Fate/GRAND Zi-Order 作:アナザーコゴエンベエ
―――その日はいつも通りに始まった。
肉体を得て、不便だと嘆きながら始めた生活。
それにも幾分か慣れてきた。
そんな、日常と呼ぶべきもの。
「―――レオナルド・ダ・ヴィンチ」
「おや、どうかしたかい?」
地下のモノリスの前で、月村アカリと何かをしている彼女。
彼女たちは何故か、普段かけてない眼鏡を二人揃ってかけていた。
そんな彼女たちに声をかけ、少し口籠る。
だが、何とか言葉を吐き出した。
「……絵を、描きたいと思った時には―――何を準備すればいい?
貴様は絵を描くことに秀でているのだろう?」
きょとんとして見返してくるアカリ。
つい、それから目を逸らす。
ダ・ヴィンチちゃんは眼鏡を外し、何か考えるように天井を見上げた。
「―――まあ、私以上に秀でているのは中々いないね。
それで、何を描きたいんだい?」
「何を……?」
何を描きたいか。何を描きたいのかも必要な情報なのか。
少し悩んで、ふと思いついた言葉が口から出た。
「宝物……」
「宝物?」
「……いや、空だ。青い空の絵がいい」
宝物、という抽象的な言葉。
それに怪訝そうな顔をするアカリに、すぐ言い直す。
その答えに理解を示したダ・ヴィンチちゃんが、軽く頷いた。
「んー、了解了解。私のものを貸してあげよう。少し待っているといい」
ダ・ヴィンチちゃんがそう言って退室していく。
彼女の背中を見送ったアカリが、眼鏡を外して彼を見る。
「急にどうしたのよ、あんた。絵が描きたいなんて」
「別に、どうかしたわけではない。ただ―――」
「ただ?」
「……何でもない」
自分でも言葉に出来ない理由に、口を噤む。
そんな態度を感じ取ったのか、アカリもそれ以上は追及してこなかった。
「―――今日はフミ婆さんがいらっしゃいませんね。
どうかされたのでしょうか」
客足が止まって、手が空いたタイミング。
そこでマシュは不思議そうに首を傾げた。
「確かに珍しいわね。いつもだと休む時は前日に声をかけてくれていたし」
流石に手慣れた動作で作業をしながら、オルガマリーが同意する。
「急な用事でもあったのかも」
外に並べたテーブルを拭きながら、そう言うツクヨミ。
彼女の横で、いっぱいになったゴミ箱から袋を引き出す立香。
それを縛りながら、彼女は小さく呟いた。
「たこ焼き……」
いつもこちらに参加する時は食べていたフミ婆のたこ焼き。
だが出店されてない、となれば当然食べれない。
そんな彼女の様子に苦笑しつつ。
マシュは、新しくこちらに向かってくる人影に目を向けた。
見慣れた顔、よくドーナツを買って行ってくれる女性だ。
そこそこ世間話もしていく見知った顔。
だから彼女はいつも通りに微笑んで―――
「いらっしゃいませ、今日はいつもの―――」
「そうじゃなくて、ねえ聞いた!? フミさんが今朝亡くなったって!」
「――――え?」
彼女が告げた言葉に、マシュはその顔を凍らせた。
声に出したのがマシュだっただけで、皆で揃って呆然とした反応だ。
それを知っている彼女に何を訊けばいいか、それを考えて―――
がらがらと聞こえてくる、何かを落とした音。
ふとそちらを見れば、絵道具が地面に転がっている。
視線を少し上に上げれば。
そこには、呆然とした表情を浮かべたアランがいた。
―――日常。
その日はそう呼んでいい、いつも通りの日だった。
眼魔による侵略で乱されることもなく。
デスガリアンによる暴虐が振るわれることもなく。
ただの何でもない一日。
その日、いるのが当たり前だった人が一人、いなくなった。
「…………」
王は無言のまま、玉座の肘掛けを指で叩く。
そんな様子を見て、クバルは戦々恐々としながら視線を逸らした。
ザワールドを解放されて以降、ジニスの機嫌は低空飛行。
あんな状態の彼は、最早爆弾同然だ。
心配げな様子を見せるナリアや、何も気にしてないアザルド。
あいつらはおかしいのではないか、とクバルは思う。
「さぁて、そろそろ俺のゲームと行くか。
下手に小細工したところで連中はすぐ集まってきやがるからな。
ゲーム開始と同時にでかい一発を当ててやるぜ」
腕を回しながら、アザルドはブラッドゲームの再開を進言する。
時間のかかるゲームを始めると、連中はすぐに察知して飛んでくる。
しかも戦闘力は並みのデスガリアンではどうにもならないほど。
まあ下等生物にやられて死ぬ方が悪いのだから、それはどうでもいいが。
だがすぐにやられてはどうにも盛り上がりに欠ける。
どうせやられるにしても、下等生物をそれなりに潰してからがいい。
「っつーわけで、チームアザルドの次のプレイヤーはクルーザに……」
「ジニス様」
アザルドの声を遮り、ナリアがジニスに声をかける。
同時に彼女の手が操作していたモニターが切り替わった。
普段は地球を映している画面が、その外を映し出す。
「なんだぁ?」
その光景に、途中まで話していたアザルドも困惑した。
地球の周辺―――
そこかしこに、小型の宇宙艇が散らばっているのだ。
それも派手な発光を繰り返しながら、何かの文字を表示している。
表示されている文字を見て、クバルが顎に手を添えた。
「宇宙大大大大大サーカス、と書いてありますね。
はて、どこかで聞いたような……」
「―――宇宙大大大大大サーカス、団長ドミドル。
宇宙を自分好みのステージに造り替えようとする男です。
星を集めて玉乗り、お手玉。恒星を並び替えて火の輪を作って火の輪潜り。
奴がステージにするために荒らされ、滅びた銀河は数知れません」
ナリアの操作に応え、モニターがそのドミドルのプロフィールを映す。
宇宙でも極悪と知られた存在の一人だ。
その派手すぎる活動に、悪名は広く知れ渡っている。
自分の頭を軽く叩き、記憶を呼び起こすように首を捻るアザルド。
薄ぼんやりと思い出した名前に、彼は何となく頷いた。
「ああ……聞いたことあるかもな。どうすんだ、オーナー。
この辺りで宣伝してるってこたぁ、奴もこの星に目を付けたんじゃねえか?」
「…………地球周辺に固まって、多くの宇宙船の反応があるようです。
ドミドルの宣伝は明らかに地球を意識しているかと」
「―――構わないさ」
ジニスが手を上げ、ナリアに示す。
彼女はすぐさまモニターの操作を取り止め、彼の元へ戻った。
手慣れた所作でグラスを準備し、王へと捧げる。
渡されたグラスを軽く揺らしながら、ジニスは小さく笑みを浮かべた。
「私を一番楽しませてくれたものが、ブラッドゲームの勝者。
――――アザルド、クバル。
君たちは、サーカスなんかより私を楽しませてくれるんだろう?」
「へっ! いいじゃねえか。
だったらこのまま俺もゲームを始めさせてもらうぜ?」
「―――もちろん。ジニス様がお望みとあらば」
ザワールドとは違って、と。
言外にそのような意志が伝わってくる。
何も考えていないアザルドと、それに対してすぐ頭を垂れるクバル。
意気揚々と玉座の間を退出していくアザルド。
先程名前を上げたクルーザを使うつもりだろう。
クルーザとドミドル。
連中が同時に暴れて、下等生物が愉快に死ねばいい。
それでジニスの機嫌が上向けば儲けもの。
そう考えながら、クバルは溜め息を噛み殺す。
―――そうして。
ナリアがジニスに付き、コンソールを見ていない内の事だ。
ドミドルが放ったと思われる宣伝用の小型艇の反応。
その中に紛れた別の船らしきものが、地球へと降りていった。
「…………大往生でしたな」
まさか自分が住職として送り出すとは、という気分だったのだろう。
フミ婆の葬儀を終えた御成が、小さく息を吐く。
あれほど元気だったのだ。
まだまだ現役でたこ焼き屋として、彼らと一緒にいてくれると思っていた。
まさか自分が住職をタケルに返上する前に、送り出すことになるとは。
そういった感情は、どこかにあるのだろう。
悲しくないわけではない。
75歳。まだ早いのでは、という気持ちがないわけでもない。
が、彼女は何か特別な理由ではなく、ただ天命を果たして逝った。
ならば悲しみはしても、嘆く理由はあるまい。
未だに涙ぐんでいるカノンの背中に手を添え、マコトは軽く息を吐いた。
「とても世話になった。
俺も、カノンも。タケルもアカリも……そして、アランも」
「……そう言えば、そのアランは?」
ここにアランの姿はない。戻っても来ていないようだ。
通夜の方で一時顔を見せていたようではあったのだが―――
もしかしたら、屋台があった場所にいるかもしれない。
後からでも、顔を見に行くべきかもしれない。
そう思いながら、タケルが小さく呟いた。
「……アランはお父さんも亡くしたばかりだから」
「辛いことが続きますが……アラン殿は大丈夫、でしょうか」
彼の身上を考えれば、大きな不幸の連続だ。
身の回りで、心中の大きな部分を占めていただろう人の死。
それが連続したのだから。
アランは定位置、とさえ言えるそのベンチに座ってた。
その場で、ただ俯いて地面を見下ろしている。
彼が顔を上げても、もう彼の視界にたこ焼きの屋台が入ることはない。
その事実に対して、胸が―――心が痛む。
父にも、フミ婆にも、もう二度と会うことはない。
その事実に襲われて心が引き裂かれたように苦しかった。
アデルへの恨みさえも忘れたように、何をする気も湧かない。
まるで心が死んでしまったようだった。
フミ婆は心は死なない、と口にしていた。
それが本当ならば、いつかは元に戻るのだろうか。
戻ったとしても、また苦しむだけではないのか。
何も、分からなくなった。
「えぇーと、フライドチキン、いなり寿司、芋羊羹……たこ焼き、と。
あれ、確かここに……すみません、ここにたこ焼き屋さんありませんでしたか?」
顔を伏せているアランの頭の上から、スーツを着た男らしき相手の声が降りかかる。
その足が自分の目の前で止まった、ということは自分に問うているのだろう。
苛立ちながら、彼は吐き捨てた。
「……フミ婆は死んだ。もうここにたこ焼きはない」
「えっ!? あ、そうだったんですか……すみません、不躾な……」
アランの落ち込みようから、関係者だと察したのだろう。
申し訳なさそうに謝る男。
別に彼に謝られる理由など、どこにもないのだが。
そのままさっさと立ち去って欲しい。
そう思っていたアランの隣のベンチに、彼が座る気配がする。
「いやぁ、仕事の都合でこの辺まで来たんですがね?
息子に美味しいお土産を買ってきて欲しいと頼まれまして……ここのたこ焼き、凄い美味しいって評判を聞いてたんですよ。自分の妻もですね、昔たこ焼きの屋台をやっていたんですが、是非食べてみたいと!」
「……何なんだ、貴様は。なぜ私に話しかける」
苛立ちを声に乗せて男に放つ。
その拒絶の意思が伝わったのか、男は黙り込む。
いいからさっさと離れて欲しい。
すると男は、幾分か声の調子を落として再び口を開いた。
「…………今のあなたが、昔の俺と重なったんですよ。
今のあなた。まるでゴミ捨て場に捨てられた、行き場所を全て失った野良犬だ」
「―――貴様に、何が分かる」
ゴミだの野良犬だのより、行き場所を全て失ったという言葉の方が刺さった。
その事実こそが不快で、アランはより声を低くする。
ふっ、と。顔を上げない彼にも、男が鼻で笑う声が聞こえた。
「たこ焼きが温かくて、美味しいってことくらいは」
「―――――」
「あの日もこんな天気だった……
粗大ゴミとして捨てられた俺は、回収もされないまま腹を空かしていた―――
その時です。妻とたこ焼きに出会ったのは……最初は生ゴミ扱いされて、」
男が隣で立ち上がり、滔々と話し始める。
それを聞いていられず、アランはすぐに立ち上がった。
彼に顔を向けることもなく、ひたすら喋っている相手を無視して歩き出す。
行先があるわけでもなく、ただこいつから離れたかった。
こんな相手の意見に同意してしまえた自分が嫌だった。
それ以上に、その温かさが二度と感じられないものだと認めなくなかった。
「さーて! ではチームアザルド、クルーザ!
これよりブラッドゲームを開始するであります!」
右肩に三門の砲塔を持つ怪物。
海兵と戦艦を組み合わせたその存在は、河川敷を歩きながら周囲を見回した。
彼のゲームは砲撃によるゲーム。
無差別に、適当に、高所から砲弾をばら撒いて下等生物を殺し回るつもりだったのだ。
だが、チームリーダーからの要求は速攻。
だとすれば無差別は少し効率が悪い。
きっちり居住区に目をつけて、集中砲火でいい感じに殺した方がいいだろう。
当然、下等生物どもが断末魔を上げるくらいの余裕は与えなくてはいけない。
一次爆撃で半分くらい死に、残り半分には命乞いの悲鳴を上げさせる。
二次爆撃で残った連中が絶望しながら死ぬ。
そのくらいが理想だろうか。
「ではではー! まずは第一次爆撃、開―――!」
「よう!」
そうして住宅地に右肩の砲塔を向けた彼。
そんなクルーザの顔が、何者かに思い切り掴まれた。
クルーザはすぐさまそれを振り解く。
「なん! なんでありますか!? ジュウオウジャー!?」
「…………なんでぇ、外れかよ」
腕を振り解き、距離を離したクルーザ。
彼の前にいたのは、青い体色の怪物だった。
頭部には金色に輝く六つの瞳。フック状の左腕。
クルーザを掴んだ右腕で、彼は地面に突き立てた錨型の剣を抜く。
少なくともジュウオウジャーではない。
が、当然のようにデスガリアンでもない。
「ブラッドゲームの邪魔をして、一体何なんでありますか!」
「ブラッドゲームゥ? ……ああ、そんな記憶も見えたな。
あのこの星にくっついてる弓矢みてぇな宇宙船の……サジタリアーク?
お前、あそこの連中なんだってな。
お前が知らねえってことは、あっちの連中が知ってるって望みは薄いかねぇ」
右手で剣を握り直して持ち上げ、肩に乗せる怪物。
彼はどうでもよさそうにそれを確認し―――
三つずつ縦に並んだ六つ目の最上段、その双眼をぼんやりと怪しく輝かせた。
「何をわけの分からないことを!
ブラッドゲームを邪魔するなら、まずはお前から始末するのであります!」
そう叫び、右肩の砲台を構えるクルーザ。
火砲を向けられてなお、青の怪物は特段焦るような様子も見せなかった。
だが相手が反応するかどうかなど関係ない。
彼は一気に砲撃をしようと腰を落とし、強く肩を叩かれ動きを止めた。
「今度は誰……アザルド様!?」
クルーザの肩に手を乗せたのは、青いキューブの集合体。
彼の所属するチームのリーダー、不死身のアザルドに相違なかった。
恐らくゲームに関係ない乱入者に対応するためだろう。
アザルドがここを訪れ、クルーザの動きを止めた。
それはつまりこの乱入者をアザルドに任せ、自分のゲームを始めろということだ。
チームリーダー自ら援護のための出陣。
その厚意に対して、クルーザが感激して震えあがった。
「ではここはアザルド様にお任せしまっす!
見ていてください、アザルド様! 必ず下等生物どもを恐怖させる最高のゲームを―――!」
言いながらアザルドに背を向け、走り出そうとするクルーザ。
ここが使えないなら他のポイントから砲撃すればいい。
人間なんてどこにでもいる。
砲撃に使える場所など、探せば幾らでもあるのだ。
―――そう考えながら一歩踏み出した、クルーザの背中が砕ける。
圧倒的な膂力から繰り出される、鈍器のようなものによる一撃。
当事者であるクルーザが、状況が分からずに困惑する。
だって錨型の剣を持った怪物は一歩も動いていない。
彼の後ろには、デスガリアンの不死身のアザルドがいる。
だったら、何故。
完全な致命傷を受けたクルーザに対し、青いのがゆっくり歩み寄ってくる。
アザルドはこの場にいるはずなのに、何の反応も示さない。
怪物は死にかけのクルーザの頭を足で踏みつける。
「見てたぜ、見てた見てた。馬鹿が訳も分からず死ぬゲーム。
クッ、フフフ、ハハハハハ……
ま、中笑いくらいだったな。次に死ぬ時はもっと面白く死ねよ」
そう言って、彼の足が動かなくなったクルーザを蹴飛ばす。
河川敷から蹴り飛ばされたそれは、川に着水して見えなくなった。
その瞬間にもうそれの存在を忘れる怪物。
「さーて、お目当ての巨獣ちゃんはどっこかねえ。
サーカス野郎に捕まってるってこたぁないと思うが―――あん?」
〈クラッシュ・ザ・インベーダー!〉
その場に現れるのは、白のボディに黒のパーカー。そして浅緑のライン。
角の生えた単眼のゴーグルに光を灯した戦士の姿だった。
彼はクルーザを始末した直後の、アザルドに向かって飛び掛かってくる。
迎撃に振るわれる大剣、アザルドナッター。
それを踏みつけ飛び越えて、ネクロムは敵の頭を掴んで引き倒す。
掴み倒された青いキューブの体が、地面に転がった。
「―――――!?」
その事実に対して、ネクロム自身が驚いた。
アザルドの戦闘力は目の当たりにしている。
この程度であっさり転ばされる敵ではない、と判断していたのだ。
―――だとすれば。
ネクロムが即座にもう一体の怪人に向き直る。
その瞬間、相手の右腕がネクロムの頭部に掴みかかってきていた。
掴まれて引き寄せられるが、即座にガンガンキャッチャーを召喚。
呼び出した武器をそのままぶつけ、相手を引き剥がす。
怪物はひらひらとネクロムを掴んだ右手を振る。
そしてつまらなそうに、視線を向けてきた。
「…………こっちも外れか。
ったく、どうでもいい雑魚に構ってるほど暇じゃねえんだけど?」
「……貴様、デスガリアンではないのか?
いや、そんなことはどうでもいい。今はただ、私に付き合ってもらおう……!」
何もかも忘れたい。
ほとんど自棄のような感情のままに、アランはそう吐き出した。
ここで敵を見つけたのは完全に偶然の産物。
ただもう、今を忘れられるのならば、何でも良かった。
「はぁ……暇じゃねえって言ってんだろ。まあ―――」
どうでもよさそうに首を回す怪物。
その相手に対し、ガンガンキャッチャーを掴んだネクロムが奔る。
まるで反応はない。構えることも、避けようともしない。
あのアザルドにカバーに入らせるかと思えば、そちらはまだ転がっている。
つまりそいつはネクロムの一撃を無防備なままに受けることになり、
「―――アランよ。武器を下ろせ」
―――その直前。
両者の間にアドニスが立ちはだかることで、ネクロムの動きが止まった。
顔。声。纏う雰囲気。
その全てが、アランの知るアドニスそのもの。
アデルに殺された筈の父が、突然目の前に現れていた。
「父、上……?」
そんなはずがない。父は死んだ。自分の腕の中で。
だがもし、もし眼魂のような特別な方法で永らえていたのだとしたら?
ありえない。ありえない、が。
同じくらいここに父が存在していることがありえない。
「アランよ。そのまま武器を振るい、私を殺すのか?
―――――アデルのように」
「!?」
父の言葉。
それに対し、弾けるように武器を手放し、取り落とすアラン。
石の上でガチャガチャと音を立て、キャッチャーが転がった。
―――瞬間。
「さっき殺したゴミよりは楽しめそうな下等生物でバリわくわくしてきたけどなぁッ!!」
怪物の腕が錨を一閃し、アドニスごとネクロムを吹き飛ばす。
咄嗟にアランが踏み込みその背中で父を庇う。
「ガァ……ッ!?」
ネクロムが軋む。
それでも、父を護るという意思が応えてくれたのか。
胸の紋様を強く発光させて、何とか攻撃に耐えてみせる。
アドニスを抱えたままに吹き飛ばされ、地面に転がるネクロム。
思い切り息を吐き出しながら、彼はすぐに抱えた父に視線を向け―――
「父―――ッ!? 父上!?」
抱いていた父が、光となって消えていくのを見た。
それを引き留めようと必死に父を抱くアラン。
だがその奮闘虚しく、アドニスの体は崩れて光となって消えていった。
「父上! 父上!!」
その光を必死に掴もうとするネクロム。
彼へと歩み寄り、怪物は再びその頭に手を置いた。
「ヒュー! あぁーあぁー、バリかわいそー!
まーた役に立たねぇ息子のせいで死んじまったな! ヒャハハハハハッ!!」
「貴……ッ! 様ァアアアアッ!!」
頭に置かれた手を振り払い、ネクロムが拳を振り上げる。
その瞬間に、怪物の目が光を放った。
拳を振るうネクロムと怪物、その間に再び何者かの姿が浮かび上がってくる。
「―――ほら、そんなことしてないで。たこ焼きでも食べて落ち着きなよ、彼氏」
「―――――あ」
ネクロムが完全に停止する。
いつも通りに、たこ焼きを差し出しながら微笑む老婆。
彼女はアランの記憶の中そのままに、また彼の前に立っていた。
―――その背後で、錨の剣を振り上げる怪物。
最早反射的にネクロムはそこに飛び込んでいた。
次の瞬間に襲ってくる爆発的な衝撃。
ネクロムが限界を超えた威力に悲鳴を上げる。
だが駄目だ。ここで限界を迎えるわけにはいかない。
フミ婆を抱き締めたネクロム。
吹き飛ばされた彼は、自分の背中から地面に激突して衝撃を何とか殺した。
ネクロムを廻るライトグリーンの光が、灰色になって消えていく。
「ぐ、ぁ……!」
「ブハッ! ヒッ、ヒッヒヒヒ! おい、嘘だろ!
分かっててまだ庇うのかよ! ハハッ、ヒャハハハハ! バリ笑える!!
たまにいるぜ、お前みたいなの! バリバリ甚振るのが楽しいタイプだ!」
腹を抱えて堪え切れない笑いを零す怪物。
彼の前で何とか体を起こしたネクロムが、抱えていたフミ婆を起こす。
―――だが彼女の体も、先程の父のように光に変わり始めていた。
少しずつ消えていく彼女の姿に、アランがその体を抱き締める。
「死ぬな……死なないでくれ……ッ!
頼む―――! 私を……置いていくな……ッ!」
「テメェ次第だよ――――ッ!!」
怪物が力を注ぎながら、剣を振り上げる。
青白く発光した刀身から放たれるのは、光の刃。
圧倒的なエネルギーの塊であるそれが、二人に向けて殺到する。
あんなものを浴びれば、フミ婆は一瞬で消し飛ぶだろう。
だからこそ、すぐさまネクロムは身を起こした。
フミ婆を抱き締めて、刃に対して背を向ける。
既に消えかけた彼女を腕の中で必死に抱き、身を震わせるアラン。
―――そんな彼の頬。
ネクロムのマスクに、光になって消えかけた老婆の手が添えられる。
彼女はいつも通りに彼に対して微笑むと、
「―――それはあんた次第だよ、あんたの心が決める事さ」
怪物と同じ言葉を、しかし全く違う意図で送る彼女。
アランがその意味を訊き返す暇などない。
青白い閃光がその場を吹き飛ばし、アラン達を一息に呑み込んだ。
轟音と共に弾ける地面と水面。
飛び散った水飛沫と石礫を鬱陶しそうに弾きつつ、怪物は溜め息を吐いた。
「っと、あんなどうでもいい奴に構ってる暇はなかったな。
さぁて、まずはどっから探すかねぇ」
すぐにネクロムの存在など忘れ、怪物は踵を返した。
盛大にぶっ飛ばしたので、面倒な連中にも場所がバレただろう。
別に襲い掛かってこようと返り討ちにするだけだが―――
せっかくの記念すべき狩りだ。
きっちり片付けたいものである。
「人が流れてきたぁ!?」
「そ。それも結構な怪我してる。さっきの爆発、やっぱバングレイね」
だから話訊くためにもさっさと治療しておいて、と。
言外に彼女はそう示す。
金髪の男はそれに対してすぐに反応し、小型艇の中の医療キットを取りに行く。
海まで流れてきたその男―――アラン。
その体を抱え、引っ張り上げた青いジャケットの男。
彼は濡れた髪を乾かすために、縛っていた髪を解いて頭を振る。
「ガレオンごと来てればもっと楽だったんだがな」
「あのサーカス野郎のせいね」
荒げた声でそう断言する黄色いジャケットの女性。
地球のみならず太陽系一帯に行き交うサーカスの宣伝。
あれのせいで目立つガレオンでの接近を取りやめたのだ。
自分たちがガレオンで接近した場合、連中が何をしてくるか。
―――ジニス、ドミドル、バングレイ。
どいつもこいつも宇宙で悪名を轟かせてる連中だ。
こっちの接近に反応されて宙間戦闘になり、地球を巻き込んだら話にならない。
「ですが、小型艇で降りてこられたのはそのサーカス野郎さんのおかげでは?」
ドミドルが周囲に展開している無数の宇宙船の反応。
それに紛れて、デスガリアンたちの感知を潜ってきたのだ。
恐らくはバングレイもだろうが。
とりあえず寝かせたアランの面倒を出来る限り見ている女性。
彼女の言葉に対して、黄色いジャケットの女性も肩を竦めた。
そこに医療キットを取ってきた男性が戻ってくる。
「持ってきた、けど……っていうかマーベラスは?」
彼の疑問に対し、顔を見合わせる青い男と黄色い女。
二人揃って呆れるような、そんな様子を見せる。
そうしてから、二人で問いに対する答えを返した。
「カレー」
「食いに行った」
そんな海岸の様子を遠方から眺めながら、彼はくるりと銃を一回転させる。
これで大体彼が待っていた状況は揃ったと言えるだろう。
もうすぐ彼が今回目をつけているお宝が手に入る。
その事実に気分を良くしながら、彼は踵を返した。
「さて、久しぶりにジョーたちにも挨拶しておきたいところだけど……まだ少し早いかな。
どうせなら最高のタイミングで会おうじゃないか」
そのまま銀色のカーテンを出して、そこに呑まれていく。
一瞬だけそこで振り返った彼は、指で作った銃を先程まで見ていた男たちに向ける。
BAN、と。指先を跳ねさせて彼―――海東大樹は、完全に消え去った。
ジョーを巻き込むな。