Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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診察と悔恨と伸ばした手2010

 

 

 

「では、治療を開始しましょう」

 

 ツクヨミたちと一度合流し、修理を終えたタイムマジーンでアルカトラズに向け飛び立ったと殆ど同時。ナイチンゲールはそう言って、マジーンの操縦桿を握るソウゴを見た。彼女の視線はそこで固定され、動くことはない。

 

 同じようにマジーンに乗り合わせているジェロニモ、ビリー、ロビン、ラーマ。彼らを見回すように視線を彷徨わせてから、ソウゴは驚いたように声を上げた。

 

「え、俺? 俺は元気だけど……」

 

「問診に対しての虚偽は許しません」

 

 がしり、と彼女の腕は横からソウゴの頭を掴み取った。

 そのまま思い切り彼を引き寄せるバーサーカーらしく怪力の所業。

 当然のようにタイムマジーンは揺れに揺れ、空中で思い切りロデオの如く暴れ狂う。

 

「うわっ、ちょ……! 危ない、危ないって!」

 

「お、おいナイチンゲール!? よせ、落ちたらどうする!?」

 

 マジーンコックピット内の壁にある取っ手に縛り付けられたラーマが叫ぶ。

 その危険性を認知したのだろうか、彼女は一瞬止まって―――

 

 しかし、そのまま強引にソウゴを引き寄せた。

 

「―――では、そちらの運転はジェロニモ。あなたによろしくお願いします」

 

「……よろしくされても困る。私はこんなもの動かせないぞ」

 

「あ、じゃあ僕がやろっかな。楽しそうじゃない、これ?」

 

 呆れるジェロニモにそう言って、ソウゴが放した操縦桿を握るビリー。彼は調子を確かめるようにそれを何度か動かして、何となくコツを掴んだのか適当に動かし始める。

 そんな様子を横目に、ロビンは最悪いつ落ちてもいいように身構えながら溜め息を吐いた。

 

「楽しそう、で適当に動かされて落とされたら堪ったもんじゃねえですよ。

 何がやりたいか知らないが、さっさと元の持ち主を解放して欲しいもんですがね」

 

「ええ。迅速に()()しましょう。精神的な疾患であるならば必ず癒します」

 

「漫才やってんじゃねえんですよ」

 

 下手に邪魔をすればこの密室で銃を抜く手合いだ。ある程度は好きにさせた方がいい、という判断でもって彼は溜め息と文句だけで彼女の行動をスルーした。

 そんなことを気にもとめず、彼女は引っ張り出したソウゴと目を合わせる。

 

「では率直に。あなたは病に罹患している。私からすれば、なぜ他の者があなたを放置しているかも分からないほどに重篤です」

 

「病気って……俺が?」

 

 怪訝な表情を浮かべるソウゴに対し、ナイチンゲールの顔は真摯に向き合う。

 冗談などではなく、彼女は心の底からそう思ってここで口を開いている。

 ソウゴは少なくともナイチンゲールの言葉から嘘は感じず、そのまま聞く姿勢を取った。

 

「ごく当たり前の話です。()()()()()()()()()()()()()()()()

 人は自分で作り出したストレスで、勝手に病にかかることのできる生き物なのです」

 

「…………」

 

 彼女はそう断言して、ソウゴの瞳を見つめる。

 ナイチンゲールとの視線のぶつけ合いに、僅かに彼は目を細めた。

 

「問診を進める前に、私の現時点での見立てを口にしましょう。

 あなたは正気ではありません。いえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それは狂人の生き方。狂っていなければ耐えられない、狂気の沙汰です」

 

 マジーンに同乗しているサーヴァントたちも口は挟まない。

 バーサーカーとしての属性を得てなお、命を救うことに専心する彼女。その救わねばならぬものを見抜く眼力は、けして間違うことはないだろうと理解しているが故に。

 

「―――さりとて、あなたが狂人かと言うならばそれは否です。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。正しい人としての感覚を、狂人の所業で成し遂げようとしているだけ」

 

「……それは、ナイチンゲールも同じじゃない?」

 

「いいえ、まるで違います。恐らく始まりの感情も、取った手段も、何から何まで。

 私の生き方に感じるべき重責などなく、私はただ人を救うことだけに専心したが故に」

 

 彼女は瞬きすらせず、ただただソウゴを見据えていた。

 

「―――俺だってそうだよ。俺はただ、世界を救う。

 それで、みんなが幸せに暮らせるような世界を作る、最高最善の王様に……!」

 

 瞬間、肩を掴まれたソウゴが思い切り引き寄せられた。

 そのままナイチンゲールと至近距離で見つめ合うことになる。

 

「そこです。よりよい世界、人々の幸福、善良な願いこの上ない―――けれど、それを実行に移そうとしたその瞬間から、それはただの狂人のものとなる。

 ……あなたはその願いを果たさねばと、何か責任らしきものを感じているのかもしれない。ですが、私からすればそんな感情は人を救う上で邪魔にしかならない」

 

 かっ、とソウゴの腕が自分の肩を掴むナイチンゲールの手首を掴んだ。

 病であると言われた困惑を置いて、しかし彼は夢の否定に反発した。

 ナイチンゲールの瞳と交差する、ソウゴの瞳。

 

 彼女もまた視線の交差の中でソウゴの感情を読み解き―――

 小さく、小さく、溜め息を落とした。

 

「……狂気でしかない願いは、責任感や理性などで向き合ってはいけない。理屈で折り合ってしまったら、それがおかしいと思うべきことだと納得してしまうから。

 だからもし、あなたがその狂気に身を置き続けるのであれば―――何より、己の欲望を果たすためだけに努力なさい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。それだけはけして、忘れてはいけない」

 

「分かってる。これは、最初から俺が望んだ夢なんだから」

 

「―――そうだと言うならば、それを重荷として背負うのは止めなさい。あなたがその望みの中で何に怯えているのか、それは私には分かりません。

 けれど、その道を歩くと決めたあなたの心に間違いがないと信じるならば、怯えて竦むことはただの遅延にしかならない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 力が足りないならば手を伸ばしなさい。手が足りないなら声を上げなさい。それすら出来ず縮こまって目を背けるくらいなら、最初からそんな道を選ぶべきではなかったのです」

 

 彼女がソウゴを見る目には明らかに心配の色が混じっていた。夢を見るのを止めるのだって、そんなことは本人の自由だ。思い一つでいつだって途中で降りられる。ナイチンゲールはそう言っている。夢から醒めて世界を救うために戦い、そうすることだけを考えていれば、きっともっと真っ当な道を歩けるに違いないと薦めてくるように。

 

 けれど、彼の返答は決まっている。

 

「それでもこれは、俺が選んだ道だ。目を逸らしても、直視しても、俺の不安と恐怖は消えない。けどそれでも、俺はこの力は最高最善の未来を創るためのものだって信じてる。

 ―――未来の自分を受け入れられなくて、未来の自分を怖がってて、それでも―――自分の未来を信じ抜く。不安がない未来なんてない。見えない明日が怖くないはずない。

 けど、それでも俺は最高最善の未来に向かって進むんだ」

 

 痛ましげに細められるナイチンゲールの目。

 だが、彼女はそれ以上口を開かずにただただ彼を見つめる。

 

 彼は、彼女が病と呼ぶものを理解していないわけではない。

 ただ、治すのではなく一生付き合っていく道を既に選んでいた。それを無くしては、自分が自分でなくなるという確信をもって。

 治せないではなく、治さない。彼が彼として生きるために。

 

「……ナイチンゲール、そこまでしておけ。お前が病と呼ぶものでも、しかしそれは彼の矜持でもあるのだろう。ならばそれ以上は治療などではなく、愚弄だろう」

 

 取っ手に縛り付けられたラーマが口を開き、そう語る。

 揺れるタイムマジーンの中でぷらぷら揺れている彼にそう言われ、息を吐くナイチンゲール。

 

「―――ソウゴよ。余には、何を想いお前がその道を選んでいるかは分からん。

 だが、先達の王としてひとつ言わせてもらうならば……何より、大切なものだけは手放すな。自分の中では、王としての覚悟こそが一番大事なものと今は映っているかもしれん。

 けれど……きっと、その覚悟を支えてくれているのは、お前が心の底で何より大切に想っている何かなのだ。それが何なのか自分では分からぬかもしれぬ。だが、最後の最後で、それだけは絶対に手放してはいけない。他の誰でもない、お前自身のために」

 

 そうして、ナイチンゲールに代わって激励を送るラーマ。

 彼の瞳に浮かぶのは、あるいは後悔らしき感情にも見えた。

 

「……うん」

 

「へえ、そういうこと言うってことはラーマは何かやらかしたんだ」

 

 空気を変えるためのビリーの声。

 彼はぐりぐりとマジーンの操縦桿を動かしながら、笑みを浮かべつつそんなことを言う。

 それを受け、ぐむ、と言葉に詰まるラーマ。

 

「……そりゃやらかしてない英霊なんざいないでしょ。

 誰だって大なり小なりやらかしてるから名前なんか残しちまったっつー話だ」

 

「そういうんじゃなくてさー。ほら、シータって言うんだっけ。ラーマが探してる人。

 一応聞いておきたいじゃない。これから助けに行く相手なんだからなおさら。

 話を聞いた限り、君に似てるんだって?」

 

 ロビンの呆れ混じりの声を流し、彼の視線はラーマに向く。

 フェルグスがその相手が奪還されたと勘違いした、ということは余程似ているのだろう。

 そう考えながら問いかけると、ラーマは表情を沈鬱なものに変えた。

 

 今から会いに行くつもりの相手のことを問われ、そこまで思いつめると思っていなかった。

 そんな感覚で困惑しながら首を傾げるビリー。

 神話の英雄を常識で考えるからそうなる、とロビンは軽く頭を掻いた。

 

「そう、だな。うむ。救出を手助けしてもらうというのに、語らないでは道理が通らん。

 ―――シータは余の妻。余が、コサラを治める賢王たらんとして……犠牲にした、最愛の人だ」

 

「犠牲に……?」

 

「余は王として民の声に応え、彼女を国より追放した。余はその追放が正しいことなどとは、まったく思っていなかった。だが王としてそれまでに積み上げた全てが、余の動きの邪魔をした。

 ―――サーヴァントは全盛期で呼ばれるというが、余が小僧の姿で呼ばれる理由は自明の理だ。ラーマという人間の全盛期は、英雄としての力でも、王としての実績でも何でもない。ただ何をおいても彼女への愛だけで動けた、この頃の意思なのだ」

 

 そこまで語った彼は再び顔を上げ、ソウゴへと視線を送る。

 

「―――だからこそ、王としての責務を終えた今。既に死した身でありながら余は彼女との邂逅を望む。いつか手放してしまった一番大切だったはずの人の手を、もう一度握り締めるために。

 ……王として名を馳せようとそんなものなのだ。そして、お前もまたきっと同じはずだ。

 今は分からなくてもいい。けれど、それは心に留めておいておくといい」

 

 彼の言葉を受けたソウゴが自分の掌へと視線を向けた。

 何かを掴むための腕。何に向かって伸ばしていいのか分からない手。

 それでもきっと、彼の言葉に何か感じ入るものは確かにあって―――

 

 しかしその感情をどう発露すればいいのか分からないまま、タイムマジーンはアルカトラズへと向かって進んでいく。

 そうして悩み込む彼のことを、ナイチンゲールは無念そうに見つめていた。

 

 

 

 

 アルカトラズ島に接近した際に向かってきたのはワイバーン。

 どこから出てきたのか、という集団を薙ぎ払うタイムマジーンのレーザー砲。

 それらを撃ち落しながら島に接近する機体に対し、ワイバーン以上の迎撃行動はなかった。

 

 監獄の前には、金髪の偉丈夫が座りながら待ち構えていた。

 座っているとは言っても、その手には既に二振りの剣が握られている。彼を無視してアルカトラズにタイムマジーンで突っ込もうものなら、撃ち落されることは想像に難くない。

 

 彼から離れた位置にマジーンを下ろし、総員降りて戦闘態勢に入る。

 

「おう。アルカトラズ刑務所にようこそ。入監か? 襲撃か? それとも脱獄の手伝いか?

 悪いが手続きの方法までは考えてねぇんだ。とりあえず希望は出しておきな、殺した後で適当に受理しといてやるからよ」

 

 鎖で繋がれた二振りの剣を持ち上げながら立ち上がる男。

 フェルグスの出した名が間違っていないなら、それこそがベオウルフ。

 楽しげに殺意を溢れさせる彼に相対し、しかし彼女はすぐさま前に出た。

 

「こちらの患者の奥方がここに監禁されていると聞きました。

 治療に必要なので、速やかな引き渡しを要求します」

 

「面会? いや、脱獄幇助でいいか。なら問答無用で殺して終わりでもいいが……」

 

 言って、ベオウルフの視線がラーマに向く。

 彼の姿を頭の上から爪先までしげしげと眺めて―――

 

「なるほど、一目瞭然だな。間違いなくここに押し込んでる女の片割れなんだろうよ。

 夫が妻を迎えに来た、となりゃそれを問答無用は流石に看守としては気が引ける」

 

 剣を下ろさないまでも軽く首を傾げ、溜め息混じりにそう口にするベオウルフ。

 

「やはりここにシータがいるのだな……ならば通してもらおう!」

 

 その言葉に確信を持ち、そう言って痛む体を走らせるラーマ。

 だが彼の疾走はすぐさま停止することになる。

 

 盛大な破裂音。それは二つの鋼が打ち合った際の音で、打ち合った鋼とはベオウルフとラーマが構えた刃の存在に他ならない。剣を構えながら思い切り押し返され地面を滑ってくるラーマ。彼が強く胸を押さえ、片膝を落とした。

 

「くっ……!」

 

「んじゃ仕方ねえ。看守じゃなくてチンピラのやり方で行くか。

 そっちの方が余程今の俺には似合っているだろうさ」

 

 ラーマと違い剣を振り抜いた姿勢で微動だにしない彼。

 その彼に矢と銃弾の一斉射撃が襲い掛かり―――しかし、その全てを赤い剣が切り払った。

 全ての遠距離攻撃を払っておきながら、嫌そうに顔を顰めるベオウルフ。

 彼が視線を向ける先にはビリーの姿。

 

「弾は見えるが弾を撃つ銃を抜く手が見えねぇ。アーチャーの癖にお前は近づけたら駄目なタイプだな、遠ざけておけば弾を払うだけで済む。お前は後回しだ」

 

「ハハハ、褒められたって思っていいのかな?」

 

 微笑みながらもその腕の動作が止まることはなく、彼の放つ弾丸はベオウルフを常に襲い続ける。同じく放たれるナイチンゲールの銃弾。その合間に差し込まれるロビンの矢。

 それらを全て切り払いながら、ベオウルフは目を眇めた。

 

 斉射するサーヴァントたちの背後。

 ソウゴがジクウドライバーと共にライドウォッチを起動する。

 

「変身!」

 

〈ライダータイム! 仮面ライダージオウ!〉

 

 変身すると同時、構えられるジカンギレード。

 ジュウモードの銃口をベオウルフに向け、押し込まれるギレードリューズ。

 エネルギーを充填するためのカウントが始まり、それがベオウルフの耳にも届く。

 

〈タイムチャージ! 5! 4! 3!〉

 

 あからさまな高威力の攻撃のための前兆。

 それを目にした彼が、軽く鼻を鳴らす。

 

「如何にも潰しに来い、って言わんばかりの遠距離攻撃。

 だがまあ、俺が踏み込もうが踏み込むまいが……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

〈2! 1!〉

 

 ベオウルフはその銃口に視線を合わせたまま、()()()()()()()()()()()()()()()()

 虚空への斬撃はしかし正確に獲物を捉え、守りに入った短刀を粉砕しながら鮮血を撒き散らした。

 

 ―――引き裂かれた緑の外套、“顔のない王(ノーフェイス・メイキング)”が宙に舞う。

 それと同時、手にした短刀を砕かれたジェロニモが大きく後ろへと転がった。

 

「ぐっ……! が、」

 

「ジェロニモ!」

 

〈ゼロタイム! スレスレ撃ち!〉

 

 弾かれたジェロニモにトドメの一撃を加えんとする相手に、砲撃が飛ぶ。

 それを棍棒の如き大剣で受け止め、そのまま地面に叩きつけるように振り抜いた。

 衝撃で巻き上げられた砂塵の中、ベオウルフは軽く笑う。

 

「姿を隠し、銃撃で足跡と足音を隠し……なるほど気付かねえ。

 だが生憎だったな。俺が剣を捨てた後なら気付かなかったくらいにはいい隠れ蓑だったが……俺の“赤原猟犬(フルンディング)”は獲物の臭いを逃がさねえ性質でな」

 

「ッ、ああくそ、狙いつけなくても追うのかよそれ……!」

 

 彼がフルンディングと呼ぶ赤い剣を険しい表情で見据えつつ、ジェロニモの救助に走り出す―――前に。ナイチンゲールがジェロニモに向け、即座に疾走を開始していた。

 

 だが彼女が届くより遥かに先に、ベオウルフの手の中の赤き猟犬はジェロニモの血を追い立てる。ジオウの砲撃を叩き伏せた直後、再び彼に向かって放たれるトドメの刃。

 

 ―――その間に、ラーマの刃が立ち塞がった。

 

 再度の激突は当然のように押し込まれる。

 だがラーマは歯を食い縛りながらも耐え切って、ベオウルフの進行を押し留めた。代償のように胸の傷が開き、そこからすぐさま滴り落ちるほどに血の染みが広がっていく。

 

「ぐ、ぬぅ……!」

 

「―――ああ、うちの王様の槍を喰らってんのか。よく生きてるもんだぜ」

 

 鍔迫り合いの中、ベオウルフは堪えるラーマに対して足を振り上げ蹴り飛ばす。

 そしてすぐそこまで迫っていたジオウに対し剣を向け、刃を交錯させた。

 火花を散らす刃を幾度かぶつけ合い、ベオウルフは後ろに跳んだ。

 

 直後に彼が立っていた場所を過ぎ去っていく一矢。

 それを撃ち放ったロビンをちらりと見やり、彼は笑う。

 

「……毒か。ただ、普通の毒以上にやべぇ感じがすると俺の勘は言ってる。

 毒の後になんかあんのか? お前の矢にも当たれねぇな」

 

「―――罠にしろ毒にしろ、何もバレてねぇはずなのにやべぇ気がするなんつって直感で避けられちゃ、森の狩人は商売あがったりだっつうの……!」

 

 それでも撃つ以外にない。腕に取り付けた弓に再び矢を番え、彼は射撃を再開する。毒矢を放てば彼は対応せざるを得ないのだ、ならばとことん撃ち続けるだけでも意味がある。

 

 倒れ伏したジェロニモに近づき、ナイチンゲールが処置を開始する。

 フルンディングの一撃で容易に砕かれたとはいえ、短刀で守りに入ったが故か。彼の傷は致命傷と言うほどでもなく、十分に治療可能な状態だった。

 

「ぐっ……ナイチンゲール、この程度ならば私は自分で治療できる。

 それよりも彼らの援護を……!」

 

「黙りなさい。私は命を救うためにここにいるのです。

 私の治療行為を止めたいのであれば、完治してからその口を開きなさい。まだまだ患者はいるのです、無駄な体力を消耗している暇があったら、その力を全て快復のために使いなさい」

 

 鉄の意志でもって、ナイチンゲールは医療行為に専念する。

 彼女が微かに意識を向けるのは、傷が開いた要治療患者であるラーマ。

 そちらの治療も進めるために、彼女は大きく顔を顰めさせた。

 

 ジカンギレードが奔る。

 その刃をフルンディングが受け止めながら、もう一振りの剣“鉄槌蛇潰(ネイリング)”がジオウを向かう。鉄槌の一撃を腕で強引に受け止め、そのままジオウが地面を踏み締めた。

 

「ラーマ!!」

 

「オォオオオオッ―――!!」

 

 両の剣を押え込まれた相手に向かい、ラーマが剣を振り上げた。

 それと同時に毒矢と銃弾もまた撃ち込まれる。

 自身に向かい来る攻撃を前に口の端を上げてみせるベオウルフが半身を引いて、ギレードとかち合っているフルンディングから手を放した。

 

「……!」

 

 急に力を抜かれ、揺れるジオウ。ギレードは体を逸らしたベオウルフを掠めるに終わる。

 そうして体勢を崩していたジオウの脇腹に、ベオウルフの蹴撃が刺さった。

 

 力尽くで距離を開けられた直後、次いで対応するのは遠距離攻撃。

 毒矢ばかりは絶対に回避する、という意思を感じる動き。銃弾の方は多少当たったところで、彼ならば致命傷には届かない。

 

 そしてジオウに対応するために唐突に放されたフルンディングは吹き飛ばされ―――

 そのままラーマを目掛けて切っ先を向けながら勝手に飛んでいく。

 

「ッ―――!」

 

 振り上げた刃はベオウルフに向けられることはなく、そのままフルンディングから身の守りのために振り抜かれる。

 互いの剣が衝突し、勢いを相殺し、しかしフルンディングが繋がった鎖を引き戻しながら踏み込んできたベオウルフの追撃がラーマを襲撃した。

 

「ぐうッ……!?」

 

 鉄槌の如き剣、ネイリングによる打撃。

 それを何とか剣で受け止めた彼の体が、堪え切れずに大きく後ろへと吹き飛ばされていく。

 

 地面を転がった彼の胸から、血溜まりがゆっくりと広がっていった。

 

「ラーマ……!」

 

 下がれ、と叫ぶためだろうか。咄嗟に呼んだ彼の名前。

 だがそうして叫ぶ前に、既に彼は再び立ち上がっていた。

 剣を地面に突き立てて、胸を押さえながら、しかしその瞳は死んでなどいない。

 

「よく、生きているだと……ああ、死ぬものか。死んでたまるものか……!

 そこにシータがいるのだ……! シータがすぐそこにいるのだ……!!

 余がこうしてここにいるのは、彼女に再び巡り合うためだ……!! そのために余は手を伸ばし続けたのだ……! 届くかもしれない、やっと……届くかもしれない……!!

 そこを退けッ……下郎ッ――――!!!」

 

 彼は起き上がると同時、地面に突き立てた剣を天へと掲げた。

 剣は宙に浮きあがり回転を始める。形成されるのは円盤状の光刃。

 

「“羅刹を穿つ不滅(ブラフマーストラ)”ッ――――!!」

 

 魔性を屠る必殺の一撃が、最短動作でベオウルフに向け放たれた。

 

 一直線に向かってくる対魔宝具の一撃に表情を引き締め、ベオウルフは双剣でそれに対応した。フルンディングとネイリングの両方で受け止める“羅刹を穿つ不滅(ブラフマーストラ)”。

 受けた瞬間に引き攣るベオウルフの全身。衝撃に軋む体にしかし、彼は笑って全霊を尽くす。

 

「はは、いいもん持ってんじゃねえか……!

 応とも、今の俺は正しく下郎! だが立ちはだかる下郎のひとり退治できないようじゃ、お姫様の救出なんざ夢のまた夢だろうぜ!」

 

 地面を粉砕する強烈な踏み込み。

 破魔の光刃を彼の双剣が力尽くで弾き、そのまま地面に叩き付ける。

 激突した剣が深々と地面に突き立ち、灼熱していた。

 

「ぐ、う……ッ!」

 

 ラーマの膝が落ちる。その隙だらけの彼へと疾走するベオウルフ。

 ―――その両者の間に、ジオウが立つ。

 

 振り抜かれるベオウルフの双剣。フルンディングとネイリングの一撃を両腕で受け止め、盛大に火花を散らしながら軋むジオウのスーツ。

 

「っ……! ソウゴ……!」

 

 背後からラーマの声。

 それを背中に受けながら、呟くようにソウゴが口を開く。

 

「―――俺は……まだ、何に、どこまで、手を伸ばせばいいか分かんないけど……

 ひとつ、思ったことがあったんだ」

 

 ギリギリと悲鳴を挙げ続けるジオウの鎧。その状態でジオウがベオウルフと視線を交差させる。

 

「誰かが伸ばした腕が、何も掴めないで終わってしまうのは嫌だ……!

 俺にもし、どこまでも届く腕があるのなら! 俺はそれを全部掴んで、引き上げる!

 ……みんなの手が、望んだところまで届いて欲しいと思うから!」

 

「ヌッ、ぐぅ……!」

 

 ベオウルフに対しジオウの頭突きが飛ぶ。

 激突した勢いで一歩退くベオウルフ。

 

 魔剣に打たれ、白煙を上げる腕を持ち上げる。その手の中には、黒いウォッチ。

 何も描かれていないブランクウォッチが、ソウゴの意思に呼応して色付いていく。

 染めていく光は緑と黄。

 

 ウェイクベゼルを回し、レジェンダリーフェイスを展開する。

 そこに浮かび上がる顔は、タカを象った赤い顔。

 ―――ジオウの指が、そのウォッチのスターターを押し込んだ。

 

「俺は、絶対に最高最善の魔王になる」

 

〈オーズ!〉

 

 ジクウドライバーに装填されるオーズウォッチ。

 そのまますぐに回転待機状態にされ、流れるように回転させられるドライバー。

 

〈ライダータイム! 仮面ライダージオウ!〉

〈アーマータイム!〉

 

 読み込まれたライドウォッチのデータをジクウマテリアルが実体化させていく。

 実体化すると同時、空を舞う赤い物体。

 その外見こそはまさしく―――

 

〈タカ!〉

 

 次いで現れるのは大地を疾走する黄色い四足の獣らしき物体。

 その巨大な爪と体表の模様が現しているのは―――

 

〈トラ!〉

 

 そして地面を跳ねる緑の物体。

 後ろ足らしき部分で地面を叩き、体を跳ねさせるその動作こそ―――

 

〈バッタ!〉

 

 それら三つの存在が宙を舞い、ジオウを取り巻き、そして装着されていく。

 タカは頭部に。トラは胴体に。バッタは足に。

 胴体に三色に分割された一つの円、スキャニングブレスターが形成され、それぞれタカ、トラ、バッタの文字を浮かび上がらせた。

 

 ジオウの頭部から一度排出されていたインジケーションアイ。

 それが“ライダー”から形を変え、再び今のジオウの頭部に戻ってくる。

 即ちその新たな文字の形こそ―――

 

〈オーズ!〉

 

 赤、黄、緑。タカ、トラ、バッタ。

 三色三種の力を鎧と纏い、ジオウがゆるりと腰を落とす。

 右腕に装着されたトラの爪。トラクローZを構えて、ジオウはベオウルフに向き直った。

 

「楽して誰かを助けられないなんて、ずっと前から分かってる―――! だから俺は、王様になって世界を変えることを選んだんだ―――!

 これからどれだけ苦しもうが、打ちのめされようが、俺の夢は変わらない……! みんなが幸せに生きられる世界のためになら、命を懸けたって惜しくない! 俺は、俺が正しいと信じた道を進み続けるってずっと前から決めていたんだから―――!!」

 

 

 




 
メモリアルライドウォッチに「未来の自分を信じろよ!」入ってないやん!!
 

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