Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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オーズとコンボといつかの明日2010

 

 

 

「ハッピーバースデー!」

 

 その降誕を前にして、いつの間にか停車しているタイムマジーンの上に立っていた者が声を張り上げた。覇気に満ちた敵を前にしかし、ベオウルフが微かにそちらに意識を向ける。

 そこに立つのは片手に本を広げたロングコートの男、ウォズに他ならない。

 

「祝え! 全ライダーの力を受け継ぎ、時空を超え過去と未来をしろしめす時の王者!

 その名も仮面ライダージオウ・オーズアーマー!

 素晴らしい! またひとつ、王たるライダーの力を継承した瞬間である!」

 

 彼の声を背に受けて、頭だけ振り返るジオウ。

 

「黒ウォズ、忙しいんじゃなかったの?」

 

「もちろん。だが、君の継承の儀もまた私の使命だからね。

 では我が魔王よ! その力を存分に振るわれるがいい!」

 

 ウォズはそう言ってベオウルフを示し、ジオウもまた彼へと顔を向けた。

 

 跳び出すために落とした腰に連動し、バッタの脚力を発揮するバッタスプリンガーが駆動する。増大した跳躍力は踏切りと同時に如何なく発揮され、彼我の距離を一瞬で詰め切った。

 トラクローZがフルンディングと衝突し、火花を散らして競り合う。

 

「ははは、王様ねえ! しがらみしか増えねぇもんだが、奇特な奴もいるもんだ!

 ならば、俺も受けて立とう―――この霊基(からだ)こそは政を知る王であり、しかし俺は殴ることしか考えねえ戦士である。然るに……この俺を前に王たらんとするならば、俺を倒してみるがいい!」

 

 クローとフルンディングが弾け合い、同時に彼はネイリングを振るっていた。

 爪を有するのはジオウの右腕のみ。左腕はアーマーに覆われていようと、剣と競り合える武装は持っていない。

 故に彼は体を庇うことしかできないはずであり―――しかし。

 

 鉄槌の如きネイリングに突き出されたジオウの左腕が、ゴリラの如き剛力でもってネイリングと激突した。

 ベオウルフがこの戦い、初めて感じるパワーの拮抗。

 象の如く大地を踏みしめるジオウはネイリングとの衝突に揺ぎ無く、再びその灰色のエネルギーを纏った腕をゴリラの剛力でもって突き出していた。

 

「オォオオオオッ――――!」

 

「んだとォ―――ッ!?」

 

 よもや鉄槌の一撃を拳で弾くとは思っておらず、そのまま胴体に拳を叩きこまれるベオウルフ。その体が思い切り吹き飛んで、盛大に砂埃を巻き上げながら地面に落下した。

 

 剛力を自身で把握したジオウが、ふと胸のスキャニングブレスターを撫でる。

 いつの間にかその文字が変わり、トラはゴリラに、バッタはゾウになっていた。

 そこにゆっくりと指を這わせ―――ジオウは一気に顔を上げる。

 

「これなら……いける気がする!」

 

 巻き上げた砂塵をぶち破り、ベオウルフが疾走する。

 灼熱するように赤く染まる肌を晒し、彼は鮮烈な笑みを浮かべながら姿を現した。

 それを迎え撃つために構え直すジオウに放たれるフルンディングの一撃。

 

 敵を追尾する赤き猟犬。その一撃は、確実に相手を仕留める軌道を剣自身が選んで走る。

 相対するジオウは赤い剣に対し足を振り上げ、剣を横合いから蹴り付けた。

 

 赤剣を弾かれたなら、そのまま今度は鉄槌が―――と。

 

 続けてネイリングを振るおうとしたベオウルフが体勢を崩す。

 

「ぬおッ……!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 ジオウの蹴りと空中で交差させた赤い剣は、そのままぴたりと彼の足に張り付いていた。蹴りを引き戻す動作にベオウルフの体が引っ張られ、しかしそれを理解し踏み止まろうとした瞬間。

 

「ぐ、がッ……!」

 

 雷撃が轟く。

 クワガタ、ウナギ、タコ。ブレスターの文字を組み替えたジオウは、足に張り付けた剣を通じて二重の雷をベオウルフに見舞っていた。しかしその稲妻を浴びながらも、ベオウルフは微かに笑った。

 

 フルンディングを手放す。それでもなお、ネイリングと繋がった鎖を通じて彼に電撃は流れ込む。その状態で彼は思い切り腕を振り上げ、ジオウへと殴り掛かった。

 両腕で受け止めたオーズアーマーを仰け反らせるほどの重い打撃。大地を揺らすような打撃音を響かせながら、連続して繰り出される拳撃の嵐。

 剣を足に吸いつけているジオウもまたベオウルフから離れることはできず、何度となくその拳を受けることになる。

 

「だ、ったら……! これだ……!」

 

 振り抜かれる拳を受け止めるジオウ。直撃してなお、ベオウルフの拳を受け止めてみせているその両の腕。

 ブレスターの文字がウナギからカメに変わった文字に連動し、彼の腕には亀甲の如き盾が浮かび上がっていた。

 

 放たれる拳。受け止める盾。数度の攻防を経て、舌打ちしつつベオウルフは足を振り上げた。

 盾に対して、思い切り振り抜かれる足。

 それは守りを打ち破るためではなく、捕まえられた剣を吸引から引き剥がすためのもの。

 

 ベオウルフの全力がかけられた結果、踏み止まり切れずにタコの吸引からフルンディングが引き剥がされる。地面を滑りながら後ろにジオウが押し出されると同時―――矢と弾丸がベオウルフに殺到した。

 

 その目が攻撃を捉えた瞬間、全ては弾き切れないと理解する。

 彼の直感が訴える絶対に当たってはいけない攻撃―――毒矢だけは見逃さず、ネイリングで撃墜。避けきれない弾丸が、彼の体を撃ち抜いていく。

 

「チィッ……!」

 

 引き剥がしたフルンディングを鎖を引いて手元に戻す。

 双剣を取り戻した彼の迎撃は、ビリーの射撃も完全に防ぎ始めた。

 

 その迎撃の最中に、太陽の光が届く。

 僅かに顔を顰めたベオウルフの視線が一瞬、ジェロニモとナイチンゲールの方を向いた。

 既にナイチンゲールはそこから離脱し、ラーマの方に向かっていていない。

 つまりそれは、彼女がその場を離れても問題ないほどに彼が回復した証左。

 

「―――精霊よ、太陽よ。今ひととき、我に力を貸し与えたまえ。

 その大いなる悪戯を……“大地を創りし者(ツァゴ・デジ・ナレヤ)”―――!!」

 

 大地に呼びかける男の声に応え、彼の背後に巨大な獣―――コヨーテが出現した。

 瞬間、疾走を開始する大いなる存在。それは太陽光を引きずりながら走り抜け、ロビンとビリーの攻撃を捌き続けるベオウルフを飛び越えていく。

 

 コヨーテを追い回す陽光。降り注ぐ熱線に灼かれ、彼の肌が黒煙を上げる。

 それを見ていたジオウが胸に手を添えて―――手の中にひとつ、ウォッチを取り出した。

 投げ放たれたそれは空中で展開してバイクに変わり、着地する。

 

「……こう!」

 

 チーターの脚力が大地を蹴る。跳び上がったジオウがそのままライドストライカーに乗り込み、同時にブレスターの一番上がライオンに。その瞬間ライドストライカーが光を放ち、トラを模しているのだろうエネルギー光に包まれた。

 

「変わった―――!」

 

 トラそのままに暴れ狂うエネルギーを押さえ込みつつ、ハンドルを握りしめる。

 エンジンを噴かすと、共に咆哮を上げるトラの力。

 その車体を大きく振り回し、ジオウは頭部から陽光を放散しつつ疾走を開始した。

 

 コヨーテが走り、それをオーズアーマーが駆るトライドストライカーが追う。

 二つの陽光は灼熱となってベオウルフに降り注ぎ、彼の体力を確実に削り取っていく。

 肉を灼かれながらも舌打ちひとつ。

 

「しゃらくせえ―――ッ!」

 

 跳び回るコヨーテに双剣が向けられた。

 が、そこに突撃したトライドストライカーが、トラの両前足らしき部分で双剣を受け止める。ミシミシと軋むベオウルフの筋肉。だがそれでもなお、トラの突撃を彼は大きく打ち払う。

 

 押し返され、後輪を地面に滑らせながら大きく吹き飛ばされる車体。

 それを体重をかけて押さえ込みながら、ジオウが背後に声を飛ばした。

 

「ビリー、手伝って! ロビンも!」

 

 すぐ傍まで下がってくるトラの光を纏うバイクの上でそう言われ、彼は微かに目を見開く。

 ビリーとロビンは一瞬だけ視線を交わし、すぐさまその話に乗った。

 

「OK! んじゃグリーン、後詰は任せたよ」

 

「……あいよ、ガンマン。盛大にどうぞ」

 

 ビリーがジオウの後ろに飛び乗り、愛銃をホルスターの中に収めた。

 即座にトラの咆哮を響かせて加速するトライドストライカー。

 バイクの後部、トラの背に立ちながらビリーは少し困ったように小さく笑う。

 

「生憎だけど盛大にはならないかな」

 

 向かってくるマシンにビリーが同乗しているのを見て、ベオウルフが顔を顰める。

 高速で詰められていく彼我の距離。交差する瞬間に迎撃するため、振り被られた二振りの魔剣。それを前に、ビリーはゆるりと銃へと手をかけた。

 

「“壊音の霹靂(サンダラー)”」

 

 ベオウルフが腕を振り抜かんとする中、彼の呼ぶ銘が耳朶を叩く。

 

 果たして、剣を振り抜くはずだったベオウルフの両腕。そこに握られていたはずの剣が、両方とも消えていた。

 宙に舞う鎖で繋がれた双剣。その鎖をすれ違いざまにトラの腕が引っかけて、そのまま走り去っていく。刃を向けようとするフルンディングを押し留めつつ、そのままベオウルフから離れていくマシン。

 

 その上で、銃口から硝煙を散らしているビリーが静かに微笑んだ。

 

「僕が決める瞬間は、誰にも見えないんでね」

 

 剣を取り落としたベオウルフの両腕の指は、銃弾に砕かれていた。故に剣を握りしめてはいられず、彼の剣は宙へと投げ出されることになったのだ。

 指を幾つか失った彼が盛大に舌打ちし、そのまま力の入らない拳を握りしめる。

 

「だからてめぇは近づけたくなかったんだよ―――!

 ……だが、それでもまだ―――!」

 

「いや、ここで詰め切らせてもらおう!」

 

 彼の動きが完全に止まったのを見計らい、コヨーテがベオウルフに躍りかかった。

 上から押さえつけると同時に、天を仰ぐ咆哮。

 その場に太陽の熱量が一気に降り注ぎ、その場を灼熱で覆いつくす。

 

「オ、オォオオオオッ―――!!」

 

 灼熱の地獄の中にあってさえ、彼はその剛力で自身を押さえ込むコヨーテを押し上げ、そのまま捻じ伏せた。地面に叩きつけられ、消えていくアパッチの守護者の再現。

 降り注ぐ陽光もまた同時に消えて、ベオウルフはその熱量の中から脱し―――すとん、と。

 彼の肩に矢がひとつ突き立っていた。

 

「づ、流石に捌き切れなかったかよ……!」

 

 毒矢の一撃を受けつつ、微かに口の端を吊り上げるベオウルフ。

 そんな彼の様子に更なる一矢を番えながら、下手人は呆れたような声を上げた。

 

「こんだけやって捌き切られたらどうしようもねえっての。

 こいつでオタクの血に毒は入った。そんで、アンタが感じてたっつー不安をやっと現実のものにできるってわけだ―――!」

 

 構えられるロビンフッドの弓。

 ベオウルフの直感が発生させる警鐘はあれに対し、当たるどころか打ち払ってもならないと最大級の警告を告げている。避ける以外にない、という確信を元に足を踏み出そうとする彼が、直後に覚えた悪寒に足元へと視線を送る。

 

 そこには熱に灼かれた地面が上げる黒煙に隠れ、ベオウルフに迫る大蛇がいた。

 それはぐるりと彼の足へと一気に巻き付き、その牙を足へと突き立てる。

 

「あんだと……ッ!」

 

 二重の毒に更に重くなる体。

 大蛇の尾を視線で追えば、そこにはバイクから既に降りているジオウの姿。

 ブレスターの文字はライオンからコブラに変わっていた。

 

 大蛇はその頭部から伸びているエネルギー体に他ならなかった。

 即座に咬み付いていた蛇を引き千切るが、しかしそれだけの手間をかけていたらもう遅い。

 とっくの昔に、相対する弓兵は矢を番えていた。

 

「弔いの木よ、牙を研げ―――“祈りの弓(イー・バウ)”!!」

 

 放たれた矢は過つことなく、ベオウルフの体に届く。

 瞬間、彼の足元からイチイの木が生い茂る。

 それはベオウルフの体内の毒に反応し、彼を締め付けるように急速に育っていく。

 同時に彼の皮膚が弾け、体内の毒がそのまま爆弾にでもなったかのように炸裂する。

 

「グッ、ガ、ァッ……!」

 

 鮮血を散らす彼をそのまま磨り潰すように呑み込んでいくイチイの木。

 

 ―――数秒後。彼が立っていた場所には、複数の木の幹が複雑に絡み合い、ひとつの大木のようになったひとつの塊だけが残されていた。

 

「……ふぅ、やれやれ。竜と殴りあうような怪物の相手なんてホント勘弁してくれって話……」

 

 その結果を眺め、小さく息を落としながら弓を下ろすロビン。

 

 そんな彼の目の前で、木の幹がミシリと大きく軋んだ。

 

 息を呑む間もなく、力任せに引き千切られた木が宙に舞う。

 弾けた鮮血を体に燻る熱で蒸発させながら、血だけではない赤さに身を染めたベオウルフが再びその姿を彼の前に晒す。

 

「ハ―――気分の悪くなる毒がさっさと爆ぜたおかげで、血肉は失ったが動き易くなったぜ。

 もうここまで来たらそのうち死ぬだろうが、それでもまだ殴り足りねえ……!

 まだまだ、こっちに付き合ってもらおうかぁッ!!」

 

「ウッソだろ、デタラメも大概にしておけって……!」

 

 引き千切ったイチイの残骸を彼の腕が全力で投擲する。

 バイクを切り返してそちらに向かおうとしていたビリーが回避し切れずに当たり、ライドストライカーごと転倒した。

 

「づぁ……っ!?」

 

「ビリー!」

 

 そちらに駆け寄ろうとしたジェロニモにもそれが飛び、守りに入った彼ごと吹き飛ばす。

 指を失った分、力はかけられていないはず。それでも彼の剛力は凶器たる。

 続けてロビンにも木片を投げつけようとした彼に、声が飛ぶ。

 

「まだ付き合え、だと……! 何度言えばわかる、そんな暇はない……!

 余はここに、愛する女を迎えにきたのだ……! さっさと……退けぇッ――――!!」

 

 ナイチンゲールの治療を受けても、もはや彼の胸の血は止まらない。

 既に開き切った傷は、完全に治癒より呪詛による崩壊の方が勝っていた。

 それでもなお、剣を掲げて魔性たる存在を滅するための刃を生む。

 

「応とも! 退かしてみせろよ、王子様――――!!」

 

 狙いを切り替え、木片はラーマに向けて飛ばす。

 即座に割り込んだナイチンゲールの拳が、要治療患者への攻撃を打ち払う。

 殴り飛ばされた木片が砕け、木屑となって周囲に散った。

 

 そんな彼女を見たベオウルフが、殴り合うに足ると判断する。

 欠けた指で拳を握り、走り出す灼熱の肉体。

 

 彼がこちらに辿り着く前に“羅刹を穿つ不滅(ブラフマーストラ)”を放たんとし―――

 既に限界を超え、軋む体にラーマが歯を食い縛った。

 撃てる。その気になれば、いつだって撃てる。だが今のこの一撃は宝具などと呼ぶには烏滸がましい、まるで威力を持たない一撃になるのが見えている。

 

 それでも彼はなけなしの魔力を振り絞り、剣に載せる。

 放つ前に砕け散りそうな体を必死で維持しながら、力を籠め続ける。

 

「ここまで、きて……! シータを前に、死ねるかぁあああ―――――ッ!!!」

 

「ラーマ!! 撃て―――――ッ!!」

 

 叫ぶラーマに届く、ソウゴの声。

 咄嗟に彼の方へと視線を送れば、ジオウは炎に包まれていた。

 ブレスターに刻まれた文字は、タカにクジャク、そしてコンドル。

 

 炎と燃ゆる彼が二つの掌を動かし、その炎を集束させていく。

 形成するのは円盤状に固まった炎が高速回転しているような、そんな一撃で―――

 

「ッ! 前を開けろ、ナイチンゲール!!」

 

〈フィニッシュタイム! オーズ!〉

 

 ラーマの前で身構えていたナイチンゲールが一瞬迷い、しかしすぐさま横に跳んだ。

 ベオウルフと直線に並んだラーマが、全身全霊を載せた最後の一撃を振り被り、解き放つ。

 

「“羅刹を穿つ不滅(ブラフマーストラ)”―――――!!!」

 

〈スキャニング! タイムブレーク!!〉

 

「セイヤァアアアア―――――ッ!!」

 

 同時に放たれるジオウの火炎輪。

 それはベオウルフを目掛けるのではなく、ブラフマーストラの刃を追う。

 敵に届く前にその炎は空中でラーマの刃に衝突し―――

 

 合わさり、巨大な鳥の如き形状の燃え盛る一撃に昇華された。

 目の前に立ち塞がる炎の鳥獣を前に盛大に笑うベオウルフ。

 

「いいぜ……! テメェも最後の一撃、こっちも最後の一撃、これで決めようじゃねぇか!

 要するに闘いってのは、最後まで立っていた方が勝ちって単純なもんなんだからよ!」

 

 ―――大地を砕くほどの踏み込み。振り上げられるのは血に濡れ、灼熱する赤い拳。

 先程まで扱っていた剣を凌駕するだろう力の奔流。

 

「“源流(グレンデル)……!!」

 

 迫る炎は魔を殺す不滅の刃。

 超常的なエネルギーを纏うそれに対し、ただの拳が振り抜かれる―――

 

闘争(バスター)”―――――ッ!!!」

 

 結果は衝突。腕が裂け、既に負った致命傷は更に悪化していく。

 だがそれでもなお、彼は振り抜く拳で炎の鳥を殴り抜いた。

 一瞬緩む、不滅の刃の進行速度。

 

 それを支えるラーマが腕を掲げ、目を見開きながら投げ放った己の剣へ更に魔力を込めた。

 

「勝手に余の一撃を最後と決めるな! 例えそれが敗れようと、ならばまた放つまで!

 限界など、致命傷など知ったことか!! 余はシータに届くまで……!

 例え死のうが、倒れるものかぁあああ――――ッ!!」

 

 腕を振り抜いたベオウルフに、炎の鳥が再び突撃する。更に速度を、火力を、鋭さを増す再度の一撃。対するベオウルフもまた拳を振り上げ、殴り抜く。

 ―――だが今度は勢いひとつ緩まない。突き抜けてくる炎の鳥はそのまま加速し、ベオウルフの腕を消し飛ばしていく。

 

「ハ、ハハハ! そうかい、んじゃ俺の負けか」

 

 そのまま貫き通し、ベオウルフの胸へと直撃する。

 突き立った瞬間に爆発する、その一撃に注ぎ込んだ全ての魔力と炎。

 

 体の半分以上が消し炭になったベオウルフが崩れ落ちる。そんな状態になりながらしかし、彼は即座に消えるようなこともなく、地面に転がって笑っていた。

 

 彼の傍へと歩みより、その頭上からジオウが声をかける。

 

「……あんたは何で黒いクー・フーリンに従ってたの?」

 

「あん? はは、理由なんざねえよ。別にあっちに喧嘩売って死んでも良かったが……

 ま、あの王様の在り方にちと思うところがあったってのもあんのかもな」

 

 少しだけ困ったように表情を曇らせるベオウルフ。

 その顔を見て、微かにジオウは首を傾げた。

 

「黒いクー・フーリンの、在り方?」

 

「……別に己で望んで王をやってたわけじゃねえって話さ、やるからには正しく果たしたがな。まあ、俺が勝手に感じてる親近感と思っとけ。お前はお前で、奴をどう思うか決めるんだな。

 ただ、俺ひとりに苦戦しているようでどうにかなる相手じゃねえってのは知っとけ」

 

「……それでも、俺たちは勝つよ。

 ―――明日を望む人がいる限り、世界を続けるために戦うのがいい王様だからね」

 

「ははっ! 馬鹿言えよ。王がそんなことまでやってたら、過労で死ぬっての……」

 

 言い残し、彼の姿は金色の光となって解れていく。

 空に昇っていくその光を見送って、ジオウは強く拳を握り締めた。

 そうして立ち尽くす彼の背後からウォズが声をかけてくる。

 

「おめでとう、我が魔王。オーズの力を使いこなしているようだね。

 ―――君のおかげで、彼にも役得があるようだしね?」

 

「彼……?」

 

 振り返った先、ウォズはナイチンゲールに肩を借りているラーマを見ていた。

 彼は監獄の方へと歩いて向かっている。そこでシータという女性と合流できれば彼の傷の完治も見えてくるし、それ以上に彼の心の救いになるだろう。

 

 ―――戦闘の余波で既に監獄の入り口は吹き飛んでいた。

 そこを目指し歩むラーマの息は、次第に浅くなっていく。

 体力もそうだが、それ以上に……彼にとってこの歩みは、目の前にあるがけして届かない希望に向かって歩む絶望の足取りで―――

 

「ラーマ、様……?」

 

 ―――懐かしい声が、彼の耳に届く。

 どれだけ期待しても、二度と聞くことのできないと思っていた声。

 顔を上げる。崩れ落ちた監獄の扉の先、そこに……彼は、最愛の人の姿を見つけた。

 

「シー……タ?」

 

 間違うはずがない。けして両立しないように、ラーマと同じ霊基で召喚されたのだろう彼女の姿は、ラーマと瓜二つになったものだけれど。

 ―――その少女だけは、彼が間違うはずがない。

 

 ナイチンゲールに引っ張られていた肩を振り解き、走り出す。

 もつれる足を必死に動かし、彼女の元へと走り出す。

 

「シータ! シータ!!」

 

 ―――最愛の人を求め走り出したラーマの背を見ながら、ロビンフッドが首を傾げる。

 離れているとはいえ、サーヴァントがこれだけの近さにいて……

 斥候としての技能を持つ彼でさえ、何の気配も感じない。

 

 ラーマが彼女を抱き寄せるために手を伸ばす。

 シータが彼を受け止めるために手を伸ばす。

 そうして、

 

 監獄の入り口、遂に巡り合えた二人の影が()()()()()

 

「え?」

 

「あ……」

 

 何かの間違いだ、と。

 ラーマがすぐさま再びシータに手を伸ばし、しかしやはりすり抜ける。

 姿は見えている、声だって届いている、なのに手が届かない。

 

「なぜ、なぜだ!? やっと、やっと君に会えたのに!

 僕はこれまで……ただそれだけのために……それだけの、ために……ッ!」

 

「ラーマ……」

 

 彼女の前で、触れられない手を震わせるラーマ。

 その震える手を握ってあげることも出来ず、シータもまた悲痛な顔を浮かべていた。

 

 彼らの姿を見たジオウがウォズを振り返る。

 

「黒ウォズ、あれってどういうこと? 何でラーマは……」

 

「さて。本人たちに聞いた方が早いんじゃないかい?」

 

 膝を落とし、拳を握り締めるラーマ。

 その彼の背に、手を添えるような姿勢を取るシータ。

 当然、その背に触れることも彼女にはできない。

 

 ラーマたちの後に続き監獄の前に集まってくるジオウたちを見て、シータは軽く頭を下げた。

 それはそれとして、ナイチンゲールがジオウに視線を向ける。

 

「カルデアの方に連絡を入れてください。シータという方を確保したので、これからラーマの治療を開始する、と」

 

「いや、そういう流れじゃねえでしょこれ……」

 

 当然のように治療を最優先するナイチンゲールに呆れるロビン。

 軽く息を吐き、ジェロニモが膝を落としたラーマに視線を向けた。

 

「……まあ、それも優先すべきだ。ラーマはとっくに致命傷だというのに生きているのは、その精神力からだ。その心が折れかけているのは、些か以上にまずいだろう」

 

 シータが彼の胸に空いた穴、滴る血液の量を見て痛ましげな表情を浮かべる。

 即座に連絡を入れたソウゴに、ロマニからの返答はすぐだった。

 

『……ボクの知識が正しければ、ラーマとシータは生前に呪詛を受けていたはずだ。

 バーリという猿を背中から騙し討ちし殺した結果、その猿の妻から受けた……』

 

「はい。その呪いは英霊になってなお、私たちを引き裂いています。

 ……本来、()()()()()()()()()。それが如何なる状況であれ……私の体がラーマ様の霊基なのも、表裏一体の同一存在となることで、けして会えないようにするためのもの」

 

 彼女の説明を聞いて、ビリーは難しそうな顔でラーマとシータを見る。

 

「でも今、出会えてはいるよね? 触れ合えてはいないみたいだけど」

 

「それは……」

 

 その疑問に対する答えは彼女も持っていないのか、黙り込むシータ。

 ジオウが横にいるウォズを見る。彼は本を手に、肩を竦めるばかり。

 そこで通信機の先、カルデアからロマニの声が届く。

 

『……いや、()()()()()()()()()。だからこそ、出会えたとも言える』

 

「うん?」

 

 何が言いたいのか分からない、と首を傾げるビリー。

 

『……そちらで現場に居合わせるとそうは思えないのかもしれないね。

 カルデアで観測してると今、そこは尋常じゃなく不思議な状態だ。

 いや、そんなことはいいか、結論を言おう。いま君たちがいるのは1783年のアメリカだ。

 けれど―――()()()()()()()()()2()0()1()0()()()

 

「2010、年……?」

 

 一体それが何なのか、というかどういう状態なのかと首を横に倒す一行。

 そしてふと、ドライバーに装着されたオーズウォッチに指を這わせるジオウ。

 

『厳密には2010年ではないんだろう。既に2010年はないからね。2010年相当の時流、ということだけど……要するに、シータだけいる時間が違うんだ。

 おかしいのは触れないことではなく、姿を見たり言葉を交わしたりできることの方だ。

 呪いが働かないのも当然だ。現場にいる君たちの五感以外で、君たちが共存してるなんて分からないんだから。ルールに抵触してると認識できていないのならば、呪いだって何もできない』

 

「何もおかしくはないさ。オーズとは時空さえも操る錬金術師ガラを始めとする者たちの作り出した欲望の粋であり―――オーズを継承した我が魔王は当然、時空など超越した存在。

 オーズの継承を終えたことにより、多少の時空変動が起きたところで不思議でも何でもない」

 

『……まあ、原因となるのはソウゴくんしかいないだろうね。今までは彼女だって1783年にいたはずだ。それを……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それほどのことができたのは、そのオーズの力の継承とやらを成し遂げた直後だったから……そう考えるのが、もっともらしいとボクも思う』

 

 ロマニとウォズの言葉を受けて、ジオウが再びオーズウォッチを撫でた。

 そのままラーマの元まで歩いていく。

 

「……ごめん。ラーマの伸ばした手を、俺……届けて、あげられなかった」

 

「―――なぜ、お前が謝る。むしろお前がいなければ余は、シータと顔を合わせることすら出来なかった。そういう、ことだろう?」

 

 顔を大きく腕で拭い、彼は再び立ち上がる。

 それに合わせて立ち上がったシータと視線を合わせて、彼は手を差し伸べた。

 小さく笑って、シータがその手に自身の手を載せた。

 

 触れ合ってはいない。温もりは伝わらない。それでも、同じ場所にいたからできること。

 

「―――シータ。余が起こしたものではないけれど、奇跡があった。

 再び君に、こうして巡り合えた。だから……」

 

「―――はい。ラーマ様、まだあなたは戦うのですね。この世界を守るために」

 

 震える彼の手を両手で包むように隠すシータ。

 彼が何を選ぶかなど、彼女には言われずと分かる。

 真摯な眼差しを見返して、潤み始めた瞳で彼と強く視線を交わす。

 

「……ああ。今日は、君に手が届かなかったけれど……いつか、いつかの明日に。

 きっとまた、奇跡が起きて、君の手を握れる日がくると信じてるから……

 僕は戦うよ。この世界の明日のために、その明日に巡り合えると信じてる、君のために」

 

「ラー、マ……ラーマ……はい、またいつか……きっと……あなたと一緒に」

 

 二人が抱き合うように身を寄せあう。

 体の震えも、温もりも、何も伝わるはずがない。

 そのはずなのに、相手の温かさを感じられる気がして、ただひたすらに。

 

 その二人の後ろにいるナイチンゲールが、通信機に向け口を開いた。

 

「……それで治療の方法は」

 

『……シータの存在が2010年のものでも、カルデアからは捉えられている。彼女の霊基を退去と引き換えに譲ってもらえば、霊基再臨に等しい治療をラーマに施せるだろう。

 シータはアーチャーのようだけど、霊基は彼とほぼ同一……というか、完全にラーマと同じ。なら、セイバーのラーマであっても問題なく修復できるはずだ。ただ……』

 

 完全に二人の世界に入っちゃった二人に声をかけづらい、と。

 ロマニはどうしたものかと唸るのであった。

 

 

 




 
あとは最終決戦だけや。
ラーマは回復して敵はメイヴとクー・フーリンとアルジュナのたった三騎。
勝ったぞ綺礼。この戦い、我々の勝利だ。
 

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