Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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炎上冬木2004

 

 

 

「……つぅ、さっきから意識失ってばっかな気がする……」

 

 またも頭を押さえながら起き上がる。さっきと同じく、周囲は火の海だった。

 とはいえ先程までの施設の一室ではなく、今度は街ごと火の海。

 

 立ち上る炎に舞い上げられた灰で空はどす黒い。

 ここは既に死んだ街なのだ、という感覚が肌を刺す。

 命の危機を感じる空間で目を細め、ソウゴはとりあえず声を上げた。

 

「どこ、ここ……? ねえ、ウォズ?

 って……ウォズ? ウォズ、いないのー? ……ウォズもいない」

 

 立ち上がろうとして、自分が手にいつの間にか何かを持っている事に気づいた。

 手の中にあったのは懐中時計くらいの大きさのもの。

 その表面には二種類の文字が刻印されていた。

 

「何、これ……? カメン、2018……?」

 

 上部にはまるで押しボタンのようなリューズもある。

 形状だけ見るならば、真っ先に連想した通りに懐中時計だろう。

 だが実際は時間を刻んでいるわけでもなく、ただの時計らしきものでしかない。

 

 それの正面はX字でパネルが四分割されていた。

 上と下のパネルにそれぞれ入っている文字は、“カメン”と“2018”。

 

 ―――まあとにかく今はいいや、と。

 とりあえずそれを懐にしまって立ち上がる。

 

 そうしてとにかく何か無いかと周辺を見回してみれば、そう遠くない距離。

 ひとり、動いている様子の人影を見つけた。

 

「あの髪、もしかしてさっき倒れてた……」

 

 ついさっき見かけた髪色、だと思う。

 それが先程まで致命傷だった筈の少女に見えて、ソウゴは足早にそこへと向かう事にした。

 

 

 

 

 

「先輩。起きてください、先輩」

「―――あ、やっぱり。さっきの」

 

 近づいてみれば、やはり。

 少女の正体は紛れもなく、先程瀕死だった彼女であった。

 そんな彼女が揺すっているのは、気を失っている様子の一緒にいた赤毛の少女。

 

 ソウゴに声をかけられた瀕死だった方の少女がこちらを振り返る。

 

「あなたは……確か常磐ソウゴさん、でよろしいでしょうか」

「うん。君は?」

 

 どうやら知られているらしい。

 彼女もカルデアというところの人間ならば、そう不思議でもないだろう。

 恐らくソウゴよりは年上だろう彼女は、丁寧に頭を下げながらその名を名乗る。

 

「はい、わたしはマシュ・キリエライトです。よろしくお願いします」

「無事で良かった、けど……その格好は?」

 

 少女の姿は大きく様変わりしていた。

 鎧、ではあるのだろうが。所々に肌色が見える色々な意味で危なげな衣装である。

 変な格好だなぁ、と見ているソウゴの視線。

 それに彼女も流石に羞恥を覚えたのか、口早に、その衣装に対する説明をくれた。

 

「現在、私はデミ・サーヴァント化しています。

 この武装はそのサーヴァントの物を顕現させているもの―――と思われます」

 

 彼女は頬を薄く朱に染めながらも、そう教えてくれる。

 内容は正直なところよく分からない。デミ・サーヴァントだのサーヴァントだの。

 が、多分そこは今の所は重要ではないだろう。

 というか重要だったのだとしてもソウゴには分からないだろうから関係ないヤツだ。

 

 とりあえず今は未だ倒れている少女と、その少女の上に乗っている謎の獣。

 

「へえ、そうなんだ。そっちの子は?」

「あ、はい。こちらはフォウさんです」

「フォウ! フー、フォーウ!」

 

 謎の白い獣はてしてしと、倒れた少女の頬にパンチを繰り出している。

 しかし少女に起きる気配はない。

 その様子を見ていると、マシュと名乗った少女も呼びかけを始めた。

 

「その―――マスター。マスター、起きてください。起きないと殺しますよ」

「えっ」

 

 突然の宣戦布告。いや、死刑宣告。

 ソウゴが驚いていると、当事者である気絶者も驚いたのか。

 それを切っ掛けに意識が浮かんできた様子だった。

 

 未だふらついているが、体を起こせる程度には無事である様子。

 ぼんやりとしながら起き上がった彼女は、己の肩を揺すっていたマシュを見上げる。

 

「良かった。目が覚めましたね先輩。無事で何よりです」

「いま、殺しますよ、とか言わなかった……?」

 

 うーん、と頭を抱えながらマシュに問いかける彼女。

 そんな問いかけを受けながら、しかしマシュは彼女に対して背を向けた。

 

「…………その前に、今は周りをご覧ください」

 

 そう言って巨大な盾を持ち直すマシュ。

 言われた通りに見回すと、何やら周囲の物陰から何か―――

 動く人骨らしき化け物が、大量に湧いて出てきていた。

 

「えぇ……何なの、これ」

 

 ガシャリガシャリと、骨同士が擦りあう音と共に行進してくる死者の軍勢。

 その咽喉も無いはずの頭蓋骨から、怨念染みた唸り声が響いてくる。

 

「―――言語による意思の疎通は不可能。敵性生物と判断します。

 ソウゴさんはどうかマスターと一緒にわたしの後ろに……マスター、指示を!

 わたしと先輩で、この事態を切り抜けます!」

「マス、ター?」

 

 きょとん、と少女。藤丸立香が自分を指差す。

 自分の事なのか、と問いかけているようだ。

 

「はい!」

 

 元気な返事が返ってきた。

 マシュが言うところによると、彼女はマシュのマスターというものらしい。

 立香の視線がソウゴに向いた。よく分からない、と首を傾げておく。

 

「えっ……と、どうしよう。が、頑張って!」

 

 突然の状況。しかも気絶からの復帰直後。

 立香にどれほど人並外れた度胸があろうと、どうしようもなかった。

 だが、そのたった一言にデミ・サーヴァントは奮起した。

 

「了解しました!」

「どうしよう! ただの応援に全幅の信頼がかけられてる気がして怖い!」

 

 立香の悲鳴に取り合う者はなく、そのまま戦闘が開始する。

 巨大な盾を構えながら、尋常ではない速度でマシュが駆けだしていた。

 同時。動くための筋肉など見ての通り何もない骸骨どもがカタカタと動き出す。

 

 先頭に立っていた骸骨がマシュを目掛けて跳ぶ。

 筋肉もついてないただの白骨が、一体どうしてそうなるのか。

 そんな事を考えている暇もなく、マシュは戦いへと臨んだ。

 

「マシュ、上―――!」

 

 マスターたる立香の声。

 それに反応して、サーヴァントは自分の頭上から来る相手に盾をかざす。

 

 手にした剣をフルスイング。マシュに対して全力で振り下ろす骸骨。

 骸骨というどう見ても軽そうな外見から、まるで想像できない重い打撃の音。

 

 ―――だが、盾には傷一つついていない。

 

「―――――っ、やぁ!」

 

 声と共に恐怖を吐き出し、マシュが体を捻り上げる。

 弾き返される骸骨。それが思い切り背後のビルに衝突して四肢散開。

 元通りバラバラの死骸となって、炎の中に消えていく。

 

 だが、吹き飛ばされたそいつを追い越して、次々と別の骸骨が群がってくる。

 

「やぁあああっ!」

 

 しかしそんな程度でマシュの行動に支障など出なかった。

 

 正面の骸骨に盾一閃。粉砕されて撒き散らされる残骸。

 その隙に反撃しようとする骸骨の数は留まることを知らず。

 怒涛の侵攻はしかし。凄まじい速度で構えなおされる盾に阻まれて通らない。

 攻撃を防いだそばからまたも盾を押し返し、盾の少女は骸骨連中を跳ね飛ばす。

 

「マシュ、凄い……」

 

 そこから先は少女の精神の事を考慮しなければ、最早ルーチンだ。

 群がる骸骨を跳ね除け、砕き、攻撃を防ぐ。

 

 敵たる骸骨たちに知性は無く、何度阻まれても同じように突破しようとする。

 それだけの相手ならば、マシュも同じように凌ぎ続ければそれでいい。

 ほんの数十秒で、その作業は完遂した。

 

 ガチン、と。巨大なラウンドシールドが置かれたコンクリートの地面が音を立てる。

 武装を地面に立てたマシュが小さく息を吐きながら辺りを一度見回した。

 もう周辺に敵性の気配は感じない。

 

「―――ふう。不安でしたが、なんとかなりました。

 お怪我はありませんか先輩。お腹が痛かったり腹部が重かったりしませんか?」

「今のは……何だったの? あとフォウがちょっと重い」

「……フォウ、フォーウ!」

 

 正直な白状に怒り狂うフォウ。フォウさん怒りの鉄拳が立香を襲う。

 てしてしと頬に叩き込まれる連続攻撃。だがそんな彼の矮躯がマシュに摘みあげられた。

 ぷらぷらとぶら下げられる小動物。

 

「……わかりません。この時代はおろか、わたしたちの時代にも存在しないものでした。

 あれが特異点の原因、のようなもの……と言っても差し違えはないような、あるような」

 

 マシュの手を振りほどき、彼女の肩へと駆け上がっていくフォウ。

 そんなリス? みたいな何かを見ながら、ソウゴが繰り返すように呟く。

 

「―――時代に存在しない、もの」

 

 ふと、気になって先程手にしていたものを手に取る。

 懐中時計のようだと例えたが、それは本当にただこれを見て抱いた感想だろうか。

 もっと何か、自分の中にある大きなものに、これは時計だと訴えかけられたような。

 

 ―――そんな思考に集中していたソウゴの意識を引き戻す声。

 

『ああ、やっと繋がった! もしもし、こちらはカルデア管制室だ!

 こちらの声が聞こえるかい!? 聞こえたら返事をしてくれ!』

「お」

 

 その声は先程聞いたもの。

 あの火の海に踏み込み、地下へと向かうと言って先へ行った白衣の男性だ。

 どうやら目的を無事に果たし、またあの火の海にトンボ返りしたらしい。

 空中に浮かび上がった映像にも、彼の姿が映し出される。

 

「こちらAチームメンバー、マシュ・キリエライトです。

 現在、特異点Fにシフトを完了。同伴者は藤丸立香、並びに常磐ソウゴの二名です。

 三名ともに心身に異常ありません。わたし以外の両名ともにレイシフト適応は良好。

 更に藤丸立香はマスター適応も良好。正式な調査員としての登録を管制室に求めます」

 

 レイシフト適応だの、マスター適応だの、よく分からない単語が止まらない。

 何となくプロフェッショナル感の漂う報告に、彼の言葉が返ってくる。

 

『……やっぱりキミたちもレイシフトに巻き込まれたのか……コフィンなしでよく意味消失に耐えてくれた。それは素直に嬉しい。

 けれどマシュ。君が無事なのも嬉しいんだけど、その格好は一体どういうコトなんだい!? ハレンチすぎる! いつの間にそんな趣味を! ボクはそんな子に育てた覚えはないぞう!』

 

 マシュの報告を大変な顔で聞いているかと思えば、突然声を荒げる彼。

 そこにプロフェッショナル感は全然感じなかった。

 

 それはそれとして、その服はやっぱり変だよね、と何度か頷く。

 ついでに変だよね? と立香の方にも同意を求めてみる。

 返ってきたのは、まあそうかも、と。マシュ本人に配慮して濁らされた答えだった。

 

「……これは、必要に応じて変身したのです。カルデアの制服では先輩を守れなかったので」

『変身……? 変身って、なに言ってるんだマシュ?

 頭でも打ったのかい? それともやっぱりさっきの事故の衝撃で……』

「――――ドクター・ロマン。ちょっと黙って」

 

 怒られた? と。立香の方を見ながら首を傾げてみる。

 怒られたねぇと。彼女からも同意が返ってきた。

 

 そんな感じはしなかったが、意外と感情的な子だったようだ。

 

「そちらでわたしの状態をチェックしてください。

 それでおおよその、今のわたしの状況は理解していただけると思います」

 

 言われて、マシュの衣装を今一度見回してみた。

 

 やっぱり一番最初に出てくる疑問。

 何であの鎧、ヘソが出ちゃうような穴があるんだろうね。と立香に小声で聞いてみる。

 立香は小さく視線は彷徨わせると、……オシャレには色々あるから、と。

 どこか棒読み気味な声でそう教えてくれた。

 

『キミの身体状況を? お……おお、おおおぉぉおおお!?

 身体能力、魔力回路、すべてが向上している! これはもはや人間というより―――』

「はい。現在、わたしの体はまさにサーヴァントそのものと化しています。

 経緯は覚えていませんが、わたしはサーヴァントと融合した事で一命を取り留めたようです」

 

 サーヴァント? また首を傾げて立香を見る。

 サーヴァント? と、立香も首を傾げていた。

 

 残念ながら、二人とも分かんなかったのだ。

 

「今回、特異点Fの調査・解決のため、カルデアで事前に用意されていたサーヴァント。そのサーヴァントは先ほどの爆破でマスターを失い、消滅する運命にあった。

 ですがその直前、彼はわたしに契約をもちかけてきました。英霊としての能力と宝具を譲り渡す代わりに、この特異点の原因を排除してほしい、と」

『英霊と人間の融合……デミ・サーヴァント。カルデア六つ目の実験だ。

 そうか。ようやく成功したのか。では、キミの中に英霊の意識があるのかい?』

「……いいえ、彼はわたしに戦闘能力のみを託して消滅してしまいました。最後まで真名を告げずに。

 ですので、わたしは自分がどのような英霊なのか、自分が手にしたこの武器がどのような宝具なのか、現時点ではまるで判りません」

 

 サーヴァントというのはなんか凄い存在らしい。

 話を聞いてもよく分からないが、やはり自分たちの現状は相当凄い事になっているようだ。

 

 それはそれとして、あれは武器っていうか、盾?

 でもあの盾でホネを吹っ飛ばしてたし、とか。

 少女と少年は置いてけぼりにされながらも、後ろでこそこそ話している。

 

『……そうなのか。けれどそれはこの状況下で、むしろ不幸中の幸いだ。

 召喚したサーヴァントが必ずしも協力的とはかぎらないからね。

 けれどマシュがサーヴァント化したのなら話は早い。なにしろ全面的に信頼できる』

 

 そこまでマシュと話していたDr.ロマンとやらが、こちらに目を向けた。

 

『藤丸立香君。常磐ソウゴ君。そちらに無事シフトできたのはキミたちだけのようだ。

 そしてすまない。何も事情を説明しないままこんな事になってしまった。

 わからない事だらけだと思うが、どうか安心してほしい。

 キミたちには既に強力な武器がある。マシュという、人類最強の兵器がね』

「……最強というのは、どうかと。たぶん言い過ぎです」

 

 彼の言う最強の兵器は、その呼び名に対して拗ねるようにそう言った。

 ロマンの物言いにきょとんとしているこちらに、彼女が恥じているだけのようにも見える。

 

『まあまあ。サーヴァントはそういうものなんだって二人に理解してもらえばいいってことさ。

 キミは彼女たちが自身の命を預けるに値する存在だ……そう思ってもらう事は、どちらにとっても得があることだろう?』

 

 そう言ってマシュを見るロマン。

 むぅ、と口を噤んで立香の方をちらちらと伺うマシュ。

 

『……ただし藤丸立香君、サーヴァントは頼もしい味方であると同時に、弱点もある。それは魔力の供給源となる人間……マスターがいなければ消えてしまう、という点だ。

 マシュのマスターがキミである、という契約は既に成立している。キミの命はマシュの命、という点を理解してほしい。キミの命はマシュが必ず守るにしろね』

「私がマシュの、マスター……?」

 

 よく分からなかったので、とりあえず拍手しておく。

 多分、どちらかというと良い事だろうと。

 そんな二人の様子に苦笑を浮かべる、通信映像上のロマニの顔。

 

『うん、当惑するのも無理はない。

 常磐ソウゴくんはまだしも、キミにはマスターとサーヴァントの説明さえしていなかったし』

 

 バッ、と立香に頭を向けられる。

 知ってるの!? 知らないって言ってたのに! と言いたげだ。

 でも本当に知らない物は知らないのだ。

 

『……あれ、中央管制室での所長の訓示で最低限の説明は無かったかい?

 キミは参加していただろう?』

「ごめん。俺なんも聞いてなかった」

 

 ふと何かに意識を奪われ、そのまま何かを考えてるうちに爆発していた。

 その何か、というのが何なのかも分からないままだが。

 困ったような表情を浮かべて、しかし彼は努めて朗らかに表情を緩める。

 

『そうか……うん、その、あれだ。いい機会だから詳しく説明しよう。

 今回のミッションには二つの新たな試みがあって―――』

「ドクター、通信が乱れています。通信途絶まで、あと10秒」

 

 淡々としたマシュの現状報告。

 それを聞いたロマンは向こう側で周囲の機器に視線を走らせた。

 

『むっ、これは…予備電源に替えたばかりでシバの出力が安定していないのか。

 仕方ないな、説明は後ほどにしよう』

 

 ロマニの姿が消えて、通信映像が周辺一帯のマップに切り替わる。

 大写しにされる現在地と目的地の二点に光点を灯した地図。

 

『そこから2キロほど移動した先に霊脈の強いポイントがある。何とかそこまで辿り着いて、ベースキャンプを設営してくれ。そうすればこちらからの通信も安定する。

 いいかな、くれぐれも無茶な行動は控えるように。マシュという戦力があるとはいえ、戦闘もなるべく避けた方がいい。こっちもできるかぎり早く電力を―――』

 

 ブツリ、と。指示の途中で電源が落ちたみたいに通信が切れる。

 とりあえずやらねばならない事は言ってくれていたので問題はないけども。

 

「……消えちゃったね、通信」

「まあ、ドクターのする事ですから。

 彼は見ての通り、いつもここぞというところで頼りになりません」

 

 ソウゴはなんか仲悪いのかな、と首を捻る。

 立香はむしろ仲が良いんじゃないかな、と小さく笑う。

 

「キュ。フー、フォーウ!」

 

 フォウさんだってそう言っている。

 

「そうでした。フォウさんもいてくれたんですね。応援、ありがとうございます。

 どうやらフォウさんは先輩と一緒にこちらにレイシフトしてしまったようです。

 ……あ。でも、ドクターに報告し忘れてしまいましたね……」

「キュ。フォウ、キャーウ!」

 

 フォウが鳴く。どことなくマシュを慰めているような気がする。

 いや、どちらかと言うとドクターを馬鹿にしているような感じかもしれない。

 

「ドクターなんて気にしなくていい、だってさ」

「そうですね。フォウさんの事はまた後で」

 

 そうですね、なんだ。と思ったが飲み込んでおく。

 やはり立香の言う通り仲がいいのだろうか?

 それにしてはやたら刺々しい気もするが。

 

「まずはドクターの言っていた座標を目指しましょう。

 そこまで行けばベースキャンプも作れるはずです」

「2キロかー、距離はともかくこの道だからなー」

 

 そう言って見渡す炎に包まれた死の街。周囲の建物は大半が原型から程遠いカタチに損傷しており、その破片は当然のように道路の上に散乱したままになっている。

 その瓦礫等のせいでけして楽々と歩ける道にはなっておらず、実際に歩いてみればきっと、数字以上の距離に感じられる事だろう。

 

「……レイシフト前に確認した資料では、フユキとは平均的な日本の地方都市。

 2004年にこのような災害が起きた事実はない筈ですが……」

「……あっ!」

 

 困惑しているマシュの声を遮るように、ソウゴが声を上げる。

 二人の少女が驚いたようにソウゴを見た。

 

「どうしたの?」

「今聞いてやっと凄い事になってるって気づいたんだけどさ。

 俺たち、タイムスリップしちゃったんだなって」

「うーん……確かに。それどころじゃなかったけど、タイムスリップしたんだよね。

 でも、2004年じゃあんまりタイムスリップ感ないかな」

 

 周囲の建造物は現代から遠くない。日本中どこでも見れる、見慣れたようなものばかりだ。

 いや、もちろん見慣れているのは壊れていない街並みだが。

 そのまま流れでタイムスリップの話題で言葉を交わし始める。

 

「やっぱタイムスリップと言えば……恐竜?」

「あとは織田信長とか」

「過去や未来の自分とか」

「フォフォウ……」

 

 そんな雑談をしながら示されたポイントへの道を辿る。

 道路は惨状。かなり酷いもので、少しの進軍でも体力を削り取ってくる。

 しかしロマンに最強の兵器と称されたマシュはそれをものともしていない様子。

 かなりの悪路であるにも関わらず、こちらを注意する余裕まであるように見えた。

 こちらはえっちらおっちら、危うげながらも何とか止まらずに進み続けることを意識する。

 

「映画みたいだね。……これ使って映画撮れば凄いの出来るかも?」

「……先輩。いえ、マスター。レイシフトをそのような事には使えません……」

「もったいないね……これがそういう、ただの凄い映画だったらよかったのに」

 

 小さく息を吐き捨てて、踏破に集中し始める立香。

 倣うようにソウゴもマシュも、無言で悪路と向き合う事にする。

 無言の進軍。それがしばらくの間続いて―――

 

 ―――しかし突然、それは破られる事になった。

 

「キャアァアア――――ッ!?」

 

 遠くから響く、まさしく絹を裂くような悲鳴。

 ただ歩むだけになっていた体が一気に緊張感を取り戻す。

 

「今の悲鳴は!」

「どう聞いても女性の悲鳴です。急ぎましょう、先輩!」

 

 もはや路面に文句を言っていられない。

 三人そろって、瓦礫の上を強引に飛び跳ねるように走り出した。

 

 

 

 

 

 炎に炙られ焦げ付いた白骨。

 あるいはまだ肉がついていた頃の名残りか、ボロ布を体に引っ掛けた骸骨たち。

 それらが群れをなして、この環境における異物に牙を剥いていた。

 

「何なの、何なのよコイツら!?

 なんだってわたしばっかりこんな目に遭わなくちゃいけないの!?」

 

 オルガマリー・アースミレイト・アニムスフィア。

 魔術協会の総本山、時計塔―――その12の学部の一つ。

 天体科のトップたる君主にして、人理継続保障機関カルデアの所長。

 魔術師という世界の中でも有数の立場を誇る彼女は今、骸骨の大群に追い込まれていた。

 

「もうイヤ、来て、助けてよレフ! いつだって貴方だけが助けてくれたじゃない!」

 

 今この時の状況のみならず、彼女の精神は常日頃から追い詰められていた。

 

 決壊してしまった感情は止め処が存在しない。

 本来はこのような状況でさえ冷静を取り戻せる性能があるにも関わらず、彼女は取り乱す。

 

 この有様では遠くないうちに、死が訪れるだろうことが理解できている。

 だが、精神の均衡が崩れた彼女は、理解できてもそれが取り戻せなかった。

 

「オルガマリー所長……!」

 

 そんな彼女の前に、ようやっと彼女が望んだ救助が現れる。

 ただし、望んだとおりの人物ではなかったが。

 凄まじい速力で飛び出してきた相手を見たオルガマリーの顔から、呆けたように力が抜ける。

 

「あ、あなたたち!? ああもう、いったい何がどうなっているのよ――っ!」

「落ち着いてください、所長。

 先程と同じ敵性体です! 指示をお願いします、マスター!

 マシュ・キリエライト―――戦闘行動を開始します!」

「わ、分かった! えっと、前と同じ感じに防いで、吹き飛ばして、薙ぎ払う感じで!」

「了解しました!」

 

 了解の意を返し、彼女が走り出す。

 体を動かす事への慣れからか、その戦闘行為には先程以上に何ら問題がないものだった。

 

 

 


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