Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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キャメロットの秘密539

 

 

 

 放たれるのは音の刃。

 妖弦フェイルノートを爪弾くトリスタンの動作に合わせ、目には映らない刃が周囲を刻む。

 鎧武は再びドライバーに手をかけ、極ロックシードを鍵のように回していた。

 

〈メロンディフェンダー!〉

 

 三日月型に切られたメロンを組み合わせたような形状の盾が空に舞う。

 手をかざした彼の許へと導かれるメロンの盾。

 それを構え、備えるのは見えない刃による殺戮の檻。

 軌道を読ませずに不規則に奔る刃を、手にした刃を持つ弓と盾で凌ぎ切る。

 

 間断なく放たれ続ける不可視の斬撃。

 その中にあって、鎧武は盾を大きく振り被った。

 

「オォオオ、ラァ―――ッ!」

 

 投擲されるメロンディフェンダー。

 それは回転する刃となって、トリスタンを目掛けて直進した。

 フェイルノートが描く斬撃による殺傷空間を突き抜けて、盾は真っ直ぐ飛来する。

 

 ―――王を背にする以上、トリスタンに回避の選択はない。

 

 放たれる無数の斬撃は、弦を爪弾く彼の細心なる指捌きを以て流水の如く自由自在。

 奔る刃が辿る軌跡を思い描き、音色を変えれば軌道が変わる。

 盾を撃墜するべく最適な軌道を選び、消費される音の斬撃。

 

 トリスタンの奏でる斬撃はメロンディフェンダーを床へと墜落させ―――

 そのまま、更に放たれていたソニックアローの矢を切断する。

 

「どうしてこんなやり方を選んだ! 何でそんなやり方に従った!

 あんたたちは一体、何が守りたいんだ!」

 

「―――我らが戦いは無論、()()()()()()()()

 

 既に真っ当に言葉を交わすつもりなど毛頭なく。

 トリスタンの演奏は加速し続ける。

 

〈ドリノコ!〉

 

 ソニックアローを放棄した鎧武が新たな武装を呼んだ。

 現れるのは無数の棘を持つ双剣。

 ドリアンの果実の皮が如き様相の武器を振るい、彼は音の斬撃を粉砕する。

 

「こんな方法を取る事が、世界を守る事だって言えんのか―――!」

 

〈ソイヤッ! 極スカッシュ!〉

 

 叫び、ドライバーのカッティングブレードを弾く。

 光を放つ装着されている極ロックシード。

 解放されるエネルギーが形成するのは、ドリアン型の巨大エネルギー球。

 

 前に浮かび上がったそれをドリノコで殴り飛ばす鎧武。

 撃ち出された果実は爆発して、無数の棘を射出する。

 トリスタンの斬撃の嵐を僅かに超え、幾つか擦り抜けていく弾幕。

 

 だが僅かに顔を顰めたトリスタンはそれもまた撃ち落とす。

 速さ、鋭さ、正確さ―――何一つ瑕疵のない、絶対的な刃の結界。

 彼の指がフェイルノートに届く限り、万が一にも偶然はない。

 

 逆撃の刃にドリノコを投げつけて、再び極ロックシードに手をかける。

 

〈火縄大橙DJ銃!〉

 

 新たに呼び出すのは大砲。

 スイッチを切り替え、ピッチを変える。選ばれるのはマシンガンモード。

 そして砲の中心にあるDJテーブルをスクラッチ。

 法螺貝の音色でビートを刻みながら、彼はその砲身を突き出した。

 

 放たれるのはオレンジ色の弾丸。

 一息のうちに吐き出される、数え切れぬ光弾。

 それは当然、トリスタンに向かって乱射される。

 

「――――!」

 

 奔る、奔る、奔る。

 “痛哭の幻奏(フェイルノート)”が奏でる戦律のメロディーに連動し、無数の斬撃が迸る。

 それと正面から激突するのは、ハイテンポなビートを刻みつつ弾丸を放出するDJ銃。

 互いに歩みを止めて、数え切れない攻撃を音と共に放ち続ける。

 

 ―――それを背後から見つめていた、王が歩みを始めた。

 

「……王よ」

 

 アグラヴェインが静止する。

 騎士が前に出ている以上、王が動くにはまだ早い。

 

 敵は異星の神性。脅威である以上、安全を最優先にするのは当然だ。

 王が動くのは、トリスタンが命と引き換えに腕一本落とした後でもいい。

 円卓の騎士とは、そのための存在なのだから。

 

「―――どちらにせよ私が槍を抜くことに変わりはない。

 ……まして、不調にまで追い詰めた相手をこれ以上弱らせて弄ぶつもりもない」

 

「は―――」

 

 彼女の手にする槍に嵐が渦巻き、光を放つ。

 その解放の予兆を前にして、鉄の騎士が首を垂れた。

 

「――――っ……!」

 

 感じる圧力。その威風にトリスタンが指を止め、王へと振り返った。

 DJ銃の銃弾が幾つか掠めるが、それにも構わず。

 同時に鎧武もまた発砲を中断して、発動された聖槍を見据える。

 

「―――なんであんたは、その力を世界を閉じるために使うんだ。

 それは、この世界の終わりを変えられる力の筈だろ!」

 

 鎧武がDJ銃の砲口を下ろし、そのままベルトに手をかけた。

 カッティングブレードに添えられる指先。

 そこにゆっくりと力を込めながら、彼はそうして問いかける。

 

「……この選択の理由か。言うまでもあるまい、人間を残すためだ」

 

 口惜しげに眉間に皺を寄せ、トリスタンが横にずれて傅いた。

 獅子王の歩みを邪魔することがないように。

 

「お前の眼であっても最早私と同じ光景は視えまい、異星の神性。

 お前の視点は既に“内”にあり、私は未だに“外”にある。その違いだ」

 

「何を……?」

 

 白亜のグリーブが聖城の床を踏みしめ、同時に槍の光が加速した。

 世界の果てが、いま此処に顕現する。

 

「例えあの者の偉業を阻止したところで何も止まらん。

 人理は砕かれ、この惑星の歴史は終了する。

 ―――故に、私は選択した。愛する人間を存続させるために、永遠を与えると」

 

 臨界を迎えた聖槍はもはや光の柱だ。

 それを前にしながら、鎧武はドライバーのブレードを強く握った。

 

「後世に残すに相応しい魂……悪を成さず、悪に触れても悪を知らず、善に飽きる事なく、善である自覚を得ないものたち。それらの清き魂を集め、固定し、我が槍に収める。この先どれほどの時間が積まれようと、永遠に貴き人の輝きの体現として。その価値が永久に喪われることのないように。お前は―――それを間違いだと言うのか?」

 

 彼女は本当に不思議そうに、彼にそう問いかけた。

 きっとこれが最適解だと信じるように。

 その問いを聞き、鎧武は怒りとともに声を吐き出していく。

 

「当たり前だ! 何が後世に残すに相応しい魂だ……! 残さなくていい魂なんてどこにも、一つだってある筈がない! お前はただ、変わっていくものから目を逸らしてるだけじゃないか! 悪を成しても、悪を知っても、善から逸れても、善に浮かされても―――どんな正しさも、どんな間違いも、全部未来に繋がってる! そうして積み重ねた想いが自分の中に、変わりたい新しい自分って願いを作ってくれる! 人は自分の意思で、なりたい自分に変わっていける! お前のそれは、人が人として生きていくことの価値を、否定してるだけだ!!」

 

 声を吐き出し切った鎧武の手がブレードを二度弾き、その力を解放する。

 彼を中心として弾け飛ぶ果実のエネルギー。

 

〈ソイヤッ! 極オーレ!〉

 

 極ロックシードが強く輝き、DJ銃にエネルギーが流入した。

 圧倒的な力を湛えた大砲を両腕で抱え、鎧武はそれを獅子王へと突きつける。

 

 その砲口を向けられてなお、獅子王は何一つ揺るがない。

 

「―――どのような生き様であれ、生きるという事は瑕を負うということだ。

 変化とは命が生まれ持った輝きが欠けていく様に他ならない。故に、永遠の停止を与える事こそが人間を守護する事なのだと、変わらぬものを残すことこそ私が人に与えられる慈悲なのだと。私はそう、結論付けた」

 

 掲げられる聖なる槍、光の柱。渦を巻く光の波濤。

 ――――形を成した、世界の果て。

 

 それを前にして、鎧武がDJ銃を更に強く握りしめた。

 

「聖槍、抜錨。其は空を裂き地を繋ぐ嵐の錨―――

 その輝きを以て果てを語れ……“最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)”――――!!」

 

「セイハァアアア――――ッ!!」

 

 構えられた砲口から極光が放たれる。

 振り下ろされた聖槍から極光が迸る。

 

 ―――互いの放つ必殺の一撃が激突し、聖城キャメロットを震撼させた。

 

 

 

 

「――――っ!」

 

 キャメロットから光が昇る。

 それが聖槍の解放と、それに準ずる何かの衝突なのは容易に理解できた。

 こちらにこないと言う事は異星の神性はあちらに行ったのだろう。

 ならば、そこに関してはおかしくない。

 

 だがそこで獅子王陛下の事が頭に浮かび、余計に心が揺れる。

 

「べディ、ヴィエール……! 今更、何故……!」

 

 ジオウやフィンの攻めへの対応にも集中できない。

 モードレッドの戦場に姿を現した騎士は間違いなく知己のもの。

 円卓の騎士べディヴィエール―――()()()()()()()()()()

 

 それほど心を乱されてなお、しかし彼はジオウたちの攻めを通さない。

 ジカンギレードを受け流しつつ、そのまま腕に剣を振るう。

 火花を盛大に散らすジオウの手の中から、吹き飛ばされていくジカンギレード。

 

〈マキシマム! タイムブレーク!!〉

 

「はぁああああ―――ッ!」

 

 その状況で、彼は空いた腕でドライバーを回していた。

 剣撃を受けた勢いのまま吹き飛ばされそうになる。

 だがそれを力尽くで何とか堪え、拳を振り抜く姿勢を見せる。

 ウォッチの力を宿した拳に炎が宿り、剣を振り抜いた姿勢のガウェインを狙い撃つ。

 

 振り抜くのは炎に燃える拳。

 胸へと直撃する拳撃に僅か、彼は体勢を崩して蹈鞴を踏んだ。

 

「くっ……!」

 

 それでも、彼のダメージはそこまで。

 堅牢なる太陽の騎士は体勢を崩しながらも、そこから刃を返してみせた。

 拳を振り抜いた姿勢のままのジオウに浴びせられる、太陽の剣撃。

 直撃を受けた肩のメモリドロイドは剥がれ落ち、大きく弾き飛ばされていく。

 

「ぐぅ……ッ!」

 

 消えていくダブルアーマー。

 吹き飛ばされたジオウがアーマーを失いながら、彼は地面を転がった。

 

 が、無理な体勢のまま剣を振り抜いたガウェインが僅かに揺れる。

 一秒と待たず消えるだろう小さな隙。

 

「“無敗の紫靫草(マク・ア・ルイン)”――――!!」

 

 そこに。水の槍からの強襲が行われた。

 剣をギリギリで引き戻し、その腹で水流を受け止める。

 彼は満足に地面を踏み締める事も出来ず、大きく押し込まれていく。

 

「不覚……っ!」

 

 だとしても、と。ガウェインが水流を受け止める剣を握り直す。

 隙を晒して必殺の直撃を受けてなお、それでもガウェインには余裕がある。

 確かに押し込まれたが、それも数秒稼がれる程度の話だ。

 

 ―――すぐさま復帰してあの二人を抑える事に何の問題も……!

 

 そうして余裕があるとする事で心を持ち直そうとするガウェイン。

 だが既に乱れ切った心中を完全に落ち着ける事は叶わない。

 それでもこの状況を乗り切るため、彼は強く剣を握りしめた。

 

 

 

 

 その刃の鋭さは今までの比ではなかった。

 アロンダイトを抜いたランスロットは、正しく別格の存在。

 粛清騎士の存在など考えなくても、数十秒もあれば壊滅が見えるほどに。

 

 だが、その鋭利な剣閃は数十秒さえ振るわれることなく停止した。

 

「べディヴィエール卿、だと……!?」

 

 目を見開き、まじまじと。

 モードレッドとの戦闘を開始した新たな参戦者だけを彼は見る。

 

「べディヴィエール……?」

 

 肩で息をしながら、ブーディカが一瞬だけそちらを見る。

 見えるのは白い髪の騎士がモードレッドと剣を交わしている光景。

 

 この態度。あれが円卓の騎士、べディヴィエールであることに疑いはあるまい。

 円卓のモードレッドは今まで以上に殺気を振り撒き、乱入者を斬り捨てんとしている。

 その掛かり方は明らかに正気の沙汰ではない。

 円卓の騎士が敵対する、というならそれこそモードレッドは己とも敵対しているというのに。

 

 ガウェインも、モードレッドも、ランスロットも。

 この現状に放心するほどの衝撃を受けて、行動が乱れている。

 彼は瞳を揺らしながら何とか構え直し、しかし明らかに動きから精彩を欠いていた。

 

「何故、卿が今更……! せめて……っ、いや、考えるな……!

 私は既に獅子王が騎士―――私たちの目的は一つ、この世界を……!」

 

「ッ……!?」

 

 ランスロットが再び踏み出した。

 

 ―――が、その瞬間。聖都を覆っていたオレンジの結界が砕けて消し飛ぶ。

 その光景を背後に見て、湖の騎士は目を見開いていた。

 

 一瞬のうちに消え失せる天蓋。更に絶対不可侵である聖都の壁の一部が吹き飛ぶ。

 壁の奥から貫通してくるのは極光、聖槍の光。

 直進する光の柱が、そのまま地上に落ちて盛大な爆炎を巻き上げた。

 

 聖槍の先端に貫かれた鎧武が、傷口から極彩色の光を漏らす。

 光と炎の中で砕けていく白銀の鎧。彼の体はそのまま光と消えていく。

 その場に黄金の錠前―――極ロックシードだけを残して。

 

「仮面ライダーが……!?」

 

「―――異星の神性の遺物を回収しろ、トリスタン!!」

 

 叫ぶランスロット。

 他の何を気にもかけず、ブーディカたちに背すら向けて、彼は全力で叫んでいた。

 聖都の、しかも聖城にいるトリスタンに届くかは怪しい。

 だがそれでも彼の耳ならば拾ってくれると信じた、死力を尽くした叫び声。

 

 余りにも大きな隙。

 攻めるか、退くか―――いや、退けない。

 聖都から迸った今の光の槍を前にして、難民たちは動きを完全に止めていた。

 超常の戦場で麻痺した感覚でさえ、心が砕けるほどの恐怖。

 今の神罰は、彼らの足を凍らせるには十分だった。

 

 十数秒の後に聖都の外壁に姿を現すトリスタン。

 その彼は到着すると同時に、愕然として視力を失った目を見開いた。

 

「べディヴィエール卿……!? 何故――――ッ!?」

 

 そこまで口にしてハッとする。

 異星の神性の遺物などどうでもいい。駄目なのは、()()()()()()()()()()()

 そして砕いた神性を確かめるため、獅子王にこの戦場へと足を運ばれてしまうことだ。

 

 回収して即座に王の許に届けなければならない。

 此度の戦において、王の役目は果たされたと、玉座に腰を下ろして頂かねばならない。

 トリスタンが妖弦を鳴らし、空気を揺らして空を舞う。

 一切の猶予なく、彼は即座に異星の神性が遺したものへと飛行した。

 

 

 

 

 そのトリスタンの行動に意識を向けつつ、モードレッドは剣を振り上げる。

 クラレントの全力解放の構え。聖都の壁に穴が開いた以上、一刻の猶予もない。

 彼の姿を王が目にすることはあってはならないと、彼女は霊基を軋ませた。

 

「今すぐに欠片も残さず消し飛べ、べディヴィエール!!」

 

「っ……!」

 

 弾け飛ぶ赤雷、迸る魔力の渦。

 そもそも宝具など関係なく、べディヴィエールではモードレッドの猛攻は防げない。仮に彼女が宝具を使わなかったとして、あと数秒切り結べば両断されかねない。

 けれどこの状況になって、モードレッドが一つだけ捨てたものがある。彼女の行動は今、全てべディヴィエールを確実に殺すために行われている。他の何も差し置いても。

 彼女は今、警鐘を鳴らす自身の本能にすら、一切の注意を払っていなかった。

 

 流れる空気に不穏なものが混じっていると、モードレッドの肉体は注意を喚起する。

 だがそれさえも無視して踏み込もうとした彼女は―――

 

 すぅ、と。背後から頬を撫でる手に見舞われた。

 ―――その瞬間に重くなる体。

 僅かに動きが鈍る程度のものだが、しかし確実にサーヴァントの体さえ蝕む毒を仕込まれた。

 

「ッ……邪魔だぁああッ!!」

 

 意思に反して遅れて動く腕。

 裏拳気味に放った一撃を擦り抜け、髑髏面の女がゆるりと離れた場所に着地した。

 青い髪に黒い肌、髑髏面で顔を隠すその女性は、ゆっくりと短刀を構え直す。

 

「くそったれ……! 山の翁ッ……! 毒か……!」

 

 毒ではあるが、サーヴァントまで死に至るようなものではない。

 だが確実に動きを阻害するだけのものではある。

 そっちに気を取られた瞬間、片腕をぶら下げたカルデアのモードレッドが復帰してくる。

 片腕を撃ち抜かれていても、剣は片腕で振れると言わんばかりに。

 

「おらぁあああ―――ッ!」

 

 あっちが片腕になった分、こちらも毒で力が落ちている。

 モードレッドは突破できない。ダビデの援護も防ぎ切れないだろう。山の翁はこちらを確実に、着実に削っていくことを選ぶだろう。

 確信する―――この場は、クラレントでべディヴィエールを消し飛ばすのは無理だ。

 

 だからこそ、彼女は即座に再び兜を被り直した。

 宝具の解放を封印する。それと引き換えに、戦闘を継続するために。

 ダビデの投石は今までのように兜で防ぐ。

 直接肌に触れられなければ、山の翁の毒もこれ以上は通らない。

 この兜を装着した以上、呼吸からこの程度の毒を通すこともあり得ない。

 

 即断する。やらなければいけないことを、やるために。

 

「ガウェイン!! オレ諸共こっちを消し飛ばせぇッ!!」

 

 叫びながら同じ顔の相手と鍔競り合う。

 そうしながら、吹き飛ばされ大きく後退していたガウェインへと叫ぶ。

 その言葉に、対するモードレッドが兜の下で息を呑む気配が伝わってきた。

 

 分かるわけないだろう。騎士王の騎士に。

 べディヴィエールという騎士が、獅子王にとってどれほどの毒かなど。

 あれを消すためならば、此処に出ている円卓四人全員が死んでも構わない。

 それは、獅子王を除くいま残された円卓全員の共通意識だ。

 

 だからこそ、迷いはない。

 オレごと殺せと叫んだモードレッドも。

 

「――――この剣は太陽の映し身。そして、貴公の目指す湖を枯らすもの……!」

 

 水流の槍を太陽の熱で蒸発させ、剣を振り上げたガウェインも。

 今まで彼が宝具を封印していたのは、獅子王の民の回収が終わっていないからだ。

 太陽の聖剣はこの場で振るうのに効果範囲が広すぎる。

 振るう以上は、民を巻き込まないという結果はまずあり得ない。

 

 今もなお、回収は終わっていない。

 だから本来は、一切解放するべきではない。

 例え自分が死ぬことになっても、王の民を傷つける事があってはならない。

 だがそれでも、獅子王の民を傷つけた罪で王に頸を落とされることになっても。

 

 今ここで、宝具を全力で解放せねばならないと。

 その点に一切、何の迷いもなく、ガウェインは決断を下した。

 

「“転輪する(エクスカリバー)……!」

 

「ここでそれは困るね。こちらにも予定があるのだから」

 

 太陽の剣を構えた彼の背後から、突然の声。

 いつの間に現れたのか、銀色の装甲に身を包む戦士の姿がそこにあった。

 それにようやく気付くほどに、ガウェインもまた正気でなかったのだ。

 

「っ……! 新手……!?」

 

 自分の防御力に任せて剣を振り抜き、べディヴィエールを狙うか。

 あるいは先にこちらに対応して斬り捨てるべきか。

 宝具の発動体勢に入ったガウェインに一瞬の迷いが生じる。

 

 それだけで十分。小さな迷いがあれば、()()()()()()()()()()

 槍を手にしたのとは反対の手にある、未来ノート。

 そのページに浮かぶ文字は【どちらに対応するべきか迷ったガウェインだが、その隙に仮面ライダーウォズの必殺攻撃によって吹き飛ばされた】

 

〈フィニッシュタイム! 爆裂DEランス!!〉

 

 彼の背後から激突した緑の槍がエネルギーを発散し、ガウェインの体勢を更に崩す。

 だがそれでも彼は倒れない。吹き飛ばされはしたが、けして倒れることはない。

 太陽の騎士が日中に有する防御力は、この程度では突破することは敵わない。

 

「白ウォズ!!」

 

 ガウェインに槍を突き出した白ウォズが、魔王の声を受けて肩を竦める。

 協力しろ、ということだろう。

 まあ、現状単騎で抑えられる相手ではないので仕方ないだろう。

 

 ライダーウォズが手にしていたジカンデスピアを放り捨てる。

 と、同時。ビヨンドライバーのハンドルを握り、一度引き戻し―――

 

「仕方ない、今回だけになることを祈っているよ」

 

〈ビヨンドザタイム!〉

〈フィニッシュタイム!〉

 

「さあ? これからどうなるかなんて分かんないけど!」

 

 ジオウが己のウォッチのスターターを押し込んだ。

 即座にジクウドライバーの回転ロックを解除し、必殺待機状態へ。

 

 時計の針が回るように、円を描くジオウの腕がドライバーの回転を導く。

 一回転して元の位置に戻るジクウドライバーが、ウォッチの力を解放する。

 

 同時、ライダーウォズがウォッチを再度ドライバーへと叩き付けた。

 ライダーウォズの顔が投影されたミライドスコープが、一際大きく輝きを放つ。

 

〈タイムブレーク!!〉

〈タイムエクスプロージョン!!〉

 

 ビヨンドライバーから射出されるキューブ状のエネルギー体。

 それがガウェインに激突して更に体勢を崩させつつ、彼の背後に設置される。

 更に彼を取り巻くのは、時計の文字盤如く配置された十二のピンクの“キック”文字。

 

「これは……ッ!」

 

 ライダーウォズが走り出す。

 自身の周囲に回るライトグリーンの“キック”の文字と共に。

 

 ジオウが跳び上がると同時、カウントダウンが進むように1時の位置から“キック”の文字が一つずつ消えていく。12時だけ残して消えるまで進んだカウントの後、最後の文字がガウェインの背後から突撃した。彼の背中を打ち据える文字の一撃。それが、遂に彼の体勢を崩し切った。

 

「はぁあああああ――――ッ!!」

 

 空舞う“キック”がジオウに向かって飛来し、足裏に掘られた溝に嵌まり込む。

 頭部の“ライダー”と合わせた、“ライダーキック”の構え。

 上空から突撃するジオウと、大地を駆け体を捻るライダーウォズ。

 二人の放つ蹴撃が、ガウェインの胴体へと同時に直撃した。

 

「ッ―――――!」

 

 吹き飛ばされるガウェイン。

 その体がビヨンドライバーの放ったキューブの中に突っ込んだ。

 彼を取り込んだそれは、表面に時計の針を浮かべ回し始める。

 

 その針が0時を刺した瞬間、キューブは中のものを粉砕するべく圧縮爆発していた。

 立ち上る炎の柱。その中にありながらしかし、太陽の騎士は止まらない。

 

「……この程度―――!」

 

 爆炎に薙ぎ倒されながらも、すぐに体勢を立て直すべく動き出す。

 ジオウとウォズ。二人が必殺の一撃を重ねても、彼に届かない。

 解放された彼の選択は当然、宝具の発動。

 

 狙うのはジオウと白ウォズですらなく、やはりべディヴィエールのいる戦場。

 それに固執するが故に彼には隙が生まれる。

 しかしその隙を突いてさえも、日中の太陽の騎士は崩せない。

 

 崩れた体勢を立て直し、地面を強く踏み締める。

 これからあの二人が何をしようと、フィンの加勢があったとしても。

 正面から何が来ようと、弾き返しながら太陽の聖剣を放つために。

 

 そのガウェインを目前に、ジオウが大きく腕を振るった。

 

「アレキサンダー!!」

 

 聖剣を構え直す騎士―――その背後から、神の雷が降り注ぐ。

 ジオウの装甲の下で、光を放ちながら消え失せていく令呪の一角。

 注がれる魔力を全て神威の雷に変え、愛馬と共に少年王が殺到した。

 

「行け、“始まりの蹂躙制覇(ブケファラス)”――――ッ!!」

 

「ッ、まだ……!」

 

 背中から叩き付けられる神雷を纏った蹄鉄。

 前のめりに構えていたガウェインが、地面へと叩き伏せられた。

 太陽の騎士を薙ぎ倒したアレキサンダーは、そのまま離脱にかかる。

 確かに押し倒すことには成功した。

 

 それでも、有効打は一度たりとも未だに入っていない。

 ガウェインはすぐさま身を起こし、そして戦場の変化に瞠目した。

 

「……山の翁か……ッ!」

 

 戦場に取り残された千人近い難民。

 それを誘導するのは、けして簡単な事ではない。

 だが同時に不可能ではない。単純な話、()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 千人近い人間とはいえ、百人近い人員で整理するなら何とかなる。

 突然現れたおよそ百の黒い影は一人につき約十人。

 難民たちの面倒を見ながら、離脱を手助けするために動いていた。

 

「―――ッ、べディヴィエールを……

 いや、お前たちは聖抜対象者の確保を最優先に行動せよ!」

 

 ランスロットが粛清騎士に指示を下す。

 ガウェインもモードレッドも制されているなら、彼も動かねばならない。

 トリスタンは獅子王の許への早急な帰還が求められる。

 戦力としては動かせない。

 

 彼がアロンダイトを振り上げ、ブーディカたちを見据える。

 最早一秒とて無駄にできる時間はない。

 早々に切り伏せ、次の戦場に向かわねばならない―――と。

 

「――――!?」

 

 そう思考していたランスロットに、矢が放たれていた。

 並みの宝具の真名解放すら凌ぐのでは、というほどの圧力を持った一矢。

 それを斬撃で切り払いつつ、視線をその矢の出所に向ける。

 

 褐色の肌を持つ、黒髪のアーチャー。

 彼がカルデアのマスターたちに並び、深紅の弓をこちらに向けていた。

 そのタイミングで更に一矢、ランスロットに向け放たれる。

 

 アロンダイトで迎撃すれば、凄絶な爆音を轟かせるほどの一撃。

 僅かに後ろに押し込まれる自分の体。

 その矢の重さに対して、ランスロットは眉間に皺を寄せた。

 

「アーラシュ・カマンガー……!」

 

「よう、円卓の騎士。弓兵だが、ちと前に出てきた。

 勿論お前たちを舐めてるわけじゃない。その意味、分かるだろ?」

 

 軽く微笑みながら弓を引く大英雄。

 再度の射撃をランスロットは僅かに押されながら、しかし危うげなく迎撃した。

 だが、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 この広範囲、多量のサーヴァント。それらを一挙に葬るにはガウェインの聖剣の解放は必須だ。多少の時間を稼いだところで、“不夜”のガウェインの宝具発動を邪魔し続けることなど不可能。一分後か、十分後か。必ず破綻し、纏めて消し飛ばすタイミングがやってくるはずだった。

 だがそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 アーラシュ・カマンガーの宝具は大きすぎる制約を有している。

 しかし彼は、ガウェインが宝具を撃てば自分も撃つだろう。

 例えその五体が砕かれることになろうとも。

 

 それはそれでいい。

 ガウェインが死ぬ事と引き換えに、アーラシュという脅威を獅子王の前から消せる。

 だが今は駄目だ。今だけは、円卓を減らすという選択は取れない。

 引き換えにべディヴィエールを確実に仕留められる、という確信がなければ。

 万が一にでも、獅子王と彼を合わせるわけにはいかないのだ。

 

 絶対に彼を聖都の中に通せない以上、聖都に穴を開け得る彼の宝具も使わせられない。

 アーラシュの一撃を剣で粉砕しながら、ランスロットは苦渋を顔に出した。

 一瞬だけ逸らした視線の中でトリスタンの位置へと視線を送る。

 

 彼は既に異星の神性の遺物を回収して、聖都へ帰還。

 獅子王の槍で開いた外壁の穴も、少しずつ再生が始まっていた。

 

「―――山の翁の手により民は連れられ、聖抜は果たされず……か」

 

 アーラシュは手にした弓でランスロットを抑え込む。

 それと同時、弓に番える事もなく宙に出現させた無数の矢を射出していた。

 ただの矢とは思えぬ破壊力で、粛清騎士を粉砕していく凶器の雨。

 

 アーラシュ・カマンガー。東方の大英雄。

 彼を確実に仕留めたいのならば、最低円卓二人がかりだ。

 現状ではどうしようもない。

 

 ―――どうする。他はいい、だがべディヴィエールだけは見逃せない。

 ここで見過ごせば山の民はカルデアとの協力関係を築くだろう。

 べディヴィエールも含めて。

 更に次に攻め込んでくる時は、太陽王と共同で動く可能性もある。

 

 そうなった場合、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()リスクが高まる。

 

「……いいだろう、退くのであれば追撃はしない。

 こちらにもそんな余裕はない、つい先程なくなった」

 

 それを理解して、しかしランスロットはそう口にした。

 

「ランスロットォッ――――!!」

 

 戦闘を続けながらモードレッドが叫ぶ。

 他の何を差し置いても、べディヴィエールだけは逃がせない。

 逃がしてはいけないのだ、と。

 

 既に難民たちは百人近い山の翁に連れられ、撤退を始めている。

 追いかけようとすれば簡単に追いつけるだろう。

 だからアーラシュが、今ここに残っている。

 

〈アーマータイム! ウィザード!〉

 

 離脱に舵を切るアレキサンダーの駆る馬上、ジオウがアーマーを装着した。

 空間を歪め、モードレッドの戦場にいるサーヴァントたちに道を作る。

 と、同時に放り込まれるライドストライカーのウォッチ。

 

 飛び込むダビデ。こちらのモードレッドに蹴り込まれる、べディヴィエールと山の翁。

 そして彼女は即座にライドストライカーに乗り込み、その車体で円卓のモードレッドへと突撃を仕掛けていた。

 

「オラァアアッ!!」

 

「づッ……!?」

 

 ランスロットに意識を向けていたモードレッドの兜を、振り抜く車輪で殴りつける。

 そうしてそのまま、車体を反転させて離脱にかかるカルデアのモードレッド。

 背中を向けられたモードレッドは兜を開こうとし―――

 

「チィッ……!」

 

 しかしアーラシュの視線に歯軋りした。

 宝具を解放すれば、彼の大英雄はまず間違いなく命を消費する。

 ガウェインとモードレッド、二人合わせてなお劣勢。

 あれがこの戦場の頭を押さえている限り、軽々しく宝具を解放するわけにはいかない。

 

 後詰に、最後に動き出すブーディカの戦車。

 その後ろに飛び乗ったアーラシュ。

 彼の眼が円卓を捉えている以上は動けず、ただ敵の離脱を見送るしかなかった。

 

 

 




 
もし円卓が真実を知ってたら、的な。
多分ランスロットもずっと円卓側で動くかなと。
 

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