Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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自分と誰かと手の繋ぎ方1783

 

 

 

「サーヴァントの気配?」

 

「はい。どうやら付近に来ている様子なのですが……」

 

 物資の確認をしていた立香はジャンヌからのそのような報告を受け、腕を組んで悩み込んだ。

 その件に関して付け加えるべき事柄を、彼女は続けて述べる。

 

「気配はとても小さい。

 気配遮断が不得手なアサシンか……或いは、既に致命傷を受けているか。

 少なくとも通常の戦闘が可能なサーヴァントではないと思います」

 

「って言っても、流石に私たちだけで見に行くわけにはいかないよね」

 

 そう言って隣にいるマシュを見る。

 

「はい。所長は現在、こちらに来たエジソンさんたちと決戦のための調整を行っています。

 ですが周囲にサーヴァントの気配がある、となればすぐに指示を仰ぐべきかと。最初は気配を隠していたというネロさんの霊基を砕いたランサーのようなケースもありますし、油断は禁物です」

 

 だよね、と頷いて軽く空を仰ぐ立香。

 そのまま直に伝えに行くよりこちらの方が早いか、と通信機を手にする。

 会議中に通信はどうかな、とも思うが緊急の案件と言えるだろうしセーフだろう。

 

「所長。聞こえますか、所長」

 

『―――藤丸? 何かあったの?』

 

 数秒を置いてからの返事。

 そんな彼女に対して、ジャンヌの察知した気配のことを伝える。

 通信機越しにも伝わってくる彼女の悩む雰囲気。

 

『偵察……場合によっては、そのまま戦闘。

 あなたたちと……ネロはまだ動かせないでしょうね。ならツクヨミとモードレッド……』

 

『ふむ、ならばカルナ君を連れていくといい。

 最終決戦になるということで、大陸に私たちが建造した発電所からの電力はこの基地に集めている最中だ。ミス・アニムスフィアには電力を魔力に変換する装置の設置の方を手伝ってほしい。

 更に言うなら天然の発電機であるモードレッド卿にもそちらをね』

 

 通信機に割り込んでくる―――いや、オルガマリーから離れていても声がでかくて通信機が声を拾ってしまうだけか。

 そんなエジソンの声が聞こえると、難しく唸る様子のオルガマリー。

 

『そんな装置、わたしには仕組みが分からないのだけれど』

 

『いや! 珍しく私の直感がそう言っている!

 君にこちらを手伝ってもらえば、確実に決戦までに間に合わせられると!』

 

『はあ……?』

 

 がおがおと響く声。

 その後幾つか言葉を交わした彼女たちの間で、不明なサーヴァントに対しての偵察は、立香とそのサーヴァントたち、そしてカルナによって行うということが決定した。

 

 

 

 

「……この距離まで近づけばオレでも分かる。

 確かにかなり弱っているサーヴァントのようだ、気配遮断の類ではないだろう」

 

 ジャンヌの導きに従い、基地近くの森に踏み入った一行。

 そんな中でカルナが微かに目を細め、木々の奥に視線を送る。

 彼が手に槍を現したことに合わせ、マシュが立香の前へと出た。

 

「うーん、あたしには弱ってるかどうかまではまだ分からないね。

 戦闘は出来そうにないくらいなのかな?」

 

 戦車を引っ込めて剣と盾を備えるブーディカ。

 彼女に言葉を向けられたカルナは一瞬口を開き、しかしそのままジャンヌへと目を向けた。

 

「……オレのものよりルーラーの感覚の方が信用できる。

 どうだ、ジャンヌ・ダルク。相手の出方は感知できるだろうか」

 

「―――まず間違いなく、霊基に致命傷を負っているでしょう。

 恐らく動くことすらできない、と思いますが」

 

 先導するようにジャンヌが歩き出し、その後ろに皆で続く。

 

 木々を掻き分け、抜けた先。

 そこには一人の女性が木に寄り掛かり、目を瞑っている姿があった。

 彼女の近くには二振りの朱い槍が突き立ててあり―――

 

 それを見た立香の口から、槍の銘が小さく零れ落ちる。

 

「ゲイボルク……?」

 

 その槍こそは、彼女たちがよく見知ったものだった。

 呟いた声で気付いたのか、或いは接近した時点で気付いていたのか。

 木に寄り掛かっていた女性がゆっくりと目を開く。

 

 既に焦点の定まっていない瞳が小さく動き、この場に来た者たちをひとりひとり見回してから、彼女は自嘲気味な声色で呟いた。

 

「……さて。この死に損ないに何の用があるのか」

 

「えーっと……私たちは人理焼却を防ぐため、この特異点を解消するために戦っている―――」

 

「……把握している。カルデア、だろう?

 悪いが見ての通りだ。ああ、いや、見た目ばかりは取り繕っているから分からぬか。

 よもや私が、ゲイボルクでこうまでしてやられるとはな」

 

 ふぅ、と深い息。それだけの言葉を発するのに体力を使い果たした様子を見せて、彼女は軽く体を揺らす。末期的な衰弱状態にあると一見で分かるほどに彼女の所作は緩慢としている。

 

「ジャンヌ、彼女を治療できるかな」

 

「―――はい。試して……」

 

「よい、そのようなことをする必要はない。どうせ治らん、魔力を無駄にするな。

 ―――お前たちはこれから、あの男と戦うのだろう?」

 

 ジャンヌに呼びかけた立香の指示を即座に否定する。

 代わりに問い返される言葉。

 それがクー・フーリンとの戦闘のことを言っているのは明白で―――

 

 マシュが地面に突き立った槍を見やり、その後に視線を女性へ。

 二振りのゲイボルク。そんなものを引っ提げるサーヴァントなど、候補は多くない。

 おおよそ、彼女の正体に見当をつけながら問いかける。

 

「あの……あなたはもしや、クー・フーリンさんにゲイボルクを授けた……」

 

「……ああ、我が名はスカサハ。それが……こうしてこの地に降り立ち、弟子の不始末とあの男に挑み……こうして無様に死にかけている女の名だ」

 

 軽い自嘲を交えた笑み。そのまま槍へと手を伸ばそうとして―――

 しかし彼女は、槍を再び握ることもできずに腕を落とした。

 それを見たカルナが微かに目を細める。

 

「一応訊いておきたい。お前ほどの手練れがそこまでして、どれだけ奴に対抗できたのか」

 

「は……分かり切っていることを訊くものじゃないぞ、施しの英雄。

 一騎打ちをしておきながら私は、奴に傷ひとつ負わせることが叶わなかった。

 まったくもって失態だ。あれほどだと分かっていれば、本来私はお前たちに合流して奴のゲイボルクを止める役割に終始せねばならなかった。この世界の全戦力を可能な限り集め、全て奴に対抗するために消費しろと告げねばならなかった」

 

 果たして、彼女が口にしたのは後悔にさえ聞こえる言葉。

 焦点の定まらぬ瞳を瞼の奥へしまい、僅かに苦渋を滲ませる声。

 言い切ったスカサハが大きく息を吐くのを待ち、マシュが口を開こうとして―――

 しかし、そこで止まった。

 

 口を揃えて誰もが黒いクー・フーリンの脅威を語る。

 一度戦場で出会ったのはマシュも同じだ。その戦いでこちらのクー・フーリンの犠牲がなければ、カルデアは全滅していてもおかしくないほどの状況だった。

 それを考慮してこの特異点における行動を決めてきた。そして、多くを達成できている。

 仲間を増やした。敵サーヴァントの数を削った。一級のサーヴァントであるラーマの確保もほぼ達成されたという連絡も受けている。

 

 だと言うのに。黒いクー・フーリンを語る誰もが、それでは足りないとばかりにこうして敵の強大さを語り聞かせてくれる。

 盾を握る手に力を込めて、その事実を噛み締めて―――彼女の肩にマスターの手が添えられた。

 

 ふとそちらを振り返れば、立香はマシュを見ながら小さく首肯してみせる。

 そうしてからスカサハに向き直った彼女が、単刀直入に話に入った。

 

「だったら尚更、あなたにも手伝ってほしい。私たちにはどれだけ戦力があっても足りないんだから、あなたにもいて欲しい。とにかく、とりあえずあなたの傷を治療させて?」

 

「…………」

 

 薄く瞼を上げて、立香を見て、更にひとつ溜め息を落とすスカサハ。

 

「……この状態の私が役立てるとも思えんが―――やれやれ……

 自然と泣き言まで吐くとは、私も余程弱っているな……」

 

 自身が吐いた弱気な発言に対してぼやき、ゆっくりと目を見開く。

 今まで微かに揺れる程度だった体が動き出すと同時、スカサハの全身から血が滲みだす。

 慌てて彼女を支えに行き、そのまま傷を癒そうとするジャンヌ。

 が、ラーマの受けたそれと比較してさえ強大な呪力にその表情が歪む。

 

「……言った通りだ、真っ当に治る傷ではない。私に割くだけ魔力の無駄だ。

 自分の維持くらい自分でする、お前たちの魔力は戦いに回せ。

 特にお前の魔力はあれからの護りになるのだ。無駄遣いなどしている余裕はないぞ」

 

 ジャンヌに支えられながらもそう言うと、彼女はくらりとよろめいた。

 すぐさまブーディカが戦車を展開し、彼女を座らせられるスペースを確保する。

 力なく戦車に寄り掛かったスカサハが、ただそれだけの動作に深く息を吐く。

 

「―――そう大した距離じゃないし、ゆっくりと進めようか」

 

 ただの振動さえも今の彼女には脅威になる、と。

 戦車を牽く馬を撫でながら、ブーディカが前進を始めようとする。

 だがそんな彼女に対し、ジャンヌが上空を見上げながら首を横に振った。

 

「……その余裕はなさそうです」

 

 木々の合間から覗く空の彼方、そこに燃え盛る炎が見えた。

 凄まじい勢いで迫りくるそれを前にカルナが目を細める。

 

「アルジュナか。どうやら、こちらの動きを察知されていたようだ。

 ―――オレに任せてもらおう。悪いが最速で離脱してくれ。

 ……今回の奴は、時間稼ぎを目的としているわけではないらしい」

 

 炎の翼を広げ、カルナが上空へと飛び立った。

 それを見送る暇もなく、立香はマシュに抱えられてブーディカの戦車に引っ張り込まれる。

 ジャンヌは疾走に備えてスカサハを押さえながら、カルナに声をかけた。

 

「カルナ、あなたに神のご加護があらんことを」

 

「おまえの神とは違うが、既にこの身には過分なほどに神よりの加護を授かっている」

 

 黄金の鎧が剥がれ落ち、彼の手の中に神の極槍が顕現する。

 雷光を纏う神槍を手にしたカルナは赤い翼を広げ、高く大きく舞い上がった。

 

 眼下で疾走を始めた戦車を見送り―――そして、アルジュナに対して向き直る。

 炎を纏い、弓を手に下げた彼と視線を交わす。

 

「お前の中で決戦の場は整った、ということか。アルジュナ」

 

「―――貴様の魔力は未だ満ちず、そのための仕掛けはまだ整っていない。

 だがこれ以上待っていられなくなった。それだけのこと」

 

 アルジュナが空いている手を軽く掲げ、後方を指し示した。

 そちらに視線を向ければ―――彼方に見えるのは、異形。

 

 ワシントンの方角からこの距離でも視認できるほどの巨大な物体が、空を飛びながらこちらに向かってきているのが見えた。

 それだけならいい。だが、その巨大な何かが通り過ぎるだけで、森も山も大地も、周囲の物体が全て崩れ落ちていく。崩れ落ちた残骸は細かな何かになって、巨大飛行物体にそのまま取り込まれていく。

 

「あれは―――」

 

「クー・フーリン……いや、女王メイヴの城だ。

 見れば分かるだろう、この世界の終末は間際まで来ている。その前に―――」

 

 アルジュナに視線を戻した瞬間、いつの間にか彼の手に山のように積み上げられていた銀色のメダルが、カルナに向かって投げつけられる。

 純粋なエネルギー源としてカルナの体内に取り込まれていくそのメダル。

 恐らく、あの飛行物体が全てを崩して形成しているのがこのメダルなのだろう、と。目を眇めながら、カルナはその力を受け入れる。

 

「お前と決着をつける」

 

 メダルを投げ放った手に浮かぶ矢。弓と矢を手に、彼はカルナに全霊を賭して対峙する。

 それを受けて―――カルナは、小さく笑った。

 

「受けて立つにはひとつ、条件がある」

 

「なんだと?」

 

 充足した魔力を炎に変えて、翼と成す。

 自身を睨むアルジュナに対して戦意を漲らせながらも、しかしやらねばならないことはある。

 

「オレはエジソンに世界を救う助力となる、と誓いを立てた。であるというのにお前と一騎討ちでは道理が通らない。お前を倒すのであれば他の者に助力を請うべきであり、オレという戦力の有効活用をすることを考えれば、オレというサーヴァントに与えられた神槍は真っ先にあの空を行く要害に向けるべき力だ。

 故に―――オレに、世界を救うためにお前と命を懸けて戦うだけの理由が欲しい」

 

 稲光を伴う槍の穂先をアルジュナに向け、カルナもまた彼を睨み返す。

 

「―――例えオレが果てようとも……お前をこちら側に立たせることができれば、命を懸ける価値がある。それが世界を救うための戦いになると確信できる。

 だからこそ誓え、アルジュナ。オレとお前どちらが勝とうとも、その勝敗がついた時からお前はこちら側……人理を守る側に立つと」

 

「……いいだろう。元より、お前との決着……ただそれだけを望み、世界を滅ぼす外道に堕とした我が身。それが果たされた後ならば―――!」

 

 番えられた矢が神速で放たれ、白い光を尾に曳きながら殺到する。

 雷槍でそれらを薙ぎ払いながら空を翔けるカルナ。

 そんな彼に対してアルジュナは矢を放つではなく、弓で槍との鍔迫り合いするために激突しにかかった。

 

「この穢れた英雄など、如何様にでも使い潰されようとも―――!!

 だが貴様が手を抜けばその約定は果たされぬものと知れ!

 死力を尽くして俺と戦え――――カルナァアアアアアアッ!!!」

 

「―――お前を相手に手を抜く余裕など持ち合わせてはいない。

 そして、好敵手と再び戦いたいと願っていたのはお前だけではないと知れ。

 此度こそは、先に貴様が懐に収めた勝利をオレが奪うぞ、アルジュナ――――!!!」

 

 炎神の弓と雷神の槍が弾け合い、その威力が周囲に散る。

 眼下の森が瞬く間に焼け落ち黒く染まり、地面が融けて崩れていく。

 その破壊を周辺に齎しながら、二人の戦士は幾度も交差した。

 

 

 

 

 飛行物体―――力が暴走したメダルの器。

 全てを欲望のままに取り込む悪食の進路は、デンバーを目的地としたもの。

 

 巨大な八面体の上には玉座が無理矢理にそのまま置かれており、そこにはクー・フーリンが腰掛けている。同乗しているメイヴが崩れていく世界を見ながら、彼に寄り掛かった。

 

「どう? 空飛ぶ城、これなら便利じゃない?

 こうして空を行くだけでぜーんぶ壊してしまえるし、後は抵抗する連中をクーちゃんが殺すだけね」

 

 彼女の言葉に返事もせず、彼は眠り続けている。メイヴはそれに拗ねたように、その肩をバシバシと叩く。舌打ちしながら顔を上げたクー・フーリンが彼女を見やった。

 

「城に利便性なんてもん求めてどうする。

 そんなもん求めるくらいなら最初から城なんざ建てるんじゃねえ」

 

「えー、クーちゃんだって場所が場所なら城が宝具になるくせにー」

 

 言い返すのも面倒だと彼は地平線を眺める。

 まだデンバーまでは遠いが、目が届くようになってきた相手の前線基地。

 恐らく相手の全戦力があそこに集結しているのだろう。

 ならば、そこを陥落させて終わりだ。

 

 見渡す彼の視界の端で、炎の柱が立ち上る。

 雷と炎が破裂して吹き飛ぶ地獄絵図。

 彼はそちらを小さくちらりと見てから、軽く鼻を鳴らしてみせた。

 

「言わんこっちゃねえ。テメェが煽った結果があれだ」

 

「あら、別にいいじゃない。どうでも。

 丁度私とあなた以外のサーヴァントは私の国から消えたことだし、もうアルジュナも要らないでしょう?

 ―――いえ、最初から要らなかったもの。あなた以外は」

 

 そう言って彼女はクー・フーリンの鎧を撫でた。

 無数の棘が蔓延るそれを撫でた指先に傷がつき、血が滴る。そうして腕を振るうと血は地面に向かって落ちていき、大地に染みると同時に兵士を生み出す。

 メイヴの血から生まれた兵士が覚醒し、アメリカ軍基地を目標として認識する。

 

「さあ、私の可愛い兵士たち!

 私のために進軍し! 私のために蹂躙し! 私のために死になさい!」

 

 応、と答える声。雄叫びを上げながら突撃を慣行する兵士たち。

 

 槍を手に野太い声で叫びながら走る兵士。

 彼らが見ているのは目前に広がる敵が集っている場所だけ。

 そんな彼らの目前に―――地面から城壁がせりあがってくる。

 

「あー、あー、マイクテス、マイクテス」

 

 風を裂いて広がる竜の翼。

 翼の持ち主は地面に突き立てた槍の上に立ち、軽く咳払い。

 そうして、次の瞬間。

 

「LAAAAA―――――!!」

 

 音の津波。不可避のソニックブレスが、彼らを一気に薙ぎ払った。

 

 ―――“鮮血魔嬢(バートリ・エルジェーベト)

 エリザベート=バートリーの物理的破壊を伴う歌唱力によって放たれる超音波。

 特設ステージ、監獄城チェイテが増幅する音色は戦場に余すことなく轟き尽くし、あらゆるものを粉砕する暴風と化していた。

 

 クラッシュした頭を抱えながら断末魔を上げて倒れていくケルト兵。

 更にその中に、敢然と斬り込んでいく白い装束の剣士の姿。

 

 赤から白に大胆イメージチェンジを果たしたネロが、ふらついている残りの兵士たちを手近な者から次々と斬り捨てていく。

 

「流石にもう寝てはいられまい……!」

 

 エリザベートの先制攻撃のおかげで壊滅的打撃を受けた兵士たち。

 そのような相手にてこずる筈もなく、快調したわけでもない彼女でさえ易々と処理していく。

 彼女の衣装とともに赤から白に変わった剣を手に、数十の兵士を斬り伏せるネロ。

 

 そんな彼女が、地面に転がった敵の死骸に眉を顰めた。

 

「消えぬ……? 今まさにメイヴが造った存在なのにか……?」

 

 積み重なる死体。今までの兵士は斬った傍から魔力に還り、消えていったはずなのに。

 

 手を止めたネロの周囲の兵士たちが次々と矢で射貫かれ、更に絶命していく。

 アタランテの速射で射殺された者たちも地面に転がり、やはり消えない。

 

 続けて突撃してきた雷光。赤雷が一太刀で五人纏めて斬断して吹き飛ばした。

 鼻を刺す雷撃に焼かれた肉の臭いを覚え、モードレッドも訝しげに顔を顰めている。

 

「どういう……」

 

 モードレッドが疑問の声を上げると同時、それらの死体が一斉に崩れ出した。

 魔力の残滓にではない。()()()()()()()()()()、だ。

 討ち取った敵が全て砕け、メダルに変わり、敵の飛行物体目掛けて飛んでいく。

 

「なんだ……!?」

 

 飛行物体―――メダルの器の上の玉座。

 そこに座るクー・フーリンに侍るメイヴが小さく笑った。周囲には今まで地上をあらゆるものを崩壊させて生み出してきた数えきれないほどのメダル。

 それらが全て彼女たちの直下に集まり―――メイヴが垂らす血を受け、蠢動する。

 

「―――さあ、私の最高傑作。“二十八人の戦士(クラン・カラティン)”!

 彼らに教えてあげなさい? あなたたちは、私たちをこの玉座から引き下ろすことすらできないのだと!」

 

 巨大な塊になったメダルが渦を巻きながら、大きな魔力を発し始める。

 メイヴの言葉が正しいならば、それは彼女がクー・フーリンを討ち取るために二十八人の勇士を一つに融合させた怪物の名―――つまりは、彼女が生前縁深かった存在を新たなるサーヴァントとして召喚することに他ならず……

 

「仮に召喚するのだとしても、召喚された瞬間に叩けるわ!

 エジソン! ブラヴァツキー! ネロとモードレッドが斬り込めるように援護を!」

 

「うむ! まだ完全には程遠いが電力と魔力の変換は実行されている!

 この基地から離れすぎない限り、何度宝具を撃とうが支え切ってみせようとも!」

 

 言いつつ、離れた場所で戦闘中のカルナの方へと視線を送るエジソン。

 アメリカ北部全土での発電。ここまで送っての変電。

 そこまでは何とかなったが、送電の問題だ。サーヴァント本人に魔力を送り続ける施設はこの基地に設けたが、その送電範囲でカルナに戦闘を行われたら間違いなく余波で吹き飛ぶ。

 

 一瞬だけ獅子の顔を難しく歪め、しかし彼はすぐに動き出した。

 

「ええ、よくって……? 待って、何かおかしいわ!」

 

 鼓動のようなものを始めるメダルの塊。

 それを見て続けて動こうとしていたエレナが動きを止めた。

 彼女の勘が鋭いことなど分かり切っているエジソンもまた、足を止めて彼女に問う。

 

「何がだ、ブラヴァツキー。とにかく私たちは彼女たちが前線を張れるように後方支援を……」

 

『所長! 魔神の反応だ! メイヴのあれは、魔神を召喚するための儀式で―――』

 

 エジソンの言葉を遮るロマニの声。

 それに反応してオルガマリーが顔を顰める。

 

「サーヴァントではなく魔神……?

 どちらにせよ、降臨した瞬間に狙い撃つことに変わりは―――!」

 

『ただ魔神を呼んでるんじゃない……! あれは――――!』

 

「……所長さん。あれは、まさか……」

 

 ツクヨミの呆然とした声。

 それを聞いたオルガマリーたちも正面のメダルの塊を見て、目を見開いた。

 そんな彼女たちの前で、巨大な塊はひとつ、またひとつと分裂していく。

 数秒と待たずに大量に分割されるセルメダルの塊。

 

『二十八体の魔神の召喚反応が出ている……!』

 

「二十、八……!?」

 

 メダルの塊は二十八分割され、それぞれが鼓動を始めていた。

 

 ―――そうして、それらが腐肉の柱と変わり、魔神の姿を形成していく。

 二十八体、全てが同時に。

 ぎょろぎょろと、数えきれない眼が肉の柱の中で見開かれる。

 瞳の中に充満する津波のような魔力の渦。

 

 咄嗟にツクヨミがファイズフォンXを構え、とにかく眼に向けて銃口を引く。

 更にアタランテが続くように二矢を同時に弓に番え、天に向けて引き絞る。

 

 数が多すぎる。そして範囲が広すぎる。

 クラレントではどんな射角を持ってしても、全ては巻き込めない。仮に二体三体を一撃で消し飛ばせても、二十八体が同時に起こす魔力の爆発を止められない。

 盾になれるサーヴァントは今、ここにはいない。いや、仮にいたとして二十八なんて数の攻撃を同時に防げるはずがない。

 

 広範囲に渡って眼を潰せるだろうアタランテの宝具も、矢の雨は間に合うまい。

 舌打ちしつつ、モードレッドは手の中でクラレントの魔力を爆発的に高めた。

 彼女を支えるツクヨミの令呪の残りひとつ。

 ただそれだけで二十八の攻撃を塞き止められるだけの一撃が要求される。

 

 全力で歯を食い縛りながら王剣を振り上げるモードレッド。

 そんな彼女の上向いた視線の中に、空間の歪みが映った。

 

「―――! アーチャー!!」

 

「――――っ!」

 

 とにかく宝具を打ち上げようとしていた彼女を静止するモードレッドの声。

 その理由を察し、彼女もまたモードレッドの視線を追った。

 

 ―――空間を打ち破り、ウィザードウォッチを装填したタイムマジーンが飛び出してくる。

 瞬間、機体の肩に乗っていた赤い影が空中に躍り出た。

 赤い影が空を舞いながら腕を大きく振り上げる―――と、空を黄金色に染め上げるほどの輝きを纏う、無数の武装が瞬時に展開されていく。

 

「“偉大なる者の腕(ヴィシュヌ・バージュー)”―――――!!!」

 

 振り上げた腕を一息に振り下ろすと同時、戦輪が、棍棒が、槍が―――

 彼に与えられたありとあらゆる武具が雨となり、二十八の魔神に対して降り注いだ。

 眼を潰し、肉を裂き、そのまま大地を抉って突き立つ無数の神具。

 

 打ち砕かれた魔神柱たちが悲鳴を挙げるように大きく振動する。

 だがそれでも活動停止には程遠い。

 高まった魔力は焼却式として放たれる寸前で―――

 

「誰が、何が相手だろうが関係ない! 余は必ず、彼女の待つ明日に辿り着く!

 その道を阻むと言うならば、打ち砕いて進むのみ―――!!」

 

 叫ぶ彼が手を地面に突き立った無数の武具の方へと向ける。

 それらの武具は神魔に対抗するべく授かったものであり、同時に神魔を滅する刃とは彼自身の存在のことである。

 

「―――余こそコサラの王、ラーマ!! 神魔を穿つ不滅の刃なり!!

 受けるがいい……! これぞ我そのものにして我が奥義、“羅刹を穿つ不滅(ブラフマーストラ)”!!」

 

 大地に突き立った無数の武具がその状態で全て回転を始める。

 地上に巻き起こる数え切れぬ黄金の螺旋。

 それらは全て魔性を砕く刃となって、魔神たちを根元から刈り取っていく。

 

 弾け、引き千切られ、砕けた肉が再びメダルとなって乱舞する。

 その光景を眺めながら、クー・フーリンが鼻を鳴らした。

 

「あれを逃がしたオレの失態。あれの片割れを無駄に捕らえていたお前の失敗。

 さて、どっちにつける気だ? メイヴ」

 

「……いいえ。あれが復帰してきたからなに?

 いま、ここで、今度こそ殺せばいいだけでしょう?」

 

 メイヴの言葉に軽く肩を竦め、彼は彼女を離すように軽く払った。

 ラーマの放ったブラフマーストラが幾つか、魔神を刻んだ勢いのままに飛んでくる。

 

 迫りくる無数の黄金の刃。

 それを前にして表情ひとつ変えることもなく、彼は力を解放した。

 

〈オーズゥ…!〉

 

「“噛み砕く死牙の獣(クリード・コインヘン)”」

 

 玉座の上でクー・フーリンが変貌する。

 より強靭になった腕を振るい、生え揃った爪で迫る不滅の刃を迎撃。

 ―――している中で、彼が立つメダルの器に着地する新たな影。

 

 更なる来客に軽く視線を送るクー・フーリン。

 それはタイムマジーンから飛び上がり、メダルの器に着地したジオウに他ならない。八面体の表面にトラクローZを突き立て無理矢理乗り込んだ彼が、アナザーオーズと視線を交わす。

 

「……あんたを止めるよ、クー・フーリン」

 

「ハ―――オレが止まる時があるとすりゃ、そりゃ死ぬ時だけだろうよ」

 

 ブラフマーストラの一振りを殴ることで叩き落とし、彼は爪を構え直した。

 同じくトラの爪を構えたジオウが走り出し―――

 メダルの器という舞台上で、二人のオーズが交差した。

 

 

 




 
あと2話? 3話?
来週は多分あんま書けないので目標は今月中に5章完で
 

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