Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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ジャンヌ・ダルク1431

 

 

 

「サーヴァント……? っと」

 

 彼女の背中を見ていたソウゴがハッとした様子で、すぐさまライドウォッチを拾いに走る。

 その間にも滞空していたワイバーンは、狙いを自身の息吹を防いだ存在へと変えていた。

 

 巨体が空を舞う。

 大きく羽搏いた翼が起こす突風が、衝撃波じみた威力で旗を持つサーヴァントへ襲いかかる。

 

 逆風でバタバタと暴れる旗を振り起こし、彼女はその風の前に立ちはだかった。

 吹き寄せる烈風は砦の壁すら崩壊させるだろう破壊力。だがそれを迎え撃つ彼女の存在は、それすら凌駕する鉄壁の要塞に他ならない。

 

 振るわれる旗。それに強引に引き千切られ、散らされる風圧。颶風の後に訪れるわずかな静けさ。その中で彼女の足が地を蹴って、空舞うワイバーンに躍り掛かった。旗はそのまま鈍器じみて、体表を鱗に覆われた体を強かに打ち据える。

 

 グァッ、と悲鳴を吐き出しながら墜落するワイバーンの体。

 それが頭から地面に落ちて、盛大に砂埃を舞い上げる。

 

 跳び上がっていた彼女もまた、重力に引かれるままに地に足を下ろした。

 

 現地人の前だからか、それを行う暇さえ惜しいのか。

 映像無しで音声だけの通信から、ロマンの声が彼女たちに届く。

 

『……ああ、こちらでも確認できた。そこにいる彼女はサーヴァントだ! ただ、とても反応が小さい。何か不調を抱えているのかもだ! この特異点の原因側だろう竜と敵対しているんだ、何とか協力を申し出られないかい!?』

「そこのサーヴァントの人ー! 協力して戦いましょう!」

「先輩より正体不明サーヴァントに協力の要請! ドクターの指示をさっそく達成です!」

『マシュ、キミは今ちゃんとなにかを考えて発言しているかい!?』

 

 ロマンはマシュにそう言うが、マシュとて現状もう一頭のワイバーンを抑え込んでいる。獲物を掴み取らんと滞空しながら、二足の爪で空中から襲いくるのを迎撃しているのだ。

 その状況でマスターの言葉を疑う余裕なんてものはありはしない。

 

 旗のサーヴァントが声を聞いてこちらを振り返る。

 彼女は立香としっかりと目を合わせると、一度大きく首肯した。

 

 次の瞬間。舞い上がっていた砂埃が吹き飛ばされ、中からワイバーンが姿を現す。

 怒り心頭という様子で口元を戦慄かせ、起き上がる翼竜。

 その炎を宿した明確に敵を睨む視線が旗のサーヴァントへと向けられた。

 

 だが、しかし。

 

「背中から悪いな。

 ―――だがまあオレに背を向けて飛び去ったって事は、こうなっても文句はねえだろ?」

 

 ワイバーンの胸から朱色の魔槍が突き出した。正確無比に貫かれた心臓がその機能の一切を停止し、ワイバーンの肉体に残された寿命は残りわずかだとカウントダウンを開始する。

 だがそのランサーがわざわざ敵の命の砂時計がそのまま落ちきるまで待っている、などという選択肢を選ぶことなどありはしなかった。

 

 槍を引き抜くと同時、そのままの勢いで体を一回転させて首に向かって足を振り抜く。撓る鞭のように奔る彼の足が、ワイバーンの長い首の半ばに高速で叩き込まれる。

 その勢いで竜の頭部が地面に叩き付けられる。頭骨がかち割れると同時、心臓の働きのみならずワイバーンが行う全ての活動はその一切が停止した。

 

「嬢ちゃん! そいつをこっちに向かせな!」

 

 その上でランサーの疾走は止まらない。蹴り抜いた足が地面に着いた瞬間には疾走が始まっている。彼の次の狙いは言うまでもない。マシュが攻撃を捌いているワイバーンに向き直り、速度を落とすどころか加速しながら接近しにいく。

 

「はい!」

 

 今まで盾で防いでいた脚部の爪による降下攻撃。彼女の守りを突破せんと躍起になり繰り返し続けられる攻勢。マシュはその攻撃のタイミングを見極めて、バックステップで回避した。

 

 突如視界から消えた敵。ワイバーンの思考が降下を止めなければならないと判断する前に、勢い余ってその爪が地面へと抉り込んだ。反動で体勢を崩してよろけるワイバーン。

 その震えた横っ面に、マシュが即座に盾を鈍器となして殴り込む。

 

「やぁあああ―――っ!」

 

 がん、と思い切り側頭部を横から殴打され、竜の首が強制的に曲げられる。

 そして向きの変えられたその顔の先にいたのは、止めの一撃を放つために疾走するランサーのサーヴァントに他ならない。

 

「これで終いだ!」

 

 突き出された朱槍の一撃。それが易々とワイバーンの鼻先から首を貫き通す。

 ランサーが神速で放った槍。彼が放った時と同じ速度で槍を手元に引き戻す頃には、そのワイバーンは完全に絶命していた。

 

 血を払うように槍を何度か回し、一度大きく横に振るう。

 その瞬間に朱槍は彼の手元から消失している。

 

「―――ったく。悪かったなマスター、抜かれちまった」

「いや、大丈夫。助けてもらったから」

 

 そう言ってソウゴは、ワイバーンから自分を庇ってくれた女性を見る。

 旗を持つ女性はこちらを見ると小さく笑った。

 

「こちらこそありがとうございます―――その、」

 

 彼女が言葉を続けようとしたその時。

 兵士たちの中から一人が、何故か恐怖に塗れた声を上げた。

 

「あれは……魔女だ! 竜の魔女がいるぞ! 竜の魔女、()()()()()()()だ!!」

 

 誰かが張り上げた声に誰もが反応を示す。兵士たちの中に狂騒が広がっていく。彼女という災厄から逃げるように、皆が砦の中へと駆け込んでいく。生き残ろうと竜に立ち向かったものたちさえ、剣を放棄して命のために駆け出していた。

 

「…………」

 

 そんな彼らの背中に痛ましげな視線を送る―――ジャンヌ・ダルクと呼ばれた彼女。

 

「えっと、どういうこと?」

「すみません、この場から離れてからでいいでしょうか。私がこの場に居座るような真似をすれば、恐怖が彼らに何をさせてしまうか判らない。お願いします」

『どうやら……彼女はこの時代のこの状況に精通しているようだ。とにかくここは同行して、詳しい話を聞かせてもらおう』

 

 ノイズ雑じりの通信音声。

 そこから聞こえたロマニの言葉に頷いて、彼らは行動を開始した。

 

 

 

 

 

『つまり、この世界にはもう一人のジャンヌ・ダルクが現界している。その彼女がフランス王シャルル七世を殺害し、オルレアンにおいて大虐殺を行ったと……』

 

 ジャンヌの導きに従い、彼らは砦から大きく離れた洞穴に場所を移した。

 その場で彼女が語ったのは、この時代に起きた時代を変える異常事態。

 それを聞いてロマニは納得した様子を見せる。

 

『なるほど。それはこの時代でフランスという国家が崩壊・消滅するも同然だ。歴史上、フランスは人間の自由と平等などを謳った最初の国であり、多くの国を先導した。

 人権の成立の遅れはつまり文明の停滞と同義だ。この特異点が存在している限り、いわゆる近代と呼ぶべき文明に人類が到達しないかもしれない、というわけだね』

「なるほど……未来の焼却、というのはそのような理屈で起こされたものなんですね」

 

 ジャンヌもまたロマニの言葉で、この当時のフランスという人類史の楔を破壊することで、人理焼却という破滅が引き起こされている事を理解する。

 俯いて何事かを考えているジャンヌ。そんな彼女に対し、立香が疑問の声を投げかけた。

 

「ところでジャンヌって誰に呼ばれたサーヴァントなの? やっぱりこの時代でも誰かがサーヴァントを召喚した、ってことなんだよね?」

「―――それが、私にも判らないのです。サーヴァント、クラス・ルーラー、真名をジャンヌ・ダルク。それが自分のことだとは理解できているのですが……

 ルーラーというクラスは本来、聖杯そのものにより聖杯戦争の運営を保守・監督するために召喚される特別な立ち位置です。ですのでルーラーとして呼ばれた以上は、私を召喚したのは聖杯という事になるはずなのですが……今現在、私には本来召喚された際に与えられるべき聖杯戦争に関する知識の大部分が存在していないのです。そしてまた、本来は聖杯戦争の監督者であるルーラーに与えられる、令呪をはじめとする特権も。

 なにせ私の意識上においては、この時代で死を迎えたと同時に“私”というサーヴァントとして発生したという感覚ですらあります。肉体は滅びていますが、ここにこうしてある自分は生前の延長ですらあるように錯覚するほどです。

 聖杯による直接召喚で、こうも致命的な不手際が発生するとは考えづらいのですが……」

「もしかして、それって全然ルーラーってやつじゃないんじゃない?」

 

 不思議そうにソウゴにそう言われ、しょんぼりと肩を落とすジャンヌ。

 それを見て立香が肘でソウゴをつつく。イエローカードである。

 ジャンヌはしかし、自分自身でソウゴの言葉を肯定するかのような心境を吐露しはじめた。

 

「―――確かに今の私はサーヴァントとして万全ではなく、自分でさえ“私”を信用する事ができずにいます。

 ……オルレアンを占拠したというもう一人のジャンヌ・ダルク。そして、人々を襲うあの飛竜たち。全てを見て回ったわけではないとはいえ、この状況を作り出したのが“(ジャンヌ)”であるということに疑いの余地はないでしょう」

『だが当然ながら当時のフランスに竜がいた、なんて話はない。そして勿論、ジャンヌ・ダルクが竜を従えたなんて話もね』

 

 つまりそれはジャンヌ・ダルクなのだとしても、この状況は“ジャンヌ・ダルクだけ”の犯行であるはずがないという証左。

 マシュが状況を頭の中で整理しつつ、現時点で考えられる素直な現状を口にする。

 

「もう一人のジャンヌ・ダルクさんがオルレアンを根城にし、聖杯を用いて竜の召喚を行い、フランス各地を襲わせている―――そういうことになるのでしょうか」

「なら、向かうべき場所はそのオルレアンってとこだよね。

 ランサーはすごい戦ったけど大丈夫?」

 

 ソウゴが立ち上がり、体をほぐし始めた。本人としてはすぐに行動する気らしい。

 自らのサーヴァントの調子を尋ねるが、サーヴァントは肩を竦めて鼻で笑う。

 

「あんなの戦ったうちに入らねえよ。オレよか自分の心配したらどうだ?

 ワイバーンにこかされたんだろ? 緊張感が足りてねえ証拠だぜ」

「うん、反省してる。もうあんな失敗はナシにしないと」

 

 そんな二人を見て、ジャンヌもまた立ち上がる。

 

「―――オルレアンへと向かい、都市を奪還する。そして、そのための障害であるのなら、()()()()()()()を排除する。

 今の私に主からの啓示はなく、サーヴァントとしての力も半端なまま。ですが、確固たる目的だけはこの胸にある。あなた方もまた目的を同じくするというのであれば、どうか同行を許してはもらえないでしょうか?」

「え、一緒に来てくれるんじゃないの?」

 

 彼らに続いて立ち上がっていた立香が、驚いた様子でジャンヌを見る。

 てっきり既に合流して皆揃ってカチ込もうという話だと思ってた、と言いたげだ。

 そんな返しを受けたジャンヌが、ちょっとだけ面食らい―――しかし嬉しそうに微笑む。

 

「たとえ一人でも戦う心積もりでしたが―――こうして心強い味方に恵まれたことに感謝を。

 あなた方と共に戦えるのであれば、竜を従える魔女となった私が相手であろうときっと恐るるに足りません」

 

 この場に集った者たちが全員立上り、目を合わせる。

 これより彼ら彼女らは一つとなりて、相手の居城を打ち破るのだ。

 

 ―――なんてことはなく。

 

『いや、流石にいきなりの城攻めは無謀にもほどがある。こちらには拠点となる設備もなく、土地勘があるのもルーラーだけ。攻めるとするならなおさら情報収集からするべきだ。特にこの特異点の心臓部であろう、魔女ジャンヌ・ダルクに関する情報は出来る限り集めておくべきだと思う』

 

 今の流れは完全に決戦前夜か何かのそれだったが、ロマンとしてはそのままの勢いで突撃されるわけにはいかない。まだこちらは相手の情報をほとんど持っていないのだから。

 空気の読めてない感じになってしまうが致し方なし。

 ロマニからすれば、特にソウゴなんて「いける気がする!」なんて言って突っ込んでいってしまう姿が容易に想像できてしまうほどだ。

 

 心を鬼にしたロマニの注意。

 それはそうだとして、しかし全然関係ない部分への立香の注意が飛んでくる。

 

「ところでドクター。その魔女ジャンヌ、って呼び方。彼女の事じゃないにしろ、私たちまでそう呼ぶのはジャンヌに対して無神経だと思うよ」

『え? あ、うん。ごめんなさい』

 

 この場にいるジャンヌの意識では、末期の火刑すらついさっきの話というレベルだ。

 ジャンヌを魔女と称するのは、いささか配慮に欠けているとロマンの方こそ注意された。

 

「そういった観点からの配慮をDr.ロマンに求めるのは無理があるかと。

 ジャンヌさんもドクターに関して言いたいことがあれば、忌憚なき罵倒をお願いします」

『忌憚のある罵倒なんてあるのかい……? いや、そういうことじゃなくて、うん。確かにこれはボクの落ち度だ。大人しく罵倒くらい受け入れるとも。ただ、初犯と思って手加減はしてほしい』

「いえ、そこまでは……」

 

 そんなやりとりを聞いていたソウゴが、ランサー相手に首を捻りながら悩みをだす。

 

「じゃあ、二人のジャンヌの事どう呼ぶ? こっちも向こうもジャンヌじゃん」

「そもそも相手がどんな状態のサーヴァントか確認しなきゃ呼び分けようなんぞないと思うがね」

「でもそれじゃ呼ぶ時に不便だしさ……じゃあこっちが白ジャンヌで、向こうが黒ジャンヌ?」

 

 ううーん、なんて。とんでもなく悩んでいるかと思えば、そんなビックリするくらい単調な答えが彼の口から飛び出して、思わずランサーも額に手を当てる。

 シンプルイズベストと言い張ればまあ通らなくはないような話な気もするが……いや、ないだろう。ない。名付けられる側、当人であるジャンヌだってそのセンスには―――

 

「白ジャンヌ、ですか。それはちょっと……私、そんなに白くもないですし」

 

 そういう問題か、と。

 立香はどちらかというと青、いや紺? と彼女の衣装を上から下まで見回した。

 言われたソウゴはいやいや、と。彼女を正面から見返して堂々と言い放つ。

 

「でも旗は白かったし」

「あ……確かに旗は白いですね!

 白い旗のジャンヌ、という意味であれば判り易いかもしれません!」

 

 ぽん、と手と手を打ち合せる聖女。

 それでいいのか、と思ったがまあ当人と話して決めるなら問題ねえだろ、とランサーはそこを黙り通した。面倒だったともいう。

 

 

 

 

 

「オルレアンへの直接的な偵察は難しいでしょう。

 ただの人間しかいないのであれば、霊体化による偵察も不可能ではないでしょうが……」

「あのワイバーン程度の連中の鼻なら誤魔化せるだろうがな。サーヴァントがいるとなりゃ話は別だ。霊体化して本拠地に攻め込むってのはおススメしない。

 まあ坊主と嬢ちゃんを防衛に向いたサーヴァント二人に守らせ、オレ一人で強行偵察って手段はなくはないが……それは外から集められる情報を集められるだけ集めた後で、の話だろうさ」

 

 ジャンヌの提案により、まずはラ・シャリテという土地に向かう。

 この国を知るジャンヌによる提案だ、カルデア組に否やはない。

 しかし本拠地までは踏み込めないことに、彼女は焦りのような感情を抱いているようだ。

 

「ジャンヌ、焦ってる?」

「……ええ、そうですね。出来ることを見極めて、きっちりと一つずつ進めていくしかない。焦ったところでどうしようもない。

 そうと判っているはずなのに、()がこの地の惨状を作り出しているのだと思うと……焦りがどんどん募っていく感覚です。もう一人の()は、どう考えても正気ではない。そんな怪物が人を支配して何をするかなど―――想像するのは、容易い。圧倒的な力を手にした絶対的な憎悪。この世界の惨状から感じられるのは、それだけです」

 

 ふう、と溜め込んでいた感情を吐きだすように溜め息を落とすジャンヌ。

 そんな道中で、ロマニの通信が今を取り巻く状況の変化を伝えてきた。

 

『ちょっと待ってくれ。キミたちの行く先にサーヴァントの反応がある。地図上の位置では、場所はラ・シャリテ。まさしくキミたちの目的地だ』

 

 通信の向こうが俄かに騒がしくなり、ロマニの声が緊張感が引き締まっている。

 忙しなく何かの機器でやり取りをしているカルデア管制室。

 その忙しなさは留まる事を知らずに、時間が経つごとに加速していく。

 

「街の中にサーヴァントの反応、ってこと?」

『ああ、そうなる……ってあれ、反応が遠ざかっていく? すぐに追跡を……!』

 

 彼の指示に受け、職員たちのやり取りが加速する。

 離れていく反応に振り切られないように、追跡を実行するカルデアの観測班。

 が、そんな状況は数秒経たずに終わりを告げた。

 

『いや、駄目だ、速すぎる……!

 ―――……反応をロスト、追い切れなかった……』

 

 一気に消沈する時間の向こう側、カルデア管制室。

 では一体なんだったのだろうと首を傾げる面々が、ランサーの声に顔を上げた。

 

「おい、ルーラー。あっちがラ・シャリテって事でいいんだよな?」

「え? はい……―――っ!?」

 

 ランサーの確認の言葉。その方向を確認したジャンヌの目に、つい今しがた立ち上り始めた炎と煙が映り込んだ。

 そうして前後の状況が繋がる。あの街はたった今、サーヴァントに攻撃されたのだ。

 

「街が……燃えてる……!?」

「急ぎましょう!」

「ランサー!」

「オレが先行する。マスターは嬢ちゃんたちと逸れんなよ」

 

 真っ先に走り出したジャンヌ。

 一言添えてからそれを追い抜き、疾走するランサー。

 彼らに続いてソウゴたちも、燃えるラ・シャリテに向け走り出したのだった。

 

 

 

 

 

「ランサー!」

「――――――」

 

 草原を走破し、街中を走り抜け、先行したランサーのもとまで辿り着く。

 彼は周囲を見回しながら、難しい顔をして立っていた。

 

「―――ランサーさん、生存者は……!」

「オレがちょいと見た限りじゃいない。そっちから見てどうだ」

 

 ランサーのその言葉はロマニへと向けられたものだ。

 彼の言葉を受け取って、一瞬ロマニは言葉を詰まらせる。

 生命反応の探査を終えたカルデアには、その答えがよくわかっていた。

 

『……駄目だ。その街に命と呼べるものは残っていない』

「そんな―――」

 

 この街は既に息絶えていると聞かされ、曇るマシュと立香の表情。

 そんな中でソウゴは、意識的に表情を消すように努めているだろうジャンヌを見た。

 

「ねえ、白ジャンヌに訊きたいんだけどさ」

「はい―――なんでしょう」

「白ジャンヌって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 その質問に僅かに顔を上げ、彼女は酷く沈痛な面持ちを見せる。

 

「それは……あるといえば、あります。全てを焼き払わねばならないと考えて使えば、街の一つですら焼き払う事になるでしょう。ですが、そのような悪魔の心情で使える宝具ではありません。

 それに、もし仮に使えたとしても、このように街中に火を放ちながら破壊をして回った、と言うような破壊痕には恐らくならないでしょう。

 それに……いえ。とにかく、私であればこのような破壊は能力上不可能です」

 

 言葉を途中で打ち切り、首を横に振るジャンヌ。

 その答えに首を傾げるソウゴ。この犯行は明らかにごく短い時間で行なわれている。そうなればサーヴァントの宝具での凶行である、と考えるのは当然だ。

 だが彼女は、“ジャンヌ・ダルク”はそのような宝具を持っていないという。

 

「だとすると、やっぱり他のサーヴァントもいる? こんなのワイバーンだけじゃ無理だよね」

「……ですが」

「え?」

 

 自分の能力上ありえない。そう言ったジャンヌが周囲を見回す。

 彼女は一度だけ苦しげに目を細めた後、しかし。

 決然とした表情を浮かべ直して、ソウゴへと向き合った。

 

「……ですが、この凶行を為したのは恐らく()なのでしょう。こうしてこの場に居合わせて初めて、そう確信しました。

 ……いったいどれほど人を憎めば、このような所業を行えてしまうのか。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。私には、それがまったく……」

『待った! 先ほど去ったサーヴァントが反転してこちらに急速接近中だ! キミたちの存在が察知されたらしい!』

「それはまさか、もう一人のジャンヌさん……?」

『1、2、……冗談だろう……!? 今そこに、五騎もの相手が向かってる―――!

 即時撤退だ! これじゃ決戦と変わりない。今そこで相手の総力とぶつかり合うなんて、どう考えたって無謀だ!』

「だってよ。どうする、マスター」

 

 声を張り上げるロマニのセリフに知ったことか、と。

 軽い笑みを浮かべつつ、ランサーは自分の手に朱槍を出現させていた。

 どうせマスターはそういう判断をするだろう、と分かっているとばかりに。

 

「もちろん、戦う。ここで逃げたらそいつらが次の街を燃やす。ならここは、俺たちが逃げていい場所じゃないでしょ」

『……っ、気持ちはわかる。けど、ここは特異点だ……! 有り得なかった歴史のifだ! 壊れた街も、失われた命も、最後に特異点の修復が完了すれば元の有り様に戻るから―――!』

「それでも。襲われてる人は()()にいる。俺たちだって()()にいる。

 だから俺は戦う。自分の民を守り抜ける―――俺はそういう、最高の王様になるんだから!」

 

〈ジクウドライバー!〉

 

 そう言ってソウゴは自分の腰にジクウドライバーを装備する。

 自動で展開し、腰に巻き付くベルト部分。

 

 それを見てランサーが肩を竦めつつ小さく笑う。

 立香とマシュは顔を合わせ、彼女たちもまた既に覚悟を決めてそこで頷き合っていた。

 

『ああ、くそう……! キミたちならそう判断するだろうとも!

 ―――どちらにせよ、もう間に合わない。けどせめて、相手と接触して勝てないと感じたらすぐに逃げるんだ! いいね!? 無駄死にこそ、この状況でもっともしてはいけないことだ。そんなことしたら王様失格だと思うよボクは! ボクに言えた事じゃないけれども!』

 

 Dr.ロマニの激励を背に受けた所で、彼の言う接近する五騎のサーヴァントが姿を現した。

 

 崩れ落ちた街、その崩落した建造物の上に現れる姿。

 

 ―――その姿は正しく、救国の聖女ジャンヌ・ダルクに相違なかった。

 ジャンヌ・ダルクとは真逆の印象さえ受ける、黒い鎧に身を包んだもう一人のジャンヌ・ダルク。彼女はその場を訪れると自分を見上げる白い聖女を見て、まるで劇的にふらりと揺れた。

 

「―――なんて、こと。まさか、まさかこんな事が起こるなんて」

「―――――」

 

 二人のジャンヌが邂逅する。

 悲鳴染みた声で盛り上がる黒いジャンヌと、無言で驚愕だけをあらわにする白いジャンヌ。向かい合う二人の姿はまるで同じ。表情と行動だけが二人の決定的な差違を物語る。

 

「ねえ、お願い。だれか私の頭に水をかけてちょうだい。

 まずいの、やばいの、本気でおかしくなりそうなの―――だって! そのくらいしてトばさないと、あれが滑稽すぎて笑い死んでしまいそうなんだもの!

 ほら、見てくださいジル! あの哀れな村娘を! 同情しすぎて涙があふれてしまいそう! ああ、ホントおかしい……! こんな小娘(わたし)にすがるしかなかったなんて、私が何をするまでもなく、こんな国はとっくに終わっていたって事じゃない!

 ねえジル、あなたもそう―――って、そっか。ジルは連れてきていなかったわ」

「あいつが……」

 

 散々目の前のジャンヌを笑っておいて、まだ笑い足りないとでもいうのか。

 くすくすと笑い声をこぼしながら、ジャンヌはジャンヌを嗤っていた。

 

 そうして、そんな二人目のジャンヌを前にしたソウゴが言う。

 

「やっぱり黒ジャンヌって感じだ」

「黒ジャンヌ、想像以上に黒ジャンヌだね……」

 

 その感想に立香も同意する。

 完全に鎧も服も旗も、もう何もかもが真っ黒な衣装なのだから。いや、旗は灰色だろうか。

 そんな流れからか、自分の反存在らしきものを認識したジャンヌが声を張り上げた。

 

「あなたは……あなたは、何者ですか―――黒ジャンヌ!」

「―――――」

 

 さっきとまるで逆だった。叫ぶ白ジャンヌと、絶句する黒ジャンヌ。

 だがそこでしっかりと堪えて、黒い女は皮肉げな表情を取り繕う。

 

「黒、ジャンヌ……ああ、そう、そうね。あなたからしてみればそうして呼ぶしかないってワケ? 私という存在は、自分ではない別のナニカでなくてはならない。そう言いたいってこと? それはそうでしょうとも。だって貴女は今でも救国の聖女サマ。私という破滅の魔女が自分の本性だったなんて、認められるハズもない」

「黒ジャンヌ―――困惑しています。

 その、ただの呼び分けのための呼称だと気付いていない様子です」

 

 彼女の口が回る中、盾の武装を済ませているマシュが小声で報告する。まあただの呼び名の問題だ。相手がそんな解釈してくるのは想定外だが、だからといって問題は何もない。

 

「誰が愚かだったのか、というお話ならこの国以上に私たちでしょう、ジャンヌ・ダルク。

 何故、こんな国を救おうと思ってしまったのか。何故、こんな愚者どもを救おうと思ってしまったのか。

 ―――私はもう騙されない。裏切りなんて許さない。そもそも、もう主の声だって聞こえない。主の声が聞こえないという事は、主は既にこの国に愛想をつかしたという事でしょう? だから滅ぼします。私はジャンヌ・ダルク、主の嘆きを現世において代行するもの。私こそがこの世界に蔓延る悪を焼却処分します。そのためにまず、私を裏切ったものどもを憎悪の炎で清算する。このフランスを死者の懺悔で塗り潰す。

 それが私。死を迎えて成長した新しい私、ジャンヌ・ダルクの救国です。まあ、あなたには理解できないでしょうね。いつまでも聖人気取り。憎しみなんてない、喜びなんていらない、人間的な成長なんてどこにもなかったお綺麗な聖処女サマには」

「……あなたは、本当に()なのですか……?」

 

 白ジャンヌの確認するような、けして大きくない言葉。

 それを聞いた黒ジャンヌが、大仰な動作で呆れたようなポーズをとる。

 

「いい加減に呆れたわ。ここまでわかりやすく演じてあげたのに、まだ疑問はそこなの?

 なんという醜い話かしら。この憤怒を理解しようとする意思すらもまるで感じない。けれど、私は理解しました。今のあなたの姿で、私という英霊のすべてを思い知った。

 ―――あなたはルーラーでもなければ、ジャンヌ・ダルクでもない。私が捨てた、ただの残り滓にすぎない。あなたには何の価値もない。ただ元の歴史を辿るように、()()()()()なんていう過ちを犯すために浮かび上がった亡霊に他ならない!」

 

 彼女が灰色の旗を振り上げた。

 同時、彼女が傍に侍らせていたサーヴァントたちが体勢を変える。

 

「バーサーク・サーヴァントたちよ、目の前の連中を蹴散らしなさい。雑魚の掃除ばかりでいい加減に飽きてきたところでしょう?

 喜びなさい! 相手は世界を燃やす私たちの相手に相応しい、()()()()()を掲げた勇者サマご一行なのだから!」

 

 その旗を振るう動作こそが彼女が下す命令(コマンド)であったのか、黒ジャンヌの影で大人しく静止していたバーサーク・サーヴァントたちが動き出す。

 一斉にこちらを目掛けて殺到する悪鬼の群れ。それこそが戦端が開かれた合図であった。

 

 

 


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