブルに突っ伏すソウゴ。

 それを半眼で見ながら、アタランテが腕を組んだ。

 思考を飛ばすのは、当然のように彼が言い残していった次の特異点のこと。

 

「……アメリカの特異点、か」

 

「ブーディカ、パイだけじゃ足りないや。他に何かある?」

 

 考え込む彼女の前で気を取り直したソウゴが立ち上がり、厨房へと向かっていく。

 そんな彼の背中を視線で追いながら、アタランテは小さく息を吐いた。

 

 

 

 

「……それで、ここが食堂よ。一応今はブーディカ……彼女が常駐してくれているから、何かあれば彼女に声をかけてちょうだい」

 

 そんな話をしながら入ってくるのは、ツクヨミを伴った所長の姿だった。

 厨房にいるブーディカを示しながらそう説明されたツクヨミがその場で軽く頭を下げる。

 

「ああ、その人がマスターが言ってたツクヨミって子?」

 

 洗い物をしながらそちらに視線を向けたブーディカから出た言葉。

 それを聞いたツクヨミが困惑するような様子を見せた。

 

「マスター……?」

 

「私のことだよ」

 

 テーブル席についていた立香が言いながら手を振ってみせる。

 そちらをちらりと見て、なるほどと。彼女は納得した様子で小さく頷いた。

 

 そんな立香の隣に座っていたマシュが首を傾げ、彼女に問いかける。

 

「先輩、この方は……」

 

「……うーん。そう訊かれるとなんと説明すればいいのか。

 ウォズの知り合い? とかそんな感じでいいのかな」

 

「……まあ、知り合いは知り合いだけど……」

 

 マシュの疑問をそのままスルーパスされたツクヨミが顔を曇らせる。

 そんな様子を見ていたオルガマリー。彼女が軽く手を叩いて周囲の注目を引いた。

 食堂内の視線を集めた彼女は、咳払いしてから口を開く。

 

「これからは彼女にも特異点攻略に参戦してもらいます。

 あなたたちはそれに備え、きっちりと連携できるようにしておくように」

 

「ツクヨミも?」

 

 首を傾げる立香とソウゴ。

 そんな二人を見たオルガマリーが指を立てて説明を開始した。

 

「―――第四特異点ロンドンにおいて、わたしたちは人理焼却の主犯……

 魔術王・グランドキャスターと邂逅し、その力を見せつけられました。

 はっきり言ってどれほどの戦力を揃えればいいのかさえ皆目見当もつかない状況です」

 

 言いながら周囲を見回す彼女。

 アタランテは直接あれを視認しているが、ランサーやブーディカは見ていない。

 ―――が。どういうものかを説明されて理解できないような者たちでもない。

 

「魔術王の言葉を信じるならば、という前提はあるけれど―――自分が動くのは最低限七つの特異点が攻略されてから。そう言った以上、特異点攻略において彼が直接わたしたちに手を下すようなことはないと思われるわ。

 よって、わたしたちは七つの特異点攻略を進めつつ、魔術王に対抗するだけの戦力を確保しなければならない。そして―――」

 

 そこまで語ったオルガマリーが後ろを振り返ってツクヨミを見る。

 彼女もおおよそ説明を受けていたのか、小さく頷いた。

 

「ダ・ヴィンチに確認してもらったところ、彼女にもマスター適性及びレイシフト適性が確認されました。ロンドン攻略で確保された資源は一先ず貴方たちではなく、彼女がマスターとなるために消費する、ということを理解してください」

 

 その言葉を聞いた立香とソウゴが目を見開いて、同時に声を上げた。

 

「所長には適性無いのに!」

 

「黙らっしゃい!!」

 

「フォッ……」

 

 マスター適性とレイシフト適性が実はそれほど珍しくないのでは、という疑念。

 二人が同時に上げた声を一喝して、オルガマリーがぐるると唸る。

 ついでにマシュの頭の上でまるで笑うように声を上げた珍獣を睨む。

 自分の頭の上からそんなフォウを持ち上げ、困ったようにたしなめるマシュ。

 

 オルガマリーはそんな自分を落ち着かせるように胸に手を当て、深呼吸してみせた。

 今のやり取りを見て何となく三人の関係を見て取ったのか、ツクヨミが所長を落ち着かせるべく彼女の背中をさすり始めた。

 

「……大丈夫よ。ええ、ホント……」

 

「そうは見えませんけど……」

 

「とにかく。戦力の拡充が急務、ということを認識してくれればいいわ。

 ……世界を取り戻すためには、ね」

 

 自分の背をさするツクヨミに視線を向けるオルガマリー。

 それがどういうことなのか、言うまでもない。

 

 ―――視線を送られたツクヨミは己の意志を伝えるべく、彼女の背から手を離してソウゴが座っているテーブルに歩み寄っていく。

 向かってくる彼女を見上げながら、ソウゴは微笑みさえも浮かべている。

 やがて彼女はそんな彼の前で立ち止まり、視線を交差させた。

 

「……私はオーマジオウから未来を救うため、過去に来た。

 この時代で未来が脅かされているって言うのなら、貴方と一緒にでもそれと戦うわ。

 ただ、私は貴方を完全に信じたわけじゃない。

 貴方がこの先、世界を脅かす最低最悪の魔王になると判断したら……私は、貴方とも戦う」

 

「うん、それでいいと思う。

 ツクヨミが見て、俺が最低最悪の魔王になると思ったなら……俺を止めてくれていい。

 オーマジオウから世界を救うために戦ってたっていうツクヨミがそう思ったって言うなら……

 ―――俺は、それを信じるよ」

 

 他の皆が見ている中で、二人がそう言葉を交わす。

 ツクヨミの言葉の中には嘘などどこにもない。彼が脅威だと感じたならば、たとえ刺し違えてでも成し遂げようとするだろう。

 そしてソウゴはその覚悟を笑って受け止め、その理念は正しく喜ばしいと受け入れる。

 

 そんな二人を見つめる立香は、どう反応するべきかと小さく眉を顰めていた。

 

 

 

 

 食事を終え、食堂から退出していったマスターたち。

 そんな彼らの背中を見送ったアタランテが小さく溜め息を吐く。

 

「……そのソウゴの未来、というのはそれほどのものなのか?

 私が見る限りではソウゴは善性。その上、自分というものをけして曲げない手合いだ。

 一体何があればそんな最低最悪の魔王、などと呼ばれるモノになるという」

 

「さてな。だが……いや」

 

 同席したままのランサーが口を開き、途中で噤んだ。

 中途半端に口にされた言葉にアタランテが眉を顰める。

 

「なんだ? 言葉にするなら中途半端にしてくれるな」

 

「別に大したことじゃないさ」

 

 そう言ってさっさと立ち上がってしまうランサー。

 退出する彼の背中を視線で追いながら、彼女は小さく息を吐く。

 そんなアタランテに対し、厨房からブーディカの声がかかった。

 

「どうする? 食べたりないならもう一枚焼く?」

 

「…………もらおう」

 

「はいはい―――アタシたちがそんなに心配しなくてもきっと大丈夫だよ。

 もし何かあったとしても、ソウゴたちならきっと間違えないさ。

 ほら、ここにいい反面教師だっていることだしね」

 

 次に焼くパイの準備を始めながら、軽く笑ってみせるブーディカ。

 過ちを犯した王である、と。己のことを彼女は笑った。

 

 王とはアタランテからすれば大した関わりのない、人の世の統治者だ。

 が、彼女に限らずカルデアでは王であった者、王と関わりのあった者は多い。

 ソウゴに王たる資質というものがあるのだとすれば、それは王たる者が見出して必要なら導けばいい。それはそうかもしれない。

 

 王の資質などアタランテには判別できないし、しようとも思わない。

 ただ常磐ソウゴという人間と肩を並べて戦うことに否やはない。

 それだけで十分、といえばそうなのだが。

 

「……人の世の統治、という話で収まることならそれでいいのかもしれないがな」

 

 少なくとも一国の統治の話が、人理焼却という事態と並ぶはずがない。

 オーマジオウという存在がどれほどのものなのか―――

 

 軽く考えこもうとした彼女が、首を横に振って思考を止めた。

 どうあれ、彼女はその目で見たソウゴを信じるに足る者と判断したのだ。

 どのような話であれ、聞いた話ばかりで彼の評価を改める必要はない。

 

「うむ、良い香りだ! ブーディカよ、何を焼いているのだ?」

 

「うん? アタランテに頼まれたパイだよ」

 

 悩ましい表情を浮かべているアタランテとは対照的な、すっきりとした表情のネロが入室してくる。彼女の後ろには衣装の変わったドレイクの姿もある。

 豪奢なコートを肩にかけ、海賊帽を頭に被り、しかし特に変わった様子もなく彼女はブーディカに酒を要求し始める。

 

「いやぁ、不思議と皇帝陛下とやり合うのは懐かしい気がするねぇ!

 ブーディカ、酒の残りはどんなもんだい?」

 

「んー、今のペースで飲み続けられると一週間保たないんじゃないかな?」

 

「―――そいつは緊急事態だ。カルデア崩壊の危機って言っても過言じゃない」

 

 一転、中々見せないような顔つきで危機を告げるドレイク。

 ブーディカはその貯蓄に底が見えてきた酒を取り出してくると、彼女へと差し出した。

 

「次は18世紀のアメリカだって言ってたから、そこで買って送ってもらえばいいんじゃないかな?

 食材も不足はしてないけど偏ってはいるから補充はしたいねぇ」

 

「む? もう次の特異点を見つけたのか?

 まだ前の特異点の推移を見守る、などと言っていたような気がするが」

 

「ウォズがついさっきそう言っていたという話だ。確証はない」

 

 首を傾げているネロにそう補足するアタランテの声。

 そうしてふと、ツクヨミのことを思いだした彼女が二人に話を振る。

 

「そういえばそのウォズとソウゴに関係しているという新しいマスターが増えた。

 汝らも挨拶しておいたらどうだ」

 

「む? マスターが増えるのか? ……マスターとは増えるものだったのか?」

 

「ま、こっちが漂流してるんだ。他の漂流者と会う事もあるだろうさ。

 そんなことより次の特異点に早く行かせてもらいたいねぇ……」

 

 ドレイクが彼女にしては珍しく遠慮した量の酒を嗜みながらそう言う。

 ただアルコールの補充に想いを馳せる彼女の期待は届くことなく、残念なことに次のレイシフトより先にカルデアの酒類は尽きることになった。

 

 

 

 

 閃光が渦巻き、刃と成す。

 全てを蹂躙するかの如く暴れ回る悪鬼を前に、彼はその手にある剣の力を開放する。

 渦巻く刃が竜巻の如く風を荒らす。

 その中心で赤い髪をはためかせる少年が、全力でもって一歩を踏み込んでいた。

 

「全開放……! “羅刹を穿つ不滅(ブラフマーストラ)”――――!!」

 

 宙に浮き回転する剣はまるで光輪の如く。

 振り抜かれる少年の腕に追従し、その光の刃は解き放たれた。

 それこそが彼の有する宝具、破魔の一投。

 目掛ける先は当然、槍を振るい次々と兵を討ち取る黒い悪鬼。

 

 あらゆる魔を滅する矢と化した剣。

 その一撃が放たれたからには間違いなく、立ちはだかる相手を両断するだろう。

 それは相手が悪鬼に堕ちた大英雄であったとしても変わりない。

 

 黒ずんだ朱色の槍を手に、彼は自身を目掛けて飛んでくる一撃に視線を送る。

 ()()()()()()()とはいえ、相手が神話に名を馳せた大英雄に変わりはない。

 彼がどれほどに優れた戦士であったとしても、容易に勝てるような相手ではないだろう。

 

 ―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 槍の英雄は飛来する光輪、ブラフマーストラに向け正面から踏み込んだ。

 その一撃の向こうで、少年は困惑すら滲ませた表情を浮かべる。

 なるほど。確かにその一撃を正面から受ければ、死に至る傷は避けられまい。

 だがそれは―――()()()()()()()()、の話だ。

 

〈オーズゥ…!〉

 

 変貌する。黒い外殻で覆われていた男の体を、怪物の姿が塗り替えていく。

 鷹を思わせる赤い頭部。虎を思わせる黄色い胴と腕。飛蝗を思わせる緑の脚。

 瞬時に異形へと姿を変えた彼に―――

 

 “羅刹を穿つ不滅(ブラフマーストラ)”が直撃した。

 弾け飛ぶ閃光。魔を滅する刃の輝きがその異形に余すことなく注がれる。

 異形は全身から盛大に火花を噴き上げ、圧倒的な威力に呑み込まれていく。

 だというのに。彼は当然のように切り裂かれながら、次の一歩を踏み出した。

 

「な……っ!?」

 

 少年が放った一撃は正しく相手を滅するに足る威力があった。

 だから、()()()()()()()()()()()()

 怪物と化した男の体は衝撃で打ちのめされ、しかし彼はその事実を気にもかけない。

 

 ―――ブラフマーストラの一撃はその異形を打ち倒してみせた。

 その威力の大半を費やし、アナザーライダーの体をそのまま突き抜けていく光の戦輪。

 男の体内にあったアナザーウォッチは限度を超えたダメージに一時的に機能を停止。

 彼の姿が異形から、再び黒い鎧に覆われた人のものへと変貌していく。

 

 そのフィードバックで襲い来る死に匹敵する激痛はさして気にもしない。

 つまり彼は、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 壊れない。その上、痛みさえ気にしなければ大した傷も通さない異形の鎧。

 彼にとってその力は、ただそれだけのものでしかない。

 

 踏み込む足は更に加速し、手にした槍には呪力が渦巻いた。

 ―――投げ槍のために一際大きく踏み込む男。

 その体は大きく反り、死の槍を振り被ってみせていた。

 

「―――“抉り穿つ(ゲイ)

 

「……ッ!」

 

 男に一撃を浴びせ、そのまま飛んだブラフマーストラを呼び戻すことは間に合わない。

 少年は無手のままその呪いの槍の前にさらされ―――

 

鏖殺の槍(ボルク)”―――!!」

 

 そのまま、音を追い越す速度で放たれた朱色の閃光に胸を粉砕された。

 弾け飛んで散る血肉。致命傷などという生易しい傷ではない。

 それは間違いなく、確実な“死”でしかありえない。

 

「ガ……ァアアア………ッ!!」

 

 だというのに。彼はその死を受けながらなお立ち続け、男を睨んでいた。

 放たれていたブラフマーストラ、彼の剣が飛んで戻ってくる。

 それを掴み取り、しかしその衝撃さえ受け止めきれなかった彼がふらりと大きく揺れた。

 

「死、ねぬ……! まだ、余は死ねぬ……!

 シータと巡り逢うまで………! 余は、負けられぬ………ッ!!」

 

「……あ? 今ので死なねえのか。

 心臓が八割砕けてまだ動くかよ、面倒くせえ奴だな」

 

 相手の主武装である槍は投げ放ったまま。

 因果逆転を起こす朱色の魔槍は、今ばかりは彼の手の中にない。

 少年がふらつきながらも剣を構え直し、しかし力を入れること叶わず片膝を落とした。

 

「ガ、ハァ……ッ!」

 

〈オーズゥ…!〉

 

 槍の無い彼が軽く首を回し、そのまま再び異形へと変貌する。

 一度打ち破られたばかりで性能は落ちているだろうが、それを言うなら目の前の少年の方がよほどいかれている。心臓を貫いてまだ生きているというなら、次は首を落とすだけだ。

 

 腕に生えた虎の爪を立て、彼は――――

 

「サーヴァント反応を確認。対処を開始します」

 

 複数の銃口から一斉に放たれる銃弾の嵐に呑み込まれた。

 そのほぼ全ての直撃を貰いながら、彼は周囲を見渡すように首を巡らせる。

 彼の視界に映るのは機関銃を腕に装備した兵器。機械化歩兵の軍勢だった。

 

「……西部のガラクタどもか。ってことは……」

 

 軽く舌打ちしながら、彼は空を見上げた。

 ――――真昼に近い時分、太陽は確かに上にある。

 だが太陽がある筈の無い地平線の先、()()()()()()()()()()()()()()

 

「あ、れは……!?」

 

 剣を支えに何とか立ち上がろうとする少年。

 彼もまたその彼方に輝くもう一つの太陽を見て―――

 突然、体が何者かに抱えられた。

 

「なっ、……!」

 

「悪いが質問は後で受け付ける。

 今は奴らが戦っている間に、君を安全なところまで運ばせてもらう―――!」

 

 この荒野のどこかで身を隠していたのだろうか。

 突然現れた男は彼にそう言うと、怪物から全速力で逃げることに注力した。

 

 ―――それを追う、という選択肢もないではない。

 必殺を期して半死半生まで追い詰めた獲物に逃げられるなど、余りにも無様。

 が、残念なことに。

 次の相手を無視してそんなことをすれば、命を落とすのはこちらだった。

 

「――――“梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)”」

 

 逃げ去ろうとする連中を無視し、地面に突き立った己の槍へと走る。

 その彼の体を、太陽から放たれた光線が蹂躙した。

 圧倒的な熱量で地面を溶かしながら奔る閃光。

 滂沱と溢れる熱を浴びながらしかし彼は槍を掴み取り、そのまま一気に跳ぶ。

 

 光線の効果範囲から飛び出した彼の体から、異形が剥がれ落ちていく。

 流石に短時間での二度の超過ダメージに、更にもう一度の起動は難しいらしい。

 軽く鼻を鳴らし、彼が太陽の中に浮かぶサーヴァントに視線を向けた。

 

「……同郷だったか、こちらで確保できればよかったが」

 

 太陽を背負いながら白髪のサーヴァントはそう呟く。

 

「だが、その同郷とやらのおかげで俺の鎧は剥がせたってわけだ。

 もっとも、それも少し寝れば直る程度の傷だがな」

 

 ガチリ、と。自身を覆う黒い鎧を軋ませながら、彼は槍を構えた。

 無敵の鎧に、即死の槍。彼が備えた武装、その内の鎧を一時的に取り上げられたというのに。

 しかし狂気の王は凄絶に嗤う。

 

 同じく鎧と槍を備えた太陽の子が微かに目を細め、彼の槍に視線を送る。

 

「―――生憎、王から現時点での戦闘は避けろと言われている。特にお前とはな」

 

「ハ―――令呪で縛られるまでもなく飼い主の使い走りか。

 いいぜ、好きにしろよ。どうせ、最終的にはこの大陸全て殺し尽くすんだ」

 

 構えを解かないままにそう言って嗤う彼。

 そんな彼に対して、炎の中から問いかけるサーヴァント。

 

「―――狂気の王。いや、正気でありながら狂える王よ。お前はそうしてどこまで走り抜ける。

 あるいは、証明するつもりだとでも言うのか。

 全ての命を奪う事で、お前が王であり、その手は全ての命に届くものである、と」

 

「……ハ、証明? そんなことをして何になる。

 王とは、王であるがために全てを不毛に浪費するもの。

 あらゆる“王”にとって、その価値観の最上は“己が王であること”に他ならない。

 だったら話は簡単だ。己の領分以外の全てを滅ぼせば、“王であること”は唯一無二の価値になる。そこに辿り着けば上等だ。後は世界が滅びるなり何なりするまで俺だけが王であればいい」

 

 何のことはない、と吐き捨てる男。

 そんな彼に対して表情一つ変えず、太陽のサーヴァントは軽く腕を上げた。

 

「……そうか、では先の言葉をそのまま返そう。

 また会おう。生きる為だけの疾走を、飼い主の使い走りに消費する狂える“王”よ」

 

 太陽が炸裂し、周囲に膨大な炎が飛散した。

 それを槍で薙ぎ払い、周囲へと視線を巡らせる。

 

 彼が引き付けている間に機械化兵士たちも撤退済。

 周囲に残っているのは、太陽の如き彼の攻撃の熱量に呑み込まれた灼けた大地だけだった。

 

 

 




 
でかい攻撃でもまず一回は耐える鎧(再利用可)を着て絶対心臓に当たる槍を振り回すマン…一体何者なんだ…
 

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