Fate/GRAND Zi-Order 作:アナザーコゴエンベエ
『ここがアズライールの廟か……特に変わった反応はないようだけど……』
「―――おじゃましまーす!」
霊廟に足を踏み入れたとほぼ同時、声を張り上げる。
ロマニは通信先でこの場に何も感知していない、という。
だが
何も無いのではない。
気配も何も感じない。だが、確かに。そこは“死”が鎮座している。
立っているだけで魂が圧し潰されるかのような、圧倒的なプレッシャー。
だからこそ、立香は声を張り上げた。
その地に、外からの者として踏み込むと宣言するために。
―――それに応えるように、閃光が奔る。
「マスター!?」
視えない刃が集団を潜り抜ける。
咄嗟にマスターの前に立ち、防御姿勢に入ったマシュ。
だが彼女が攻撃を受けたという実感を抱くことはなかった。
「え?」
受け止めたはずの刃は擦り抜け―――
いや、本当に受け止められたのかさえ分からなくなり、気の抜けた声が出る。
「なに? これは……! 今のって―――!」
「……黙っていろ三蔵。
何ともこれは……武の極みというものは、果て無きものと思っていたが……
これが、武という名の山の頂か……!」
その刃に三蔵が狼狽え、彼女を藤太の驚嘆が押し留める。
同時、二人の山の翁が頭を垂れてひれ伏していた。
彼らの頭が向かう先には何もない。
「―――う」
声が詰まる。理解が足りなかった、と後悔が押し寄せる。
そんな弱気になろうとする自分をねじ伏せ、目を見開く。
何もいない。何処にもいない。
だが確かに、そこには己らに絶対の死を与える何かの姿があった。
仮にもあのオジマンディアス王を不調にした相手。
それが真っ当なサーヴァントの枠に収まるわけがなかったのだ。
それにしたって、これは、円卓どころか獅子王にさえ―――
「―――魔術の徒よ。そして、人ならざるモノたちよ。
汝らの声は届いていた。時代を救わんとする意義を、我が剣は認めている。
だが―――我が廟に踏み入る者は、悉く死なねばならない。
死者として戦い、生をもぎ取るべし。その儀を以て、我が姿を晒す魔を赦す」
姿は見えずとも声がする。
それがどこから放たれているかさえ分からない。
だがそれがまるで、自分の背後のすぐ傍から放たれたように―――
静謐の翁がそう、感じた瞬間。
「ぅ、ぁ―――あああ、ひぃ、やああ……っ!?」
彼女の体に霧が纏う。それが何なのかは分からない。
だが、それは確実に彼女を支配するものだった。
「―――静謐の翁よ。汝に祭祀を命ず。見事、果たしてみせるがいい」
跪いていた静謐が一瞬震え、次の瞬間には別物に切り替わっていた。
顔を隠す髑髏面の上からでも分かるほど、感情が全て抜け落ちたと見えるほどに。
隣にいた呪腕が、その所業に対して声を上げる。
「初代様! お使いになられるのでしたら私を……! この代の翁は―――!」
圧力が一段増した。
出所さえも分からぬ声が、呪腕の声を圧し潰す。
「故にこそだ、戯け。貴様の首を落とすのは我が剣。
儀式に使えるものではないと痴れ。
―――静謐の翁の首、貴様たちの供物とせん。
我が廟に踏み込んだ以上、命を乗せた天秤は一方のみを召し上げる」
ゆっくりと、静謐の翁が体を起こす。
その動作一つで分かるほど、今までの彼女とは明らかに身のこなしが違っていた。
「……ロマニ、静謐の翁の状態を……ロマニ?」
オルガマリーが通信機に触れても、通信は繋がらない。ノイズすら聞こえない。
この廟に踏み込んだ時に浴びた最初の太刀。
それが目に見えない、実体として存在しない通信の糸を斬り捨てていた。
「……どうすんのよ、マスター。そろそろ動くわよ、あいつ」
ジャンヌ・オルタが剣の柄に手をかける。
静謐の翁は未だに動かない。光を失った眼で虚空を見上げていた。
だがこちらが動けば、すぐにそれは動作を開始するだろう。
横にいる立香と視線を交わす。
彼女は自信満々にオルガマリーの指示を待っていた。
きっと所長が望んだとおりの指令を出してくれる、と信じるように。
「……っ! ああ、もう! 決まってるでしょう!
あいつは天秤に命を乗せて、どちらかだけ生を得ると言いました!
なら、天秤をぶっ壊して両方の生を奪い取りなさい――――!!」
「はいはい、ったく。ワガママなマスターね、誰に似たのやら!」
オルタが不敵に笑い、掌で剣の柄を弾く。
剣を抜くことなく両手で旗を持つ構え。
黒竜の描かれたそれを大きく翻し、彼女は静謐と対峙した。
「―――過程は問わぬ。結果のみを見定める。
死の舞踏を始めよ、静謐の翁」
霊廟に低く轟く、深淵より放たれる声。
瞬間、静謐の翁が動き出した。
「くっ……!」
彼女のすぐ傍で呪腕の腕がぶれる。
磨き上げられた投擲の技量、そこから放たれるのは黒い短剣。
距離は至近。対応するための時間は多くない。
それらを全て撃ち落とすことは、本来の静謐には不可能。
だがしかし、静謐はそれらに対応してみせた。
苦無のような短剣を手にした静謐は、全てを切り払う。
そのまま
直前まで彼女が立っていた場所に着弾する光弾。
それを撃ち放ったブーディカが剣と盾を構え直し、背後に問う。
「ちなみに、どうやって止めるか考えはある?」
「…………ないわよ」
オルガマリーの返答に苦笑を返すブーディカ。
この場に座す超常の存在。それにより静謐へ齎された力。
そんなもの、どうすればいいかなど分かるわけもない。
壁を蹴り、静謐の体が返ってくる。
迎撃のために扇を翻し、清姫がそちらに顔を向け―――
「待たれよ、清姫殿!
静謐の体は全て毒、焼けばその煙が皆の肺を融かしましょう!」
「む――――!」
呪腕の声に清姫が止まる。
静謐の持つそれはサーヴァントを即死させるほどの毒ではないだろう。
だが、幾らなんでも無視できるものでもない。特に清姫本人などは。
ましてここは密閉空間。
少量の毒でさえ、ばら撒かれれば脅威となる。
火炎を噴くことを中断し、回避行動に専念。
しかし―――彼女の足では、今の静謐からは逃れられない。
「火を吐けないわたくしではこれは流石に……!」
「――――」
殺到する短刀を構えた静謐の姿。
それが清姫に届き―――
金属がぶつかり合う音響とともに、静謐の方が弾き返される。
「下がって!」
清姫の前に割り込むのはベディヴィエール。
彼の振るう白銀の剣が静謐の突撃を阻み、押し返していた。
弾かれると同時に空中で体勢を立て直す。
同時、彼女の手から投擲される苦無のような短剣。
それをべディヴィエールの剣が撃ち落とす。
「……ッ!」
その間隙をついて、再び静謐の体が躍る。
動きに合わせるように振り抜かれる黒い旗。
しかし、彼女はまるでそれが分かっていたかのように動いてみせた。
「この……!」
オルタが放つ全力のスイングを、あっさりと潜り抜ける静謐のハサン。
彼女が再び手の中に苦無を握り、投げ放とうとした―――
瞬間、静謐は投擲を切り上げて退避を選択する。
直後に彼女の目前を掌底の破壊力が突き抜けていく。
「とにかく、まずは彼女から体の自由を奪いましょう!
いざとなったら説教とかするわ、あたし!」
「―――異教の説教にどれほど効果があるかは疑問だが……」
掠めた指先が毒でチリチリと痛む。
が、それを努めて無視しながら三蔵が声を上げる。
そんな彼女に溜め息ひとつ。
藤太が米俵を下ろし、背負っていた弓をその手に取った。
「どうやら静謐殿を操っているのは、彼女を覆っている霧と見た。
魔的なものならば、撃ち抜くのは
真っ当な相手なら俵藤太の矢が外れることなど有り得ない。
だが、今回ばかりは背後にいるモノがモノだ。
絶対に中るなどと、藤太でさえ言えるはずもない。
藤太が弓を構えた瞬間に、静謐の意識が明らかに彼に向かう。
彼女の手首が跳ね、無数の短剣が投げ放たれる。
対抗して放たれる呪腕のダーク。
「ぬぅ……ッ!」
投擲の技量であれば、彼のそれは静謐に負けるものではない。
その意識を凌駕する、数も速度も呪腕を上回る短剣の弾幕。
初代の翁に後押しされた彼女の動きは、明らかに呪腕を上回っていた。
「カバーします!」
射の体勢に入った藤太の前を取るマシュ。
彼女の盾が投擲された刃を悉く防ぎ、弾き返す。
投擲を終えた静謐の硬直。
その一瞬を縫い上げるように、藤太の手の中で弓が大きく撓った。
空気を揺らす大弓の嘶き。
放たれた矢は過たず静謐を目掛けて飛び―――
しかし、尋常ならざる動作で彼女はそれを回避してみせる。
「む―――!」
藤太は驚きに声を詰まらせる。
避けられるのはまだいい。それを可能とするのが、彼女の背後にいる武の極みだ。
如何に対面しているのは代行者とはいえ、一手で届くなどとは思うまい。
だが、不味いのはそうして回避させたことだ。
「―――――ぁ、」
静謐が体勢を立て直し、一度離脱する。
悲鳴を漏らし、霊基を軋ませながら。
彼女という戦士は背後に立つ者の代行を出来るほど、完成されたものではない。
このまま本来以上の力を出し続ければ、勝手に壊れて潰れるだろう。
その事実に対し、藤太が顔を顰めてみせた。
「これはいかんな……!
拙者の矢を回避させていては、先に静謐殿が壊れるぞ」
「普通の足止めじゃ足りないってこと……?
だからと言って無理な回避をさせすぎれば、彼女が保たないって―――」
頭を回す。ならば足止めできる方法はどこにある。
清姫とオルタの炎で檻を作る?
幸い、人間である立香は毒への体勢を持つ。
多少の毒ならばこの空間に充満しても、何とか耐えきれるはず。
だが静謐の行動範囲を炎で狭めたところで、回避されないとは言えない。
もっと確実な手段が必要になるはずだ。
だが彼女の行動を拘束しようとしても、拘束行為に対して無理な回避をするだけ。
ならば、一体どうやって―――
「マシュ、来て! お願い!」
「マスター!?」
「フー、フォー!」
「藤丸殿、何を……!」
そうして頭を抱えたオルガマリーの隣を、立香が走っていく。
彼女の頭の上で、フォウもまた驚いたように声を上げた。
すぐさまその後ろに着いて行くマシュの姿。
馬鹿、と怒鳴る声も出てこない。
当たり前のように、最も可能性が高くて、最も危険な方法を取ってくれる。
こめかみに指を当てながら、彼女は思い切り叫んだ。
「―――ブーディカ! アヴェンジャー! 撃ちなさい!」
「……ッ、“
彼女の指示を受け、ブーディカが剣を振るう。
放たれるのは無数の光弾。
それに僅かに目を細めた静謐は、全てを潜り抜けてみせる。
同時にサーヴァントから離れるように走る立香に狙いが変わった。
光弾の雨を躱し、床を踏み切る直前。
彼女に対して更に黒い炎の槍が殺到する。
しかしそれも脅威ではない。全てを容易なまでに見切り、躱し切る体捌き。
そのまま静謐の腕が撓る。立香を目掛けた苦無の投擲。
呪腕のダークによる迎撃では足りない。
彼の尽力で大半が撃ち落とせても、全てを撃ち落とすにはまだ足りない。
「マスター!」
盾が唸る。巨大なラウンドシールドのフルスイング。
それが残る短剣を全て薙ぎ払い、吹き飛ばした。
「―――――」
彼女たちの前進を見て、藤太が小さく目を細める。
静謐のハサンは今や操り人形だ。
だが同時に、背後にいる武の窮極が直接操っているわけではない。
あくまで彼の祭祀として行動を身代わりしているだけ。
だから、けして隙が見えないわけではない。
その隙を強引に消すような無理が発生するだけ。
もし仮にその無理を発生させない方法があるとするのなら。
それは、恐らく彼女の思考に
あくまで動いているのも、動きを意識しているのも静謐の思考。
つまり藤太に要求されるのは、気付かれずに静謐の翁を射貫くことだ。
彼女の意識の七割は向けられている現状で。
だからこそ立香は走った。彼女の意識を削るために。
静謐の翁が藤太へ向ける意識の割合が落ちるごとに成功率は上がるから。
静謐の行動はおおよそ、回避と牽制に終始する。
彼女が行動し続けることで自然と毒が散布され、相手の体力を確実に削れるからだ。
戦闘が長引くことは毒の暗殺者にとって戦果であり、そのやり方に無理な攻めは混じらない。
けれど、そんな彼女でさえ確実に刈り取れる命である立香が前に出れば。
微かに静謐の目が細くなり、彼女の両手に苦無が現れる。
舞うように腕を振るい、放たれる無数の刃。
前に出たマシュの盾がほぼ迎撃し、しかしそれでも走りながらでは撃ち漏らしが出てきた。
〈サンダーホーク! 痺れタカ! タカ!〉
雷電を纏ったタカウォッチロイドの翼が、通ってきた刃を何とか撃ち落す。
それでも一つ二つがやっと。
このまま攻撃が継続すれば、いずれ立香は走りながら針鼠になるだろう。
だというのに前に出てくる立香を見て、静謐が虚ろな目で首を傾げる。
そんな中でも手は休まない。繰り返すように放たれる苦無。
呪腕のダーク、ブーディカの光剣、オルタの黒炎剣。迎撃に当たるは数多。
それでも、静謐を捉えることは出来ずに空振りを続ける。
藤太は矢を番えながらも動かない。
彼女を止められる一撃は、常に彼女を照準しながらも動かない。
静謐はやはり藤太への警戒を最大にしつつ、向かってくる立香に意識を向ける。
距離はもう彼女にとっては一足で届く間合い。
立香が懐から緑色のウォッチを取り出し、それを起動している。
―――見ている。それは、聖都の戦場で。
何らかの力で編まれた果物の球体を出現させる自立絡繰。
それを不意打ちに使う可能性を考慮して、しかし彼女の意識に変化はない。
「――――清姫!」
「フォッ!」
〈コダマビックバン!〉
叫ぶ。そして投げる。
彼女の手を離れたコダマスイカがエネルギーのボールになる。
そのスイカ玉を思い切り叩き、弾き飛ばすフォウの尾。
「――――はぁッ!」
そうしてその球体に向け、彼女たちの背後。
清姫が放った、火炎の息吹を固めた全力の弾丸が飛来した。
直撃した炎弾がスイカを木端微塵に吹き飛ばす。
「―――――」
砕け散る果肉。弾け飛ぶ果汁。蒸発したエネルギーが煙幕に変わる。
直後に、藤太が静謐の翁から矢の狙いを外した。
微かに送った視線の先で、藤太は静謐ではなくその後方に狙いを定めている。
その理由が分からずに一瞬の困惑。
しかし、煙幕を突き破ってきた盾に納得を示す。
狙いは静謐の体が突撃してきたマシュに追いやられて、後方に退いた瞬間。
そこを見定めて、確実に撃ち抜く算段なのだと。
「はぁあああ――――っ!」
振り抜かれる盾の一撃。
回避した瞬間を狙われているならば、回避などしなければいい。
勢いよく迫ってくる盾の縁に手をかけ、そのまま盾と一緒に振り抜かれる。
息を呑むマシュの背中を押し込むように、蹴り付ける静謐の脚。
藤太の弓は未だに狙いを静謐に戻されない。
ずっと彼女の後方に向け構えられたまま―――なのに。
しゅん、と。
静謐の顔の横を、魔を砕く矢が一つ通り過ぎていった。
彼女の背中に添えられていた手が砕ける。
霊基を握り締めていた圧迫感が欠け落ちる。
「――――え?」
呆然と、そんな声を漏らして倒れ込む静謐。
そうして、彼女が床に倒れ伏すのを少女の手が受け止めた。
「……うん。所長の命令達成、だね」
「………………あんた。いや、もういいわ、もう……」
静謐を抱き止めた立香を呆れるように見るオルガマリー。
そんな彼女の横で、べディヴィエールが藤太に視線を送る。
彼は弓を出したままその構えを解かない。
―――が、既に矢は放たれていた。
静謐が照準を外され、マシュの対応に意識を向けた瞬間。
それが藤太が矢を撃ち放った瞬間だ。
彼は静謐もマシュも狙うことなく、彼女たちが交錯する前に矢を解き放っていた。
だというのに放たれた矢は、静謐に蹴り飛ばされたマシュの持つ盾に掠めた。
そうして、彼女の盾の表面を滑った矢は進行方向を変えたのだ。
静謐の翁の撃ち抜くべき場所を正確に射貫ける軌道に。
「……俵殿。あなたのそれで……」
狙うものを狙わず、中てるべき場所を射抜く。
それは絶技というより他になく、彼はただただ驚嘆するしかない。
「うむ。静謐殿の背後にいた御仁にただの一撃が届くまでさえ……
今の拙者では四、五十年かけてどうか、というところだろうよ」
だというのに、その絶技を見せた彼はまだ足元に及ばないという。
静謐の翁の背後にいた、武の極には。
「―――それほどの」
力の抜けた様子の静謐を抱き起こす立香。
彼女はその為されるがままになりながら、小さく首を振った。
「―――いけません。いくら毒への耐性があっても、人間が私にそんな……」
「え? 私は大丈夫そうだけど……」
彼女を支えながら、自分の様子を確認する立香。
当然のように何の影響もない彼女は、困ったように首を傾げた。
「すっごい丈夫ね、あたしはサーヴァントなのにちょっと効いたけど」
そう言って軽く手を振るう三蔵。
致命的なものには程遠いが、確かに彼女の毒性には多少影響を受けた。
彼女の場合はやろうと思えば、その多少の影響さえも完全に遮断できるだろうが―――
特に気にもせず、笑っている。
「うそ、そんな……」
耐性がある、とは聞いていた。
だがまさか、彼女を抱えてなお無事で済むほどのものなどと。
静謐は唖然としながら立香を見上げ―――
「―――結果だけを見定める、と口にしたのはこちらだ。
その過程に見せた業を良しとする。
おまえたちが解を示したからには、我が廟への到来を歓迎しよう」
――――“死”。
試練を乗り越えたものたちの前に、その姿が滲み出てきた。
角の生えた髑髏面、全身黒衣に包んだ何者かの姿。
彼は大剣を床に突き立てながら、カルデアの面々に対して向き直る。
髑髏の眼、その洞の奥に青白い光を灯して。
「山の翁、ハサン・サッバーハである」
立香に縋り付いていた静謐が必死に体勢を立て直し、跪く。
翁は微かにそちらに目を向け、しかしすぐに視線を外した。
「…………っ」
改めて目の前にして、あまりに異次元だと知る。
アサシンクラスのサーヴァントに大層な能力がある、などと考えていなかった事実。
今ならそれがどれだけ思い上がった考えだったか分かる。
―――今まで見てきた何より上。
それこそ、これに匹敵するような怪物など魔術王以外にいないというほどに。
「……初代様。恥を承知でこの廟を訪れた事、お許しいただきたい。
この者たちは獅子王と戦う者。されど、あの聖都に突き立てる牙が足りませぬ。
どうか―――どうか、山の民の未来のために、お力をお貸しいただきたいのです」
「………………」
呪腕の言葉。ギシリ、と霊廟の中の空気が軋む。
いつ誰の首が落ちてもおかしくない、というほどに張り詰めた死の気配。
それを破ったのは、その気配の元である山の翁だった。
「―――魔術の徒に問う。この呪腕めが発した言葉。
これこそが汝らが願いにきた事に相違ないか?
神に堕ちた獅子王の首を求め、我の助力を求めている。その言に間違いはないか?」
「―――それ、は」
息が詰まる。
獅子王との戦いに戦力を必要としているのは確かだ。
だが、それは……
「ちょっと違うと思う。私たちの戦いは世界を全部救うための戦いだから。
私たちが求めてるのは誰かの首じゃない。
私たちがあなたに貸してほしいのは、誰かの首を落とすための剣じゃない。
未来を切り拓いて、明日に行くための剣だから」
「―――――」
「藤丸殿……!」
焦ったように声を上げる呪腕。
跪いている彼の横で、訳知り顔で三蔵が何度か頷いた。
「うんうん、そこはちゃんと言っておかないとね。
戦う理由なんて誤魔化したっていいことないもの!」
彼女たちの言葉を聞き、暫しの間黙り込む翁。
「―――よかろう。では我が剣は此度、首を落とすために振るう事を捨てよう」
「初代様!?」
彼が再び口を開けば、呪腕が悲鳴のような声を上げる。
それほどまでに驚愕した彼の前で、山の翁は言葉を続けた。
「だが同時に、この剣が獅子王の軍勢に振るわれる事もないと知れ。
汝らは獅子王に対し抱いた目的を、己らの力で完遂するがいい」
「なっ……! 協力は、して頂けないと……!?」
「……うん、分かった。
あなたはそれが私たちにとって一番いい道だと思ってるんだよね?
だったら、うん。やり遂げてみせるよ、私たちは」
ここまできた目的を棒に振る。
そんなやり取りにオルガマリーが天井を見上げた。
唖然としながら立香の顔を確認する呪腕。
山の翁は無言を貫き、その洞の中の青い炎のような灯りで彼女を見つめる。
暫し彼女を見ていた翁が黒衣を翻し、霊廟の奥へと歩き出した。
「しょ、初代様……! この霊廟に踏み入りし我が咎は―――!」
「言った筈だ。貴様が乞うた獅子王との戦いへの協力という願いは聞かぬ、と。
だがその者たちは未だ、獅子王へ挑む事を止める気はないという。
―――首を落とされる前に恥を雪げ、呪腕の翁。
貴様がこの者たちと共に責務を果たした時こそが、この剣が貴様の首を落とす時だ」
歩み出した山の翁の体が、理解できぬうちに消えていく。
周囲に溶け込むように消え去った彼は、どうやってどこへ消えたかも理解の埒外。
それでも確実に、そこにいるという寒気だけが伝わってくる。
「―――あんた。いい加減、そういうとこ常磐に似てきたわよ」
呆れるようなオルガマリーの声。
勝手に方向性の舵取りまでし始めるとこまで含めて。
聖都侵攻に彼の力を借りられないなら、ここまできた意味がない。
「そう? 私はソウゴみたいに喧嘩売ったりはしないけど……」
いや、それは割とどうだろう、とマシュさえも微妙な顔をする。
「……いつかブレーキの壊れた車みたいにどっかに衝突しそうね、あんた」
叛逆の徒であるアヴェンジャーからさえもそう言われる立香。
―――恐らく、彼女の共犯者さえもそう思っているだろう。
とはいえ彼女も相手を選ばずそういうことを口にしているわけではない。
山の翁は、正しく道標として剣を掲げている人だと理解しただけだ。
彼が聖都の戦いに手は貸せない、と言ったならそれが事実なのだろう。
山の翁は助力をしてくれる、という意を示した。
その上で聖都との戦いには協力できないと言ったのだ。
ならば、彼女たちがやるべきことはいつも通り。
―――未来を取り戻すために、全力で戦うことだけだ。
そんな中で三蔵が呪腕に向き直り、彼に問う。
「でも、呪腕の人があの偉いガイコツさんに言われてた首を落とすって?」
「――――い、いや、それは……ガイコ……!?
その、いや、それはおいおい話をさせて頂きますので……」
呪腕が声を詰まらせた。
彼と静謐の首が、恐れながら廟の中を忙しなく見回している。
「三蔵、流石にそれはないだろう。初代“山の翁”殿はだな……」
余りにもあんまりな呼び方に藤太が眉を顰める。
あれこそは武の窮極。
藤太でさえ目の前に出てきてからは、息を呑むことしかできなかったものだ。
三蔵や立香がこうした様子を見せるのは、恐らく彼女らほどに“人を見る目”に長けたものが、気を許すほどの大人物ということなのだろう。とはいえ、だからと言って気を抜きすぎれば首が落ちる様さえ幻視するほどの存在だ。気楽すぎるのはあまりにも―――
「でも確かに凄い偉そうだったよね。
獅子王と太陽王に負けないくらいの王様、って感じだった」
そんな事を言い出した立香が悩むように、首を傾げる。
「山翁王? 山民王? ……とかだと何か違うか。
うーん……キングハサン、って感じ」
「いや、その、その辺りで……まだここは初代様の霊廟の中で……」
意味がないと知りながら声を潜める呪腕。
そんな彼の背後から、再び深淵からの声が低く響く。
「良い、好きに呼ぶがよい」
「しょだッ!? ぃ様……!?」
振り向くと同時に跪く。
そこには間違いなく再び黒衣の死神が姿を現していた。
静謐もまた同じように彼の姿に頭を垂れる。
「我が名はもとより無名。この身に拘りもなければ、取り決めもない」
「ええ、それは分かり易いと思うわ!」
「じゃあキングハサンって呼ばせてもらうね。
ね、所長? マシュも!」
話を振るな、と思いつつ引き攣った顔で頷くオルガマリー。
マシュもまた困惑しながら、しかしキングハサンは分かり易いと頷いた。
もしかしたら、この方はとてもお茶目な方なのかもしれないと思いながら。
あと4話か5話くらいだろうか。