Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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幻想大剣1431

 

 

 

「ッ、ファヴニール! 奴を狙え―――!」

 

 天へと炎を吐こうとしていたファヴニールに黒ジャンヌの声が飛ぶ。

 だがそれ以前に、とっくにファヴニールの意識は新たに現れた竜殺しに向かっている。

 

 自分に届き得る剣。自分を殺し得る光。それが地上に現れた時点で邪竜は、自分の全ての力をもってあれを破壊することを決定していた。

 

「グゴァアアッ―――――!!!」

 

 街一つを地獄に変えるだけの絶対的な熱量。

 自分が討たれる前にそれを地上に立つ剣士に向けて解き放つべく、竜の頭が下を向く。

 

 ―――だが遅い。

 

 竜が空へと身を躍らせた時点で、既に竜殺しは行動へと移っていた。

 地上の竜を討つため魔剣を解放することに戸惑いがあったのは、その余波が地上を諸共に焼き払う憂いからだ。相手が自ら空を飛び、その悩みから解放された以上は止まる理由はありえない。

 

「“幻想大剣(バル)――――!!」

 

 迸る真エーテルが刀身を覆い、光の刃を形成する。

 彼の足が踏み砕くほどに大地を踏みしめて、剣を振るう姿勢に入った。

 

 ファヴニールが大口を開く。

 溜め込まれていた炎が怒涛となって天から地上へと押し寄せる。

 集中した熱量はもはや光線じみて、眼下のジークフリートに差し向けられ―――

 

天魔失墜(ムンク)”――――――!!!」

 

 しかし、地上から天へと昇る黄昏の剣気に呑み込まれた。

 熱線を塗り潰しながら逆行してくる蒼色の衝撃。

 邪竜の息吹すらも、解き放たれた魔剣の輝きを止められずに追い返されていく。

 

「っ――――!?」

 

 拮抗すら許さず、バルムンクの放つ剣気はファヴニールを呑み込んだ。巨体が自身を焼く光の中でもがくように動き、しかし悲鳴を上げることすら敵わない。数秒の間その光はしかとファヴニールを焼き続け、ジークフリートの手の内の剣から魔力の放出が止まると同時に消え失せる。

 

 光の剣撃を受け終えると、全身から黒煙を吹き上げながら落下してくるファヴニール。その巨体が周辺一帯を押し潰しながら地面に落ちて、盛大に土砂を巻き上げた。

 

「おぉ……!」

 

 思わずソウゴも感嘆の声をあげる。目の前で迸ったのは、堅牢だったはずの竜鱗さえ焼け落ちるほどの魔力の渦。相手の驚嘆すべき生命力の高さゆえ致命傷には届かなかったものの、それが相手を倒し得る一撃だというのは容易に理解できる。

 

 が、今まさに竜を落とした剣士は、その剣を杖にするかのような体勢で膝を落とした。

 

「ッ……すまない。今は、ここまでだ……!」

「ありがとう、ジークフリート! マシュ、ジャンヌ、お願い!」

 

 その彼に駆け寄る立香とマリー。そしてマシュとジャンヌがマスターの指示の許、それぞれ敵サーヴァントへ向けて駆け出していた。

 

 落下したファヴニールの背中。バルムンクの攻撃範囲にいながらも、ファヴニールの巨体を盾に何とか耐えた黒ジャンヌが、体を起こしながら舌打ちする。

 

「ジークフリートが何故生きている……! 私の炎で燃やし、バーサーク・サーヴァントたちで確実に葬ったはず……!」

「―――でも、自分で確認はしなかったってことでしょ?」

 

 ライドストライカーを飛ばし、竜の体の上を走行して彼女の立つその場所に辿り着く。ウォッチに戻したバイクをホルダーに装着しながら、拳を構えたジオウ。

 その姿を見た黒ジャンヌがギリ、と歯を食いしばる仕草を見せる。彼女は腰から下げた鞘から剣を抜き、旗を広げてジオウへと向き直った。

 

「……ええ! ジークフリートなど、しょせん我が憎悪の炎で焼かれた身! このファヴニールを相手取り続けることはおろか、バーサーク・サーヴァントたちの相手すら覚束ない体じゃない!

 そしてアナタたちはその半死人を頼らねば、私のファヴニールに傷をつけられぬ烏合の衆! 行きなさい、我がしもべたち! 今度こそジークフリートを葬り去れ!!」

 

 竜の背の上で彼女はジオウと対峙しながら、旗を振るい号令を下した。

 

 

 

 

 

「援護します!」

「ああ、悪いね。防ぐくらいならどうにかなるが、倒すとなるとどうにもね」

 

 シャルル=アンリ・サンソンの刃を凌いでいたアマデウス。その戦いに割り込むように参上したジャンヌの介入に、彼は大きく安堵の溜息をこぼす。

 そもそもが戦うものではない彼では、剣士でもあるサンソンを討ち果たすのは難しい。

 

「ジャンヌ・ダルク……! 邪魔をするな――――!!」

 

 振るわれる大剣に旗で打ち返す。理性を飛ばした彼に剣技は無く、その刃にギロチンの如き冴えはない。打ち払った剣が返す刃が再びジャンヌに振るわれる。それを身を逸らして躱し、開いた胴へと、渾身で振るう旗の一撃をお見舞いする。

 

「ガッ――――!?」

「別に邪魔じゃないだろ。僕にはもうお前と話すことなんてないよ」

 

 アマデウスから贈られる煽るような言葉。

 それと一緒に、サンソンの体がゴムボールのように弾き飛ばされた。

 ファヴニールの余波で瓦礫が散乱する広場の端まで、彼の体は飛んでいく。

 

 ふと、敵を吹き飛ばしたジャンヌの視線がアマデウスに向いた。

 

「……その、何故そのように煽るような真似を?」

「こっちはただの音楽家なんだ、あいつに冷静に剣を振られてたまるもんか。せっかく狂化してるんだ、それを利用しない手はないってことさ。

 さて、さっさとトドメを刺してしまおうか。僕たちにもあいつにも、それが最良さ」

 

 肩を竦めてそう言うアマデウス。

 男性同士の友情……というヤツなのだろうか? なんて。

 首を傾げながらも、ジャンヌも早期決着には同意する。

 

 倒れ伏すサンソンへと歩み寄ろうとするジャンヌたち。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「ランサーさん! マシュ・キリエライト、援護に入ります!」

「おう」

 

 現場に駆け付けたマシュは見る。

 銃と剣を切り替え立ち回る黒騎士が、朱い槍の戦士に翻弄されるさまを。

 

 銃撃を行うためにランスロットが距離を取ろうとする。

 ―――そうすると、彼の体の重心は自然と後ろに逸れる。ごく自然な動作。何の問題もない、これ以上ないほどの立ち回りの前兆。

 

 ()()()、クー・フーリンには見えている。

 前兆が見えた時点で、その狂戦士の行動が攻撃の終わりに至るまで理解できる。だから足運びの一歩目を目掛けて槍を繰り出せる。完全に足を貫けるタイミングでの一撃。

 

 それをしかし、ランスロットの動きが凌駕する。

 完全に打ち抜いていたはずの一撃は、彼の装備するグリーブを削るに留まった。その隙を突く槍への反撃のために、銃が剣へと切り替わり――――

 

 その剣を振るうための動作の中に、槍の一撃は再び割り込んでくる。

 回避に移るランスロットの肩を擦過していく槍の穂先。

 

 ―――それは、一方的な光景だった。

 確かに決定打は一度もない。一度もない、が。ランスロットに攻撃は許されない。動作の起こりがどんなことであろうとも、次の瞬間にはランスロットは守勢に回っている。

 

「凄い……!」

「凄かねえさ、こんなもん出来て当たり前だ。嬢ちゃんにだってそのうち出来るだろうさ」

 

 更なる攻防でブレストプレートを削られたランスロットが、弾かれるように後ろに退く。

 それを見送って、ランサーは軽く肩を回した。

 

「湖の騎士ランスロット……まあ狂化してても普段通りの武芸を発揮できる、ってとこか。

 ―――なるほど、花のキャメロットに名を轟かせるに不足無い技量だろうさ。だが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 寝言は寝て言え、バーサーカー。狂気で刃を磨いた奴ならそれでいいだろうさ。だが、理性で技量を重ねた奴がそんなことしたところで、ただの小細工にすぎねえよ。狂化はしようがすまいがどっちでもいいが……要は―――サーヴァント同士の戦いでな、()()()()()()()なんて限界なんぞを設けてるテメェは最初から論外だ」

 

 青豹の如き男が踏み込む。神速の槍捌きが再開される。

 黒騎士の兜に開いたスリットが、赤い残光を残しながらその動きを追う。追える。奔る穂先に刃を合わせ、受け流す。受け流せる。

 こちらから一歩を踏み込み、がら空きの胴を薙ぎ払うべく―――いや、遅い。既にランサーが更に踏み込み目の前に。

 

 剣も槍も触れぬ至近距離。

 ランサーの肘が兜を打ち据え、弾き飛ばされるランスロット。

 

「オレが相手だろうが藁人形を相手にしようが、お前の剣はそこ止まりだ。仮にお前がセイバーでの召喚されていたのなら、オレを凌駕するべく俺の槍を超える剣を繰り出し続けるんだろうよ。オレもまたその剣を超える槍を繰り出し続けるだけだがな。

 ただ、狂っておきながら剣の腕は捨てられないなんざ、中途半端なだけだろ。狂化の付加どころか最初からバーサーカーでその有様たぁ、()()()()()()()()()()()()()()()? テメェは、狂って何がしたかったって話だ」

「thurrrrrr………!」

 

 朱槍を回し、攻防の間に舞い上がった砂塵を払う。

 呆れるような言葉を口にするランサーの前で、ランスロットの兜の奥から呻きが溢れた。

 それを聞きながら、決着のために朱き槍を構えるクー・フーリン。

 魔槍の穂先に呪力が漲り、真価の発揮するための予兆を起こす。

 

「Arrrrrrrr………! thurrrrrrrr―――――!!」

 

 狂戦士の呻きが大きくなる。それが王の名であると、聞けば誰にもでもわかるように。

 その声を聴き、顔を顰めるランサー。

 

 兜の奥が一際強く輝いて、彼は銃にしたギレードから狙いもつけずに弾丸を吐き出した。

 咄嗟にマシュが盾を手に前に出る。

 

「Arrrrrrrthurrrrrrrrrrrrr―――――!!!」

「っ、防ぎます―――!」

 

 無秩序に吐き出された弾丸を盾が防いだ後には、既にランスロットはその場を離れていた。

 逃げた、ではない。彼の進路は明確に、ジャンヌ・ダルクに向かっていた。

 

「ランスロット卿、離脱……! ジャンヌさんに向かっています!」

「―――ああ、そういうことか。ったく、育ちのいい騎士様ってのはこれだから」

 

 即座にそれを追うランサー。

 その槍に湛えた魔力はそのままに、疾風の如く追撃する。

 

 駆けながらランスロットは銃撃を続ける。

 目標は目の前のいるジャンヌ・ダルク。

 

 いや、彼の視界に映るそれは聖女のものではなく騎士王の姿だ。

 自我や本能ですらない。ただ湖の騎士たる彼が狂うに至った衝動だけが彼を突き動かす。

 既に彼の目には、騎士王アーサー以外は映っていない。

 

「Arrrrrrrthurrrrrrrrrrrr―――――!!!」

「狂うほどに(イカ)れてる癖に、王への忠誠である剣だけは捨てられない、ってか。

 なるほど。円卓最高の騎士と云われるわけだ」

 

 神速の槍兵がその彼の前方まで回り込んだ。

 狙いの定まっていない銃撃を身のこなしだけで回避しつつ、目の前の敵にさえ止まろうともしない狂戦士を待ち受ける。

 

 進行上の邪魔者を払うためか、彼の手にある銃が剣と変形した。

 この期に及んでなお、繰り出されるのは湖の騎士の名に恥じぬ流麗なる太刀筋。輝くような剣閃を目にしながら、ランサーは乱雑にさえ見える踏み込みで彼の懐に飛び込んだ。

 

 相手の腰より頭が低くなるほどの低姿勢。その体勢が、バネが弾けるようにランスロットへと向かって打ち上げられた。

 振り上げられた足が彼の胴体に突き刺さり、空中へとその体を吹き飛ばす。

 

「Arrrr――――!!」

「だったらなおさら、ここはお前のいるべき場所じゃねえ。

 ―――狂った心臓はここに置いていけ。テメェの剣には要らねえもんだ」

 

 後を追ってランサーの体が宙を舞う。

 その手にある呪槍の溜め込んだ魔力は既に発動に足る。

 彼の体が大きく反り返り、魔槍を投擲すべく更に全身へと魔力を漲らせる。

 

「“突き穿つ(ゲイ)―――――!!」

 

 豹が如き肢体が躍動する。腰を捻り、肩を上げ、腕を振るう。

 全身をその一撃のために駆動させ、生み出しされたエネルギーは全て槍の威力に転化する。

 それこそが、影の女王から授かった槍の奥義―――

 

死翔の槍(ボルク)”―――――!!!」

 

 彼の手より放たれた真紅の魔槍が、マッハ2を超えてランスロットへ向け殺到する。

 だがそれでも、ランスロットの目は自分に向かう必死の槍の姿を捉えていた。

 

 どのような状況でも実力を余すことなく発揮する“無窮の武錬”。

 そして自身が手にした武装を己が武器と変じる宝具“騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)”。

 彼は己の有するその能力を十全に発揮して、迫る殺意の槍を迎え撃つ。

 

 狙いは心臓。槍の軌道は完全に把握できている。

 過たず向かい来るその槍を―――彼は、完璧なるタイミングで両の掌で捕まえた。

 

「thurrrrrr………!!」

 

 だが、槍は止まらない。

 槍を捕まえている手首から先が、その勢いに手甲ごと纏めて削り落とされる。

 同時に、彼の心臓へとその槍は確かに突き刺さった。

 

 串刺しのまま吹き飛び、瓦礫と化した民家の壁に磔にされるランスロットの体。

 血が、魔力が、止め処なく溢れ出し光と消え始める。

 

 宙にぶら下げられた彼が、手首から先が消えた腕をゆっくりと自分の目の前に掲げた。

 兜の中で、あるいはその目に理性を取り戻したのか。

 

「ああ、………我が、王よ………わた、しは………」

 

 しかし最期の言葉も言い残すことはなく、彼の体がざらりと崩れ落ち光に還った。

 

 

 

 

 

 砲火はジャンヌを狙い、放たれたものであった。すぐに回避を選択したが故に掠り傷程度で済んだが、ジャンヌの意識はそちらに向いていた。

 だが視線の先では、既にクー・フーリンとランスロットの決着がつこうとしている。その安堵感からだろうか、既に戦闘不能だと考えていた相手の不意打ちが成立した理由は。

 

「ッ!?」

 

 突如ジャンヌの手足に影の腕が絡みついてくる。

 何事か、と彼女の表情が驚愕に染まった。

 彼女自身が持つ圧倒的な魔術、呪術耐性を突破してくる呪い染みた縛り。

 

 ルーラーであるジャンヌ・ダルクをこれほど強固に拘束できるなど、と。

 ジャンヌが二度驚愕する。

 

 そして虜囚を縛る影の手での拘束が完全に極まると、直後に彼女の直上に巨大な刃が出現した。それこそは真なる処刑具、安らぎの死を与える慈悲なる刃。

 

「っ、ギロチン――――!」

 

 アマデウスが、瓦礫の中にまで吹き飛ばしたサンソンへと目を向ける。

 彼は瓦礫に背を預けて腰を落としながらも、剣を掲げていた。

 

「“死は明日への希望なり(ラモール・エスポワール)”―――この宝具は刃であっても切った張ったのものじゃない。ただ、かけた相手の命運に問いかけるだけだ。はたしてその者は死という宿命に耐え得るかどうか、と。だから……」

 

 ガチリ、とギロチンが刃を鳴らす。

 ジャンヌが拘束を解こうとするが、しかし影の腕を振り払う事は叶わない。

 その光景を見たサンソンの顔が、静かに笑う。

 

「くっ……!」

「ジャンヌ・ダルクが1431年のフランスでこの宝具を回避できる道理はない。火刑と斬首刑の違いはあれどその宿命は、ジャンヌ・ダルクだからこそ避けられない―――」

「よりにもよってお前が、火刑と斬首刑を並べて語るのか……!

 ああそうか、よく分かったよ……今のお前、僕が想定していた10倍はイかれてるよ……!」

 

 アマデウスの言葉が届いているのかいないのか。

 彼はただ陶然と笑った。その瞬間、ジャンヌの頭上の刃が解放される。

 金属の擦れる音を奏でながら、その刃はジャンヌの首へと落ちる―――

 

 その直前。

 ギロチンの刃へと、硝子の馬に乗った王妃が尋常ではない速度で激突した。

 

 弾け飛ぶ馬であった硝子の破片。そしてギロチンであった柱と刃。

 その光景を見たサンソンが、呆然と顎を落とす。

 

「マ、リー……マリー・アントワネット……!?」

 

 砕けた硝子の馬を乗り捨てて、マリーがジャンヌに抱き着きながら地面を転がる。

 硝子と木片と断頭の刃がガラガラと崩れ落ちる場所を避け、彼女たちは生還した。

 

 ジャンヌを引っ張りながら、彼女は立ち上がり。

 その頭の大きな帽子をかぶり直しながら微笑んだ。

 

「ええ。お久しぶりです、シャルル=アンリ・サンソン。貴方の言う通りジャンヌも私も、その死の宿命と言われれば避けることはできないかもしれません。

 けど、それは独りであったならばの話でしょう? ここはフランスで、ジャンヌの処刑された時代で、彼女が死を迎えた瞬間なのかもしれません。けれど、今の彼女は独りの聖女ではなく、私のお友達なのですもの。それはもう! 彼女がギロチンにかけられるとなれば、私だって愛馬に乗って走り出してしまうというものだわ!」

「違っ、いやっ、僕は……いや、そうだ。僕は君を……再び処刑するのが僕の……!」

 

 真っ当な会話能力が残る程度の狂化深度では、マリー・アントワネットと正面から対峙するには足りない。もっと狂わねば動きが取れない。そうというかのように、サンソンの目から今までは残っていた、狂った理性すらも消えていく。

 ただただ狂気を。そう叫ぶように、彼は立ち上がろうとして―――

 

「それとありがとう。シャルル=アンリ・サンソン。死した後では貴方に送れなかった言葉を、奇跡みたいな再会に便乗して送らせていただきます」

「―――――」

 

 マリー・アントワネットの口から送られる感謝。

 それを聞いて、サンソンは狂気ごと体を凍結させた。

 

「私というフランス王妃に、死で完結する宿命を果たさせてくれた貴方へ、ありがとう。

 その死にさえも哀しみと後悔を抱き続けてしまった貴方へ、ごめんなさい」

「―――――ぁ」

「国と民を愛するが故に一番辛い道を進み続けた貴方に、せいいっぱいの称賛を。

 ――――フランス万歳(ヴィヴ・ラ・フランス)!」

 

 ガタガタと体を揺らし、サンソンが膝を落とす。

 彼は頭痛に耐えるように頭を押さえ、苦悶の声を吐き出し始める。

 

「あ、ッ――――! あァッ……!?」

「―――昔のお礼はここまでにして、こうして顔を合わせた貴方にひとつ。

 罪を犯した方たちに“死”を与える事に真摯に向き合い続けた貴方。“死”に痛みと恐怖が伴うことに悩み続けた優しい人。“死”が人に与えられる光景を誰かが笑うことに苦しみ続けた強い人。貴方は狂う事にすら逃げなかった。なのになぜ、貴方はそこでそうしているの?

 処刑人シャルル=アンリ・サンソン。貴方は、死刑囚に死以外の苦しみを与えるべきではないと誰より信じた人。なのになぜ、その貴方が()()()()()()()()()()()()?」

「ぼ、くは……!」

「―――しゃんとなさい、サンソン。処刑執行人(ムッシュ・ド・パリ)の名が泣きましてよ?」

「あ、あ、あああ、あ、あああああああ―――――ッ!?!?」

 

 バキリ、彼の中で何かが壊れた。

 

 ―――狂化していた霊核が、王妃に糾された彼という英霊の意思を抑えきれずに破損する。

 ずれ切った意識を元に戻す方法はない。彼が自分を有り得ない、有ってはならないと感じる限り、今の彼は滅びる以外に道はない。はらはらと魔力に変わって崩れていく彼の体。

 

 体の端から魔力に還りながら、サンソンの光が消えた瞳がマリーを見る。

 

「―――ああ……それが、貴女の言葉なら」

 

 そう言って彼は全てが魔力に還っていく。

 ただその光景を悲し気に見ていたマリーが、彼が完全に消える直前いつものように微笑んだ。

 何が変わったはずもないのに、彼はただ救われたように消えていく。

 

「……ええ。またいつか、奇跡みたいな再会がありますように」

 

 

 

 

 

 炎の剣が黒ジャンヌの周囲に展開され、連続して飛んでくる。

 呪いの炎に包まれた直剣を正面から殴り飛ばし、弾き飛ばすジオウの拳。

 表面に焼け跡こそ付くものの、しかし有効打には程遠い。

 

 そんな状況の中で、続けて二つ。

 自身とサーヴァントの繋がりが一気に途絶えた。

 

「ッ―――! ええい、役に立たないサーヴァントども!

 お前もだ、ファヴニール! さっさと立ち上がり飛びなさい!」

「グゥウウウ……!」

 

 ジオウと黒ジャンヌの戦場になっていた巨竜が身をゆっくりと起こしていく。

 それを察したジオウが、強引にでも押し込むために決めに行くことを決定する。

 

「やらせない。ここで黒ジャンヌを倒す―――!」

「あら、それは困ります。これでも私たちのマスターなのだもの」

 

 声は頭上から。

 え、と反応する暇もなく、頭上から金属の塊が目の前に落ちてきた。

 

 ―――それは大きく開いた聖母像。中の鋭い棘を惜しげもなく見せびらかしながら、それは現れると同時に、まるでジオウを抱きしめるように開いていた部分を急速に閉めてみせた。

 

「“幻想の鉄処女(ファントム・メイデン)”――――!」

「ぅぐぁッ―――!?」

 

 咄嗟に両腕を横に伸ばしたジオウが、閉じようとする扉に手をかけその動きをストップする。

 止めようとするジオウごと押し潰さんと、圧搾機の如きパワーを発揮するアイアンメイデン。

 

「……遅かったですね、バーサーク・アサシン。ワイバーンはどうしたのですか」

 

 振り返る黒ジャンヌの視線の先には、カーミラの姿。

 ここまで追い詰められるまで姿を現さなかったことを責めるような口調。

 カーミラは肩を竦めてそれに返す。

 

「あら、ここまで随分急いだつもりですけれど。私の足になるはずのワイバーンが、この街のすぐ外でフランス軍を見つけた途端に食事に走ってしまうのだもの。躾のなっていないペットなんて、飼い主の問題として見るべきでしょう?

 今も元気に食事に勤しむ彼らを躾けるのは、一体誰の仕事なのかしらね」

「ッ―――! 外にワイバーンとフランス軍!?」

 

 ギギギ、とアイアンメイデンを力任せにこじ開けながら、ジオウが声を上げる。

 そのパワーを抑え込むように、アイアンメイデンが扉を閉じようと力をかけ続けていく。

 ジオウとカーミラ、両方に苛立っているのか黒ジャンヌが声を荒げた。

 

「とにかくまずそいつを潰しなさい!」

「生憎だけどそれは無理よ。そいつが何で出来てるのか知らないけど、私のアイアンメイデンは生娘の血を絞るためのものだもの。そんなものまで潰せるように出来ていません。

 それどころかその内抜け出されそうよ。こうして私が時間稼ぎしている間に、どうするのか決めた方がいいのではなくて?」

「ッ――――! ……ファヴニール! いい加減に飛びなさい!

 バーサーク・アサシン! ファヴニールが高度を上げるまで()()をジークフリートへの盾とします。高度が取れ次第、地面に叩きつけなさい!!」

 

 乱戦は既に収束し、カルデア側の勝利ととれる状況になっている。

 ファヴニールを害することのできるジークフリートは半死半生の状況だが、あれほどの大英雄ならば自身の命を犠牲にファヴニールを完全に殺し切りかねない。

 

 一度撤退して、バーサーク・サーヴァント総力をもってジークフリートを仕留めねばならない

 ファヴニールの傷を癒す時間も必要だ。

 

 ファヴニールが一度大きく咆哮して、その巨体を空に舞い上げた。

 その場で一気に高度を上昇させる。

 この距離ならば仮にバルムンクが放てても、致命傷にはなるまいと判断できるまでの高度。

 

「―――バーサーク・アサシン!」

「ええ。この高度でその鎧が保つかしらね? さようなら、坊や」

「う、ぐぐぐぐ……!」

 

 その場でアイアンメイデンが高速回転を始めた。

 まずい、と思った瞬間に今まで力強く締め付けてきていた扉が全開になる。回転の勢いでぽーん、と綺麗に投げ出されるジオウの姿。方向は街の外だ。この勢いで街の外に飛べば、下の誰かがキャッチできるような速度ではない。

 

 どうやって着地するか、なんて頭を回す余裕もなく、ファヴニール上の黒ジャンヌが動き出す。振るわれる黒い旗。それに連動するかのように彼女の周囲に浮かぶ、黒い炎の剣。

 

「ま、ず……!」

「―――燃えなさい、“吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)”!!」

 

 漆黒に染まった憎悪の炎が襲来する。

 即座に地面とあの炎、どちらがマシかを判断した。

 

 悪いと思いつつ、腕のホルダーからライドストライカーのウォッチを外し、炎に向かって放り投げる。展開するライドストライカー。その車体に炎の剣が突き刺さり、呪いの炎に包まれる。

 憎々し気にそれを見る黒ジャンヌの前で、爆散するライドストライカー。その爆風でファヴニールから大きく離されるジオウ。

 

 それを見て。眼下で剣を構え直しているジークフリートを見て。

 一つ舌打ちすると、黒ジャンヌはファヴニールの頭をオルレアンに向けさせた。

 

 ジオウの身が高々度から落下する。その数秒の落下の間に、どうするべきかを思い描く。

 こうなりゃ賭けだ、と。手に持つのはファイズフォンX。

 

〈エクシードチャージ!〉

 

「相手の動きを拘束できるってことは――落ちてる俺を空中で固定できるハズ――! 多分!」

 

 自分の胸に銃口を押し当てて、落下直前のタイミングを計るジオウ。

 

「2……1……今! あだだだだ!?」

 

 地面に落下する直前、赤い光がジオウを空中に固定する。

 バリバリとスパークしながら空中で震えるジオウ。

 数秒後にはその姿が、その拘束がとけてぼてりと地面に転がった。

 

 くらり、と一連の衝撃でソウゴの意識が飛ぶ。

 ジオウの変身は、それに連動するように自動で解除されていた。

 

 

 


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