Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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あけましておめでとうございます。
平成32年。今年もFate/GRAND Zi-Orderをよろしくお願いします。
 


槍と王と良き終末を1783

 

 

 

「オラァッ―――!」

 

 モードレッドが剣を引き、槍を持って兵士を斬り捨てる。

 それは崩れ落ちると同時に光に還り、その場から消え失せた。

 剣を軽く担ぎ直し、彼女は舌打ちする。

 

「来て早々これかよ。悪くねえが、何と戦ってるか分からねぇのは気分が悪いぜ」

 

「モードレッド、また来てる!」

 

「ハ―――! 言われなくても分かってらぁ!」

 

 マスターであるツクヨミの声に応え、押し寄せる兵士たちを斬り払い続けるモードレッド。

 

 そんな彼女たちから離れた位置で敵の心臓を穿ちながら、クー・フーリンが顔を顰めた。

 雄叫びを上げながら迫りくる兵士たち。あれらに見覚えがありすぎるほどにある。

 

「ただの同郷ってだけじゃねぇな……メイヴか……!」

 

 朱槍が躍る。自身の周囲を取り巻く戦士たちの首を、心臓を、容易に貫いてみせる。

 召喚されたケルトの兵士というわけではない。恐らくは女王メイヴが発生させた勇士たち。それらを散らしながら視線を巡らせるが、周囲にサーヴァントの気配はない。

 彼女が彼らを襲うために発生させたものではないとするならば、つまりこれらの兵士たちはこのアメリカ大陸で場所を問わず蔓延っているような状況だということだ。

 

「む、心当たりがあるのか!」

 

 炎とともに奔る剣閃が兵士を斬り倒す。地に伏せた相手が金色の光となって消えていく。

 そんな中で、ネロはクー・フーリンへと問いかけた。

 問われた彼が片目を瞑り、槍を振るいながら思考を回す。

 

「……つまりメイヴが頭か……?

 アイツが自分より上に他の人間を置くわけもねぇ……」

 

 彼らの間を縫いながら緑の影が走り、無数の兵士たちが矢で針鼠にされ倒れていく。

 ある程度空間が開けたのを見て、ブーディカが背後のオルガマリーに視線を送った。

 

「どうする、宝具を出すべきかい?」

 

 迫りくる兵士をバックラーで殴り、剣で斬り払いながら彼女は司令官からの指示を待つ。

 オルガマリーが悩みながら周囲の状況を確認する。レイシフト直後、彼女たちが投げ出されたのは荒野の真ん中。そこで即座に進軍する兵士たちと会敵し、戦闘に発展した。

 ここから逃げようとしても、どこに逃げればいいのかが分からないのだ。

 

「……まず動くための取っ掛かりを得たいわ……

 そのためには、現状を把握している相手と接触したい―――なら」

 

 彼女の視線がクー・フーリンに向けられる。

 それに反応して立香たちの周囲で護衛していたジャンヌが前に出ていく。

 クー・フーリンが受け持っていた敵をそのまま彼女の旗が打ち払う。

 即座にマスターたちのもとへと下がる彼。

 

「―――こいつらはメイヴの兵隊だ、多分な。

 恐らくはこの時代で聖杯を持ってる異物は、メイヴの奴ってこった」

 

「アルスター伝説のコノートの女王……ランサーさんが亡くなった戦いの発端……!」

 

 説明しながらも周囲を探っている様子の彼の背。

 盾を構えていたマシュが、その名を聞いて声を上げた。

 

「これはケルトの戦士ということ……?」

 

「でもそのメイヴが聖杯を持ってるって決まってるわけではなくない?」

 

 ソウゴはその背に言葉をかける。

 あー、と困ったように唸るクー・フーリン。

 

「……あいつは聖杯を持ってる誰かの下につく、なんて殊勝な態度をとれる奴じゃない。

 そんでこれだけメイヴの兵士が蔓延ってる、ってなら間違いなくあいつは中心だ」

 

 彼の言葉を聞いてオルガマリーが考え込む。

 そのメイヴと縁深い彼がそう言うのであれば、それを疑う気はない。

 この特異点における聖杯の所有者は女王メイヴ。

 

「……仮に。女王メイヴが聖杯を得て、この時代の特異点を形成しているとしましょう。

 もしもそうなった場合、彼女はいったい何をすると思う?」

 

「そりゃあれだ、()()()()()()()()()()()()()。あれにとって国家っていうのは要するに、自分を讃えるためのステージだ。あいつが国民に求めることはただひとつ。

 己の姿を見上げ、口を開け、女王メイヴは美しいと唱え続けることだけだ」

 

「……あ、ランサーが言ってたろくでもない王様ってそのこと?」

 

「そっちの話はあいつに限らず、だ」

 

 彼の即答に立香が腕を組み考え込む。

 

「全部を自分の物にする……独占欲? とか、えーっと虚栄心、的な?」

 

「聞いた限りでは、単純な自信かも。自分の美しさへの」

 

 彼女に隣り合うツクヨミもまた考え込む姿勢を見せ、ランサーの言葉を解釈する。

 言われて立香は手を打った。

 

「美しすぎる自分に対して全てが傅かないはずがない、みたいな?」

 

「そういう人が何を考えるか……か。ソウゴは分かる?

 ううん、もしソウゴだったらどうする?」

 

 ツクヨミに強く見据えられながら、そう問われた。

 別にそんな風な自信を持っているわけではないのだが、と腕を組む。

 

「えー? 俺、俺なら……うーん。

 ……俺ならじゃないけど、そういう奴なら相手のことは見てないんじゃない?

 そいつにとって人も物も国も、ただの自分のためのステージでしかないんでしょ?

 だったら多分、そいつが一番自分が綺麗に見えると思ってる場所が目的になると思うよ」

 

「自分が綺麗に……つまり、一番輝かしい舞台……一番目立つ場所……?」

 

 ふーむ、と顎に手を添える立香。

 そんな彼女が何かに気づいたようにはっと表情を変えた。

 

「ハリウッドとか!」

 

「あ、それっぽい。ハリウッド映画とか撮ってるのかも」

 

「そんなわけないでしょ。そもそもこの時代に撮ってないし」

 

 立香の言い出したことに同調したソウゴ。そんな二人に溜め息を吐くツクヨミ。

 彼女は振り返り、悩みこむオルガマリーへと視線を送る。

 

「けど、自分が目立つ舞台はそれらしいと思います。

 きっとこのアメリカの中で一番目立つ場所が……」

 

「……ワシントン、かしらね。ワシントンD.C.……

 もちろん、まだあそこはワシントンD.C.ではないわ。けど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これからスポットライトが当たり続けることが約束された未来の都市。女王メイヴが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そう考えるに足る場所ではないかと思うわ」

 

 彼女の推察を聞いたランサーが軽く唸る。

 

「まあ、それらしいと言えばそれらしいな。

 んでどうする。相手の本拠地と思しき場所にいきなり乗り込むのか?」

 

 オルガマリーが通信機に意識を向ける。

 レイシフト直後の乱れか、まだ通信は回復していない。

 今この場所が地図上におけるどこなのかすらこちらでは把握できていないので動き辛い。

 が、だからと言って兵士に囲まれっぱなしは問題だ。

 

「………いえ、とにかく周囲に兵士たちがいる状況を何とかしましょう。

 ブーディカ。とりあえず、わたしたちを戦車に乗せて離脱して。

 カルデアとの通信が回復次第、位置関係を確認して方針を決めるわ」

 

 言われ頷いた彼女が“約束されざる守護の車輪(チャリオット・オブ・ブディカ)”を呼び出す。

 白馬に牽かれた戦車に乗り込むマスターたち。

 ブーディカが御者として乗り込むと、白馬の手綱を握りながら振り返った。

 

「飛ばすかい? それとも地上を走らせる?」

 

「―――そうか、空にも行けるのね。じゃあ一度飛ばして周囲の地形の確認をしましょう。

 この兵士たちがどこから来てるかも分かるかもしれないし……!」

 

 その判断を聞いたランサーが再び槍を構え、ジャンヌが凌いでいる場所へと走り出した。

 戦車を飛ばすならマシュとジャンヌも必ず同乗するべきだ、という判断。

 即座に引き返してきたジャンヌもまた、戦車の中に乗り込んだ。

 

 相手の本拠地らしき場所が分かるというなら動くべきだろうか。

 実際問題、後手に回り続けたロンドンでは、魔術王関係なしに状況的に追い詰められていたと言えるだろう。魔術王が相手では分からないが、現状におけるカルデアは戦力は破格。

 本拠地にサーヴァントが5、6人詰めていたとしても恐らく余裕を持って―――

 

「――――ブーディカ! 下げて!!」

 

 戦車が空に飛び立ち、高度を上げ始めた瞬間。ジャンヌが叫んでいた。

 劣化したルーラーの権限が、接近するサーヴァントの気配を感じ取っていたからだ。

 開けた視界の中。彼女の知覚範囲に侵入してきた何かが、炎の華を空に咲かせた。

 

「………ッ!!」

 

 ブーディカが手綱を翻す。

 大きく揺れる戦車の上で、マシュが、ジャンヌが、防御に入ろうとして絶句する。

 空の彼方に迸る炎の奔流は恐らく防ぎきれない。

 止めることはできても、足場である戦車を庇い切れないほどの熱量。

 

 その空の彼方に構えたサーヴァントの口が、小さくその弓の銘を告げる。

 

「―――――“炎神の咆哮(アグニ・ガーンディーヴァ)”」

 

 瞬間、炎の矢が戦車に向かって放たれた。

 ミサイルが如く迫りくる一撃を前に防御宝具が展開されようとして―――

 

〈アーマータイム! ウィザード!〉

 

 戦車より前に出たジオウが、魔法陣を盾にその一撃を受け止めた。

 足場に戦車を使えば余波を防ぎきれない、というなら最早空を飛んで前に出るしかない。

 が、しかし。ジオウの用意できる盾では余波以前にそれを防ぎ切ることができなかった。

 

「う、ぐぅ……ッ!」

 

 ―――魔法陣を撃ち抜き、ジオウに直撃する炎の矢。

 爆炎を上げて、その姿が地上へと墜落していく。

 

「ソウゴ!?」

 

「あっ……ッ、ブーディカ! 高度を下げて地上に―――!」

 

「下げるな!!」

 

 爆風に煽られ暴れる白馬。

 その手綱を必死に制するブーディカにオルガマリーが下降を指示しようとして―――

 それを地上からクー・フーリンに静止させられる。

 

「……ッ、ランサー!!」

 

 爆炎の中、ウィザードアーマーを失ったジオウが地上に叫ぶ。

 同時にその装甲の下で、彼の手から令呪が一角欠けていく。

 魔力の充填と同時、青い影が大地を蹴って空を舞い、戦車に飛び乗っていた。

 

「揺れんぞ、掴まっとけ―――!」

 

「もう掴まってる……!」

 

 立香から返ってくる軽口に微かに頬を緩め、次の瞬間戦車を足場に敵に向かって再度の跳躍。

 ゲイボルクの呪力を最高にまで高めたクー・フーリンが、その槍を投擲するべく一気に……

 

 炎の矢を放った下手人が一気に距離を取るべく後退を開始する。

 空を舞う敵の弓兵を見て、槍兵は内心で小さく舌打ちした。

 ()()()()()()()()()()()()()()。ゲイボルクは放ったからには確実に相手を穿つが、大前提として距離があったらそもそも放てない。

 このままでは僅かに射程内まで追い切れずに逃げられるだろう。

 

 黒い肌に白衣の男であった青年はそのまま距離を開け続けようと動こうとして―――

 直下から放たれた一矢―――否。二矢を躱す。

 

 下に視線を向ければ、そこにいるのは狩人アタランテ。

 彼女はその俊足で弓兵の下まで辿り着き、直上に向けて矢を放っていたのだ。

 微かに目を眇めるが、この程度なら誤差だ。まだ詰め切れないだろう。

 

「我が矢と弓を以て願い奉らん―――“訴状の矢文(ポイポス・カタストロフェ)”!!」

 

 ―――その矢を以て天から矢が雨と降り注ぐようなことにならなかったのならば、だが。

 

 無数に降り注ぐ矢の雨が、弓兵の退路を一気に狭める。

 顔を大きく顰めながらもしかし、その矢を全て躱してみせる彼は驚嘆に値するだろう。

 だがそうしながら距離を稼ぐことは流石に不可能だった。

 

「その心臓、貰い受ける――――ッ!!」

 

 クー・フーリンの跳躍が、弓兵の姿を投げ槍の射程に入れた。

 そしてそれはつまり―――

 

「心臓を置いてくのはテメェだ」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 くすんだ朱色の槍が地上から奔り、空を跳ねるクー・フーリンを撃ち抜いていた。

 胸部を突き破られ、空中で盛大に血の華を咲かせる。

 そのまま右半身を千切り飛ばす勢いで突き抜けていく魔槍と、失墜を開始するクー・フーリン。

 

「ラン、サー……?」

 

 アーマーを解除され、先に墜落していたジオウが呟くように彼を呼ぶ。

 そのまま半身を失いながら落下してくる彼を見て、咄嗟にジオウはライドウォッチを放り込んでいた。

 

「くっ……!」

 

〈スイカボーリング!〉

 

 スイカのような球体エネルギーを展開したコダマスイカが、勢いよく転がっていく。

 ランサーの着地点まで転がっていったそれは落下する彼に直撃された。

 クッション替わりにされたスイカが砕け散り、赤い果肉のようなエネルギー体を撒き散らす。

 

 それを見届けたジオウの視界の端、黒い悪鬼の姿を視認した。

 

「クー・フーリン……!」

 

 よく見た顔。しかしその肌は黒く染まり、半身を甲殻のような鎧で覆っている。

 知っているけれど、知らないサーヴァント。

 言葉に応えはない。黒いクー・フーリンが踏み込み、ジオウに向け殺到した。

 

 その背後、上空で炎を弓に番える白衣の弓兵。

 彼に対しては地上からアタランテの射撃が止まることなく放たれる。

 弓兵は微かに眉を寄せ、回避行動に移った。

 

〈ダブル!〉〈アーマータイム!〉

 

 即座に新たなライドウォッチを装填し、ジオウはダブルアーマーを展開する。

 サイクロンとジョーカー、二機のメモリドロイドが出現。

 その二機は突っ込んでくるクー・フーリンを挟み込むように左右から躍りかかった。

 投げ放ったゲイボルクは彼の手になく、これらを捌き切るのは難しいはずだ。

 

「ハ――――」

 

〈オーズゥ…!〉

 

 が、挟まれた彼は即座に異形へと変じ、その両腕に備わった虎の爪でメモリドロイドを薙ぎ払っていた。

 

「アナザーライダー……!?」

 

〈サイクロン! ジョーカー! ダブル!〉

 

 弾き返されたメモリドロイドがジオウのもとまで吹き飛んでくる。

 そのままメモリドロイドが両肩を覆うアーマー、ガイアメモリショルダーに変形。

 ジオウが装着し、ダブルアーマーへと変身する。

 

 突撃してきたアナザーオーズ、そして迎え撃つダブルアーマーの拳が交差した。

 

 

 

 

「ッ、着陸するよ……!」

 

 ブーディカが戦車の車輪を地面に下ろす。

 同時、倒し続けているはずなのに増え続けるケルトの兵士たちにツクヨミがファイズフォンを発砲する。

 直撃しても隙を作る程度だが、戦場を突き抜けてきたネロが怯んだ相手を斬り捨てていく。

 

「不味いぞ、オルガマリーよ! クー・フーリンが……クー・フーリンの槍でやられた!」

 

「見てた……! 見てたわ……! っ……!」

 

 ゲイボルク。放てば必ず心臓を貫く死棘の魔槍。

 ―――大英雄クー・フーリンの愛槍にして、()()()()()

 彼の最大の武器にして、同時に最大の弱点。

 それに貫かれた彼が保つはずがない。どう見ても致命傷の……

 

「―――ジャンヌ、その呪いとかジャンヌなら……!」

 

 立香の声に、しかしジャンヌは表情ひとつ変えずに首を横に振った。

 今は、思わせぶりな態度やもしかしたらという希望を出していい状況ではない、と。

 彼の生命力ならば心臓を撃ち抜かれただけなら、延命は叶うかもしれない。

 だが彼が英霊クー・フーリンである以上、()()()()()()()()()()()()()()

 

 まして―――

 地上に雷光が奔り、ケルト兵士が纏めて吹き飛ばされる。

 雪崩れ込んでくる兵士たちを、今モードレッドがひとりで止めていた。

 ネロがすぐさま戻ったところで、それにしたって人手が足りていない。

 そちらのカバーも考えれば、消去法でジャンヌが本来即座に向かわなければならない。

 

 相手に弓兵がいる以上、マスターを乗せた戦車を維持するブーディカと盾であるマシュは動かせない。敵のアーチャーはアタランテが抑え、黒いクー・フーリンはジオウが抑え―――

 まだ、ギリギリ互角だ。

 

「……ッ! マシュとジャンヌの宝具を使いつつクー・フーリンのところまで進軍……

 彼を回収してから、即座に撤退戦に……!」

 

 その瞬間。モードレッドが雷で割った敵兵を掻き分け、紅と黄の閃光が奔った。

 咄嗟の回避は彼女が直感を持っていたが故に行えたことだろう。

 彼女の本能は黄色の閃光にこそ、最大の警鐘を鳴らしていた。

 

「くそっ……!」

 

 クラレントが黄の短槍を弾き、紅の一閃は鎧で弾き―――

 しかしその紅の刃は鎧に当たる瞬間、魔力で編まれた鎧を掻き消し彼女を切り裂いた。

 

「んだとッ……!?」

 

 深すぎるほどではないが、それでもモードレッドは盛大に血飛沫を上げる。

 強く歯を食い縛った彼女は本能に従う。

 連続して放たれる二槍の乱舞は、この体勢からではそれ以外に躱せないという確信故に。

 そのまま地面を転がりながら距離を取り、彼女は双槍の使い手を睨み付ける。

 

「テメェ……! その槍―――!」

 

「……我こそはフィオナ騎士団が一番槍、ディルムッド・オディナ。

 どうあれ、今戴く女王の命である。その首、私が頂こう」

 

 紅と黄、二槍を構えた美男子。ディルムッド・オディナが、モードレッドと対峙する。

 その後ろから優雅ささえ感じる所作で、またも美男子な金髪の男が歩いてきた。

 

「ははは! ディルムッド、不服が顔に出すぎだ。どんな状況でも冗談を口にできるような余裕は持っておくべきだよ。そう、たとえば……

 おや、こうして見てみれば敵軍には美女も多いではないか。どうだろう、ディルムッド。見初めた女性がいれば戦場であっても口説いて駆け落ちしてみるというのは。

 グラニアとそうしたように! グラニアとそうしたように!」

 

「は。……いえ、その……」

 

 ディルムッドが彼の言葉にバツが悪そうに黙り込む。

 そんな彼に並び立ち、槍を構える金髪の男。

 

「もちろん冗談だとも。生真面目すぎるのも考え物だ。

 こういう時は冗談はよしこさん! と返すべきだよ、ディルムッド。

 おっと、私も名乗りを上げなくてはね。我が名はフィン・マックール。

 さて、栄光たるフィオナ騎士団の名の元に―――その首級を貰い受けよう」

 

「―――やれるもんならやってみやがれ!!」

 

 そうして、二人のランサーがモードレッドとの戦闘を開始する。

 

 それを見たネロは即座に切り替えし、そちらに向け兵士を斬りながら走り出した。

 二人がサーヴァント戦に入るならば兵士を止めるのはジャンヌだ。

 彼女が戦車を飛び降り、戦闘に入ろうとした瞬間。

 

 地震が如く大地が鳴動する。直後、ネロが必死に後ろに跳んでいた。

 直前まで彼女が立っていた地面が裂け、ガラガラと崩れていく。

 そこに叩きつけられていたのは巨大な柱の如き長剣。

 

 そんな超重武器を片手で振りぬいた男が、ゆっくりと剣を引き戻し肩に乗せる。

 

「いやはや、効率的な戦だ。つまらん、つまらんが……まあ、そういうものなのだろう。

 戦場がつまらんなら、せめて戦闘は楽しみたいものだ」

 

「おのれ、何奴……!」

 

 体勢を立て直しながら、ネロが剣を担いだ大男に視線を飛ばす。

 問われた彼は微かに口の端を上げ、小さく笑った。

 

「うん? 俺の名を訊いたか。ならば答えよう。我が名はフェルグス。

 さて。せっかくなら貴様の名を訊いておきたいが」

 

「―――クー・フーリンと肩を並べる豪傑か……! だがたとえ誰であったとして、ローマ皇帝ネロ・クラウディウスたる余の歩みを止められぬと知るがいい!!」

 

「ほう、暴君ネロ。これは稀有な英雄とまみえたな。

 こういうのはやはり聖杯戦争とやらの醍醐味。これは滾る、滾ること瀑布の如しよ」

 

 剣の柄を握り締めてギシリと鳴らし、フェルグスはその巨大な剣を振り上げた。

 炎を纏う己の剣を構え直し、ネロはその圧倒的な質量に対して立ち向かう。

 

 

 

 

 一言で済ませよう―――詰んだ。

 誰の責任かと言うのなら、指揮官であるオルガマリーの責任に他ならない。

 何が要因であったとしても、指揮官であるとはそういうことだ。

 オルガマリーが肩を震わせながら、必死に視線を巡らせる。

 

 ジオウがクー・フーリンと激突し、弓兵はアタランテが牽制し続けている。

 飛行している弓兵を完全に阻むのは難しく、場合によっては彼の攻撃はブーディカの戦車に向けられるだろう。だからこそマシュは戦車を離れられない。

 モードレッドはディルムッドとフィンを相手に二対一。ネロはフェルグス。雪崩のように押し寄せる兵士たちは、ジャンヌひとりでどうにかしなくてはいけない状況。

 いや、無理だ。攻撃に長けていないジャンヌではどうあっても不可能だ。

 

 もっと早く撤退を……

 いや、そもそもカルデアとの通信が回復してもいないのに不用意に動くべきではなかったのだ。

 ……そんなことは今はどうでもいい。何か手を、手を―――

 

 そう悩みこむ彼女の横で、立香がフェルグスに視線を送っていた。

 

「―――多分、シャトー・ディフのは偽物で本物はもっと強くて……

 でも、一瞬だけなら……!」

 

 立香がツクヨミを振り返ると、彼女はファイズフォンを既に構えていた。

 現状の打破のために狙うべきはフェルグスだろう。

 戦車からもっとも近い戦場であり、同時に一騎打ちであるためネロが勝てばそのままモードレッドの支援に回れる。

 

 そうなれば後は最悪、ネロとモードレッドがディルムッドとフィンに勝つまで令呪を使い尽くすことになっても戦車を閉まってジャンヌの宝具に閉じこもればいい。

 現状、それが一番打開の可能性が高そうな―――

 

「あら! 相手にも戦車があるだなんて、知っていたらもっと早く私も前に出ていたのに!」

 

 そうして、更に敵軍のサーヴァントがひとり到着する。

 白いドレスに、ピンク色の長髪を靡かせる女性。

 彼女は二頭の牛が牽く戦車に乗りながら、いっそ朗らかに見えるほど邪悪に笑う。

 

「新手……!」

 

「多分、クー・フーリンが言っていた女王メイヴ……」

 

 ツクヨミの呟きを拾ったメイヴが、微かに眉を動かした。

 手に持った鞭を軽く叩きながら、彼女は笑みを浮かべたまま立香たちに問いかける。

 

「へえ、クーちゃんから私のことを? ねえ、クーは私のこと何て言ってた?

 美しい? 素晴らしい? 愛してる? そうね、教えてくれたら見逃してあげてもいいわ。

 ただし嘘だったらこのまま牽き潰してあげる。ね、簡単でしょう?」

 

 それがただの遊びである、と。言われずとも理解する。

 ブーディカが手綱を握る手に力を籠め、どう動くべきか思案して―――

 

 

 

 

 野獣の如きアナザーオーズの攻撃を受けながら、ソウゴはそれを確認した。

 彼の視界の端では、コダマスイカが手を振り上げて……逃げろ、とジェスチャーしているように見えた。初手から誤っていたのだ。それを清算しようと、仕切りなおそうというのなら、それしかないのは確かだろう。

 一瞬俯いたジオウの胴体に虎の爪が叩き込まれる。

 

 衝撃で火花を散らしながら吹き飛ばされたジオウが地面を転がった。

 追撃を仕掛けんと迫りくるアナザーオーズ。

 それに対してダブルアーマーが自分を覆う竜巻を呼び起こした。

 風圧で押し戻されるアナザーオーズの体。

 

 次の瞬間―――

 

「撤退―――――!!!」

 

 ソウゴの叫び声。同時に、ダブルアーマーの両肩が分離。

 二体のメモリドロイドと化して、別の戦場に飛んでいく。

 サイクロンがモードレッドの元に、ジョーカーはネロの元に。

 

「あ?」

 

 対面していた黒いクー・フーリンが声を漏らし―――直後。

 周囲の全てを飲み込む爆炎がその場で噴き上がっていた。

 視界を覆うほどに燃え盛る炎を浴びながら、彼は小さく舌打ちする。

 

「ルーンか。太陽神の血と肉を燃やせば、まあこんくらいにはなるだろうさ」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 彼は呆れるように地獄の業火を失笑した。

 

「おう、こちとら最期の花火だ。盛大に浴びていけ」

 

 声に反応して振り向けば、右半身がまるまる削ぎ落された死体がそこにいた。

 左手には未だ槍を握り、その顔はまだ好戦的な色を浮かべている。

 

「時間稼ぎのためのルーン魔術か、惨めだな。そんなもんに血と魔力を割かなきゃ、サーヴァントの一人か二人は槍で道連れにできただろうに」

 

「はっ……んなことしてどうするよ。オレは生憎、今はただの戦士じゃねぇ。

 未来を生きてる連中のための、ひとりのサーヴァントなんだよ。

 残念ながら……勝手に生きて、勝手に死んでなんてやってられねえのさ」

 

 笑いながらそう言い返し、彼は左腕だけで槍を構えた。

 

「ま、せっかくだからテメェの言う通り一騎くらい道連れに潰しとくか。

 ……しかしまあ、メイヴの操り人形たぁ、趣味の悪いオレだぜ」

 

 力など最早入っていないだろう。だが、それでも。

 朱槍を構え、彼は一息でアナザーオーズ……クー・フーリンの懐に潜り込んだ。

 振り上げられる朱色の閃光。それを前に―――

 

「“噛み砕く死牙の獣(クリード・コインヘン)”」

 

 その異形は、更なる怪物に変貌していた。

 太陽神の血を燃やした炎の照り返しの中で、黒とも紫と見える鎧がアナザーオーズを包み込む。

 

 ―――生きて、生きて、獣のように生き抜いて。

 そして最期は何も残さず“無”に死に果てる。“無”に還る。

 あらゆる余分は削ぎ落し、ただ―――最期が良き終末であるように。

 

 それは、生き残るためではなく死に果てるため、終焉に至るべく疾走するための獣の鎧。

 魔槍ゲイボルクの素材となった紅の海獣クリードの骨で形成する甲冑。

 “噛み砕く死牙の獣(クリード・コインヘン)”。

 

 そうして、アナザーオーズとクリードコインヘン。

 それら二つが同時に展開し、融合し、クー・フーリンは新たな姿に変わっていた。

 

〈プテラァ…!〉

 

 アナザーオーズの頭部から翼が展開し、一度はばたく。

 瞬時に、全てを“無”に還す紫の輝きが吹雪となって、周囲に大きく吹き荒れた。

 最期のルーン魔術によって展開された炎の渦も、氷に包まれ砕け散っていく。

 

 炎に巻かれていた他のサーヴァントたちがその光景を見て、クー・フーリンたちの方へと視線を向けた。

 真っ先にフェルグスが声を上げる。

 

「ははは、あの一瞬でよくもこれほど上手く離脱したものだ。

 甘く見ていたつもりはないんだがな。流石はお前のマスターたちということか、セタンタ」

 

 消火される前に、カルデアの者たちはクー・フーリン以外は彼を残し離脱していた。

 アタランテは己の足で。ジオウはバイクを展開し。ネロとモードレッドはメモリドロイドの介入直後に戦車に走り、その戦車は盾の宝具を展開しながら兵士どもを轢いて走り去った。

 もっとも、兵士は先ほどの大火で大半が吹き飛ばされていたが。

 

「……チッ、あの炎でもひとりも殺せなかったか」

 

 炎と一緒に吹雪を受け、凍り付いたクー・フーリン。

 微かに動く首だけを巡らせ、彼はそう毒づいた。

 

「おや、心にもないことを。

 如何に彼のクー・フーリンのルーン魔術とはいえ、あの程度でケルトの勇士は討ち取れまい」

 

 肩を竦めるフィン。彼の後ろに控えたディルムッドは、無言で目を瞑っていた。

 

「勿体ないわね。せっかくクーちゃんが二人に増えたのに、ひとりは殺さなきゃならないなんて。

 普通のクーちゃんと、私のクーちゃん。二人揃ってればもっと……」

 

 メイヴの放つ声には、本気で口惜しいという感情が滲み出る。

 どうでもよさそうに聞いていた黒いクー・フーリンが、氷漬けの敵に向かって手を伸ばす。

 伸ばされる手を見返して、彼は最期に小さく、しかし凄絶に笑う。

 

「自分のことだ、大まかには検討がつく。だからひとつ、言い残しておいてやる。

 オレはそこそこ仕えていて楽しい王様を見つけたんでな。

 ―――テメェのそのやり方は論外だ。うちの王様にゃ勝てねえよ」

 

〈トリケラァ…!〉

 

 無数の棘がアナザーオーズから突き出し、クー・フーリンに突き刺さる。

 一瞬のうちに完全な氷像へと変わる彼。

 

〈ティラノォ…!〉

 

 それを、彼の腰から生えている巨大な尾があっさりと粉砕した。

 砕け散った氷片を踏み躙りながら、彼は歩き出す。

 アナザーライダー化と宝具、双方を解除して向かう方向はカルデアが逃亡した方向―――

 ではない。

 

 目と鼻の先にある彼らの本拠地、ワシントンの居城だ。

 

「―――追わなくてよろしいのですか。

 アメリカ軍やレジスタンスと合流される恐れがありますが」

 

 白衣のアーチャーが地上に降り立ち、黒いクー・フーリンに問いかける。

 彼はどうでもよさそうな表情で振り返り、メイヴに視線を向けた。

 

「だとよ。どうする」

 

「うーん、クーちゃんはどうしたいの?」

 

「戦場で会ったら殺す。誰が相手でもそれだけだ」

 

「戦場以外で会ったら?」

 

 何を馬鹿な事を、とメイヴの問いかけを鼻で笑うクー・フーリン。

 彼は当たり前のように、ただ事実だけを告げる。

 

「ハ―――戦うだけの王が俺だ。なら、俺がいる場所は全部戦場だろ」

 

 

 




 
福袋はキアラでした。
ゼパって行くぜ! 理性の鎖を解き放て!

型月的には恐らく幻想種担当だろう紫のメダルさん。
 

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