Fate/GRAND Zi-Order 作:アナザーコゴエンベエ
『ええと、どうやら北に向かっているようだけど。
目的地であるウルクは南東、じゃないかな。どうだろう?』
「ええ、その通りです。
ウルクに最短距離で向かうのであれば、河に沿って南下するのが早い」
ある程度纏まってきた位置情報を口にして首を傾げるロマニ。
そんな彼に苦笑を返し、エルキドゥは同意を示した。
そうだというならば、と。
立香は正反対の道のりを先導する相手へ問いかける。
「じゃあ何で北に?」
「もちろん、そちらに抜けると女神の勢力圏を横断することに―――と。
ああ、そうでした。まずはメソポタミアの現状を説明する必要があった。
では端的に。まず伝えるべきは……そう。
今この国は、滅亡寸前にまで追い詰められているのです」
涼やかにさえ感じるような、淡々とした声で。
彼は憂える現状を一口で説明した。
「それは、あの魔獣たちが原因で?」
人間を憎み、殺戮すべく押し寄せる魔獣。
あんなものがもし大量に発生したと言うならば、それにも理解が及ぶ。
一部の英傑ならば歯牙にもかけない獣かもしれない。
だがあんなものが蔓延したとなれば、人類の生活は立ち行かない。
「ええ。厳密にはあの魔獣を操るものが原因で、ですが。
少なくとも、ああいった通常はありえない魔獣の群れが城塞都市の八割を滅ぼし、残るウルクもまた滅ぼさんと侵略し続けている。それは確かなことです」
首を縦に振りつつ肯定する。
彼の語る言葉に現れた、黒幕らしき存在。
それは一体如何なるものなのかと、マシュが呟いた。
「魔獣を操る者……それが、今回の聖杯の所有者なのでしょうか」
「聖杯―――魔術王がこの地に降ろした聖杯、ですね。
であるならば、いいえ、と。
あの魔獣たちの長は、聖杯など所有していません。あくまで、魔術王の話とは別なのです」
「別?」
これは魔術王の犯行、人理焼却によって引き起こされた現象。
だというのにその時代に生きる神々の兵器は、魔術王はこの件には関係ないと言う。
困惑するマシュの後ろから、オルガマリーが声を上げた。
「それはどういうことかしら。
時代が乱れているのは、魔術王の人理焼却―――送られた聖杯が原因ではない、と?」
「そうですね。いえ、断言は避けるべきかもしれません。
恐らくそうでしょう、としか言えないことだ。
ですが、少なくともメソポタミアが滅亡に瀕している理由……魔獣の長を始めとする侵略者たちは、聖杯を持っているわけではありません」
「聖杯を持っていない、侵略者?」
「……いちいち回りくどいな。
そろそろ迂遠な言い回しは無しにしてもらいたいんだがよ」
顎に手を添え、悩むオルガマリー。
そんな彼女の頭を越えて、呆れるような声が届く。
クー・フーリンのそんな言葉に対し、エルキドゥは振り返って小さく微笑んだ。
「申し訳ありません。ですが、理解しておいて欲しかったのです。
あなたたちがこれから戦う相手は、
この時代において、
つまり魔術王の計画の外で人類史を崩壊させうる、魔術王と同等以上の存在なのだと」
「―――――」
綺麗な笑みを浮かべ、しかしその言葉に浮くような思いなど一つもない。
そんな事実に対し、ソウゴが笑う。
「じゃあ、最後に魔術王と戦う予行演習くらいにはなるかも?」
「――――ええ、そうですね。
この地で終わらないあなた方の旅路にとって、きっと良い経験として残るでしょう。
ここで滅亡の主犯格、『三女神同盟』に敗北しなければの話になりますが。
もちろん僕も力を尽くしますが、相手が強大な“神”であるとは理解しておいて欲しい」
少しだけ苦い顔を覗かせて、そのまま苦笑するエルキドゥ。
余裕か、あるいは驕りか。
そんな言葉を言い放ったソウゴの脇腹を、溜息を吐きつつ立香が肘でつつく。
『三女神同盟、か。―――敵は女神、だというのかい?
確かについ先程、女神イシュタルらしき疑似存在に出会っている。
けれど、幾らなんだって女神ほどの存在がそうそう……』
「イシュタル? ああ、彼女にはもう出会っていたのですね。
彼女は魔獣の女神とは別勢力ですが、ウルクを幾度も襲撃している女神の一人だ」
「む、襲撃? あの
思わずと言った風にネロがエルキドゥに視線を向ける。
問われた彼が、表情を完全に消した。
その態度に面食らったネロを前に、女神について語りだすエルキドゥ。
「ええ、間違いなく。イシュタルはあの都市の守護女神です。
ですが、あれの行動については考えるだけ無駄なのでいちいち気にしない事を勧めます」
「よく分からないけど……
あの女神は結構、私たちのことを心配してくれていたように思えたけれど」
彼女たちはいきなりカルデアに帰れ、などと言われたけれど。
しかしその言葉の端々に、こちらを心配するような心情も垣間見えた。
もちろんこちらを心配していただけ、という事はないだろう。
それでも、人を滅ぼすために行動している女神には見えなかった。
少なくともそれくらいは断言できる。
そんなツクヨミが出した感想に、エルキドゥは目を尖らせた。
「確かに人の目にはそう映る事もあるかもしれません。
女神イシュタルの本質は、豊作を愛し、戦火を愛し、人の営みを愛する、愛多き女神。
そんな支離滅裂な性質を有する存在の一挙手一投足に理由なんてありません。
あれは人間を愛しながら、人間同士が大地の実りを戦で奪い合い、無駄に死んでいく事を、自分に捧げられた娯楽だと考えるような、頭の上から爪先までの全てが破綻した、論理的に何もかもがとち狂った異常なものです」
思った以上に凄い言うな、と。
ツクヨミが少し驚いたように、エルキドゥを見ながら目を瞬いた。
そういった視線を背に受けながら、彼は鋭くした目を瞑ってから言葉を続ける。
「あれは特別破綻した
が、しかし。神とは確かにそういうものだ。
神とは管理するもの。自分が受け持った権能の内で裁定を下すもの。
物事は出来るだけ単純にして管理するべき、というのは神であっても同じことです。
いいえ、神であるからこそ本来は管理権限を単純・明確にしておかなければならない」
「えっと……つまり。イシュタル、さんは、自分の管理権限内に矛盾するものを複数得てしまった神であるが故に、その……暴走しがちな方になってしまった、と?」
人を愛する女神でありながら、豊穣を愛する女神でありながら。
人が、土地が、炎に巻かれて燃え尽きる戦を愛する。
有する機能が矛盾しているからこそ起こるロジックエラー。
彼女が有する嵐の人格、神格は、それが原因の状態なのである、と。
エルキドゥは断言する。
そんな頭がバグった物体の行動に意味を求めるな、と。
「そうですね。イシュタルの頭がおかしい理由はそんなところかと。
「……まあ、神が身近な存在から神に対しての見解を得られたのは興味深いわね」
溜息交じりにオルガマリーがそう呟き。
彼女たちの行進に追従してくる映像。
ロマニの姿を見て、彼の表情を見て、小さく眉を顰めた。
『―――――』
あまり見ないような、Dr.ロマニの凍った顔。
彼はそれを隠す余裕もない、というように確かに静止していた。
―――そう。
王は、“王である”という単一の機能を果たす絶対者だった。
だが彼の後ろに控えて同じ光景を眺めていたものは違う。
七十二の機能を分割し、管理する、群体であった。
王は単一の機能を果たすために他の何を考慮する必要もなかった。
そうする必要など、どこにもないのだから。
しかし。
七十二の席を用意し、協議し、より良き行動を定めるその意志は。
―――憂慮した。してしまった。
憂いたのだ。哀しんだのだ。
そんな機能は備わっていないのに、何かが狂ってそんな余分が発生してしまった。
まるで、その名が示す通りの、真正の悪魔みたいに。
だってそうだろう。
人には翼なんて生えない。
人には三本目の腕なんて生えない。
本来は備わっていない、ありえない器官を持つだなんて。
そんなもの―――まるで悪魔だ。
その異常は、人ならば悪魔に憑かれただけ、で済むのかもしれないけれど。
―――神は。
最初から、持ち合わせた機能を正しく果たすためだけに存在するものは。
在り得ざる何かを持ち合わせた時に。
在り得ざる何かが芽生えてしまった時に。
―――真実、悪魔になる。
もしそれが一個の存在だったら、生まれなかったかもしれない。
いいや。
分割された機能が七十一になるだけで、発生しなかったかもしれない。
ただ、それだけの話。
これは、たったそれだけの話。
それだけの話だったのだ、と。
表情を消したロマニが、
『それで、その三女神同盟とやらは、そんな頭のおかしい女神が三人集まっている、と?』
ダ・ヴィンチちゃんにどつかれて、画面から消える。
そんな彼女から届く声。
新手の声に振り向き、エルキドゥは答えを返す。
「ええ。どうやってか、は未だ以て不明です。
ですが三柱の女神がこの土地に降臨し、この時代の蹂躙を開始しました。
その内の最大勢力が魔獣の女神、ギリシャより流れてきた女神の一柱……
ああ、あの高台からなら丁度見えるでしょう」
言って、エルキドゥが少し歩調を早める。
彼が目指す先には、言う通り高台があった。
その後に続いていき、高台から見下ろした先、広がる光景に目を馳せる。
―――そこに壁があった。
地平線に聳え立つ岩壁。
此処から先へは一切の害悪を通さない、という意志の具現。
マシュが自然と己の盾を握る。
堅牢さ、という点であれば、きっと聖都の壁とは比べ物になるまい。
聖都の壁は、神が張り巡らせた人を守護する結界。
庇護のための壁であり、同時に檻でありし獅子王の国。
だが今。目の前に建つ壁は、まったく逆のもの。
神が人のために下ろした帳ではなく、人が人であるために築かれた壁。
「―――よもやここまで、といったところだな」
呆れるようにアタランテが言葉を吐き捨てる。
「魔獣は目視出来る範囲で数千、あるいは万に届くか。
サーヴァントの相手にはならぬとはいえ、普通の人間なら容易に殺せる獣がそれだけいる」
『……けれど、築かれた壁も崩れていない。人間たちは対抗しているわけだ。
凄まじいね、シュメルの人間というのは』
「ええ。魔獣たちが北部を埋め尽くした際、バビロン市を解体した資材であの壁は造られた。
誰が呼んだか、今あの壁はこう呼ばれています。
人類の希望、四方世界最大にして最後の大砦―――絶対魔獣戦線バビロニア、と」
今まさに、眼下で戦闘が行われている。
大量の魔獣が壁を越えんと乗り込んで、寄せ来る魔獣を兵士が何とか討ち取っていく。
数の差が圧倒的だ。
生物としての性能だって圧倒的に魔獣の方が高かろう。
だがそれでも、戦線は維持されていた。
二世が微かに目を細めて、口元を手で覆う。
完璧に一致している、というわけではない。
だが余りにも見覚えのある動き方。
勇気の振り上げ方。気迫の振り絞り方。
そういった、精神性の発露の方向性が。
諸葛孔明の眼も、ほぼ間違いなくそうだと言っていると理解する。
「…………凄まじい用兵だな。よほどの将が率いていると見える。背水の陣、という奴だ。
恐らく、その将自身の腕前もクー・フーリンに劣るものではないのではないか?」
「ま、そうかもな。やりあったらさぞ面倒な奴と見た」
確認するための二世の言葉に対し、クー・フーリンが軽く笑う。
―――槍を合わせた彼がそう断言したと言うのなら。
この事実は間違いないのだろう、と。
二世が一瞬だけ、オルガマリーの方へと視線を送った。
そういった視線を向けられた彼女が、微かに唇を噛み締める。
つまりは、あの絶対魔獣戦線バビロニアはサーヴァントに支えられている、と。
そう結論が出たのだ。
二世が何故直接口に出さないのか、と言えば言うまでもない。
エルキドゥこそ、疑うべき存在だからに他ならない。
案内のルートがおかしい。
イシュタルへの態度がおかしい。
出してくる情報がいまいち繋がらない。
一つだけなら眉を顰めるだけで済む話かもしれない。
けれど、時間を経るごとにどんどん不審は積み重なっていく。
イシュタルの存在は土地の神霊だから、で済ませてもいい。
だがレオニダス王の存在が確認できた以上、明らかに彼が出す情報が足りない。
何故ウルク側にサーヴァントがいる、という情報が出てこない。
彼がウルク側であれば、そのサーヴァントは味方のはずだ。
バビロニアにはサーヴァントがいる、と。何故その一言が出てこない。
サーヴァントがいる、という事は聖杯も起動しているはずだ。
人理焼却側のサーヴァントへのカウンターとして、野良サーヴァントは出現する。
聖杯戦争という仕組みを再現するために、敵と味方で競わせる。
聖杯と女神が関係ないならば、敵は女神だけではないはずなのだ。
何故、その情報が出てこない。
こちらで推測できる事柄が出てこない中で、彼の発言はどこまで信じられる。
「―――うーん。ここの人たちも助けたいけど、まずはウルクに行こう。
女神と聖杯が関係ないなら、聖杯を探すこともしなきゃいけないし。
まずはウルクに行って、王様に会ってみなきゃいけないよね」
「じゃあその後には、バビロニアで戦うチームと、聖杯を探すチームに別れるとか……あ、でも女神は三人いるんだよね? そうなると流石に人手不足かも。
エルキドゥは私たちと一緒に戦ってくれるの? それとも王様と一緒に動いてる感じ?」
ぼんやりと考え込むようにしながら、ソウゴと立香が言葉を交わす。
「もちろん、あなた方と一緒に行動します。
あの王も流石にこの状況でそれに否とは言わないでしょう」
だから。
そこで。
なぜ。
自陣営の、他の戦力の情報が出てこない。
具体的な名前を出さないだけならまだしも。
何故、サーヴァントがいるとさえ言ってこない。
サーヴァントというものをそもそも人間と別のものと考えていない?
ありえない、とは言い切れない。
自分たちにとっては時代に名を馳せた英雄であっても、この時代を生きる存在であるエルキドゥにとっては未来のものだ。
その勇名に反応する理由はないと言えば、ない。
だが。
まず彼はカルデアやサーヴァントという、この時代で知られざるものをどうやって知った。
普通に考えれば未来を見通す眼を持つと云われるウルクの王。エルキドゥの友。
英雄王ギルガメッシュよりその事実を伝えられた、と考えるべきだ。
だからこそ現状を打開する戦力に成り得るカルデアを迎えに来てくれた。
―――と考えるのであれば。やはりおかしい。
“こちらにもあなた方のようなサーヴァントという存在がいるのです”
そのたった一言が、一体何故出てこないのか。
戦力不足の話は、今まさに藤丸立香が振ってみせたのに。
気配もなく、レイラインの先でハサンが動きを伝えてくる。
まるでエルキドゥを警戒しています、と宣言するような監視体勢。
エルキドゥという存在の性能ならば、ハサンであっても感知されないとはいかないはず。
つまり、ハサンの動きは彼に伝わっているはずだ。
警戒を示してみせるのは、姿を隠したハサンだけ。
他のサーヴァントたちは自然体を崩さない。
マスターだって自然体のまま。
微かに肩肘を張ったのはオルガマリーと二世くらいなもの。
エルキドゥは反応を示さない。
ハサンが、あるいはオルガマリーくらいは彼を警戒している。
そうと示しても。
彼はその不安を笑い飛ばすこともなく。
何も気づかないように、戦線を眺めている者たちを更に後ろから眺めているだけ。
「ではそろそろ行きましょうか。
ここからは森に入り、そこを抜けた先にある波止場へと向かいます。
舟で河を降れば、ウルクはもう目と鼻の先ですよ」
「へえ、船かい。もし必要ならアタシの宝具で降ろうかね」
砲身ばかりで船体まで必要なことはそうはない自身の宝具。
愛船、“
それを浮かべられるかも、と。ドレイクが相好を崩した。
「それでも構いませんが、あまり目立つ船だと問題はあるでしょう。
この土地の空を無駄に飛び交うイシュタルという野蛮神がいますからね。
用意してある舟を使ってもらえればいいと思います」
高台に背を向けて、エルキドゥは歩き出す。
周囲の視線が一瞬自分に集まったのを理解して―――
オルガマリーは、間を置かずエルキドゥの後に続く。
その判断の元、カルデアの者たちは動きを開始した。
『―――ギルガメッシュ叙事詩に謳われる杉の森、というのは聖域だったけれど。
しかしその森は、まるで怪物の腹の中みたいに魔的だ』
呟くようなロマニの声だけが届く。
召喚サークルを張っていない現状、彼らが姿まで届けるには足りない。
この森はそういう区域だ、ということだろう。
「ここを抜ければ波止場が……その、エルキドゥさん。
その波止場が魔獣に壊されている、という事はないのでしょうか。
―――この森は、なんというか、とても……」
「確かに魔獣のテリトリーに近い場所ではあります。
ですが、だからこそ大きな問題がないのですよ。
魔獣の行動原理は命あるものの殺戮であるが故に、人のいない場所には留まらない。
そして命なきもの。建築物などに関しては、奴らは一切破壊活動を行わないのです。
あなた方が僕と出会った街も、建物に関しては手付かずだったでしょう?」
踏み込む事に逡巡するようなマシュの声。
そんな疑問を、気にしすぎだ、と笑い飛ばすエルキドゥ。
「ううむ、それはそれで理解のない奴らよな。
建築物にも、人が創り出す何かにも、命は宿らねども魂は宿ろうに。
いや、破壊して回って欲しいわけではないが」
純白のヴェールをひらひらと揺らしながら、ネロが難しい表情を浮かべる。
そんな彼女に溜息ひとつ落としつつ。
アタランテが森の狩人として瞳孔を窄めた。
「―――とにかく。ここからはいつ会敵してもおかしくない、ということか。
であれば、警戒は密にするべきだろう。
私がひとっ走り波止場とやらまで状態を確認してきてもいいが」
「ご安心を。僕の感知を抜けられる魔獣なんていませんよ。
皆さんは気にせずついて頂ければ――――」
にこやかにそう言って、一歩を踏み出すエルキドゥ。
彼の様子に立香が小さく目を眇め―――
自分の頭の上で立ち上がるフォウに驚いて、足を止めた。
「フォ……」
「フォウ、どしたの?」
フォウが唸るように低い声を漏らしつつ、森の一角に目を向ける。
立香もまた、彼の視線を追うようにそちらに視線を向けて。
「ああ、なんということだ! まさかこんな奇跡に巡り合うなんて!」
白い装束でフードを被った、杖を持つ男。
声を張り上げながら諸手を挙げ、喜ぶような様子を見せる―――
そんな彼から少し距離を取るように後退る、やはりフードを被った黒衣の少女。
突然現れた二人に対し、立香は目をぱちくりとさせ。
むぅーん、と。
全力の溜息を堪えるような、ガウェインらしき者の呻き声を聞いた。
振り返ってみれば、既に彼はそんな様子を一切見せずにすまし顔。
きょとんとした顔を向けてやれば、お気になさらずと苦笑ばかりが返ってくる。
「魔獣の女神のお膝元で遭難した時はもはやこれまで、と思っていたけれど。
諦めなければ、救いが訪れることもあるものだ!
やあやあ、君たち! どうか私たちも同行させてくれないだろうか!」
白い男は九死に一生を得た、と。
大仰な身振り手振りでこちらに状況を伝えてくる。
微笑みながら、そんな相手に対応を示すエルキドゥ。
「―――ええ、もちろん。このような場所で遭難とは、随分と運がない。
いや、今まで生き延びられたのだからよほどの運に恵まれているのかな?」
「まったくだ。運悪く道に迷ったが、それがこんな幸運な出会いをもたらした。
これはもう、私の日頃の行いの良さが認められた、と言っても過言ではないのでは?
どうだい、アナ。私と共に動いていてよかったろう?」
「…………」
振り返って問いかけてくる男の物言いに対し、少女は無言で返す。
わざわざ目を合わせたくもない、とばかりにフードを深く被り直す少女。
少女からの扱いの悪さをものともせず、妖しげな微笑みを浮かべる白い男。
「いやぁ、本当に助かったとも。名は体を表す、とはよく言ったものだ」
男は一際輝くような笑顔をにこりと浮かべる。
そんな相手から送られる、笑っていない視線を浴びて。
エルキドゥもまた、顔に浮かべた表情を薄くしていく。
「…………と、いうと?」
「ああ、先程そこの盾を持った少女が呼んだ君の名前のことさ。
エルキドゥ、と呼ばれていただろう? ほら、エルキドゥと言えばあれだ!
暴君と名高いギルガメッシュ王の唯一の友にして、神が地上に垂らした“天の鎖”!
哀しいことに彼は既に神々により命を奪われてしまったが……彼の死に影響されたギルガメッシュ王は不老不死の霊薬を求め旅立ち、不老不死こそ得なかったものの、帰ってきてからは賢王と呼ばれるほどの名君となり、今もなお都市ウルクを治める者として活躍しているじゃないか!
絶賛大ピンチだった私にとっての君は、ギルガメッシュ王にとってのエルキドゥと言っても過言ではないだろう?」
そう言って彼は口端を上げて、笑みを深くする。
そこまで語られて、無言。
エルキドゥは表情を消して、白い男をじいと見据えるだけ。
驚きはない。
というか、エルキドゥよりもいきなり出てきたあの男が何者かという方が問題。
そんな風に割り切りながら、オルガマリーが敵に視線を向ける。
「……はぁ。説明、できるかしら。エルキドゥ?」
彼女の行動に合わせ、ハサンが動く。
エルキドゥの背後を取るように、森の木の上を渡っていく。
ちょうど暗殺者の行動が終わったそんなタイミングで、彼は口を開いた。
「―――ふふ、説明ね。どういった内容がお好みだい?
なぜ僕が生きているか? なぜ君たちをここまで連れてきたか?
まあ、どうあれ大した回答にはならないけれど」
オルガマリーが一歩退きながら、向けた言葉。
それを嘲笑うように、エルキドゥは自身の髪を大きく掻き払った。
露わになる緑の人の美しい貌。
そこに浮かぶのは、今までは一切見せていなかった彼が人間に抱く本来の感情。
―――深い冷笑が、彼の美貌を歪めていた。
「怪しんでいながらどこまで着いてくるのだろう、と思っていたけれど。
まさか致命的な境界線まで着いてくるなんて、僕にしたって驚きだったさ」
「……こっちにはサーヴァントがこれだけいると分かっていて。
それでも、あなた一人で私たちに近付いたのね」
ツクヨミが懐から武装を取り出す。
神造兵装にどれほど通用するか怪しいが、それでも。
「サーヴァント、ね。
元よりこの時代から劣化を重ねた神秘の薄れた者たち。挙句、所詮はただの影法師。
それが頭数を揃えた程度で、この―――神々の兵器たるこの僕に及ぶとでも?」
魔力が噴き上がる。
相対するサーヴァントたちが即座に武装を済ませ、前に出る。
前線を張る一級のサーヴァントたち。
クー・フーリン、フィン、ガウェイン。
彼らさえ及ばない魔力の奔流を纏い、神々の兵器が唇を歪め―――
「―――それで、あんたの案内はここまで?」
微笑みながら問いかけるソウゴに、目を細めた。
「…………へえ、自分から魔獣の長の餌になりに行きたい、と?
思ったよりは殊勝だね。
君のような物分かりのいい人間ばかりなら、とっくにこの世界は―――」
「あ、やっぱり魔獣の女神のとこに連れて行ってくれるつもりだったんだ。
じゃあどうせならこのまま連れて行ってよ。
そこでそいつを倒せば、あの魔獣の問題は解決できるんでしょ?」
ドライバーを出し。ウォッチを出し。
ソウゴは笑いながら、正面から彼に言い放つ。
呆れるように、苛立つように、エルキドゥが顔を凶悪に引き攣らせる。
「―――訂正しておこう、君は想像以上に傲慢な人間だ。まるでウルクの王のように。
何の準備もなしにこちらの本拠地に踏み込める、と考えるなんてね。
そんな思い上がりは滑稽を通り越して、笑えもしない。
君たち如きが集まったところで、母上を倒すことなど不可能だよ。
いいや、戦いにすらなりはしない。
こちらの神殿に踏み込むような事があれば、君たちは何も出来ずに溶けて死ぬだけさ」
「そう? でも、ここまで案内をしてくれたあんたが、こんな引っかかってるフリをするのが難しいくらい下手な芝居をしてるくらいだし……実は大したことないんじゃない?」
―――鎖が奔る。
エルキドゥの振るった腕、その衣の裾から溢れ出す無数の鎖。
それらは全て槍の如く一直線にソウゴに押し寄せて―――
朱槍が撥ねる。白刃が閃く。
赤と白の刃が、マスターである少年の前で躍る。
撃ち落とされた鎖の頭はしかし地に落ちず、そのまま翻って更に舞う。
「まあ下手な芝居だったという自覚はあるさ。
君たち旧型の出来損ない、人類の目を欺けない程度の稚拙さだったことは詫びようとも。
だから―――僕の兵器としての性能を味わって、そのまま死んでいくといい!」
神の兵器、天の鎖が稼働する。
大地に突き立った天の楔を捕まえて、神代を世界に留まらせるための力。
数え切れない鎖が地より突き上げ、天へと昇る。
天上で切り返した鎖の群れが、雨のように降り注ぐ。
乱舞する鎖の雨を見上げながら、ソウゴが僅かに目を細めた。
「神様がいっぱい機能を持ってたら文句言うのに、兵器である自分はいちいち余分な事をしようとしてるんだね―――それがあんたにとって本当に正しい考え方なら、これから俺たちはあんたの言う通りになるかもね」
DDD続きはよ(届かぬ願い)