Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

144 / 245
決着!運命の行き先2016

 

 

 

 ばさりと翻る長大なストール。

 それを手で払いながら、ジオウの傍に姿を現す黒ウォズ。

 

「祝え―――! ぜ」

 

 どこからともなく現れた彼は、腕を掲げて声を上げ―――

 

「おっと、どうやら仮面ライダー鎧武の力を手に入れたようだね」

 

 それを後ろから突き飛ばして、前に出てくるライダーウォズ。

 彼がジオウの新たな力を検めるように、鎧武アーマーを見回した。

 上から下までその装甲を眺め、彼は小さく肩を竦める。

 

「我が救世主と張り合うためにも、その調子で頑張ってもらいたいものだね」

 

「祝え――――ッ!!!」

 

 肩を怒らせ、黒ウォズが白ウォズを押し返しながら復帰してくる。

 突き飛ばされたライダーウォズが、やれやれと言った風に首を振った。

 それを無視しつつ、黒ウォズは腕を掲げながらジオウの隣へ控える。

 

「全ライダーの力を受け継ぎ、時空を超え、過去と未来をしろしめす時の王者!!

 その名も仮面ライダージオウ・鎧武アーマー!!

 また一つ、ライダーの力を継承した瞬間である!!」

 

 横で凄い怒鳴っている黒ウォズを見て、ジオウが少し体を竦めた。

 至近距離で怒鳴られるとうるさい。

 そんな声を聞きながら、彼は小さく周囲の光景を見回す。

 

 ジオウの目に留まった立香。

 彼女が努めて表情を崩さないように、小さく頷いた。

 

 ソウゴは彼が嘘を吐いてそうなことは気付いていたし、アレキサンダーに確認もした。

 彼に何かを言うような事しなかったし、何を言えるとも思わなかった。

 きっと彼が歩んだその道は、ソウゴにとって王様を目指すくらい大事なことだろうから。

 何も言えなくても、そのゴールまでの手伝いを出来ればいいと思っていた。

 

「……うん。そっか」

 

 だから、その別れに満足して納得する。

 やり遂げた彼に敬意を抱いて、自分もそうやって王様に辿り着くと決意を新たにする。

 

「それが一体、何だと言う――――ッ!!」

 

 メガヘクスの怒声。それと共に、蔦が槍となって飛来する。

 ジオウの両腕が跳ねるように動き出す。

 腕に振るわれるは二刀。背中から伸びるサブアームが動くことで、更に二刀。

 四本の大橙丸Zが、それらを悉く斬り捨てる。

 

 オレンジの切り身が如き剣。

 それが振るわれる度に飛び散る果汁。

 

 オレンジの果汁が途中でイチゴの如く赤くなる。

 飛散する果汁が無数の礫となって、アナザー鎧武を逆撃する。

 

「グッ……!?」

 

 赤い果汁の礫に打たれ、その足が止まった。

 更に振るえば剣の果汁が黄色く染まる。

 パインのような黄色の果汁が固まって、鉄槌となって飛んでいく。

 

 突っ込んでくる黄色い砲弾。

 咄嗟に両腕を交差させ、守りに入るメガヘクス。

 その姿を防御の上から殴り飛ばす。

 弾き飛ばされて、勢いよく転がっていくアナザー鎧武の姿。

 

 二刀二対、四の刃を構えた武士となり、ジオウが歩みを開始した。

 

 ―――その歩みを、獅子王はただ後ろから見ているだけ。

 これはもう人の選んだ歩み。彼女が手を出す段階は通り過ぎた。

 聖槍を置き、聖剣を地に立てた彼女は、ただ見守る。

 

「たかが……! 一個の知的生命体如きがァッ……!

 この、メガヘクスを――――!」

 

 体を震わせながら立ち上がるメガヘクス。

 その物言いに対して、ジオウは平静な声で言葉を返した。

 

「―――あんたの星は無くなって、あんただって今は一個の機械生命体なんじゃない?

 今のあんたはもう、大いなるシステムなんかじゃない」

 

「―――――」

 

 その一言でビシリ、と。

 メガヘクスの中で今まで抑えていた何かが決壊する。

 

 大いなるシステム・メガヘクスは既にない。

 もはや独立してしまった別物が、メガヘクスたらんとしていた何かが。

 機械の体が、更に腐った果実に呑まれていく。

 

 復帰し、駆け出し、そうして振り抜く腕の刃。

 それが鎧武アーマーを削り、爆発したかのような火花を散らす。

 斬られながら、すぐさま切り返される大橙丸Z。

 同じく火花を散らして、アナザー鎧武が僅かに揺らいだ。

 

「黙れ……ッ! 貴様たちのような宇宙に蔓延るエラーどもがァッ!!

 我らメガヘクスに甚大なバグを引き起こしたのだッ!!

 貴様たちさえ、いなければァアアア―――――ッ!!」

 

 連続で振るわれるメガヘクスの腕。

 それを二本のサブアームで受け、手の剣ではアナザー鎧武へ攻撃を見舞う。

 火花を散らし、蔦を千切り飛ばし、しかしその落ち武者は止まらない。

 

 苛烈な連撃を受け止めていたサブアームの片方から、大橙丸Zが脱落する。

 守りの剣が一振り減って、捌き切れなくなる攻撃。

 甘くなった守り。それを突破したメガヘクスの腕が、鎧武アーマーに大上段から直撃した。

 

 盛大に舞い散る火花。それを受けながらジオウは両手の剣を捨て―――

 自分の胸に立てられた刃を、両腕で掴み取った。

 ギリギリと音を立てさせながら、アナザー鎧武の腕を制してみせる。

 

「エラーなんかじゃない、バグなんかでもない! ただあんたとやり方が違っただけだ! あんたは自分と違うやり方を全部、間違ったことだって否定してるだけだ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()と! ()()()()()()()()()()()は違うことだろ!」

 

 その腕を掴んだまま引き寄せ、薙ぎ倒す。

 床へと叩き付けられるアナザー鎧武のボディ。

 そこから噴き出したヘルヘイムの蔦が槍となり、鎧武アーマーを連打する。

 ソウゴは押し返されながら、サブアームに残された大橙丸を手に取った。

 

「あんたたちは何も考えなかっただけだ! 自分たち以外の価値を!」

 

「考えなかった? 違う……! そんなものは、存在しないだけだ――――!」

 

 アナザー鎧武が腕を突き出す。それを切り払う鎧武アーマー。

 一刀になった彼の手では、メガヘクスの猛攻は止められない。

 両腕が、蔦が、全てジオウを砕くために差し向けられる。

 

 捌き切れず、ジオウに浴びせかけられるその連撃。

 それでも足は下げず、その一刀で切り込んでいく。

 

 床を揺らす踏み込みと共に放たれる薙ぎ。

 アナザー鎧武の胴へと届き、その鎧に傷跡を残す斬撃。

 そうして斬られながらも、反撃を見舞うメガヘクス。

 鎧武アーマーのショルダーが斬られ、そこから果汁のようなエネルギーが噴き出した。

 

「メガヘクスは至高のシステム! メガヘクスこそが完全なる存在!

 その他の存在は、メガヘクスと融合することによって、初めて価値を得る―――!!」

 

「誰にとって何が正しくて、誰にとって何が間違いか―――

 そんなの誰にも分からないからこそ、俺たち人間は完全でなくていいんだ!」

 

 ジオウが振り上げた足でメガヘクスの腕を迎撃し、そのまま彼の頭部を蹴り抜く。

 頭から床に叩き付けられ、そのまま滑っていくアナザー鎧武。

 

「完璧じゃないから間違う! 間違えてからやり直す! 今度は間違えないように! 俺たちはきっと何度だって間違える! 間違って! 苦しんで! これからずっと続く未来の中で、ずっとそうやって繰り返す! 次に挑む時はもっとよくするために! 誰かの手を取って、自分も変わって! そうしていつか、辿り着きたかった未来に辿り着くために―――!」

 

 ―――いつか犯した、たった一つの過ち。

 それが原因で彷徨い続けた、一人の騎士の孤独な旅路。

 魂を燃やし尽くし、磨り潰し、残った残滓だけで進み続けた彼。

 その人間の所業を想い、獅子王が瞑目する。

 

 円卓の騎士たちは誰もが、過ちを犯した悪を清算するために魂を捧げた。

 悪を清算するために、悪を成した。

 それはきっと、人間だからこその行いだ。

 今度こそ、と。今度こそ、求めた結果に辿り着く―――と。

 

「俺たちは……みんな間違えるからこそ、間違えてしまった誰かの事を赦せるんだ!!」

 

 跳ね起きるアナザー鎧武。

 その体が疾走し、ジオウまでの距離を詰め切る。

 放たれる刃、炸裂する装甲。

 ジオウが大きく吹き飛ばされ、床の上を転がった。

 

「理解不能! 理解不能――――!!

 統一された意識、メガヘクスは常に正しい! あらゆる計算の元、正解のみを導き出す!

 貴様たちのように、過ちを犯すことを許容する知性体の一体どこに価値がある――――!!」

 

 倒れ伏すジオウに向け、メガヘクスが追撃をかける。

 起き上がりながら振り上げられる大橙丸Z。

 それを片腕で制し、もう片腕を振り上げる。

 もはや一刀しか持たない彼に、それを止めることはできない。

 

 ―――だが、先に。

 ジオウが振り上げたもう一振りの刃が先に届く。

 アナザー鎧武の片腕が絶たれ、宙を舞った。

 

「―――な、に……!?」

 

「自分の過ちに向き合って、そこから目を背けない強さ! それがきっと、俺たちを少しずつでも前に進ませてくれる! そうして進めた足が、いつか! 何も認めず、全てを否定して、その場で止まってるだけのあんたさえも追い越していく!」

 

 千切れた腕とともに転がっていた剣、グロンバリャムを振り上げて。

 再び二刀を手にした鎧武アーマーが立ち上がる。

 腕を片方失ったメガヘクスが、火花を散らしながら蹈鞴を踏んだ。

 

「この力は―――そうやって、皆がやりたいこと! なりたいもの!

 完全じゃないままに、誰もがそれぞれの未来を目指して変わっていける……そんな世界であり続けて欲しいっていう願い。不完全だからこそ、変わっていける可能性を信じる想いだ! 相手を踏み躙るだけで、自分の不完全ささえ省みなかったあんたに、その力は使いこなせない!」

 

「―――メガヘクスの完全さを理解しない知性……それこそが不完全な存在!!

 我らメガヘクスに、省みるべき欠陥など存在しない!!」

 

 隻腕になりながら、メガヘクスが再び動く。

 その刃を大橙丸Zとグロンバリャム。

 二刀で打ち払い、アナザー鎧武の鎧へと傷を刻んでいく。

 

 削ぎ落されていく腐った果実の鎧。

 徐々に迫ってくる終わりを前にして、メガヘクスの眼光が明滅する。

 

「理解不能! 理解不能! 理解不能! 理解不能!

 何故メガヘクスが惑星内の総意すら統一できない存在の一個に押し負ける!?

 これは致命的なバグである! このバグは早急に修正するべきものである!!

 理解不能! 理解不能! 理解不能! 理解不能!」

 

 ―――アナザー鎧武の胴に、グロンバリャムが突き刺さる。

 突き刺したそれを手放すと同時、ジオウの手の中にそれが浮かび上がった。

 

 現れたものを認識すると同時、即座にジカンギレードを抜剣する。

 掴み取ったものは、新たなウォッチ。

 それをスロットに装填しながら、ジカンギレードを掴み取った。

 

〈フィニッシュタイム! ギリギリスラッシュ!〉

 

「セイィイイイッ――――!!」

 

 手に取るや、床に突き立てられるジカンギレード。

 するとメガヘクスの周囲の床から、バナナ状のエネルギーが立ち上がる。

 バナナの槍は彼を囲い込み、絡み合ってその体を拘束した。

 全身にかかる負荷に、火花を噴き散らすアナザー鎧武。

 

「グッ……! ガァアアア――――ッ!?」

 

 バナナの檻に潰され、動きを止めたそれを前に。

 ジオウの手が、ジクウドライバーへと伸びる。

 

「総意じゃない! でも一個でもない!

 俺たちはそうやって意思を合わせることもあるし、違えることもある!

 そんなやり方の中で、いつか皆の意思で、最高最善の未来を創ってみせる!!」

 

〈フィニッシュタイム! 鎧武!〉

 

 ウォッチの発動し、ドライバーを回転させる。

 解放された力が、ジオウを取り巻く果汁の渦となった。

 動きを止めたメガヘクスの前で跳び上がるジオウ。

 その前方に、輪切りのオレンジのようなエネルギー体が展開される。

 

〈スカッシュ! タイムブレーク!!〉

 

「セイハァアアアア―――――ッ!!!」

 

 放たれる蹴撃。

 目の前に広がるオレンジの果肉を突き抜けながら進む。

 貫くごとにエネルギーが足へと纏わり、破壊力を増していく一撃。

 一直線に突き進み、やがてオレンジの果汁と共にジオウはアナザー鎧武へと到達した。

 

 ―――直撃の瞬間、弾け飛ぶ。

 

「ガァッ、ガガガ、ガガッ! ギィ、ガ――――!?」

 

 弾けるオレンジ。迸る果汁。

 キックの衝撃が全身に走り、体内にあったアナザーウォッチが砕け散る。

 彼を変貌させていたウォッチが砕け、端末としての姿を取り戻す。

 その銀色のボディに染み込んでいく、オレンジ色の果汁の渦。

 

 全身に染み渡るそれが、最後のメガヘクスを終了させていく。

 

 蹴り抜いた鎧武アーマーの姿が着地して床を滑る。

 その背後でノイズを撒き散らしながら、痙攣する銀色のボディ。

 

「理解不能、理解不能! 理解不能! 理解不能―――!

 メガヘクスの敗北! 全てが調和した世界の否定! 何もかもが理解不能――――!!

 ガァッ―――――!?!?!?」

 

 地に倒れ伏すと同時、その銀色の体が爆炎を上げた。

 二度、三度と連続して巻き起こる爆発。

 それが盛大な火柱となり、夜空に立ち上っていった。

 

 

 

 

 吹き抜けになっているだろう聖城から火の手が上がる。

 全てのメガヘクスは停止した。

 その後に落ちてこようとした巨大な星の破片も、聖剣の光が焼き払った。

 

「―――ロマニ、ロマニ聞こえてる?」

 

『聞こえてるよ! 内部で決着だ、何とかしてくれた!』

 

 ―――途中から宇宙戦争になってて、よほど頭が沸騰したのだろう。

 ロマニが助かった、などと盛大に息を吐いていた。

 そんな彼の後ろからは、ダ・ヴィンチちゃんがけらけら笑う声も聞こえる。

 

「……ふぅ、もう、なんて言っていいか分からないわ……」

 

 メガヘクスの残骸の山。

 もう正しく山としか言えない積み重なった残骸たち。

 それを胡乱げな目で見ながら、彼女は大きく息を吐き捨てた。

 

 全サーヴァントが満身創痍だ。だがあれから全員が何とか生き延びた。

 アーラシュの一撃を見たメガヘクスは、残存戦力の大半を宇宙に上げてくれた。

 それを理由に、負担が一気に激減したおかげでもあるだろう。

 

「…………状況は、ロマニ」

 

『ああ、機械惑星? メガヘクスは撃破された。

 アナザーライダーだったのもそれだ。仮面ライダー鎧武の力を得たソウゴくんが撃破した。

 ―――あー、その内容については色々あるけど、多分戻ってから映像記録を見たほうがいい。

 ボクも言葉だけじゃ上手く説明できる気がしない』

 

「そうね、わたしも言葉だけで理解できる気しないわ。

 そういう話は後にしましょう。特異点修正の方はどうなのかしら」

 

『ああ、ちょっと待って。えーと……あ、あれ?

 ―――そういえば、いま聖杯の持ち主は……あ、よかった近くにある。

 宇宙に放置されてるわけじゃないみたいだ……』

 

 小さい声で呟きながら状況確認に努めるロマニ。

 それを待つオルガマリーの視界の端。

 

 ―――そこで倒れるハサンたちの前。

 黒い大剣の切っ先が、音を鳴らして地面を割った。

 すぐさま呪腕が片手片足で跪く。

 遅れるように、百貌と静謐もまた同じように。

 

「…………この場で跪く無礼、申し訳ありませぬ。

 本来ならば、この首をアズライールの廟に運ぶべき、なのですが」

 

 責を果たした時こそ、己の首が落ちる時。

 そういう約定を交わしている。

 ハサンの首は霊廟で最期に初代翁に落とされるべきもの。

 だというのに戻れないのでは、約定を違えることになる。

 

「―――――」

 

 首を差し出す呪腕に、無言で返すキングハサン。

 彼は僅かばかり首を捻って、聖都の方を暫し見上げた。

 

「初代様……?」

 

「―――言ったはずだ、呪腕の翁よ。

 貴様が責務を果たし恥を雪いだ時こそが、我が剣がその首を落とす時だと」

 

 髑髏面の中に浮かぶ青白い炎の目。

 それが赤く染まり、怒りを示すかのように立ち昇る。

 翁たちが一斉に身を竦め、頭を垂れた。

 

「は―――!」

 

 だからこそこうして頭を垂れているつもりの呪腕。

 その頭上から、怒りを混ぜたキングハサンの声。

 

「山の中には余程、民を抱えさせたと見える。

 そのまま全てを捨て置くのが、貴様の責任の果たし方か?」

 

「は―――いえ、そのような……!」

 

 山の民には逃げ込んできた多量の民を抱えさせたまま。

 この特異点の状況がいつまで続くか分からないが―――

 確かに今、消えるわけにはいかない。

 

 この時代がやがて修正されるものだとしても。

 それまでの彼らの営みは見届けなくてはならない。

 

 村人を見るためにそちらに残っている翁たちはいる。

 だが物資は決して足りるはずがない。

 供給源が絶たれた以上、他に当てを探すしかないのだ。

 

「聖都は失われる。この地は、元の時代の民の許に還るであろう。

 ならば導け。そこまで終えて初めて、これを行ったお前の責任は果たされる」

 

「―――は!」

 

 応答を聞き届け、キングハサンの姿が消える。

 そこに今まで何もなかったかのように。

 

「……それで、どうするつもりだ」

 

 百貌が彼を支えて立たせながら、同時に問いかける。

 肩を借りながら立ち上がる呪腕が、そこから聖都を仰ぐ。

 機械化は既に消え失せ、聖城から黒煙が上がっている以外はそのままだ。

 

「……食料か。あそこにしかあるまい……」

 

「うむ、聖都内は食料が自給自足で完結している。それらを使えば支え切れるであろう。あの中には消費する者も他にはいない……腐らせるよりは、食ってやるべきだな」

 

 俵を背負い直しながら、藤太が立ち上がる。

 ハサンたちの手伝いをするつもりで。

 腹を空かして待っている民が多くいる。それだけで、彼が動く理由には十分だ。

 

「―――では、私は他の翁たちに応援を」

 

 食料に触れることのできない静謐。

 彼女は即座に連絡係に回る事を決め、体を動かそうとして―――

 その前に、と。オルガマリーの方へと歩み寄った。

 

「……? ああ、わたしたちは……」

 

「いえ、分かっています。あなた方はまだ続く戦いの最中―――

 ここで足止めするような真似は、けして……ですが、その。

 藤丸立香様に、静謐のハサンが……いえ、その……共に戦ったあなた方へ。

 山の翁一同から感謝の言葉を。静謐の翁が代弁することをお許しください」

 

 そう言って軽く礼をして、彼女は即座に行動に移った。

 ふわりと舞い、山へと駆けていく。

 彼女とて死闘を経て死にかけたばかりだろうに。

 百貌が髑髏面の下で、眉を顰める。

 

「……まあ、こっちに残ったら会いに行きたくてしょうがなくなる……ということだろうな」

 

「―――どちらにせよ適任だ、毒のことは置いてもな。

 足がなく走れぬ私と、手が多いお前が残るのは順当だろう」

 

 難儀なことだ、と。暗殺者たちが動き出す。

 ただまあ、愛するものがいるのはいいことだろうさ、などと。

 呪腕は遠く離れた御山を見上げて、失われた右腕を撫でた。

 

 

 

 

 ―――炎の照り返しで赤く燃ゆる鎧武アーマー。

 それを纏うソウゴは軽く息を吐いてから、改めて皆に振り返る。

 そこでふと、思い出したかのように。

 

「あ、そうだ。これ聖杯」

 

 神様に拾ってもらった聖杯をマシュへと渡す。

 ガラティーンの反動で腰を落としていた彼女が、はっと顔を上げた。

 

 彼女は何とか立ち上がり、その盾の中に聖杯をしまう。

 聖杯探索を成し遂げた唯一の騎士、ギャラハッド。

 この盾こそが聖杯を収容するものなのは、そういうことだったのだろう。

 

「―――はい。聖杯の回収、完了しました」

 

『いま所長にも確認した。外の状況も完全に終わっている。

 あのメガヘクス、という奴は全部機能停止しているようだね』

 

『えー、対機械ということで技術班として引っ張り出された、私の立場はどうなるんだい?

 あ、そのメガヘクスというの。是非一体くらい回収してきてほしいな!』

 

 ロマニに続いて聞こえてくるダ・ヴィンチちゃんの声。

 その声も随分と久しぶりな気がする。

 などと思っていたら、ロマニはそれを口に出した。

 

『というかキミ、今回ほんとずっと自分の工房にこもってたね……』

 

『天才は忙しいのさ。色々とね』

 

 戦いが終わったのだ、と意識させるような軽口の言い合い。

 それを聞きながら、立香が獅子王の姿を見た。

 彼女は沈黙したまま、ただ星空を見上げている。

 

「…………あの……」

 

「―――私から貴公らに言うべきことは何もない。勝利はそちらのものだ。

 ……人の歩みは否定すまい。我が騎士が生涯を懸けた諫言である」

 

 そう言って彼女は自身の玉座に歩み寄っていき、そこに腰掛けた。

 全身から力を抜くように体重を預ける獅子王。

 彼女はそのまま瞑目し、完全に黙り込んでしまった。

 

『……聖杯は確保した。聖槍の機能は停止している。

 今までより大きな特異点だったここは、修復速度も速いだろう。

 もうすぐ、時代の修正が開始されるはずだ。レイシフトによる帰還を実行していいかな?』

 

 そう訊かれ、声を上げるのはツクヨミ。

 

「あっ、モードレッドがまだ城の前に!」

 

 ツクヨミが慌ててモードレッドを拾いに行こうとする。

 それを笑いながら制するロマニの声。

 ちゃんとカルデアはそこも含めて観測しているのだから。

 

『大丈夫だよ。もちろん回収する』

 

 大丈夫ならば、と。ツクヨミも足を止めた。

 ロマニの後ろで、ダ・ヴィンチちゃんも作業を開始したようだ。

 そんな中、マシュが玉座に座る王へと声をかけた。

 

「―――アーサー王。その……ありがとう、ございました。

 わたしたちの歩みを、歩くための道のりを、その剣で照らしてくれて」

 

「……まったく。わざわざこちらが黙っているというのに。

 いちいちそのような事を言う辺り、よほど()()()人物を選んだようだ」

 

 微かに目を開いた獅子王が、マシュが手にした盾を見る。

 彼女は僅かに細めた碧眼でぐるりと皆を見回して―――

 ジオウに、その背後の黒ウォズに目を留める。

 

 が、彼女はそこで口を開くことはしなかった。

 

「ん……俺になにかある?」

 

「―――いや、いい。間違っても何度でもやり直して前に進む、と。

 そう口にしたからには、自分の目で確かめるがいい。

 私の選択が否定された以上、ここから先は私が口に出すことではない」

 

「そっか」

 

 女神然としていた今までとは違い、妙に尖った口調だと感じた。

 まるで、少し拗ねているかのように。

 彼女はそこまで言って、また目を閉じる。

 

『じゃあ、そろそろレイシフトを開始するよ?』

 

 そう言って、レイシフトのオペレーションを開始するロマニ。

 彼はいつも通りの操作をこなし、カルデアへの帰還を導く。

 外のオルガマリーやサーヴァントたち。

 それらの退去はすぐに始まった。

 

 ―――けれど。

 

『あ、あれ? なんで立香ちゃんやソウゴくんたちだけ……

 獅子王の傍だと聖槍の影響が……? ごめん、一回聖城を出て―――』

 

「なんかトラブル?」

 

 聖城の玉座の間にいる四人。

 即ち、立香。ソウゴ。マシュ。ツクヨミ。

 その四人だけ、レイシフトによる帰還が受け付けられなかった。

 

「いや、そちらのミスではないよ。ロマニ・アーキマン」

 

「…………黒ウォズ?」

 

 焦っているロマニにそう声をかける黒ウォズ。

 彼は手の中で『逢魔降臨暦』を開き、ゆっくりと歩みを始めた。

 それを後ろで眺めていた白ウォズは肩を竦めてみせる。

 黒ウォズはゆったりとした歩みで彼らの前に出ると、大きく腕を掲げた。

 

「ハッピーニューイヤー! 我が魔王!

 午前0時。今この瞬間、2016年を迎えたことを祝福させてもらおう!」

 

「え? いま2016年になったの? 大晦日だったんだ、今日」

 

「あ、お餅……」

 

 空を見上げれば月は高く。

 なるほど、今この瞬間に午前0時になったのだろう。

 多分日本とは時差がある気がするが。

 まあ新年はめでたいし、そのくらい誤差と言ってもいいのかもしれない。

 

 時間と食料に追われた旅路だったせいで、藤太にお餅が貰えなかったショック。

 そんな事実に少し悲しみを覚えつつ、だから何? と。

 

「えっと。ウォズ……黒ウォズさん。

 それがこの場でわたしたちだけ、レイシフトできないことと何の関係が……?」

 

 マシュが行った問いかけ。

 その疑問に対し、彼は怪しく微笑んだままにゆっくりと身を翻す。

 ―――その瞬間。

 

「え?」

 

 ―――虚空に眼が開き、彼女たちを捉えていた。

 彼女たちの姿を捉えた光の眼が、同時に強大な引力を発生させる。

 反応する暇もなく、四人は一気にそこへ吸い寄せられていく。

 

「一つの戦いを終えたところ申し訳ないが、君たちには次の戦いが待っている。

 時代は西暦2016年、日本。まあ、君たちにとっては久しぶりの故郷の地だ。

 里帰り気分で楽しんでくるといい」

 

「―――――!?」

 

 有無を言わさず四人の姿を呑み込む光の眼。

 それらを見送った黒ウォズが、開いたままの本に目を走らせる。

 

「かく―――」

 

「かくして!

 最低最悪の魔王たる常磐ソウゴとカルデアは、第六の特異点を戦い抜いた。

 魔王がその果てに奪い取ったのは鎧武の歴史……だが、同時に。

 救世主の降誕に必要な一歩、仮面ライダーキカイの力をもう一人のウォズは手にしていた。

 そして彼らが次に向かう戦場こそ―――!」

 

 ライダーウォズを押し退け、再び黒ウォズが前に出る。

 押し退けられた白ウォズが小さく笑いながら、その場から姿を消していく。

 

「ンンッ! ―――次なるレジェンド。

 いえ、レジェンドに至るために、今という時代で戦っている仮面ライダー……

 仮面ライダーゴーストの時代なのです」

 

 そこまで語った彼は本を閉じ、振り返りながら玉座に一礼する。

 

「お騒がせしました、女神」

 

 渦を巻くストール。

 獅子王に頭を下げながらそうして姿を消してみせた黒ウォズ。

 騒がしいものどもがいなくなった地で、彼女は小さく嘆息する。

 

 そのまま玉座に背を預け、彼女は広間の端へと視線を送った。

 

「―――して、貴公は何を求める。私の首か?」

 

「―――疾うに貴様の首は絶たれている。

 既に隻腕の騎士の腕によって離れた首、我が剣にいまさら何を絶てという」

 

 そう言葉を返されて、獅子王は目を瞑った。

 聖杯を失った特異点は修正される。聖槍が切り取ろうとした区画は崩れ去る。

 それにもはや言う事はない。いや、あるが……黙るべきことだ。

 

 獅子王とは、聖剣が返還されずに聖槍と共に彷徨う事で成立した女神だ。

 この場で聖剣が返還されたことで、歴史の修正と共に彼女は消える。

 聖剣が返還されるということは、アーサー王の死と同義だからだ。

 彼女は、聖剣の返還と共に死んでいたことになる。

 

 “死”に首を落とされるまでもない。

 

「だが、貴様は既に聖槍の女神であり―――

 聖槍を納めたところで、貴様の執着だけで世界を縫い留めるに足る」

 

 聖槍を止めても、彼女の意思一つでこの特異点は特異点たるのだと。

 髑髏の面はそう語り、静かに獅子王を見据えていた。

 

「執着? 私が?」

 

 首を傾げる。敗北は口惜しい、と思っているかもしれない。

 けれど、一体何に執着するというのか。

 人が己の足で歩く価値は認めたつもりだ。送り出したつもりだ。

 執着するに足る何かを彼女は――――

 

「ああ―――そうか」

 

 彼女は人を捨てたから。女神でしかないから。

 その尊さを認めても、共感することはできなくて。

 

 彼らは―――べディヴィエールに限らず。

 消えていった全ての騎士たちは、一体何を考えて消えていったのかと。

 女神である彼女はきっと、答えだけ聞いても理解できないから。

 ただ、最期にそれだけ自分で考えてみたかったな、と。

 

「そうか。そうだな、私はきっとこの生に執着しているのだろう。

 では、その無様を絶ちに来たか“山の翁(ハサン・サッバーハ)”」

 

「―――笑止。貴様の騎士は自分への終止符は自分で打った。

 既に絶たれた首。その落としどころくらいは、貴様が己の意思で決めるがいい」

 

 気配も姿も消え失せる。

 黒い影は一瞬の後、何も残さずその場からいなくなっていた。

 時間をくれてやる、ということだろうか。

 

 ―――星を見上げる。

 せっかくの満点の星空を遮る、魔術王の大偉業。

 その光景にほんのちょっと眉を顰めて、それでも星空に臨む。

 

 なら、少しだけ。

 少しだけ、考えさせてもらおう。

 あの騎士たちが何を考えて、何のために歩んでいたのかを―――

 

 

 




 
はえー、やっと六章まで終わったゾ。
これでゴーストより前の平成二期は舗装完了です…
思えばなかなか遠くにきたものである。
どこに辿り着くのかこれもうわかんねぇな。

所長はそのうち後から行くじゃろ。

一章ウィザードはドラゴン繋がり。
六章鎧武は聖槍ってユグドラシルタワー感あるな。
四章ダブルはロンドンと言えば探偵では?
三章フォーゼはまあ星座だし。
五章オーズは戦場の医者的な。
二章ドライブはここまでの結果消去法。
そんなノリで割り振った六章までの道のりでした
 

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。