Fate/GRAND Zi-Order 作:アナザーコゴエンベエ
「ぬ、ぐっ……! なぜ、私が、こんなことを……!」
寺の廊下を滑る雑巾。
それを必死に押しているジャベルが、忌々しげに呟いた。
彼に与えられた使命はアランの捕獲、あるいは抹殺。
だが敵の本拠地に捕まった彼にそれを成し遂げるのは難しい。
一度撤退するにしても、ガンマホールはスペリオルの眼魂がなければ開けない。
まして肉体の維持には食事諸々が必要になる。
が、こちらの世界でそれを補給する術を彼は持っていない。
提供される衣食住を受けつつ、代わりにこうして働かされ始めていた。
無償の施しなぞ受けるつもりはない。
ならばもう、働いて対価を支払うしかなかったのだ。
「あ、玄関に置いてあるダンボールなんだけど。
後で下に置いてある車に積んでおいてくれたまえ」
そんな彼の横をひらりと擦り抜けていくダ・ヴィンチちゃん。
「なぜ! 私が! そんな! ことを!」
「鍵はダンボールの上に置いておくから」
ダ・ヴィンチちゃんの要請。
働くには働くが、それはそれとして戦士である自分に雑用を押し付けることに文句は言う。
ただ叫び返したところで、彼女は取り付く島もない。
ひらひらと手を振って、居間の方へと行ってしまう。
そうして彼女がゆったりとした足取りで部屋に踏み入れる。
すると、何やら面白い光景が広がっていた。
部屋の隅には半裸で体育座りする青年。
それと距離を保ちつつ、何とか会話を試みようとする連中。
虐待されていた動物と、その心を開こうとする保護スタッフのような。
あまり笑えない話であるが。
「どうだい? 状況は進展したかな?」
「見た通りでしょ」
面倒そうな顔をしながら、オルガマリーがテーブルで頬杖をつく。
―――ザワールドは確かに解放された。
彼の名前は門藤操。
デスガリアンに拉致され、犀、鰐、狼のジューマンパワーを注がれた人間だ。
先日の戦いの後、彼は目を覚ましてからずっと部屋の隅で体育座りをしている。
「ええと、操くん? とりあえず服は着た方が」
「今は冬ですぞ、そのままでは余りにも……」
服を持って彼に近づく大和。
同じように声をかける御成。
その二人に対して背を向け、操は壁に向き直った。
「……いいんだ。俺には君たちから服を借りる資格がない……!」
寒さに肩を震わせながら、そう言い切る操。
仕方ないので大和が服を持って彼の傍でしゃがみ、服を押し付ける。
「資格があるとかないとかじゃなくて、服は着た方がいいって! 風邪ひいちゃうから!」
「……いいんだ。俺が殺してしまったジューマンたちに比べれば風邪くらい……!」
「よくないから!」
くしゃみしながらも、頑なに服を受け取らない彼。
壁に寄り掛かりながらそれを見ていたレオが。
珍しく呆れたような表情まで浮かべた彼が、溜め息混じりに言う。
「風邪もよ、こんだけ暗い奴は避けてくんじゃねえかな?」
そんな事を言ったレオの足を軽く蹴るセラ。
彼はぶすっとしながら、だってよ、と言わんばかりに操を指差した。
その腕を掴んで下ろしながら、タスクが顔を上げる。
「ジューマンが犠牲になったのは、デスガリアンのせいだ。
君だって被害者だろう? 君が気に病む必要はないじゃないか」
「………………」
タスクにそう言われた操。
しかし彼は耳を塞ぐように、頭を抱えて突っ伏した。
そんな事をしている彼に服を押し付けようと、大和が体を近づける。
―――直後に、そこで急に立ち上がる。
直立の勢いに巻き込まれ、近くでしゃがんでいた大和がひっくり返った。
立ち上がった操は天井を見上げながら、何故だか部屋を回るように歩き出す。
「俺は……! 子供の頃から体が弱く、引っ込み思案で暗い性格だった……」
「お、おう……」
突然の告白に対し、皆で口を濁した相槌。
そんな状態で視線を集めながら、操が自身の来歴を続ける。
「渾名で呼び合うような友達も一人もいなかった……
そんな自分を変えたくて体を鍛えたり、色々なセミナーにも通ったりもした。
―――けど、変われなかった……」
彼が天井の照明に手を翳し、ゆっくりと拳を握っていく。
まるで光を掴もうとするかのような様子だ。
しかし、当然のように何も掴めずに下ろされる腕。
「そんな時だった、俺がデスガリアンに捕まったのは。
ジニスは、俺の求めていたものをくれると言って手を差し伸べてきた……
俺はその言葉に抵抗、できなかったんだ……!
犀も、鰐も、狼も。俺が殺してしまったようなものだ……!」
誘惑を跳ね除けられなかった、故に自分は許されない。
彼はそう言う。
「いやいや、あなたのせいじゃないから! 悪いのは全部デスガリアン……!」
「俺にお前たちに許してもらう資格はないんだ!!」
彼の主張を否定しようとするセラ。
だが彼女の言葉を遮って、操が突然駆け出した。
彼は半裸のままに出口へと向かって走っていく。
「おい……終わった、ぬおッ!?」
そうして、丁度入ってこようとしたジャベルに激突。
その衝撃で共にもんどり打って転がる二人の姿。
だが操は薙ぎ倒したジャベルを置いてすぐに復帰してみせる。
彼はそのまま、減速もせずに走り去ってしまった。
「ちょ、ちょっと! 出てくならせめて服着てからにして!!」
それを追っていく大和。
飛び出していった二人、そして転がるジャベル。
そんな状況を見つめながら、オルガマリーがこめかみに指を当てた。
「なんか、とんでもない奴だったわね……」
彼女の言葉を聞いて、ソウゴが口を開く。
その瞬間、立香が彼の口の中にドーナツを突っ込んだ。
所長も結構あんな感じだよ、とか言い出すに決まってるのだ。
そんな途中で阻止された流れを想像して。
マシュは苦笑を浮かべつつも、ゆっくりと視線を外した。
「どうしたの? 大和さんたちが凄い勢いで飛び出してったけど……」
タケルとマコトが揃い、中へと入ってくる。
入口で倒れていたジャベルを二人で担ぎながらだ。
彼らは壁にその体を寄り掛からせつつ、この状況に首を傾げた。
そんな彼らに、ザワールド―――門藤操の人柄を伝える。
過剰に卑屈な彼の言動に対し、どう反応すればいいかと顔を曇らせる二人。
「……俺は見ていないが、そいつの強さは本物なんだろう?
ならば、協力できる状態にはしておいた方がいいんじゃないか?」
「―――それなんだが……そこは、彼の意思に任せる」
ザワールドの力は直接戦ったものがよく分かっている。
圧倒的なパワー、スピード、タフネス。
彼一人でジュウオウジャー、ゴースト、ジオウ、マシュ、と。
全員を相手取り優勢を保っていたその戦闘力は、味方になれば心強い。
―――だが。
タスクは腕を組みながら、マコトの言葉に首を横に振った
「操くんも被害者だもんね……
ジューマンパワーを持ってるって言っても、デスガリアンに無理矢理渡されたものだし」
「しかも今まで操られて、やりたくもない事させられてた。
怖くて戦えなくても……まあ、しょうがないと思う」
アムとセラの、操を心配する言葉。
それに対して微かに目を細めて、マコトは頷いた。
「……そうか。まあ、確かに本人の意思が……一番だな」
眼魔世界から帰還した後、アランもまた受けたショックに悩んでいる。
兄が父を殺したのだ。
気丈に振る舞ってはいるが、それも当然のことだろう。
タケルは目を伏せ、マコトの言葉に小さく頷く。
マコトがあちらで会ったというダントン。その名は仙人の口から聞いていた。
それだけではなく、ユルセンからガンマイザーという名前も。
分かり切っていたが、仙人は深いところまで事情を把握しているはずなのだ。
後は眼魂を15個集めているのに願いが叶えられないこと。
それらの事情を訊くために、とにかくどこかで彼を捕まえなければならない。
タケルたちは仙人探し。そして大和たちは鳥のジューマン探し。
どうやら今度は、揃って謎に対するキーマンを探すことになりそうだった。
「なんだい、彼氏。こんな時間から公園でぼけっとして」
屋台の開店準備を進めながら、フミ婆はベンチのアランに声をかける。
声に反応して振り返るが、彼はすぐに視線を逸らしてしまった。
ついでにフミ婆がちらりと視線を横に動かす。
彼の隣のもう一つのベンチには、なんと半裸の男が体育座りしていた。
恐らくその男に着せようとしているのだろう。
憔悴した様子の服を抱えた青年が隣に座っている。
「お友達かい?」
「……俺に友達を作る資格は……ない」
彼女の問いかけに答えたのは、今まさに体育座りしてみせている男だった。
目の前に広がる池を遠い目で眺めながら、何らかの感情に浸る門藤操。
「あっはっはっは! また変な子が増えたねぇ」
また増えたヘンテコな知り合いに、思わず彼女は笑ってしまった。
アランから自分をこんな奴と一緒にするな、という視線が飛んでくる。
が、当然のように彼女は無視した。
笑いながらも、彼女は手際よく開店の準備を進めていく。
準備を終えたら鉄板に火を入れ、生地を作成。
そうしていると、公園の中にいつものように車が乗り込んできた。
最近になって商売を始めたお隣さん。
その車は彼女の店の隣につけると、てきぱきと開店準備を整えていく。
「おはようございます、フミ婆さん!」
「フォウフォウ」
「ああ、おはよう。今日も元気だね」
マシュと肩の小動物の挨拶にいつも通り返しつつ、準備を進める。
生地に、一口大に切ったたこ。
鉄板には油を引き、慣れた手つきで調理を進めていく。
「どうも。今日はよろしくお願いします」
今日の運転手は銀髪の女性の方。
車を動かしているのは、ひょうきんな女性と今いる硬い態度の女性の二択だ。
大体こちらの女性。時々もう片方の女性くらいのバランスで入れ替わる。
「今日もよろしくね」
オルガマリーにマシュに、アム。
彼女たちが車に積んでいたテーブルなんかを下ろして、並べだす。
最近はそこで彼女の店のたこ焼きを食べていく客もいる。
それ以前にお隣さんが増えたことで、最近は随分と賑やかになったものだ。
そんな中からアムが外れて、半裸で体育座りしている男の方に行った。
「えっと、まだ服……」
「ああ、うん……」
隣に座っていた大和が困ったように苦笑した。
どれだけ押し付けても、受け取ってもらえないのだ。
操は更に小さく縮こまり、頭を抱えて俯いた。
「俺は取り返しのつかないことをした……お前たちの仲間、ジューマンたちを……
そんな俺に、お前たちから服を受け取る資格なんて……」
「だからそれはデスガリアンの……」
そんな彼らの様子を横目に見ていたアランもまた、池を眺めて遠くを見る。
操の犯した、取り返しのつかないこと。
彼はむしろ被害者だし、取り返しのつかない事態に巻き込まれただけだ。
その性格から自分が加害者のように振る舞っているが―――
しかし、誰も彼に責任があるなどと思わないだろう。
「今のあんたたち、そっくりな顔してたよ?」
生地を鉄板に流し込みながらのフミ婆の言葉。
それがアランに対しての言葉であり、操と比べて言われたということに疑いはなく―――
アランは操の方を見ると、嫌そうに眉を上げた。
ただ……そんなつもりは全くないが、しかし。
操の言葉に対して思ったことは、少しだけあるかもしれない。
ふと、勝手に口をついて出てくる言葉があった。
「―――兄が、取り返しのつかない罪を犯した。
私はその場にいて……奴をけして許してはいけないと、そう思った」
皆が動きを止めて、アランの方を見る。
準備を手伝っていたカノンも、驚いた風に彼の方へと歩み寄ってきた。
「へえ、そうかい」
そんな雰囲気の中でも変わらず、フミ婆は作業を続けている。
生地の中にたこが放り込まれた。
完成まであと一歩、だ。
「その時は最早譲歩の余地などなく、奴と私は争うしかないと。
そう断じて行動した……はずだった」
父を殺めたアデルの罪。
けして許せないその行為に対して、怒りはまだ燻っている。
けれど、少しずつ語調が弱くなっていく。
「今は違うのかい?」
「……許せないことには変わりない。許していいはずもない。
けれど……何故か、私の中にそれでいいのか、という疑念が生まれた」
アランが自分の胸を掴み微か、苦しげに顔を歪める。
自分で自分の考えの意図が理解できない。
考えるまでもない筈のことなのに、何故か自分の中でそれに反論が生まれる。
「分からない……何なのだ、これは。
何故、敵と断じたアデルにこんな感情が湧くのか……私には」
「許せない、って思う事と。許したい、って思う事。
そりゃ同じ相手に両方思うことはあるだろうさ。しかも相手は家族なんだろう?」
「家族……家族だから。私がアデルを、許したい……?
そんな馬鹿な……奴がやったことは、家族だったとして―――
家族だったからこそ、到底許せることでは……!」
アランは呆然としながら言葉を吐き捨て、目を細めた。
その上で、胸に手を当て自分の中から怒りを振り絞ろうとする。
今でも当然怒りは湧いてくる。
けれど、その怒りと一緒に何か別の想いも湧き上がってくるのだ。
その事実に対し、アランが表情を強く歪めた。
そんな彼の前で、フミ婆がたこ焼きをパックに詰めていく。
彼女はそれを二箱作り、屋台の表に出てきた。
「最終的に許せないのか、許すのか。そりゃ彼氏次第さ。
でもそれは、頭で考えたって答えは出てこないよ」
いつも通り。
彼女はアランにたこ焼きを1パック差し出す。
いつも通りについ彼がそれを受け取った。
そうして空いた手で指を伸ばし、フミ婆はアランの胸を指差した。
「許したいくらい大事な家族で、なのに許せないくらい酷いことをしたんだろう?
選びたくない、辛い、苦しいって。そういう気持ちがあんたの心に靄をかけてる。
けどね。あんたの心は叫んでいるのさ」
フミ婆の指が胸をとんとんと叩いた。
そこにある心の事を示すように。
「私の心が……叫んでいる?」
「そうさ。心が辛い気持ちの中で迷子になってるんだ。
そんなあんたの胸の中で、俺はこうしたい、って心が叫んでいるのさ。
今は靄は深くて、あんたには心がどっちを叫んでるのか分からないんだねぇ」
彼女はその足でアランから離れ、次は操の元へと向かった。
体育座りの姿勢で頭を抱え込む彼に、たこ焼きを差し出す。
見えなくとも焼き立てのたこ焼きだ。
匂いで十分にそれが分かるだろう。
「……俺には、たこ焼きを恵んでもらう資格は……」
「おかしなこと言うねぇ、たこ焼きを食べるのに免許なんか要らないよ。
ここでこうして焼いて売るには、免許が要るけどね」
からからと笑うフミ婆。
免許を持っていないオルガマリーたちが小さく目を逸らす。
操は微かに顔を上げて―――しかしすぐ、視線を落とした。
「俺は……俺も、取り返しのつかないことをしてしまった。
きっと、その相手は俺を許してくれない。それくらい酷いことを……!」
奪ってしまった命を思い描く操。
すると、体育座りの操の背後にぼんやりと影が浮かぶ。
操本人以外にはけして気付くことのできない存在―――
彼がデスガリアンに囚われた時に見た、三人のジューマン。
犀男、鰐男、狼男のジューマンの姿だった。
幻影か、怨霊か。
彼は解放されてから常に、そのプレッシャーを感じていた。
恨んでいるだろう。憎んでいるだろう。
彼らは操に全てのジューマンパワーを奪われ、生命力が尽きて息絶えたのだ。
ぼんやりとした犀男の影が言う。
『門藤操、うらめしやぁ……』
それに続くように、狼男が言う。
『俺たちはお前のせいで死んだんだ』
更に鰐男が続いた。
『たこ焼き美味しそう』
鰐がふらふらとフミ婆の持つたこ焼きを覗き込む。
出来立てほやほや、あつあつのたこ焼きだ。
熱に躍る鰹節と、ソースの匂いで食欲を強く刺激する光景。
そんな光景に見入っている彼を狼が引っ張って連れ戻す。
そうして、三人は操の後ろに並んだ。
犀のジューマンは操の隣に歩み寄って、彼にささやく。
『俺たちはお前を一生許さない……もう死んでるけど』
言われて、操は体を強く震わせた。
そんな彼の背中に手を置いて、狼が耳に顔を寄せてくる。
『お前さえいなければ俺たちは死ななかったんだ』
『あ、あっちにはドーナツとジュースもある』
鰐が楽しげにオルガマリーたちの方へと走っていこうとする。
それに掴みかかり、止めようとする狼。
取っ組み合いになりつつあるその二人を放置し、犀が大和とは逆の操の隣に座った。
「俺は……一体どうすれば、あんたたちに許してもらえるんだ……!」
フミ婆からも大和からも目を逸らし、再び俯く操。
自分にしか見えないジューマンの姿。
他の誰にも、彼が責められていることは伝わらない。
溜め息混じりに操の言葉に唸る犀男。
彼の手の中には、いつの間にかたこ焼きがあった。
それを食べ始めつつ、彼は操の疑問に答え出す。
『そんなこと訊かれてもなぁ……俺たち、お前の被害妄想で出てきた幻だし……』
『死んだ奴が許すか許さないかなんて決められるわけないからな』
何故かドリンクとドーナツを持って帰ってくる鰐と狼。
呆れた風の狼の物言いに対し、操が呆けた。
「え……俺を憎むあまり怨霊になったんじゃ……」
『いやぁ、怨霊になったらデスガリアンに憑りついてるんじゃないかなぁ』
ドーナツを口に放り込み、ストローでジュースを飲む鰐。
鰐なのに長い口を器用に使い、上手い事飲んでいる。
『お前を責めてるのは最初っからお前の妄想の中の俺たちってわけだ。
俺たちの姿をした怨霊に許してほしいだけなんだろ?
その方が許してもらえた、って気分になるもんな』
狼男がドーナツを食べながらそう言って操を指差す。
ぎくりと身を震わせて、操がまた深く顔を俯かせる。
『俺たちはばあさんの言う心の靄さ。
お前が何を考えるにも邪魔をして、心を覆い隠すカーテン』
『勝手にそんなもんにされる俺たちゃ溜まったもんじゃないぜ』
犀男と狼男が顔を見合わせ、やれやれと肩を竦めた。
鰐男もまた口の中にドーナツを放りながら、何故かしみじみとした様子で呟く。
『亀の甲より年の劫だねぇ』
『お前は亀じゃなくて鰐だろ』
たこ焼きとドーナツとジュースでパーティを続ける三人。
そんな光景を前にして、自分が何をすればいいのか分からなくなってくる。
じゃあ一体自分は―――
再び視線を落として、頭を抱えようとする操。
彼の肩を叩くのは犀男の腕。
向き直ってみれば、彼はストローを銜えながら真っ直ぐ操を見ていた。
『門藤操、お前はもう誰にも許しは請えないんだ。
お前が自分を許せないなら、自分で自分を許すしかない。
怨霊に許してもらおうなんて甘い甘い。このジュースより全然甘い』
「なんでジュース飲んでるんだ……?」
『俺たちゃお前の妄想なんだぜ。
俺たちがもの食ってるってことはお前が腹空かせてるんだよ。あつっ!』
たこ焼きを頬張り、狼男が熱さに体を震わせた。
鰐もまたその横で大口を開けて、たこ焼きを放り込んでいく。
『美味い美味い』
バクバクと食いながら鰐が嬉しそうにたこ焼きを味わう。
愉快に交流しているように見える、三人のジューマンの亡霊。
それらは全て、操自身の妄想が作り出した産物だという。
つまり、本当の彼らの意思はもうどこにも残っていないのだ。
ならばもう。
彼は自分を怨む誰かに謝ることも、許しを得ることも―――
二度と、できない。
「…………俺はもう、誰にも許しは……請えない……」
―――そんな風に。
突然ぶつぶつと呟きながら、虚ろな目で空を見上げ始める操。
彼に対して、フミ婆がたこ焼きの箱を握らせた。
その熱で正気を取り戻し、操の意識が戻ってくる。
そうやって箱を取った彼の手をぽんぽんと叩き、彼女は笑う。
「詳しいことは分かんないけどさ。
頭を下げる相手がいないんじゃ、せめて真っ直ぐ前を向かなきゃ。
まずは頭を上げて周りを見なきゃ、何にも始まらないからね。
ほら、たこ焼きのいい匂いがするだろう?
いま顔を上げなきゃ、せっかくのたこ焼きを食い逃しちまうよ?」
たこ焼きを握らせると、彼女は笑いながら屋台に戻っていく。
手にした箱から伝わってくる熱。香ってくるソースの匂い。
それに対して鳴る腹の虫。
自分の腹を手を押さえて、先程まで見ていた幻を思い描く。
たこ焼きを頬張るジューマンたち。
けれど本物の彼らは、二度とそんなことはできないのだ。
「俺に……このたこ焼きを食べる資格は……」
「たこ焼きを食べるのに、そんなもの要らないんだって!」
操の横に座っていた大和が立ち上がった。
彼は屋台の方に小走りに寄って、そのまま1パック買って戻ってくる。
たこ焼きを手に、目の前に戻ってきた大和。
彼が箱を開けた瞬間に立ち昇る湯気。
大和はそのたこ焼きを一つ、口の中に放り込んだ。
「あっ、あっふ……!」
「出来立てだもんねぇ」
猫舌じゃなくてもそりゃそうなる、と。
気持ちがよく分かる白虎が、うんうんと首を縦に何度か振った。
なんとかかんとか咀嚼してから嚥下する。
そうしてから、大和は操に対して向き直った。
「俺たちはこうやって何かを食べて、誰かと繋がって、そうやって生きていくんだ。
だから何かを食べる事に資格なんて要らない。
命が生きるために持たなきゃいけない特別な資格なんて、どこにもないんだ!」
「……だが、俺は……」
ジューマン三人から、その命を奪った。
自分で自分を許すしかないのなら、もう自分は永遠に許されない。
そんな自分を自分で許せるほど、門藤操は強くない。
―――強くないから、デスガリアンを跳ね除けられなかったのだから。
「好きなだけ悩めばいいのさ。
それも、今あんたたちが必死に生きてるってことの証なんだからね」
新たなたこ焼きを焼きながら、フミ婆はそう言って笑う。
その言葉に、アランは手にしたたこ焼きを見る。
彼の後ろで立っていたカノンが、ふと彼女に問いかけた。
「フミ婆は今までで何か、凄く悩んだことある?」
「そりゃあるさ」
何を当たり前のことを、と。肩を竦めるフミ婆。
「……私はね、若いころは絵を描いてたんだよ。
絵を描くのが好きで好きで、将来は絵描きになりたいと思ってた。
でもね、色々あって止めちゃったのさ」
「止めてしまった、のですか? その……何かあったのですか?」
くるくるとたこ焼きを回すフミ婆の手が一瞬止まる。
だがすぐにまた動き始め、たこ焼きはどんどんパックに詰め込まれていく。
マシュが出した疑問を、彼女は軽く笑い飛ばした。
「何でだったかねぇ……ただ一つ言えるのは、苦しかったってことさ。
自分の心の中で一番大切なものだった絵を止めた時はね。
まるで穴の開いた心が、ずっと押し潰され続けてるみたいだった」
屋台の上にパックを並べて、彼女もまた空を見上げる。
「辛くて、苦しくて、治す方法なんかとんと思い当たらなくて。
いっそこのまま心なんて無くなってしまえばいいって、苦しんでた」
「心が、無くなればいい……」
その言葉に、驚いたように彼女の顔を見上げるアラン。
だが次の瞬間、フミ婆はすぐに自分の言葉を笑い飛ばしていた。
「でもねぇ、ここまで生きてきて改めて思うよ。私の心が無くならなくて良かった、って。
もし心が無くなってたら、こうやってたこ焼きを焼いて、食べてくれる人の笑顔を喜ぶことも出来なくなっちゃうからねぇ。だからほら、あんたたちもさ。
私が作ったたこ焼きを食べて、笑顔になっておくれよ。私の幸せのためにもさ」
そう言ってたこ焼きを抱えたまま止まっている二人を促すフミ婆。
言われたアランが少し迷いながら、いつも通りに箱を開く。
そのまま彼は、一気にたこ焼きを掻き込み始めた。
「……美味い」
「そうかいそうかい。ほら、そっちも」
ぶすっとしながらも手は止めないアラン。
それを見て笑ったフミ婆が今度は操の番だと視線を向ける。
見られていた彼が手の中の箱を見て―――
『いいから早く食べちまえよぉ』
『冷めちまうだろ? ばあさんに失礼だと思わないのか』
『ドーナツとジュースも食べたいだろう?』
後ろから声をかけてくる自分の妄想。
それを聞きながら、箱を開ける。
香ばしい匂いに盛大に腹を鳴らす。
だが串を手にしたところで数秒止まる。
怯えるように見上げたフミ婆は、優しく笑っている。
食べて喜んでくれれば自分は幸せと言ってくれた彼女の笑顔。
それを見上げ、歯を食い縛り―――操はたこ焼きを食べ始めた。
「――――美味い……!」
「そうかいそうかい……私はたこ焼きを焼いて、あんたが食べて。
そんで私もあんたも笑顔になった。これ以上の幸せはないさ」
空腹に染み渡るたこ焼きの味。
それに思わず溢れ出す歓喜の声に、フミ婆が満足げに頷いた。
すぐに箱を空にしたアランが、彼女に声をかける。
「もう一つだ」
「はいはい、っと。ああそうだ、裸のお友達見てたら思い出した。
彼氏には渡そうと思ってたものがあったんだ。ほら、これ」
たこ焼きと一緒に渡される紙袋。
怪訝そうな表情を浮かべたアランが、その中身を覗く。
中に見えるのは、浅緑色の何かだった。
「これは……?」
「服だよ、服。
ほら彼氏、あんたの服。前よりまたボロボロになってるじゃないか。
ちゃーんと、あんたに似合いそうな服を選んでおいたよ」
黒の軍服を叩くフミ婆の手。
眼魔世界での戦闘を経て、確かに服はよりボロボロになっている。
いい加減に見るに見かねた、ということなのだろう。
取り出してみれば、白のシャツとパンツ、そして浅緑色のショール。
何を以て彼女は、これを着せようとしたのか―――
「……私には似合うまい」
「そうかい? ピッタリだと思うけどねぇ」
そんな二人のやり取りをたこ焼きを食べながら見ていた操。
彼は、何かに気づいてしまったように絶句した。
隣でたこ焼きを食べている大和が、彼の変調に首を傾げて問いかける。
「操くん、どうかした? あ、服着てくれる気になった? じゃあ……」
「その……もしかして、なんだが。
あの二人は、つ、付き合っているんだろうか……年の差カップル、なのか?」
「へ?」
操が指差すのは、アランとフミ婆以外にない。
フミ婆はアランのことを彼氏と呼んでいる。
それはつまり、自分の彼氏に対する呼び方だったりするのだろうか。
そんな言葉を聞いたフミ婆が、おかしそうにアランの肩を叩いた。
「あっはっはっは!
やだねぇ、私はもう彼氏と同じくらいの孫もいる75歳のババアだよ!」
「つ、つまり! 孫くらいの年齢の恋人が……!?」
という事はどんな形であれ、前の伴侶とは別れているということ。
自分が言及していい話題ではないと、操は口を噤もうとする。
「―――何が言いたいか知らんが、私の方が年上だ」
「75歳より上なのか!? み、見えない……!
つまりおばあさんには年上の孫が……!? 一体、どういう……!」
しかしアランの言葉に対し、すぐに反応を示してしまった。
アランはフミ婆の孫と同じくらいの年齢かつ、フミ婆より年上らしい。
どういうことだ、となる。
が、彼女の前の夫にフミ婆より年上の孫がいたとすれば……?
余りにも理解を超えた彼女の系譜に目を回し、操は思考を打ち切った。
亀の甲より年の劫と鰐が言っていた。
それにしたって、これほどの劫を経てきた方だったとは。
「……俺の想像を遥かに超えた人生だ。
……その人生が、今のおばあさんの人生観を形作っていったんだな……
俺なんかに、同じように生きることができるだろうか……」
フミ婆の壮絶な人生を想像し、まったく想像し切れずに肩を落とす。
今彼が食べているたこ焼きには、それらが全て詰まっていたのだ。
きっと、一言で美味いと片付けていいようなものではない。
そうして俯く操に対して、大和が軽く頬を引き攣らせた。
「絶対勘違いだと思う……」
「アラン様も勘違いされるようなこと言わないでください!」
「……私が何かおかしな事を言ったか……?」
カノンに怒られ、理不尽だと眉を顰めるアラン。
そんな中で、オルガマリーがふとフミ婆に視線を向ける。
一頻り笑った彼女は、またたこ焼きを焼き始めていた。
「……すみません、うちの連中が。変なことまで訊いてしまって」
オルガマリーに謝られ、彼女は愉快そうに首を横に振った。
確かに少し踏み入りすぎた質問だった、と。
マシュも申し訳なさそうに彼女を見る。
「いいのさ。私もきっと、誰かに話したかったんだろうねぇ。
こんな機会はもう、ないだろうからさ」
一瞬だけ陰った彼女の顔に、首を傾げるマシュ。
「フミ婆さん?」
「ふふふ、今日は特別サービスさ。がんがん焼くからどんどんお食べ。
彼氏たちだけじゃなくさ、皆の笑顔で私を幸せにしておくれよ」
そう言って、笑顔でたこ焼きを焼く作業に戻るフミ婆。
マシュの肩からフォウが跳び、自分にも寄こせとアピールし始めた。
慌てて止めようとするマシュ。
が、彼女が止める前にアムがその首根っこを捕まえていた。
「はいはい、フォウくんの分もねー」
「フォッ」
「あんたたちの人生はまだまだ長いんだ。
これからも迷うことはきっといっぱいあるさ。私はそうだった。
焦らなくたっていい。迷った時、悩んで苦しんで……
いつかは、心の声が素直に聞こえるようになるもんなのさ」
いつも通りにまた同じ作業を繰り返し、たこ焼きを仕上げていく彼女。
それが瞬く間に出来上がり、積み上げられていく。
「辛くて、苦しくて、心が死んじまったんじゃないかって思ってもね……
心は死なないのさ。いつかきっと、また声を上げてくれる。
どんなに曇った空だって、いつかは青空に戻ってくれるみたいにさ」
「―――――心が、空のように……」
渡された服の入った紙袋を抱え、アランは空を見上げる。
青く、綺麗な空。眼魔世界にはないもの。
もしかしたら、いつか―――と。
ジューマン三人に仙人を混ぜてジェネシスみたいにしようと思ったが止めるの巻。
ここからのエピソードでドミドル、バングレイ、サンゾウ、ジュウオウザワールド、ワイルドトウサイキング
その次にはもうムゲン魂ですな。