Fate/GRAND Zi-Order 作:アナザーコゴエンベエ
全てを破壊し、全てを繋げ!
魔獣戦線-2655
キイ、と微かな唸りを上げてドアがスライドする。
それに気付いてなおぼんやりした頭で、そちらを見た。
入ってきたのは、ロマニ・アーキマン。
己の主治医だった。
彼はいつものように穏やかな笑みのまま、彼女の前までやってくる。
「やあ、おはよう。調子はどうだい?
って。こちらから訊いて、キミの口から言わせるのはずるいかな」
ベッドに腰かけたままの彼女の前で、彼は顔を引き締める。
「―――率直に、事実を語ろう。キミの主治医として。
マシュ・キリエライト、キミの生命活動はそろそろ限界だ。
人類に2017年から先がないように、キミにもそこから先はやってこない」
ロマニの口から、ロマニの声で語られる言葉。
その内容を確かに聞き届けて、マシュは瞑目した。
「これは、キミという命が始まった時から定まっていた結末。
誰にも変えられる事じゃない。
万能の願望機と称される聖杯にだって、この運命は変えられないだろう。
所詮、言ってしまえばただの力の塊。魔力リソースの結晶だからね。
聖杯の万能性なんて、“お金があれば何でもできる”程度の話でしかない」
聖杯に祈ったところで、実現可能なのは人にできることだけだ。
不可能を可能にしてくれるわけではない。
不可能に見えるほどに遠くにあるゴールまでの距離を、縮めてくれるだけ。
本来ならば長い時間がかかる道のりを、膨大な魔力リソースを消費して短縮してくれるだけ。
だから、時間さえかければいずれ辿り着ける場所にしか行けない。
街さえ、国家さえ、時代さえも。
人間が着実に歩んできた歴史の結実だ。
膨大な時間をかけて辿り着いた現在だ。
だが千年、万年、億年の時間の短縮が自在に叶うならば。
今の世界だって、ジオラマの町と変わらない。
同じような世界なんて、いくらだって創り直せるようになる。
「キミはもうじき死ぬ。始めからそう造られたから、という理由で。
悔しいかい? それとも悲しい? あるいは空しい?
……酷い話だ。キミのことだけじゃない、人間―――生命すべての話としてさ。
生命は始めから死ぬ事が決定づけられている。
だっていうのに、だ。そうして最終的な結末は一律で設定されているのに、個体ごとに分岐する成長なんて機能を持たされている。死ぬのなら、変わる必要なんてないのにね。最初と最期を固定するのなら、その中間にだって個性なんて必要ない。
だってそうだろう? 個性を持つ猶予がある、ということは生まれた時点では生命の機能に空白が用意されているということだ。そんな隙間があるからこそ、哀しみや苦しみを感じる。感情なんて機能を空白の中にわざわざ生み出してしまう。
まったくの無意味だよ、害悪ですらある。生まれた時点で既に死が待っているのに、生きて時間を重ねるだけ生存への未練を増すなんて。
肉体は生まれた以上、成長の果てにいずれ死ぬ。なのに、精神は生まれてから成長すればするほど死から逃避したがる。肉体と精神の方向性が噛み合っていない。
この
言葉に熱が籠る。
だからこそ捨て置けぬ、と感情を露わにする。
その環境に生きる全てに憐憫を向けている彼の瞳が、マシュを見た。
「―――そうは思わないかい、マシュ。
不出来な星が創り出した不出来な生命が人間。
そして不出来な人間が神様の真似事をして造ったのが、キミという不出来な生命だ。
キミには、この出来損ないの環境を憎む権利がある。
キミには、この命の廃棄場と化した世界を否定する義務がある。
人類史に価値はない。現在の時代は、意味も無く死からの逃避で生存を継続する人間が残した、惰性の終着点だ。改善されることもなく。変革が訪れることもなく。ただただ無為な時間だけを積み上げた残骸の塔でしかない。
人間は、重ねた時間にはきっと意味がある、なんて夢を見る。
それはただ、どこも目指していないガラクタの山を、積み上げ続ければいずれ天国へと辿り着く階だと思い込んでいるだけだ」
熱情に浮かされて、憐れみの感情から吐き出される言葉。
―――けれどそれには、どこか不思議と優しさがあった。
苦しいだろう。苦しいならやめていいのだ、と。
彼はけして悪意から足を止めることを唆しているのではない、と感じる。
ともすれば、愛情からくる忠告であるのかもしれない。
そう感じるほどに。
この世界で生存することは、けして良いことなどではないのだ。
そう言うように、彼は甘い声で
苦しむばかりの生など間違っている。
苦しむばかりの生しか為せない世界が間違っている。
この苦しいばかりの世界を否定しないことこそが間違いなのだ、と。
「―――それでも、間違いなんかじゃありません」
「―――――」
だから、決然と言葉を返す。
自分の辿ってきた道に、何ら後悔するべきことはないと信じているから。
不出来な命だとしても、彼女にとっては与えられた最高の時間だ。
不出来だからこそ、自分の足で歩んで変わっていける。
今とは違う、いつかの明日を目指して。
完璧じゃないから、誰かを支えて、誰かに支えられて。
自分だけではできないことに、みんなと一緒に挑んでいける。
誰かが間違えた道に進んだ時には、自分が真っ先に走って止められる人でいたいと思う。
どんな絶望だって、希望に変えて進んでいきたい。
だから。だからこそ。
この道は、間違いじゃないと信じている。
―――たとえ自分の命が間違った方法で造り出されたものなのだとしても。
それでも、それはきっと足を止める理由にはならない。
得られなかったこれから先を哀しむ気持ちはあるかもしれない。
けれど、自分が生まれられたことへの感謝は揺るがない。
人の感情は、単色ではないのだ。
愛情と憎悪は同居するし、それはおかしいことでも珍しいことでもない。
「わたしは、わたしを生んでくれた環境を憎んでなんかいません。
わたしは、この世界を否定したいなんて思っていません。
多くのものをわたしにくれた人たちを、その人たちがこれからを生きるこの世界を守りたい」
自分はそこに行けない哀しさと、大切な人たちが続いていく嬉しさ。
マシュ・キリエライトはそこを取り違えない。
「―――――」
自分が続いていかないことに哀しみを覚える。
それは、命を惜しむほどに素晴らしい世界に生まれられたということだ。
哀しみをいっぱいに覚えるほどに嬉しさに満ちた一生涯を、けして忘れない。
だから揺れない。だから崩れない。
彼女は正面に立つロマニと同じ顔を見据え、宣言する。
「貴方はわたしと同じように、人類に2017年から先がない、と言いました。
Dr.ロマンはそんなことを言わない。それを取り戻すために、わたしたちが戦っているのです。
彼は悲観的かつ非人間的で、打たれ弱くてよく挫ける方ですが。
人が努力を重ねることを、否定する方ではありません。自分が折れていても、人の努力を援けるために、自分を無理にでも立ち上がらせることができる―――人間です」
「―――――は」
ロマニの顔が歪む。
赤黒く変わっていく、Dr.ロマニと同じ外見だったもの。
ビシビシと音を立てて罅割れていく世界。
同じく割れていくロマニの中から光が溢れ、マシュの意識も薄れていく。
「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」
狂ったように平坦に笑う、ロマニを偽っていたもの。
それを目の当たりにして、夢から目覚めるような意識が浮上していく感覚。
そうして彼女はこの世界から退場し、
偽りのロマニも砕けて散って。
まっさらな空間が、その場に残された。
「―――この本によれば。普通の高校生、常磐ソウゴ。彼には魔王にして時の王者、オーマジオウとなる未来が待っていた。
だがその覇道が始まる前に、常磐ソウゴは人理保障機関カルデアにてレフ・ライノール・フラウロスを名乗る何者かに出会い、2017年以降の歴史は燃え落ちたと聞かされる」
白く染まった世界の中、ストールを靡かせて一人の男が歩んでくる。
彼は片手に開いた本を乗せて、更にもう片手で大きくストールを振り払った。
尋常ならざる速度で渦を巻く布。
それが竜巻の如く突風を巻き起こして、収まるまでに数秒を要する。
突風が吹き止んだ後には、白い空間は全て黒く染まっていた。
その中央に鎮座する大時計の前で、黒ウォズが本を片手に佇んでいる。
『逢魔降臨暦』―――魔王の生誕について描かれた書物。
「そうして正しい歴史を取り戻すために戦ってきた常磐ソウゴと、カルデアの者たち。
彼らの戦いは、魔術王によって用意された最後の特異点に差し掛かる。
時は紀元前2655年……英雄王ギルガメッシュの治める、古代ウルクが舞台となります」
本を読み上げる黒ウォズの前に浮かぶ、マゼンタの戦士。
仮面ライダーディケイド。
更についでのように浮かび上がるシアンの影、仮面ライダーディエンド。
それらを見て少し嫌そうに眉を顰め、黒ウォズはパタンと音を立てながら本を閉じた。
「……さて。神をも恐れぬ放浪者たちが、どうなるか。
神さえ凌駕する我が魔王の旅路に、せいぜい花を添えてくれることを期待しましょう」
そう言って歩みだす黒ウォズ。
彼が闇の中に消えてすぐに、大時計が見えなくなるようにその場は闇に閉ざされた。
「フン――――ッ!!」
周囲を巡る無数の鎖。
切り払うために叩き付けた剣に鎖が絡みつき、すぐに使い物にならなくなる。
奪われる前に舌打ちしつつ、彼は剣の柄を開いてカードを引き抜く。
鎖に引きずられ、彼方へと持って行かれるライドブッカー。
それを見送りながら、ドライバーへと手をかけた。
「またそれか。今度はどんな姿に変わるんだい?」
少年にも少女にも見える美しい人型。
数え切れない鎖を袖から垂らした者が、岩の上へと降り立った。
彼―――あるいは彼女は緑の長髪を靡かせながら、冷ややかに相手を見据える。
同時に、粗末な貫頭衣で覆われた体が更に鎖を垂れ流す。
鎖の先端はすぐさま剣や斧、槍へと変じて殺意を増した。
そんな様子で、そんなことを言ってくる相手を前にして。
溜息交じりに、面倒そうに。
相手に言い返すマゼンタの戦士、仮面ライダーディケイド。
「またそれか、はこっちの台詞だ。鎖だの武器だの、どれだけ体を変えれば気が済むんだ」
〈カメンライド! キバ!〉
ジャラジャラと音を立て、ディケイドの体を
弾け飛ぶ鎖の中から姿を現すのは、黄色く輝く大きな目。
銀色の鎧と血色の装甲に覆われた彼は、両の掌を軽く打ち合わせた。
緑の髪の彼が、その姿を前に微かに口端を吊り上げる。
「鎖でボクに挑む気かい? 自信からそれを選択したなら言う事はないけれど。もしかして、もう選択肢が残っていなかったのかな?
魔獣相手に使った分で、もうボクに見せていない手はなくなった、とか?」
「随分な自信だな。言っておくが、とっくに死んだお前たちご自慢の魔獣の将軍より、向こうの街にいた着ぐるみの方がよほど面倒だぞ。なんなんだ、あの着ぐるみは」
「知らないね!!」
鎖が荒ぶる。殺到する武具の雨。
その渦中で腕を奮うキバ。指先から滲み出るのは爪による斬撃。
血色の閃光が次々と迫りくる武器を打ち払う。
それでも物量を捌き切れず、徐々に押し込まれていくキバの姿。
このまま押し切る、と。
彼は美しい貌を歪めながら更に攻撃を加速させようと踏み込み―――
剛、と。
鏃の燃える矢が、彼の元へと翔け抜けてくることを感知した。
舌打ちを堪えながら、しかし鎖を一房だけ差し向ける。
矢を撃墜するのは容易だったが、しかし。
踏み込みが緩んだ結果、彼がキバへと辿り着く前に。
周囲に、白煙が一気に拡がっていく。
視界いっぱいを白く染め上げる煙を前にして、彼は今度こそ舌打ちしながら目を細める。
「目晦まし……? あのアサシンか。
逃げるにしても、ボクの感知をこんなもので誤魔化せるとでも……!」
視界を覆われたからこそ、一層に周囲の感知を密にする。
彼の感覚は並みの英霊などとは比較にならない。
大気の鳴動が、大地の震動が、全てを教えてくれる―――からこそ。
彼は自身の背後についたサーヴァントを感知。
そいつが何かを投擲したことを理解して、すぐさま体を逸らした。
投げられたものを鎖で撃墜して防御するより、その分を攻撃に回して撃破を優先する。
回避していなければ後頭部に突き刺さっただろう、投擲剣。
すれ違い、飛び去っていく刃。
反撃をしようとしていた彼が、思ったものとは違う剣に僅かに目を見開いた。
後ろにいた英霊の正体は割れている。
そのサーヴァントが投げる魔力で編まれた剣を知っている。
だが、いま飛び去っていったのはその剣ではない。
投げられた剣は彼を過ぎ去り、白煙の中に消えていき―――
一秒後。
白煙の中で雷光が爆ぜた。
〈フォームライド! キバ! ドッガ!〉
投げ込まれ、掴み取られたライドブッカーに既に面影はない。
キバの手に握られているのは、拳のような形状の大金槌。
血色から紫に染まったキバは金槌の柄を地面に下ろし、ゆったりと構えていた。
白煙を染め上げていく紫の闇。
闇に奔る稲妻。
その中で静かに構えていたキバが、更にもう一枚カードを掲げた。
振るわれる指。手放されたカードが、既に開いているバックルの中に投げ込まれる。
「助けてくれなんて言った覚えはないが……ま、そういうわけだ」
〈ファイナルアタックライド! キ・キ・キ・キバ!!〉
大金槌の指が開く。
明らかになる拳の掌には、赤く充血したような瞳が隠されていた。
開眼する真実の眼。その言葉を発さぬ眼光が、雄叫びを上げる。
雷鳴を轟かせ、大地を震わせて、嵐のような無音の叫びが破壊を振り撒いた。
「ッ、魔眼……!
―――だが生憎だね、魔眼を恐れるようなら母上の傍にはいられないよ!」
偽りを射抜く睨眼。
その破壊を正面から受け止めて、緑の髪が激しく荒ぶる。
乱舞する無数の鎖。精製される武具の数々。
キバの両腕が鉄槌を掴み、振り上げる。
天を衝く雷の拳。
そして天空に轟く雷霆を目掛け振り抜かれる、より合わさった鎖。
彼自身の肉体に搭載された機構、“
宝具によって大地から生み出した無数の武具を、纏めて叩き付ける。
天空から降り注ぐ雷霆。
大地から噴き出す息吹。
それらが共に鉄槌の形をとって、激突した。
衝撃に巻き上げられる砂塵。
大気の中で、バチバチと紫電が弾ける。
―――押し寄せてくる爆炎と煙の中。
彼は手応えが失せたことに、小さく舌打ちした。
「まったく面倒な……」
緑の髪をバサリと跳ね上げながら、彼は苦々しく言葉を吐き出す。
引き戻し、垂れ下げていた数え切れぬ鎖は、いつの間にか既に消えている。
戦闘の残滓、大気を灼く稲妻の残り香。
それを鬱陶しげに払い除けつつ、彼は美しい貌を僅かに歪めた。
既に敵は撤退した。
大技の撃ち合いで生じた衝撃に紛れ、彼から逃亡していたのだ。
追撃を仕掛けるのは容易だ。
彼という存在はまだ十分に戦闘が可能なのだから。
だが彼は頭を動かし、サーヴァントたちが撤退しただろう方向を見据えるばかり。
撤退先は明白だ。
―――彼方に広がる城塞都市。
黄金の王が治めるその都市を見て、彼は微かに目を細める。
「……ふん、延命にしかならない撤退にどんな意味があるのやら。
まあここはこちらも退いておくとするさ。
―――せいぜい、母さんに与えられる最期の時まで籠城してればいい」
何を持ってその言葉を吐くのか。
彼は自分の表情を意図して消しながら、踵を返した。
「結局の所、問題はなかったということか?」
「まあそうだね。帰還してからの検査でも、十分な適性があると判断された」
「ふむ……」
ダ・ヴィンチちゃんの言葉を聞き、エルメロイ二世が顎に手を当てる。
オルガマリー・アニムスフィアのレイシフトは恙なく実行された。
保険として色々準備していたが、一切必要になることもなく問題なく。
それ自体は喜ばしいことだ。
「それで、だ。ついでに言うようであれだけど、もう一つ検査したわけさ」
「マスター適性か」
ちらり、と。
二世が視線を巡らせ、座っているオルガマリーを見る。
目を向けられた彼女が鬱陶しそうに彼を睨み返した。
「そ。で、結果は適性有。今までは他のマスターに召喚してもらい、偽臣の書を経由して契約していたわけだけど、所長はめでたく本人が契約できるようになったわけだ。
流石は私が造った体がベースになっているだけある、と誇るところかな?」
ぱちぱちと手を叩き、目の前のオルガマリーに祝福を送る。
そんなダ・ヴィンチちゃんを胡乱な目で眺めつつ。
壁に寄り掛かっていたアタランテが、仕方なさげに口を開いた。
「それ自体は喜ばしいだろう。無論、私も契約の移譲に文句をつける気もない」
言って、彼女は対面の壁に寄り掛かる黒いサーヴァントを見る。
どこか不機嫌極まりなさそうな少女。
アヴェンジャー、ジャンヌ・ダルク・オルタ。
「そーね、めでたいめでたい。
一流のマスターになってくれて、サーヴァント冥利に尽きるわよ」
何やらそう言ってぱたぱたと手を振るオルタ。
彼女を見て呆れるように肩を竦め、アタランテが顔を左右に振った。
「……本当にめでたいだけなら問題ないのだがな」
そう言って大きく息を吐き、二世は眉間に指をあてた。
肉体の蘇生、人形の人間への変換。
神の所業と一言で済ませてしまえば気にしようもない話だが。
ダ・ヴィンチちゃんは表情を崩さぬまま、軽く肩を竦めた。
「……まあ、良い事だと受け取るべきだ。サーヴァントと契約し直せば、オルガマリーという優秀な魔術師がちゃんとしたマスターになれる。
今までその契約上、特異点にサーヴァントを一騎しか連れていけなかった彼女が、最後の特異点には二騎のサーヴァントを連れていけるようになる」
―――彼女たちがカルデアに帰還した直後のことだ。
黒ウォズが指令室に現れて、最後の特異点は紀元前の古代ウルクだと宣言していった。
シバが主に観測できるのは西暦以降。
もし紀元前の観測・証明を行うとなれば、膨大な時間とリソースが必要となる。
エルサレム王国、キャメロットで得たリソースの大部分はそれに利用されるだろう。
第七特異点の観測。各員の令呪補填。オルガマリーの契約変更。
結局、余るリソースは多くない。
召喚に利用できる魔力もギリギリだろうか。
「ウルク、か。古代メソポタミア、シュメル都市文明の中心……」
黒ウォズの話を思い出したのか、嫌そうに顔を歪めるエルメロイ二世。
数千年に渡りその名を残した都市。
その長い時間の中のどこが特異点化しているのか。
厳密な年代は、未だに特定作業中だ。
だが―――恐らく、カルデアにおいても多くの者が、確信にも似た感覚を持っているだろう。
あの年代周辺に違いないだろう、という。
人間が神から離れ、独り立ちを始めた時代。
天の楔がその役目を放棄し、人の裁定者として一人の王となった時代。
「おや、何か思うところがあるのかい? 講義に使う含蓄ある小噺でもある?」
ダ・ヴィンチちゃんの声に眉を顰め、二世は目を逸らす。
「まったくないな。まったくない、あるものか」
言って、踵を返す二世。
工房を退出していく彼の背中を見て、オルガマリーは小さく首を傾げた。
「ったく、なんでわかんねーかな」
機嫌悪そうに食堂で呟きだすモードレッド。
彼女を呆れながら見つめ、ツクヨミが溜息を吐いた。
「流石に鎧無しじゃ……」
「どうとでもなるっつーの」
キャメロットでの戦い。
円卓のモードレッドとの決戦の折、彼女は宝具たる鎧を全損した。
単に魔力で編んでいた鎧ならまだしも、あれは魔女モルガンから授かった宝具だ。
ちょっと回復しただけで修理を完了する、などということはない。
彼女は今、鎧の下に纏っていた赤い装束だけで活動していた。
腰から下はともかく、上半身の格好は下着染みていて目のやり場に困るほどだ。
もっとも、彼女はそんなことを指摘すると烈火の如く怒るので言及もできないのだが。
鎧を修復するには霊基再臨をするしかないが、彼女は何が気に入らないのかやりたがらない。
「ふむ、なぜそんなに嫌がるのだ。
こうして! 自分の好きなように霊基を変えられるというに」
そう言ってばたばたと花嫁衣裳のまま決めポーズを取るネロ。
白く染まった愛剣まで取り出し、思うさまに自分を魅せる体勢を取っていく。
そうやってショーを始めた彼女の頭に、ブーディカの平手が落ちた。
「食堂で騒がない。武器もしまう」
「むぅ。余、ショック」
頭を押さえつつ、素直に従うネロ。
そんな様子を細目で見つつ、モードレッドはそっぽを向く。
「どうもこうもねえ。気に入らねえだけだ」
「もう。またそんなこと言って……」
ぶっすー、と。
そんな擬音さえ聞こえてきそうなほど、明確に不機嫌な様子を見せるモードレッド。
彼女の様子に小さく溜息を吐き落として、ツクヨミが額に手を当てた。
「ふむ、ところでマスター。
最後の特異点へのレイシフト前に、新たなサーヴァントの召喚を行うのだろう?」
「そう聞いてるけど。
多分、二回分の召喚はできるだろう、って話だったけど」
一応は女性の集まりの中に、当然のように混ざっているフィン。
彼が柔らかく微笑みながら、自身の顎を撫でた。
「ほほう、二騎。となれば、マスターとオルガマリーが一騎ずつだろう。
そこで誰が呼ばれるかは分からないが、私も最後の特異点に着いていけるようアピールを欠かすわけにはいかなくなったな」
「そう?」
柔らかくあるのに、しかし好戦的にさえ見える笑み。
そんな顔を前にして、モードレッドが目を細める。
「……ま、オレの知ったこっちゃねえな。
たとえそうだとしても、お前ともう一人で勝手に競ってろ」
「ははははは、いやそうはいかない。もちろん誰を特別扱いするでもない。
三人になったら顔を合わせて、剣なり槍なりを突き合わせて決めればいい。
それだけだろう」
「だから言ってんだろ。
オレはさっさと勝ち抜けるから、残り物は勝手にやっとけ、ってな」
その様子と、手元の鍋の様子。後は手にした資料の様子。
三つの間で視線を行ったり来たりさせつつ、ジャンヌは小さく息を吐いた。
現代日本であった特殊な前特異点。そこからの退去の前。
カルデアとの繋がりが保証されてから、ある程度の物資を買い揃えてこちらに送ったおかげで、食堂も随分と充実した品揃えになってきた。
もっとも食堂係である彼女やブーディカにその知識がないため、ちゃんと活用できるとは言い難かった。それを改善するために、本を片手にそのための知識を蓄えつつ、彼女は目の前の光景に対して物憂げな様子を見せる。
「あの様子でいいんでしょうか……」
「まあいいんじゃないかな。不仲ってわけでもないし」
「だったらいいのですが……」
困惑しながら鍋と視線をぐるぐると回し続けるジャンヌ。
そんな様子を見て、厨房の中に戻ってきたブーディカが苦笑する。
そして彼女も増えた物資の整頓を始めようとして、
「いっそのこと呑み比べで解決するってのはどうだい?
勝った奴がレイシフトして、その時代の酒も飲めるってわけさ」
いつの間にか厨房内で酒を物色しているドレイクを見て、追加で溜息を一つ。
彼女は山積みになった現代の酒を前にほくほく顔。
「お酒を飲み干し続けなきゃ倒せない敵がいる特異点があったらそうしてくれ、って所長さんに頼んでおけばいいんじゃないかな」
「ははは、そいつばっかりはよしとくよ。
そんな特異点あるもんかって怒鳴られるだけだろうからね」
両手に瓶を持ち、厨房を出ていくドレイク。
その背中を見送ったブーディカの耳に、ジャンヌの呟く声が届く。
「こういう時に実感してしまいますね。
私の手の中には、ずっとあの旗があったので……」
宝具を喪失して前線を離れた彼女が、口惜しそうにそう呟く。
彼女の宝具であり、主武装であり、彼女が体現する神の奇跡の象徴たる旗。
あれを失った以上、彼女に戦闘は行えない。
故にジャンヌがレイシフト組に選ばれることはないだろう。
ああして自分が戦いに行くのだ、と自己主張することは今の彼女には許されない。
ジャンヌ・ダルクはルーラーのサーヴァント。
宝具の補修、霊基の改修である霊基再臨を行うことはできないのだから。
それを理解して、彼女に声をかけようと振り返るブーディカ。
そんな彼女の前で、悔しそうに、聖女は言葉を続けた。
「こういう時に無いと、とりあえず相手を殴って止めることができません」
「……うーん」
何と言ったものか、と。
ブーディカはとりあえず曖昧に苦笑いを浮かべた。
「結局、何が違うんだろ」
「あれじゃない? ロンドンの時の霧の更に凄い版みたいな」
「えー、じゃあ俺ずっと変身してなきゃダメ?」
床を打ち砕かんばかりに踏み切り、疾走する英霊馬。
それにすら劣らぬ速度で奔る朱槍の槍兵。
槍兵と騎兵が刃を交わす光景を見ながら、立香とソウゴが言葉を交わす。
「前みたいにウォッチを常に持ってるとか。あ、ツクヨミにも必要なのか」
だとしたら周囲の魔力を喰らうビーストウォッチはツクヨミに渡すべきか。
そう思い至り、立香が掌を打つ。
後ろにぴたりとついた清姫にも慣れたもので、彼女の動作に乱れはない。
古代ウルクなんて神代は、真っ当な現代人なら呼吸も危うい。
そう言われていた彼らが色々と考えていたのだ。
第六特異点でも相当な神秘を孕んだ空気だったが、更にそれ以上のものだと。
「そこはまあ、ダ・ヴィンチがどうにかしてくれるんじゃないかな?
そういうものだと分かっていれば案外何とかなるものさ」
同じく戦闘を眺めていたダビデが、そのような事を口にする。
「それよりも問題は……」
彼はそこで言葉を止めて、僅かに目を細めるに留まった。
不思議そうに彼を見る立香とソウゴ。
そこでギィン、と。
一際大きな刃金同士が弾け合う音がした。
互いに弾かれ、槍兵と騎兵が共に大きく跳んでいる。
彼らはそのまま危うげなく着地を決め、こちらを振り返ってみせた。
「神代の回帰の実験、だったか。あのレフ……フラウロスだかが言ってたのは」
くるりと朱槍を回し、手の中から消し去るクー・フーリン。
少なくとも彼らはそういった話を、ローマにおける戦闘で相手から聞いていた。
神祖ロムルスを通じ戦神マルスを
その神威をアルテラに発揮させ、時代を焼き捨てようとしていた。
「魔術王には少なくともそういった類で、本命の目論見が他にあるということだね。
そして最後の特異点は当然のように、神代の終わりの始まりと言っていい時代。
となれば、最後の戦いにおける聖杯の所有者は、神の時代の終わりを退けて継続させようとするもの、と考えるのが妥当かな。
その上、下手をすれば本当に全盛期の神を相手取ることになるだろう。まだ神が地上に降りられる時代だろうからね」
ブケファラスを撫でながら、アレキサンダーが肩を竦める。
「ふーん……それってどのくらい凄いの?
神様っぽい人とか今までにも結構見てきたけど」
「さてねぇ、神っつってもピンキリだしな。
ま、強いて言うなら坊主たちが見てきた神様っぽい連中はマシな方なんじゃねえか?
うちの師匠みたいなのも含めて、まあまだマシな方だ。会話ができるだけな」
ステンノやエウリュアレ、オリオンの霊基を乗っ取ったアルテミス。
そういったサーヴァントの枠組みに嵌った神霊。
真実降臨すれば、神霊の脅威はその程度では収まらない。
外敵を排するために眼を見開き裁きを落としたもの、軍神マルス。
昇華されし彷徨える騎士王の果てにして聖槍ロンゴミニアドの女神、獅子王。
外宇宙から来たりし星創りの神性、仮面ライダー鎧武。
進化の果てに肉体から離れ宇宙を漂う集合意識と化した、グレートアイ。
規模としてはそれに匹敵するものたちが敵対する、ということ。
真っ当な手段なら敵対した時点で終わり。
そういった存在がこれからの戦いには待ち受けているのだ。
―――それでも焦らずにいられるのは、自負があるからだろう。
自分たちは今まで、そんな相手たちを越えてきたのだ、という。
立香が腕を組みながら、悩ましいと声を上げた。
「うーん。そういう相手がいるとして、何か準備できる対策ってあるのかな」
「出来る対策なんざ、さっさと聖杯をぶんどって敵に何もさせないことぐらいだろうさ。
ここに限った話じゃねえが、そもそも神代が終わったのはそれが正当な流れだったからだ。続けても意味がねえからこそ正しく終わった。どこぞの誰かが正しく終わらせた。
続けようとした連中だっていただろうが、どうにもできねえから終わっちまったのさ。神様どもがどうにかこうにか足掻き抜いて、それでもどうにもできずに地上から消えていくしかなかったってわけだ。よっぽどのどんでん返しでもしねえと、人理の否定は難しいだろうよ」
神代に近く、神秘が芳醇だからこそ。
聖杯一つ程度の燃料で変えられることはたかが知れている、とランサーは言う。
既に告げられた最後の時代は、神が人を手放さぬために力を尽くした時代だと知っている。
天の楔を打ち込み、その使命を果たさせるための天の鎖を放ち。
そうして、それでも人の王の手によって、神代は終わりが始まった。
神の足掻きすら時代を留められなかったのだ。
だというのに、魔術王はそこに手を付けた。
つまりは相応の規模の何か―――
魔術王が己の大偉業、人理焼却を絶対だと断ずるに足る理由があるはずなのだ、と。
「聖杯が超級の代物であることには変わりない。けれどさて。
神代に隣り合った人の時代の始まりにおいて、それだけで何が変えられるか……
いや、神代だからこそ燃料の純度が高まるとは言えるかな?」
「うーん。まあ、聖杯で何をするか……いや。
聖杯で
神性にしろ、計画にしろ、他の何かにしろ。
あいつがもたらした聖杯一つくらいじゃあ、きっと導線にしかならないんじゃないかな?
意味を持たせることができる投資の幅は、そう大きくはないと思うんだけどね」
ブケファラスを送還し、アレキサンダーが呟きつつダビデに水を向けた。
だが彼は小さく肩を竦めて首を傾げてみせるだけ。
―――要するに、詳しいことは行ってみなければ分からない。
その事実に一つ頷いて、ソウゴが結論を出す。
「じゃあまあ、結局いつも通りってことだよね。それならそれでいいんじゃない?」
「ま、下手に肩肘はるよかそっちのがマシだろうさ。
行った先で何が起こってようが、やれることをやるしかねえんだからよ」
そう言ってクー・フーリンは首を軽く回し、苦笑した。
ギルタブリルくんがどういう奴だったか情報があれば詳しい過程書くんだけどなー俺もなー
みたいな感じ