Fate/GRAND Zi-Order 作:アナザーコゴエンベエ
「ヌゥウウン―――ッ!」
アザルドが咆哮と共に、両腕を掲げる。
閃く光が彼の全身から空へと立ち上り、上空で一気に爆ぜた。
弾けた光は流星と化し、大地へと降り注ぐ。
辺りを全て効果範囲に納めた流星群による絨毯爆撃。
船だけは巻き込まないようにしてやる、などと。
そんな前言を忘れたかのように、アザルドによる蹂躙が始まった。
それを辺り一帯ごと防ぎ切る手段はない。
マシュの盾ならばあの攻撃さえ防ぐだろう。
だがこの範囲、全てを塞き止められるはずもなく。
「まずは開戦の狼煙をあげてやるぜ。この程度で死ぬんじゃねえぞ!」
戦場だけに収まらず、街まで含めて見渡す限りを消し飛ばすだろう星の雨。
それを放ちながら、彼は呵々大笑してみせる。
全てを撃ち落とす暇などなく、防ぎきれない蹂躙に対し―――
「フォウ、フォォ―――ウッ!」
白い獣が、急かすように彼女の頭をてしてしと叩いた。
うるさい、とはたき落としたい気持ちをぐっと押し込めて。
彼女は全身を巡る力に、意識を強く載せていく。
「
星を呼び、落とすほどの魔術が起動する。いいや、起動するはずもない。
星を呼ぶには準備が足りず、状況は整っていない。
これほどのものを、急場凌ぎのために発動できるはずもないのだ。
彼女の卓越した魔術の腕をもってしても、それを十全に扱うには足りないものが多すぎる。
―――けれど。既に空から降る星があるのなら。
その軌道に干渉し、操ることくらいなら―――
オルガマリー・アニムスフィアの周囲に光が発散。
ダ・ヴィンチちゃん謹製のボディが悲鳴を上げる。
かつてないほどの魔術行使に、彼女の顔が強く引き攣っていく。
視界を赤く染めながら、それでもなお、彼女は魔力を奔らせた。
「―――――ッ!!」
アザルドがとっくに手放した、星の支配権を握り込む。
強引に、力任せに、彼女の意思に乗っ取られた星の雨が軌道を変える。
全ての弾丸が、放った当人であるアザルドを目掛けて迸った。
「ほお!」
不自然に軌道を捩じ曲げ、殺到する流星群。
それらが全て、アザルドへと直撃した。
数え切れない光弾を浴び、爆炎に呑まれ、しかしその中で愉しげに笑う怪人。
「テメェら!」
「ああ!」
立ち上る炎の柱に向けて、ゴーカイレッドが銃を突き出す。
そのシリンダーには既に彼自身のレンジャーキーが差し込まれていた。
続くように、残る五人の戦士たちが銃を同じ方向へ向ける。
〈ファイナルウェーブ!!〉
「ゴーカイブラスト!!」
「ゴォオオオカイ! スゥウウパァアアアアノヴァ!!」
一気呵成にゴーカイジャーたちが砲撃を見舞う。
放たれた六つの光弾が軌道上で交わり、一つの巨大な光弾に変わる。
星の雨が拡げた炎を吹き飛ばし、その中に立つアザルドへと一直線に。
「ハハハハハハハハ―――!」
晴れた炎の中でアザルドは傷一つなく、砲撃に対して胸を張って受け止める。
直撃した瞬間に弾け、込められたエネルギーは余すことなく破壊力へ。
多くの怪人を葬ってきた多重銃撃が、当たり前のように何の成果も出せず薄れていく。
彼は体の破片一つこぼすことなく、必殺を耐えきってみせた。
―――いや、耐えたという意識すらないのだろう。
ただ、耐えるまでもなく傷一つ付かなかっただけなのだ。
〈シンダイカイガン!! シンスペクター!!〉
銃撃の残滓を突き抜けて、七つの翼が羽ばたいた。
蒼く輝く光の矢となり、シンスペクターが力を載せた足を突き出す。
その一撃が届く前に迫る相手を認識したアザルドが腕を振り上げる。
「ツクヨミ!!」
〈フィニッシュタイム!〉
「ええ!」
〈エクシードチャージ!〉
ジオウがジュウモードのギレードにウォッチを装填。
同時に、ツクヨミがファイズフォンXをアザルドに向けた。
タイミングを計る間もなく即座に放たれる二つの銃弾。
それは共にアザルドの腕へと直撃した。
「あん?」
赤い光が腕を包み、更にその上に“STOP”の文字が描かれた標識が浮かぶ、
発生した二重の拘束。
それでもなお、稼げるのは十分の一秒にも満たない刹那の空白。
だがそれで十分だと、シンスペクターの体が加速した。
「オォオオオオオ―――ッ!!」
〈デッドリーオメガドライブ!!!〉
一瞬訪れた、無防備な状況。
攻撃も防御もしていない、隙だけを晒している姿。
確かにスペクターの一撃はその瞬間を狙い撃って直撃し―――
「何だぁ? こんなもんかよ」
自身の胸に叩き付けられた足を見下ろしながら。
黒と金の破壊神は、溜め息混じりにそんな落胆を吐き出した。
隙を晒して、無防備で、何の身構えもしていないアザルドに。
これ以上ないほど綺麗に決まった必殺の一撃が、容易く耐え切られたのだ。
反動で弾かれたスペクターが着地し、地面を滑る。
それを追って振り抜かれる金色の外殻に覆われた拳。
「くっ……!」
〈シンダイカイガン!! プライドフィスト!!〉
悲鳴を上げる体をおして、マコトはすぐに次撃に繋ぐ。
両の拳に流れ込むはずの力を右拳一つに集約。
全てを載せて、彼は力漲るその拳を突き出した。
激突する両者の拳。
勝敗については語るまでもなく、アザルドへと傾いた。
輝く腕を打ち砕きながら、振り抜かれる隕石のような黒と金の拳。
「ガァ……ッ!?」
シンスペクターが宙を舞う。
吹き飛んだ体は止まることなく、背後に聳える岩壁まで。
激突して岩を粉砕し、ようやく止まったと同時に壁を崩落させていく。
崩れる岩に埋もれ、姿を消すスペクター。
それを見送って、アザルドが鼻を鳴らし―――
〈フィニッシュタイム! ヘイ! 鎧武!〉
〈鎧武! スクランブルタイムブレーク!!〉
頭上から降り注ぐ橙色の光の刃が、彼の肩口から直撃した。
噴き上がる火花。同時に飛散する果汁。
弾けるオレンジの雨を浴びせられ、しかし破壊神は揺るぎなく。
「く……っ!」
「ハッ!」
自身に叩き付けられたヘイセイバーの刀身を掴む。
そのまま正面のジオウを殴り抜こうと彼は拳を振り上げて―――
〈ファイナルウェーブ!!〉
「ゴォオオオカイッ! レジェンドクラァアアアッシュ!!」
直上から、飛び上がった金鎧を纏った銀色の戦士が襲来する。
ジオウを飛び越し、アザルドの脳天を目掛け。
15の戦士が結集した力を纏った槍が、流星の如く降り注いだ。
破壊神は微動だにせず、それを脳天で受け止める。
紛う事なき直撃を見舞われ、しかしそれでも不動。
敵の体表を僅かに削り止まった槍に、ゴーカイシルバーが息を呑む。
「どうした、これで終わりか?」
「なわけねえだろ! ゴーカイスラッシュ!!」
〈ファイナルウェーブ!!〉
マーベラスの号令に従い、五人がサーベルにレンジャーキーを装填。
相手を囲い、それぞれの色に光り輝く刃を体に直接叩き込む。
赤が、青が、黄が、緑が、桃が。
五色の剣撃が漆黒の体にぶつかり、その威力を間違いなく発揮する。
―――それでも、不動。
高出力のエネルギーを纏う7つの刃。
それを今なお押し付けられながら、アザルドは何でもないように鼻を鳴らす。
微かに削れた外殻から少量の白煙を上げるだけ。
「チッ……!」
「―――もう一回訊くぜ。これで終わりか?」
言葉に続けて、アザルドの胸を中心にして一気に力場が拡がった。
その力の渦に弾き返されないように、総員が立てた刃に力を込める。
これ以上ないほど、全力で押し込み続ける7人。
そんな彼らが、いとも簡単に吹き飛んだ。
競り合いになどならない。
枯れ葉を吹き散らすような容易さで、戦士たちが吹き飛んだのだ。
尋常ではない速度で地面に叩き付けられ。
あるいは木々を薙ぎ倒し。あるいは岩壁に突き刺さり。
7人の戦士が、巻き上げられた砂塵の中で沈黙する。
それを為した怪人がやれやれ、と。
大したことでもないように、首を軽く回しながら次を見る。
星を打ち上げるのを邪魔した人間、オルガマリー・アニムスフィアを。
「―――っ!」
すぐさまそこにマシュが割り込み、続けて立香がその後ろにつく。
盾一枚が割り込んだことなど気にもせず、アザルドが歩みだし―――
数歩進んだところで、何か気付いたように足を止めた。
そうして振り返り、見上げる光景。
そこには丁度、巨大化したクバルが姿を見せていた。
「お、あっちはそろそろ終わりか?」
クバルが退場すれば、ジニスが動くとの約束だ。
ここまで来たら、待っていた方がいいかもしれない。
すぐに現れたワイルドトウサイドデカキングの姿を見上げながら、そんな事を考えたアザルドが首を傾げる。
―――案の定、わざわざ待つまでもなくクバルはすぐに没した。
大して面白くもない最期を見届けてから、改めてジニスに視線を向ける。
断続的な痛みを受け、体が動かない。
機能として、動くための性能は失われてはいないはずだ。
だというのに、痛みという感覚だけで彼は動けなかった。
肉体などという不完全なものを取り戻したツケだ。
落下した場所にあった木に寄りかかりながら、彼は弱々しく拳を握る。
「―――――」
ガンマイザーを経由し繋がっていたDEMIAのサーバー、人間の魂。
力として、資源として活用するつもりだったものはもうない。
彼は失敗したのだ。
恨み言を吐くのも億劫になって、目を瞑り―――
「兄上……!」
そこに、アランがやってきた。
生きてはいるアデルを見るや、彼はほっとした様子で息を吐く。
その態度に苛立ちを覚え、眉を上げて力を入れる。
つい一瞬前には口を動かすのも億劫だ、と感じていたけれど。
しかし、自然と口を動かし彼に言葉を吐いていた。
「……何をしにきた、裏切り者めが」
「決まっている。兄上、あなたを助けにきたのだ」
歩み寄ってくるアラン。
それを追い払うこともできず、アデルが舌打ちする。
「敵の貴様が私を助ける? フン、一体何を……」
「敵―――目的を違えていても、私たちは家族だ。
父上も、姉上も、アルゴスも……アデルも。それだけ考えて、助けてもいいはずだ」
アランがアデルを引き上げ、肩に腕を回させる。
「ふん……家族、家族だと? 何が家族だ、それを真っ先に棄てたのは―――」
「兄上、誰も棄ててなどいない。棄てられるものじゃないんだ。
どんなに棄てたように見えても、どこかで繋がっている。
それが―――家族が、私たちがこの世界に生まれる前に、最初に得る繋がりなんだから」
アデルを抱えながらアランが歩み始める。
彼もまた、体が不調だと言うかのように動きがぎこちない。
それほどの敵。それほどの決戦だ。
兄を安全なところまで連れ出したらすぐに戻らねばならない、決戦の地へ。
「だから、私は命を懸けて守り抜く。
家族と、我らが守り抜かねばならない民たちのために。
父上がそうしたいと願っていたように。母上がそうあって欲しいと望んでいたように」
アランの耳に届く、アデルが歯を食い縛る音。
それを聞きながら、彼は更に言葉を続けた。
「アデル、あなただって分かっているはずだ。
父上はそうしようとして、望んだ全てを叶えようとして、やりきれなかっただけなのだと。手が届かずに失敗してしまっただけなのだと。
父上は望んで手放したんじゃない、ただ取りこぼしてしまっただけなんだ。恨むのはきっと仕方ない。父上も多分、仕方ないと思っているだろう。けれど、父上の望みを歪めて受け取るのは違う。そうだろう?」
ギリ、と一際強く噛み締める音。
―――そこで、轟く大音量に足を止めて顔を上げる。
一撃だった。
全霊を懸けて立ち向かうジュウオウジャー。
その意思を反映し、全身に力を漲らせるワイルドトウサイドデカキング。
巨神は地球のパワーに包まれ突進し―――
ただ虫を払うように。
ジニスがふいと軽く手を振るったことで、吹き飛ばされていた。
一撃、と呼んでいいのかさえ分からない。
たった一つの所作で、巨神は終わった。
巨神が砕けるように弾け、ジュウオウキューブが転がり落ちる。
衝撃で投げ出されるジュウオウジャーたち。
それを唖然として見上げながら、アランが体に気を入れ直す。
たとえ、たとえ、一撃で自分が死ぬのだとしても。
それは、逃げる理由にするには弱すぎる。
仲間がいる。アデルがいる。
眼魔世界にはアリアも、民たちもいる。
命を懸けて、命を燃やして戦うに足る大きな理由だ。
「……兄上。私はいつか、眼魔世界を父上が望んだ本当の理想の世界にしたい。
民の幸福に満ちた、人の生きる世界に。
私が途中で果てたら……兄上、あなたに今度こそ―――」
アランの言葉に無言で返し、顔を背けるアデル。
そんな兄に対して微かに目を伏せて、彼はメガウルオウダーを懐から取り出した。
そうして装着する、その前に。
「アラン!」
「―――アカリ?」
彼の近くに、全速力でアカリが駆け込んでくる。
その後ろには御成とカノン、そしてダ・ヴィンチちゃんの姿。
ダ・ヴィンチちゃんはジニスの方を向きながら、顔を顰めつつ。
彼女はアランの許に辿り着くと、すぐにアデルに視線を向けた。
「あいつはDEMIAのネットワークを管理してるガンマイザーを利用して、人間の魂を集めてる。それがあいつの力になって、とんでもない力を出しているの!」
「ああ、それが―――」
「だからDEMIAのシステムのデータさえ分かれば、止められる!」
言って、アカリの視線がダ・ヴィンチちゃんに向く。
正確には彼女の装着した万能宝具を、だ。
完全に止められなくてもいい。
だが解析・対応に優れた万能宝具で、ジニスの出力を抑えられれば―――
ほんの少しであっても、逆転の可能性があるかもしれない。
彼女の言葉が聞こえていたのか、あるいは別の理由か。
ドデカキングを捻じ伏せたばかりのジニスが、微かに首を捻り視線を向ける。
「―――だから、渡しなさい! あいつが集めてるのは人の魂だけじゃなくて、地球のパワーも……! あいつの中で混ざり合ってる力の質の線引きが出来ない私たちには、どこからどこまでが魂の力なのか判断できない! これじゃ解析できないの! 時間をかければ出来るかもしれないけど、そんな時間がない! けど、造ったあんたたちならデータを持ってるはず! 早く!!」
「アカリ殿、アカリ殿! 焦っては……!」
「アデル様、お願いします!」
詰め寄ってくるアカリ。頭を下げるカノン。
おろおろとしながら、ジニスの浮く空中をちらちらと見る御成。
「兄上……」
もはや負けたも同然の状況ながら、まだ足掻く人間たち。
そんな連中に答えを返す必要などなく―――
「………………私の肉体が、DEMIAのサーバーだった。
既にその役割は、ガンマイザーと共に奴に取り上げられたがな。
一度ガンマイザーと融合した私の肉体を解析すれば、魂を集めるための仕組みは分かるだろう」
けれど、何故か答えていた。
どっちが勝とうが、もうアデルの望んだ理想の世界は来ない。
ならば本当にアランの言うような世界があるものか、それを確かめたい。
それが気になっただけ、と。
アデルが瞑目し、その体を探査の光が駆け巡っていく。
ダ・ヴィンチちゃんの宝具による解析。
それを走らせながら、彼女は小さく頷いた。
「さて。下等生物は下等生物なりに足掻く準備は出来たかい?」
いつの間にか、彼女たちの目の前にその姿があった。
巨大な翼を広げた白銀の帝王。
彼は地面に降り立って、悠然とした様子で歩み寄ってくる。
「それは試してみないと何とも。
実験に協力してくれるのなら、特等席で天才である私の足掻きを見れるけど?」
「ほう、それは愉しみだ。クバルよりは愉しませて欲しいものだね」
ダ・ヴィンチちゃんの顔から色が抜け落ちていく。
成功しても失敗しても、それで倒せるわけではないのだ。
恐らく、反撃を貰えば彼女は消える。
だがそんなことを嘆いている暇も無い。
やれやれ、と。彼女は最後に一つ溜め息を吐いて、万能籠手を突き出した。
手に入れたデータを前提とし解を示す。
超速の演算が相手の能力を阻害する性質を導き出す。
「“
光が周囲を満たす。
魂を集わせるためのシステムを停止させる、対特性の閃光。
一帯が真っ白に塗り潰されるほどの強い光。
これによって魂の収集は停止―――
「所詮は猿知恵。そもそもにして、私と君たちでは技術力が違う。
ああ……だが悪くはない。天才ではあるかもしれないね、下等生物の中ではだが」
―――することはなく。
光の中から、ジニスの下等生物への嘲笑が聞こえる。
次の瞬間、その声の発生源だろう場所で光が爆発した。
放たれるのは針状の光の刃。
無数に放出されたそれが殺到する。
「ッ―――!」
〈友情カイガン! バースト!〉
ネクロム眼魂を感情で燃え上がらせ、変身シーケンスを完了し。
金色の炎を立ち上らせるネクロムが即座に前に出た。
〈友情ダイカイガン! バースト! オメガドライブ!!〉
「ハァ―――ッ!!」
出し惜しんでいる余裕などあるはずなく、全ての力を腕一本に。
突き出した拳から拡がる金の炎を壁として、寄せ来る刃の前に立ちはだかる。
続けて、苦渋の表情でダ・ヴィンチちゃんが杖を掲げた。
星の杖から放たれる魔弾。
相手の攻撃を撃墜せんと駆け巡るそれが空中で光刃と激突し、砕け散る。
威力を削ることができたのかさえ分からないまま、光の刃による蹂躙が始まる。
盾となって立ちはだかるネクロムの炎に刃が突き立てられ、そして―――
衝突の瞬間、爆発したように拡がる閃光。
目が潰されそうな光の中、遅れて轟音が雪崩れ込んでくる。音が消える。
目も耳も麻痺した状態。
そんな彼らを、体が浮くほどの衝撃が吹き飛ばした。
吹き飛ばされて、叩き付けられ、転がって。
自分がどうなったのかも見えない、聞けない。
その状況で必死に自分を保ち、五感に早く戻れと願う。
そうして、ようやく戻り始めた視力が見る。
色を取り戻した世界の中、正面に倒れているアランとダ・ヴィンチちゃんと。
ゆっくりとそちらに歩み出した、ジニスの姿を。
「あっ……」
「そっ、それ以上は拙僧を倒してからにしてもらいますぞぉおおっ!」
土に塗れた僧衣を翻し、御成が立ち上がる。
傍目に見ても分かるほどに震えながら、錫杖をぐわんぐわんと振り回し。
よたよたと、出せる全力の歩みで。
言われたジニスが足を止める。
面白そうに、喉を鳴らしながら少しずつ迫る下等生物を眺めて。
「ああ、いいとも。君が私に対して進み続ける限り、私はここで足を止めようじゃないか」
「ほっ、ほっ、ほぁあああ! きええええええ!」
崩れそうになる足を叱咤し、奇声を上げ、御成が錫杖を振り回しながら歩み続けていく。
だがゆっくりと、ゆっくりと、その速度が落ちていく。
「どうした拙僧! こんなもんじゃないぞぉ! 拙僧は大天空寺住職代理! こぉんな不可思議現象に負けるはず、負けるはず……!」
言葉も、歩みも、少しずつ弱くなっていく。
―――恐怖ではない。いや、尋常ではないほど恐怖はしている。
それを捻じ伏せようという意思が折れたわけでもない。
ただただ物理的に、体が重くなって動かなくなっていくのだ。
それだけではなく、距離が縮まるごとに意識も遠くなっていく。
勇気以前に、声を上げていないとそのまま眠ってしまいそうなほどに。
愉快そうにそれを眺めながら、ジニスが口を開く。
「既に私が魂を集めるのに、特別な手段なんていらないのさ。
私が側に存在するというだけで、全ての魂は私の燃料になりたがる」
魂の質量とでも言うべきものが桁違いであるが故に。
既にジニスがそこにあるだけで、魂は彼という存在の重力に捕まり集まってくる。
魂の太陽か、あるいはブラックホールか。
比べれば小石程度でしかない普通の魂に逆らえるものではない。
ジニスがただ、遊ぶために引力を抑え込んでいるだけ。
それでも至近距離まで迫れば、ただそれだけで肉体から魂が抜けるだろう。
その事実を感覚で理解しながら、御成は足を引きずって少しずつ前に進む。
「お、お前の燃料なんて真っ平御免! 拙僧は、拙僧たちは、己の人生を生きるために……命を燃やすのです!」
「わ、私も……! タケルくんに、生き返らせてもらった命を、精一杯生き抜くために……!」
カノンが地面を這い蹲りながら、アランとダ・ヴィンチちゃんの許へ進み始める。
「そうよ……たとえ、ここで終わるのだとしても―――!」
いつか、最期に言葉に交わしたタケルの声が蘇る。
生きるのだ。最期の最後まで、この命を。
アカリもまた、カノンに続くように倒れた二人に向かって這い出した。
そんな無様に這い蹲る者たちを見て。
アデルが強く顔を顰め―――ジニスがつまらなそうに鼻を鳴らす。
「さて……このまま待つのでは少し退屈だな。悪いが、ルールを一つ追加しよう」
言って、翼を微かに動かしてみせるジニス。
その翼の中に光点が一つ生まれ、ちかちかと明滅した。
「私からしたら的当てゲームさ。なに、下等生物に避けきれない攻撃などしないとも。歩いてでも避けられる程度の、簡単な攻撃だけだ」
それが致命的な行動だと当然理解した上で、からかうようにジニスが嗤う。
普通なら歩いてでも避けられる攻撃、というのは事実。
ただまともに歩くことすら出来ない人間に避けきれるはずがないだけ。
「では、今から始めようか」
放たれるたった一発の光弾。
弾速も普通なら見てから歩いて避けられるほど。
ふわふわと迫ってくるそんな風船のような弾丸を、しかし御成は避けられない。
―――だから、前に進んだ。
避けようとしたところでどうしようもないのだ。
なら、一歩でも前へ。
一秒でも長く、ジニスの足を止めるために。
「御成……!」
「御成さん……!」
一秒後に死ぬだろう御成に向けられた、アカリとカノンの悲鳴。
顔を引き攣らせながらも、しかし御成は最後まで勇敢に突き進み―――
そうして。
ジニスの放った光の弾丸が、悉くを打ち砕いた。
粉砕され、撒き散らされた破片が宙を舞う。
―――青い、眼魔スペリオルの装甲が。
「ジャ、」
飛び込むように割り込んできた、青い怪人。
その残骸が飛び散る中で、庇われた御成が目を見開く。
彼の視線を背に受けながら、ジャベルが口角を吊り上げる。
ほんのお遊びのような攻撃で、眼魔スペリオルは沈黙した。
突き抜けた衝撃は、スペリオル眼魂までも粉砕。
最早彼に打てる手はなく、何が出来るというわけでもない。
後ろには恩人がいる。
後ろには守るべき大帝の一族である兄弟がいる。
これ以上ないほどに、命を懸けられる場面だと。
「ぬぉおおおおおお―――ッ!!」
生身のままに、ジャベルが走り出す。
そんな彼が飛ばしてくる視線を受けながら、ジニスは小さく肩を竦めた。
そうしてから僅かに、彼が自身で縛り付けていた自身の存在の質量を見せつける。
たったそれだけで、走り出したジャベルは力を失った。
意識が途絶し、踏み出した体が勢いだけ残して崩れ落ち、転げていく。
勢いづいた肉体だけがごろごろと。
ジニスの足下を通り過ぎて、土に塗れながらやがて動きを止めた。
「ジャベル、殿……」
「無駄だよ。下等生物が何をしようとしたところでね」
ジニスが僅かに腕を振ってみせる。
それを合図にしたかのように、肉体から剥離したジャベルの魂が吸い寄せられていく。
ジニスの養分として、燃料として、消費させられるために。
同時に、御成が立っていられなくなり腰を落とした。
続けてアカリも、カノンも。
這うことすらできないほどに、体から力が抜け落ちていく。
ジニスが僅かに発揮した引力だけで、魂が剥がれ落ちそうになって。
肉体から魂が引き剥がされる感覚。
そんな未知の感覚を味わいながら、皆が必死に歯を食い縛る。
それでも、徐々に意識が肉体から外へと浮かび上がっていくのだ。
「さて。まだ何かあるかい? どうにかできるかもしれない手段がまだあるというのなら、付き合おうじゃないか」
ふよふよと漂う、ジャベルの魂。
そちらに向けて手を伸ばしながら、ジニスが笑う。
拳を握り締めるほどの力も出せない体。
歯を食い縛っていた顎からも力が抜け、悔しがることさえ出来なくなる。
「それでも、私たちは……!」
「生きることを、諦めることなどできましょうか……!」
たとえ、どのような結末が待っていたとしても。
命を燃やして戦い抜いたタケルのように、今を生きることを諦めない。
最後の最後まで、己の命を生き抜くために。
力が入らない体で、せめてジニスを睨み付ける。
「そうよ……! 私たちが諦めない限り、私たちと一緒に想いを繋げてきた他の人の魂だって……! タケルの魂だって、永遠に不滅なんだから……!」
力の入らない拳を、それでもぎゅうと握り締め。
アカリが、地に伏せながらそう叫ぶ。
「ああ、魂は不滅だとも。永遠に。もちろん君たちの魂も。
私という優れた生命に使われる、燃料としてね」
ゆるりと差し出されるジニスの手。
当然のようにそこを目掛けて引きつけられていく魂たち。
―――その動きが、ふと止まった。
「―――ここは」
白い光に塗り潰された空間の中で、彼は目を覚ました。
浮上した意識に、今の状況が染み込むように伝わってくる。
急ぎ動かなくてはいけない状況なのだ、と。
その焦燥感によって動き始める前に、彼の背中に声がかけられた。
『目覚めたのですね』
声に反応して、そちらに視線を向ける。
そこにいたのは、一人の少女。
白衣の少女は感情を窺わせない瞳で、彼を静かに見据えていた。
「君は……」
『―――なぜ、目を覚ましたのです』
少女は平坦な声で問いかけてくる。
本当に不思議そうな問いかけ。
彼は少女の正体について問おうという気持ちも浮かべず、胸に手を当てた。
簡単な質問だ、と。そう思って、答えを返す。
「聞こえたんだ。みんなの助けを呼ぶ声が。
行かなきゃ、って。俺の中で、心がそうやって叫んでる」
『心―――その祈りに応えるために?
それだけの理由で、目を覚ましたのだと?』
たったそれだけのことで、何故いまここにいるのだと。
少女は本当に、本当に不思議そうに首を横に傾ける。
彼女と向かい合いながら、彼は自分の胸に手を当てた。
「……人の想いを繋げて、未来に繋ぐ。
俺の願いって、一人じゃ絶対に叶えられないことなんだ。
想いを繋ぐ相手と、受け取ってくれる未来に生きる誰かがいなきゃ叶わない。
だから。助けを呼ぶ声が聞こえれば、何度だって俺は立ち上がれる。
それが俺の願い―――生き様だから」
彼の意思に呼応して、白い空間が僅かに歪んだ。
どこからともなく周囲に出現し始める、無数の眼魂。
数にして100。それが英雄の眼魂であることに疑いはなく―――
「俺はいつだって今を生きる一人の人間として、他の誰かを助けに行く。
誰かを助けたいっていう想いを、助けるための力に変えて」
彼の姿が変わっていく。
無限の可能性の具現。虹色の光を放つ白銀の衣を纏った光の鎧。
想いを力に変え、望んだ未来を掴み取るために戦う戦士。
―――仮面ライダーゴースト・ムゲン魂。
光り輝くその偉容を前に、少女が僅かに眉を顰める。
『……私から力を奪っていった者もまた、生存に執着した者でした。
だから私はあえて、その接触を否定も拒絶もせずそれを受け入れた。
あなたの意思と彼の意思。その執着に違いはあるのでしょうか。
―――私は、それが知りたい』
「きっと、違う。他の全てを踏み躙って自分だけ生きたいと思うのと、みんなで一緒に生きていきたいって気持ちは。俺は絶対に違うって信じてる。だから―――」
100の眼魂がぐるりと巡り、空中でそれぞれ配置されていく。
描き出すのは黄金の曼荼羅。グレートアイを象徴する紋様。
その曼荼羅が光を増して、門へと変わる。
グレートアイの座す神の国から、現世に繋がる門に。
「なに……?」
ジニスが苛立ち混じりに、困惑を吐き出した。
自身に流入するためだけに存在する下等生物の命。
その魂の流入が止まったのだ。
ジャベルの魂もまた、ジニスに向かってくることなくその場で漂い始める。
「何が―――」
直後、頭上に黄金の曼荼羅が浮かび上がる。
すぐさま何かが起きたことを理解して、ジニスは一度舌打ちした。
あれはジニスもまたガンマイザーを介し一度は通った神の門。
―――その中から、虹色の光が舞い降りてくる。
100の英雄眼魂を周囲に取り巻かせ―――
その体の内に、100の眼魂を次々と取り込んでいく。
神の器たり得る人間の魂と、100の英雄が一つになる。
いつかのエクストリーマーのように。
いつかのエクストリーマーを超えるように。
虹色の両翼を大きく広げ、ムゲン魂が帰還する。
そんな彼に、周囲の霊魂が向かっていく。
漂っていたジャベルの魂もまた、ゴーストを目掛けて移動し始めた。
「なに……?」
即座にジニスが、自身の質量を解放する。
発生する魂を捕まえる重力場。
取り込む魂を圧壊させるのではないかというほどの絶大な圧力がかかる。
―――が、それでも魂はジニスに向かわない。
ジニスとゴースト。
両者が起こす引力が釣り合い、魂の動きが完全に停滞する。
「…………これはこれは。やっと、と言うべきかな?
随分と愉しませてくれそうな相手が出てきたじゃないか」
自分の近場に寄っていたジャベルの魂に手を添えて。
その途端、魂が意思を取り戻したかのように脈動した。
魂自身の意思であるかのように、ゴーストに染み込んでいくジャベル。
ジニスに言葉を返すことなく、タケルが倒れた皆に目をやった。
「ごめん。遅くなって」
「タケルくん……良かった。うん、本当に……
今度は少しでも、私も力に……」
限界だったのだろう。カノンはそう言うと、顔を伏せた。
倒れたその体から、染み出すように魂が抜け出した。
それに留まらず、彼女の魂はムゲン魂に向かって飛来していく。
その動きにカノンの意思を見た御成が、小さく微笑む。
「おかえりなさいは、まだ言いませんぞ。
全部終わってから、拙僧が今はまだ先代からお預かりしている大天空寺で……」
御成もまた同じように、その魂をタケルに託す。
「タケル……きっと、きっとね? 今、みんなの心は同じ想いで繋がってる。
魂がどうなるかなんて分からないけど、けどどうにかなっちゃいそうな不安の中で。
みんな、きっと……生きたい、って。思ってる。だから、だからね?」
駆け寄ってくるタケルに必死に手を伸ばし、アカリは口を回す。
そうして、
「―――タケル、お願い。勝って……!」
互いに伸ばした手が、指が触れ合った瞬間にアカリもまた沈黙した。
その魂を自身の胸に抱えて、ムゲン魂が微かに俯く。
「さて。最期の挨拶は済んだかい?
では始めようか。もっとも、結果は最初から見えているがね。
下等生物の魂の力を私と同じほどに使えたとして、私には地球のパワーも―――」
遊び半分で煽るように吐き出された言葉。
それを言い終わる前に、ジニスの前で白銀の衣が翻った。
虹色の翼を羽ばたかせて加速する戦士。
稲妻の如く奔る突撃に対して、ジニスは僅かばかり体勢を整えた。
ムゲン魂は半身を引いて、握った拳を振り上げたままに前進してくる。
ジニスは当然避けることなどせず、受け止める姿勢を見せているのだ。
突撃から激突、腕の交差まで全て含めて半秒とかからず。
その激突の結果―――ジニスの方が、押し込まれた。
彼は競り負けた結果として、地面を滑りながら距離を開けさせられる。
「―――――」
パラパラと、乾いた音を立てて破片が散る。
拳撃を弾こうと差し出した腕を逆に弾かれ、そのまま拳は顔面を強打した。
ジニスの頬には、確かに小さな亀裂が走っていて。
そこから破片と―――血ではない、何かの液体を僅かに滴らせた。
自身の負った傷を掌で撫で、ジニスは眼光を明確な怒りで染める。
「―――生きる価値すらない下等生物如きが」
「―――お前は、自分が弱くて小さな命であることから逃げただけだろう……!」
ジニスの頬から滴り落ち、地面を濡らした液体。
地面に溜まった僅かなそれが生き物のように蠢いた。
そんな液体を自分の足で踏み躙りながら、ジニスが意識を殺意で一色に染める。
自身の拳から伝わってくる数え切れないほどの命の声。
ジニスたった一人から感じる無数の声。
それら命の叫びを聞きながら、タケルは背負った魂から力を受け取った。
―――そうして。
ガチリ、と。
その光景を写真機で切り取ったかのように、全ての動きが止まる。
全てが止まった光景の中で、一人の男が歩み出てきた。
対峙するムゲン魂とジニス。
二つの強大な力を背にしながら、彼は手にした本を開き―――
所在なさげに畳み、開き、また畳んで。
溜め息ひとつ、口を開き始めた。
「…………彼は天空寺タケル。18歳の誕生日に襲ってきた眼魔に倒され、生き返るために仮面ライダーゴーストとなって戦ってきた者。
消滅したかに思われていたが、何やら大きな力に後押しされ復活したようだ。祝うほどのことではありませんが、中々驚くべきことのように思います。
誰かに望まれる限り、何度でも蘇る……これもまた、仮面ライダーの宿命ということなのかもしれません」
そんなことを言って肩を竦め、黒ウォズが手にしていた本を横に抱える。
「彼の復活を望んだのは、時代か、この星か、人か、はたまたそれ以外か。
どうあれ、我が魔王による継承の議は滞りなく行えそうで何よりです。
……仮面ライダーゴーストの歴史に残された
では、その最期の戦いをどうぞご覧あれ」
告げて、彼はゆったりとした動作でゴーストを腕で示す。
そうしながらストールを大きく翻して回転。
自身の周囲を取り巻く布の回転に包まれ、その姿を消していた。
ジニス「ふふふ、人間如きの科学力で私は止められないよ」
タケル「破ァッ!(寺生まれ特有の科学では計り知れない超能力)」
ジニス「えぇ……(困惑)」