Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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師弟と女王と器の行方2015

 

 

 

 ―――ワシントン。

 そこに聳えるのはケルトの軍勢に手により建築された、女王の居城。

 

 その城塞を見上げながら彼は手の中の本を開く。

 

 ジオウの辿る道筋が記された歴史書―――『逢魔降臨暦』

 そう表題された本を手の中で広げながら、彼―――ウォズが喋りだした。

 

「この本によれば、前回までの三つの出来事は―――」

 

 彼はそう言いながら広げた本に視線を走らせる。

 すいと持ち上げた手の指を立て、数えるように事柄を説明する姿勢に入るウォズ。

 

「一つ、普通の高校生・常磐ソウゴには魔王にして時の王者、最低最悪の魔王・オーマジオウとなる未来が待っていた。

 二つ、その未来を阻むように現れたのは、人類の歴史を葬り去らんとする魔術王・ソロモン。彼は七つの特異点、七つの聖杯による人類の歴史の焼却を実行していた。

 三つ、ここに至るまでに、そのうち四つの特異点までを常磐ソウゴが所属することとなった人理継続保障機関・カルデアは攻略……彼らは五つ目の特異点・アメリカにまで辿り着き、この地を滅ぼさんとする死棘の王・クー・フーリンと敵対した」

 

 そこまで語った彼が首にかけたストールを翻し、大きく払う。

 大きく伸長して渦を巻くその布に包まれた彼の姿は、ケルトの城から大きく離れた家屋の上に移動してみせていた。

 

 彼がそうして移動すると同時、町の一角が騒がしくなる。

 恐らくは戦闘だろう。ケルトの兵士たちはこぞってその場に突っ込んでいき、そしてすぐさま絶命して消えていくことになる。

 

 その喧噪を背にしながら、ウォズは歩き去っていく。

 

「そしてこれからの戦い。この地で聖杯を手にするのはケルトの女王、メイヴ。

 彼女と陣営を同じくするのは、アナザーオーズとしての力を得たクー・フーリン。

 オーズの力も含め、圧倒的な力を有する彼らに対抗するには我が魔王はオーズの歴史に触れ、その力を取り込む必要がある……」

 

 手の中で広げた本をパタリと閉じて、彼は小さく微笑んだ。

 

「カウント・ザ・ウォッチズ。現在、我が魔王の継承した歴史は―――」

 

 ウォズが歩いていく先に、仮面ライダーの影が浮かび上がる。

 ウィザード、ドライブ、フォーゼ、ダブル―――

 そしてタカを思わせる頭部、トラの爪を持つ腕、バッタの如き脚力を有する足。

 胴体に大きなメダルを張り付けたような新たな存在、仮面ライダーオーズ。

 

 未だジオウの継承していない姿が浮かんで、消える。

 その瞬間には、既にウォズの姿もワシントンから何処かへと消え失せていた。

 

 

 

 

 玉座で眠るクー・フーリンがゆっくりと目を覚ます。

 彼の横にベッドを並べたメイヴは、それに気付くとすぐさま声をかける。

 

「あら、クーちゃんおはよう。さっき聖杯に魔力が還ってきたみたいよ?

 多分、アルジュナとベオウルフ以外は全員やられちゃったのね」

 

「どうでもいい。んなことよりすっこんでろ」

 

 首を回しながら面倒そうに立ち上がる黒い姿。

 それを見上げて首を傾げるメイヴの前で、玉座の間の扉が吹き飛んだ。

 

 扉ごと吹き飛ばされてくる彼女が生み出した兵士たち。

 それらは既に事切れていたのか、床に転がりながら消え失せていった。

 兵士を叩きつけて扉を開けた者は、悠然とこの場へと踏み込んでくる。

 

 その姿を認め、メイヴはベッドから降りながら微笑んだ。

 

「―――あら、スカサハじゃない。いらっしゃい、私の城へ」

 

 黒と紫の戦装束に身を包んだ女性。

 両手にクー・フーリンのそれと同じ魔槍を携える、スカサハと呼ばれた彼女。

 彼女はちらりとメイヴを一瞥すると、しかしすぐさまクー・フーリンに視線を戻した。

 

「久しいな、馬鹿弟子め」

 

「アンタは生き続けてるからそう思うだけだろうよ。生憎、こっちは死後の存在だ。

 その顔を再び見るのに、アンタほどの期間が空いたわけじゃない」

 

 何ともないと応えながら彼もまた朱槍を手の中に出現させる。

 まるで感情の起伏すらないその様子を見て、スカサハは小さく目を細めた。

 

「随分、醜くなったものだ……生きることと戦うこと。それらに正しく向き合い、輝いていたクー・フーリンの面影などもはやどこにもない―――それはメイヴの仕業か?」

 

「―――阿呆か、それとも時間を経過ぎてボケたか。オレがオレの生き方を他の誰かに委ねると思っていたなら、それはアンタの不明だろうよ。

 生前のそれだろうが、今のこれだろうが、変わりない。今回はただ目的が、最短距離で王となり、最短距離で全てを支配することだというだけだ」

 

 かつての師を前にしてなお、彼の心には漣さえも立たない。

 その様子に隠すことなく溜め息を落とすスカサハ。

 

「……王、王か。お前には似合わぬ場所だな。挙句がこの世界か。確かに、無人の荒野にただ独り立つだけのものは、誰にも異を唱えられることのない無双の王であろうよ」

 

 きしり、と槍を握り締める音。

 双つの槍を構え直したスカサハは、その血色の瞳でクー・フーリンを睨んだ。

 だが彼女の視線を受けながら、彼はそこで初めて小さく笑った。

 

「ああ、そうだ。その結論こそが気持ちいい。何より、惰性や理性では破滅に向かって突き進めない。我欲だからこそその舵が取れる。

 ―――『王』とは、欲望だけで愚かな選択をし己の国をも滅ぼすもの。だったら、王としてオレが君臨する以上、この選択こそが必然だ」

 

 『王として』と求められた以上、彼は己の知る王に倣う。

 彼の後ろに立つ女王のような、己の欲望に忠実なる王たちに。

 その言葉を聞いたスカサハが唖然として口を開いた。

 

「―――貴様、まさか……なんと、そこまで律儀な阿呆だったか……」

 

「だからアンタもさっさと消えろ。そろそろオレが動く時間だ。このままアメリカ全土を平らげて、そんで終いだ。オレの国とやらは完成し、最期の時まで生き延びる。

 そこで国も、世界も、オレも死ぬだけ。最終的には何一つ残さず、美しくも醜くもない完全な無とやらに還るんだろうよ」

 

 それがどうした、と彼は嗤う。果たすべきは己の目的のために滅亡さえも招く王道。彼はその進路を取りながら、最終目的地は『建国』まででしかない。

 その後のことなど考えないし、考える必要性すら持っていない。

 

 王としての立ち位置が用意されていたからその位置に納まり、そこを定位置としたからには王となるための方針を示す。即ち蹂躙による支配の結果の建国。

 王になったから、王が持っておくべきものを後から手に入れるために行動する。

 そして王として成立した後のことなど考慮しない。そこに辿り着いた時点で既に定めた目的が完了しているのだから、先のことなど考える必要がない。

 

 息を吐き、彼女はその破滅するだけの獣に対して憐れみさえ混ぜた視線を送った。

 

「……そうか。かつてお前に殺されることを夢見たこともあったが……今の拗らせた阿呆相手に殺されるのは少し面白くない。ここで、私がお前を殺して止めてやる」

 

「―――仮にも師匠。アンタの力のほどはよく知ってる。

 だから言うが、時間の無駄だ。アンタじゃ今のオレの足元にも及ばない。

 大人しくさっさと首を落とされておけ」

 

 それが当然であるというように、クー・フーリンは宣告する。

 

 ―――スカサハからの返答は、朱色の槍が奔る軌跡。

 無数に放たれたのは、その全てがゲイボルクとまるで同じく見える魔槍。

 それがクー・フーリンの体を串刺しにせんと迫り、

 

「“噛み砕く死牙の獣(クリード・コインヘン)”」

 

〈オーズゥ…!〉

 

 体を瞬時に覆う黒と紫の鎧。それが殺到する槍の連弾の直撃を弾き返した。

 金属音を散らしながら弾かれる無数の槍。

 それが床に転がり、消えていくのを見ながらスカサハが異形の鎧に目を眇める。

 

「……クリードの鎧、だけではないが。よくもまあそれほどの絶技を……それだけでも危うかったもしれんが、何故そうしてわざわざ明かすように乱雑に見せた。

 隙をつけば、それでならば私を殺せたかもしれぬものを」

 

 ハッ、と鼻で笑うような声。

 異形の怪物と化したクー・フーリン―――アナザーオーズが、何でもないように吐き捨てた。

 

「必要ねえからだよ。アンタが相手であってもな」

 

〈トリケラァ…!〉

 

 ミシリと蠢き、肩から生えている二本の角が大きく伸びる。

 

 直線軌道で伸び迫りくるそれに対して、横に跳ぶスカサハ。

 だがその二つの角は回避運動を取った敵を追跡するように、不規則な軌道を描きつつ曲がりながらスカサハを追ってみせた。

 

「……ッ! これもゲイボルクか―――!?」

 

 よく知る呪力の波動を理解し、彼女は迫りくる二本角を睨み据える。

 そうして、もはや原型はないがあれは海獣クリードとそれ以外の恐獣、そしてクー・フーリンの合体魔獣とでも言うべき神獣に匹敵する存在になっていると理解した。

 

 一瞬だけ顔を顰め、彼女は両手にそれぞれ構えた槍を即座に投擲する構えに入る。

 狙いを向けるはただ立っているだけのクー・フーリン。

 

「“貫き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)”――――!!」

 

 瞬きの内に放たれる双つの呪いの槍。

 それは大きくうねりながら複雑な軌道を描きつつ敵の心臓を目掛けて奔り―――

 

 空中でアナザーオーズが伸ばした二つ角と、それぞれ激突して弾け合った。

 そのまま跳ね返ってきた槍を掴み取ったスカサハが大きく後ろに跳ぶ。

 

 そんな光景を見ていた観客から感心の声が上がる。

 

「へえ、ゲイボルク同士を撃ち合うとそうなるのね。

 互いの心臓を目掛けて飛ぶ槍が同じ軌道を描いてぶつかる、ってことかしら。

 因果逆転の槍の意外な弱点発見ね」

 

 再びベッドに腰かけて観戦を始めたメイヴが手を叩いた。

 その声に表情を顰めながら、スカサハは槍を構え直す。

 彼女の瞳は油断なくアナザーオーズの姿を見つめ、その属性を検めていた。

 

「肩……だけではないな、尾もゲイボルクとして使えると見える。

 ―――なるほど、馬鹿弟子が私を前に自信を持つのも分からなくはない。だが……」

 

 ガン、と彼女は城の床を槍の石突で強く叩いてみせた。

 それが合図であったように、その瞬間に周囲の空気が完全に変わる。

 轟音を立てながらぶち破られる城の天井。

 そこを突き破りながら現出したのは、地獄の門さながらの宙に浮かぶ扉。

 

 現れ出でた門を見上げるアナザーオーズ。

 彼の様子はそれでもなお、まるで変わらず、ただ無言でその閉鎖されている扉を見やる。

 

「…………」

 

「槍を交わせば確かに今のお前は私を凌駕するやもしれん。

 だがその奥義がどれほどのものであろうと、影の国に落ちればそこで終わりだ。

 開け、異境の帳――――“死溢るる魔境への門(ゲート・オブ・スカイ)”!!」

 

 ―――彼女の宣言と共に、空に浮かんだ門が開く。

 

 その瞬間に始まるのは、影の国への強制的な招待。

 招待しながらも、門はその扉を跨ぐものの生存を一切認めず、そのまま門の先に広がる影の国を死地として命だったものを際限なく放り込んでいく。

 

 命あるものを彼女の支配領域である影の国に落とし、絶命させる死出の門。

 ワシントンに残っていたケルトの兵士たちも、そこにどんどん吸い込まれていく。

 

「わっ、ちょっと! クーちゃん!?」

 

 当然のように吸い込まれるメイヴが、すぐさまアナザーオーズの尾を掴んで耐えようとする。同時に彼は巨大な棘を持つ両腕を床に突き刺し、その吸引に対抗する姿勢を見せた。

 

 体を固定したように見える相手を見て、スカサハは即座にその対応を否定した。

 

「無駄だ。物理的な手段で門の誘いを耐えようとしても―――」

 

「誰がそんな事をするか。()()も含めて、アンタはオレの敵じゃねえと言っただろ」

 

 次の瞬間、力尽くで固定されているアナザーオーズの胸が爆発した。

 いや、そう見えただけで実際は何かが溢れ出しているのだ。彼の胸から噴き出すそれは、大量の銀色のメダル。それは噴水のように空中へと舞い散り―――ひとつの物体を生成する。

 

「な、――――」

 

 スカサハがそれを見て絶句する。

 大量に噴き出したメダルが融合し出来たものは、彼女のゲート・オブ・スカイの前に陣取るように誕生していた。

 

 ―――赤、黄、緑、青、灰、紫。六色の輝きを持つメダルが九枚ずつ配置された、魔法陣のようなものを伴う巨大な八面体。

 その威容が周囲に示されると同時、終わりの予兆が始まった。

 

 浮遊するその物体はメイヴが造らせた城や家屋、見境なく周囲のあらゆる物体を銀色のメダルに変えていく。止まることなく加速し続ける欲望の渦はやがて、暴走して全てを終わらせる終末装置としての性能を発揮する。

 

 崩落が加速する。欲望の残骸―――セルメダルへと変わりながら崩れ行く城を見上げ、メイヴが叫ぶ。

 

「クーちゃん! 私の城まで壊してるんだけど!?」

 

 全てがセルメダルへと変わり、崩れ落ちていく地獄の光景。

 その根源である八面体は、同じく空中にあるスカサハの召喚した門に吸引されていき―――当然のように激突した。

 

 砕け散るのはアナザーオーズが形成した物体の方だった。

 砕け、弾けて、破片はそのままセルメダルへと変わり、乱舞する六つの輝きが増し、更に周囲のセルメダルを全て巻き込み―――ブラックホールの如き、全てを無に帰す黒い球体をその場に生成してみせた。

 

 虚無の訪れは死出の門をも巻き込んで、空中の全てを消し去っていく。

 一瞬のうちに拡大し、すぐさま収縮して消滅するブラックホール。

 

 それが消えた後には、影の国の門もまた塵ひとつ残さず消失していた。

 

「―――よもや、ここまで……」

 

 愕然とそれを見上げていた彼女の前で、アナザーオーズは地面に突き刺していた腕を抜く。

 

 ―――先程まで巨大な爪を持つ腕だったはずのそれが、地面から引き抜いた際に明らかに形状を変えていた。まるで巨大な()()の如き姿のそれを持ち上げ、向ける先は当然のようにスカサハで―――

 

「ッ……!?」

 

〈プットッティラーノヒッサーツ…!〉

 

 腕が吼える。恐獣の雄叫びは、物理的な破壊力をもって周囲に破壊を振り撒いた。

 

 次の瞬間に極光とともに撃ち出される朱色の閃光。

 ごう、と周囲の空気すら打ち砕きながら奔る一撃。その光もまたゲイボルクに相違なく、それが放たれたからには、既に因果は決まっていた。

 

 回避も防御も不能。既に命中している一撃は、瞬時にスカサハにまで届いた。

 極光は身を焼き、撃ち出された槍は心臓諸共に彼女の半身を消し飛ばす。

 

「か、くぁ……ッ!」

 

 血煙を上げるその体が、破壊光線の威力に呑み込まれていく。

 その一撃は城の壁だったものの残骸を消し飛ばし、それに留まらずワシントンの一角をもそのまま消し飛ばした。直撃を受けていた、スカサハと共に。

 

 ―――この場から見えるワシントンの街並みを大きく焼き払う光線を撃ち終え、煙を上げる腕を軽く振るって砲身から爪に戻す。

 そのまま彼は振り返り、再び玉座の方へと足を進めた。

 

 吹き飛ばした師を気にもせず、彼は尻尾に掴まるメイヴを振り解いて体を戻す。アナザーオーズへの変身を解いた彼はどかりと椅子に座り、頬杖をついた。

 再び眠るための姿勢を見せる彼に、同じくベッドに腰を下ろしたメイヴが笑ってみせる。

 

「あーあ、せっかくカルナとの小競り合いで削られた力を、たっぷりと眠って回復してたのにね。今のでまた大分使っちゃったんじゃない?

 ―――ねえ、クーちゃん。なんでスカサハを殺さなかったの? 今のあなたなら、スカサハさえ殺すでなく、無に還すことができたでしょうに」

 

 一連の流れを見ていた彼女は、そう問いかける。

 ゲイボルクによって致命傷は与えたが、それでも彼女は死ぬことはない。

 恐らく、この特異点からの退去すらしていないだろう。

 あの破壊光線を浴びながら、彼女は魔術による離脱を成し遂げていたはずだ。

 

 もっとも、現状では二度と戦える体ではなくなっただろうが。

 その言葉に、既に目を瞑っていたクー・フーリンが平坦な声でメイヴに問い返す。

 

「―――お前は消せば良かったと思うか?」

 

「いいえ? 私にとってスカサハなんてどうでもいいもの。

 ……あなたがしたくない、というならそうすればいいんじゃない?」

 

 軽く鼻を鳴らして眠りにつく彼。

 その横顔を見ながら、メイヴはベッドに体を横たえる。

 ベッドの上に散乱している城の残骸から変わったセルメダルを一枚広い、彼女は微笑む。

 

「ふふ……()()を使えば少しは楽に召喚できるかしらね。

 ―――王様だもの。だったら、最後はやっぱり城の中で迎え撃たないと、でしょう?

 ねえ、クーちゃん。お願いがあるのだけれど……」

 

 ぽい、と投げ捨てられるセルメダル。剥がれ落ちた床に落ちたそれが立てる甲高い金属音を聞きながら、メイヴは強く笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 そのワシントンから距離を取った場所で、木に寄りかかりながらスウォルツは目を眇めていた。消し飛んだ町の一角は炎上し、今も黒煙を上げ続けている。

 そんな彼の後ろから姿を現した白ウォズが声をかけた。

 

「……随分と強力なアナザーライダーに育ったようだね?」

 

「―――そのようだな、少々予定外なほどの成長を見せている」

 

 大人しく認めたスウォルツに肩を竦める。

 英霊との相性が良かっただけではなく、環境も合ってしまったが故だろう。

 圧倒的なパワーはオーズの歴史の再現として申し分ない。が、それ以上に強くなりすぎた。

 

「二人のクー・フーリン……厳密には、魔王の仲間のクー・フーリンと、敵として現れたクー・フーリン。その組み合わせならば、()()()()()()を再現できる。

 仲間のクー・フーリンを失った魔王の奮起がオーズの歴史を呼び起こすことに期待していたわけだが……現時点の魔王の相手として、あれは強すぎる」

 

 そのためにわざわざ動いていたのに、とでも言いたげな白ウォズ。

 彼の言葉を受け、スウォルツは木に寄りかかっていた体を持ち上げた。

 

「だがその程度で終わるのならば、常磐ソウゴは魔王になどなってはいまい。

 ―――強いアナザーライダーを用意できたというのなら、その分だけ俺の計画が一足飛びに進むということだ。大した問題ではないだろう」

 

 鼻を鳴らしながらそう言って踵を返し、どこかへと歩き消えていくスウォルツの姿。彼の背を見送った後に再び大きく肩を竦め、白ウォズはやれやれといった風に両手を上げる。

 

「やれやれ、こうなってはもうひとりの私の方に期待するしかないのかな?

 ―――我が救世主の元にミライの力が届くまで、魔王に倒れられては困るからね……」

 

 そう言いながら同じく歩き出し、白ウォズもまた同じく姿を消した。

 

 

 

 

「すまない。アルジュナに抑えられていた」

 

 開口一番そう言って、カルナは申し訳なさそうに目を伏せる。

 

「逆に言えばカルナがアルジュナを抑えててくれたんでしょ?

 じゃあ別に謝る必要なくない?」

 

 変身を解除せず、ドライブアーマーのままタイムマジーンに取り付いているジオウがそう言って首を傾げた。

 後部を破壊されたマジーンをシフトカーの力で修理しながら、やるべきことは次の戦いの準備だ。確かに苦戦だったが、ここで別個で三騎を撃破できたのは素直に喜ばしい。まして、完全な不意打ちを決められるアサシンの如きランサーまでいたのだ。間違いなく、ケルト攻略は進んでいると言える。

 

「あとはさっきのアサシン? ランサー? みたいに隠れてる相手がいなければ、相手のサーヴァントは黒いクー・フーリン、女王メイヴ、アルジュナ、ベオウルフ……だね」

 

「―――藤丸の話を聞いた限り、そのうちのベオウルフは監獄島アルカトラズ……

 そこにラーマの霊基を記録しているだろう、王妃シータもいる。

 乗り込んで、そのまますぐに帰ってくるためにはタイムマジーン一択ね。常磐、修理にどれくらいかかるか分かるかしら?」

 

 アタランテの肩を穿った傷を治療しながら、オルガマリーはソウゴに問う。

 彼女の受けた傷は治癒を阻害する呪いの槍の痕だったようだが、ディルムッドが退去した今では通常通りに治療が叶うようだ。

 

「うーん……多分、動けるようになるまでには、そんなにはかからなそうかな。30分くらいじゃない?」

 

 人型で転がっているタイムマジーンの頭部もまたドライブウォッチに変わり、その力で修復に励んでいる。ピットクルーが忙しなく動き回る中、メンテナンスは着々と進んでいた。

 

「じゃあツクヨミの方に30分後くらいにこっちを出るって通信いれとこっか」

 

 立香が通信機を起動し、その状態で向こうのツクヨミと会話を始める。

 そんな彼女たちを見ながら、マシュはぐったりとしているネロを介抱していた。

 当たり前だろうが、余程に李書文の一撃が堪えたのだろう。

 

「大丈夫ですか、ネロさん?」

 

「うむ……正直、あれはもう完全に死んだかと思ったな……

 というか、まだつらい。心臓も霊基も新品になったというのに、まだつらい。

 胸の中身が空になった時の感覚がまだ残っているのだ」

 

 そう言ってマシュを抱きしめ、枕にしようとする花嫁衣裳。

 それを振り払うこともできず、とりあえず膝枕で彼女を寝かせる。

 実際にネロの顔はまだ青く、死にかけからの再臨、直後に戦闘でコンディションはズタズタだ。

 

「……ネロさんがソウゴさんとアルカトラズに向かうのは無理ですね。

 所長、戦力の割り振りはどうしましょうか?」

 

「……ベオウルフを速攻で倒したいのはそうだけど、クー・フーリンとアルジュナがいる以上はこっちの方に大きく割くべきね。カルナはどちらかしか抑えられない。なら、両方攻めてきたらどちらかはわたしたちの役目だもの。

 常磐に、ツクヨミに、モードレッドに……」

 

「その楽観視は少し不味いね」

 

 突然の声。その声は既に聞き慣れたもの。

 ウォズのそれに違いなかった。

 

 もはやいつものことなので、溜め息混じりにオルガマリーはそちらを向く。

 そうして転移してきたのだろう、ストールを揺らしている彼の姿が目に入る。

 

「何がよ。というか、手伝うなら手伝うでもっと頻繁に来なさいよ。

 あんたの転移があればずっと楽になるのだけれど?」

 

「人を輸送機か何かのように言わないで欲しいね。そもそも私だって忙しいんだ、今だって色々な調整で目まぐるしい―――おっと。そんなことよりもだ、ワシントンからクー・フーリンが動き出すようだ。クー・フーリン、メイヴ、アルジュナ……更に、()()

 それらを相手にすることになるだろう君たちの戦力の中から、円卓の騎士モードレッドを送り込めば、時間稼ぎすら儘ならないまま全滅することになるんじゃないかい?」

 

「……じゃあ、あんたがここと向こうの連中連れてアルカトラズ行ってすぐ帰ってくればいいでしょ。そうすればよほど早く終わるのよ」

 

 言いながら、オルガマリーは眉を顰める。

 確かに聖杯を有するメイヴまでもが動くなら、魔神の降臨がある可能性も高い。

 それでも脅威度はクー・フーリンやアルジュナほどではないだろうが……

 

 もっともな話に肩を竦め、しかし彼は首を横に振った。

 

「残念だが私にはまだやることがあるのでね。今だって、その合間を縫って何としても伝えておくべき事実を持ってきただけだ。聞いておくべき情報だったろう?」

 

 その物言いにむっと表情を固めるが、しかしそれは事実。

 本当にケルトが全軍で攻めてくるなら、もはや一刻の猶予も存在してはいない。

 

「じゃあ帰る前に俺とタイムマジーンだけでもツクヨミの方に連れてってよ。

 そっちで修理して、後は飛んでいくから」

 

 タイムマジーンから飛び降り、着地するドライブアーマー。

 そんな彼に対して、立香がツクヨミに繋いでいる通信機から声がする。

 

『なら、いま私たちがいるところじゃなくて、ジェロニモたちのアジトに。

 まだ私たちがそっちに着くまで時間がかかるから』

 

「だってさ、黒ウォズ」

 

「……やれやれ。まあ、そのくらいなら構わないが」

 

 首にかかったストールを掴み、振るおうとする彼。

 それに巻かれ、ジオウとタイムマジーン。そしてウォズの姿が消えていく。

 

 二人と一機の消失を見送った後、オルガマリーがツクヨミに声をかけた。

 

「常磐と合流したら、ブーディカに悪いけどそのまま戦車を走らせてもらうことになるわ。

 アルカトラズに向かうのは常磐とラーマ……あとはレジスタンスの面々にお願いしたいの。

 あなたたちは一度こっちに帰還して」

 

『分かりました。出来る限り早く……』

 

 そうして通信を終えようとした彼女が、大きな声に割り込まれる。

 

『アタシはそっち行くわよ!? ネロ! 永遠のライバルであるアタシに黙って勝手に死んだら許さないからね! 聞いてる!?』

 

 エリザベートによる乱入。

 ドラゴンの咆哮に耳鳴りを覚えつつ、一応心配の声なのでそれを向けられているネロを見る。

 彼女は別に声質がどうこう以前に、早く休みたいという表情をしていた。

 

「……うむ、うむ、聞いているから少し休ませてくれ。余は眠い……」

 

『寝たらダメよ! 寝たら死ぬわ! ネロ! ネロー!?』

 

 オルガマリーがさっさと通信切れ、と立香にジェスチャーを示す。

 アイマムといった具合に無慈悲に切断される通信。

 騒いでいる彼女の声を至近距離で聞いているだろうツクヨミを慮りつつも、彼女たちはそこでひとつ息を吐いた。

 

 立香の頭の上では、墜落したタイムマジーンの中で受けたシェイクから回復していないフォウが、小さくふぉーうと悲鳴を上げる。

 ただでさえ頭が痛いのに、彼女の咆哮を追加で受けたらダメージ倍増だ。

 

 そんなやり取りを眺めていたカルナが、状況を鑑みて自分は動けないことに微かに目を細める。

 

「……では、オレもここから動くべきではないか。エジソンたちへの伝令は……」

 

『そこは安心。彼の霊界通信機にカルデアの通信が声だけでも届くようにしてあったのさ。

 流石の天才、ダ・ヴィンチちゃんは仕事が早いと褒めてくれたまえ。こちらからの一方通行だけど、とりあえずその事を何度も繰り返して伝えておくから安心していい』

 

「ふむ。流石の天才だな、レオナルド・ダ・ヴィンチ。

 オレにはそれを特別褒めるための言葉は思い当たらないが……」

 

『はっはっはー、褒めるか貶すかどっちかにしたまえよ君』

 

 ダ・ヴィンチちゃんの声にはっとした様子で目を見開くカルナ。

 直後、彼はすぐさま訂正のための言葉を口にする。

 

「―――すまない、気が抜けていた。その偉業、オレ如きでは到底言葉で言い表せぬほどのものであると確信しているだけだ」

 

『気を抜いたら言葉が足りなくなるなら、最初から相手を褒めようとするの止めたらどうだい? 君はそうやってアドバイスや賞賛を求めていない人間にも送るのだろう?』

 

 呆れながらもそう言ってみるダ・ヴィンチちゃん。

 

 カルナという男はそもそもが一言多い。

 相手が求めていないものさえ暴き、それもまた是とした上で口にする。

 だというのに、その言葉を途中で止めるから結果的に一言足りなくなる。

 

 もっとも、一言付け足したところで人によっては大きなお世話に変わりない。

 溜め息混じりに言われたダ・ヴィンチちゃんの言葉に、是非も無しと瞑目するカルナ。

 

「そもそもオレの言葉が相手にとって助言になるなどとは思って口にしているわけではない。自分では素直な所感を口にしているだけのつもりなのだが―――どちらにせよ、オレの性分は今更変わらん。ならば、足りない一言を補えるように努力した方が余程いい。

 もっとも、この考え自体オレが死後に送られたある金言から辿り着いたものだ。

 ―――生前からの悩みを吹き飛ばすような適確な助言。そのような言葉を誰かに送れる身分、というのに憧れがないと言ったら嘘になるだろうが」

 

『ははあ……』

 

「……それはそれでいいから、ダ・ヴィンチ。攻めてくる、というなら早急に備えをする必要があるわ。あと、出来ればここから物資を今のうちにカルデアに送りたいのだけど……」

 

「……そうだね。お酒とかいっぱい送っとかないとね」

 

 オルガマリーの言葉に立香も同意を示す。

 彼女たちの戦いはここで終わるわけではない。否、絶対に終わらせない。

 マシュもまた彼女たちの言葉に頷き、口を開く。

 

「―――ブーディカさんも他にも色々食材があれば、と仰ってました。

 エジソンさんと交渉して、準備してもらいたいところですね」

 

 迎撃の準備を行いながら、これから先の戦いに向けた準備も行う。

 最後まで戦い抜き、未来を取り戻すそのために。

 

 その光景を見ながらカルナは微かに目を開き、彼方を見据えた。

 本来ならば、こちらの側に立つべき授かりの英雄が去っていった空の彼方を。

 

 

 




 
ウヴァを召喚。というよりネクサス、ウヴァを配置。
(ウヴァの怯える声)
 

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