Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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真名を知る時539

 

 

 

「あわわわわ……! 待って、ちょっと待って!

 落ちる、これ落ちるやつ! あたしこういうのダメなの―――!」

 

 アズライールの廟へ向け出発した集団。

 その中で真っ先に、三蔵はそうして悲鳴を上げた。

 

「随分と頼りない御仏の掌だな……

 お主、そんな有様で天竺までの魔境をどうやって巡ったのだ」

 

 呪腕が先導する道行を辿る旅路。

 それを踏みしめながら、藤太は呆れた顔で震える三蔵に振り返った。

 

 道は全て霧がかって底の見えない断崖絶壁。

 恐らくサーヴァントであるならば落下自体はどうとでもなるだろう。

 が、それはそれとして怖いものは怖いのだ。

 

「あの時はすごい頑張ったわ、あたし! 功徳全開だったのよ!

 でもだからって怖いものがなくなるかといえばそんなことはないの!

 それはそれ、これはこれ! 高いし風はすごいしすごい怖いし!」

 

「確かにこれは怖い……」

 

 後ろにブーディカについて貰いながら進む立香。

 最悪は彼女の宝具、空を行く戦車があるので落下死はまずないだろう。

 とはいえ、安心できるはずもない。

 再臨で増えた装備のマントをばたばたとはためかせながら、困り顔を浮かべるブーディカ。

 

「ホントはせめて、マスターとマシュくらいはあたしの戦車で運びたいけど」

 

 呪腕曰く、これは全ての翁の上に立つハサンへの()()だという。

 だとするならば、この道程すらもその一環だ。

 緊急事態ならばともかく、出来れば自分の足で道を辿るべきだろう。

 こちらは頼み事をしにいく立場だ。

 

「い、いえ! 大丈夫です、ブーディカさん。わたしは何とか……!」

 

 盾という質量が強風の影響を彼女にもろに伝える。

 どう踏み止まればいいか、どこまで力を込めて踏んでいいのか。

 状態の悪い足場で四苦八苦しながらマシュは声を張り上げた。

 

 この状況ではぴったりくっつくのは危険。

 それを流石に理解して、残念そうに清姫も立香の様子を見ながら歩いていた。

 意外にもその足取りにブレはなく、まるで蛇が岩場を這っているような安定感がある。

 

「ちなみにこの足取り含めて二日、ということでいいのですか?」

 

「はい。初めてここを通る方たちと動く事を想定して二日です。

 道中に巡礼者用の小屋がありますので、夜はそこで明かします」

 

 一番後ろにつけた静謐のハサンに問いかける清姫。

 彼女からの返答を聞いて、小さく頷く。だったら問題ないだろう。

 ただ一つ。帰りは飛んで帰っちゃダメだろうか、と思いつつ。

 

「あなた方にとっては初めて目にする土地です。

 最初は余計に体力を使うでしょうが、帰りは少しマシに感じるでしょうな」

 

 先導しながら小さく笑う呪腕。

 当然の事ながら彼の歩みに一切の乱れはなかった。

 

「ならいいけどね……」

 

 この山を登り始めて、そう長い時間は経っていない。

 が、既に辟易としている様子のオルタ。

 そして彼女の背後からついていくオルガマリー。

 

 彼女のボディの性能からすれば、どちらかというとサーヴァントより。

 この山道もそう脅威ではないだろう。

 基本的には、藤丸立香の状態を注意しておけば問題ないはずだ。

 そう考えながら、周囲の状況を確認し―――

 

「……?」

 

 べディヴィエールが、何やら遠い目で山を見上げている事に気付く。

 

「どうかしたの、べディヴィエール卿。

 何か気付いたことでもあったのかしら」

 

「え? ああ、いえ。そういうわけでは……

 ただ、巡礼の旅路というこの道程に思うところがありまして」

 

 少し誤魔化すように、ただにこやかに。

 彼はそうして言葉を返してきた。

 

「巡礼に、ですか……」

 

「ええ。これが獅子王を、彼の王を止めるための最後の旅路になる。

 そう考えると……まあ、これまで大した事も出来ていませんでしたが」

 

 自嘲するようにそう呟き、右腕を抱えるべディヴィエール。

 そんな彼に対して、立香が声をかけた。

 

「べディヴィエールが助けてくれなかったら、白モードレッドが止められなかったよ。

 私たちは凄い助けられてる」

 

「はい。その通りです、先輩! あの時は悪辣なランスロット卿の立ち回りで崩されかけた戦線でしたが、べディヴィエールさんの乱入のおかげで助かりました! わたしたちは湖の騎士の手癖の悪さを侮っていたのです!」

 

 彼にそう言葉を向ける立香。

 追従するマシュだが、彼女のそんな話の乗り方に立香は少し首を傾げた。実際にランスロットにしてやられたオルタたちが僅かに眉を顰める中で、ブーディカだけが少し困ったように何とも言えない顔をする。

 

 べディヴィエールはそんな二人に対して、苦笑を浮かべた。

 

「あれはそれこそ静謐のハサン殿やアーラシュ殿のおかげと思いますが……」

 

「でもべディヴィエールがいなかったら、こうはならなかったんじゃない?

 それこそ多分、円卓の騎士が追撃だってしてきただろうし」

 

 聖都での戦いで円卓が大きく乱れたのは、彼が姿を現したからだ。

 彼をけして獅子王に近づけられない、という円卓の方針がそうさせた。

 

 そして今、彼らが聖都を空けられないのは、べディヴィエールという刃が確認できたから。

 更に彼の存在を認識していなければ、撤退するカルデアに追撃を仕向けていたはずだ。べディヴィエールがあそこで援軍に来てくれなければ、状況は今より数段悪いモノになっていただろう。

 

「……そう言っていただけると」

 

 小さく目を伏せ、呟くように言う。

 そのやり取りの中、彼は少しだけ安心を得たように微笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 山道を歩き詰めて、巡礼者用という小屋に辿り着く。

 そこで夜を明かし、明日の早朝には霊廟を訪ねて、夜には村に帰る。

 そういう予定だという。

 

 慣れない上に断崖絶壁。

 それを歩んできた立香はすぐにぐっすりと休んでしまった。

 

 ―――マシュも体の疲れは覚えている。

 なのに不思議と寝付けず、星を見上げるために小屋を出た。

 

「フォウ」

 

 先輩を起こさないようにゆっくりと移動するマシュ。

 彼女の肩まで駆け上がってくるフォウが、声を潜めて一鳴き。

 恐らく目を瞑っている他のサーヴァントたちは彼女の動きに気付いているだろうが、何を言われることもなかった。

 

 外に出れば目に映るのは夜空。

 魔術王の偉業、超熱量の光帯がかかった空。

 その中でも輝く星々を見上げ―――ふと、気付く。

 

「三蔵さん?」

 

「ん。あれ、マシュ? どうしたの、ちゃんと休んだ方がいいわよ?」

 

 声をかけられて、地面に座っていた三蔵が振り向く。

 そのまま彼女は立ち上がり、マシュへと向き直った。

 

「えっと……なかなか寝付けなくて。

 三蔵さんこそ、どうされたのですか?」

 

「あたしは眠る前に今日の出来事を書き留めてただけよ。

 それでもう眠るつもりだったけれど……

 せっかくだもの、マシュが眠くなるまでお話することにしましょう!」

 

 日記帳だろう書をしまい、彼女はそう言って笑顔を浮かべた。

 

「い、いえ、そんな、三蔵さんがお休みするのを邪魔するわけには……」

 

「邪魔ではないわ!

 むしろあたしがマシュが休む邪魔になる、というならもちろん退きますけれど!」

 

「あ、いや、その……すみません、では是非お願いします」

 

 マシュがそう言って頭を下げる。

 すると三蔵を座り直し、自身の横の地面をぽんぽんと叩いた。

 彼女がそうしている場所に、マシュもまた腰を下ろす。

 

 次いで、彼女は背後の方にも声をかけた。

 

「ほら、あなたも一緒にどうぞ! マシュに用があるんでしょう?」

 

「え?」

 

 彼女の物言いに驚いて振り返る。

 そこには、申し訳なさそうな顔をしたべディヴィエールがいた。

 

「すみません、レディ。夜分に女性を追い回すような真似を……」

 

「いえ、大丈夫ですべディヴィエール卿! それで、わたしに何か御用が……?」

 

「それは……」

 

 彼の視線が三蔵を見る。

 聖都の中を知る人。今の円卓の騎士と対面してきた者。

 彼女を前に一瞬考えた彼が、一度目を瞑った。

 

「よろしければ、玄奘三蔵殿にも聞いていただきたいのですが……」

 

「もちろん。あたしなんかで良ければ」

 

 三蔵が先程と同じように地面をぽんぽんと叩く。

 その場に歩み寄り、腰を下ろすべディヴィエール。

 彼はその場に座ると、マシュに向かって問いかけた。

 

「―――まずは一応、確認をさせて頂いたいのですが。

 あなたはあなたの持つ盾の持ち主……そのサーヴァントについて、ご存じでしょうか」

 

「―――――」

 

 べディヴィエールからの問いかけに目を見開くマシュ。

 そんな彼女の隣で、三蔵が首を傾げた。

 

「あれ、マシュの盾じゃないの?」

 

「もちろん、今はレディ・マシュの盾です。そこに疑いの余地はない。

 ただ、元は恐らくあなたの中の英霊から託されたものでしょう?」

 

「それは、はい……その、それはマーリンさんから……」

 

 彼の問いは確信。それが別の人物のものだった、と知っている声。

 その声色に対して、マシュが眼を白黒させる。

 

「―――いいえ。デミ・サーヴァントというものがどういうものかは、彼から。

 ですがその盾の事でしたら、あなたと初めて会った時に分かりました。

 恐らく、モードレッドも含めて円卓の騎士ならば全員が」

 

「え―――」

 

「あなたの盾の持ち主、彼もまた円卓の騎士の一人でしたので」

 

 何となく、そうではないかという考えはあった。

 円卓の騎士に所縁のあるサーヴァントたちからの反応。

 この旅路の中の諸々。

 だが改めて円卓の騎士の一人からその答えを聞かされて―――

 

「ねえねえ、ところでデミ・サーヴァントって何?」

 

 途中で、三蔵の声がそこに挟まった。

 

「え、あ、はい。その……

 英霊と人間の融合生命。人間の中にサーヴァントを召喚し、憑依融合させた存在。

 それがデミ・サーヴァントという存在なんです」

 

 マシュ・キリエライトはそのために調整された人間だ。

 だからこそ、そんな無理が通った。

 同時に、それだけでは通らない無理でもあった。

 

「ですが、わたしの中のサーヴァントが力を託してくれたのは……わたしがデミ・サーヴァントとして成立したのは、つい最近です。それまでは、わたしの中に召喚はされてはいても、彼がわたしや外の状況に反応することは一切ありませんでした」

 

 煌々と燃える炎。崩れ落ちるカルデアの管制室。

 瓦礫が体を圧し潰し、そのまま生命が尽きていく感覚。

 今でもはっきりと思い出せる。

 抜けていく生命力の代わりに、少しずつ体を支配していく恐怖と諦念。

 

「わたしは一度、死にました。この人理焼却の始まり。魔術王の手の者による、カルデアへの攻撃で。マスターとして調整されただけの、ただの人間でしかなかったわたしに、それをどうにかする方法はありませんでした。炎の中にいるのに冷たくなっていく感覚を、今でも覚えています」

 

 今思い出しても、恐怖は体を登ってくる。

 少し震えた声の彼女の告白を、二人は静かに聞いてくれていた。

 

「―――けれど。その中で、手を握ってくれる人がいた。

 あの炎の中で温かさを失っていくわたしの体に、温もりをくれた人がいた。

 そんな寄り道をすることは、わたしと一緒に死ぬことだと分かっていたのに」

 

 自分で自分の手を握りしめる。

 手の中に残る、その温もり。

 この温もりを守るためならば、きっとわたしは戦えると。

 いつか彼女にそう決意させてくれた、何より大事な思い出。

 

「……もう死ぬしかないわたしを看取るために、逃げられたはずのその人も道連れにしてしまう。そんな負い目を、最期のわたしが抱かないようにと微笑んで。

 その時、初めてわたしはデミ・サーヴァントになった。わたしの中の英霊が、その行動を選んだ人間の善性を信じてくれたが故に。

 そういうものの為に生きなさい。この力を、この盾を、そういうものを護る為にこそ活かしなさい、と。そうして、わたしは委ねられたのです」

 

「―――そうでしたか。

 失礼、そのような話をさせてしまって申し訳ありません」

 

 語り終えたマシュに対し、どこか安心したように息を落とす。

 まるで自分を卑下しているかのような物言い。

 それを不思議に思いつつ、マシュが慌てたように手を振ってみせた。

 

「いえ! それでその、わたしの中の英霊が円卓の騎士、というのは……」

 

「…………それは」

 

 訊かれ、悩み込むべディヴィエール。

 彼が考えるのはその名を自分が口にしていいのか、ということだ。

 マシュは自身に力を託した存在の意思を、その都度おぼろげながら察している。だったら彼女は、彼女が知るに最も相応しい時に、己の中からその名を拾い上げるのではないか。

 そう考えている彼の横から、三蔵の声が届く。

 

「いいじゃない、教えてあげれば。

 マシュは良い子だもの。きっと、それが原因で何かおかしくなったりはしないわ。

 というか、うん。マシュには答え合わせをさせてあげるべきなのよ」

 

「答え合わせ、ですか?」

 

「そ! あなたが今まで、何の先入観もなく向き合ってきたもの。それが誰とは知らないまま、あなたが拾い上げてきた、自分の中の何者かが抱いた想い。きっとあなたも考えてるんじゃないかしら、この英霊は何故この時こんな感情を? って」

 

「―――――」

 

 道中、彼女の見た光景で裡から生ずる感情は幾らもあった。

 多くはそのまま彼女が同意できるようなごく普通の感情。

 

 けれど、この特異点。特に円卓の騎士を前にしてからだ。

 時折、今までとは違う不思議な感覚に見舞われることがあった。

 不思議な感覚。ただただ何故、という想い。

 

「そこに疑問を持てているのなら、極論もうどっちでもいいのよ。あなたの心にとってその名前は、意味は大きくとも、もう情報の一つでしかない。その英雄がどういう存在であったかという真実は、もうあなたの選択を狭めたりしない。あなたはもうとっくに、他の何にも左右されずに、あなたが美しいと思ったもののために立ち上がれる」

 

 託してくれた英霊に対して、マシュが自分で感じたこと。

 人の善性を見せた彼女たちだからこそ、意識を残さずその力だけを遺した。

 その英霊は、そもそも彼自身の真相さえも不要だと感じて自分を残さなかった。

 人のために人として戦える彼女に、英雄の情報なんて要らなかった。

 

 ―――そして彼が遺した盾は、人の営みを護るための聖なる場所だ。盾の持ち主が人の尊さを信じ、明日へと続く営みを愛する限り、その盾は絶対堅固の城塞となる。

 だからこそ、それを遺す必要すらないと断じていた。

 

「多分、あなたなら最初からそうだったんじゃないかなーとは思うけれど……ううん、でもそうね。何も知らぬが故の無垢なあなたと、旅を経てなお清浄なあなた。それぞれが抱いていた想いを言葉にしたとしたら、同じような言葉に聞こえるでしょうけど……きっとそれは全然違うもの。

 多分、いつかそうなるだろうあなたを、その人は邪魔したくなかったんでしょう。あなたがあなたになるために、自分が不純物になってしまうことをその人は嫌ったのよ」

 

 胸に手を当てる。そこに遺された力に想いを馳せる。

 これまで、この力にとても助けられた。

 守りたいと思っていたものを、守らせてくれた。

 

「マシュがその英雄の名前を知りたいのは何故?

 もっと英霊の力を引き出したいから? それとも……」

 

 胸に手を当て蹲るマシュに、三蔵は問いかける。

 

 ―――いつか、彼女は確かにその英霊の名前を求めていた。

 宝具を起動するために、英霊の真名と盾の真名を。

 けれど、()()()()はもう名前を与えられた。

 

 焼け落ちた人理定礎を取り戻すための一歩、即ち“人理の礎(ロード・カルデアス)”。

 オルガマリー・アニムスフィアから与えられた名前。

 大切な、彼女の盾。

 

 この盾の真名は別に正しいものがあるのだろう。

 本来の英霊が使っていた、本当の名前が。

 それでもマシュにとって、最初に手にした盾の名前は―――

 所長が送ってくれた、その名前だ。

 

 きっと、マシュ・キリエライトはこの盾に全てを懸けられる。

 例えそれが偽りの名前だったとしても、彼女にとっては真名だから。

 

 だからこそ、その名を知るべき理由はない。

 ただあるのは、その名を知りたい理由―――

 

「―――お礼を、言いたいからです。

 わたしを、先輩を、人を信じてくれた事に。わたしに、委ねてくれた事に。

 そのために、彼の名前を知っておきたいんです」

 

「……そっか。うん、やっぱり大丈夫。ね?」

 

 そう言ってべディヴィエールに視線を送る三蔵。

 彼はマシュを見る目を僅かに細め、小さく頷いた。

 

 ―――勝手に彼の名を力と見做していたのはべディヴィエールの方だった。

 彼女と彼の間に精神のずれがなくなれば、より力を発揮できる。だからこそ、偉大な騎士に呑み込まれないように無垢なる少女を慮らなくてはならない。

 そんな、勝手な感情を抱いていたのかもしれない。

 

 マシュ・キリエライトという少女の中に。

 彼の騎士が彼女に遺したかったものは、ちゃんと受け継がれている。

 いや、きっと何を受け継ぐまでもなく、彼女がそういう人間だと分かったから、彼は何も言わずに力だけ託して消え去ったのだろう。

 

「―――そうですね。最初から、何を恐れることもなかった。レディ・マシュは、他の誰でもない彼に選ばれた、正しい騎士としての在りようを示せる方だったのだから」

 

 彼女の顔を正面から見据える。

 それを知っても、彼女はきっと彼女として戦える。

 ただ正しいと思ったことのために。

 ―――自分たちとは、違って。

 

 

 

 

「……と、いうわけさ。

 あの特異点に現れたアルトリアは、それはもう大変なことになっている。

 いわゆるワイルドハント、嵐の王。伝承に言う、亡霊の王様だ」

 

 妖精郷の中で、魔術師はそう語った。

 生きているだけで、最早動けもしなかった彼を呼び覚まして。

 

「ワイルドハントの属性を得たアーサー王、じゃない。

 アーサー王を基盤としてワイルドハントに昇華されたもの、だ。

 本来ならそんなものが出現するはずがない。

 何故って、彼女は死後ここに至り眠りにつくから。

 亡霊の王になる余地はないんだ。少なくとも、私が知る彼女にはね」

 

 だが、べディヴィエールが知る王ならば別だ。

 白い魔術師はただ微笑んで彼を見ている。

 誰よりも答えを知っているのは、彼自身だからこそ。

 

「……つまり、妖精郷に至らなかった……

 至れなかったアーサー王。それが……」

 

「そう、それが獅子王アーサー。

 彼女は特異点に迷い出て、神性の感覚による救済を目指した。

 生かすべきものを生かし、切り捨てるべきものは切り捨てて。

 それはもしかしたら、アーサー王の論理と重なる部分があるかもだけど……」

 

「―――違います。

 生かすべきものを生かし、切り捨てるべきものを切り捨てること。

 生かせるものを生かし、そうでないものを切り捨てること。

 それは、決して違うことだ」

 

 魔術師の言葉を遮る。

 既に燃え尽きたと思っていた精神をまた燃やす。

 心も、体も、全てを燃やして動き出す。

 やっと、見つけられた。やっと、最期の罪を贖う時が。

 

「あの方は。我らの王は。

 生かすべきと信じたものさえ、生かせるもののために切り捨ててきただけ。

 ―――円卓の騎士の中にさえも、それを弾劾するものがいた。

 挙句、最期の最期まで信じた騎士に裏切られ、そこに至ってしまった」

 

「―――――」

 

 石のようになっていた体を動かす。

 例えその結果、砕けて塵になるのだとしても。

 その使命を果たせるまで保てばいいのだから。

 

「だから、私は行かなければならない。

 裏切りを犯した罪を、贖いに行かなければならないのです」

 

 今にも崩れ落ちそうな足で立ち上がる。

 あの日から一度たりとも手放していない剣を手に。

 眩しそうに彼を見る魔術師が、彼に問う。

 

「そうかい。でもまあ、一応の確認はしておこう。

 その贖罪を成し遂げた暁には、キミはきっと死に絶えることだろう。

 魂を燃やし尽くしたキミの辿り着く先は虚無だ。

 永い永い旅路の果て、キミに与えられる報いはなく、ただ全てが無に還る」

 

 悲しそうに、しかし何も感じていないように。

 花の魔術師はそれは無益な徒労だと彼に語った。

 

「それを成し遂げたとして、今まで負ってきた責め苦が晴れることはない。苦しみたくないのなら、ここでただ永遠に眠っていればいい。だってそもそもキミは間違ったことはしていない。たった一度きりの話だ。大切な人を喪いたくないと、その心に魔が差してしまっただけ。それを間違ったことだなんて、他の誰にも言えやしない。

 ―――それでもキミは、その旅を終わらせに行くのかい?」

 

「……はい。ようやく見えた、私の旅路の終わりなのです。

 ……私が彷徨わせてしまった王を今度こそ、私の手で終わらせる」

 

 言い切った彼に肩を竦めた魔術師が、彼の手にした剣を見る。

 彼がずっと抱え続けてきた、彼女に喪わせてあげられなかったもの。

 けして色褪せぬ黄金の輝きを前に、彼は一度瞑目した。

 

「では、それはそれとして。デミ・サーヴァントというものを知っているかい?

 私自身、そんなものを知ったのは最近のことなのだけれど。

 人間の体に英霊の霊核を憑依させて、()()()()()に仕立て上げることだ」

 

 花の魔術師が最近知るような魔術の事情。

 それを彼が知っているはずもない。

 訝しげな表情で、唐突に話を変えた魔術師の顔を見る。

 

「……それが一体なんの……?」

 

「つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()さ。

 キミは円卓の騎士だけれど、だからと言って他の連中に対抗する手段は持っていない。

 そうなると、似たような手段を講じる必要があるだろう?

 幸いにして英霊の核の代わりになってくれるだろう剣は―――キミの手の中にある」

 

「…………それは、つまり」

 

 手にしていた剣を強く握る。

 この剣を、彼に使えるようにすると言っているのだ。この魔術師は。

 そんな簡単に出来るはずがない。

 が、彼ならばそれだけのことができるということか。

 

「―――もちろん代償はある。

 使う度、魂が全焼するほどの苦痛がキミを苛むだろう。そうでなくても、それを繋げたキミの魂は常に圧し潰され続けるようなものだ。きっと、感じる苦しみは今の比ではないだろう。それでも、キミが彼女に辿り着く事を望むのであれば、これは必要になることだと思う。

 だから―――私にとっていつかのように。べディヴィエール、キミに問おう」

 

 花の魔術師はそう言って、彼に手を差し出した。

 

「私の手を取る前に、もう一度よく考えるといい。

 ここで手を取ったが最後、キミという存在の無意味な終わりは約束される。

 それでもキミはまだ―――その剣を執り、辛いだけの道を歩むのかい?」

 

 決まっている。迷いなどもう残してはいない。

 

 ―――いや、嘘だ。

 迷いはある、恐怖もある、足を止める理由は湧いて出る。

 それでも、それを置き去りにするほどにまだ歩くだけの理由があった。

 崩れそうな腕を上げ、花の魔術師が差し出した手を掴む。

 最期に、彼の王が下した命令を果たすために。

 

「―――はい。

 私の精神(こころ)は、常に彼の王の光の為にあるのですから」

 

 

 

 

「申し訳ありません、レディ。

 彼の名を告げることは、あなたにとって重石になるだろうと。

 私は勝手な思い込みであなたを貶めていた」

 

 べディヴィエールが頭を下げる。

 それに焦ったように、彼に頭を上げさせようとするマシュ。

 

「いえ、そんな。実際にわたしだけでは……」

 

「……レディ・マシュ。最後にこの地を訪れた円卓が、あなたで良かった。

 ―――ええ、今更ながら勝手に帯びた使命感ばかりに目が眩んでいました」

 

「え?」

 

 彼がゆっくりと立ち上がり、微かに右腕に触れた。

 その中から溢れてくる熱を確かめるように。

 そうした彼は、彼女に向き直って確かにその名前を告げる。

 

「彼の名はギャラハッド、聖杯探索の任を遂げた聖なる騎士。

 マシュ、それがあなたに力を託した騎士の名前です」

 

「―――――!」

 

 聞いた瞬間に体を硬直させるマシュ。

 ただ名を聞いただけのこと。

 しかし彼女の体は、その名前に明確な反応を示していた。

 彼女は胸を押さえて、告げられた名前を繰り返す。

 

「ギャラハッド、さん。それが、わたしの……」

 

「―――後は全部、マシュ次第。その名前を活かすかどうかも、あなたに委ねられたことでしかないのだから。さって、そろそろ寝ましょう?

 マシュも一回寝て、少し気分を落ち着けたほうがいいわ」

 

「え、あ、はい。そう、ですね……」

 

 熱に浮かされたようになるマシュを、三蔵の声が引き戻す。

 彼女はマシュを後ろから引っ張り上げて立たせ、そのまま小屋の方へと押していく。

 突然襲い掛かってきた揺れに、フォウも声を上げた。

 

「そ、そんなに押さなくても……!?」

 

「フォフォーウ」

 

「いいからいいから!」

 

 小屋の中に突っ込まれるマシュ。

 その状態で三蔵の手が小屋の扉を一度閉めた。

 彼女は流れるように振り向いて、騎士に向けて言葉をかける。

 

「ほら、べディヴィエールも早く休む。最期まで保たないわよ」

 

「―――ありがとうございました、三蔵殿。

 あなたに同席していただけてよかった。バレて、しまいましたか?」

 

 堪えるように右腕を握りしめるべディヴィエール。

 そんな彼の様子に彼女は一瞬黙り、しかしすぐににこやかに微笑んだ。

 

「生憎だけど、これでもあたしは玄奘三蔵……旅をする者。

 あなたにサーヴァントの身には残り得ない、苛烈な旅路の痕跡があること。

 実は最初からお見通しなのでした」

 

 胸を張る玄奘三蔵。

 それに対してゆっくりと腕を放し、彼は小さく笑った。

 

「ふふ―――マーリンも頼りになるやら、ならないやら。

 ……見過ごしていただくことにも、重ねてお礼を」

 

「見過ごす、というわけじゃないわ。

 ―――だって、踏み止まれる人が相手なら、ちゃんとあたしは説教をするもの。でもこれは、あなたにとって譲れない旅。あたしだって他の誰に何を言われても、あたしの旅は止めなかった。それと同じなのだから、止めようがない。

 だからあたしはあたしなりに、あなたたちの旅路の道を拓いてみせましょう―――」

 

 そこまで口にして、三蔵が小屋の扉を開く。

 中に飛び込み、放り込まれてきょとんとしていたマシュを捕まえる。

 困惑している彼女を捕まえたまま、寝床に向かっていく三蔵。

 それを見送って、べディヴィエールは空の星を見上げた。

 

「―――私も、伝えなくては。王に……

 民のための国を営み、円卓のための席を設け―――それでも。

 自分の居場所だけは、作られなかった王へ―――」

 

 そう呟きながら星を臨んでいた彼が、ふと気づく。

 

「……あなただけは、ずっとそう考えていた……

 ということ、なのでしょうね……アグラヴェイン」

 

 誰にも届くことない、この時代の円卓の騎士を想った言葉。

 だから、きっと円卓は絶対に退かない。

 べディヴィエールとはまったく逆の行動。

 だけど、その意思の一点だけは完全に一致しているはずだ。

 

 だからこそ、彼は負けられない。

 この右腕を獅子王に届け、騎士王に言葉を届けるために。

 

 

 




 
ぱぱぱっ、とホームズと翁の話を終わらせようとしたらどっちの話も始まりすらしなかった。
 

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