Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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太陽の王!オジマンディアス!-1214

 

 

 

 様々な意匠の凝らされた大神殿。

 太陽王オジマンディアスの居城、“光輝の大複合神殿(ラムセウム・テンティリス)

 

 その場に案内されたカルデアの面々は、直行で玉座の間まで通された。

 そうして目の前にするのは、褐色の男が怠そうに腰かけた玉座。

 そんな玉座の傍に控え、ニトクリスは杖で床を叩く。

 

「私とスフィンクスの試練を越えた勇者たちよ!

 あなたたちは畏れ多くも王への謁見を許されました。さあ、その栄光に平伏なさい。

 さすればあなたたちには、王から言の葉を賜る栄誉が与えられることになるでしょう!」

 

「さっき空から声してたけど」

 

「違います! あれは……そう! 私とそちらの男性のみに送られた神託が如きもの!

 砂漠を踏破せし勇者として、王からのお言葉を欲するならば早く跪きなさい! さあ!」

 

 わざわざニトクリスの話に口を挟み、言い返されるソウゴ。

 ダビデを指差しながらのそんな彼女の発言。

 それを聞いた彼は今度は言い返さず、大人しくははーと平伏した。

 

 何かもういつも通りなので慣れたもの。

 もう溜め息もなしにオルガマリーも跪き、それに倣ってモードレッド以外全員が頭を下げる。

 

「……ちょっと、モードレッド」

 

「あんな奴に下げる頭はねえよ」

 

 そう吐き捨て、クラレントを肩に乗せる。

 困ったように玉座の方を見るツクヨミだが、玉座に座す王は大した反応を見せない。

 だがオジマンディアスの代わりにニトクリスが激昂した。

 

「なんたる不敬! やはり円卓の騎士は聖都の回し者なのでは―――!」

 

「ニトクリス」

 

 声を荒げた彼女に対し、初めてオジマンディアスが口を開く。

 すぐさまニトクリスはモードレッドから彼に向き直る。

 

「は! なんでしょう、ファラオ!」

 

「おまえには説明していなかった、が。

 これらは間違いなくこの時代の外より来た者どもよ。聖都の者どもとは別だ」

 

 面倒そうに、何なら眠気さえ感じさせる口調。

 言われ、すぐさまに頭を垂れるニトクリス。

 

「は……申し訳ございません……」

 

「よい、そればかりは必要ないと貴様に伝えていなかった余の落ち度よ」

 

 胡乱な目でオジマンディアスを見上げるモードレッド。

 彼女はすぐさま剣を構えられる姿勢を保ちながら、彼に吐き捨てる。

 

「それで? 聖都だの円卓だの、獅子王だの。

 聞かせてもらおうか。オレたちはそのために、この成金趣味な城に来てやったんだからよ」

 

 すぐさま沸騰するニトクリス。

 彼女を軽く手を振って黙らせながら、オジマンディアスは椅子の上で足を組みなおした。

 

「―――生憎だが、余は眠い。よってこの場における話は、最小限に納めることとする」

 

 そう前置きし、彼は口を開く。

 

「おまえたちがカルデアからの使者である事。

 これまでに五つ、特異点を修復してきた者である事。

 そしてついにこの砂の聖地、どこぞの者が打ち込んだ第六の楔を破棄しにきた者である事。

 遍く世界を威光にて照らす王たる余は、そのすべてを把握している」

 

「―――全て、ですか?」

 

 状況の把握、というものは特異点の内側からできるものなのか。

 野良サーヴァントであれば、ほぼ状況の把握はできていなかった筈だ。エジソンたちはおおよそ事態を理解していたが、それはテスラとの通信が齎した恩恵だったはず。

 それ以外にこの状況を理解していた者たちとは―――

 

 オルガマリーの視線が微かに動き、己のサーヴァントを見る。

 

「……それってつまり、あんたがこの特異点の首謀者だってこと?」

 

 かつての聖杯の所有者、ジャンヌ・オルタが問いかける。

 そんな彼女の物言いに再びニトクリスが眦を吊り上げた。

 

「不敬な! オジマンディアス様に何という口の……!」

 

「―――ニトクリス。天空の女王よ、おまえが大鳥であるのは理解している。

 だがそれはおまえが鳥頭だという話だったか?

 余は、話を最小限に納めると最初に口にしたぞ?」

 

 だが声を荒げた彼女に対し、視線も向けずにファラオはそう告げた。

 すぐさましょんぼりと縮こまるニトクリス。

 

「も、申し訳ございません……」

 

「よい、罰は下すが後回しだ。

 だが余がこの特異点の首謀者か、などと。直截な問いを許しているとはいえ、どこからそんな質問が出てくるか分からん阿呆も黙っていろ」

 

「はぁ!? 何が阿―――!」

 

 ファラオがそう沙汰を下した途端、むんと表情に力を入れたニトクリスが杖で床を叩いた。

 途端にオルタが言い返していた言葉が止まり、彼女が声を上げても音にならなくなる。

 自分の声が止められたと理解し、苦渋の表情で黙り込むオルタ。

 

「……オジマンディアス王。

 この土地はあなたがエジプトに染めた、という話だったけれど……それは、あなたが君臨していた時代のエジプトに染めた、という理解で構わないのかな?

 この地の大気のそれは明らかに13世紀のものじゃない。現代に再現されたせいで薄れてはいるが、神代のそれに近い」

 

「無論。余が君臨する世界ならば、世界が余に合わせるが道理。

 ここは余の支配せしエジプトである」

 

「―――如何に君とはいえ、そんな無茶は通常は通らない。

 つまり少なくとも、今の聖杯の所有者は君と見るが……どうだろう?」

 

 アレキサンダーの問いに肯定を返すオジマンディアス。

 そのまま続けて放たれた問いに対し、彼は軽く腕を上げるとそこに光を降臨させた。

 極彩色の水晶体は光を集束し、黄金の聖杯を形作っていく。

 

「聖杯……!」

 

「十字軍の奴らめから没収したものだ。

 余を召喚した十字軍どもから、な」

 

 言いながら、黄金の杯を手の中で遊ばせる。

 

 オジマンディアスは自分を十字軍が召喚した、と口にした。

 それは聖杯を使って、ということになるだろう。

 だとしたら、魔術王がこの時代に降臨させた聖杯の持ち主として選ばれたのは十字軍の誰か。

 彼はその相手から聖杯を奪い取り、この地をエジプトに染めたということで―――

 

「その、聖杯の持ち主であった十字軍は……」

 

 オルガマリーはそこまで口にしてから思い出す。

 ニトクリスの口から既に語られた彼らの敵は、聖都の円卓の騎士と山の民。

 本来いるべき、十字軍の名前は出てきていない。

 内心そこまで至った彼女の姿を見ていたオジマンディアスが、小さく鼻を鳴らす。

 

「……既に答えをニトクリスが口にしていたつまらん質問であったが、己で思い至った事に免じて答え合わせはしてやろう。

 十字軍は壊滅した。奴らが目指していた聖地に現れた“聖都”の円卓の騎士によって、な」

 

 その名が出され、モードレッドが微かに身動ぎする。

 彼女に視線を向けることもなく、ファラオは話を続けた。

 

「今の聖都の中心は聖城キャメロット。

 その地に君臨するのは獅子王……聖剣ではなく聖槍を手にした、騎士王よ」

 

 

 

 

「ま、そういうわけだから。そろそろあたしはお暇するわ。

 出るだけなら何とかなるでしょうし!」

 

 そう言ってその女性は、いつもの如く太陽のような華やかさで微笑んだ。

 無言で返すのは五人の騎士。

 冷えていく空気の中、率先して紫の鎧の騎士が発言した。

 

「そうですか。あなたのような美しい女性が聖都を出る、というのは寂しくなる。

 ええ、とても寂しくなる。本当に」

 

 割と切実な響きで送られる言葉。

 それに対して鎧の少女―――カルデアにいるセイバーと全く同一の姿。

 モードレッドが速攻で彼の言葉を斬り捨てた。

 

「目の保養が出来なくなるからか? ランスロット」

 

「それは私もありますね」

 

 太陽の如き金髪の騎士。彼が彼女の言葉に乗る。

 それを見てゴミを見る視線で男どもを見回すモードレッド。

 

「ガウェインもってか……だろうな、納得しかしねえよ。

 トリ野郎と纏めてお前ら全員死んだらどうだ?」

 

「私は悲しい……何も言っていないのにこの二人と一緒くたに纏められてしまうとは……」

 

 ポロン、と。手にした琴のような弓を鳴らす赤い長髪の騎士。

 そんなやり取りをしている四人、彼らを冷たい目で見ていた黒い鎧の男が重々しく口を開く。

 

「ガウェイン。ランスロット。トリスタン。モードレッド……卿らは、しばし黙っていろ」

 

 彼にそう言われた四人が黙り込む。

 そうして、ここから出ていくと言った女性に向き直る。

 

「では、玄奘三蔵。貴殿は我らと袂を分かつ、ということでよろしいか」

 

「うん? なんでそこまで飛躍するのよ、別にあなたたちと敵対する気はないわ。

 もともと旅の途中の寄り道だもの。ここから旅立って、また故郷を目指すわ」

 

 困ったように首を傾げる女性。

 彼女の返答に対し、黒騎士はただ冷淡に言葉を続ける。

 

「その動機に信が置けない、と言っているのです。

 貴殿は既にサーヴァントであり、生前の行いを繰り返す必要はない。

 ましてこの地は特異点。ここに貴殿の故郷は存在しない」

 

「うーん。必要はない、というならあなたたちだって同じでしょう? 生前が王様の騎士だったからといって、サーヴァントになってからも王様の騎士である必要はない」

 

 微かに揺れる黒い騎士の肩。

 それを見ながら三蔵法師は言葉を続ける。

 

「あたしはそういうものなのよ。

 あなたたちが王に忠節を捧げた騎士であるように、旅をして徳を積む高僧なの。だから何故旅立つか、なんて問いかけにはあたしがあたしであるから、としか答えようがないわ」

 

「……なるほど。今のは私の不明だったようだ、謝罪しましょう」

 

 小さく頭を下げる男。しかしそんな彼の姿を三蔵は笑い飛ばす。

 

「別に謝られることじゃないわ、こうして説教するのもあたしの仕事だもの。

 あ、弟子であるトータも連れていくので、そこんところはよろしくね!

 それじゃあ、今までお世話になりました! バイバーイ! チャオ、再見(ツァイチェン)~!」

 

 そう言って足取りも軽く、彼女は城の外へと歩き出す。

 彼女の姿が見えなくなるまで待ち、モードレッドが口を開いた。

 

「で? どうするんだよ、アグラヴェイン。

 父上の赦しなくして城を去る事はできない……それが今の円卓の決まりだろ。

 つーか関係なしにあの女、邪魔だろ。殺さなくていいのか?」

 

「―――玄奘三蔵、そして俵藤太が危険という意見には同意だ。

 だが、彼女はこの城を去る赦しを王から得ている。我々に彼女を裁く権限はない」

 

「マジかよ。チッ、城の外で偶然ぶっ殺すっても今の状況じゃな……」

 

 そう言って頭を掻きながらランスロットに視線を向けるモードレッド。

 城の実務を仕切るのはアグラヴェインだ。

 本来であれば彼は、彼女とランスロットを城内に置いておくなどありえない。

 王の傍に置くのに不適格な騎士だと判断しているだろうからだ。

 

 ランスロットにしろ、モードレッドにしろ。それに反論はない。

 アグラヴェインが一番上手く仕切れるのは誰にだって分かっている。

 アグラヴェインが一番上手く王に貢献できる者だと誰もが知っている。

 だから彼女としても、遊撃として延々外に置かれていても文句はない―――

 

 だというのに。二人が揃って城内に配置されているのは理由がある。

 

「……聖抜の儀は遅々として進まぬ。それも、聖都を覆う壁のせいだ」

 

 アグラヴェインが忌々しげに口にする壁。

 それは聖都キャメロットを包み込むように展開された光の被膜だ。

 

「―――申し訳ない、それは私の落ち度でもある」

 

 ガウェインが瞑目する。

 異星の神性に足止めされている内に、聖罰される難民を逃がしたのは彼の失敗だ。

 以後はどうやら難民は山の民に誘導されているのだろう。

 聖都に接近せずに、ほぼ全て山の民が安全を確保しているようだ。

 物資が足りるはずもないが―――恐らくあの神性が異星から供給しているのだろう。

 そのような裏技で攻略されては、流石に一言で失敗と断じるわけにはいかない。

 

「……既にその失敗の沙汰は王より下されている。今更取り上げるものではない。」

 

 聖罰を防ぐために張られているだろうそれは、けして破れない壁ではない。

 サーヴァントであれば十分破壊できる。

 だが、薄壁一枚とはいえ隔離されている以上、円卓が王から離れるわけにはいかない。

 

「王によれば異星の神性は日に日に力が低下しているそうだ。

 現時点でも最早聖槍を防ぐだけの力はないだろう、とも」

 

「あんだけド派手にやってりゃな。

 初めて出てきてから、父上のロンゴミニアドを受け止め、ガウェインとやりあって、トリスタンから難民を逃がし切って、聖都を隔離するための結界を張って……

 そんで難民どもに住処の星から食料配達か? そりゃそうもなるだろうさ」

 

 肩を竦めるモードレッド。

 

「―――王がそう仰ったと言うなら、再び動き出す時が近い、と。

 そういう話と受け取ってもいいのだろうか?」

 

 ランスロットからアグラヴェインに向けられる視線。

 彼は微かに頷いて、その問いに対する答えを返した。

 

「たとえ食料などが足りていようと、山の民たちは既に管理できる以上の難民を抱えている。どう頑張ったところで、奴らが誘導しきれず取りこぼした難民はいずれ聖都に集まってくる。

 何せ、異星の神性のおかげである意味本来の聖都より目立ってさえいるからな」

 

「遠目で見たらキャメロットがでけーオレンジの果実だからな!

 初めて見た時思わず笑っちまったぜ!」

 

 外から見た聖都を思い浮かべ、けらけらと笑う。

 そんな彼女に対して溜め息混じりに注意するガウェイン。

 

「モードレッド、我らの城がフルーツにされているのですよ。

 もう少し真剣になりなさい」

 

「もう城がフルーツにされてるって字面で笑えるっつーの。

 んで、次の聖抜の儀の時に動くんだろ? オレはそっから外か?

 ランスロットもだろ? オレが外なのは文句ねえが、こいつが中なら文句あるぞ」

 

「―――次の聖抜の儀、まずは我が王により聖槍の解放を行う」

 

「……それはこの果実の天蓋を破り、異星の神性を撃ち落すためということでいいのだな?」

 

 神妙な顔をしてそう告げるアグラヴェイン。

 まるで王自ら動いて貰わなければならない状況を恥じるように。

 そんな彼に対して、確認を取るランスロット。

 

「無論だ。そこで異星の神性を撃ち落し、聖槍に収められるべき清き魂を選別する。

 その後は……ガウェイン、モードレッド、ランスロット。おまえたちが聖罰を実行せよ」

 

 ―――聖抜の儀。

 それこそ彼らの王の都市、聖都に迎えるべき善き魂のものを選別する儀式。

 ―――聖罰の儀。

 それこそ彼らの王に選ばれなかった悲しき魂たちに、慈悲を与える儀式。

 

 選ばれなかった、ただそれだけの無辜の民に聖罰を与える使命を帯びた三人の騎士。

 彼らは無言で頭を垂れた。

 

「………アグラヴェイン、私はどうすればいいのでしょう。

 念のために異星の神性に備え、王の護衛ということでしょうか」

 

「起きていたのか、トリスタン。その通りだ、おまえは王の盾となれ」

 

 少し驚いた様子のアグラヴェインの言葉。

 それを受け取ったトリスタンが悲しげにポロンと弓を鳴らした。

 

 

 

 

「まったくもって―――遅い! 遅すぎるわ!」

 

 急に声を荒げ、気を入れるオジマンディアス。

 

「カルデアども! 貴様らが訪れる前に、この時代の人理はとっくに崩壊したわ!

 この時代、本来であれば“聖地”を巡る攻防があったのだ。聖杯によって歪められ、魔神などという連中の温床になっただろう戦いがな」

 

「けれどその戦いは途中で、まったく違うものに変わった。

 聖地を守るものでもなく、聖地を奪い取らんとするものでもなく―――

 聖地を聖都と変え、この時代を支配した第三勢力の登場によって」

 

「ふん。正確には、十字軍は聖地を奪い取るところまでは行った。

 が、獅子王に壊滅させられ一晩であの地は聖都と変わった、なのだがな」

 

 忌々しいとばかりに声を荒げるオジマンディアス。

 さっきまでとは打って変わって猛々しい彼に、モードレッドが視線を向ける。

 

「それでおまえは、十字軍から聖杯を奪って逃げたってわけか」

 

「戯けが! 余は奴らの苦し紛れから召喚されたものだ! あの状況で聖杯を奴らに渡せば真実、世界は終幕だ! 円卓どもに背を向けることは業腹ではあったが、聖杯を確保しあの女に対抗するべく、こうしてエジプト領を顕現させたのだ!

 まったく……! 聖剣に選ばれるような者はどいつもこいつも!」

 

 何故そこまで聖剣を憎むのか、凄まじく嫌そうな顔をするオジマンディアス。

 そんな彼に対して舌打ちしながら、こちらも声を荒げようとするモードレッド。

 しかし背中に手が置かれて、振り返った彼女の目に映るのはブーディカの顔。

 ブーディカが首を横に振るのを見て、歯軋りしてモードレッドは静止する。

 

「チッ……!」

 

「……それで、オジマンディアス王。

 そこから先……聖都、そしてエジプト領。後は山の民だったか。

 そうして勢力が分かれた後の現状を教えてもらっていいだろうか?」

 

「思い上がりも程々にしておけ! 何故余がそこまで懇切丁寧に説明してやらねばならん!

 これまでの来歴はまだしも、現状などおまえたちが自身の足で見て回らねばならんものだ!」

 

 急にひたすら声を荒げるようになったオジマンディアス。

 彼はそこまで口にして、顔を顰める。

 そうしてから鬱陶しそうに、手にしていた聖杯を消した。

 そのまま玉座に背中を預けてしまう。

 

「……そういうわけだ、どうしてこの地がこうなったかは分かっただろう。

 後は貴様ら自身で見て回り、勝手にするがいい」

 

「勝手にって……オジマンディアス王、あなたはどうするんですか?」

 

「言ったはずだ、余は眠い。貴様らを追い返した後は、まずはゆるりと眠るだけだ」

 

 ツクヨミからの質問に、まずは眠ると堂々と言い返すオジマンディアス。

 そんな話をしているわけじゃないと、彼女が眉を顰めた。

 

「寝るって……」

 

「貴様らとの話に付き合ったのは、労いの言葉くらいはくれてやろうと思っていただけだ。

 我らは砂の民、長旅の苦しさを知るが故に遠方からの客人は無下には扱わぬ。

 ―――この地にくるのは完全に遅きに失したが。

 貴様らのこれまでの旅路に関しては、ファラオたる余も認めるところである。

 この地でも同じように見て回り、選び、そして再び余の前に立つがいい」

 

 そう言って完全に体を椅子に沈める。

 

「―――では帰れ、貴様らは今をもって我が領土を追放する。

 砂嵐は当分解除しておいてやる。聖都なり山なり、好きな場所に行くがいい」

 

 沙汰は下った、と。ニトクリスが杖を鳴らす。

 玉座の間からの退出を促すものだと、当然のように伝わってくる。

 

 確かに見て回らなければ何も分からない。

 けれど―――と。

 

 そんなことを考えていたソウゴと、ダビデの視線が交錯する。

 彼は「いいんじゃない? 君の思うようにで」と。

 視線だけでそう語る。

 

 ふと顔を上げると、立香も彼を見ていた。

 マシュも、オルガマリーも。

 ソウゴが今から問題を起こすんだろうな、と思って彼を見ていた。

 

 ―――じゃあいっか、と。

 彼は退出を促すニトクリスに逆らって、玉座に向けて一歩踏み出した。

 

「ねえ、王様! 俺もひとつ訊いていい?」

 

「―――――」

 

 無言。

 ニトクリスが厳しい顔をしてソウゴを見つめる。

 だがオジマンディアスの億劫そうな視線は、確かに彼を向いていた。

 

「ラムセス二世っていえばエジプト最強の王様で、あんたは自分こそ地上で最高の王様だって思ってるんだよね?」

 

「―――当然です。オジマンディアス様こそが至高のファラオ。

 それを分かっているのは悪いことではありませんよ」

 

 無言で返すオジマンディアスの代わりに答えるニトクリス。

 うんうんと満足気に頷いている彼女の顔はしかし、ソウゴの次の言葉で簡単に変わった。

 

「だから訊きたいんだけど……なんで獅子王と戦おうとしないの?」

 

 またも無言。

 ニトクリスはハラハラとしながら、二人の間で視線を行き来させる。

 すぐさま叱ればいいのか、それとも……と。

 

「……ほう? 余が獅子王との戦いを避けている、と?」

 

 ニトクリスが戦々恐々している間にオジマンディアスが口を開く。

 先程までから出していた面倒そうな声色ではない。

 ただただ楽しげな声。

 

「避けてるかどうか、じゃなくて。避けてるのは分かってるし。

 なんであんたは戦いを避けてるのか、って理由を訊いてるんだけど。

 もっと言うと……どっちの理由で避けてるの? ってこと」

 

 そう言いながら両腕を上げる。

 まずは右手を肩より高く上げ、ひとつ。

 

「あんたは最高の王様としてこの世界を救うつもりがあるけれど、相手が勝てないくらい強いから戦うことを選べない情けない王様?」

 

 次いで右手を下げ、左手を先程と同じ高さまで上げて、ふたつ。

 

「それとも、あんたは最高の王様だけど世界まで救う義理はないと思ってるから、自分の国だけ救って世界を見捨てるつもりの頑固な王様?」

 

 両方の例を挙げた後、ソウゴは微笑みながら玉座の王を見上げる。

 軽く問いかけるような、ごくごく平坦な声。

 問いかけられたオジマンディアスの笑みが、ゆっくりと深くなっていく。

 

「ねえ、どっち?」

 

「はわ、はわわ……何たる不敬! 不敬です! ファラオ、即刻裁きを……!」

 

「―――仮に、余がどちらかの王だったとしたら貴様はどうする?」

 

 ニトクリスを無視して、ソウゴに問い返すオジマンディアス。

 質問を返された彼は、あっけらかんとしながら言い放つ。

 

「変わんないよ? 俺は世界を救う最高最善の王様になるから……あんたが情けない王様でも、頑固な王様でも、力になって欲しいと思ってる」

 

 瞬間、ファラオの口から哄笑が溢れ出した。

 

「く、はははははははは――――ッ!!!

 余を愚弄しておいて、世界を救うために余に力を貸せときたか――――!!」

 

「愚弄? あんたも俺も、世界を救うのに力が足りないのは事実じゃん。

 それともあんたは、本当はそれだけの力があるけどやらないの?」

 

 だとしたら俺の勘違いだったかも、と。

 そこまで口にするソウゴを前に、オジマンディアスの笑い声が止まる。

 

「―――偽りはせぬ。認めよう、余では獅子王相手に相打ちが精々。

 だがそうしたところで、魔術王を止めることはできぬ。

 故に最悪の場合として、余は余の民のみをこの神殿に収めて人理焼却を回避する。

 そのような手段をもってこの地にエジプト領を召喚した」

 

「じゃあ俺たちとあんたが協力して世界を救えばいいじゃん。

 あんたと俺たちで獅子王を止める。次の特異点も俺たちが止める。

 それで魔術王のところまで行って、俺たちが止める。それで全部解決じゃない?」

 

 何でもないことのようにそう語るソウゴ。

 彼を前にして、オジマンディアスはその言葉を笑い飛ばした。

 

「は―――余が守るのは人の世ではなく、神々の法!

 その結果として、余の世界に生きる臣民の庇護をしているだけだと言うのにか!

 貴様は余に、浅ましき人の世全てを守れと言うのか!」

 

「え? そっか、あんたの守る世界ってそんな小っちゃいものだったんだ。

 うーん……でもあんたの言う神々の法ってのも多分、俺が守る世界全部の中に入ってるし……

 きっと問題ないよね?」

 

「無いと思ったか阿呆めが! 大有りだ!!

 よくぞ余を前にそれだけの大言を吐けたものだ!

 怒りを通り越して、外周を大きく回って感心にまで辿り着いたわ!!」

 

 玉座から立ち上がるオジマンディアス。

 怠惰をどこに置いてきたのか、先程まで眠ると言っていた男の熱量ではない。

 そんな彼を見上げながら、ソウゴは困ったように頭を掻いた。

 

「あんたにとって世界を救うって大言なんだ。

 俺にとっては―――最高最善の王様にとっては、当たり前のことだと思ってた」

 

「ふ、――――ふ、ふはは、はははははははははははははッ―――――!!!

 くははははははははははははははははははははははははははは―――――!!!

 余にとっては些事だが、貴様にとっては大言だという意味だ馬鹿者めが!!」

 

 立ち上がった彼の玉座の後ろに、宇宙が滲みだしてくる。

 砂漠で見たものとは比較にならないほどの神気。

 それがスフィンクスの王であると、一目で分かるほどの圧倒的な力。

 無貌の神獣の顔から光の渦が解き放たれる。

 

「ファ、ファラオ……っ!?」

 

 ソウゴの足元に炸裂し、立ち昇る光の渦。

 爆風に煽られ、カルデアの面々が後ろに追いやられ―――

 しかし、誰もソウゴの無事を疑わない。

 

〈ライダータイム!〉

 

 その圧倒的な熱量の中、“ライダー”の文字が宙を舞う。

 オジマンディアスへと殺到したそれが、スフィンクス・ウェヘムメスウトの腕の一振りで思いきり弾かれて、爆炎の中へと跳ね返っていく。

 

〈仮面ライダージオウ!〉

 

 返ってきた文字を顔面で受け止める。

 握り締めた時換銃剣ジカンギレードを振り抜いて、その身を包む熱波を斬り捨てる。

 

 払われた立ち昇る熱量。

 その中から歩み出し、オジマンディアスの前に姿を現すジオウ。

 彼が仮面の下で小さく笑い、完全に戦闘態勢に入った黄金のファラオを見上げた。

 

「やっと調子、出てきたんじゃない? そっちの方がラムセス二世、って感じする!」

 

 オジマンディアスはその言葉を受け、鼻を鳴らしながら髪を掻き上げた。

 

「―――無礼千万、だが此度ばかりは特に赦そう。

 神君たる余の世界と、醜く歪んだ人の世。それらを纏めて救わんとする気骨には見るものあり、としておいてやる。

 ―――故に。此度の闘争の理由はただひとつ! これなる戦いは、貴様が余の力を貸し与えるに足る者であるかどうか、それを見定める試練と心得よ!!」

 

 

 




 
チャオ!というただの挨拶に対する風評被害。
悪いのは一体誰だと思う?
―――万丈だ。
 

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