Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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Over Quartzerのソフト発売が迫り平成が帰ってくるので初投稿です。
 


逃避と弱さと選んだ道先1783

 

 

 

「うーん、多分逃げ切れたのかな?」

 

 空を飛び、炎の矢を放つ弓兵がいるとなれば戦車を空に走らせることもできない。

 地上を疾走し続けある程度距離を離した時点で彼らは停止していた。

 木々の生い茂る場所に身を隠しながら、ジオウはジャンヌの方を見る。

 

「……少なくとも、現時点でサーヴァントの気配はありません」

 

 感覚を常より張り詰めて、周囲を感知を巡らせる彼女の姿。

 そんなジャンヌの後ろで戦車を引っ込めたブーディカがオルガマリーの背を撫でていた。

 

「……失敗したわ。わたしの、失敗よ」

 

 相当な精神的な負荷だったのだろう。指揮を執る立場だ、という自覚はあるのに動けない。

 そしてその動けないという事実が猶更に彼女を追い詰める。

 

「気にするべきじゃないよ。

 サーヴァントは、そうやってマスターを守るために戦って死ぬものさ。むしろ宝具を使いながら危険に晒したあたしの問題だよ、今回は」

 

 そんな彼女たちの様子を窺いながら、ツクヨミがソウゴに顔を向ける。

 

「……もっと距離を取るべきじゃない?」

 

「うーん、そうなんだけど。もうちょっと待ってて」

 

 そう言ってジオウは木々の間から荒野を眺めている。

 怪訝そうな顔でその背中を見つめるツクヨミ。

 

 その状況を変えるべく、立香が何かを口にしようとして―――

 血に塗れたモードレッドの姿を見た。

 そしてふと、いつかの戦いで見た彼女の魔術を思い起こした。

 

「モードレッド、その傷は大丈夫?」

 

「あ? まあ、な。戦闘に支障が出るほどじゃねえよ」

 

 乾いた血を払いながら軽く言い返すモードレッド。

 そんな彼女に対して、大声で立香は言い放った。

 

「駄目だよ! 少しでもダメージがあったら支障が出るのが当たり前だって!」

 

「……まあ、否定はしねえけどよ。だから何だって……」

 

 その言葉を聞いて、はっとした様子で目を見開くマシュ。

 そんな彼女は頭を抱えているオルガマリーに対して声をかけていた。

 

「申し訳ありません、所長。モードレッドさんの治療をお願いできないでしょうか?

 マスターやソウゴさん、ツクヨミさんでは治療魔術は使えませんので……」

 

 そういうことかよ、と呆れた顔を見せるモードレッド。

 しかし何を言うこともせず、ただ彼女はオルガマリーの対応を見守る。

 

 立香とマシュ、その二人から声を向けられた彼女は顔を顰め、頭を抱えながらも立ち上がった。

 

「―――分かってるわよ。こんな、ところで、蹲っている暇なんかないわ」

 

 そう言いながらモードレッドの治療に入るオルガマリー。

 

 そんな彼女たちを背にしながら、ソウゴはまだ荒野の方を眺めている。

 狩人としての目で周囲を窺っていたアタランテが、そうしているソウゴに声をかけた。

 

「……汝は何を待っているのだ。何か来るのか?」

 

「うん。もう少しだと思うんだけど……あ、来た」

 

 そう言った彼の顔が向いている先から、何か球体らしきものが転がってくる。

 それは勢いよく木々の中に突っ込んできて、木に激突して弾き返された。

 

〈スイカアームズ! コダマ!〉

 

 同時に転がるためのエネルギー球を消し、それは手足を生やしたウォッチに変形する。

 ぴょんぴょんと跳ねるコダマが、彼らの中心へと飛び込んでいく。

 

「―――ソウゴさんのウォッチ、ですか。これを待っていたんですね」

 

 得心がいったというようにマシュが頷き、コダマの手前でしゃがみ込む。

 彼女が差し出した手のひらに乗り込むコダマスイカが頭を上げ、マシュの頭の上に乗っているフォウと顔を合わせた。じい、と互いに眺め合う小動物とウォッチ。

 

「ふむ。それで、わざわざ引き上げるのを遅らせてきたということは……」

 

「どう?」

 

 つまりはそうしたい理由があったのだろうと、ネロが片目を瞑る。

 コダマに何ができるかなどネロは知らないが、少なくともある程度の予想は立つ。

 

 それが果たせたかどうかを訊くために、ソウゴはマシュの手の中に納まったコダマへと視線を送っていた。振り向いて全身を使って頭を縦に振るコダマ。

 その頭部。赤いバイザーのような目が輝いて、空中に映像を映し出す。

 

 そこに映し出されていたのは、クー・フーリンが黒いクー・フーリン……アナザーオーズに殺害されるまさにその瞬間の映像だ。

 アナザーオーズは黒か紫か、新たな姿に変貌して彼にトドメを刺していた。

 

 殺される瞬間を見て、息を呑む立香やマシュ、そしてオルガマリー。

 ―――そんな彼女たちを背に、ジオウの仮面で顔を隠しながらソウゴは呟いた。

 

「―――うーん。今の俺たちじゃ多分、勝てない。

 オーズの力もそうだけど、やっぱ戦力が足りないよね。どうしよっか」

 

「どうしよっか、って。アンタ……」

 

「どうもしない、なんてできないでしょ。ランサーが繋いでくれたんだから。

 俺たちもきっちりこの特異点に勝って、未来に繋げないと」

 

 いつもと変わらない調子の声で、彼はそう言った。

 ドライバーを取り外し、変身を解除してから再びコダマの持ち帰った映像を眺めるソウゴ。

 

 そこに映っているのは黒いクー・フーリン、女王メイヴ、フェルグス、フィン、ディルムッド。

 そして白衣に身を包んだ黒い肌のアーチャー。

 

 誰もが一線級のサーヴァントであり、同時にクー・フーリンはアナザーオーズ。

 つまり彼の相手は間違いなくソウゴ、ジオウになるだろう。

 残るサーヴァントたちは誰がどうやって相手をするか、だが……

 

 小さく息を吐いたブーディカが、その映像を見上げながら口を開く。

 

「こっちも戦力を増やすか、あるいは各個撃破で削っていくか……

 多分、この時代にも今までみたいにカウンターとして呼ばれたサーヴァントはいるだろう?

 探す方法がジャンヌの感知頼りであたしの戦車を走らせるくらいしかないけど」

 

「……まあ、よほど特級のサーヴァントが並ばない限り、正面突破は難しいであろう。

 それ以外の英霊を侮るわけではないが、他はまだしも黒いクー・フーリンめとアーチャー。あの二人ばかりは明らかに隔絶しているように見えた。

 こちらの現戦力では、あの二人だけでも少し手に余ると思うぞ」

 

 正直な所感を語るネロに、治療を終えたモードレッドが盛大に舌打ちする。

 ガラの悪い反応を見せる彼女を横目に、木にもたれかかったアタランテも頷いてみせた。

 

「アーチャーは手加減をしていた、というわけではなかろうが……

 明らかに気は入っていなかった。恐らく全力はあの程度ではあるまい。

 性質から言っても奴だけはケルトの勇士ではないだろうが、神話よりの英雄には違いない。

 恐らくは……インドだろうな」

 

 誰かを思い浮かべているのか、そうやって国の名まで口にするアタランテ。

 

「インド神話に近いサーヴァント、ですか」

 

「ああ。確信があるわけではないが、そう間違ってもないと思う。

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 アタランテの口からインド神話に関する相手、と語られるのが不思議で首を傾げたマシュ。

 そんな彼女に苦笑しつつ、理由を口にするアタランテ。

 

「……ま、そいつはいいとして。どうする気だよ、方針は」

 

 アタランテを見て、ジャンヌを見て、軽く肩を竦めたモードレッドが問いかける。

 不思議そうに軽く小首を傾げるジャンヌと、ついでにネロ。

 問われたソウゴがそのまま視線をオルガマリーに向けた。

 

「だって、所長」

 

「……あんた、今わたしはこんな失敗を……」

 

 唖然としながら口を軽くぱくぱくと開け閉めして、オルガマリーが掠れた声を出す。

 そんな様子を見ながらも、ソウゴに気にした様子はない。

 

「所長だけの失敗ってわけじゃないと思うけど……でもどっちにしろそれ、ランサーが何とかしてくれたじゃん。

 所長は俺たちを信じてやり方を決めて、俺たちは所長を信じて決めたことをやり遂げる。俺たちの戦いって、そういうことでしょ?」

 

 言われながらぎゅう、と拳を握り締めるオルガマリー。

 どう口を挟むべきかとジャンヌが渋い顔をしてソウゴを見据え―――

 その前に、ソウゴとオルガマリーの間にツクヨミが割り込んだ。

 

「そんな話じゃないでしょう?

 ソウゴ、あなたはランサーさんが死んだことをどう思ってるの?」

 

「―――ランサーが命を懸けて繋げてくれた。だったら、俺がやるべきことはひとつでしょ?」

 

「そんな話をしてるんじゃないって言ってるでしょ!!」

 

「ストップ! ストップ!」

 

 ソウゴに掴みかかろうとするツクヨミ。そんな彼女を後ろから止める立香。

 呆れながらそのやり取りを見ていたモードレッドが溜め息ひとつ。

 肩を回しながら立ち上がる。

 

「あーあー面倒くせぇ、マスターも落ち着けよ」

 

 そのまま歩み寄り、ツクヨミの肩に手をかける。

 モードレッドのその態度にツクヨミも足を止めた。

 

「モードレッド……」

 

 モードレッドが首を捻り、彼女の肩を抑え込みながらソウゴに視線を向ける。

 

「ソウゴ、テメェもだぜ。野郎が命を懸けて守ってくれたから、絶対に未来を救わなきゃ? バーカ、オレたちがそんな殊勝な存在かよ。

 あいつがさっさとお前のために命を懸けたのはな、世界を救うためでも、お前がマスターだからでもねぇ。お前のことをそれなりに気に入ってたからだろ」

 

 ぴくり、と。彼女の言葉にソウゴが肩を揺らす。

 

「あいつに気に入られた理由が分からんお前じゃねえだろ。

 さっさと反省会を済ませて、次に何をするか決めろ。あのケルトどもにやられっぱなしじゃ、オレが気に入らねえんだよ」

 

 ツクヨミの肩を放し、再び離れた位置に戻っていく。

 そんな彼女が木に背を預け―――そのすぐそばに、ニコニコ顔のブーディカが寄ってきた。

 むすっとしながらブーディカへ視線を向けるモードレッド。

 

「なんだよ」

 

「ううん? うんうん、何でもない何でもない」

 

 何でもないと言いつつ彼女の頭を撫でるブーディカ。

 彼女は振り払うこともできず、口元を引き攣らせながら受け入れるしかない。

 

「……うむ、モードレッドの言うことはもっとも。ランサーの奴めも、今のこの光景を見たら呆れて溜め息を吐くであろう。

 悲しむなと言わぬ。だが、囚われすぎるな……と、言いたいがもし余が果てることとなったらもっと悲しんで欲しい。死んだというのに悲しまれぬのでは余は寂しい」

 

「どっちだ……」

 

 軽く笑い話に変えよう、という配慮だろうか。それとも本音か。

 ネロの言葉を聞いて、アタランテが呆れたように肩を竦め―――

 即座に、跳ね上がって体勢を変えた。

 

 一気に緊張する場。

 そこに響いてくるのは、ぱちぱちと手を叩く音。

 木の陰からゆっくりと歩み出てくるのは、白いコートの男。

 

「白ウォズ……」

 

「やあ、魔王。面白い青春劇だったよ。

 これ以上見ていられないから、さっさと顔を出させてもらったけれどね」

 

 拍手を止めた彼が脇に挟んでいたノートを手に取る。

 衣装こそ違えど間違いなくウォズであるその彼の登場に、ツクヨミが驚愕の表情を浮かべた。

 

「ウォズ……!?」

 

「やあ、ツクヨミくん。残念ながら我が救世主は一緒じゃないようだが……

 ま、いいさ。どちらにせよ、私の使命を果たすのに今は彼の力は必要ない」

 

「救、世主……?」

 

 モードレッドが兜を装備し、その手にクラレントを呼び出す。炎とともに剣を手に現したネロも彼女に並び立ち、雷と炎がその場に小さく渦巻いた。同時に盾を構えたマシュとブーディカが前に出て、ジャンヌが旗を手に立香とオルガマリーの傍につく。

 その対応を見て普段のウォズと違い敵だと理解したのだろう。ツクヨミもファイズフォンXをその手に握る。

 

「それで。何しに来たの、白ウォズは」

 

「別段何かをしにきた、というわけではないのだがね。

 そうだね。あえて理由をつけるというのなら、そちらにツクヨミくんが合流したらしいから挨拶をしにきた……ということでどうだい?」

 

 とぼけるような態度でそう言い返してくる白ウォズ。

 それを見て目を細めるソウゴ。

 

「ふーん。じゃあ、もしかしていま暇なんだ?

 実は俺たち、丁度手が空いてる戦力を探してたんだけど……」

 

「ソウゴさん!?」

 

 彼が白ウォズに向けた言葉に悲鳴に近い声を上げるマシュ。

 ジャンヌの後ろで立香がそんな彼の背を見た。

 

「私を仲間に引き込もうと? いいのかい、そんな―――」

 

「今カルデアと通信できないのも。いきなり相手の本拠地に投げ出されたのも。

 実は白ウォズの仕業なんでしょ?」

 

 ギシリ、と空気が歪むほどの緊張感。

 

 表情を消した白ウォズが未来ノートを広げ、彼らの前に見せつける。

 書かれた文面は【カルデアからレイシフトした面々。彼らはカルデアと通信もできぬままにワシントン付近に投げ出され、アナザーオーズ一派と会敵する】

 

 そんなものを見せつけられ、一気にそれが爆発する―――

 

「ランサーなら戦場ならそういうこともあるだろうさって気にしないと思うんだよね」

 

 前に。ソウゴは笑みさえ浮かべながらそう口にした。

 

「だから俺も気にしない。それで、答えは? 白ウォズ、俺たちに協力してみない?」

 

 ソウゴの言葉を向けられた白ウォズがぱたり、とノートをたたむ。

 そして肩を竦めながら嘲笑混じりに口にする。

 

「ふっ―――やれやれ、君のために命を懸けたサーヴァントも報われない」

 

「そう? でも、こんな俺をマスターに選んでくれたってことはそういうことでしょ?

 だから俺はこんな俺のまま……最高最善の魔王になるから」

 

 白ウォズの言葉にいっそう笑みを深くしながら言い返すソウゴ。

 少しだけ無表情を崩した彼は、そのまま視線をツクヨミに向けた。

 

「…………ツクヨミくん、どうだい? これが彼の本性だ。

 君さえ良ければ、我が救世主とともに未来のため、私の方についてみるというのは」

 

 軽く笑いながらそう問いかける白ウォズ。

 睨むようにソウゴを見ていたツクヨミが、そちらに視線を向ける。

 

「……今まさに私たちを襲わせたって白状したあなたにつく理由なんてない。

 私は私の目で、ソウゴが選ぶ道を見極める」

 

「それは残念――――ッ!?」

 

 さほど残念そうでもなさそうに言った彼を襲う炎。

 咄嗟に回避した彼が、襲い掛かってきた炎の塊に目を向ける。

 それは展開してタカを模した形状に変形しているウォッチ―――

 

〈ファイアーホーク! 燃えタカ! タカ!〉

 

「タカウォッチロイドか……!」

 

 それへの対応をしようというのだろう。彼が未来ノートを持ち上げた、その瞬間。

 コダマがひょいと飛び出して、彼の足元まで迫っていた。

 

〈コダマシンガン!〉

 

 コダマのボディからスイカの種のようなエネルギー弾が無数に吐き出される。

 当たったところで大した威力ではないが、咄嗟に腕で顔を庇う白ウォズ。

 そんな彼の前に、炎と雷の二振りの剣が踏み込んでいた。

 

「ちっ……!」

 

 即座に彼と迫る二人のセイバーの間にレーザー砲が照射される。

 舌打ちしながら止まるモードレッド。その彼女の腕を掴み、ネロが大きく後ろに跳んだ。

 直後に上空から落下するように着地してくる白いタイムマジーン。

 

〈タイムマジーン!〉

 

 すぐそばに降りてきたその機体に手をかけ乗り込む白ウォズ。

 彼の姿がその中に消えると同時、タイムマジーンは飛行を開始し空に舞った。

 

「やれやれ、まあいいさ。ああそうだ、慰謝料代わりに教えておいてあげよう。

 彼らケルトの戦士に抵抗しているアメリカ軍の本拠地はデンバー。

 信じるか信じないかは、君たちに任せるよ」

 

 白ウォズの言葉を発しながらタイムマジーンが飛んでいく。

 そのまま機体は上空へと舞い上がり、空に開いた時空のトンネルの中へ消えていった。

 

 同時にタカウォッチロイドもまた、何処かへと飛び去って行く。

 何ら迷いのない撤退。そこで残していった言葉に、オルガマリーが困惑する。

 

「何なのよあいつ……!」

 

「今飛んで行ったの多分ケルトの人にも見えてただろうし、とりあえずここから離れよっか」

 

 ソウゴがライドストライカーのウォッチを取り出し、放り投げる。

 展開したバイクが地上に落ち、そのタイヤを弾ませた。

 それにまたがろうとしたソウゴの襟首を掴み、引き戻すモードレッド。

 

「なに?」

 

「それはオレに貸せ。お前は戦車の方乗っとけ」

 

 ぺいっ、とモードレッドに放り投げられるソウゴ。

 その後ろではブーディカが再び宝具を展開し、皆を乗り込ませていた。

 ので、彼もそちらに同乗する。

 

 戦車の発進と同時に、ライドストライカーに乗ったモードレッドとアタランテはすぐさま追走を開始する。そして一塊になって進みだした彼らが目指すのは―――

 

「それで所長、どうする? デンバーっていうとこ行く?」

 

 当たり前のようにそう問いかけてくるソウゴに、オルガマリーが頭を抱える。

 

「常磐アンタ……白い方のウォズに何でわざわざあんなこと言ったのよ?」

 

「だって実際、戦力は足りないでしょ。

 多分、白ウォズは特異点とかどうでもいいと思ってるだろうから、協力できないわけではないだろうなって思って」

 

「どうでもいいって……どっちにしろ、あいつは敵なんじゃないの?」

 

 オルガマリーの問いかけを継ぐように。

 ツクヨミがソウゴに対してそう問い詰めてくる。

 少しだけ不思議そうに、ソウゴはツクヨミへと答えを返した。

 

「うん。でもツクヨミだって、オーマジオウになるかもしれない俺を倒すことと、人理焼却を防ぐために戦うことは別に考えてるでしょ?

 白ウォズにとって一番大切なことと人理焼却が関係ないなら、ここでは一緒に戦えるんじゃない?」

 

「……それはそうかも、しれないけど」

 

 むすっとした表情を見せながらも、ツクヨミはそこで退く。

 

「ですが彼の言ったことが本当ならば……

 この特異点到着直後に襲われて、その、ランサーさんが……犠牲になったのも……

 彼の策略だった、ということなのでは……」

 

 マシュが遠慮がちに訊いてくるその言葉にも、ソウゴは態度を崩すことはない。

 

「うん、でも―――俺が目指してるのはこういう王様だってランサーは知ってたし。

 じゃあ、俺がランサーの仇だって白ウォズと戦うのも違うかなって。

 あ、でも所長には謝らなきゃいけないかも。相談せずに勝手に白ウォズと手を組もうとしたこと。それで所長、どうする? デンバー行く? 俺は行ってもいいと思うけど」

 

 ―――問いかけられ、疲れたように額を押さえるオルガマリー。

 くらくらしている彼女を隣でジャンヌが支え、困ったようにしている。

 更にその隣で聞いていたネロが、ううむと首を傾げた。

 

「あの白い奴の言うことを信用できるのか? これも罠、ということが無いとは言えまい。

 ……まあ、奴らに抵抗している者たちがいるのは事実であろう。そうでもなければあの兵士たちに全てが蹂躙され、時代が燃え尽きているだろうからな。

 だが……それだけではあやつの言葉を信じるには少し足りぬ」

 

「……でも、信じられなくても何か動かなきゃいけない状況だね。

 私はどこかに身を潜めて、とりあえず通信が回復するまで待ってもいいと思う。

 白いウォズがいなくなったなら、通信も回復するかもしれないし」

 

 一瞬だけ視線をソウゴに向けた立香が、そのままオルガマリーに向き直る。

 その様子を見て、ツクヨミも同意するように頷いた。

 

「…………そう、ね。とりあえずはどこか、西側に向かいながら身を潜められるところを探しましょう。

 通信が回復しだい、召喚サークルを設置できそうな霊脈を探しつつデンバーなり、大陸西側を探るような形で行くわ」

 

 彼女が方針を示すと、全員が同意した。

 追手には見つからなかったのか、あるいは追手が差し向けられてすらいなかったのか。

 戦車による進軍は邪魔されることもなく順調に行われた。

 

 

 

 

『……まさか、そんなことになっているとは。確かに不自然なほどに通信状態は悪かった、レイシフト直後で状態が安定していなかったことを考慮しても。

 ―――クー・フーリンの離脱は痛い。けれど、特異点の修復さえ叶えば君たちの帰還後、再召喚することもできるだろう。現在のカルデアにおいて、再召喚されたサーヴァントの記憶の連続性は証明されている。

 マリー。君に何か悔やむことがあるのなら、それが叶った時でも遅くないだろう?』

 

 夜まで走り抜け、そしてやはり木々の中に身を潜めての休息。

 そんな中でようやく回復した通信でロマニと会話しながら、オルガマリーは溜め息を落とした。

 そのまま木々の合間から覗く夜空を見上げ、ぼんやりと呟く。

 

「……悔やむ、なのかしらね。どちらかというと……恐れているだけじゃない。

 わたしのせいで失敗することを」

 

『マリー』

 

「悔いて次のための反省をするならまだしも、失敗しないために決断しないんじゃ話にならないでしょう?」

 

 吐き捨てるように。

 苛立ちを堪え切れない、と彼女の口調は荒くなっていく。

 

『マリー、そこは……』

 

「ええ、分かってます。分かってますから……」

 

 止めようとするロマニの声を遮り、オルガマリーは木に背を預けながらそのまま座り込んだ。

 

『……マリー、君はこの旅を始めてから、魔術師としての精神、性能を低下したように思う。

 レフへの依存を脱却して、自分の足だけで立ち上がって。

 そこだけ見れば、むしろ自立した魔術師として完成に近づいたと言える。けれど……』

 

「黙りなさい、ロマニ。わたしはカウンセリングを受けているわけでは―――」

 

『魔術師ではない友人を得て、かな。

 あるいはアニムスフィアの名が通じない無礼者と関わって、とか?』

 

 虚空に浮かんだロマニの姿をギロリと睨みつけるオルガマリー。

 ただそんな風に睨まれてなお、彼の口は止まらない。

 

『魔術師としては欠陥だろう。けれど―――きっとそれは、人として喜ばしいことだ。

 人非人がごく普通の人間を友に得て、やがて普通になっていく。

 それを成ると称すか、堕すと称すかは人によるだろうけれど……ロマンのある話だと思うよ』

 

「……何がロマンよ」

 

『ははは、伊達にDr.ロマンと呼ばれてない。実はボク、結構そういう話が好きなんだ』

 

「あなたの好みなんて知らないわよ」

 

 俯ききってしまった彼女の前で、しかしロマニは語り続ける。

 

『君は元から人が善い。けれど、それはそれとして魔術師として常識もあった。

 切り捨てるところは切り捨てられる人間だった―――けど、今の立場だと切り捨てる相手が相手だ。本来なら切り捨てる判断の外にいる相手でしかない。

 場合によっては立香ちゃんやソウゴくん、マシュに死ねと言わなければいけない立場。彼女らは言うだろう、所長の判断に命を懸ける、と。怖い、以上に嫌だと思う。ボクやレオナルドのせいにして君の心が軽くなるなら、それでもいい。

 ―――けれど、君はそれができないんだろう?』

 

「……カウンセリングは求めてない、って言ってるでしょう」

 

『ランサーの死を次の戦いへの意欲にさえ変えているソウゴくんに君の心は追いつけない。

 でも、君はそれでいいんだと思う。そこで怖がる君だからこそ、ソウゴくんも世界を救う旅路のリーダーとして信じられるんだと思う』

 

「……なによ、それ」

 

 言うべきか言わざるべきか、と。小さく悩むように苦笑するロマニ。

 

『―――ほら。ソウゴくんはもちろん、立香ちゃんもマシュも結構強いから。

 人間的に一番弱いのは所長というか……』

 

「……帰ったら覚えてなさいよ」

 

『……でも。そんな皆に、最初に戦う決意を固めさせたのは君の声なんだ、オルガマリー。

 他の誰でもない、救いを求める君の声。世界を救ってくれという慟哭こそが、彼と彼女たちに戦い抜く覚悟を決めさせた。それは何ら恥じるものじゃない。

 人理が焼け落ち、誰の声も届かなくなった世界で―――()()()()()()。その声を与えてくれた君こそが……そうだね、()()()()()()()()彼らにとって、何よりも救いになったに違いないと思う。いま戦ってくれている彼らにとって……マリー、君の弱さは誇るべきものなんだ。人として、きっとね』

 

 苦笑しているような声のまま、ロマニはそこまで言い切った。

 彼はそこで話題をあっさりと打ち切る。

 

 手元のコンソールを叩き始めると、オルガマリーの前には周辺の位置情報が浮かび上がった。

 

『霊脈の情報はまだ流石に分からない。大陸を走っていれば察知できるとは思うけれど、霊脈が補給線としてケルトに押さえられているケースもありえる。見つけても現場に向かって簡単に召喚サークルを設置、とは行かないかもしれない。

 デンバーは割と近くだ。明日の朝出発すれば、昼を待たず到着できるだろう。ボクとしては……デンバーに行くべきだと思う。霊脈が確保できないなら、こちらから転送するはずだったマスター組の食糧や水なんかの確保も問題になってくる。

 それがどういう組織であれ、人間の集まる場所には行かなければならない』

 

「………そうね」

 

 俯いていた顔を上げ、その地図情報へと視線を送るオルガマリー。

 そんな彼女の前で、苦笑しながら問いかけるDr.ロマン。

 

『―――少しは楽になった、と思ってくれれば嬉しい。

 どうかな、オルガマリー所長?』

 

「……そうね、これ以上ないくらい最悪な気分だったわ。

 二度とこんな目にあわされないようにやる気を出さなきゃ、と思うくらいには」

 

『はは、手厳しい―――うん、その調子ならきっと大丈夫さ。

 休むのに邪魔だろう、通信は待機状態にしておくよ。朝まではゆっくり休むといい』

 

 ロマニの姿が消え、同時に地図の映像もまた消えた。

 再び顔を上げて木々の合間から空を見上げる。

 

 彼の言葉は否定も肯定もすまい。認めてしまった上で判断を鈍らせない、と言えるほど彼女は自分を信じていないし、何より―――

 

「厳しい顔をしているな、マスター」

 

「アーチャー……どうしたの、何かあったかしら?」

 

「何かあったらマスターだけでなく全員叩き起こしているよ」

 

 ひょい、と。オルガマリーのすぐ傍の木の上に立つアタランテ。

 そんな彼女が周囲に視線を巡らせながら、声をかけてくる。

 

「―――そう難しく考えなくていい。汝の悩みは正当なものだ。

 上に立つ人間として、下に続く者たちの命の責任を取り切れないと感じるのはな。

 個人としてそれができてしまうのは、ジャンヌ・ダルクのような破綻者だけだ」

 

「言うわね、アーチャー……」

 

 呆れたように枝の上に座るアタランテを見上げる。

 彼女は諭すように、声だけをオルガマリーに向けてきた。

 

「だからいいんだ。英雄でなくていい。

 汝らはもう、英雄など要らない時代に生きている者たちなのだから。

 英雄でなければ救えないなら、それはそうなった世界が間違っていることになってしまう」

 

「……そうね。わたしや、藤丸はそうなんでしょうね。

 英雄なんかじゃなくてもいいんでしょう。けれど……」

 

 じゃあ、英雄と呼ばれるだろう道をひとり選んでいる彼を。

 あるいはそれに同道してみせると意気込んでいるだろう彼女を。

 自分はひとり後ろから見ているだけ、というのは自分で自分が許せるのかという話で。

 けれど、自分に何ができるかという話でもあって―――

 

「……ごめんなさい、情けないマスターね」

 

「そう卑下してくれるな。前の特異点ではむしろこちらが情けないところを見せた。

 ただ、その身で言わせてもらうのならば―――あれでいいんだ、マスター。

 やってみせると言った誰かを信じることへの恐怖も、疑念も、逡巡も、消せなくていい。

 ただ信じると口にした自分を貫きたいと葛藤し続けていた汝は、誰よりもマスターとして、彼らの主導者として、相応しかったと私は思う」

 

 小さく笑みの混じった声で、優しくそう語るアタランテ。

 

「……そう、かしら」

 

 小さく呟くオルガマリーに、彼女は悪戯な響きを混ぜた声で返す。

 

「疑問に思うなら直接立香やソウゴに訊くか?」

 

「絶対に嫌よ」

 

 くすくすと笑い声を漏らすアタランテを一度睨み、その後に彼女は頭を抱え込んだ。強引にでも休んでやるというその姿勢に軽く微笑んで、アタランテは周囲の警戒に注力することとした。

 

 

 


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