Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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オルレアン1431

 

 

 

 目を開けばそこは見渡す限りの草原であった。

 気が滅入る光景ばかり見てきた旅路の中でこれは、心の清涼剤にすら感じる。

 

 立香。マシュ。ソウゴ。ランサー。

 すぐに全員が無事でレイシフトを終えた事が確認できた。

 

「前回は事故による転移でしたが、今回はコフィンによる正常かつ安全性を保証された転移です。

 おそらく大丈夫でしょうが、身体状況に問題がある方はいませんか?」

「フィーウ! フォーウ、フォーウ!」

 

 周りを見回しながら確認するマシュの声。

 それに真っ先に返答するのは飛び跳ねる白い生き物。

 いつの間にかついてきていたフォウさんのエントリーであった。

 あるわけないぜ、とかそんなことを言っている感じな気がする。

 

「フォウさん!? また付いてきてしまったのですか!?」

「フォーウ……ンキュ、キャーウ……」

 

 少し怒っているようにも聞こえるマシュの声色。

 フォウはそれを聞いて長い耳をびくりと揺らし、尻尾をへたりと下に落とした。

 

「フォウもレイシフトできるんだね」

「……そのようです。恐らくは先輩かわたしのコフィンに忍び込んだのでしょう。ですが、フォウさんも無事なようで何よりです。

 ソウゴさんとランサーさんもご無事でしょうか……どうかしましたか?」

 

 落ち込んだフォウを撫でつつマシュが振り返る。

 すると、ソウゴとランサーは二人とも空を見上げていた。

 

 彼女からすれば二人揃って珍しく、険しい顔をしているように見える。

 

「いや、あの空なんだけどさ」

「何が……え?」

 

 ソウゴが指差す空の先。

 そちらへ目をやった立香とマシュも、そこに広がっている光景を見て停止した。

 

 丁度そんな中、映像も音声も荒いながら成立するカルデアとの通信。

 ノイズ混じりの通信画面の中、すぐに顔を見せるDr.ロマン。

 

『よし、なんとか回線が繋がった!

 ―――ってどうしたんだい、みんなして? そろって空を見上げちゃったりして』

「……ドクター、映像を送ります。あれは、いったい何ですか?」

 

 彼女たちの目の前に広がる光景。

 特異点に来訪した四人を迎えた異常なもの。

 それを前にしてマシュが、呆然とロマニに問いかけた。

 

 ―――それは、天に架かる光の帯であった。

 

 空を真っ二つにするように横断する光。

 特異点という異常な世界の中、そこでなお異常そのものと見える極めつけ。

 ここに訪れた彼女たちの目的はこの世界の異常の解決。

 だが空を両断するこんな異常をどうにかしろと言われても、どうすればいいか分からない。

 

『これは、光の輪……? いや、衛星軌道上に何らかの魔術式を展開している? ……とにかく、正体がなんであったとしてもこれは尋常じゃない大きさだ。下手をすると北米大陸と同サイズ、くらいはあるかもしれない。

 ―――言うまでも無いけれど、1431年にこんな現象が起きた、なんて記録はない。間違いなく今回の件に関わっているだろう。とりあえずこちらで解析を開始する。

 キミたちは現地の調査に専念してくれ。まずは霊脈を捜索し、ベースキャンプの設営だ』

 

 通信の向こう、カルデアが俄かに騒がしくなった。通信の状況が悪いのもあるだろうが、着いたばかりで平穏なこちらより、あの天に架かる光帯が重要だという考えであろう。

 

「とりあえず、ドクターの指示通り活動を開始しましょう。周辺の探索、現地民との接触、召喚サークルの設置……ひとつずつやるべき事を消化していきましょうね」

「まずは歩き回ってみるしかないもんね!」

 

 よし! と疲れた体に活を入れ直し、立香が声を上げた。

 歩き回る、という言葉でふとソウゴは自分の装備の中にバイクがあったと思い出す。

 懐からバイクのウォッチを取り出して、彼は皆の前にそれを出した。

 

「そういえば俺、バイク持ってた。これ使う?」

「やめとけ、マスター。そんなもんに乗ってたら現地民と会話どころの話じゃなくなるぞ。まして敵さんが何なのかも分からんうちからこっちの装備の情報をくれてやる理由はねえ。緊急時以外はしまっとけ。ああ、あとマスター自身の戦闘も基本的にナシだ。せめて敵が分かるまではな。

 こういう状況で、自分たちはこの時代で明らかに異質な存在です、なんて喧伝する必要はどこにもないって話さ」

「そっか」

 

 ここにきてランサーが注意点を述べてくれた。ランサーって結構面倒見いいな、なんて思いながら、彼はライドストライカーをポケットにしまう。

 次に彼は立香とマシュにも視線を送り、言葉を続けた。

 

「まずは足で探索。何か見つけたらオレが霊体化してそれを偵察。

 ここの時代の状況は詳しくねえが、休戦直後だってんなら兵士には一応気を付けとけ。というかなるべく接触すんな、もし必要ならオレがやる。服装は……まあオレ含めてどうしようもねえが、そこらでボロ布を調達できたら頭から被っとけ。

 後はまあ、流れで何とかなんだろ。ここまででなんか質問は?」

「ありません!」

「あ、ありません!」

「フォーウ!」

 

 完全に彼が行動方針を決める隊長と化していた。

 ランサーからの指示を受け、元気よく返事するソウゴと立香。

 それに続いて自分も、と元気よく返事をするマシュ。

 じゃあ自分も、とばかりに完全に便乗するフォウ。

 

「よし、いい返事だ。じゃあまずは足を動かすとしますかね」

「フォフォーウ!」

 

 そう言ってニヤリと笑ったランサーがとても頼もしく見える。

 ついでにマラソンは任せておけ、と言わんばかりにフォウの咆哮が轟いたのであった。

 多分、獣らしく相当に走り慣れているのだろう。

 

 

 

 

 

「先輩、止まって下さい。この先にフランス軍の斥候部隊と思しき集団を発見しました。

 ここは作戦をフェーズ2に移行する場面では?」

 

 キリッ、とマシュが変な事を言いだした。

 多分ランサーによる霊体化を使用した偵察の事だろう。

 マシュは意外とノリ易い。彼女のプロフィールを更新しておこう。

 

「フォウフォウ」

 

 フォウさんもそれな、と言っている気がする。

 

「ああ。じゃあ、ちと行ってくるとするかね。マスターたちは木陰にでも隠れてな」

 

 そう言ってランサーの姿がすう、と薄くなって消えた。

 霊体化現象である。

 

 彼らサーヴァントは元々幽霊、霊体だ。肉体は全て魔力で構成されているものである。故に実体化に使用している魔力を最低限まで減らすことで肉体を消失させ、霊体のみになる事が可能なのだ。そして霊体となったからには、彼らは魔術の絡まない通常の手段では感知されなくなる。

 

 見えないが動き出したランサーの足音が一度だけ聞こえて、すぐに聞こえなくなった。

 

 偵察を彼に任せ、言われた通りに近くの木陰に入り込む。

 働いているランサーには申し訳ないが、ちょっとした休憩だ。

 

「……でも、ここはなんか前の所とは違って平和そうだよね。

 よく分からないけど、特異点っていうのはあんな燃えてる街ばっかりなんだと思ってた」

「うーん、でも逆にそうなると何が問題なのか、探すのが大変なのかも?」

 

 ぼんやりとした印象でしかないが、少なくともこの世界からは滅亡は感じない。

 一目見て終わった世界になってしまっていた冬木とは別物だ。

 

「はい。特異点における異常を察知することに関して難易度が上がった、とも言えます。

 ただ……その、私情で恐縮なのですが、わたしはこんな風に青い空を見るのは初めてで……少し、嬉しかったです」

 

 恥ずかしがり、少し俯くマシュの頭。

 そんな彼女の頭の上に立香の手が伸び、優しく撫で回す。

 彼女はより羞恥に顔を赤くして、体を縮こまらせた。

 

「あんな光の帯がなければ、もっとちゃんとした空が見れたのにね……うん。マシュ、いつかあれが消えた空を一緒に見よう!」

「―――はい。必ず」

 

 二人の様子を見ていたソウゴは小さく笑う。

 そして突如襲ってきた眠気に誘われるまま、目を瞑るのだった。

 

 

 

 

 

 ―――夢を見ている気がする。

 

 人の抱く希望と言う名の宝石を守るために戦う、一人の魔法使いの話。

 

 彼が魔法使いになったのは、人を犠牲に己の願いを叶えようとする悪い魔法使いのせいだった。悪い魔法使いは人々の体を打ち壊し、中から化け物を引きずり出すという、悪魔のような儀式を行っていた。彼もそれに巻き込まれてしまったのだ。

 

 けれど彼は、自分こそが死に行く自分たちの“最後の希望”なのだと両親に光を託されていた。だから自分の体を内側から食い破り、外に出ていこうとする化け物にも負けなかった。彼は自分と一緒にその地獄を生き残った少女とともに、人を襲う化け物たちと戦うことになる。

 一人、また一人と彼を支える人間は増え、やがて彼の周りには多くの仲間が集う。そんな中にいても、彼は軽い口振りと飄々とした態度を自分の上に張り付けて戦い抜く。

 

 誰かの希望であり続けるために。

 けして絶望に屈する事のないように。

 

 けれど、彼自身の希望でもあった最初の少女。彼女が失われるかもしれない、という恐怖と困惑。それが彼が被り続けていた、“最後の希望”という仮面に罅をいれた。

 

 

 

 

 

「ソウゴ、ソウゴ。ねえ、起きて」

「……ん、あれ。ゴメン、寝てた?」

 

 立香の手で揺すられる肩。くらくらする頭を自分で叩き、眠気を飛ばす。

 流石に寝る気はなかったはずだが、なんかあっさりと眠ってしまった。

 自分では意識していないが、こう見えて疲れがたまっていたりするんだろうか。

 

「仕方ありません。ソウゴさんも先輩も特異点Fの攻略、そして第一特異点へのレイシフト。

 これらはまだカルデア来訪から24時間も経っていない状況で実施しているのです。一度の休息を挟みましたが、それで疲労を回復するのは難しいかと。

 ベースキャンプ設営後、ドクターに休息期間の確保を陳情しましょう」

「……そんなこといったら、マシュだってセイバーと戦ってからまだ半日も経ってないんじゃない? 俺だけそんな弱音なんて言ってられないでしょ」

 

 自分の手でパン、と頬を張る。気合を入れなおして立ち上がるソウゴ。

 と、そんな彼に対して木々の隙間から今までいなかった者が声をかけた。

 

「彼女の言う通りだよ、我が魔王。

 まだ君は自分の力に慣れていないのだから、休息の時間は確保すべきだ」

「あれ、ウォズ?」

「あ、祝ってた人」

 

 マシュがすぐさま防衛態勢に入ろうとして―――悩む。

 彼は今のところ間違いなくソウゴの味方だ。が、ソウゴ以外に対してはどうなのかさっぱりなのが実情だ。少なくともこちらを害そうとした事は一度もない、のだが。

 問題は尋常じゃないくらい怪しいということだ。

 

 今も何やら怪しい態度を―――いや、頬を緩ませ喜んでる? なんで。

 

「その通り。我が魔王への祝福もまた、我が使命の一つだからね」

 

 自分のマスターに祝ってた人呼ばわりされて喜んでた―――本当にどういう人物なのかわからなくなってくる。どうすればいいのだ。

 

「で、今回は何の用なの、ウォズ。ただ遊びにきただけ?」

「まさか。君が今の君に必要な夢を見ているのだろうと感じて、すぐに馳せ参じたまでさ」

 

 自分しか知らない筈の自分の夢に対してのいきなりの言及。

 何が言いたいのか、とソウゴは首を傾げる。

 

「俺の夢? 確かになんか、よく分からないけど誰か……うーん。

 指輪をした魔法使いの夢を見てた気がするかも」

 

 ―――魔法使い。

 それは魔術師にとっては、易々と口にしてはいけない言葉だ。

 

 だが魔術師の世間の常識など持ち合わせていないソウゴからすれば、そんな事は関係ないだろう。あくまで彼の視点からすれば、それは魔法使い以外のなんでもなかったのだから。

 

 それを聞いたウォズは表情を緩め、喜色の溢れる声で語り始めた。

 

「ああ、それは確かに夢でしかありえない。

 何故ならば君が見たのは()()()()()()()()()()()()()()。人理焼却で既に焼失した、2012年に刻まれた歴史なのだから。

 ―――いや、本来は夢ですらありえない。普通ならば、既に世界から無くなったものを見る事などできはしない」

「仮面ライダー、ウィザード?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 確かに人類史は焼失した。だがウィザードの歴史は、君がその意思によって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ふふ―――あとはただ、それを拾い上げるだけだよ。我が魔王」

 

 彼は語るだけ語ると、自身の首に巻いたストールを翻した。

 そのストールはまるで蛇のようにのたうって、ウォズの全身を包み込んでしまう。

 竜巻じみた突風を起こす布が消えた時、そこにウォズの姿は残っていなかった

 

「……ウィザードの、歴史……?」

 

 呟くような言葉を落として、自分の手を見る。

 

 ジオウの力は史上最強。過去も未来も思いのまま。

 過去を約束し。未来を創出する。時の王者―――

 

「―――本当に消えてしまったようです。

 ……あの、ソウゴさん。彼はいったいどのような人物なのでしょうか。その、ソウゴさんを魔王と呼び、まるで自分の目的のために誘導してるようにも思えます」

「……うーん。って言っても、俺もウォズとはカルデアで会ったのが初めてだし」

 

 きょとん、と。マシュの表情が呆然としたものに変わる。

 

「そう、だったのですか? てっきり、お二人の様子からももっと長いお付き合いがあるのかと。ちなみに、ではソウゴさんが使用しているあのデバイスは……」

「携帯は多分、ウォズのじゃないかな。

 それ以外は―――きっと、元から俺のものだったんだと思う」

 

 それを体が憶えている、という言い方はおかしなものだ。

 知らないはずなのに知っているのだ。あれが自分のものであると。

 何故なのかというのはさっぱり判らないくせに、それだけは確信に至ってしまっている。

 

「おう、戻ったぜマスター。どうかしたか?」

 

 そう言いながら、頭上からランサーが降ってきた。

 木々の上を跳んできたのだろうか。

 落ち葉よりも軽やかに着地してみせる青い槍兵。

 

「いや、さっきまたウォズが出てきてさ」

「ウォズ? ……ああ。あの坊主が変わった時になにやら祝えだなんだ言ってた男か。さて、どういう仕組みなんだかな。

 まあ今はそんなことはどうでもいいさ。偵察の結果を報告させてもらうぜ」

 

 軽く肩を竦めてさっさとウォズの話を打ち切るランサー。

 その態度にマシュは驚いた様子で疑問の声をあげた。

 

「それでいいのでしょうか? 現状、彼に害されたわけではないとはいえ、彼の行動と能力には不審な点が多すぎて……」

「ほっとけほっとけ。あの手のヤツはこっちが気にしたってどうしようもねえ。

 こっちから積極的に敵対してでも排除したいほど邪魔になってないなら、最初から気にしないに限る。オレが見た限りじゃ、少なくともマスターにとっては味方だろうしよ」

 

 ランサーはそう言って手をひらひらと振ってみせる。

 その態度にはぁ、と困惑気味ながらもマシュは一応の納得をみせた。

 

「で、報告だ。ヤツらはこの先にある砦の斥候部隊だったみたいだな。

 少し周辺を探索してから、まるで襲われる事に怯えるみたいにさっさと引き揚げちまった」

 

「砦があるんだ……うーん、でも砦じゃ私たちは入れないよね」

 

 そんな軍隊っぽい場所の施設にいきなり行って入れるわけがない。

 ランサーに偵察を頼むことはできるが、流石に全ての欲しい情報を聞き耳を立てているだけでは拾えまい。マシュはその報告の内容に表情を難しくした。

 

「戦争自体は休戦状態にあるのに怯えるように、ですか。

 ……特異点化した結果、戦争が継続されている可能性があるのでしょうか」

「砦まで着いて行ったがそういう様子じゃねえな。

 ついでに言うと、あの兵士たちが偵察中、しきりに目をやってたのは()()()()だ」

 

 ぴっ、とランサーが指を上に立てた。

 それにつられて、皆の顔が上に向く。

 

「空、ですか? 敵軍の斥候などへの警戒ではなく?」

「戦闘機が飛んでくる空襲を警戒、とか?」

「ミサイルが飛んでくる場合があったりする?」

 

 立香が顔を上げたまま首を傾げ、ソウゴが腕を組んで思考する。

 現代兵器のエントリーに、マシュが流石にそれはとストップをかけた。

 

「先輩……この時代に流石にそれはないかと」

「―――ある意味、それが正解かもな。この時代にない兵器による強襲。

 聖杯の魔力がありゃ、空を飛ぶ魔獣なんぞいくらでも用意できる」

 

 だが、ランサーはソウゴたちに同意した。相手の手には聖杯がある。

 不可能とさえ思える現象を可能にする奇跡の杯。言ってしまえば相手のやれる事には際限がないも同然だ。その上でこちらは相手のやり方を見極めねばならない。

 

「魔獣、ですか。なるほど……」

 

 近代兵器よりは逆に現実味のある攻撃手段にマシュが首を縦に振った。

 そのようなことも出来るのが聖杯なのだ、と理解しておかねばならない。

 

「そんなのが相手じゃ、フランス軍の兵士たちじゃ太刀打ちできないって事だよね。

 ―――なら、俺たちがその人たちを守らないと」

 

 ソウゴのその言葉に同意する二人の少女。

 ランサーは肩を竦めると、進むべき方向に足を動かし始めた。

 

「なら、とりあえず砦の近場まで移動するか。砦の連中には既に生気も薄い。

 助けてやりながら姿を見せれば、少しはオレたちの怪しさを無視してくれんだろ」

 

 

 

 

 

 ランサーの案内に導かれ、身を隠すようにしながらも砦の方へと歩みを進める。だが砦がもうすぐだというところで、そちらから張り上げるような声が聞こえてきた。明らかに尋常な様子ではない調子。そして続いて響いてくる音は間違いなく―――戦闘音だった。

 

「―――砦の方から戦闘と思われる状況を感知しました!」

「急ごう!」

 

 四人の足が揃って速くなる。

 砦が十分に見渡せるような場所に出た彼らの視界にまず入ったのは、乱立する骸骨の集団。

 それと、その侵略者に剣を突きつける兵士たち。

 

「―――スケルトンを確認。空は飛びませんが、あれが砦を襲っていた敵性体と思われます!

 マスター、指示を!」

 

 マシュが武装を展開する。

 大盾を手に持ち、後はマスターの一声で戦場まで疾駆する準備ができている。

 

「うん! マシュはぷぇっ!?」

 

 大きく頷いて、早速そんな彼女に指令を飛ばそうとした立香。

 だがその声が終わる前に彼女は、ランサーに頭を掴まれ停止した。

 

「なにするのっ!?」

「落ち着け嬢ちゃん。あの程度、装備がしっかりしてる兵士ならどうとでもなる。

 あんな奴らより、オレたちの相手は―――」

「……あっち?」

 

 ランサーとソウゴの視線は目の前の砦ではなく、横合いの空の彼方へ向いている。

 空に浮かんでいるのは幾つかの黒点。

 それはまるで翼を羽搏かせるように影を動かして、徐々にこちらへと迫ってきていた。

 

 そんな状況で空中にザザ、と僅かにノイズが走った。

 通信状態は悪いながらも何とか繋がれるカルデアとの連絡。

 そうして真っ先に映るのは、焦燥を顔に浮かべたDr.ロマンに他ならない。

 

『よかった、なんとか繋がった……! 緊急事態だ、キミたちに向けて大型の生体反応が迫ってる! しかもサイズの割りに高速だ……!』

「こちらでも目視で確認できました……あれは」

 

 長く伸びた首。爬虫類を思わせる緑の鱗に包まれた体躯。

 四肢を持つ獣ならば前脚があるだろう場所に翼を持つ、幻想に語られる最強種の一角。

 空に舞う姿を見上げながら、マシュは強張った声でその種族の名を口にした。

 

「―――ワイバーンです……!」

「まずい、急ごう! あの人たちに辿り着く前に落とさないと!」

 

 ぐん、とランサーの体が大きく縮んだ。いや、体勢を落としたのだ。

 圧倒的な跳躍の前兆―――今の彼は手にした槍を弾頭とする弾丸。

 そして既に、彼という弾丸の標的は決まっている。

 

「マスターたちはマシュの嬢ちゃんと兵士どもと一緒にスケルトンどもを潰してな。現場に辿り着いたらまず声を上げてから戦い始めろ。オレたちは味方だぞ、一緒に戦う、ってな。

 で、あいつらは―――オレが落としに行く」

「うん。ランサー、頼んだ」

「おうさ」

 

 軽く笑い合って。次の瞬間―――バァン、と。

 大地が弾けるとともに、青き槍兵が戦場へと舞い上がった。

 

 舞い上がった体が重力に引かれ地面へと接触し―――

 その瞬間に再び大地が弾け飛ぶ。飛翔と跳躍を繰り返し、ランサーは数秒とかけず彼方に見えていたワイバーンを射程へと収める距離まで進行した。

 

「さて、どうすっかね……全部落として、現地人の方に怯えられちまうのも問題なんだがな。

 最悪、オレは霊体化していて顔を出さないのも一つの手か? せめて現地人にこいつらが見つかる前に、数を減らせてりゃ良かったんだがね」

 

 竜種の群れを前に軽く肩を竦める余裕を見せながら、顕現させた朱槍の穂先を軽く揺らす。

 空中にありながら器用に変えられる体勢。

 その動きによって彼は、獲物を目掛けて飛翔していたワイバーンの眼前に割り込んだ。

 

 突如現れたランサーにすぐさま竜の咆哮が叩き付けられる。

 それを何食わぬ顔で無視して、彼は手の中にある朱槍を横薙ぎに振るった。

 

 音も無く一閃。彼の目の前にいたワイバーン一頭の首がスパンと落ちた。

 途中で断たれて頭部が消えた首から噴出した血流が、風に巻かれて飛沫と散る。

 確かめるまでもなく致命傷。

 一瞬のうちに完全に活動を停止し、落下していく小竜の体ひとつ。

 

「ったく、こんなとこまで本当にランサーで呼ばれたオレの仕事かぁ?

 こんなんじゃ、あいつらの頭役ができる別のサーヴァントが必要だって話だぜ」

 

 落ちていく竜の体に足を下ろし、そのまま一緒に地上まで落ちていく。

 それが地上に落ちると同時に肉が潰れる音。

 裂けた皮膚から地面に、この竜の体に入っていた血液が一気に溢れ出した。

 

 今、首を斬り落とした時の鱗の手応え。そしてこうして地面に撒かれた血の魔力濃度。

 

 ―――竜種のはしくれに違いないだろうが、やはり幻獣のそれには程遠い。

 神獣、幻獣、魔獣とランク分けされる幻想種の能力。

 この程度のワイバーンならば、せいぜいが魔獣のそれだ。

 

 群れの中の一頭が殺された事により、一部のワイバーンたちの意識がランサーへと向かう。

 

 だがそれは群れのうち三頭だけだ。

 その集団、残る三頭はランサーを一瞥するだけで砦の方に向かっていく。

 それを見た彼が、掌でくるりと朱槍を一回転させ―――

 

「チッ、腹空かせて狙うのがサーヴァントの魔力より人間の肉か? そこまで現世に帰属してりゃ、もうテメェらなんぞはただの空飛ぶトカゲだって話だ。

 そら、よォッ―――――!」

 

 ―――投擲した。

 投げ放たれた魔槍は直進し、狙い過たず飛び去ろうとしたワイバーン一頭の背中に突き刺さる。背後から刺さり、そのまま首を突き抜けて脳天を穿ち、そこで止まる槍。死体と化したワイバーン、それは体内に魔槍を抱えたまま地面へと墜落し始めた。

 

 瞬間、無手となった彼に囲っていたワイバーンが襲いくる。

 三頭が同時に、彼が立つ同族の死骸ごと咬み砕かんばかりの勢いで迫り―――

 

「悪いが、お仲間の血を借りるぜ」

 

 ―――彼の周囲が爆裂した。ワイバーンがその口から悲鳴染みた咆哮をあげる。

 鱗を、肉を、衝撃で弾いて焼き焦がす爆炎。それこそは落下し潰れた、ワイバーンの血が燃える炎であった。薄いとはいえ曲りなりとも竜種の血液。魔術の触媒としてはなかなかのものではあると、ランサーは軽く首を回した。

 

「キャスターとして呼ばれて、記憶を保持したままランサーに……なんて経験は恐らく初めてだがな。なるほど、意外と感覚も変わるもんだ。()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()、程度には魔術に手を出す気になるときた」

 

 彼の指先が虚空をなぞりルーンの文字を描く。

 それに連動して大地に染み込んだ竜の血が、さながら火竜の息吹が如く火を噴いた。

 溢れ出す炎の波に巻き込まれ、焼かれたワイバーンたちがのた打ち回る。

 様子を見ていたランサーが肩を竦めその顔に浮かべるのは、僅かばかりバツが悪そうな表情。

 

「―――ランサーで悪かったな。

 お前らを一息に焼き尽くせるほどの炎は出せなかったらしい」

 

 

 

 

 

「くそ、来たぞ! ドラゴンが来たぞ! 迎え撃てぇ! 喰われたくなきゃ剣を振れぇ!」

 

 骸骨兵たちに対応していた兵士たちの間に、悲鳴同然の怒号が響いた。

 上空から襲い来るワイバーンは二匹。

 それらに応対するべく―――しかしどうしようもない絶望が兵士たちの中に広がっていく。

 

 片方のワイバーンが狙いを決めたのか、上空から兵士の一人に向かって急降下し始めた。

 狙われた兵士にはただ剣を構える事しかできない。悲鳴すら上げることも出来ず、ただあの足の爪に引き裂かれ、喰われることになる運命を連想する以外にない。

 

 ―――そんな彼の前に、大盾を構えた少女が立ちはだかった。

 ワイバーンの突撃(チャージ)を正面から受け止めて、防ぎ切る盾持ちの少女。

 

「―――皆さんを助けにきました。わたしたちはあなた方と共に戦います!」

 

 その彼女は、ワイバーンを受け止めるとまず一声。この場にいるものたちにそれを宣言した。

 なぜ、だれ、どこから。多くの疑問はあった。

 けれど彼らの心は、突如としてこの世界に現れるようになったドラゴンのような化け物によって麻痺していた。少なくとも彼女はこちらの命を救った。

 ならば、その対処に悩むのは少なくともドラゴンの後でいいのではないか? いや―――頼むから、せめて今だけは悩ませないでくれ。彼等にはそうとしか言えない状況だった。

 

 スケルトンはほぼ兵士のみの戦力で掃討できていた。

 あとは、ワイバーンだけなのだ。

 だがマシュが一体を抑えてはくれているが、もう一体はどう足掻いてもフリーになる。

 

「だったら!」

 

〈ジクウドライバー!〉

 

 そこで迷う余地はない。

 ランサーに言われてはいたが、この状況で迷うつもりはない。

 腰に押し当てたジクウドライバー。そして今手にしたライドウォッチ。

 これを使って、常磐ソウゴは仮面ライダーとして戦うだけだ―――

 

 その瞬間に突風。いや、最早風圧という名の鈍器での打撃が周辺を襲った。

 ワイバーンの羽搏きは、それほどの圧力から繰り出されていた。

 

「……っ、つぅ……!」

 

 風で押し返されたソウゴが、後ろに押し倒される。

 ふらふらする頭を何度か振って、すぐに立ち上がり変身シークエンスを開始する。

 まずはジオウライドウォッチをポチっと。

 ……ポチっと。

 

「あれ!? 俺のウォッチがない!」

 

 起き上がったソウゴの手の中から、持っていた筈のジオウライドウォッチが消えていた。

 咄嗟にポケットを探るように全身に手を這わせる。

 

「ソウゴ、後ろに!」

 

 立香の声に反応して後ろを向く。

 そこには風圧で飛ばされた、ジオウウォッチが転がっていた。

 

「やばい!」

「ソウゴさん、前を!」

 

 今度はマシュの声に反応して前を向く。

 そこには、口を大きく開いて空中で滞空しているワイバーンの姿。その口の奥には闇ではなく、煌々と燃え盛る炎が見てとれる。竜種の発する火炎の吐息。

 

 それがまさに、ソウゴの目前で発射寸前の状況であった。

 

「うわ、まっず……!」

 

 咄嗟に顔を守るように腕で庇う。だが、その行動は失敗だ。

 レイシフト下での戦闘を想定され、設計されたカルデアの制服。それは当然ジオウという装備ほどのものではないが、並みの攻撃は防ぐ最新の魔術礼装だ。多少ワイバーンの炎に焼かれても、大きくダメージを軽減してくれる事に疑いはない。だからこそ、立ち止まり炎に炙られるより、出来る限り早く炎の射程外まで走り抜ける事を優先するべきだったのだ。

 

 ただしそれは――――

 

 その場に新たなサーヴァントが現れなければ、の話であったが。

 

 水の入った樽の残骸が砕けながらソウゴの元に飛んできて、彼をずぶ濡れにする。

 それに驚いている暇もなく、ワイバーンの口からは炎が迸った。

 

 だがその炎が彼に届く前に、ソウゴとワイバーンの間に一人の女性が割り込んできていた。

 編んで垂らされた金色の髪がソウゴの視界の中で踊る。

 彼女は手にした槍―――いや、旗を半ばで掴んでまるで風車がごとく回転させ、押し寄せる炎の波を防いでみせていた。

 

 ワイバーンのブレスが収まると同時、彼女は旗を振り抜いて残火を吹き飛ばし、堂々と立ち姿を見せつける。そしてこの場に居合わせた全てのものに、かつてこの国を導いた号令を轟かせた。

 

「兵たちよ、その身に水を被りなさい! 一瞬であれ、それが彼らの炎を防ぎます!

 未だ立つこと、剣を執ることが叶う者! 竜に挑まんとする心を持つ勇者たちよ!

 私と共に―――! 続いてください―――――!!」 

 

 ―――1431年。

 魔女とされ、裁きの炎で命を絶たれたはずの一人の聖女。

 その聖女が今また、このフランスの地獄のような戦場へと帰還した。

 

 

 


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