Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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大神、アモン・ラー光臨!-1304

 

 

 

 そうして。

 ずるり、と。目の前でオジマンディアスの首がずれた。

 首を断たれたかのように、滑り落ちそうなほどにずれる頭。

 

 だが彼はそれで絶命するどころか、忌々しいとばかりに顔を歪めた。

 

「……チッ、少し力を入れるとこれか。致し方ない」

 

 オジマンディアスが腕を掲げ、その手の中に再び聖杯を顕す。

 彼は胸元まで聖杯を運ぶと同時―――ずれた首の切断面から血を流し始めた。

 

 滂沱と流れ落ちる血が、黄金の杯の中に注がれていく。

 そんな光景を見て、マシュは状況をそのまま口にしていた。

 

「オ、オジマンディアス王……自分の血を聖杯に注いでいます……!」

 

 己の血で杯を満たした彼が、自分の手で首を元の位置へ戻す。

 そして彼の後ろから、スフィンクスが大きく身を乗り出した。

 

「―――うむ、今の余の肉体では強度が足りぬと見たか。

 よい。貴様の肉を余へ捧げることを許す」

 

 そう言った王が聖杯を掲げ―――その中から、彼が注いでいた血が溢れ出してきた。氾濫する血液の渦はオジマンディアス、そしてスフィンクスを呑み込むと更に膨れ上がっていく。

 

「―――――! この神気……!」

 

 アレキサンダーが、柱のような形状で固まり始めた血の塊に目を見開く。

 ギチギチと蠢動して、やがて固形化して聳え立つ血の柱。

 その表面が黄金に染まっていき、鼓動を開始する。

 

「―――貴様には喜ぶ権利と、哀しむ権利を与えよう。

 今から貴様を試すのは、余であって余ではない。

 余と立ち会う栄誉を逃した悲哀に咽び、命を長らえる可能性を得た歓喜に打ち震えよ」

 

 血色は引いて、黄金一色に変わった柱から声がする。

 その姿は魔神のそれであって、しかし魔神とはかけ離れた神性のそれ。

 煌々と輝く御柱は一際大きく光を放ち、己が名を宣言した。

 

「我が大神殿にて祀られし其の名、大神アモン・ラー!!」

 

「アモン・ラー……!? 古代エジプトの最高位神格……!?」

 

「ああ、流石に本物ではないけれど……身に覚えのある威光だね」

 

 そんなものが降臨するなどありえない、と。

 そう続けようとしたオルガマリーの言葉を、アレキサンダーが遮った。

 

 太陽神アモン・ラー、即ちギリシャにおける大神ゼウス。

 そしてアモンの子であると神託を得ている者こそ、アレキサンダー。

 そんな彼が目の前に降臨した神性を前に、小さく笑った。

 

「ほう、子が親の気質を間違うことはあるまい。

 ではあれこそは、間違いなく太陽神の疑似的な降臨というわけかな?」

 

「だとしたら僕はとても相性が悪いだろうねぇ」

 

 フィンが神々の王の似姿を見上げ、槍をその手に現した。

 そんな彼の後ろでしみじみと他人事のように呟くダビデ。

 直後に、黄金の柱の表面に光が奔る。

 

「ッ、マシュ!」

 

「―――はいッ!」

 

 光の斬撃が迸った。

 太陽神の輝きがそのまま刃と変わり、玉座の間全てに放たれる。

 熱線を伴う斬撃の渦。切断して焼き払う王の裁き。

 

 だがそれが彼女のマスターたちを襲うものであるのならば。

 それを防ぐために彼女は必ず立ちはだかる。

 掲げられるのはマシュの手にしたラウンドシールド。

 

 何度となく激突してくる刃。

 神殿の床を踏み締めて、マシュはそれを耐え抜いてみせる。

 

「ひゃ!? ファ、ファラオ・オジマンディアス!?

 わ、私も加勢……するべきでしょうか!? していいのですか!?

 ファラオ・ダレイオスも呼ぶべきか……ひゃあっ!?」

 

「メェエエリィイイイ―――アメンッ!!」

 

 大神の直近にいたニトクリスが攻撃に巻き込まれる。

 彼女は己の前に鏡を浮かべ、何とか自衛を開始していた。

 

 王の承諾を得ずに、王が手ずから開始した試練に割り込むことはできない。

 だが大神と化したオジマンディアスから意味のある返答はなし。

 どう行動すればいいか分からず、彼女は目を回し始めた。

 

〈タイムチャージ!〉

 

 光の斬撃を潜り抜けながら、ジオウがギレードのリューズを押す。

 そのカウントダウンを待ちながら、無作為に放たれる切断を確実に躱していく。

 

〈ゼロタイム! ギリギリ斬り!〉

 

「おりゃあああッ――――!」

 

 刀身にピンクの光を刃と纏い、ジカンギレードが振るわれる。

 斬撃の合間を抜けた彼の手により、黄金の柱に叩き付けられるジオウの刃。

 それは確かに直撃し―――

 

 ガギン、と。まるで刃が立たない音を出して弾かれた。

 

「かった……!」

 

 剣を叩き付けた腕に返ってくる衝撃。

 そこで足を止めたジオウに対し、黄金の柱が意識を向ける。

 無作為に放たれていた斬撃が明確に標的を定め、ジオウを狙いだす。

 

 痺れた腕で攻撃を防ぎ、その結果手の中から弾かれていくジカンギレード。

 

「っと……!」

 

 続けて迫る、無数に放たれた光の斬撃。

 その攻撃に対し横合いから、光と炎、白と黒、二色の剣弾が押し寄せる。

 それらと激突して、光の斬撃はジオウに届く前に消失した。

 

「―――あれだけ硬いと、破れる攻撃は多くないだろうね。どうする?」

 

 “約束されざる勝利の剣(ソード・オブ・ブディカ)”を振るいながら、ジオウに並んだブーディカが問いかける。

 

 彼女は戦車を出すことなく、剣と盾のみを構えて戦場に立つ。

 玉座の間は狭くはないが、同時に戦車を縦横無尽に乗り回せるほど広くもない。

 相手のあの攻撃範囲を考えれば、戦車を出す方が不利になるだろうという判断だ。

 

「―――スフィンクスもそうだったし、多分ぜんっぜん火が通らないわよあいつ」

 

 難しい顔で旗と剣を手にしたオルタはそう語り、炎の剣弾を再び射出した。

 同じくブーディカも剣を振るい、光弾で迎撃に移る。

 

「とりあえず……」

 

 彼女たちの声を受けたジオウが、後ろを見る。

 戦闘態勢に入っている他のメンバーを一通り見回し、手に取るのはウォッチ。

 それを起動しながら、彼は声を弾ませた。

 

「水と雷を試してみる!」

 

〈オーズ!〉

 

 即座にドライバーに装填し、回転させる。

 具現化されるタカとトラとバッタが鎧となってジオウのボディに合体する。

 そうして、彼はオーズアーマーへと変わっていた。

 

 ブレスターの文字に描かれるのはシャチ、ウナギ、タコ。

 青いオーラに身を包んだオーズが、体を揺らめかせた。

 そのアーマーの登場を見た立香が目を細め、ツクヨミに視線を向ける。

 

「―――ツクヨミ!」

 

「……ええ! フィン、お願い!」

 

「了解した、マスター」

 

 返ってくる返答を聞き、手の空いたマシュが立香を抱えた。

 今、アモン・ラーの攻撃はジオウの方へと集中している。

 この状況ならば、守りが少し緩んでもどうにかなるだろう。

 

 同時にダビデがオルガマリーとツクヨミを。

 背後に退く彼女たちが行動を起こしたことを見届けるのはフィン・マックール。

 そうして動ける状況になったのを見計らい、彼は槍の穂先を軽く揺らした。

 

「さて。太陽を落とすための戦い、神をも屠りし魔の槍がまずは一撃―――!」

 

 流石にその魔力の高まりは感じたか、アモン・ラーの意識がフィンに向かう。

 黄金の柱が煌めいて、光の斬撃がそちらに向けられた。

 だが押し寄せる光はフィンには届かず、正面から打ち砕かれる。

 光の斬撃は、彼の前に立ったアレキサンダーとモードレッドが通さない。

 

 フィンの周囲に水が取り巻き、渦巻く水流は槍の穂先に収束する。

 そして銘を告げるとともに撃ち放つ一撃こそ―――

 

「“無敗の紫靫草(マク・ア・ルイン)”――――!!」

 

 圧縮された水流が槍となって黄金の柱に激突する。

 表面が削られ、少しずつ失われていく肉体。

 

 邪悪に堕ちた神霊を穿ったフィン・マックールの神殺しの槍。

 それは太陽神を再現した魔神に確かに効果を発揮した。

 弾け飛ぶ太陽柱の破片と、それと衝突することによって撒き散らされる水。

 

 槍としての威力を発散して飛散する水は、しかしそこで終わらない。

 そのまま意思があるかのように、空中で繋がって黄金の柱に張り付きだす。

 水が繋がる先はオーズアーマーの腕部。

 青いオーラを鞭のように伸ばす彼の腕に繋がっていく。

 

「アレキサンダー! モードレッド!」

 

「了解―――ッ!」

 

「どこまで行っても悪趣味な金ピカだぜ、さっさと斬り倒す―――!」

 

 そうしながら叫ぶソウゴの声が、剣を構えた二人に届く。

 同時、締め付ける水の鞭に雷電が奔る。

 それに合わせるように、二人の放つ白雷と赤雷が黄金柱に叩き付けられた。

 

 水を伝い雷電が黄金柱の全身に伝播する。

 その雷に焼かれ、表面を破裂させていく太陽神の現身。

 砕けていく神の姿を見ながら、オルガマリーが様子を探る。

 

「やった……?」

 

「メェエリィイイアメン……! 再生の時、来たれり――――!!」

 

 瞬間、水の鞭と雷に蹂躙されていた黄金の柱が完治した。

 圧倒的な速度による超速再生。

 崩れ始めていた柱が瞬時に再生したのを目撃し、オルガマリーが顎を落とす。

 

「なんてインチキな再生速度……! しかも今の魔力の流れ……!」

 

「どうやらこの、彼の宝具である複合神殿で再生力を維持してるようだね。

 恐らく即死すらしない。この神殿が存在している限り、あれに死は存在しないんだ」

 

 オルガマリーを横に抱えたダビデがその様子を見て唸る。

 

 ファラオ・オジマンディアスの宝具、“光輝の大複合神殿(ラムセウム・テンティリス)”。

 玉座において、彼は無敵にして不死身。

 その能力は当然、招来した魔神と重ねて自身をアモン・ラーと変えた今も継続している。

 太陽神アモン・ラーは不死。少なくともこの場においては。

 

「……神殿の破壊はいくら何でも現実的じゃない。

 だったら狙うべきはひとつしかないわ」

 

 何でもなかったように、再び光の斬撃を四方に撒き散らし始めた黄金の柱。

 その事実を目の当たりにして、同じくダビデに抱えられたツクヨミが口を開く。

 そんな彼女の言葉を継ぐのは、マシュに下ろされた立香。

 

「オジマンディアスをあの柱の姿に維持してるのは、多分聖杯―――!

 それを奪い取ればきっと、あの神様ではいられなくなる!」

 

「ですが、それをどうやって……!」

 

 マシュが盾を構え直して、殺到する光を塞き止める。

 その直後に身を隠した清姫が時折顔を出して、火炎を放って斬撃に少しでもと対抗した。

 

 アレキサンダーがブケファラスを呼び出し、その背に跨る。

 そうしてマスターへと問いかけた。

 

「だそうだけど、どうやって攻略するつもりだい? マスター」

 

「決まってるじゃん。相手は戦いの王様、ならその試練は正面から力尽くで!」

 

 あっけらかんとそう言い放ち、黄金のオーラを纏うオーズアーマー。

 ライオン、トラ、チーターへと変わるブレスターの文字。

 彼はトラクローZを走らせ、撒き散らされる斬撃を斬り払いながら少し下がる。

 

「ブーディカ! ひとっ走り、付き合ってよ!」

 

 視線を向けられたブーディカは、太陽神の斬撃を防ぎながら眉を顰める。

 

「―――ここで戦車を? でもこの状況じゃ回避は……」

 

「言ったでしょ? 正面からって!」

 

 ソウゴの宣言に冗談はない。

 彼は本気で、あの無限に再生する太陽の柱を正面から上回るつもりで言っている。

 確認する意味でブーディカの視線が立香に向かう。

 力強く頷き返されたことに苦笑して、彼女はマントを大きく跳ね上げた。

 

「しょうがない。付き合うよ、ソウゴ!

 “約束されざる守護の車輪(チャリオット・オブ・ブディカ)”―――――!!」

 

 彼女の背後から二頭の白馬が牽く戦車が出現する。

 即座に乗り込むブーディカとジオウの二人。

 その走行が開始される前に、フィンが軽く槍を回して構えてみせた。

 

「ならば()()()()()となる一部を穿つのは私の役目と見た。

 悪いがマスター、令呪一画を私に譲ってくれないかな?」

 

「―――ええ! 宝具を使って、フィン!」

 

 瞬間、宝具を放ったばかりのフィンの中に魔力が充填される。

 ツクヨミの手に浮かぶ令呪の一画と引き換えに、彼は再び宝具を放つだけの魔力を得た。

 

「今再び、神霊殺しの牙を剥こう。

 その身でとくと味わえ、“無敗の紫靫草(マク・ア・ルイン)”――――!!」

 

 流水が槍となり、太陽の柱に放たれた。

 令呪によって与えられた魔力全てを注がれて、水流の槍は先程以上の威力を発揮する。

 神の外殻を削り落としていく圧縮された瀑布。

 

 崩れていく体を揺すり、黄金が煌めいた。

 無作為に散っていた斬撃がフィンに目標を定めて殺到する。

 

「ダビデ!」

 

「おや?」

 

 名を叫ぶと同時に、ダビデに向かって突き出される天然石。

 それを見てダビデが、石を懐から取り出して突き付けてきたオルガマリーを手放した。

 同時にツクヨミも放して、オルガマリーに放られた石の数々を握り込む。

 

「ちょうどよかった。この辺り、拾う石がなくてね」

 

 惚けながらも腕から投石器を垂らし、そんなことを口にする。

 

()()()()()()! いい場所に投げなさいよ!」

 

 返答に代わり、行動によって返される回答。

 ダビデはオルガマリーに渡されたルーンストーンを投石機に乗せて回す。

 

 数秒と待たずに放たれた石はフィンの前、殺到する無数の光に直撃する軌道を描く。

 光の斬撃の前に立ちはだかる、ルーンより放射される星光の壁。

 壁に激突する神威の攻撃は一瞬止まり―――

 

 しかし、すぐさまそれを硝子の如く砕きフィンへ迫る。

 着弾する光の斬撃。

 それは神殿まで損壊させて、瓦礫と水を撒き散らして弾け飛ぶ。

 

 取り巻く水だけでは防ぎ切れず、しかし盾によって減衰した威力では仕留めきれず、ただ吹き飛ばされるに留まるフィン。

 彼は吹き飛んだ勢いで床を転がりながら、再生の姿勢を見せる柱を見上げた。

 

「―――だがこれで十分。

 太陽であっても、私の輝きには目が眩むということかな?」

 

 フィンの呟きを掻き消す轟音。

 白馬の蹄鉄が床を蹴り、戦車の車輪が回る。

 

〈スキャニング! タイムブレーク!〉

 

 白馬に牽かれた戦車に金色の光が噴き出す。

 日光の如きそれは明確にカタチを持ち、トラの如き頭と爪を現出させた。

 それは上に乗るジオウの意思に従い咆哮する。

 

「ブーディカ! 戦車だけ叩き付けて、そのままぐるっとお願い!」

 

 言われ、ガチャガチャと床を擦るトラの爪を見る。

 その刃をフィンが開けた穴に叩き込ませ、そのままぐるっと円を描き、柱を根本からこそぎ取ろうという話。

 だがそれが可能だとして、切り離した傍から再生されては意味がない。

 

「―――流石にそこまで再生は待ってくれないんじゃないかい?」

 

「大丈夫!」

 

 手綱で馬首を導きながら上がるブーディカの疑問に即答。

 次の瞬間、床を這う黒い炎が黄金の柱に届いていた。

 フィンが削って開けた柱の穴に飛び込んでいくその炎。

 

「オルタの……!」

 

「焼けなかろうが、少しくらいなら再生の邪魔になるでしょ……!」

 

 水気を蒸発させながら、体内で破裂する黒い炎。

 怨念の炎は神威による再生を僅かに阻害する。

 ほんの僅か、誤差のような数秒のロス。

 その数秒のうちに成し遂げるべく、白馬の疾走が加速した。

 

「いっけぇえええ―――ッ!」

 

 ジオウの意思に反応し、戦車に生えたトラの爪が黄金の柱に突き刺さる。

 そのままに戦車は速度を落とすことなく、柱の周囲を回るような軌道に入った。

 

 その状況に至ってアモン・ラーの狙いはただひとつに固定される。

 御柱の持つ全ての攻撃力が戦車に対して行使される前兆。

 輝く表面から魔力と神気が放たれる。

 

 それらは全て斬撃となって降り注ぎ、戦車を粉微塵に斬り裂かんと威力を発揮した。

 白馬の手綱を握るブーディカが同時に剣を振り、トラと化した戦車に乗るジオウが爪を振る。

 それでも防ぎ切れない攻撃が戦車を削っていく。

 

 柱の根元を刈り取る前に、こちらが先に崩れるのは明白。

 だがそれは当然、彼らだけだったならばの話で―――

 

「“疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)”―――――ッ!!」

 

 ジオウとブーディカに完全に意識を向けていたアモン・ラー。

 その意識の外、フィンの槍で大穴が開いた正面。

 そちらから地面に奔る黒い炎を一跳びで越えて、黒い巨体が神体に対し突撃を慣行していた。

 

「このまま叩き付ける、いけるかい――――!?」

 

「行けます――――ッ!!」

 

 ブケファラスに同乗したマシュが光の盾を正面に構え、黄金の柱に迫る。

 全身から光を放ち、その神威を攻撃に使用しているアモン・ラーへ。

 柱の表面に接触すると同時、光の盾の表面が破裂した。

 

「――――ッ!」

 

 迸る神気。

 それに押し返されそうになりながらしかし、盾を押し込む力は緩めない。

 一瞬の接触の後に激しくスパークし、黄金の柱の表面と光の盾が双方弾け飛ぶ。

 

 その勢いで後方へと大きく吹き飛ばされていくマシュ。だがその代わりに、アモン・ラーの体表が自身のエネルギーの破壊力をそのまま受け、大きく罅割れ焼け爛れていた。

 

 体表の1/4が砕けた柱。

 それはそのまま斬撃の弾幕の密度の低下を意味し、戦車は止められない。

 それでも磨り潰すまでの時間が僅かに伸びるだけだ、と。

 神威の斬撃は全て戦車の方へと向けられて―――

 

「―――さて。紛い物とはいえ父神が相手だけど……

 悪いね、それはそれで……征服し甲斐があると思う性質なんだ。

 ―――――“始まりの蹂躙制覇(ブケファラス)”ッ!!!」

 

 英霊馬が嘶いて、その巨体が柱に全速力で突撃した。

 叩き付けられるブケファラスの両前脚。

 根元から大きく裂かれている柱がミシリと音を立て、大きく揺らいだ。

 

 同時に、雷光が弾けて柱の巨体を思い切り押し込む。

 揺らぐと同時にメキメキと悲鳴を上げ、傾いていく御神体。

 

「―――ブーディカはこのまま走り抜けて!」

 

「ああ!」

 

 柱が倒れてくる方向、その位置でジオウが戦車から跳ぶ。

 戦車を覆っていたトラのオーラも限界に至り消えていく。

 地に足をつくと同時、彼は胸のブレスターをサイ、ゴリラ、ゾウに変えた。

 

「モードレッドッ!!」

 

 灰色の光を纏うとともに発生する重力場が、倒れてくるアモン・ラーを捕まえる。

 それと連動させるように、両腕に集束していた拳状の光弾を撃ち放った。

 

 ―――放たれたゴリラの両腕が着弾し、遂に柱を床から千切り飛ばす。

 全身が罅割れ、損壊した柱。

 だがしかし、それは宙を舞いながら再生の前兆を既に見せている。

 このまま床に落ちれば、その場で再び根付き完全に再生するだろう。

 

 そんな柱に向けて、血色の極光を放つ王剣が解き放たれた。

 

「“我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)”―――――ッ!!」

 

 溢れ出す光。赤雷を伴う血色の極光が、未だ宙にある黄金の柱を呑み込んだ。

 亀裂の入った体が更に損壊し、バラバラに砕けていく。

 クラレントの光が過ぎた先、空中で舞い散るのは分割されたブロック片。

 だがそれでも、その柱の生命力に陰りはない。

 

 破片同士が元通りに繋がらんとして、空中にあるままに引き合っていく。

 その状況を見上げていたダビデが小さく笑った。

 聖杯。その由来との強い繋がりを持つ彼は、再び投石器を振るった。

 

 ガチャン、と。音を立てて砕け散る、ルーンの刻まれた天然石。

 ただの目印にするためだけの小さな魔術。

 それだけが込められた石が、ダビデ王が見定めた肉片に当たって砕けたのだ。

 

 石を当てられた肉片のひとつが、極彩色の光を放ちだす。

 疑う余地なしに確信を得ていたが、それでも目に見えた答え合わせにダビデが微笑む。

 

「当たりはそれだね。さて、最後の仕上げだマスター」

 

「了解!」

 

 その肉片を中心にするように、他の欠片が引き寄せられていく。

 だがそれに対し、緑色のオーラでできた人影が割り込んでそれらを抱き止めた。

 肉片の集合を肉片の数にまで分身して捕まえ、合流を防ぐ力業。

 

 ブレスターの文字は、クワガタ、カマキリ、バッタ。

 分身体たちが次々と抱えていた破片を投げ捨てる。

 中心となるあの聖杯に戻れないように。

 

 そうして、再び変わるブレスター。

 ―――タカ、トラ、バッタ。

 

 ブレスターの文字を変え、ジオウがバッタの脚力で跳躍した。

 瞬時に詰まる距離の中、タカの眼力が輝く聖杯の光の最も強い部分を見極める。

 距離を詰め切るまでの僅かな瞬間、見抜いてみせる聖杯を秘めた場所。

 その部分に対し、ジオウの腕が伸びた。突き立てられるはトラの爪。

 

「オォオオオオオ――――ッ!!」

 

 肉片に突き刺した爪が、その中で何かを引っ掛ける。

 それを引きずり出すように、ジオウは思い切り爪を引き抜いた。

 

「ウセルマァアアアトラァアアア……ッ!!」

 

 爪が引っ掛けていたのは極彩色の水晶体。

 それがジオウの手に渡った瞬間に黄金の杯と変わり―――

 

 宙を舞っていた全ての黄金の肉片が爆散した。

 

「ファ、ファラオ・オジマンディアス――――っ!?」

 

 空中で爆発四散して黄金の霧と変わっていく御神体。

 それを見上げていたニトクリスの悲鳴が神殿内に響き渡った。

 

「なんだ、騒々しい。静謐を旨とする神殿の中でいちいち騒ぐな」

 

 そしてオジマンディアスの呆れたような声がそれを叱責する。

 

「え、あ、はい! 申し訳ありません!」

 

 目を白黒させて跪くニトクリス。

 オジマンディアスはアモン・ラーが爆死した瞬間、当たり前のように玉座に座り直していた。

 彼の後ろにはスフィンクスが鎮座しており、やはり当たり前のように無事だ。

 

 唖然とするのはニトクリスだけではない。

 

「今のは死んだでしょ……!」

 

「何を馬鹿な事を……太陽王たるこの余が神殿内で死ぬわけあるまい。常識で考えろ。

 この場で余を殺せる者など―――まあ、どこぞにいるやもしれんが」

 

 頬を引き攣らせるオルタの言葉に、常識を説くオジマンディアス。

 彼はそんなことを言いながら、何度か首を傾けていた。

 何かを確かめるようにそうしていた彼が首を止め、ジオウを見る。

 

「で? どう、試練は合格?

 それともあんたの調子が悪かったから、みたいな感じで無効試合とか?」

 

「戯け、神王たる余の言葉は法。いちど法として認めたからには翻しはせん。

 よかろう、今回ばかりの同盟を結んでやろう。

 感涙に咽び泣くことを許す。余の耳障りにならない範囲であればな」

 

 そう言って尊大に玉座に座り直すオジマンディアス。

 そんな彼からあっさりと視線を外し、変身を解きながらソウゴが振り返った。

 

「じゃあ次行こっか。ねえ所長、次は山と聖都のどっち先に行く?」

 

「え? ええ、そうね……?」

 

「聖都は敵になる獅子王の本拠地なんだよね?

 だったら山の方に行って、味方を増やした方がいいんじゃない?」

 

 現時点で得ている情報を考え、山の民とは協力できる可能性があると言う立香。

 だがそう考えるには山の民の情報もないのが実情。

 

 無視されたオジマンディアスの眉が上がる。

 それを横で見ていたニトクリスが震えあがった。

 

「ふ、不敬な―――! ファラオの言葉を無視するなど……!」

 

「ねえねえニトクリス、山の民っていうのはどんな感じの人達なの?」

 

「山の民ですか? 彼らは山の翁と呼ばれる頭領を中心に、聖都の騎士から逃れた難民たちの世話をしている集団で―――違います! ファラオの言葉を何だと思っているのです!」

 

 怒鳴ったはずが質問されたことに律儀に答えようとして、しかし正気に返る。

 そのまま怒る方に舵を切るニトクリス。

 だが彼女に対して、ソウゴは不思議そうに首を傾げた。

 

「それはこれから決めることじゃない?

 俺たちと同盟を組んだってことは、俺たちが何かを言うまでもなく、ここぞと言う時に最高の援護をしてくれるんだよね? 何せ最大最強の王様なんだから。

 どれだけ期待しても期待以上に応えてくれるでしょ? あんたの言葉の大きさは、実際助けてもらってから考えても間に合うかなって」

 

 は、と。ニトクリスの横から息を吐く音。

 びくりと震えた彼女の隣で、オジマンディアスは軽く笑ってソウゴを見返す。

 また処刑が始まるのでは、と戦々恐々とするニトクリス。

 だが彼は玉座から立ち上がることもなく、悠然と微笑みながら言葉だけを返した。

 

「足りぬわ。首の調子も戻ってきたが故に、貴様から向けられる期待が軽すぎて肩が凝る。

 この余を動かしておいてその軽視。万死に値するぞ?」

 

「そう? 今まで引きこもってたんだから順当じゃない?」

 

 玉座に頬杖をつき、そのまま細めた目でソウゴを見るオジマンディアス。

 

 焦ればいいのか怒ればいいのか、あるいは怖がればいいのか。

 混乱してきたニトクリスが目を回して視線をうろつかせる。

 

「―――よい、今ばかりは見逃そう。

 だが獅子王めを討ち取り、魔術王を屠り、そうして世界を救った暁には―――

 余が貴様を捻じ伏せてみるのも一興かと思い始めたわ」

 

「じゃあその時には俺があんたより王様として上になってるよ。

 そうした方が、あんたも王様として捻じ伏せ甲斐があるんじゃない?

 もちろん、俺は負けないけど」

 

 徐々に細くなっていくオジマンディアスの眼。

 それをにこやかに見返して、ソウゴは焦りもなく彼に言葉を返していく。

 

「……ねえ、ニトクリスさん。倒れそうだけど」

 

 そんな彼らを見ていたツクヨミが、ふらふらしているニトクリスを指差した。

 何か最近慣れてきたな、と思い始めたオルガマリーが憐れむようにそちらを見る。

 彼女は目をぐるぐる回しながら、獣の耳のような頭の装飾も萎れさせていた。

 

「えー、ちゃんと家臣は休ませてあげなきゃ駄目だよ?」

 

「ほう? 余の与える仕事は過剰だったか、ニトクリス」

 

「いえ! いえ!? そのようなことはあろうはずもなく!

 王の中の王たるファラオ! オジマンディアス様の助けになれるのであれば、我が本懐!」

 

「……ぱわはらですね、ぱわはら」

 

 揺れるニトクリスの獣耳を眺めていた清姫がそう呟く。

 エリザベート枠だと思っていた失礼な感想を引っ込める。

 彼女はちょっとアホの子なところはあるが、振り回す側ではなく振り回される側だ。

 

 エリザベート枠は取り下げる。ニトクリスはカーミラ枠だった。

 

 

 




 
相手の体内から何かを引きずり出すことに定評のあるトラクロー
 

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