Fate/GRAND Zi-Order 作:アナザーコゴエンベエ
―――あれから数日。
ギフトの大破壊で一時的に混乱に陥った街だが、ある程度調子を取り戻した。
人間の世界は強いというか図太いというか、と。
タスクはそんな事を考えつつ、風景を見ながら街を歩いていた。
今日の彼の当番は買い出しだ。
買い物袋を抱えたスーパーマーケット帰り。
そんな道の最中、一人の人間を発見した。
いや、人間というか、何というか。
「―――ふう。僕も大概だが、あいつはそれ以上だな」
手すりにもたれ、ぼんやりと空を見上げている姿。
その黒い軍服を着た姿が、眼魔のアランであることに疑いはない。
仕方なく、タスクはそちらに向けて歩き出す。
近づいてくる彼の姿に気づいたか、アランが視線をタスクに向ける。
「……ジュウオウジャーか。私に何の用だ」
「お前の友人から皆が言われてる。
お前は放っておいたら餓死しかねないから、見かけたら気にかけてくれと」
タスクが片手に持っていた袋を、一度近くのベンチに置いた。
その中から適当に取り出すのはバナナ。
そのまま押し付けるが、アランはまったく受け取ろうとしない。
ぐぅ、と今も腹を鳴らしているというのに強情な。
「……貴様たちこちらの世界の連中から施しを受ける気はない」
「僕はこちらの世界の連中じゃないんだけどな。
―――まあ、施しは受け取れないというならそれでもいい」
そう言って、タスクは両手に持ったビニール袋を彼に突き出す。
いきなりの行為に目を細めて困惑するアラン。
「……なんだ?」
「荷物持ちだ、バナナで雇ってやる。報酬は大和の家での昼食でもいいが」
言われて、嫌そうに顔を顰めるアラン。
だが彼はついに腹部を押さえて、切なそうな表情を浮かべた。
それを見たタスクが荷物をベンチに置いて、バナナを彼へと投げ渡す。
渡されたアランが睨むようにタスクを見た。
「報酬の前払いだ。食べたらちゃんと働けよ」
「……まったく理解不能だ。
何故誰も彼も、こんな不便な肉体を持つことに拘る」
言いながら彼は顔を顰め、そのままバナナに噛り付いた。
直後にとても渋い顔を浮かべるアラン。
「……なんだこれは」
「……それは基本、皮を剥いてから食べるものだ」
少なくともスーパーで売っているようなものは。
言われてアランはまたも顔を顰め、今度は皮を剥いてから食べだした。
荷物持ちのエネルギー充電を見ながら、タスクはベンチに座った。
溜め息一つ落としながら、時間を確認。昼食まではまだ少し時間がある。
せっかく荷物持ちを得たことだ。
どうせなら、少し本を見るために帰りに寄り道してもいいかもしれない。
「じゃあここ。ハンコかサイン、お願いね」
「はい」
郵便物を受け取り、受取証にサイン。
郵便屋さんにペンを返してから、タケルはその内容を見る。
送られてきたのは、どうやら食品のようだ。
多分、ダ・ヴィンチちゃんの店で使うものだろう。
「店出してすぐ結構繁盛してるみたいだし、やっぱ英雄の皆って凄いなぁ」
店の詳しい内容は聞いていないが、成功しているとは聞いている。
まだ数日だが、順調な滑り出しだそうだ。
それがレオナルド・ダ・ヴィンチの凄さかというと疑問だが。
それでも、結果を出しているのは事実である。
とりあえずこれは台所にでも置いておこう、と。
タケルが母屋の方へと歩き出してすぐ、その背中にかかる郵便屋さんの声。
「そういやタケルくん。
あの……最近ここに住みだしたマコトくん? とカノンちゃん? だっけ。
あの子たちとよく一緒にいる黒い服の人……えーっと」
「アランですか?」
「あー、そのアランくん。ここに来る途中で、面倒な人に絡まれてたよ」
嫌になるよね、と眉を顰めながらそういう郵便屋さん。
アランが誰かに絡まれてる、と聞いてタケルを表情を曇らせる。
いや、郵便屋さんが知らない知り合いと会っているだけかもしれない。
例えばレオのスキンシップなど、傍目には面倒かもしれないし。
「その、面倒な人って?」
「ひねくれ堂っていう古本屋さんなんだけどさぁ。そこのご主人がメンドくさいのなんの……本屋なのに本を売らずに客を追い返すような人でさ!」
関わったことがあるのか、彼はそれを実体験のように語る。
まあ、郵便をやってればそういう人に関わることもあるのだろう。
よほど嫌な目にあったのだろうか。
しかし本屋。アランは古本屋などに行くのだろうか。
そういうことに興味を示したことは、一切無かったように思うが。
「……本屋? あのアランが?」
「あ、なんか変わった服の友達も一緒だったな。
緑色で、あとなんだろ……象の尻尾? みたいなアクセサリーをつけた。
ま、あそこのご主人はとにかく変わった人だから。
犬に噛まれたと思って忘れちゃえって言っといてあげてよ」
と、なると。
タスクに同行してそこに行ったということだろうか。
「はあ……」
彼はそう言いながらバイクに乗り直し、手を振って出発する。
その姿を見送ってから、タケルは不思議そうに首を傾げた。
そんな郵便屋と入れ替わりに寺に上がってくる人影。
大きなバスケットを二つも抱えたマシュの姿だ。
その肩では、フォウが尻尾を振り乱している。
「ああ、マシュ。丁度よかった、これって……」
「あ、はい。すみません、ダ・ヴィンチちゃんがここに届くよう注文したものです!
受け取っていただいてありがとうございます!」
タケルが抱えている荷物を見て、ぱたぱた走ってくるマシュ。
クール便ではないので問題はなさそうだが、一応は訊いておく。
「冷蔵庫に入れとかなきゃいけないものとかはなさそう?」
「はい、それに関しては大丈夫です。
皆さんはこちらにいらっしゃいますか?」
手元でバスケットを持ち上げながらの確認。
「マコト兄ちゃんは出かけてる。カノンちゃんはそっち行ってるんだよね?
後は御成もアカリにシブヤにナリタ。あと武蔵さんもいるはずだけど」
今、マコトと武蔵は示し合わせて必ずどちらかがここにいるようにしている。
保護……と言っていいか。とにかく、ここで確保しているジャベルを見張るためだ。
ウルティマの眼魂は砕けたが、彼はまだスペリオルの眼魂を持っていた。
一応没収してあるが、生身でも戦闘技術は有している。
なのでその二人、ということだ。
「はい、カノンさんにはわたしたちやフミさんのお店を手伝って頂いています。
まだ初めて数日ですが、お店が軌道に乗りましたのでお裾分けです」
ということは食べ物なので、タケルには関係ない話。
別にお腹が空くわけではないが、何とも悲しい話であった。
小さく苦笑して、そのバスケットを見る。
「そういえば結局、飲み物の店になったの?」
「はい。一応主な販売品は飲み物に。あとはせっかくなら食べられるものも、ということでドーナツの販売も行っています。たこ焼きとは競合しないように、デザート色が強いものを取り揃えました。ダ・ヴィンチちゃんが販売品より販売場所である屋台に凝った結果、最終的にキッチンカーになってしまいましたが……一応、そのスペースを有効活用できているかと思われます」
そうして販売している商品がこの中に、とバスケットを示すマシュ。
まだお昼頃だが、まあ置いとけば皆でおやつにでもするだろう。
―――そこでふと、気になって尋ねる。
「ところでキッチンカーって……空を飛ぶ?」
「―――飛びます」
何とも言えない表情で断言される。
まあ、誰に迷惑をかけるわけでもないなら、飛んでも問題ないが。
ダ・ヴィンチちゃんの奇行の内容を考えていても仕方ない。
とりあえず荷物を母屋の方へ引っ込める。
ついでに通ったナリタにバスケットを一つ渡してしまう。
二個の内、片方は大天空寺宛て。
ならもう一個は、当然……
「もう一つは大和さんたちに?」
「はい。わたしたちも何とかこの世界に一拠点を設けることが出来ました。
ということで、引っ越し蕎麦ならぬ引っ越しドーナツを送ろうという事になりまして!」
何故か自信ありげにそう宣言するマシュ。
彼女の肩では、フォウがそれはどうよという表情を浮かべていた。
「引っ越しドーナツ……」
そのタケルの反応が想定外だったのか。
マシュがどことなくあたふたしつつ、内容を補足してくれる。
「い、いえ……引っ越してきた際、蕎麦に色々な意味を込めてご近所さんに配るのが、引っ越し蕎麦と聞きまして……ですから、わたしたちも越してきたからにはドーナツのように皆で輪を作り、危機に立ち向かいましょうという……その、はい」
段々と自信が抜け落ちていく様子のマシュ。
それを聞いて一応意図は理解できたので、苦笑して納得しておく。
「ははは……うん。いいと思う、うん。多分……
あ、そうだ。大和さんたちのところ行くなら、俺も付いて行っていいかな?
あと行く前にちょっと覗いておきたいお店もあるんだけど……」
「? はい、大丈夫ですが……」
先程聞いたアランの話。
聞く限り、一緒にいたのは間違いなくタスクだろう。
何がどんな状況になってそうなったかはまるで分からない。
が、彼に何かあったなら一応確認しておいた方がいいはずだ。
そう言った目的から、ちょっと検索して場所を確認。
そうして辿り着いた先。その古書店の名を、ひねくれ堂。
訪れた二人が真っ先に見たもの。
それは店の中で本を整理するアランとタスクの姿であった。
「アラン……?」
「タスクさん……?」
「君たち……!」
何をやっているのか分からず、思わず声をかける。
声をかけられてから、はっとしたようにこちらを向くタスク。
アランは視線を一瞬だけこちらに向けて、すぐに逸らした。
「まったく……何故私がこんなことを……」
並べられた本の上。
はたきを動かし埃を払い、嫌そうに顔を顰めるアラン。
そんな彼に対して向き直り、眉を顰めて声を僅かに荒げるタスク。
「元はと言えば君のせいじゃないか」
「私が? あんな人間がいるこの店に入った貴様の責任だろう」
そして何故か本屋の中で睨み合いを開始する二人。
一体何が起きたらこうなるのか、と。
タケルとマシュが目を見合わせて、その状況に困惑した。
直後に睨み合う二人の頭をはたきが叩く。
叩かれた二人が頭を押さえつつ、即座にそちらを向く。
そこには、厳つく顔を顰めた壮年の男性がいた。
「喧嘩してないで働け!
これ以上本を駄目にするような事があったら分かってるだろうな!」
「貴様……! いいだろう、ただの人間風情が私に何が出来るか見せてもらおう……!」
「だから止めろ!」
挑発に乗って喧嘩を買おうとするアラン。
仕方なくそれを後ろから羽交い絞めにするタスク。
そこまで見て何となく、何が起こったのか掴めてきた。
「つまり……本屋の中で喧嘩して、本を駄目にしちゃった……ってこと?」
「まぁ、そうなる……そういうわけで、僕たちは少しここでバイトしていく。
悪いんだが、僕の買い物を大和たちのところに持って行ってくれないか。
昼食の材料の買い物だったんだ」
溜め息混じりにそう告げるタスク。
今がまさに昼時。材料を今から届けても、大和たちは随分と遅い昼食になるだろう。
しかし、買い取りではなくバイトでの返済。
そんな判断に至ったタスクに対して、マシュは不思議そうに問いかける。
「その、買い取れないほど何十冊もダメに……?」
「いや、一冊だけだ。けど……」
「私もそいつも、人間の世界の金銭など持っていない」
あるのは、タスクの買い出し用の財布だけだ。
それを用途以外で使わず、自身で返済しようとするのは性格だろう。
ぶつくさ言いながらも一応は働くアランも同じだろうか。
文句を言い出せば、そもそも手を出してきたのは店主の方だ。
入店して本を眺めていたら、それだけで突然追い出されそうになったのだ。
それに対して、アランは反撃しようとした。
正直、タスクも突然の攻撃への対応として気持ちは同じ。
だがどう考えても、やり過ぎた反撃になるのが目に見えていた。
なのでタスクはそれを止め、結果として三人がその場でもみくちゃになった。
そこで棚から落としてしまった本の頁が折れてしまったのだ。
幾らでも言いたいことはあるが、それはそれ。
本を駄目にしたのは事実だ。
本の値段分は自分たちで働いて返す。
タスクは買い物袋をタケルとマシュに渡して仕事に戻る。
そんな様子を横目に見て、アランはつまらなそうに息を吐いた。
「こんな本などというものに、一体どれほどの価値があるというのか……」
「―――それは聞き捨てならないな。君に本の何が分かる。
本は先人たちが積み上げてきた知識と経験の結晶。
あらゆる文明において、もっとも重要なものと言っても過言ではない存在だ」
アランの言葉にタスクが動きを止めて、彼を睨み出した。
突然険悪になりだす二人。
絡んできたタスクの方を見て、またも深い溜め息を吐くアラン。
「我らに死はない。大帝の許、完璧に積み上げられた文明こそが眼魔だ。
本などという、眼魂よりも脆い物体に記録を残すことに何の意味がある?
先人の知識と経験とやらが永遠に失われない我らに、そんなものは必要ない」
言い合いを始める二人に、マシュがおろおろと視線を彷徨わせた。
―――死のない世界、と言われてタケルがあの世界を思い出す。
生命力が尽きて、灰となって消滅した人がいた。
あの話は状況が落ち着いてから、マコトにしかしていない。
『それが事実なら、確かに俺の肉体も危険かもしれない。
だが今、俺の肉体を取りに行くわけにはいかない。
肉体を得た俺を、眼魔世界からこちらに転送する道が開けるのはアランだけだ。
今のアランを眼魔世界に連れていくわけにはいかないからな。
アデルは今、大帝を失って多少揺らいだ眼魔世界の掌握を最優先しているはず。
つまり奴の意識は完全に自分たちの世界に向いている。
そんな状況では少数で潜り込んでも、簡単に見つかって捕まることになる』
彼はそう言ってタケルの肩を叩き、その内どうにかすると笑ってみせた。
そのことを思い出し、沈痛な顔をして顔を伏せるタケル。
周囲の三人の雰囲気全部が悪くなり、マシュは余計に慌てふためいた。
そんな時、タケルが受け取った買い物袋に本を見る。
恐らくこれが頁を折って買い取りになってしまった本だろう。
「こ、これがさっき言っていた本ですか!?」
強引に抜き出し、それを掲げるマシュ。
―――それはどこにでもありそうな子供向けの絵本だった。
表紙に描かれているのは象。それはただの象ではなく……
「『はなのみじかいゾウ』……?」
象の代名詞と言っても過言ではない、長い鼻。
それを持っていない象がその表紙には描かれていた。
とりあえずこのまま喧嘩させるよりは、と。
そのまま頁を開いて口に出してその内容を読み上げ始める。
「【ふかい ふかい もりのなか はなの みじかい ゾウ がいました】」
―――鼻の短いゾウは、毎日群れのゾウたちからいじめられていました。
『なんでおまえだけ、鼻が短いんだ!』
鼻の短いゾウは、頑張って鼻を伸ばそうとしました。
前脚で鼻を引っ張ったり、重たい石を持ち上げたり。
でも、鼻は伸びませんでした。
『なんでぼくの鼻は短いんだろう?』
海の畔で泣いていると、友達の動物がやってきました。
『ゾウさん、ゾウさん、わたしたちがなんとかしましょう!』
友達の動物は力を合わせ、鼻の短いゾウさんのために、鼻を引っ張りました!
『いっくぞー! えい! えい!』
すると、動物たちが引っ張るのに合わせ、ゾウさんの鼻がふぁんふぁんと伸び始めたのです!
『パオーン!』
こうして鼻の短いゾウは、みんなの力で、立派な鼻を持つゾウになれました。
めでたし、めでたし。
三人揃って音読を聞いている気配を察して、マシュは小さくほっとする。
読み終えて本を閉じた彼女の前で、とりあえずタスクとアランは口論を止めていた。
―――が。
「―――ふん。生まれ持った肉体の欠陥を笑いものにし、爪弾きにする。人間らしい物語だ」
「聞いていなかったのか? その欠陥を補うために努力し、仲間の支えで最終的にそれを克服する物語だっただろう。そうだろう、マシュ」
「え、あ、はい……」
言い合いの内容が変わっただけだった。
マシュの同意を得たタスクがアランを睨む。
二体一になった(ということにされた)ことに、アランが眉を僅かに上げる。
彼はタケルの方を見て、少し嫌そうに顔を顰めた。
が、それでも背に腹は代えられないのか。
タケルに対して、声をかける。
「……天空寺タケル。ならば貴様はどうだ。
この鼻の短いゾウとやらは、鼻が短く生まれたというだけで集団から排斥された。
後半で助けにきたのはゾウではない別の動物だ。
ということは、親兄弟すらこいつを見捨てた、と考えていいはずだ。どう思う」
「えっ! 俺!? えっと……よくないと、思います」
これで二対二だ、と言わんばかりにタスクを睨み返すアラン。
今度はタスクの方が眉尻を吊り上げる番だった。
「……確かにこのゾウを助けにきたのは、トリ、サメ、ライオン、トラ。
つまり種族の垣根を越え、手を取り合ったからこその結果だ」
「種族の垣根? ゾウ同士でさえ手を取り合えていないのに何を……たった四匹が引っ張っただけで鼻が伸びたのだ。そのゾウをいじめていた連中が最初から鼻を伸ばそうと協力してやれば、他の種族に頼る必要すらなかっただろうに」
「―――その通りだ。だがゾウたちは、鼻の短いゾウが鼻を伸ばせたことで気付くだろう。
力を合わせる事の大切さ、誰かを助ける事の尊さを。
この絵本を通じて、読んだ人間がそう感じるように、ゾウたちも学び成長する」
「そんな事実はこの本には書かれていない」
「先に親兄弟だの書かれてないことを言いだしたのはお前だ!」
「どっちでもいいから仕事しろお前ら!」
論争する二人に店長からのはたきが振るわれる。
タスクとアラン。その両方が、振るわれるはたきを途中で掴んで止めてみせた。
あっさりと止められ、身を引く店長。
「丁度いい。いま意見は二対二……あと一人いれば決着がつく」
「店長、あなたは客が本に相応しくないと言って追い出すほどの人間。
ここに揃えた本に、相応の思い入れや感じ入るものを持っているはず。
『はなのみじかいゾウ』に対するあなたの考えを聞かせてもらおう!」
「い、いや……ど、どっちでもいいだろそんなの!」
「よくないからこうしている!」
「本を取らせる客を選んでおいて、本の内容に向き合うことから逃げるつもりですか!?」
叩き落とされるはたき。
迫りくる二人を前に、店長が怯えて後退った。
流石に不味いとタケルがアランを、マシュがタスクを抑えにかかる。
「ちょ、ストップ……! アラン、何でそんなに!」
「―――馬鹿馬鹿しい……! 何が鼻が伸びただ……! このゾウが集団から排斥され、身内からさえ同胞扱いされなかった事実は変わらない。挙句その原因となる不自由な体を与えた親さえも、こいつを見捨てた!
肉体など、その不自由さの象徴だ! 肉体から解き放たれればそんなことはありえない! 肉体に縛られなければ、こいつが家族に捨てられる理由も存在し得なかった! その軛を解き放った永遠の幸福が眼魔にはあったはず! なのに何故、どいつもこいつもそんなものを……!」
―――自分の心に従え、と。父は確かにそういった。
心など必要ないと、眼魔世界という理想郷を創ったのは他ならぬ父なのに。
だというのに何故、今更。今更そんなことを言う。
止めようとしたタケルを突き飛ばし、苛立たしげにアランが店を飛び出した。
止めようと思っていたのに、追う事ができずにタケルは足を止める。
ただの絵本だと思って、そんなことにまで頭が回っていなかった。
マシュが持ったままの絵本を見て、小さく眉を落とす。
「……っ、そっか。アランにとって、このゾウって……」
自分がいるべき集団から追い出されて、自分とは別の種族に助けてもらって永らえて。
何故自分がいまここにいるかさえ、判然としない。
謀反を起こした兄を止め、父を救うため。
そうは言うが、まずもって何でそんなことになったのか彼にはさっぱり分からない。
そんなことにならない完璧な世界だと、今まで信じてきたはずなのに。
―――タスクもまたおおよそ状況を掴む。
そうして額に手を当てて、彼は天井を仰いでみせた。
「……僕も頭に血を昇らせ過ぎた。店長、悪いが後は僕一人で―――」
一人でやる、と言おうとしたタスク。
彼が振り向いてみれば、そこにいたのは先程とは少し様子の変わった店長。
バツが悪そうな顔を浮かべた彼は、アランの走り去った先を見ていた。
「……要らん。よく分からんが、その話があいつにとって重要だったんだろ。
―――ただ、一応言っとけ。俺がどっちでもいいって言ったのは、別に答えを出すことから逃げたわけじゃなくてだな……本を読んで思ったことがあるなら、それがそいつにとっての一番の答えであって、勝敗をつけるもんじゃないってそういう話でだな……」
そこまで言って頭を掻いて、タスクから店のエプロンを無理矢理奪う店長。
そうしてから背を向け、彼は奥へと引っ込んでいってしまう。
「……さっさと追いかけてやれ。まったくよく分からんが、だがまあ……
絵本を読んで、あんだけ本気になれるガキなんだ。迷子になったら面倒だろ」
「―――すみませ……」
謝ってみようとして、やっぱり途中で止める。
そもそも謝って欲しいのはこっちだというくらい、好き放題されていたのだった。
謝罪の言葉を投げ捨てて、本音をさっさと叩き付ける。
「……いや、やっぱり言わせてもらう。
気に食わない客に掴みかかるようなあんたの方がよっぽどガキだ。
あんただけじゃなくて、あんたが好きな本まで誤解される。止めた方がいい」
「うるさい」
小さく言い返して、そのまま店の奥に引っ込んでしまう彼。
「―――それだけ拘った品揃えなんだ。また見に来させてもらう」
言っても返事すら返ってこない事に、小さく肩を竦めるタスク。
そうして、三人は揃って店を飛び出した。
アランが黄昏れる時の場所は大体分かっている。
この場からもっとも近い場所から回っていけば、そう遠くない内に見つかるはず。
と、その瞬間。
タスクの肌が粟立ち、象の尻尾がピンと張った。
この感覚が示す現象は、たったひとつ。
「ッ、デスガリアン!? こんな時に……!」
「―――! ごめん、マシュ。アランのこと頼んでいい?
俺たちはデスガリアンの方に行くから、アランを追いかけてあげてほしいんだ」
「それは……いえ、はい! 分かりました!」
タスクが感知したということは、他のジューマンの皆も感知したということだ。
屋台の方にはアムがいる。
彼女が感知したならば、ソウゴたちにも伝わるだろう。
そうなれば、恐らく戦力的には十分。
ならばきっと彼女はアランを追った方がいいはずだ。
そこで二手に分かれ、彼らはそれぞれ目的のために走りだした。
「ハッテナー!」
奇声を上げるアカデミックドレスを思わせる風貌の怪物。
ハッテナー、と掛け声のように叫ぶその異形こそ、チームクバルのプレイヤー。
まさしくその名を、ハッテナーである。
彼は万年筆状の武器、クエスチョッパーを片手に街を練り歩く。
何かを確かめるように街のそこかしこに視線を送りつつ。
「さあさあ、まずはどこから始めようカナ~?」
「ハァッ!!」
きょろきょろと周囲を見回しているハッテナーに襲来する青い影。
それはもたもたしている彼に反応すらさせず、思い切り殴り飛ばしてみせた。
拳を受け、吹き飛ばされて地面を転がるハッテナー。
「ハ~テナ~!?」
転がった彼の目が見上げる青い影は、二本角の仮面の戦士。
頭に被ったフードを下ろしながら、彼はハッテナーを見下ろした。
「デスガリアン! 貴様たちの好きなようにはさせん!」
現れたのは仮面ライダースペクター。
その腕が、ドライバーから放たれるガンガンハンドを掴み取る。
即座に照準を合わせて、トリガーを引くスペクター。
ハッテナーが立ち上がるその前に、瞬く間に行われる発砲。
それが地面を転がっているハッテナーを、いとも簡単に穴だらけにしていく。
「はーてなー……!」
「――――?」
穴だらけになり、もがいていた手足がばたりと落ちる。
そのまま動かなくなった相手に、スペクターが戸惑いながら銃を下ろした。
「終わりか……?」
「もう倒しちゃったの!?」
デスガリアンの出現に合わせ、すぐに行動を起こしたのだろう。
その後ろから駆け込んでくる大和たち。
更にダ・ヴィンチちゃんの屋台の方に回っていたアムは、ソウゴを伴っている。
ジュウオウジャーの四人とソウゴの五人が、現場の状況に目を瞬かせた。
「マジか……空きっ腹で全力疾走してきてすげー響いたってのに」
「? まだ2時前だよ、レオくんもうお腹空いたの?」
「昼ごはんの買い出しに行ったタスクがまだ帰ってないのよ」
機嫌悪そうにそう言うセラ。
ドーナツとたこ焼きで満たされているアムとソウゴはへえ、と流す。
と、ちょうどそこにタスクとタケルの二人もやってきた。
「デスガリアンは!?」
「買い出しは?」
倒れたデスガリアンを指差し、逆に訊き返されるタスク。
あっと声を漏らして、その視線がタケルに持ってもらっている買い物袋へ。
とりあえずそれを指差して、苦々しく表情を浮かべる。
「いや……ちょっと色々あって……」
「色々じゃなくてちゃんと説明してくれる?
あんた、真理夫さんも昼ご飯抜きになってるのよ?」
〈オヤスミー〉
何やら言い合いが始まったの背に、マコトが変身を解除する。
普段ならここでナリアが出てくるのだが、今のところその様子が感じられない。
様子を見る必要があるだろうが、一応は―――
「そろそろ十分カナー! ワードハンティングー!」
その瞬間、倒れていたデスガリアンが動き出す。
帽子らしき部分だけ浮かび上がり、そこについた目が発光。
周囲一帯を一気に照らし出した。
光に包まれるのは、その場に集った全員。
言い合っていた者も含めて全員が、一気に身構えて戦闘態勢に入る。
〈 !〉〈 !〉
〈 !〉〈 !〉
〈 ! ! ! ! !〉
「 ? !?」
何だこれ、と。放った言葉は言葉にならない。
同時に、彼らの起動した力の結晶もまた同じく言葉を発しない。
ウォッチも、眼魂も、王者の資格も。
起動音が発声せず、起動自体が一切できなくなっていた。
それを見て愉快そうに笑うハッテナー。
彼は穴だらけの体をあっさりと復元し、何事もなかったように立ち上がる。
「うっふふ~! 下等生物が文明を築くこと自体、生意気なのカナ~! 文字を奪われたお前たちはもう喋れないし、書けないし、読めない! 意思疎通が出来なくなった下等生物はやがて文明を失い、生きるために奪い合うだけの
近くにいたマコトが万年筆型の武器で吹き飛ばされる。
彼は殴り飛ばされ、しかし何とか受け身を取って地面を転がった。
そうして、懐から出した眼魂を出しドライバーに入れる―――が。
ゴーストドライバーが一切反応しない。
「…… !」
「下等生物は下等生物らしく、惨めに生きて僕たちを笑わせる玩具でいればいいカナー!
そうれ、ワードハンティング乱れ打ちぃー!!」
帽子が空中に浮かび上がり、回転しながら周囲に光を飛ばした。
それは街のいたるところに飛んでいき、この地上から文字を消していく。
「アランさん!」
てすりに寄り掛かり、ぼうと海を眺めている彼を見つける。
アランは声をかけてきたマシュを一度だけ見た。
が。彼女が絵本を持っていることを見ると、すぐに目を逸らした。
「えっと……」
追ってきたはいいが、何と声をかければいいのか。
拒絶の意思が浮かんでいるその背中を見て、困惑する。
けれど自分が抱えている絵本を見て、思い直して彼に隣に並んだ。
「その……わたしはこのゾウは、きっと家族とも仲直りができると思います」
「―――何を。
一方的に排斥されたゾウに、何故そんなことをする必要がある」
既に捨てられたゾウだ。
鼻を伸ばした後どんな生涯を過ごすにしても、家族は余分だ。
一度捨てた家族に対し拘る理由など、あのゾウは持っていないはず。
「必要はないかもしれません。
でも、このゾウはきっとそうしたいと思ってる気がするんです」
アランの隣で頁を捲り、絵本を読みなおすマシュ。
「鼻が短いから、と仲間外れにされて。でも一生懸命に頑張って、鼻を伸ばそうとして。
悲しむことはしても、彼は誰にも恨み言は吐かなかった。
―――だからきっと、心の底からとても優しいゾウさんなんです。
例え自分を虐めた相手でも、仲良くできることを望むだろうと感じるほどに」
「……そんなことは、どこにも」
「はい。この絵本にはそこまで詳しく何かが書いてあるわけではありません。
―――けれど。この本を読んで、どこまで考えるかも読み手の自由だと思います。
このゾウがどれほど辛い思いをしたか、考えてしまうアランさんのように」
マシュの言葉にアランが強く反応を示す。
そのようなことを言われるのは不快だ、と。
絶対に自分はそれを不快に感じるはずだと、自分に言い聞かせるように。
「私が? 何を馬鹿な……! 何故そんな動物に私が共感すると思う?
私はただ、そんなものは所詮は人間が作ったものだと……」
「アランさんの知る眼魔の世界なら。
このゾウだってきっと、最初から幸福だったはずだと思ったんですよね」
そう言われ、それ以上聞きたくないというようにアランがマシュに背を向けた。
「この絵本の物語を通じて幸福になった、これからより幸福に生きていくはず……そう感じたタスクさん。最初から幸福であれば、こんな物語は初めから不要だったと感じたアランさん。きっとお二人とも、彼が幸福であればいいという考え方は同じなのに、言い争いになってしまって」
何度か頁を捲り、最後の頁に辿り着く。
そこに書かれた鼻の伸びたゾウ。友達の動物たち。
めでたしめでたし、という締めの言葉。
そこにゆっくりと指を這わせて、マシュは彼の背中を見つめる。
「……互いに同じ本を読み、抱いたのはきっと同じ想いで。
なのに論争になるほど熱が入ってしまって……でも、きっと。
こういう形の争いは、悪い事ではないと思うのです。わたしも、嫌いではありません。
戦闘とか、そういった争いは好きにはなれませんが……」
「……何が言いたい……」
「その、争いが起きない事は幸福だと思います。
けれど、
わたしたちはたった一冊の本にすら、感じる事が違う生き物だから。
だから、ええと……その。アランさんも思うことを、伝えたい人に伝えるべきだと思います」
アランの正面から回り込んだマシュが、彼に絵本を差し出す。
表紙に描かれている鼻の短い惨めなゾウが目に入り、僅かに目を逸らす。
「何故こんなことになってしまったのか。何故そんな行動を取ったのか。
分からないなら、分からないと伝えるべきです。
……それを確かめなければ、何よりきっとあなた自身が答えを出せないから。
例え、その結果として意思を伝えた相手と争うことになるのだとしても」
「私の、意思……?」
ずい、と更に本をアランに向けて突き出してくるマシュ。
鬱陶しいと振り払おうとして、しかし。
「……アランさん、この本はゾウの鼻が伸びたところでめでたしめでたし。
そうやって終わっています。ですが―――
この先があるとしたら、ゾウにはこれからどうなって欲しいですか?」
「どうなって欲しいか、だと?」
―――ゾウたちの集団は彼を見捨てた。
助けにきた動物たちも、所詮は異種族。
めでたしめでたしで締めようが、ゾウはどこまでいっても孤独だ。
問われ、ついその本をマシュから受け取って。
最後の頁を開いてその内容を検める。
幸福そうに鼻を振り上げる鼻を伸ばせたゾウの姿が、大きく描かれていた。
―――こんなもの、正しく現状の把握ができていないだけだ。
後々気付き、きっとゾウはその状況に絶望するに違いない。
そう。そうなるに違いないと、そう、考えて―――
「……分からない。どうなって欲しいか、とは何だ? こいつはこれから、今までと大差ない苦境に陥るはずだ。考えれば考えるほど、そうとしか思えない」
「―――でも。そうはなって欲しくない、と思っている?」
「っ、黙れ……! これ以上、こんなものに関することを話す必要など……!」
マシュの言葉に反応し、彼の手が絵本を放り捨てた。
地面に落ちた本が開いたまま、風で頁をはためかせる。
慌ててそれを拾いに行こうとしたマシュ。
―――その耳に届く声。
『マシュ、緊急事態だ! デスガリアン相手にみんなが押されてる―――!
君がいないと、恐らく戦闘にすらならない―――!』
「え?」
あんまりな内容のドクターの声。
それに足を止めた彼女の前で、光の渦が乱舞した。
街の一帯を舐め尽くしていく光線。
突然過ぎ去っていく光。マシュもアランもそれを浴びて、直後。
「 ? !?」
『ああ、不味い! マシュたちまで……! マップを出しつつ、手短に話すよ! 敵は“文字を奪う”という能力を持つ怪人だ! それに当たったみんなは変身能力も使えず、今は生身でデスガリアンを足止めしてる! 肉体自体がデミ・サーヴァントである君でなければ、戦闘すらままならない! すぐに急行してくれ!」
ロマニの説明を受け、マシュが驚いたように目を見開き―――
次の瞬間、武装を終えて疾走を開始した。
恐らく宝具の真名解放はできないだろう。が、それでもまともに戦えるのは彼女だけ。
何としても間に合わせるべく、彼女は全力を尽くす。
―――そうして独り残されたアラン。
彼が自分が放り捨てた絵本を取り上げ、その中を見る。
全ての文字が消えて、絵だけが残った絵本。
「――― ……! !」
消えたのは、ただの悪趣味な物語だ。
持たずに生まれた者が、当たり前のように備えた者に排斥される物語。
けれど、けれど、最後には笑顔で幕を下ろした物語。
その先にはロクな未来が待っていない、と確信している。
なのに、そんなものが目の前で消えたことに何故かこうも思考が掻き乱される。
何もかも理屈が合わない。
けれど、理屈で語れないことがありすぎることを、今の自分は知っていて。
―――歯を食い縛り、彼は先程ロマニが空中に投影した地図。
戦場だろうその場所を目掛けて、走り出した。
「―――― !!」
マシュが跳ね、その盾を鈍器代わりに襲来する。
変身できず、戦闘力が上げられない皆。
その中でジューマンたちは獣の姿に戻り、僅かでも戦闘力を上げて挑んでいた。
そんな彼らを凌駕する速度での吶喊。その一撃は、ハッテナーを強打する。
「ハッテナ~!?」
気の抜ける悲鳴を上げて転がっていくハッテナー。
からかうような様子で、ダメージが通っているような様子がない。
僅かに目を細め、相手の様子を窺う。
「 ! ! !?」
「 ! !?」
誰も彼も何を言っているか分からない。
情報が共有できていれば、言葉を交わせずともまだどうにかなるかもしれないが―――
現状ではまったく、さっぱり分からないとしか言いようがない。
ロマニの声は聞こえるが、そのロマニにも彼らが得た情報を伝達する方法がない。
「ぬふふふ……! 期待してた通りの下等生物らしい抵抗!」
倒れた体から帽子が離れ、その目らしき部分が発光。
熱量を伴った光線がマシュへと殺到した。
咄嗟に盾を掲げてそれを防ぐ。
その間に転んでいたハッテナーの体も起き上がり、帽子がその上に着陸する。
「これまで僕たちを撃退できていたのにねえ、文字を奪われたらこの結果!
どうしようカナ、どうしようカナ。
こいつらを生かしたままこの星を滅ぼそうカナ? それとも先に殺そうカナ?
どっちにしたらジニス様が喜んでくださるカナ?
ねえねえ、お前たちはどっちだと思う? あ、僕が文字を奪ったせいで喋れなかったカナー!」
万年筆型の武装、クエスチョッパーが振るわれる。
光線を防いだマシュを、その盾ごと後ろに追いやる一撃。
押しやられた彼女はすぐさま片足を軸に、回転するように盾をスイングした。
一回転しながら振り抜かれる盾の縁。
それは鈍器となってハッテナーを殴り返し―――
「 !?」
「うふふ!」
体から離れた帽子はその場に留まり、そこに描かれた顔を歪めた。
その目に黄金の光を灯し、次の瞬間放たれる光線。
盾を即座に引き戻すも守り切れず、マシュが大きく吹き飛ばされた。
地面を滑ってくる彼女に駆け寄る皆。
それらを前に、ハッテナーの帽子が地面に転がった体を回収しにいく。
帽子が体に触手を伸ばし、引き寄せるように合体する。
「 ……!?」
ハッテナーにとって体は張りぼて。帽子こそが本体である。
ダミーバイオボディには一切の攻撃が通じない。
たとえ気付くものがいても、文字を、言葉を奪い、情報を共有させなければいい。
仮に情報を得ても喋れず、無様に果てていく下等生物の奮闘。
それさえもジニスを楽しませるための、チームクバルの計算されたブラッドゲーム。
「さあて、じゃあそろそろ……?」
クエスチョッパーをくるりと回し、群がる下等生物に向け。
そこで新たな手合いがこちらに歩んでくるのを見つける。
「まだいたのカナー?」
「 ……!」
マコトがその新たな人物、アランを見て声にならない声を上げる。
彼は胸に手を当て、絵本を片手に提げて、ハッテナーを強く睨み据えた。
だがその口からは言葉が出ない。
彼も当然、ワードハンティングの影響を受けているからだ。
「なーに言いたいのカナー? 下等生物の考えはさっぱりハッテナー!」
言われて、鼻を鳴らす。自分の考えなど、自分自身が一番分かっていない。
だが、確かに自分はいま、この場に言いたい事を抱えてきた。
―――それに反応してなのか、彼の懐の中で眼魂が一つ輝く。
勝手に眼魂の中から飛び出るパーカー。
その白いパーカーゴーストは、肩部にある万年筆のペン先のような部分―――
ニブショルダーを展開して、思い切り伸ばした。
―――そうして、
「【私の考えなど、私自身が一番分からん……!
だが……! 返してもらおう、貴様が奪ったこの本の“物語”を――――!】」
装着したメガウルオウダーに、グリムの眼魂を投入した。
そのままメインユニットを跳ね上げる。
〈【イエッサー!】〉
デストローディングスターターを押し、ウルオーデューを生成。
上部のリキッドロッパーに、生成された特殊溶液が溜まっていく。
眼魂と反応させてネクロムの鎧を形成するため、アランの指が動いた。
「【変身……!】」
〈【テンガン! グリム! メガウルオウド!】〉
アランの体が白いトランジェントに覆われていく。
そして、今まで文字を書き加えていた白いパーカーゴースト。
グリムパーカーが、彼の上から覆いかぶさった。
〈【ファイティングペン!】〉
白い腕が、頭に被さったフードをゆっくりと外す。
露わになる単眼のゴーグルの眼。
その部分が緑色に光り、目の前に立つ文字を略奪者に対して向けられた。
「なんで!? なんで喋れるのカナ!?」
「【どうでもいい……! そんなこと私が知るか……!】」
「ぬぅうう……! ワードハンティング!!」
襟を正すように引きながら、歩き出すネクロム・グリム魂。
ゆっくりと迫ってくるその白い姿に対し、ハッテナーが怪光線を放つ。
直撃を受けて、またも言葉の文字が剥がれて消えていく。
―――だがその上から、グリムのペン先がまたも文字を書き加えていく。
「どうしてなのカナ!?
ワードハンティングで文字を奪われたら喋れないし、書けないし、読めない筈……!」
『【文字とは、言葉とは、時代・地域・人種……あらゆる文化に根付いたもの。
失われたことは数知れず、されど生まれたことも数知れず。
人が己の想いを文字というカタチに起こし、言葉として伝えたいと願う限り―――何度でも我らは言葉という、剣にも盾にも、そして心を繋ぐ手にもなる力を手に入れる】』
ネクロムを覆うグリムの声か。
ニブショルダーによって文字を綴り続ける、グリム兄弟が合一した魂。
その声を一番近くで受けながら、アランはトランジェントの下で顔を歪めた。
「そんなバッカナー!?」
慌てふためき、二歩三歩と下がるハッテナー。
そんな相手に対してグリム魂が、両肩のニブショルダーのうち片方を向かわせた。
「【私には言葉として伝えたいものなどない。だが……!
貴様の力は使わせてもらおう、グリム――――!!】」
それはまるでロープのようにハッテナーの体を縛り付け、ネクロムまで引き寄せる。
「緊急離脱ぅっ!」
体から離れるハッテナーの本体である帽子。
その目がネクロムを見下ろし、輝いた。
放たれる光線に対して、引き寄せたハッテナーの体をそのまま盾にする。
直撃する光線に焼かれて弾け飛び、蒸発していくダミーバイオボディ。
「ああっ、僕の体!? ―――下等生物ごときが生意気カナ……!
お前たちは文明なんか知らず、ただ何も考えずに暴れまわって無様に死に絶える、僕たちを笑わせるための玩具であればいいのカナ!」
ハッテナーの目が光る。放たれる無数の光芒。
ペン先が跳ねて、インクが壁のようにネクロムの前に引かれる。
光線とインクの壁が相殺し、蒸発して消えていく。
そんな光景を前にして、ネクロムが微かに拳を震わせた。
「【……そうか。貴様も、
人間の語る心だけではなく、お前たちの考えも私には理解できない―――!】」
人間の心。それに悩む時、一言では語り尽くせぬ感覚がアランを襲う。
良いものなのか、悪いものなのか。もうそれすら分からない。
自分でも何が正解か分からないもの。
暗闇の中で迷路に迷い込むような、そんな不明の感覚。
理解できないが、決して―――
同じ理解できないものであっても。
しかしこいつを前にして湧くものは、たったひとつ。
―――純粋に煮え滾る怒りだけだ。
「【貴様の語る仮想の“物語”に続きは要らない―――私が与えない】」
ニブショルダーのペン先から放たれるインクの弾丸。
それが二方向から一斉にハッテナーを襲う。
回避し切れず被弾し、彼はその顔をインクで塗り潰される。
前が見えずにふらつきだす、帽子状の飛行物体。
「ぬぁっ……!?」
〈【ダイテンガン! グリム! オメガウルオウド!!】〉
ウルオーデューが追加で滴下される。
グリム眼魂が大きく輝き、その力を最大限に発揮し始めた。
ペン先が走り、空中に眼の紋様を描いていく。
更に己の背後に、ネクロムのクレストである眼の紋様も浮かび上がる。
後ろに浮かべた紋様はエネルギーと変わり、ネクロムの足を覆っていく。
「【ハァアアアア――――ッ!!】」
―――跳び上がり、ふらつくハッテナーに向かって殺到するネクロム。
緑色の流星となった彼は、空中でその帽子を確かに撃墜した。
圧倒的な衝撃に叩き落とされ、地面に落ちたその帽子。
ハッテナーの本体が爆発を巻き起こす。
「ハッ~テナァ~っ!?!?」
焼け落ち、地面に転がったハッテナー。
その中から今まで奪われた文字が溢れ出してくる。
奪われた場所に帰っていく文字の群れ。
それを受け止めて、言葉を取り戻した大和が叫んだ。
「気を付けて! コンティニューがくる!」
「―――言った筈だ。続きはない、と」
その忠告を聞いて、ネクロムが僅かに顔を上げる。
グリムのペンが空に描いた巨大な眼の紋様。
それが文字の返還を合図にしたかのように、機能を開始してガンマホールを生成。
地面に転がっていたハッテナーの残骸だけを吸い込んでいく。
「文字も言葉も持たないものが暴れる様が好きなのだろう?
なら、いい場所を紹介してやる。そこで自分がグンダリの玩具にでもなるがいい」
吸引され、この世界から消え失せるハッテナー。
パーカーの襟を引いて正しながら、ネクロムはそれに背を向けた。
「『はなのみじかいゾウ』? それってどんな話?」
「えっと、確かゾウの中に一匹だけ鼻の短いゾウがいて……」
戦闘を終えたアランを待っていたのは、手にしていた絵本への追及だった。
内容を訊いてくる連中に対して、タケルがそう長くない本の内容を説明し始める。
一瞬で顔を顰めた彼は、それをタスクの方へと突きつける。
「貴様のものだろう」
「僕はいい。君が持っていればいいじゃないか」
しれっとそう言い返され、本を押し返される。
ならば、と。今度はマシュの方へと押し付けようとするアラン。
そうされた彼女は少し迷って、しかしアランに本を押し返した。
「これはアランさんが持っていた方がいいと思います」
「なにを……」
「へー、アランはそのゾウが可哀想で、それが心配で怒ってたの?」
タケルの説明を受けて、ソウゴが笑いながらアランに問う。
ギロリと目を鋭くして彼を睨み付ける。
だがそれを気にすることもなく、ソウゴはアランの後ろに回って肩に手を懸けた。
「そういう時どうすればいいか、教えてあげよっか」
「なに……?」
ソウゴの口振りに反応を示すアラン。
そんな彼に対して、にこにこしながらソウゴは言葉を続ける。
「ゾウの中の王様になればいいんだよ。王様になって、ゾウの世界をみんなが手を取り合って仲良くできる世界にすれば全部解決じゃない?」
「……その解答、割と予想できていました」
小さく頷きつつ、目を伏せるマシュ。
怒るだろうか、と彼女が恐々としつつアランの様子を窺う。
と、それを聞いた彼は不思議な顔で絵本を見つめた。
王が世界を変えたのは、眼魔世界もそうなのだ。
―――大帝アドニス。
眼魔世界は彼の理想世界だというのに。
だというのに、まるで彼はその理想を裏切るような言動を繰り返した。
王になり、世界を変える。
アドニスは眼魔世界の王となり、心を必要としない完璧な世界を作った。
その道を選んだはずだ。世界の舵はそちらに切った筈だ。
最初にそちらの道を選び取ったにも関わらず、何故いまさら心などと。
共にゾウの幸福を願いながら論争した、と。
先程そんな風に言われたことを思い出す。
……心のない理想世界も、心に従えという言葉も、もしかしたら。
意味を相反しながらも、同じ目的―――
幸福のために吐き出された言葉なのかもしれない、と。
そこまで考えて、アランは首を横に振った。
自分で分からないならば、問わねばならない。
父と、兄に。表面的な理由だけではない。その真意を。
そんな彼を見ながらマコトが小さく笑い、ゆっくりと腕を組む。
「んでよぉ、タスク。飯、どうすんだよ」
「あ……今から帰って、作るか?」
タケルが近くに置いておいた買い物袋を回収して、逆に確認するタスク。
レオがその場で引っ繰り返り、空きっ腹を押さえる。
「マジかよ……! もう夕飯になんだろそれ……!」
「叔父さんも待たせちゃってるし、早く帰らないとね」
そう言って乾いた声で笑う大和。
家で待っててもらっているのに、自分たちだけ外で食べるわけにもいかない。
だよなぁ、と溜め息交じりの仕方なしに納得するレオとセラ。
そんな中でアムがきょとんとしながら、マシュを見た。
「ねえねえ、マシュちゃん。あれは……」
「あっ……!」
バスケットどこにやったっけ、と。
決まってる。緊急武装したところで放り投げてきてしまったのだ。
あそこになら一応全員分のドーナツが入っていたのに。
申し訳ない気持ちになりつつ、自分が来た方向へとつい視線を送る。
―――そうして、そこに発見するバスケットの姿。
「あ、先輩!」
「マシュ、お疲れ様。大丈夫? ドクターは心配ないって言ってたけど。
あとこれ、ベンチの上に置きっぱなしでフォウが番犬? 番フォウ? してたよ」
「フォウフォウ」
仕方のない奴だ、と溜め息混じりに首を振るフォウ。
そんな彼を頭の上に乗せ、立香がバスケットを持ってそこに現れた。
小走りに走り寄って、そのバスケットを受け取るアム。
「はいはい、みんなー? ドーナツとジュースを受け取りました。
このおやつを食べて、晩御飯まで耐えましょう!」
「マジか、食う!」
「真理夫さんの分もあるので、帰ってからねー」
言いながらマシュたちに手を振って、バスケットを抱えて帰路につく。
すぐさまその後に続いていくレオ。
疲労と空腹からくる重い足取りで苦笑しながら追従する大和とセラ。
そして買い物袋を提げたタスクもそれに続こうとして、
ふと思いついたように、アランに振り返る。
「君の中で、本に何かの価値を感じられたか?」
「……そんなこと、私には分からん」
手にした本を何とも言えない顔で見るアラン。
奪われた文字が戻ってきて、元通りだ。
ロクでもない話は、このゾウの元へと確かに戻ってきた。
こんな物語など無くていいと思っていたのに、何故か安心さえもあって。
この感覚は何だ、と眉を強く顰めつつも―――
「ただ、嫌いでは……ない」
「―――なら、良かった」
その言葉を聞いて、タスクもまた皆に続いていく。
それを見送りながら、彼は再び絵本の最後の頁を捲って見た。
このめでたしめでたしの先に一体何があるのか。
分からないが、それでも―――
グンダリ(いらない…)
すぐファンファンって何だよ(哲学)
単発回的なのにしようとしたら妙に長くなるという。
ゾウの鼻だけじゃなくて話も伸びたんやなって。
次回はマコト兄ちゃん回。
お前は兄ちゃん失格や。安心せえ、仮面ライダースペクターは俺が継いだる。
あとリュウソウレッドも俺が継いだる。