Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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2.5周年アンケートフェスでは割と勝利したので初投稿です。
あとはオーマハンマーパンチが欲しい。
 


いまは遙か理想の城2015

 

 

 

「う、ぐッ……!」

 

『大丈夫かい、ソウゴくん!? あれも多分、ロンゴミニアドだ……!

 もはや獅子王と聖槍は一体……完全に融合した存在になっている―――!』

 

 ロマニの声を聞きながら、何とかかんとか立ち上がる。

 直撃を受けたが、アーマーの上からならば何とか耐えられる威力だった。

 こちらに近づいてきた立香が、彼の状況を確認する声をかけてきた。

 

「―――まだいける?」

 

 壁は崩れ落ち、空間は歪み、此処は最果ての地となり果てた。

 そんな中で襲い来る神威を前に、立ちはだかるマシュ。

 彼女の背を見ながらの立香からの問いに、ソウゴは軽く笑ってウォッチを取り上げる。

 

〈ウィザード!〉

 

「当たり前じゃん……!」

 

 ―――夢で見た風景そのまま、だと思う。だとしたら、きっと。

 ここで、仮面ライダー鎧武―――神様が出てくるはずだ。

 そしてきっと、べディヴィエールだって絶対に追いついてくるだろう。

 多分、それだけでは終わらない何かが待っているけれど。

 

 その希望を胸に秘め、宝石の鎧を身に纏う。

 赤い魔法陣と炎を発し、ジオウがウィザードを鎧とする。

 

〈アーマータイム! ウィザード!〉

 

 ジオウの復帰を前にして、獅子王の様子は揺るがない。

 どれだけ力を合わせたところで、彼らに聖罰を防ぐ術はない。

 

 漏れ出る神威を纏う槍の一閃。

 それだけで大きく弾かれたマシュが後方に飛ぶ。

 倒れそうになる体を盾で支えながら、彼女は目の前の王を睨む。

 

「無駄だ、諦めろ。それがおまえたちにとって、最も優しい終わりになる。

 立ち上がるために振り絞っている力を抜け、ただ真実に身を委ねればいい」

 

「―――例え、どんな終わりが待っていたとしても……!

 わたしは、歩みを止めて終わりを待つ事だけはしたくない……

 だっていま、わたしたちはここで生きている―――!」

 

 ロンゴミニアドが翻り、その穂先をマシュに向ける。

 ただそれだけで起こる嵐。

 彼女の前には複数の魔法陣が展開され、障壁となり―――

 しかしそれは次の瞬間、全て砕けて散っていた。

 

 盾を構え、そのまま嵐に吹き飛ばされるマシュ。

 

「くぁ……ッ!?」

 

 床を転がるマシュとすれ違い、ウィザードアーマーが飛翔する。

 彼の手に握られたジカンギレード、その銃口から銃弾が舞う。

 しかし対応するためのアクションは何もなく。

 獅子王は身に纏う神威だけで、それら全てを掻き消した。

 

「人の世における生存とは、即ち劣化。

 純粋だったものを、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 見るがいい、この世界の果てを。

 思い出すがいい、ここに張られていた外面(テクスチャ)を」

 

 無駄の混じる余地のない、世界の果て。

 全ての始まりにして終わり。

 その光景を前に、獅子の兜の下で王は僅かに悲しげに声を揺らす。

 

「人の魂も元来は、この果ての如く純粋にして無垢なもの。

 だがそれも外においては、そこに順応するために色を帯びていかざるを得ない。

 生存する中で環境に感化され、やがてその貴さは失われていく。

 ―――だからこそ、未だにそうなっていない清き魂こそを蒐集する。

 それこそが、人の魂という価値あるものを、正しく守る行為だと知っているから」

 

 灼熱、吹雪、暴風、土砂。

 全ての魔力が押し寄せて、しかし獅子王には一歩たりとも届かない。

 そうして悲しげに語る王に向け、ソウゴは言葉だけは向けてみせる。

 

「……あんたが、勝手に人の価値を決めるな!

 人は、魂だけで生きてるわけじゃない―――全部ひっくるめて人なんだ!

 世界も、国も、街も、家も、自分も、家族も、他の人も!

 全部合わせて俺たちは人間なんだ!

 それを簡単に壊そうとするあんたは、人を守ってることになんてならない!!」

 

 彼女という意識には、しかし誰の言葉も届かない。

 攻撃を続けるジオウを見上げ、その口から悲しみさえも消し去る。

 ただ淡々と、障害を排除するために再始動する聖槍の女神。

 

「……そうか、私を否定するか。ならばいい、私もおまえたちを否定するだけだ」

 

 嵐がくる。天災が降り注ぐ。

 回避する余地など微塵もない、世界の果てから押し寄せる真実。

 解放の予兆だけで吹き飛ばされ、床に落ちて転がるジオウ。

 

「ぐっ……!」

 

 その前で、獅子王が僅かに半身を引くよう槍を構えた。

 初めて見るまともな構え。それは、破滅を感じるのに十分な所作。

 だが―――ここだ、と。ジオウがその顔を前に向ける。

 彼らが逆転を狙えるのは、ここしかないと直感した。

 

 けれどそのためには―――

 と、後ろに視線を送り、マシュを見る。

 彼女は一瞬だけ目を瞑り、すぐにその嵐を前に瞼を開いた。

 

「―――マスター!」

 

 マシュがその瞳に熱を灯し、盾を握って王を睨む。

 だからこそ立香は、ただ一言。

 

「……うん。マシュ、()()()!」

 

「はい!」

 

 いつか、彼女の背中を押した言葉で応えた。

 私たちは、何があっても前に進み続けるのだ、と。

 

 世界に感化され、色付いていく魂。それを獅子王は価値の喪失だとした。

 無色透明、無垢なる魂こそが最も美しいものなのだと。

 獅子王からすれば、もしかしたらそう映るのかもしれない。

 

 けど違う。絶対に違う。

 少なくとも、マシュ・キリエライトはそう叫ばなければならない。

 いや、そう叫ぶ声を彼女に叩き付けたい。

 

 世界の中に、多くのものがあると知っている。

 世界を見て、色付いていく嬉しさを知っている。

 世界を巡り、変わっていく困惑を知っている。

 ―――だから。もっと世界と向き合いたいと思っている。

 

 染めることは出来ても、色を抜くことは出来ないだろう不可逆の変化。

 それはもしかしたら、他の誰かから見たら劣化なのかもしれない。

 けれど、彼女にとっては―――なりたい、なりたかった自分への、()()だ。

 

 大切な人と共に経てきた、彼女だけの―――

 

 それを、思い出させてあげて欲しいと。

 彼女の中で誰かが言う。

 

 あの王は、その何より大切な人の営みを愛したから王になったのに。

 だから自分を王に変えて、地獄の時代に挑んだというのに。

 人を大切に想う気持ちだけを残して、人を大切に想った理由を忘れてしまった。

 

 だからこそ、止めてあげて欲しい。

 彼女は、人を愛した王であったが故に円卓に騎士を並べた。

 色んな騎士がいた。強いだけの騎士に席を与えたのではない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 王は人の考えというものは千差万別だと思っていた。

 人を愛したということは、その多様性も愛したということだ。

 人の数だけある幸福を守ろうとして、人の数だけある不幸を打ち破ろうとして。

 彼女は、孤高の王になった。

 

 ―――結果として、それは円卓が割れる理由になったのかもしれない。

 でもそれは、彼らが人だったからだ。

 人として生き、人として争い―――そして、人として死んだ。

 

 アーサー王には、国を守れなかった後悔はあったかもしれない。

 けれど彼女は、たぶん。いや、決して。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それが、国を割る大きな原因となることだったのだとしても。

 

 だって、彼女は―――

 

「――――! 届けます、サー・ギャラハッド……!

 あなたの盾で、わたしの旅路で、あの方に……! ここは、人の果てではないのだと!!」

 

 立香が腕を掲げ、その手の甲から赤い光を放つ。

 それは見紛うことのない、令呪の輝き。

 あの槍を止めるには、全てを懸けなければならない。

 全てを懸けて―――未来に、踏み出すために。

 

 此処は果てじゃない。

 まだ先があるのだと、証明するために。

 

「―――世界の皮を剥がし、その下に隠されし真実を此処に示そう。

 我が聖槍の呼ぶ嵐こそ、惑星(ほし)の果てを語るもの――――!」

 

「霊基・円卓の騎士ギャラハッド―――真名、開帳!

 それは全ての瑕、全ての怨恨を癒やす我らが故郷――――!」

 

 聖槍が振り抜かれる。世界の果てから、嵐が迫る。

 今の世を全て押し流すかのような光の濁流。

 全てを呑み込む聖なるものを放ちながら、獅子王がその銘を叫ぶ。

 

「“最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)”―――――ッ!!!」

 

 ―――正面から迫る光の大嵐。

 背後にはマスターがいる。

 だからこそ彼女はいつだってその一歩を踏み出せる。

 令呪が一角、彼女に限界以上に魔力をくれた。

 

 “人理の礎(ロード・カルデアス)”。それが彼女の盾に与えられた名前。

 それとは違う、彼女の手にするそれの本来の名前が伝わってくる。

 

 ギャラハッドの霊基が言う。

 王を止めてくれ、と。

 

 彼が彼女を庇護するためではない。

 彼女を守るものとして見て、力を授けるのではない。

 守るためではなく―――同じ円卓の騎士として、彼女にその盾を託してくれる。

 

 応えよう。

 今の世界を、かつての円卓を、そして王の本心を。

 全て破壊するように迫りくる嵐を止めてみせる。

 聖なる騎士の盾で以て――――

 

「顕現せよ、“いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)”―――――ッ!!!」

 

 ―――白亜の城が立ち上がる。

 ギャラハッドの盾。かつて円卓が席を並べた円卓。

 円卓の騎士が集う席がそこに―――彼女の手にあるということは。

 その場所こそが、キャメロットなのだと証明するように。

 

 聖都正門に似た、しかしそれはまったくの別物。

 かつてのキャメロットを具現化する、究極の護り。

 それこそが、マシュに力を託した英霊。ギャラハッドの真の宝具。

 ――――“いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)”。

 

 ―――激突の末、拮抗。

 地上を焼き払うに余りある聖罰の槍が、そこを突破できずに停止する。

 

 その白亜の城はけして崩壊することのない無敵の城塞。

 支えるものの心が穢れなく、迷いなく、折れない限り立ちはだかる壁。

 それは精神の在り方こそを誇った、聖なる騎士にこそと預けられたもの。

 キャメロットにおける、最後の砦。

 

 いま、()()()()()()()()()()()

 彼女の旅路が、彼女を人として育てた。それは、誇るべきことなのだと。

 その旅路で得た彼女の色は、獅子王の語る劣化などではない。

 マシュ・キリエライトの今の輝きこそが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()―――

 

「あぁあああああ――――――ッ!!!」

 

 白亜の城塞はけして崩れない。

 それを支える少女の細腕は、絶対に諦めない。

 その背中に手を添える少女の手は、絶対に離れない。

 

 令呪二画目が消え失せる。

 全てを使い、残る魔力を全てマシュへと注ぎ込む。

 無敵の城塞を支えながら、顔を前に向けて一歩を踏み出す。

 

 聖槍に耐えるのみならず足を踏み出してみせる騎士。

 その姿に、獅子王が目を見開いた。

 

「なに――――?」

 

「たとえ、それが世界の果て、終わりなのだとしても……!

 わたしたちは、自分たちの足で一歩を踏み出す……!

 そして、その先の未来は―――!」

 

「自分たちの手で、選び取る――――!!」

 

 三画目の令呪が立香の手から消えていく。

 その声と力が届いたマシュが、更に腕に力を込めた。

 

 ―――全力でもって振り抜かれる盾。

 ロンゴミニアドの光が裂け、暴れ狂って弾け飛ぶ。

 死力を尽くした、全てを賭した反撃。

 その結果。果ての嵐は砕かれて、四散しながら弾き返された。

 

「―――――」

 

 逆流する聖罰の嵐。

 その直中に呑み込まれ、しかし獅子王の反応は微かに目を細めるだけ。

 まさかロンゴミニアドの解放を耐えるとは、と。

 その上でただ、彼女の意識は驚嘆を感じながら、脅威などは感じていない。

 

 聖罰を防いだのは見事と言える。

 だがその程度、太陽王もやってのけた。

 続けて放てば二度目を防げないのも、彼と同じだ。

 令呪を含めた全力の対応は、二度と同じことができない。

 

「―――希望(ユメ)を抱いて、果てに踏み出したその一歩。

 その代償を知るがいい。この果ては、おまえたちにとっては絶望の光景なのだと。

 我が庇護の許、その貴さだけを永遠に。ヒトはただ、微睡めばいい―――」

 

 再び槍に神威を満たしていく。

 女神は何の感慨もなく、その二撃目を撃ち放つことを決定し―――

 

「じゃあ俺が、()()()()()()()()()()()()()()()()()。最高、最善の王様としてさ!」

 

「―――――!」

 

 槍に触れる手。

 引き裂かれ四散した聖槍の衝撃波を突き抜けて、彼は槍まで届いていた。

 灼熱の嵐に焼かれながら、それでも槍を掴むジオウ。

 

 だがそれで何が変わるという。彼では槍を制することなどできない。

 この距離。ジオウは何も出来ず、一秒後に行われる聖槍の次弾装填に伴う衝撃に引き裂かれる。

 ただそれだけの……

 

 ―――“エンゲージ”。

 掴んだ槍から、その中に干渉する。

 槍の中に封印され、収納されていた大きな力。

 ジオウの感覚が、そこにある極ロックシードに触れていた。

 

「っ、貴様……異星の神性を――――!」

 

「悪いけど、起きて手伝ってくれないと困るんだよね……!

 頼むよ、神様――――!」

 

 次弾装填、ロンゴミニアドの光が加速する。

 それを掴んでいたジオウにかかる極大の負荷。

 全身から火花を噴き散らし、ウィザードアーマーが砕け散った。

 

「――――ッ!」

 

 そのまま、ジオウごと蹂躙するために回る破壊の渦。

 回転に巻き込まれ、削られていくジオウの装甲。

 変身解除にまで至る、十分の一秒の狭間。それを―――

 

「ああ! 悪い、待たせたな―――王様!」

 

 ―――光が噴き出す。

 槍が放つ破壊の衝撃ではない。

 果実に似た形状の、人ほどの大きさを持つ黄金の光の塊。

 

 黄金の果実がその場に現れ、聖なる光を力任せに振り払う。

 聖槍の予兆に放たれる圧力を、黄金の果汁が相殺する。

 そうして弾け合う衝撃に流され、ジオウは後ろへと転がっていった。

 

 黄金の果実を象るエネルギー体が砕け、解けていく。

 その中から姿を現すのは銀色の甲冑。

 ―――仮面ライダー鎧武・極アームズ。

 

「―――――」

 

 槍に収納していたものが外に出たことに、獅子王は押し黙る。

 力を蓄えていたのは知っていた。

 それでも内側からは破れない聖槍の結界で閉じ込めていたが―――

 

〈無双セイバー!〉

 

 白銀の鎧がロックシードを鳴らし、剣を抜く。

 日本刀に似た、片刃の剣。

 

 揺れる切っ先が獅子王に向けられる。

 それに相対しながら、槍に再び力をかけていく。

 至近距離で暴れ狂う嵐の中、二人の神は対峙して―――

 

 

 

 

 星の光が鎧を焼く。

 漆黒の鎧から煙を上げながら、アグラヴェインの剣が振るわれる。

 光を放つべディヴィエールの右腕と撃ち合う剣。

 軋み、悲鳴をあげるのは彼の剣の方だ。

 

「チッ―――!」

 

「ぅ、お、オ、ォオオオオ―――ッ!!」

 

 断末魔にも似た雄叫び。

 べディヴィエールが正気を保つために叫びながら、アグラヴェインに殺到する。

 鍔迫り合いなどすれば、そのまま彼の剣が溶断されるだろう光の刃。

 だが当然のようにそれは、長時間など保つはずがない。

 

 彼の攻めをいなすことに終始するアグラヴェイン。

 彼の腕、その剣。それを相手に正面からの激突では、余りにも分が悪いだろう。

 

 べディヴィエールの言葉に思うところがないわけではない。

 彼の旅路には、人を嫌う彼であっても敬服しよう。

 だがそれでも通さない。ここで殺す。

 

 前言通りだ。

 王を裏切った者は、ただ一つの例外もなくその命を殺し尽くす。

 その果てに、獅子王に安らぎの国を捧げる。

 

 ―――700余年。

 聖槍と経た彷徨の果てにその結論を得た王。

 そうと王が決めたというのなら、鉄の騎士に否やがあるはずもない。

 この身命の全てを賭して、せめてもの安息を差し上げる。

 彼の王の歩みに、せめてもの慰撫を。

 

 知っているとも。

 王が人を愛し、その営みを守るために全てを擲ったなど。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 人を守り、国を守り、円卓を守り。

 それであの方が一体いつ、笑顔を得られた。

 奪ったものは数え切れないくらいあるくせに。

 人も国も円卓も、彼の王に対して一体何を与えられた。

 

 二度と笑えない、などと。

 そんなこと、どちらの道も同じことだ。

 だったらせめて、その御心が望んだ安息を―――

 

 剣の激突。黒騎士の剣が寿命を迎えた。

 星の光に耐え切れず、その手の中で砕け散る。

 

「――――アグラヴェインッ!!」

 

「―――――」

 

 べディヴィエールが勝機と見て、右腕を突き出しながら突撃を選ぶ。

 星の光を刃と成して、彼の胸に突き立てるべく。

 剣を失ったアグラヴェインにそれを防ぐ手立てはない。

 

「―――――“一閃せよ(デッドエンド)”!!」

 

 白銀の腕が漆黒の鎧を突き破り、彼の胸を食い破る。

 胸から背まで突き抜ける光の刃。

 討ち取った、べディヴィエールがそう確信し―――

 

 アグラヴェインは、その体勢のまま彼の背に手を回し締め付ける。

 自身から離れられぬように、己の胸を更に食い破らせながら。

 

「なっ……! まさか、祝福(ギフト)――――!?」

 

「侮るな、べディヴィエール。貴様が耐えていた程度の熱だろう?

 担い手でもない貴様が振るうその剣など、私の命を奪うには足りぬと知れ」

 

 拘束する、などという生易しい締め方ではない。

 その胴体を圧し潰して体を真っ二つにするような、万力の如き締め付け。

 ギチリギチリと軋むべディヴィエールの肉体。

 喉の奥から溢れる血を吐き散らしながら、彼は逃れようともがく。

 

「ぐ、ぁッ……! ガッ……!?」

 

「貴様の旅路には称賛をくれてやる。だが、その終着点はここ止まりだ。

 ―――真実など、どれほど王の癒しになる。

 世界も、人も、円卓も、最早どうでもいい。私にとっては全て憎しみの対象でしかない。

 ただ、あの方が安らげる理想の国を――――」

 

「んな理想知ったことじゃねえんだよ―――ッ!!」

 

 赤い雷光と共に、噴出する魔力で加速した足が襲来する。

 咄嗟にべディヴィエールの拘束を解き、守りに入った彼の腕。

 そこに叩き付けられるのは、モードレッドの全力の蹴り。

 

「グッ……!?」

 

 激突されたアグラヴェインの体が思い切り吹き飛ぶ。

 その衝撃で腕を引き抜いたべディヴィエールが地面に落ちて転がった。

 ガシャリ、と。融けて壊れたグリーブが着地と同時に音を鳴らす。

 

「モー、ドレッ……!」

 

「―――言っただろ、馬鹿が。

 テメェがそんなもん持っても、円卓の相手が務まるわけねえってよ」

 

 半死半生、鎧までも失った彼女がクラレントをぶらりと下げる。

 そのままアグラヴェインの方を睨み、凄絶に笑った。

 

「さっさと行けよ、役立たず! テメェはどこにいても役に立たねえんだ。

 だったら―――せめて。父上を看取るくらいはしてこいよ!」

 

 言われ、べディヴィエールが立ち上がる。

 腕の解放の反動が体を見舞う。

 全身が砕け散っているかのような感覚の中で、しかし彼は走り出した。

 アグラヴェインが守っていた、彼が辿り着くべき最後の場所へ。

 

 黒騎士が転倒した姿勢のまま、自分が激突して砕けた柱の瓦礫を弾き飛ばす。

 その質量の塊は、走り去ろうとしたべディヴィエールの背中を襲う。

 

「危ない!」

 

 その瓦礫片を、ファイズフォンXの弾丸が撃ち砕いた。

 アグラヴェインが阻もうとした歩みは、ここに達成される。

 

 ―――そうして。

 彼は、最期の場所へと進んでいった。

 その背中を見送りながら、モードレッドが微かに目を伏せる。

 

「――――モォオオドレッドォオオオオッ!!!」

 

 先程までの冷徹さは欠片もなく。

 悪鬼の如き表情で、鉄の騎士が立ち上がる。

 その手には、べディヴィエールが彼との斬り合いで落とした銀の剣が握られていた。

 

 胸に大穴を開けながら、しかし彼には退去の気配すらない。

 鉄の騎士は、祝福(ギフト)でも何でもなく。

 ただその使命を果たすために、死んでいる暇さえないと全てを凌駕する。

 

「貴様……ッ! 貴様はまたも―――!」

 

「―――ああ、父上を殺すぜ。来いよ、アグラヴェイン。

 キャメロットを潰した叛逆の騎士、モードレッドが相手をしてやるぜ―――!」

 

 半死人はどちらも同じ。

 アーサー王を失脚させるために、その席につかされた二人の円卓。

 王に抱く敬愛の程は、きっとそう変わらない。

 けれど、決定的にそれを示す方法を違えた二人。

 その二人が、互いにその方法を果たすべく、いま此処に対峙した。

 

 

 

 

「っ、ブーディカ!」

 

「悪い、喋らないでその子抱えてて!」

 

 戦車に同乗したオルガマリーが、その指示に従い清姫を掴む。

 憔悴しきった彼女はもはや人間の少女と変わらない。

 しがみつくことさえできない彼女を支えながら、オルガマリーは戦車に縋り付いた。

 直後に襲ってくる盛大な震動。大地が揺れるほどの衝撃。

 

 それを起こしたのはただ一振りの剣。

 その一撃を直接浴びた戦象が木端微塵に消し飛んでいた。

 

「■■■■■■■―――――ッ!!!」

 

 不死隊は終わらない。

 “不死の一万騎兵(アタナトイ・テン・サウザンド)”は再び蘇り、動き出す。

 万の不死者が即座に全て太陽の騎士に向けられる。

 

 ――――だが、一兵たりとも届かない。

 敵が万軍であろうと、太陽の騎士は揺るがない。

 全てを蹂躙するはずの不死の軍隊は、太陽を前に焼け落ちる。

 

「“吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)”――――!!」

 

 呪いの炎が噴き出し、太陽の騎士を覆い尽くす。

 ―――その内側から噴き出して、太陽の光が呪いの炎を焼き尽くす。

 黒い炎の残り火を払うように振るわれる剣が、大地を砕く。

 

「……どんだけ、だってのよ……ッ!」

 

 太陽の光の許、太陽の騎士ガウェインは正しく無敵。

 太陽が沈まない以上、完全無敵だ。

 

 これは、太陽を落としたドレイク船長の方が相性が良かったな? なんて。

 アレキサンダーが小さく笑った。

 彼の乗るブケファラスさえも、限界を感じているかのように息を荒げている。

 

 極端な話、この戦場は勝たなくてもいい。負けなければ。

 聖都に進んだマスターたちが勝てば、ここでの戦況は関係ないのだから。

 ガウェインが聖都での決戦に参戦することがないように、足止めさえし続けられればいい。

 

 時間を稼ぎ、絶え間ない攻めで宝具さえ解放させなければどうにかなる。

 本命は最初から獅子王のみとの決戦だから。

 もちろん倒せるに越したことはないが―――

 

 それくらい、軽く考えてみてもなお。

 太陽の騎士ガウェインの強さは絶望的であった。

 保たない。そう感じる。

 

 ダレイオス三世の不死隊があるから何とかなっている。

 だが、彼もそう長くは保たない。

 吹き飛ばされても当然のように復帰する不死隊には、魔力という名の寿命がある。

 間を置かず消し飛ばされる軍隊の維持で、ダレイオスの残存魔力は目減りしていく。

 彼が戦っていられるのは、あとせいぜい数分のことでしかない。

 

 そして、少しでも攻めを緩めれば聖剣が輝く。

 ダレイオス抜きで彼らはガウェインを攻め続けることはできない。単純に手が足りない。

 ―――数分後、彼らは全滅するだろう。

 

「だったら……! ブケファラス――――ッ!!」

 

 引かれた手綱に応えるように、巨大な馬身が同意を示す。

 疲労など忘れたように、その英霊馬は疾走の体勢へと変わっていく。

 その身に跨りながら、アレキサンダーが雷光を手にした剣の切っ先に集中させる。

 限界まで振り絞るゼウスの祝福。それを、ただの一撃に。

 

「“神の祝福(ゼウス・ファンダー)”よ、僕を灼け―――!

 これより我が身が征服せんとするは、聖槍の神に祝福を受けた太陽の騎士―――!

 どちらが受けた神の祝福が上か、いざ競おうぞ!」

 

 嘶き、疾走を開始するブケファラス。

 その身は風を超え、雷霆と化し、太陽の騎士に向かう。

 

「―――――!」

 

 反応は即座に。ガウェインに隙など微塵たりともない。

 アレキサンダーの全霊、ゼウスの全加護を載せた一撃とは言え、捌いてみせるだろう。

 彼と、陽の光と、ガラティーン。

 それらが揃っている限り、この無敵の事実は微動だにしない。

 

「ああ、不可能だとも! ()()()()()()()()()()()()()()!!

 ダレイオス王! ――――()と共に走れ!!」

 

「…………ッ!」

 

 吶喊する黒馬の上で、雷光を纏う少年は笑う。

 目の前に広がる不可能を平らげる時だ、余の後に続け。そう言って。

 

 万軍の不死兵が波立つ。

 迷いが浮かんだのは一瞬で、彼は即座に双つの戦斧を振り上げていた。

 

「Iskandarrrrrrrrrrrrrr―――――ッッ!!!」

 

 戦象が姿を顕す。最後の魔力を全てつぎ込んだ宝具。

 その鼻が鉄槌を振り上げる如く、思い切り振り被られた。

 狙いはダレイオス自身の体。

 

 轟音を上げ、振り抜かれる戦象の鼻。

 それはダレイオスを全力で殴り飛ばし、ガウェインの方へと砲弾として()()()()()

 真っ先に太陽まで到達し、振り抜かれる二振りの戦斧。

 

「■■■■■ッッッ!!!」

 

「―――無駄です」

 

 その突撃を。二振りの戦斧による連撃を。

 太陽の騎士は一刀の元に斬り裂いた。

 ダレイオスの両腕、その肘から先が飛ぶ。

 のみならず、腰から下までもが落ちる。

 

「―――――!!!」

 

 その直後、失った体を補うように不死兵が彼の体を代替した。

 彼が率いる不死隊たちが、骨の腕と下半身を形成する。

 四肢を失った傍から、彼は戦うための四肢を取り戻してみせた。

 

「―――っ!?」

 

「Is……kandar―――――ッ!!!」

 

 宙を舞った戦斧を骨の腕が握り、そのまま振り下ろす。

 圧倒的な反応速度で受け止めてみせたガウェイン。

 が、僅かに揺れた。

 

 その瞬間。アレキサンダーが跳んだ。

 同時に体を捻ったブケファラスが、己の脚を振り上げた。

 あらゆるものを粉砕する馬力を持つ脚が、主を()()するために全力で。

 

「オォオオオオオオオ―――――ッ!!!」

 

 征服王が飛ぶ。

 突き出した切っ先に彼の持ち得る全ての雷を載せて。

 ブケファラスが撃ち出す雷光の矢となって。

 

 戦斧を粉砕する。ダレイオスを両断する。

 だが両断されてなお、不死隊を体に変えて動くダレイオス。

 それを再びの一撃で微塵に砕く。

 粉々に砕かれて、遂には消えていくダレイオス三世。

 

 ――――だが。

 彼にそれだけの時間を稼がれて、()()を阻む時間が残るはずもなかった。

 

 雷鳴が轟いて、無防備な彼の胸に雷霆が突き立つ。

 踏み止まろうとする彼を、それ以上の力で押し込んでいくアレキサンダー。

 だが、その刃が鎧に阻まれ突き刺さらない。

 

「ぐ、ぅうう、ゥ、グ、ォオオオオオオッ――――!!!」

 

 霊基を更に軋ませて、雷撃を振り絞る。

 刃と変えたそれで、彼の無敵を打ち破るために。

 ―――それでも。

 

「私は――――! 今度こそ、王の―――――!!!」

 

 命を守る、無敵の騎士に。

 そう、ただそうあらんとした太陽の騎士。

 彼はなおも踏み止まり―――

 

 ―――その彼に、陰りが訪れた。

 

「―――――!?」

 

 アレキサンダーの刃がガウェインを撃ち抜く。

 その直前までの抵抗は何だったのか、というほどに容易に。

 何故、と問いかけるまでもないその理由。

 

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 その瞬間に彼の無敵は消失し、アレキサンダーの一撃は彼に届いたのだ。

 左半身を雷撃で半ばまで消し飛ばされ、ガウェインが蹈鞴を踏む。

 

「あ、ぐ……! なに、が――――!?」

 

 ガウェインが。アレキサンダーが。

 その戦場にいた全てのものが、空を見上げる。

 確かに時刻は既に夜半前だろう。だが“不夜”がある限り、日没は来ないはず。

 だというのに、太陽が沈んだ。

 

 ―――否。沈んだのではない。

 この地球と太陽の間を遮るように現れた、(ソラ)に開いたゲート。

 それが、太陽から放たれているはずの陽光を遮っていた。

 

 代わりに空に見えるのは、ゲートの向こう側に見える宇宙。

 そして、そこに浮かぶ一つの惑星。

 

 その惑星から放たれたものが、この星の地上に降り注ぐ。

 まるで巨大な杭のようなそれは、神威を放つ聖城へと深々と突き立った。

 

「っ、王よ……! これは、何が……!」

 

 聖城に突き立った金属の杭から、聖都に、そしてこの戦場に。

 加速度的に金属の波が一気に広がっていく。

 何が起こっているか理解できぬうちに、地上を覆うその金属の中から人影が立ち上がった。

 

 ―――それは銀色のボディの中から蒼い光を放つ人型。

 聖都正門前の戦場。浮かび上がってきたそれは、ガチャリと金属の足音を立てる。

 銀色の兜のような形状の頭部。そこで一際強く、蒼い眼光が輝いた。

 

 そうして出現する人型は一体や二体ではない。

 一、十、百、千と。

 戦場の中に、全く同じ存在を数え切れないほどに複数出現させる。

 

「―――メガヘクスによる地球との調和を開―――調和を一時停止。

 葛葉紘汰の処分を最優先。葛葉紘汰に連なる者もまた、処分対象である」

 

 一斉に。無数の機兵がその腕を持ち上げる。

 その先に光が集い、周囲の存在全てを目掛けて発砲する姿勢を見せた。

 全てのサーヴァントが回避に入る。

 

 ―――が、今致命傷を受けたばかりのガウェインの脚が動かない。

 

「わた、しは……まだ――――!」

 

 発砲。青白い光の光線は周囲を無差別に蹂躙する。

 全てを処分し、その上で残ったものを融合して取り込むために。

 その攻撃から逃れられないガウェインは―――

 

「―――ああ。ならば、此度は、こうしよう」

 

 ―――ガウェインの元まで光線は届かない。

 それらは全て、紫の鎧が受け止めた。

 焼かれ、砕け、貫かれ。それでも彼は、光をガウェインにまで通さなかった。

 がらん、と。地面に落ちたアロンダイトが音を立てて―――主に先立ち、消えていく。

 

 目を見開き、その光景を見送るガウェインの前。

 

「ラン、スロット……」

 

 両腕を失い、無数の矢と光線で撃ち抜かれ、既に見る影もなくなった男の背中。

 彼の姿が光へと還っていく光景を見た。

 

「前は、私が……貴公の足を止めさせた。ならば、致し方ない。

 ああ、今度こそ、王の――――」

 

 限界を何度越えたか知れない。

 彼はとっくに限界などという言葉を無くしていた。

 

 けれど、それでも。

 彼は世界の最期まで王の剣としての任を全うする、という願いを果たせぬままに。

 ガウェインの前で、消え去っていった。

 

 それを最後まで見届けることなく、ガウェインは走り出した。

 異常事態が起きている。ならば、是より騎士は全て王の盾にならねばならない。

 その使命を果たす役を、ランスロットはガウェインに譲って逝った。

 ならば、ならば、一秒でも早く王の許へ―――

 

「これより、メガヘクスによる地球調和のための準備を開始する。

 不要な知性体は全て処分――――」

 

 無数の目が、メガヘクスの眼光が、ガウェインに向かう。

 半死人がメガヘクスのユニットと同化した聖都に走っていく姿。

 そんな見過ごしたところで何ら脅威ではないだろう事態。

 それにも、彼らは即座に反応して射殺しようとして―――

 

「―――協力者との約定により、此度の戦場では我が剣が首を落とすことはない」

 

 ―――晩鐘の音色が響く。

 メガヘクスの腕が飛ぶ、脚が舞う、胴が離れる―――首が落ちる。

 数百の機兵が同時に、一瞬のうちに機能停止する。

 

「……なに?」

 

「だが。既に己が手で己が首を落とすことで人を捨て、首だけのままに(ソラ)を彷徨う無法者がこの地に降りてきたというのであれば、是非もない」

 

 残ったメガヘクスたちが状況に困惑する。

 彼らのセンサーはそこに何も感知していない。

 だというのに、そこには確かに何かが存在している。

 

「晩鐘は汝の名を指し示した―――貴様の首だけの彷徨に、旅の終わりを告げに参った」

 

 髑髏の面を被った黒衣の暗殺者。

 “山の翁(ハサン・サッバーハ)”―――幽谷の淵から、“死”を齎すものが姿を見せた。

 

 

 




 
おまえの父ちゃん宇宙戦艦なんだってな。
この出番でもって二章でダレイオスくんを忘れてたこと許してください。
センセンシャル!

こいついつも終わると言った話数で終わってないな。
キャメロットはあと4話か5話で詰む。しまった…言うのが一手早かった(シグマ先輩)
村長は腹ぶち抜いただけじゃ死なないからシグマ先輩はピタリ賞だったんだよなぁ…
 

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