Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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ファヴニール1431

 

 

 

「うん?」

 

 ふと何かに気付いたかのように、アマデウスが足を止めた。それにつられて足を止めるソウゴとランサー。アマデウスは彼らの後ろで振り返り、歩いてきた方向へと視線を向けていた

 

「どうしたの?」

「―――いや、恐らくさっきの場所だろう。そっちから何か音が聞こえてね。

 ただ瓦礫がバランスを崩して落ちた、というような感じではなかったと思うけど……どちらかというと、壁に何かが衝突した音かな?」

 

 ソウゴとランサーが目を見合わせる。

 周囲にそんな騒音を発するようなものは見当たらなかった。

 

 ―――明らかに竜殺しとは関係ないが、だからといって放置するべき問題でもない。

 

「仕方ねえ、一度引き返して…」

「あっ、更に追加の情報だ。()()()()()()()()()()?」

 

 アマデウスの顔が空を向く。空から、と聞いて二人の表情が改まった。

 そんな場所から登場する存在を、彼らはよく知っている。

 彼の視線を追って空を見上げれば、彼方に小さく飛行する影が確認できた。

 

「こっちが奴らの兵隊を倒したことを察知して出陣、にしちゃ動きが早いな。ああいや、ルーラーのサーヴァント感知能力で場所が割れたのか?

 どの程度の範囲を知覚できるものかは分からねえが、厄介なもんだ」

「……ワイバーンって感じの大きさじゃなくない? あれ」

 

 その光景を見ても、ただ肩を竦めるだけのランサー。

 だがソウゴとしてはどうにも、今こちらへとどんどん近づいてくる空の影のサイズ感が気になった。どう見ても、少し前に見たワイバーンと同じそれではない。

 

「見ての通り、ドラゴンだわな。まあライダー・マルタが言った通りだったってだけだ。つまりあれを倒す戦力を確保するために、オレたちは“竜殺し”を探してここに来てたんだろ?」

「そう言われればそうだったね」

「君たち緊張感ないね? どうにかなるのかい、あれ?」

 

 呆れるようなアマデウスに、ランサーはまた肩を竦めた。

 

「ちと厳しいだろうな。だから今、オレたちは人探ししてるわけだからな」

「そりゃそうだ」

 

 納得するように溜め息を落とすアマデウス。

 その彼と、ソウゴの襟首を掴んでランサーは疾走する体勢に入った。

 

「ちょ」

「どうするの?」

「とにかく広場だ。あの巨体にしろ、ブレスにしろ、あの規模の竜はこんな家の並んだ狭い路地でやりあっていい相手じゃねえ。巨大化したアーサー王を相手にすると思っとけ」

 

 言われて、巨大化したセイバーがどんなものかを想像する。嵐のように吹き荒れる魔力放出。全てを薙ぎ払う聖剣の閃光。それをあのドラゴンのサイズで行使されたとしたら……と。

 うぇ、とソウゴが盛大に表情を歪めた。

 

「それまずいんじゃない?」

「よく分かったな。覚悟決めとけ」

 

 即座に近場の開けた空間へと辿り着く。

 そこに二人を放り出し、ランサーはその手に槍を出現させた。

 地面に放り出されたアマデウスが、その態勢のまま耳を澄ます。

 

「―――翼が風を切る音は確実にこちらに向いてる。マリアたちの方じゃなくこっちにくる、ってのは間違いないだろうね」

「黒ジャンヌはどこに誰がいるかまでは分かってない?」

 

 そうでなければ、彼女は恐らく真っ先に白ジャンヌを狙いに行くはずだ。こちらに向かってくるというならば、それは彼女が白ジャンヌの位置を把握できていないということだ。

 

 ―――だがそもそも、このルーラーの能力は今の大前提に関わるのではないか?

 

 ちらりとよぎった思考を元に、ランサーが片目を瞑る。

 どちらにせよ、それは今から分かることだ。そう考えながら彼は、もはや目視で竜の姿がよく分かるほど近づいてきた魔女の軍団を見上げた。

 

 

 

 

 

「なるほど。オペラ座の怪人(ファントム・オブ・ジ・オペラ)が消滅したかと思ったら、あなたたちの仕業でしたか。バーサーク・ライダーに加え二人目、やってくれますね」

 

 そこに舞い降りたのは、ワイバーンなどとは比較にならない巨竜であった。街に立ち並ぶ家々を高みから見下ろすほどの巨躯。全身を覆う黒い鋼の如き鱗。

 そんな巨竜の上に立つ黒い聖女は、彼らを見下ろしながらそんなことを言った。

 

「ファントム・オブ……? だれ?」

 

 反射的にそう言い返す。

 ソウゴの言葉の後に繋げるように、すぐに言葉を発するランサー。

 

「そういや真名を聞く間も無かったが、一人始末してたな。奴もあんたの部下だったか? そいつは悪かったな、敵討ちにそんなもんまで持ち出させて」

「―――ハ、敵討ちですって? そんな殊勝なことをこの私がするとでも? 聖女マルタ、オペラ座の怪人……確かに短期間に二騎のサーヴァントを討ち取られたことは事実です。その事実をもって、私は自軍の運用について反省をしましょう。けれどそれだけです。

 私がここにいるのは、私の手には()()()()()()()()()()()()()()()と断言できるだけの戦力がある、と証明するためです」

 

 黒い聖女を乗せた巨竜が、その口の端からちろりと炎を吹く。

 彼女の物言いは、このしもべさえいればサーヴァント程度は誤差にしかならない、と。そう確信していた。ただ少しだけ、そこで彼女の顔が顰められる。

 

「ですが、もう一人の私がここにいないのは予想外でした。マスターひとりを囮にして、もう一人のマスターと何か企んでいるのかしら? まあいいでしょう。まずはあなたがたから始末して、それからゆっくり他の連中を探すとしましょう」

「……ああ、そういやあんたルーラーだったな。失念してたぜ。そのサーヴァントを察知する能力もルーラーのスキル、ってわけか」

 

 既に確認していたことを口に出すランサー。

 ソウゴは大人しく黙っておくことにした。

 

「ええ。ですので、あなたたちの悪足掻きなんて通用しません。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 もう一人のマスターによる助けは間に合いません。覚悟はいいかしら?」

 

 一瞬だけ、ランサーの口角が吊り上がった。

 なるほど。ルーラーの知覚を誤魔化せる者など、こちらの知る限り一人しかいない。

 

 バーサーク・ライダー、マルタ。

 

 この土地で彼女たちが追い詰めたという竜殺しのサーヴァント。その者は恐らく、マルタの手によって作られたルーラーの視点すら欺く結界に匿われている。

 そして黒ジャンヌが、既にこの街にいる立香たちの反応も見つけられなかったということは、彼女たちは既にその結界の中へと辿りついている。

 ―――竜殺しのサーヴァントまで辿り着いている、ということだ。

 

 だとすれば、目の前のでかい竜を倒す手段は確保されつつある。今こちらがやるべきことは、この街のどこかから来るはずの味方増援に目を向けさせないこと。つまり―――

 

「覚悟ならとっくに出来てる。あんたがそのドラゴンで街を襲うのを止める。そして、この時代の平和を取り戻す。だから俺たちは負けられない」

「―――――」

 

 ()()()()()()()()()()()

 ランサーが確認のための黒ジャンヌの言葉を引き出し終えた、と理解したソウゴが前に立つ。

 

 ジクウドライバーを装着。ジオウライドウォッチを装填。

 背後にライダーの時計を展開しながら、竜の目の前まで歩んでいく。

 

 眼下で宣言する一人の人間を見て、黒ジャンヌは堪え切れぬと口元を手で抑えていた。

 だがそれでも声が漏れる、あまりの滑稽さに笑いが止まらないと。

 

「……フ、―――フハハ、アハハハハハ!

 そう、ならば証明してみなさいな。このファヴニールを討ち取れる、と!!」

 

 その瞬間、彼女の言葉に従い巨竜・ファヴニールが大口を開けた。

 喉の奥から噴き出す火炎。それが竜の口から地上を目掛け、津波のように流れ落ちる。

 

「―――変身!」

 

〈ライダータイム!〉

 

 ソウゴの周囲をリングが覆う。そのリングごとソウゴを呑み込もうとする炎の津波を、“ライダー”の文字が薙ぎ払いながら宙を舞う。止め処なく向かってくる炎はソウゴの周囲を焼くが、それでも彼には届かない。

 全身がジオウのスーツに包まれ変身を終えたジオウの顔に、ライダーの文字が嵌め込まれる。

 

〈仮面ライダージオウ!〉

 

「うん。このドラゴンを倒すことだってさ―――なんか、行ける気がする!」

 

 変身完了の衝撃で周囲の炎を吹き飛ばし、ジオウが更に地を蹴った。

 瞬間、竜の上に立つ黒い聖女が口角を上げる。

 

「いいえ? ファヴニールだけではありません」

 

 黒ジャンヌが言うや否や、彼女の背後から二つの影が跳ぶ。

 

 片や一切の露出の無い漆黒の鎧に、全身を覆う黒い魔霧に包まれた無手の騎士。

 片や大振りの剣を携えた、黒い外套を纏った男。

 

「行きなさい、ランスロット! シャルル=アンリ・サンソン!

 その人間の首を刎ね、もう一人の私の前にぶら下げてやることにしましょうか!」

 

 指令を下す黒いジャンヌ。

 それと同時、乗組員が自分の背から離れるや否やファヴニールが翼を羽ばたかせた。

 その巨体を持ち上げるほどの風圧が吹き荒れ、周辺一帯を暴れ狂う。

 炎のブレスと突風が合わさり、周囲を一気に火の海の地獄絵図に変えていく。

 

 そんな地獄の中、先んじて斬りかかってきたのは黒外套の男。

 その剣をジカンギレードで迎え撃ち、鍔迫り合いの姿勢に入る。

 

「……なら、僕の仕事ということか。変わった頭だけど、安心するといい。きっちりと綺麗に頭と胴を切り離してみせるとも」

「それはちょっと遠慮しとく」

 

 ジオウのパワーをもってすれば、彼との鍔迫り合いに勝利することは難しくない。

 そのために力を入れようとして―――

 

 頭上から二体目のサーヴァントが更に強襲してきた。だがそれは攻撃ではない。

 彼の持つジカンギレードを掴むように、手を伸ばしてきていた。

 

「え?」

 

 その相手がジカンギレードを掴むと同時、黒い波が脈打ってギレードを染めていく。

 武器を()()()()()()、と直感する。まずい、と剣を引こうとした瞬間にサンソンが身を引き、勢い余ったジオウの体が前につんのめった。

 同時に見舞われるランスロットの蹴撃に、ギレードを手放して吹き飛ばされるジオウ。

 

「―――ッ、ぐぅ、つぅ……!?」

 

 すぐさま振り向くと、既にギレードはランスロットの手の中で暗黒に染められていた。

 刃が横に倒れ、露わになった銃口がジオウを照準する。

 瞬間、連続して轟く発砲音。

 

 だがその弾丸がジオウに届く前に、ランサーの体がジオウの前に滑り込んだ。

 朱槍が閃き、漆黒の弾丸を打ち払って地に落とす。

 

「ドラゴンを引きつけんのは任せたぞ、坊主。奴はまずお前を狙ってくる。避けるのに専念してりゃ、恐らく状況が変わってくる」

「分かってる」

 

 二人同士でしか聞き取れない声量で、少ない言葉を交わす。あるいはアマデウスならば、その小声も聞き取れているかもしれないが。

 それを終えるとランサーは力強い踏み込みで、ランスロットに向け加速していった。

 

「……仕方ない、なら一人仕事だ。いつも通りといえばその通りだけれど」

 

 武器を失ったジオウに、サンソンが再び斬りかかろうとする。だがそれは、突如彼の周囲に瞬いた光によって中断させられた。

 咄嗟に足を止め、横槍の下手人を見るサンソン。彼はその正体を確かめた瞬間、これ以上ないというほどに激しく目を剥いた。

 

「やれやれ……戦闘は専門外なんだけど、お前が相手だっていうなら僕も()らないわけにはいかないだろう。

 やあこんにちは、シャルル=アンリ・サンソン。相変わらず仕事熱心だね、お前は。いや? 今の状況は君の割には怠惰が極まっているのかもしれないな?」

「アマ、デウス・モーツァルト……!」

 

 明らかにサンソンの様子が変わった。

 その様子にただ事ではない雰囲気を感じ、アマデウスの横顔をちらりと見るジオウ。

 

「知り合い…?」

「いや、別に? ただ、そうだね。同じお姫様に恋した男たちってだけさ」

「ははあ……」

 

 マリー・アントワネットを思い浮かべる。

 そういう関係かあ、と納得しているとサンソンが怒声を飛ばした。

 

「お前と一緒にするなアマデウス、人の死を貶める人間のクズめ……!」

「そこは見解の相違、音楽性の不一致てやつさ。一緒くたにはしてないとも。別に僕からはお前の考えを否定するつもりもないしね」

 

 サンソンが地を蹴り、アマデウスに向けて剣を振り上げる。

 指揮棒が冴え、周囲に展開した楽団の奏でる音が光の障壁を作る。

 

 鋼の刃と音の壁が発生させた激突の衝撃が、周囲の炎から火の粉を散らす。

 サンソンの標的は既に完全にアマデウスへと移っていた。

 ジオウの首を落とせ、という黒いジャンヌから下された指令は既に抜け落ちている。

 

 アマデウスがジオウに視線をくれる。

 ソウゴは一度肯くと、すぐさまファヴニールに向けて駆け出した。

 

「人間を愛せないお前に彼女の尊さの何が理解できる!」

「君が正気ならまだしもね。処刑人すら降りてしまったお前と、マリアの美しさについての談義なんかするつもりはないんだよ」

 

 指揮棒を振るう間隔を加速させる。

 意識のズレを修正し、彼に従う楽団の奏でる音程を調節する。

 

「国を愛し、民を愛し、誰であろうと望まれるままに、必要とされた処刑をこなしてきた執行人。どんな命にも例外もなく尊き死を与えんと首を落としてきた処刑人。

 彼とならまあ、話し合うさ。けどお前、いまは国も民も憎む竜の魔女の言葉で、命と石ころの区別もつけずに切り落とす人形じゃないか。ほら、そういうのは処刑人とは言わないだろう?

 ―――っていうか、他の誰よりお前がそんな輩を処刑人だとは認めないだろ、シャルル=アンリ・サンソン」

「ッ………アマデウスゥッ!!」

「はいはい、怒鳴るな鬱陶しい」

 

 振るわれる剣が風を切り裂く際に放つ音から、角度と勢いを理解する。

 そうして、その攻撃に合わせた最適の光を導くべく指揮棒を振るう。

 楽団はアマデウスの導きに従い、正確に剣を防ぐ光壁を形成する音楽魔術を奏で続けた。

 

 

 

 

 

 銃撃は途切れることなく殺到する。

 狂化の後付ではなく、明らかにあれはバーサーカー。

 だというのにその射線の取り方は、バーサーカーと思えぬほどに巧みであった。

 

「ランスロット……あのセイバーが従えた円卓の騎士ってわけか」

 

 とはいえ、正面からの射撃であれば矢除けの加護もあり、まずランサーには通らない。

 それを理解したのか銃撃を止め、ジカンギレードを変形させるランスロット。

 

〈ジカンギレードォ…! ケン…!〉

 

 心臓を狙う神速の刺突撃。それを刃で打ち払い、逆に頭を狙う剣撃を見舞う。

 ランサーの足が一歩だけ引き、その斬撃は空を切る。

 続けて背後に逸れた体をそのまま横に一回転。槍を横一閃に薙ぎ払った。

 

 それを受け流すでもなく、剣の腹で正面から受け止めるランスロット。

 衝撃を殺すこともせずに彼の体は大きく吹き飛び―――

 

〈ジュウ…!〉

 

 宙に投げ出されながらも、彼の手の武器が銃に早変わりし、瞬時に火を噴いた。

 斬り払うにはもう遅いと横に跳び、回避に専念することで対応する。

 直撃を受けた背後の家屋で壁が爆砕。それが崩れ落ちていく音を聞きながら思考を回す。

 

 相手はバーサーカー。

 だが、バーサーカーでありながら、明らかに最低限の思慮は持っている。

 マスター、黒いジャンヌ・ダルクの意志には確実に従う。

 狂化の代償として本来失われるはずの、戦闘における技量は残っている。

 

 ―――バーサーカーとは名ばかりの優秀な騎士だ。

 

「まあ、ここにきてからそんな奴らばかりだがな」

 

 小さく吐き捨てて疾走する方向を切り替える。

 前方へ突き進みながら、正面からくる弾丸を回避しつつ距離を詰める軌道。

 銃撃を潜り抜け、ランスロットを槍の射程に再び捉える。

 

〈ケン…!〉

 

 再び剣の姿を取ったジカンギレードと朱槍が衝突し、火花を散らした。

 

 

 

 

 

 あるいは、聖書の竜タラスクよりは対処のしようがある。

 ソウゴがまず思ったのはそれだった。

 

 ファヴニールの巨体は動くだけでそれが攻撃と化し、そのブレスの火力は一度放てば街の一角を蒸発させる危険なものだ。だが広い空間で戦うことが前提ならば、タラスクと違い()()()()()()などという事はない。

 

 その堅牢な鱗に守られた体の防御力は確かにタラスクの甲羅に匹敵するだろう。その口から放たれる火炎のブレスは、タラスクのそれをゆうに凌駕する熱量を持つだろう。

 だが、それだけだ。強い、間違いなく強い。()()()()()()()。マルタの守護竜として身命を賭して、誇りある邪悪な破壊神と化した竜に比べれば、ただ強くて大きいだけの存在だ。

 

 ライドストライカーを駆り、その竜の周囲を回りながら攪乱する。

 それを追い首を右往左往するファヴニールに苛立つように、黒ジャンヌが舌打ちした。

 

「何なのあれは……! ええい、鬱陶しい! ファヴニール!!」

 

 黒ジャンヌの指示を受け、巨竜が大きく腕を振り上げた。

 振り上げた際の倍速で勢いよく振り下ろされる腕。

 それを視認した瞬間にジオウは、ライドストライカーをウォッチに戻しつつ跳躍した。

 

 叩きつけられる巨腕。振動は街全体を揺らす勢いで広がり、いくつもの家屋を倒壊させる。

 だが狙っていたジオウは空中で、それもファヴニールの目の前にいる。

 

 ファヴニールの上にいる黒ジャンヌが、そのジオウの姿を見て口惜し気に唇を噛む。

 その間にも、ジオウはジクウドライバーの操作を完了していた。

 

「……ッ!」

 

〈フィニッシュタイム! タイムブレーク!!〉

 

「りゃああああッ―――!!」

 

 ウォッチから迸るエネルギー。

 それを纏ったジオウの飛び蹴りがファヴニールの顔面に突き刺さる。

 大きく首を逸らせて怯む巨竜。だが、しかし。

 

「やっぱ効かないよね……!」

 

 空中で再びライドストライカーを展開し、着地と同時に走行を開始しながらジオウが呟く。

 

 大きく仰け反ったはずの竜は、すぐに立て直してジオウへと憎悪の視線を向けていた。ジオウが何をしようとただの悪あがき、という事実に気を良くしたのか。黒ジャンヌの表情がジオウを小馬鹿にしたものに変わった。

 

「ハ、そんな攻撃でファヴニールを倒せるとでも? ええ、相手がちょこまか動く蠅だというのなら、こちらにも考えがあります。ファヴニール。()()()()()()()()()()―――!」

 

 そう言って旗を振るう黒ジャンヌ。その途端、ファヴニールの喉が大きく膨れ上がった。閉じられた口から僅かに漏れる熱気が大気を焦がし、周囲の風景を歪めて見せる。解放されてしまえば、この周辺一帯が消し飛ぶと確信できる超熱量の予兆。

 

「……ッ、ここにはあんたのサーヴァントもいるのに!」

「言ったはずです。()()()()()()()()()()()()()、と」

 

 竜はそのチャージが終われば、口から地獄の如き炎を天に向けて吐くだろう。

 それは一度天に向かって翔け上がり、やがて流星の如く地上に落下する。

 結果はこの地が生きとし生ける者を許さぬ、地獄の具現と成り果てること。

 

 止めようがない。決定打がない。

 だからファヴニールはブレスを喉に溜めながら、悠々と羽ばたきを開始した。

 

 飛行を開始する竜の巨体。空中へと舞い上がる超質量。

 ファヴニールの攻撃によりこれより地上は紅蓮に染まる。

 その自分の炎で自身を焼かれぬように、空で放つ以外の選択肢はない。

 だから竜は一切迷わず己を空に上げることを選んだ。

 

 そうして、解放を命じる最後の号令が黒ジャンヌから下される寸前に。

 

「遅れてすまない。ファヴニールが()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 地上に、ファヴニールのブレスをも凌ぐ太陽が顕現した。

 

 白い長髪を荒ぶる魔力の渦で暴れさせる、剣を胸の高さに構えた勇者。

 その剣に滾る魔力は既に臨界。今にも解放を待つ魔剣の輝き。

 

「サー、ヴァント……!? どうしてここに!?」

 

 黒ジャンヌが驚愕する。さっきまでは確実に、ルーラーの知覚に他のサーヴァントは入っていなかったはずだ。だというのに急に、ここにきて四つの反応が増えていた。

 カルデアのデミ・サーヴァント、もう一人のジャンヌ・ダルク、マリー・アントワネット。

 

 ―――そして。

 

 黒ジャンヌの真名看破能力が、過たず目の前のセイバーの真名を読み取った。

 邪竜の返り血により発現した鎧。邪竜を討ち取った呪いの聖と魔の両側面を持つ剣。

 その名を―――

 

「ジーク……フリート――――!?」

「ああ。その名の持つ責務として、見知った顔を撃ち落としにきた」

 

 彼らが求めた“竜殺し(ドラゴンスレイヤー)”が、邪竜はばたく今この地に降臨した。

 

 

 


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