Fate/GRAND Zi-Order 作:アナザーコゴエンベエ
自身の工房に入り、扉を閉める。
決戦が始まる前に立てていた予定では、もう皆が休息に入れている予定だったが……
カルデアでは、まだ第一級の警戒態勢だ。
なされなかったマスター三名、及びデミ・サーヴァント一名の帰還。
それを捜索するために、スタッフ総出で今も管制室に缶詰めだ。
彼女も先程までそれに参加していたが、別方向からアプローチすると言って席を外してきた。
工房に帰ってきた彼女が真っ先にしたこと。
それは、部屋の隅にあったホワイトボードを引っ張り出すことだ。
そうしてから、彼女は振り返りもせずに声を出す。
「それで。君は何をしてくれたんだい?」
「今更そんなことを訊くのかい?
そもそも、君には既に説明してあったと思ったがね。レオナルド・ダ・ヴィンチ」
返ってくるのは黒ウォズの声。
まあ声だけでは黒と白に違いはないが、黒ウォズだろう。
もしかしたら白ウォズもここに自由に出入りできるのかもしれないが……
現時点では気にしても仕方ないだろう。対策の取りようもない。
「ゴーストの特異点、ね。まあ、やってくるだろうとは思っていたけれど。
私を通じて作る、と君は口にしていたように記憶しているけど、それは?」
「そのつもりだったが、海東大樹の干渉で事情が変わってね。
私としてもこのような形になったのは、不本意ではあるんだよ。
ま、君たちが彼らの捕捉に成功するまでは、私が支援に回るから安心するといい」
「ははは、それって笑い話かい?」
海東大樹、仮面ライダーディエンド。
第三特異点で顔を合わせた仮面ライダーの一人。
本当に彼のせいかどうかは分からない。が、少なくともこちらで捕捉できず、彼にレイシフトメンバーの安否確認を頼らねばならない状況で、安心などできるはずもない。
「……消えた皆は、実在の証明だけはできている。
けれど、実際どこの時代にいるのかまではシバでは発見できていない。
まあそもそも、本来シバで現代の観測はできないからね。
いまオルガマリーが必死に調整しているけれど」
シバのレンズは現在を観測するものではない。
だから、もし彼らが2016年にいるならば見つけるのは至難の業。
そんな状況でありながら実在保障はできている、という異常な状況だが。
ホワイトボードに何かを書きながら溜め息ひとつ。
彼女の腕の動きは淀みなく、書くべき情報をそこへと纏めていく。
数十秒、必要な分を書き切ってから彼女は振り返った。
「どうだい? 私の推測、聞いていく?」
一度キャップを閉じたペンで、ボードを叩きながら問う。
「おや? 説明は求めないんだね」
「訊いて欲しいのかい?」
質問で返してくるウォズに笑顔でそう返す。
その返しに肩を竦めて、黒ウォズは壁に背中を預けた。
ダ・ヴィンチちゃんの言葉を聞く体勢。
「―――さて。実はこれ、モードレッドから聞いたんだけどね」
改めてキャップを外したペン。
それでボードの端にザモナス、カッシーンと名前を書き入れる。
黒ウォズは少し呆れたようにやれやれと首を振ってみせた。
特段焦ったりするような様子は、彼にはない。
「その件については、別に私が口止めしたわけではないがね。ただ、何故そうなったかという説明をする中で、どうしても口止めを要求したシャーロック・ホームズの話題も出てしまうから言い辛い、というだけで。モードレッドが既に漏らしている、というなら別に訊いて貰って構わないよ。もちろん、向こうに行ってから我が魔王に訊かれれば同じことを教えるからね」
アレキサンダー、ダビデ、フィン。
ダ・ヴィンチちゃんが確認しようとした際、彼らはその話について消極的だった。どうあれ、色んな部分で情報が足りなすぎる。もっとも、アレキサンダーとダビデは彼らのマスターの方針的に、いちいち問い詰める必要性を感じていないだけかもしれないが。
「へえ、じゃあ私の推測の前にこの連中について訊くことにしようかな」
「清姫くんに同席を頼まなくていいのかい?
きっと、私の嘘を見抜いてくれるだろう。私が嘘を吐けばね」
そう言って片手に持った本。
『逢魔降臨暦』を軽く持ち上げてみせる黒ウォズ。
確かにいてもいいが、現状だと清姫は半分暴走状態だ。
立香の安否が確認できない内は、真っ当な状態には戻らないだろう。
この辺りは流石にバーサーカー、というところか。
「それは今更だね、真偽は自分で判断するからもういいのさ。
さて。では、聞かせてもらおうかな?」
「では、ジョウゲン……仮面ライダーザモナスのことだが。
彼は私と同じく常磐ソウゴに仕えるもの。そしてカッシーンは我らが使う兵隊さ。
一応言っておくともちろん、他にも我が魔王には家臣がいる。
彼らが何故アトラス院に来ていたのかは、私も知らないね。今までの我が魔王の継承の儀の状況は彼らも把握しているが、彼らも動くという連絡は一切なかった」
「その割にはそいつらはソウゴくんも襲ったようだけど?」
「それは恐らく、我が魔王の命に従ったということだろう。
私は未来に君臨する我が魔王の命により、若き日の常磐ソウゴを導いている。
つまり。ジョウゲンには、我が魔王から若き日の常磐ソウゴと敵対してでも、果たすべき役割が下された……彼の行動に関しては、そう考えるのが自然だろう」
そこに関しては自分も推測しかできない、と彼は語る。
同僚の行動について、何故だったのかと訊いたわけでもないと。
「ほうほう、それが君に連絡されない理由は?」
「さて。ジョウゲン……そしてもう一人、カゲンという男は我が魔王の側近。
立場としては私の上、と言っていいからね。
残念ながら、彼が必要ないと判断したなら、私にその情報は回ってこないだろう」
「なるほど、なるほど。―――では、バールクスというのは?」
「我が魔王の持つライダーのウォッチの一つだね。
私もよく知るライダーさ。凄まじい力を持っている」
不意をつくように。
いつか白ウォズが口にした名前を問いかける。
だが彼は普段通りの様子で、そう言葉を返してきた。
「凄まじい力ね、ちなみにオーマジオウとそのバールクスはどっちが強いんだい?
そして白ウォズがあえて口に出した、ということ。
それはバールクスが君の精神において重要な存在、ということの証明じゃないかな?」
白ウォズが出てきた時。
つまり、ナーサリー・ライムに黒ウォズが干渉された時。
あの“物語”は契約者の思い描く“主人公”の姿をとる。
実際はその性質をどうやってか利用し、白ウォズが出現したのだが。
だが、その場面で口に出されたと言う事。
それはつまり、バールクスが黒ウォズにとっての“物語の主人公”ということだ。
「その両者が戦ったことがないから、何とも明言しづらいが……
ただ2068年に君臨しているのは我が魔王、オーマジオウだというのが答えかもしれないね?
あと。その時白ウォズは、『魔王でもバールクスでもなかったことに驚いたのかい?』と、言った筈だろう? もっとも、私は我が魔王とバールクスを天秤にかけたことなどないがね。私は常に我が魔王の配下、他の誰かに仕えるような事などないよ」
「ふむ……」
別に彼女に嘘発見器としての能力はないが。
彼の反応は揺れない。一切、その言葉からは測らせない。
まあ、現状でもし彼を追い詰めて離脱されたら、ゴーストの特異点に送られた人間が危ない。
なので最初から、別に追い詰めるようなつもりもなかったのだが。
軽く髪を掻き上げて、ダ・ヴィンチちゃんがペンを振った。
ぽん、と。そんな彼女の手の中のペンが、ホワイトボードを叩く。
その先にある文字は『ゴーストの特異点』。
「では君の同僚についての話はここまで。本題へ入ろうか。
君は2016年の戦いを『ゴーストの特異点』と、そう言った。
けど、これって本当に特異点なのかな?」
「でなかったら、何だと?」
「元から別の世界とかどうだい?」
彼女の言葉に黒ウォズは何も反応しない。
まあ、反応するとも思っていなかったのでいいのだが。
ホワイトボードから『ゴーストの特異点』を消す。
改めて書き加えるのは、『ゴーストの世界』。
そこから矢印を伸ばして繋ぐのは『私たちの世界』。
「いわゆる並行世界、という話だね。この世界の前提。過去に積み重ねた
彼女は『ゴーストの世界』と同じように『私たちの世界』を取り巻く、『ウィザードの歴史』、『ドライブの歴史』、『フォーゼの歴史』、『ダブルの歴史』、『オーズの歴史』、『鎧武の歴史』を、それぞれの『世界』に書き換えていく。
それらの『世界』から伸ばした矢印は、全て『私たちの世界』に。
彼女はそうしてから、こんこん、と。
ペンの後ろで、それらの『世界』をつついた。
「人理焼却で『仮面ライダーの歴史』が消えた、じゃなくて。
人理焼却で綻んだ世界の歴史に、『仮面ライダーの世界』を歴史として組み込んだ。
とか、そんな方向性の考え方はどうだい?」
「面白い考え方じゃないかな?」
黒ウォズはダ・ヴィンチちゃんの講義に微笑みながらそう返す。
多分、少しずれている考え方なのだろう。
まあこの方向性が完全に合っているとは、ダ・ヴィンチちゃんも思っていなかった。
そうだとしたら、おかしい部分も出てくることだし。
ペンが動いて、『オーズの世界』の部分を叩く。
「例えばオーズの歴史……あれは、私たちの人類史に統合されたろう?」
「統合されて発生したのではなく、最初から存在した歴史という可能性は?」
「ははは、だったら天才の私が知らないはずないので論外だね!」
エレナ・ブラヴァツキーによる発言。
オーズの来歴を彼女は知っていた。
彼女が確認した結果、現代魔術師であるロード・エルメロイ二世も。
「けれどホームズは知らない様子を見せてた気がする、と。ブラヴァツキー女史とロード・エルメロイ二世は知っていたのに。まあ……そこはモードレッドの勘だけが根拠だけどね。彼女の勘は根拠にするに足る、という判断だ」
それぞれの『世界』の上。ダ・ヴィンチちゃんがそこに地名を書き足していく。『フランス』、『ローマ』、『
最後に、『私たちの世界』の上に『カルデア』。
「私の考えはだね。今まで回収してきた仮面ライダーの歴史は、それぞれの特異点ひとつひとつと紐付けられていた……いや。癒着していた、と言った方がいいかな? つまり、特異点を修正して我々の歴史として取り戻すこと。それが、私たちの歴史と他のライダーの世界を融合させるためのプロセスとして使われているのではないか、と考えている」
『フランス』と『ウィザードの世界』。
それを大きな丸で一つに囲む。続けて、他のものも同じように。
―――特異点修正とは、歴史を本来のものに戻す業務。
歴史上に発生した異物を排除するための行為だ。
歴史上で異物と化し、
結果として、本来の歴史の流れにライダーの世界の歴史が挿み込まれることとなる。先程ダ・ヴィンチちゃんが出した歴史を本に見立てた例で言うならば栞だ。
『ライダーの世界』という本を、『私たちの世界』という本の栞として強引に挿み込んで、その栞まで含めて『私たちの世界』という本だと判定させているような。
だがそんな力業、そんな無茶が普通に通せるなら、レイシフトは正しく歴史を左右する神の力になる。本来なら通るはずもないだろう。本来なら。
「なるほどね。つまりホームズはその時点で、『オーズの世界』の歴史を『私たちの世界』の歴史に組み込むためのプロセス、『アメリカ』の特異点と関わりを持たなかったせいで、それを知る事ができなかった、と?
確かに彼はロンドンの地で特異点修正前に召喚されたサーヴァントであり、アメリカに関わることなくエルサレムに移動した。だがその理屈でいうと、特異点の修正前にエルメロイ二世が『オーズの歴史』を知ることができる理由もないのではないかな?」
「そこは恐らくフェイトだね」
きゅい、と。マジックペンの音とともに『私たちの世界』と『カルデア』の間に書き加えられる文字。『フェイト』―――それはもちろん、カルデアの英霊召喚システムの名だ。
「フェイトによって召喚された英霊は、恐らくそこに対応する。
厳密に言うのであれば、『ジオウ』が起こす変化に対応するのだろう。
彼が観測した時点で、仮面ライダーの歴史は保障される。
だから、その時点でカルデアのサーヴァント……英霊召喚システム『フェイト』によって召喚されたサーヴァントたちは、影響を受けるんだ」
同じように『私たちの世界』の下に書き込まれる『ジオウ』。
「さっき言った理屈なんて、結局普通は通らない。
それを通すインチキがどこかにないと、成立するはずがない。
そんなものは決まってる。常磐ソウゴ……仮面ライダージオウだ」
「ほう、流石は我が魔王……見る目があるね、レオナルド・ダ・ヴィンチ」
「つまりは、だ。召喚形態ではなく、呼び出す場所からもう違うのさ。
フェイトによる召喚は、仮面ライダーの歴史が組み込まれ刻々と変化する人類史に対応している。私たちは常に『いま現在における私たちの人理』に呼ばれたサーヴァントになる。人理の影法師たるサーヴァントは、常に霊基にその影響を受けるだろう。歴史が変化するたびに自動アップデートされてる。というか、最初からそうだったことになる、ってことだね。ああ、私と……多分、マシュの中のギャラハッドは例外になるのかな。呼ばれた時期が違うからか、もしくは『ゴーストの世界』に近い私だけで、ギャラハッドはそうではないのか。そこは要検証だね」
そう言いながら、彼女はペンを動かす。
そうして、『私たちの世界』を他の文字と一緒に大きな丸で囲んだ。
「だが現地召喚の場合は、その特異点における人理……フランスなら『人理焼却発生時点の私たちの世界の人理+ウィザードの歴史』、ローマなら『人理焼却発生時点の私たちの世界の人理+ドライブの歴史』というそれだけの歴史のみ。だから、ホームズがロンドンで召喚されたなら、彼が知り得るのはダブルの事だけだったんだろう。ダブルにどんな歴史があるのか私は知らないけど」
「……なるほど。君がどういう考えかは分かった。
そうだね、採点するのだとすれば……」
「おっと、まだまだあるよ。つまりこの考えを前提にするとだね。
これは参った、と。
そんなジェスチャーをするダ・ヴィンチちゃん。
黒ウォズには反応がない。
「だってそうだろう?
全並行世界で人理焼却が行われているわけじゃない。
いや、その可能性がないとは言わないけど。
ただ基本的に、人理焼却とはこの世界だけを襲った凶事だ」
仮面ライダーの歴史の編纂。
それは人理焼却とは完全な別件。まあそれは分かり切っていたことだ。
ジオウ―――常磐ソウゴを取り巻く一件と、この世界の危機は別物。
それは今更の話だから、いいとして。
「消えてしまった仮面ライダーの歴史を回収する、なら大義名分だ。けれど、人理焼却で破滅しそうな世界に他の世界を巻き込む、になると話が違ってくる。そこんところ、どうだい?」
「―――――」
「ついでに言うと、ゴーストの世界だって別に今は人理焼却の影響を受けていないだろう。いや、ソウゴくんたちがその世界に行った時点で、受け始めるのかな?
ソウゴくんを楔にして、『ゴーストの世界』は『私たちの世界』に近づいてくる。最終的には、今までの仮面ライダーの世界のように、この世界と一体化するんだろう」
そう言いながら、彼女はペン先を再びボードに乗せた。
その体勢のまま黒ウォズへと問いかける声。
「あえてそこには何も言わない。だって、まだ大前提の大きな話が残ってるからね。
―――世界にはルールがある。
誰が何を言わずとも、世界全体が進む方向性というものは存在する。
例えば仮面ライダーの存在もそうだし、魔術という存在だってそうだろう。
きゅ、と。ペンが鳴ってホワイトボードを横に一線した。
真っ二つに線引きされる今まで書かれてきたもの。
大きな丸で囲まれた、『私たちの世界』も二つに分けられた。
『私たちの世界』を囲む丸は半円に分割される。
その上下の半円の中にそれぞれ残っているのは、『フェイト』と『ジオウ』。
「だから道理が合わない。
やあ、黒ウォズ。『私たちの世界』は、本当に人理焼却を切っ掛けに他の世界と融合を開始しただけなのかな?」
大元は。『私たちの世界』と認識しているものは。
『フェイトの世界』と『ジオウの世界』という、別のものだったのではないか。
振り返ったダ・ヴィンチちゃんが見た黒ウォズの表情が一瞬崩れた。
その表情の変化を見取り、彼女の方こそ少しだけ眉を顰める。
そんな彼女の視線を受けながら、黒ウォズが立ち上がった。
彼はホワイトボードまで歩み寄ると、赤いマジックを取り上げる。
「―――――」
「よくできました、だね」
黒ウォズはそのペンで、ホワイトボードに『3/10点!』と書き込んだ。
一気に顔を顰めるダ・ヴィンチちゃん。
何せ赤点である。天才としては看過できない評価だ。
「なに? 3点? 10点満点で?」
「ああ、私も驚きだよ。
現時点での情報でそこまで見通されるとは……
そう言ってペンを置くと、彼は踵を返した。
そのまま部屋の外へと出ていく黒ウォズ。
どうせ追おうと思ったところで、この部屋から出た瞬間に消える事だろう。
だから別に追うことはせず、彼女はその場に椅子を曳いて腰掛けた。
多分、黒ウォズも正確なところは知らないだろう。
そうじゃなきゃ黒ウォズの同僚がアトラス院に出てくる必要もない。
恐らくホームズはそこで何らかの情報を得たのだろうが……何とも。
そこで何の情報を得たのかは、言い残していかなかったらしい。
役に立たない名探偵である。
「―――さて。これらの推論が正しいとすると……
そもそも、私たちが『ゴーストの世界』に干渉するためにはだ。
それはこっちにはどうにもならない仕事だ。
ただ恐らく徐々に近づいているのだろう。
そうするのが、彼らの目的なのだから。
「……まあ、私ならそのタイミングは見逃さないともさ。
何せ、そっちの
人類史に輝く天才。
レオナルド・ダ・ヴィンチがそう言って片目を瞑る。
聞こえてくる内容がろくでもないのは仕方ない。
何せ彼女は天才だからこそ人非人。
「ただ、問題は―――だ。この理屈で言うと……」
どうしたものかな、と。彼女はそれから数分悩み。
しかしとりあえずなるようになるさ、と。
席を立って再び管制室へと向かって部屋を出ていったのであった。
「宮本武蔵?」
「そんなこと言ってたかな」
再び合流したソウゴが、うどん屋の前で起きた一件を報告。
そうしながら、公園のベンチに腰掛けた。
先に座っていた三人が、その名前を聞いてうーんと首を傾げた。
「宮本武蔵って言ったら、あの宮本武蔵だよね。
佐々木小次郎と戦って勝った人」
詳細は分からずとも、その名くらいは聞いた事はある。
日本でもトップクラスに有名な偉人ではなかろうか。
「16、17世紀を生きた人物ですね。そんな人がここにいる、ということは……」
江戸時代初期に名を馳せた剣術家にして戦術家。
流派・二天一流の開祖であり、二刀流の達人。
それこそが宮本武蔵という人間だ。
正しく歴史上の人物。
その名前の人物が、2016年の日本で闊歩している。
しかも着物で腰に刀を差して、だ。
「サーヴァント、ってこと?」
「フォー、フォフォーウ?」
「あれ? フォウいたんだ」
ツクヨミの肩の上で鳴くフォウ。
ここに来た時はいなかった気がしたが、やっぱりいたらしい。
その発言が気に入らなかったのか、フォウはソウゴに突撃してくる。
「フォウ! フォー!」
ソウゴの頭の上で暴れる白い獣。
慌てて、マシュはそれを回収しに動き出した。
彼の頭の上で起きている戦争は気にかけないまま、悩み込む他の面々。
「それでその宮本武蔵はどこへ行ったの?」
「大天空寺、ってところに行くって。お坊さんと一緒に」
「お坊さん……大天空、寺……って、お寺?」
ふーむ、と腕を組んで考え込む立香。
彼女が思い描くのは、お坊さんが『サーヴァント召喚! 破ァッ!』としてる想像だ。
かなりお坊さん感があるので、多分間違いないだろう。
うんうんと大きく首を縦に振ってみせる立香。
そんな様子を見て、マシュが何とも言えないという表情を浮かべる。
彼女はサーヴァントらしく、マスターが変な事を考えているのだなと何となしに察していた。
「たぶん、先輩が思うような感じではないと思います……」
「おー、おー! 若い連中が雁首並べて、昼間っから暗い顔!
こんまい事に気を取られていては、でっかい夢は見られんぞ!」
そう言ったマシュの隣。突然ながら、どかり、と。
いきなり同じベンチに、スーツ姿の男が割り込んできた。
公共のベンチなのだから何の問題もないが、いきなりの乱入。
一人を除いて、その行動にきょとんとする一同。
そんな状況でソウゴは、すぐにふふんと鼻を鳴らしてその男に向き直った。
「でっかい夢? 俺にはあるよぉ~、最高最善の王様になるっていうでっかい夢!」
「王様ぁ? 何じゃそりゃあ、まぁた珍妙な夢を持ってるもんだ!
だがすぐに言い返してくる性根が気に入った! おんし、名は何という!」
何やら一瞬のうちにソウゴとスーツの男は意気投合。
状況に目を見合わせる他のメンバー。
そんな彼女たちの横で、話は進んでいく。
「俺は常磐ソウゴ。あんたは?」
「ワシか? ワシの名前は……坂本龍馬ぜよ!」
その名前を聞いた三人が、またも目を見合わせた。
ソウゴもまたきょとんと目を瞬かせ、その名前に反応を示す。
そうしてオウム返しに、彼の名を問い返していた。
「坂本龍馬って、あの坂本龍馬?」
「他にどの坂本龍馬がいるかは知らんが……ワシは正真正銘、坂本龍馬。
それがどうかしたか?」
「あ、あの……坂本さんは……この特異点に呼ばれたサーヴァント、なのでしょうか?」
坂本龍馬と言えば、やはり日本の知らぬものはいない偉人。
江戸末期、倒幕運動に貢献した志士の一人。
なるほど。であれば、確かに彼が英霊となっていてもおかしくない。
だが。
聞いておいて、そんなはずがないと思う。だって明らかに目の前の存在は人間だ。
しかも彼の格好はもはやサラリーマンそのもの。
それ以外の何にも見えないスーツ姿だ。
べディヴィエール卿のように偽装の可能性はあるが、いくら何でもこれは間違えない。
問われた龍馬も、訝しげにマシュの方を見た。
「サーヴァントぉ? なんだそりゃあ?」
「ええ、と……ですね」
問い返されたマシュがどう答えるか、と。
視線をふらふらさせながら言葉を選ぼうとする中で。
龍馬は訊き返したことも忘れたかのように、ソウゴをビシリと指差した。
「おお、そがなこたぁどうでもいい!
おんしら! 大天空寺に用があるのか!」
どうやら先程までの会話が聞かれていたらしい。
だから彼はこちらに声をかけにきたのだろう。
つまりそれは、彼もまた大天空寺というお寺に用があるということで―――
「え?」
「丁度ええ! ワシもあっこに用があったところぜよ!
―――世話になった男の夢を、繋いでやらんといけんからな!」
そう言って笑い、腕を組む龍馬。
突然の事態に翻弄されていた三人は、また顔を見合わせるのであった。
答えは黒ウォズも知りません。全部知ってるのはオーマジオウと、おじさんにカルデアの事を教えた謎の人だけです。謎の人はなんなら蚊帳の外だったのに突然その話に巻き込まれた被害者とも言えるでしょう。巻き込まれただの被害者なりに何とかしようと頑張っているのです。
あとは多分。キリ様はクリプターとして活動を開始したら、数日もあれば何が起こったのか理解するでしょう。というより、キリ様以外は正解に辿り着くための情報を持ち得ないです。異星の神やデイビットが何を思うかは知りません。六章以降が配信されたら考えます。