Fate/GRAND Zi-Order 作:アナザーコゴエンベエ
「―――ふう。はい、ここまで逃げれば大丈夫かしら?」
そう言って、硝子の馬に騎乗した王妃は後ろを振り返った。後ろにはまるでメリーゴーランドの如く、複数の硝子の馬が続いている。
そこに立香、マシュ、ジャンヌが乗せられている。フォウはマシュと同乗だ。自前の足で追走したランサーに抱えられたアマデウスはグロッキー。
ライドストライカーに乗っているジオウが、仮面の下で大きく息を吐いた。
「―――負けたね」
「うん」
ジオウの仮面の下から出たソウゴの呟きに、誰よりも早く応えたのは立香だった。
彼女の決定で退いた。けれど、それはそれ以外に選択肢が無かったからだ。
黒ジャンヌの陣営はまだ、宝具の竜のみを動かしていたバーサーク・ライダー本人。
そしてルーラーである黒ジャンヌという戦力が残されていた。
いつ全滅させられてもおかしくない陣容から生還した、といえばそれは勝利かもしれないが……
『けれどキミたちは無事に、全員生きてここにいるだろう。ボクたちの最終的な勝利条件はこの特異点の修正だ。その望みが絶たれない限り、負けじゃないさ。
……気に病むなと言っても多分キミたちには逆効果なんだろうね。だからこう言おう、次は勝てばいい。負けてへこんでる暇なんてないだろう? だから今は前しか見なくていい。それはキミたちが背負いこむべき責任じゃない。そのためにボクや……うん、所長も、かな? いるんだ』
「あの嬢ちゃんにゃ無理じゃねーか? お前さんはそこそこ手抜きが上手そうだからともかくな」
ぺい、とランサーがアマデウスを硝子の馬の上に放る。
肩を鳴らしながら腕を回し、ボロボロな全身の調子を確かめているようだ。
「ランサー、その傷は……」
「ああ……そっちの嬢ちゃん、マリー・アントワネットだったか?」
体を動かすのを止めたランサーの視線が救い手、マリー・アントワネットへと向けられる。
その視線に対し彼女はまさしく花の咲くよう、としか言いようのない笑顔と挨拶を返した。
「ええ、そうです。あらためましてはじめまして、皆様。このたび、こんなことになってしまったフランスにサーヴァントとして招待された、マリーと申します」
「はじめまして、マリーさん?」
立香の返す挨拶に、マリーはくるりと目を丸くした。
そのまま両手を顔の前で合わせ、嬉しくてたまらないといった風に声を上げる。
「マリーさん、ですって! その呼び方、とっても嬉しいわ! 耳が飛び出てしまいそう!
お願い、わたしのことこれからもそう呼んでいただけない?」
「マリーさん……」
「マリーさん?」
立香とソウゴがぼんやりと要求された名前を繰り返し、そんな中でマシュが困惑しながらマリーへと問いかけた。
「ええと、ミス・マリーやマドモワゼル……ではダメなのですか?」
「ダメよ! ぜんぜんダメ! マリーさんがいいのっ! 羊さんみたいで可愛らしいもの!」
「……メリーさん?」
マシュの意見を即却下し、マリーさんという響きに心を躍らせる少女。
それを見ながらジオウはドライバーを外し、変身を解除した。
「それでランサー、マリーさんがどうかしたの?」
「うん? ああ、その嬢ちゃんの宝具……そいつに何やら傷を癒す力もあるみたいでな。オレ自身の調子はほぼ戻ってる。マスターはどうだ?」
「そういえば……かなりボコボコにされたけど、痛くはなくなってるような」
そう言いながら自分の体を確かめる。ジオウの装甲さえも追い詰める竜の攻撃を受け続けた割には、体の悲鳴は聞こえてこない。戦闘中はそれどころではなくて必死だったが、そう考えると癒しはもたらされているのだろう。
「そっか。ありがとうマリーさん」
「どういたしまして、不思議なマスターさん。さっきのスーツも素敵だったけれど、それを脱いでも素敵な殿方ね!」
くるくると。彼女は楽しそうに、嬉しそうに、笑顔のまま言葉を交わす。
そんな彼女が次に目を付けたのは、消沈しているジャンヌ・ダルクだった。
「ああ、憧れの聖女ジャンヌ・ダルク! あなたとお話しできるなんてまるで夢のよう!」
「え、ええと。はい……? ど、どうも」
自分の手を取り、嬉しそうにはしゃぎ回るマリー。その態度に白ジャンヌは幾分か困惑した様子で、ぎこちなく笑みを返した。
ただ彼女の手を取っただけでも嬉しいのか、何度もぶんぶんと取り合った手を上下に振るう。
「おい、あの嬢ちゃんはどうやったら止まるんだ?」
ランサーが硝子の馬にもたれかかるアマデウスに声をかける。ぐったりとした彼は嬉しそうに跳ね回る彼女を楽しそうに一瞥したあと、弱弱しくも確信めいた感情がある声を出した。
「……はは、ああなったマリアは止まらないさ。僕もわざわざ止めようと思わないし。
―――それ以上にいま、僕自身がグロッキーでそれどころじゃないんだ。サーヴァントじゃなかったら、ついでにマリアの宝具の効果で癒しを貰えていなかったら、きっともっといろいろ酷かったんじゃないかな、これは」
「そこまでは面倒見きれねえな。しかし曲がりなりにもキャスターだろ? なら自分でどうにかする方法くらい持ってねえのかよ」
「ただの音楽家にそんなことできるもんか。まあ少しは魔術もかじっていたけれど、あくまで音楽活動の一環でしかないからね……うぐ」
また気分が悪くなったか、黙り込むアマデウス。
ただの歴史的大音楽家の主張を聞いたソウゴが、マリーを見て呟いた。
ちょうど、彼女の宝具に癒しの効果があると聞いたばかりだったので。
「王妃様にできるなら音楽家にもできそう」
「……無茶言うね、きみ。君の率いる楽団は特に人を選びそうだ」
呆れたように声を落とすアマデウス。
そんな彼らに対して、再びロマニからの通信が届く。
『―――いいかな? そこからすぐ近くの森に霊脈の反応を感知した。
悪いが休息をとる前に、そちらに移動して召喚陣を設置してからにしてほしい』
「あら? また声だけの方ね。どうも、そちらの方もはじめまして」
『あ、はい。どうもこちらこそはじめまして。こちらは人理保障機関カルデア……ああいや、申し訳ないがとりあえず召喚サークルを設置してもらえるかい?
それなら姿も映せるだろうし、自己紹介もそれからの方がいいだろう』
「まあ、声だけの人にはそんなこともできるのね! ではその召喚サークルというのを設置しに行きましょう! ほらジャンヌさんも一緒に! アマデウスもそれでいいでしょう?」
「は、はい……」
「僕に聞く必要はないさ。君のしたいようにするといい」
マリーは楽しげに、白ジャンヌの手を引いて森の方へと走り出す。
「あ、ちょっ……! マリーさん、場所は……! マ、マシュ・キリエライト、マリーさんを霊脈ポイントへ誘導を開始します!」
「ああ……ごめん、お願いね」
マシュが二人を追跡し始め、そしてマリーの宝具である硝子の馬も自動的にすいーと彼女たちを追いかけていった。当然、その上に乗るアマデウスもだ。
そうして当然、その場には立香とソウゴとランサーが残る。三人で先行した皆を追うために、ゆっくりと歩きだしながら立香が小さく呟いた。
「ドクターも言ってたけど、ソウゴがそんなに背負い込むこと、ないと思うよ」
「―――別に背負い込んでるつもりはないけど……それを言うなら立香だってそうじゃない?」
「……私の事はマシュが守ってくれるからね」
それは、マシュが守り続けられるように……
彼女はマシュの前では絶対に折れられない、という彼女が自分に課した誓いみたいなものだ。どんな状況だろうと立香は折れない、折れてはいけない。どんな絶望を前にしても、何度だって立ち上がらなければいけない。何故なら、マシュが彼女を守っているのだから。
俺の夢と変わらないじゃん、とソウゴが目を細めて立香を見る。
「全然違うよ。私はマシュが守ってくれるし、マシュが私を守るんだもん。これは二人の約束だし、だから私はいつもより少しだけ、心強く立ってられるの。
―――でも、ソウゴの夢は……」
「大丈夫だよ。俺の夢は生まれた時から。俺、生まれながらに王様になるって気がしてたんだよね。だから
そう言って、彼は瞳の中に確固たる意志を燃やす。
立香は小さく息を吐いて、霊脈ポイントを目指して少し足を速めた。
強くあろうとする―――いや、ソウゴが抱く強すぎる、確固たる意思。
分からない。いい事なのかもしれない。
けれど、立香は不安の方を大きく感じる。
ランサーが何も言わないということは、ただ立香が気にしすぎているだけかもしれない。過去に名を馳せるほど生き抜いた英雄たちを押し退けて、自分の方が人を見る目があるなんて、そんな寝言を言う気はない。
けれど、ソウゴが今燃やしている確信の炎は、まるでボタンを掛け違えたかのような、何かを間違えているような違和感が拭えない。
ふと、自分とソウゴの関係は何なんだろうと考える。
友達? 仲間? 戦友?
もしかするとソウゴの戦いは、未来を取り戻すための戦いだけではないのかもしれない。
立香と戦場を同じくする未来のための戦いと、自分のための夢を叶えるための戦い。
それは同じようでいて、まったく違う戦場として彼の前にあるのだろうか。
自分とソウゴは同じ目的のために同じ戦場に立っているけれど、彼自身の夢を叶える戦いにおいては、もしかしたらソウゴは独り、孤独な戦場にずっと立っているのではないだろうか。
立香はどうしてか、そんな風に感じた。
「考えすぎ……? でも、だったら」
一緒の戦場に立ってあげればいい。きっとそれだけの話なんだ、と。
彼女は不安の表情の上に笑顔を浮かべ、更に一歩踏み出す。
立香は止まらない。
彼女は、自分にはそれくらいしか出来ないけれど、それだけは成し遂げてみせると、そう自分に誓っている。それが未来のための戦いでも、最近できた弟分のための戦いでも変わらない。
―――ただ一歩でも前に、と。
「落ち着いたところで、みなさまに届くように改めて自己紹介をさせていただきますわね。
わたしの真名をマリー・アントワネット。クラスはライダー、ということになります。どんな人間、サーヴァントであるかは、どうか皆さんの目と耳でじっくり吟味していただければ幸いです」
マシュの盾を霊脈に設置し、召喚サークルを展開した後、マリーはそのように言葉を切り出した。姿を見せるようになったカルデア側、ロマンを含めての自己紹介ということだろう。
彼女の言葉に次ぐように、ようやっと復帰したアマデウスも口を開く。
「ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。クラスはキャスターだね。何で英雄が呼ばれるらしいサーヴァントなんてものになっているのかは、よくわからないけど。まあ、自分が偉大な芸術家である、という自負なら持ち合わせているけれどもね。
魔術を嗜んでいたのは、悪魔の奏でるという音に興味があっただけなんで、期待はしないでほしい。演奏が聴きたいというのなら喜んで。けどピアノくらいは用意してほしい」
新たなサーヴァントの紹介を見て、マシュの視線が立香を向く。
「私は藤丸立香です。カルデアのマスターをやっています」
今度は立香の視線がソウゴに向く。
「俺は常磐ソウゴ」
ソウゴが今度はマシュに顔を向ける。
「はい。わたしはマシュ・キリエライト。デミ・サーヴァントで、真名は分かっていません」
「オレは坊主のサーヴァント。クラスはランサー、真名はクー・フーリン。ほれ」
ランサーがマシュの視線が飛んでくる前にさっさと紹介を済ませて、白ジャンヌに向けて顎をしゃくった。マリーに手を取られたままのジャンヌは、困ったように苦笑する。彼女の両手を取り、嬉しそうに笑うマリー。
「ジャンヌ。ジャンヌ・ダルク。もちろん知っています。フランスを救うべく立ち上がった救国の聖女。生前から、お会いしたかった方のひとりですもの」
「……私は、聖女などではありません」
「ええ。あなた自身がそう思っている事は、きっとみなわかっていたことでしょう。でも、あなたの生き方に嘘はなかった。あなたという方の生き様にこそ、あなたという女性の真実があった。だからみなが揃ってあなたを讃え、憧れ、忘れずに語り継いだのです。
ジャンヌ・ダルク―――オルレアンの奇跡の人、と」
自分を見上げる王妃の視線から、僅かにジャンヌが目を逸らした。
そんな彼女たちを見ていたアマデウスが、呆れるくらいに普通の調子で辛辣な言葉を吐く。
「ま、その結果が火刑であり、その先にあの竜の魔女が出てくるワケだろう? 良いところしか見ないのはマリアの悪い癖さ。
そうだろう? ジャンヌ・ダルク。自分の人生の前に現れた変調を前に、“完璧な聖人”だなんて誉めそやされても、他ならぬ彼女自身を傷付けるだけだろうに」
「だってそれもしょうがないでしょう、アマデウス? あなたのような人間のクズには欠点しか見当たらないけど、ジャンヌには欠点なんて見当たらないのだもの!」
「……あれかい? 恋は盲目っていう。君、そんなにジャンヌ・ダルクのファンだったのかい?」
珍しいものを見るように。そして懐かしいものを見るように。
アマデウスは少しだけ驚いたように、マリーの言葉で肩を落とした。
そんな彼女の言葉に後ろめたい、とでも言うかのようにジャンヌは視線を外す。
「……マリー・アントワネット。あなたの言葉は嬉しい。でも、だからこそ告白します。
生前の私は聖女なんてものではなかった。私はただ自分が信じた事のために旗を振り、その結果、この手を血で汚しました……もちろん、そこに後悔はありません。
―――その結果が異端審問にかけられての、自分の死であったとしても。ですが、流した……流させてしまった血が多すぎた。田舎娘は自分の夢を信じた。けれどその夢の行き先に、どれだけの犠牲が横たわるものなのか……想像すらしなかった。後悔こそありません。けれど、そこに畏れを挟むこともしなかった。
それこそが、私の犯したもっとも深い罪です。救うために立ち上がった。けれど、救うべきものを見ていなかった。そんな有様の小娘を聖女と呼ぶのは、やはりどこか違うことだと……」
彼女はそのように告解する。
それらを黙って聞いていたマリーは、何かを言いたそうにしつつも我慢している様子だ。
何とかそれを呑みこんだようで、言葉を終えたジャンヌへと静かに声をかける。
「……そう。聖女ではないのね。それなら、わたしはあなたのことをジャンヌと呼んでもいい?」
「……え、ええ。勿論です」
「そう、良かった! それならあなたもわたしをマリー、と呼んでくださいな。だってあなたが聖女ではないただのジャンヌなら、わたしも王妃ではなくただのマリーでお付き合いしたいでしょう? ね、お願いジャンヌ。どうかわたしをマリーと呼んでみて?」
詰め寄るマリー。その様子にたじろぎつつ、ジャンヌは小さく頷いた。
「は、はい。では遠慮なく……ありがとう、マリー」
僅かばかり照れた様子で、ジャンヌの口が彼女の名を呼ぶ。
それをとても嬉しそうに受け取ったマリーは、今にも踊りだしそうなほど笑顔をあふれさせた。
「こちらこそ! 嬉しいわ、ジャンヌ!
それとごめんなさいね、わたしの気持ちばかり押し付けてしまって。あなたは自分の中の答えを見失ってしまったのね。きっと、それは自分でしか見つけられない答えだわ。わたしは貴女をエコヒイキしてあげたいくらい大好きなのだけれど、そこはぐっと堪えます。信じるだけでもなく、支えてさしあげる。これが女友達の心意気というものよね。ねえ、アマデウス!」
「そうだね。いいんじゃないかな? 女友達の心意気とか、そういうスイーツな響きの言葉は、口にすればするほど軽くなるところがいい。口にすればするほど体は重くなる癖に、口周りばかりは軽くなる。そういうカロリーの塊みたいなところ、僕は結構好きだぜ」
「もう。アマデウスったら、いつもそんな口ぶりだからあなたはクズなんです!」
笑うアマデウスからぷい、と顔をそむけるマリー。
そんな彼女たちに対して、通信画面で見守っていたロマニの声がかかる。
『ええと、それでこちらの事情を話してもいいだろうか。現状の確認も含めてだが―――』
「まあ、もうしわけありません。声だけだった方、どうぞあなたの事も聞かせてくださいな」
聞く姿勢に入るマリー・アントワネット。
そうして、彼女たちにもまた人理焼却という危機の実情が語られる。
「―――話はわかりました。フランスだけではなく、世界の危機だったのですね。この状況は」
「マスターなしでの召喚っていう時点で嫌な音は感じていたけれど、それほどの状況とはね」
ロマニの口から語られた現状を聞いた二人が、腕を組んで唸る。
「やっぱマスターはいないんだ。白ジャンヌと同じだね」
「そのようですね……」
ジャンヌも、マリーも、アマデウスも。彼女たちはいわば野良サーヴァントであり、通常ならありえない存在だ。その存在自体が不思議であり、状況の混乱を助長する。
そんな中で、マリーがぽんと手を打ってから、意見を述べるために挙手した。
「わかった、わたし閃きました! こうやってわたしたちが召喚されたのは―――きっと英雄のように、彼らを打倒するためなのよ!」
『世界を防衛するために起動する脅威へのカウンター……確かに英霊、サーヴァントとは元来そういうものでもある。人理が焼け落ちた世界において、正常な動作をする事はないだろう、と思っていたけれど、もしかしたら……』
マリーの意見にロマンが肯き、その意見が有り得る事だと示す。
だがジャンヌはその意見を否定する。
「いえ、既に抑止は働いていません。この状況を成した敵は、確かに抑止の介入を防いでいる。
推測にすぎませんが、我らの召喚はあくまでもこの時代の聖杯によるものでしょう。恐らくは、聖杯戦争という仕組みを利用した反動……
聖杯戦争だというのに勝者も決まらないまま、サーヴァントが聖杯を手にしている。その上、聖杯というリソースを運用してサーヴァントを召喚して手駒としている。結果、ルール違反した使用という状況に反発した聖杯の魔力によって、不正な利用者に敵対するサーヴァントが連鎖召喚されている、という可能性が高いと思います」
『なるほど……だからルーラーというクラスも成立した、ということかな』
「つまり、やっぱりわたしたちがあの黒いジャンヌ・ダルクを止めるために呼ばれた事に変わりない、ということね?」
どちらにせよ、と話をまとめたマリーが力強く頷く。
そんな彼女の様子に肩を竦めるアマデウス。
「根拠のない自信は結構だけどね、マリア。相手は掛け値なしに強敵だぞ?
頭数だけならともかく、今のところ戦力ではだいぶ負けているだろう」
「まあ、相手に余程の隠し玉でもない限り、次やる時はセイバーもランサーもオレがどうにかできるだろう。一回してやられておいて言うのもなんだが、アイツらだけが相手なら負けはねえ」
そう言って肩を上げるランサー。だが、彼の口振りは同時にそれ以外の脅威の存在を示している。ロマンはカルデアで観測していたバーサーク・サーヴァントの戦闘を閲覧しながら、彼の語るサーヴァントに対する言及を始めた。
『バーサーク・セイバー、彼女の真名は恐らくシャルル・ジュヌヴィエーヴ・ルイ・オーギュスト・アンドレ・ティモテ・デオン・ド・ボーモン。
このフランスの土地や、マリー・アントワネット王妃にも縁のある英霊だね。ルイ十五世が設立した情報機関に所属する工作員であり、同時に軍に属する竜騎兵だ』
そう言って、通信越しに記録された情報を開示するロマン。
その突然出てきた長い名前にソウゴは舌を空回りさせる。
「シャル…ジュヌ……モン? えっと……シャルモン……?」
「まあ、デオンも? ええ、彼女のことはデオンと。シュヴァリエ・デオンと呼んでくださればいいと思います」
自身の知る頃とは違う知己の騎士の姿を見て、マリーが珍し気に目を瞬かせた。
そのような事もあるのがサーヴァント、という例だろう。
『バーサーク・ランサー、彼は明白だ。ワラキア公ヴラド三世。串刺し公の異名、そして吸血鬼ドラキュラのモデルとして知られる、護国の大英雄だ。
立香ちゃんたちが戦ったバーサーク・アサシン。彼女は同じく吸血鬼カーミラのモデルとなった女性、エリザベート=バートリーだろう。そして……』
ロマンが言葉を詰まらせる。戦場を蹂躙した圧倒的な巨竜。
あの竜とそれを従えるライダーの存在は、既に彼女の正体について、正解に辿り着けるだけの情報となっていた。途切れた言葉をジャンヌが繋げ、その先を口にする。
「……竜を従える十字架の杖を持つ聖女。彼女こそは、祈りをもって暴虐を尽くす悪竜タラスクを鎮めし信仰の人―――聖女マルタ。彼女ほどの英霊でさえ、従わせてしまうなんて……」
「ありゃ問題だな。ただ竜という脅威を持つだけのドラゴンライダーなら、ライダー本人を狙えばいいが……ドラゴンとライダー、どっちも一級品となれば話は別だ。
あの規模の竜となりゃ、嬢ちゃんの盾ですら防げるか怪しいってもんだ」
ランサーの物言いにマシュが驚愕に目を見開いた。
「―――彼の竜は騎士王の聖剣さえも上回る、ということでしょうか?」
「そういうわけじゃねえ。相性の問題って話だが……まぁとりあえず、セイバーの剣を防げたからと言って、盾を過信するのは止めとけって話だ」
「ではどのように攻略すれば……」
戦場を席巻していたタラスクの巨体を誰もが思い出す。
そんな中、うーん、と首を傾げていたマリーが、いきなりパンパンと手を叩いた。
「とにかく! まずはしばらく体を休めましょう! わたしの宝具は傷は癒しても、疲れをとってくれるわけではないもの。みんな、疲れているでしょう?」
『……そうだね。こちらにも情報を精査する時間が必要だ。とりあえずキミたちは一度休んでくれ。もうそちらの日も暮れるだろうし、どうあれ行動開始は翌朝からにしよう』
「はい。ではマスター、ソウゴさん。しばらくお休み下さい。周囲の見張りはわたしたちで……」
その言葉と同時にクー・フーリンが立ち上がった。
「周囲の警戒はオレがやっておく。マシュの嬢ちゃんも休んでな」
「え、ですが……むしろランサーさんこそ休まねばならない激戦だったのでは?」
「場数が違うんだよ。お前さんたちこそ素直に休んどけ」
「そっか。じゃあごめん。ランサー、頼める?」
はっ、と軽く笑って彼は霊体化した。周囲の索敵に入ったのだろう。
彼へと感謝しつつ、残った面々は体力の回復に努めるのであった。